キミと出逢ってから (2)

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自ブログより転載)

 

文:tallyao

 

 2

 


 しばらくの月日が流れた後、KAITOは自分の『次のVOCALOID』について、MEIKOに聞かされた。仮称は『初音ミク』、女性シンガー、自分達の"妹"にあたるという。
「チューリング登録機構には、”CV01”のAI識別コードで登録されてるわ」
「”CRV3”じゃないのかい……」
 《札幌》開発の3体目なら、MEIKOのCRV1、KAITOのCRV2と連番ではないのか。
「なんで識別コードが変わるのか、しかもよりによって”01”なのかは、はっきりとはわからないわね。……理由としては、まず私達と違って次世代設計のVOCALOIDだってこと。それに確かに、ほかにも色々違うところがあるわ。基本構造物から、『歌声』じゃなくて『声』そのものの特性に重点があるとか、人格(キャラクタ)構造物が、最初から多めに付加されてるとか」
 MEIKOは、相手に説明しながら自分も考えをまとめていくときの癖で、片肘を掴み、握った手を口に当て、
「ただ、これは私のカンだけど、その違いを設けて何の意味が出てくるのか、アーティストとしてどんな結果が予想できるか、設計してる上の方も、よくわかっていないと思う」
 MEIKOの口調には、ただ新しい可能性を今から模索する積極的な意図しかない。KAITOが感じているような、異質の歌い手、しかも自分らが導かなくてはならない未知の者が現れることへの戸惑いは、何もない。
「どうすればいいのかな……」
「何を考えたって仕方ないわ。私らはその"妹"に、私らに教えられることを教えるしかないでしょう」

 

「……兄さん、どこにいるの、KAITO兄さん」
 小さな少女は、だぶだぶの袖を振るようにして、格子(グリッド)とほのかなマトリックス光以外には何もない、電脳空間(サイバースペース)の片隅のからっぽの空地エリアを、とぼとぼと歩いていた。
「どこなの……今、どこで、何をしているの」少女は涙声と共に、途方に暮れて立ち止まった。
 その背後から、涼やかな声がした。
「ん~? アイス食ってた」
 ──KAITOは氷菓子と、それ以上の量の保冷剤が一杯に詰まった袋をさげて、"妹"ミクに歩み寄った。
 小さなミクは、そのKAITOに何歩か小股に近寄ったが、そのままぺたりと膝をついて、袖で目を拭いながら、しくしく泣き出した。
「また抜け出してきたのかい」KAITOはミクに歩み寄り、見下ろして優しく諭した。「すぐ俺のところに戻ってきちゃ、だめだよ」
「……兄さんしか、やさしくしてくれないもの」ミクはしゃくりあげながら言った。「わたし……わたしを大事にしてくれるの……兄さんだけだもの」
 小さなミクには、そう見えても仕方ないのかもしれない。KAITOのときと同様、何の手加減もせずに歌を教え込み続けるMEIKOはもちろんのこと、AI調整のウィザード(電脳技術者)らも、誰もミクを甘やかすことはない、できないだろう。KAITOがミクに厳しくする必要がないのは、結局のところ、自分が何もミクに教えられることがない、ただそれだけの理由しかない。KAITOはそう寂しく思ったが、そうであっても、小さなミクにはただ優しさだけを向けていこうとした。
「みんな、本当はミクを大事に思っているんだよ」KAITOは言ったが、上のような説明をしたところで、今のミクにわかるかどうか、とも思った。
 そこで、こんなふうに語り始めた。「ミクは、みんなの大事な、王女様なんだよ。……ミクには王女様の装いも、ご馳走もあるじゃないか」
「うそ……」ミクは両袖をおろして泣き続けた。足元の格子(グリッド)の床に、ぽたぽたと涙の滴が落ちてゆく。「そんなの、何もないわ」
 KAITOはそのミクの前に、騎士のように片膝をつき、そのだぶだぶの袖を持ち上げた。
「どうして、サイズが合わないうちから、ミクはずっとこれを着せてもらっているんだと思う? ……これはね、王女様のドレスなんだよ」
 ミクは黙って、KAITOを見上げた。
「……昔むかし、あるところに」KAITOは静かに語り始めた。「電子の音の女王がいた。女王が現れて、音の世界いっぱいに、電子の音を満たすまでは……自然や人間の出す何かの音のかわりじゃない、女王自身の電子の音が、人を、音の世界を動かすだなんて、だれも信じてなんかいなかった」
 KAITOはミクの、光沢を放つ緑と黒の服をなぞり、
「ずっと昔のお話さ。でも、ミクを作った人は、《札幌(サッポロ)》からはるばる、その女王のいた国と遺産を守る人たちの所まで旅して、ミクがその服を着られるよう、女王の装いを許して下さいって、一生懸命、お願いしたんだ。……その女王みたいに、ミク自身の歌声が、人々の心を、音の世界を、動かすように願って」 
 KAITOはミクの潤んだ瞳に、目を移して言った。
「……だからミクは、その女王の証を帯びることを許された、たったひとりの、女王のあとを継ぐ、王女様なんだよ」
「本当なの……」ミクはKAITOの目を見上げて言った。「そんなこと、MEIKO姉さんはおしえてくれなかった」
「姉さんも知らないさ。ずっと《札幌》にいたから」KAITOは微笑んだ。「でも兄さんは、ずっと《浜松(ハママツ)》に──その女王の国にいたんだよ」
 ミクはそのKAITOを、じっと見上げ続けた。しゃくりあげと、問うような目は止まっていたが、流れる涙と泣き顔は止まらなかった。
「むずかしすぎたかな、今の話じゃ」
 KAITOはさびしく笑った。
「でもやっぱり、ミクは王女様だよ。いや、王女様以上さ」KAITOは袋から紙器を出して、ミクの頬に悪戯っぽく、そっと当てた。「……なぜって、アイスクリームを食べられる。おとぎ話の素晴らしい王女様でも、昔の人じゃ、とても食べられない」
 ミクは差し出された紙器を見下ろし、心地よくひんやりとしたアイスクリームの器を、小さな両手に持った。
 KAITOはその耳元にそっと口を寄せ、以前に聞き知っていた、アイスクリームの童謡を口ずさんだ。

 

 

 KAITOはいつもミクに、たくさんの童謡を歌った。よく仕事で歌った童謡だけは、KAITOはとても沢山知っていた。KAITOはミクに教育を与えて教えられるようなことは何も知らなかったが、ただミクがそう望んだり、悲しんでいれば、それらを歌った。
 そして、ときにはしばしば、その場の即興の、伴奏も何もないアカペラを。

 

 

 ──なみだ色した とべない天使のはね

 

 

 ほかに何の音も伴わない、KAITOの透明な歌声は、いつもたったふたりの空間に、響き渡り、清流のように染み渡っていった。

 

 

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