ドアノブを捻る。
カーテンを引き窓を開けてから学習机の上に鞄を置き、手早く制服からジャージに着替えると、僕はテトさんの言葉通りこたつ付の座卓の上に置かれていた小包のラベルに目を通す。届け先に僕の名前が、差出人にミクお姉ちゃんの名前がちんまりした文字で書かれていることを確認するが、内容物に「食料品」とあるのを見ると箱を開けないまま両手に抱きかかえる。居候をさせてもらっている僕。僕宛ての家族からの届け物とはいえ中に入れられているのがお菓子やインスタント食品だったら、とりあえず家主のテトさんに預けるのが道理だろう。
そのまま階段を下り、テトさんと幼い兄弟が待つ茶の間に入る。座卓を囲む子供たちの手にはすでに大福餅が握られていた。
「レンくんごめんなさいね。この子たちに待っているように言っておいたのに、どうしても早く食べたい言って聞かなかったの。レンくんの大福はこの子たちが食べないようにしまってるから、今お茶と一緒に出すわね」
冷蔵庫から大福が載っているだろう皿を出しながらテトさんが申し訳なそうに告げる。
「いいんですよ、僕こそ待たせてしまいましたから…そうだ、実家からの差し入れは食べ物だそうですし、お菓子でも入っていたら一緒に食べませんか?」
座卓の上にことりと小包を乗せると、ちびっ子二人も歓声を挙げる。
「そう?ありがとうねレンくん。この子たちも喜ぶわ。じゃ、開けてくれる?」
テトさんが微笑んで鋏を僕に渡す。頷いた僕は中の物まで切ってしまわないように慎重にガムテープに刃を入れる…
「うえ」
箱いっぱいにネギが詰められていた。不純物は一切含まれてないらしい。
幼い兄弟がぽかんと口を開けていた。
「あらぁ~新鮮で太く長いのがいっぱいじゃないの」
いいんですよテトさん、そんな棒読みのフォローを入れてくれなくても。
「…電話貸してください。姉にお礼を言っておきます…」
電波状況が悪いらしい山奥の望華蕗村。
ダイヤルではないが結構古い形のプッシュホン式の電話でミクお姉ちゃんの携帯に掛けることにする。
『もしもし』
「もしもしミクお姉ちゃん、僕だけど」
『あ、レンくん!?』
「うん、お姉ちゃんからの小包を受け取ったよ、ありがとう。いや、気持ちはありがたいんだけどさ…」
僕の言葉は続かなかった。
『ふぇ、えぐっ、レンくん…』
「お姉ちゃん?!」
スピーカーから聞こえるのはミクお姉ちゃんの泣き声。え、僕の言い方で傷ついたのかな。
『レンくんいつ帰ってくるの?ミク寂しくて泣いちゃう…』
すでに泣いてる気がするが。
「ま、待ってよお姉ちゃん。いつかなんて解んないって!今日転入したばっかりなんだし、札幌から何百キロもあるんだしさ」
湯呑みに口を付けていたテトさんが振り向く。なんでもありませんよ…。
『う、うん…レンくんが帰ってくるまで我慢するっ。ミクがレンくんのために買った大好きなネギ、たくさん食べて頑張って、ねっ…ふえええん!!レンくん!ミクの胸に早く帰ってきてぇ』
ネギが好きなのは僕じゃなくてミクお姉ちゃんの方だと思うんだけど…それよりミクお姉ちゃん、こっちの電話口の先2メートルの位置にいるテトさんにはっきり聞こえてるから泣かないで。
『レンくん、泣かないからミクのこと大好きって言って!!』
どこの国の何という映画のどういうシーンだよ。
「はいはい…ミクお姉ちゃん、大好き…」
僕の言葉を聞いたテトさんが思わず口元を押さえる。お茶を吹き出しそうになったらしい。頬を真っ赤に染めてごめんね、と囁いたように聞こえた。そんな目で見ないでください。ミクお姉ちゃん、僕も確かにお姉ちゃんは好きだけど実弾をぶっぱなすのはやめてほしい…
『ふぇああああああああん』
お姉ちゃん、泣かないと言っておきながらなんで泣くの。
『ミクもレンくんのことが世界中のだ…』
『もしもし、レン!!』
突然ミクお姉ちゃんの声が途絶え、代わりに苛立ったような女の子の声がスピーカーから聞こえてきた。この声色は一人しかいないな。暴走するミクお姉ちゃんから白いリボンの女の子が大慌てで携帯をひったくる光景が実に鮮やかに浮かんでくるよ。
「…リン」
『お姉ちゃんには気付け薬かトランキライザーでも飲ませとくわ』
それはまずいだろ…。
『いいのよ。あんたがうちの家出てってからお姉ちゃんどんどんエスカレートしていってるし。それより学校はどう?友達は出来た?』
ぶっきらぼうだけどこいつもやっぱり心配してくれてるんだな。
「自然も綺麗な所だし、いい学校だと思うよ。友達もこれからできるんじゃないかな。今日もクラスの女の子と喋ったし」
『ちょっとレン!!調子に乗らないで!!』
「ただの話相手だって。なんで怒鳴るんだよ?」
『あ、ごめん…なんでもない』
姉妹そろって訳が分からない。
『レン…ありがとう』
「リン?」
『お礼遅くなったけどさ、その…あんたのおかげでさ、あたし寂しい思いをしなくて済んだよね』
「いいんだよ。僕も家を離れて新しい生活とか始めてみたかったしさ。良かったな、リンも元気で友達と仲良くな」
『レン…』
「まさかリンまで僕が居ないからって泣くなよ」
『バカ!!あんたのためになんか泣いてやるわけないでしょっ!!じゃあね!!』
露骨な音捨て台詞で切られる電話。
これはこれで傷つくな…。
言い方は違うけど、二人は僕のことを応援してくれている。
それだけは忘れないようにしないとな。
大福を食べながら僕は実家にいるリンとミクお姉ちゃんの言葉を思い返していた。
TO BE CONTINUED
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