悪ノ召使~誰も知らない物語~

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 黄の王国に 双子が生まれた

 女児と男児

 だが、その男児は男になる事は出来なかった
 子を成せない男、欠落した男児を王に据える事はできない

 ならば

 女児を王女に。
 男児は召使に。

 同じ顔なら、いずれ身代わりにも使えるだろう

 生まれたのは女児一人だけ
 そういう事にしてしまえば良い

 王家に劣悪なる血が生まれたなど、あってはならないのだから

 






    悪 ノ 召使

 


 僕たちは双子だった。
 よく覚えている。二人だけで遊んだ日々を。

 あれは、いつの事だったろう。

 大人たちが、遊んでいる僕たちを引き裂いた。

 積み木が、乾いた音を立てて崩れた。

 君は、連れて行かれる僕を呆然と見ていた。





 引き裂かれて数年が経った。





 僕は召使として教育され、孤獨の中をただキミの姿だけを思う。

 そしてついに出逢った。
 真赤なドレスを着た王女。
 キミは―――

「よろしくね」

 ―――そう言った

「よろこんで」

 僕はそう答えた。

 もう名前で呼び合う事が無くても

 キミと触れ合う事さえなくなったとしても

 ただ、キミは居てくれたなら
 キミの側に居れたなら それだけで

   何もいらない




 君は王女 僕は召使

 それだけで充分。それ以上、何を望む?

 だから、君が君であるためならば

 僕は―――君を守り続けると誓う

 僕は君の召使。

 不完全な僕は、君にすべてを押し付けてしまった。
 ならば、僕は君が笑い続けられるように生きていこう。

 喩え、悪となってでも。

 


 君との再会から数年が経ち
 君と共に隣国へと行った時

 緑のドレスを着た女の子が
 僕に微笑んだ

 豪奢で寂しい城しか知らない僕は
 その柔らかい笑顔に

 生まれてはじめて 恋をした

 でも、緑の彼女の隣に居たのは 青い髪の男
 海の向こうの国の青
 その青は、王女の思い人

 青と緑の恋が 仲睦まじげなその二人から感じられた

 王女は何も言わなかった
 でも、その瞳の奥に冷たい炎が滾っているのを
 僕は 知っていた

「緑の国を滅ぼしなさい」

 そう大臣に告げた後、君は僕に向かって言った

「あの女は 生きていてはいけないと思わない?」

 その瞳は 言葉以上の意思を 僕に伝える

 僕は、君に頭を垂れた

 君がそう望むのなら、僕はそれを叶えよう

 脳裏に浮かぶ、あの柔らかな笑顔
 赤い絨毯に音も無く染みた水
 僕は、自分が泣いているのだと 気付いた

 


 赤い鎧を着た女剣士。
 近衛隊長をしていた女傑の剣士。
 彼女が、烏合の民を率いて城を目指している。

 長年に渡る戦で、兵は疲弊していた。
 戦慣れしていない民に推されてしまう程に

 近づいていた。
 破滅の足音が。

 これが報いなのだろうか。
 この国への 君への 僕への

 そしてその報いが、君の命を奪おうというのなら
 僕はあえて それに抗おう

 まだ新しい給仕服を持って、僕は王女の部屋の扉を開けた
 気丈な振りをして、それでも怯える君

 僕は、持っていた服を差し出した

「僕の服を着て、早くお逃げください」

 君は、驚いた顔をして、僕を見た。

「幸い、僕たちは双子です。召使の格好をしていたなら、誰にも分からないでしょう」

 君は、泣いた
 安堵なのか、気が抜けたのか、それとも―――

「大丈夫だよ、リン」

 僕は、そっと君の肩に僕の上着をかけた。

「ほら、泣かないで。早くしないと、誰かが来てしまう。だから」

 僕は、髪を結っていたリボンをほどいた。
 そして、君の髪留めを外す。

 リボンで、君の髪を結った。

「ね。見てごらん、リン。こうしたら僕そっくりだよ。だから安心して」

 君は、うなずいた。

 そして、僕は君の最後のお召し替えをした。
 絹の絢爛な黒のドレスから、使用人の粗末な男物の服へ。
 そう。これが、最後のお召し替え。

 最後に、わざと髪を乱し、これで僕と見分けがつかなくなる。

「レン」

 ―――ありがとう

 そう言って君は、泣き笑いの顔をした。

 ―――どういたしまして

 僕は、そう答えた

 ―――後でまた会おう

 僕はそう 嘘 をついた

 ―――どこで?

 そう君は聞いてくる

 ―――じゃあ、城下の広場、その西のはずれで

 ―――わかった。待ってるから

 僕は、クロゼットを開ける
 クロゼットには、秘密の抜け道
 それは、城下の郊外にある森へと続いている

 抜け道の入り口をくぐりながら、君は僕を振り返った
 そして、僕の手を握る

「レン。絶対待ってるから」

 そう言った君は、王女の君じゃなく―――引き裂かれる前に触れ合った―――リン

 

「リン。絶対追いかけるから」

 追いかけたりは出来ない。また、嘘をついた。
 抜け道を進むリンに、僕は思わず呼び止めてしまった。

「……リン!」

 リンが振り向く。
 王女ではなくなったリンに、僕は

「―――またね」

 そう言って、抜け道の隠し戸を閉じた。

 椅子の背にかけたリンのドレス
 ほどいたままの髪。

 僕は、もう決めていた。

 素肌に、まだリンのぬくもりが残ったドレスに袖を通す。

 髪を梳いた。
 ヒールを履いた。
 ドレスの裾を広げ、形を正す。

 いつも僕がリンにしていた事を、今は僕自身にする。

 最後に髪留めを留めようとして、指を切った。

 赤い血。
 君と同じ血。

 髪留めを留め、僕はその血で、そっとくちびるをなぞった

 


 リン。君が悪だと言うのならば、僕にだって同じ血が流れている。






 ついに、破滅がやってきた。
 扉が破られ、赤い鎧が僕を見た。
 瞠目する、女剣士。

「この、無礼者っ!!」

 僕は、リンの声でそう言った。
 あとは―――言うまでも無い。

 女剣士が止める間もなく、怒れる民たちは僕を取り押さえた。

 牢へと連れて行かれる間に思った。

 前にリンと呼んだのは、いったい何時の事だったろうか。
 前にその手に触れたのは、いったい何時の事だったろうか、と。

 最後に、リンの名前を呼べて

 最後に、リンの手に触れられて

 それだけで、僕はもう大丈夫だった。
 たとえこの先に待ち受けるのが、死だったとしても―――。

 

 

 

 

 

 広場には断頭台。
 僕は牢に入れられて数時間もしないうちに連れ出された。

 ドレスは着たまま。

 女剣士が、言葉も無く僕を見ていた。
 ドレスを剥ぎ取ろうとした民を止めたのは、彼女だった。

 教会の時計は間もなく三時

 もうすぐ、鐘が鳴る。

 鐘楼から視線をさっと走らせて、ただ一箇所に、目が吸い込まれた。
 使用人の姿をした君が、そこに居た。
 君は、何かを叫んでいる。
 だけど、その声は怒れる民衆の怒号に消える。

 首切りが、僕を断頭台に連れて行く。

「空を見ていたいわ。うつ伏せは嫌」

 僕はそう言った。
 首切りは、眉をしかめ、女剣士をうかがう。
 彼女は、うなずいた。

 首を断頭台に乗せる。

 青い空。
 留め具が、僕の首をしっかりと押さえる。

 そして―――鐘が鳴り響く。

 終わりを告げる三時の鐘が。

 君なら……リンなら、何を言っただろうか。

 僕のくちびるは、知らず、君の口癖を紡いでいた。

 

 

 

 

 ―――――あら。おやつの時間だわ―――――

 

 

 

 

 西のはずれの森で、わたしは待っていた。

 いつまで待っても来ない。来ない。

 やがて、森の外が騒がしくなってきた。


 ―――悪の娘の処刑―――


 すべてが、消える感覚。
 
 あの時、なぜレンは残ったの。
 なんでレンは、自分の服をわたしに着せたの。

 なんで、わたしは……それに気付かなかったの。


 ただ一人の、双子の姉弟なのに―――。


 わたしは、広場に駆けていった。

 お父さまが作った広場。
 民の幸福を願った広場に、古い断頭台が、見えた。

 人の波に飲まれながら、わたしは必死に前へと進む。

 民たちの頭のむこう、わたしのドレスを着た、わたしの写し身。

「レン!!!」

 怒りに震える民たちの揺らめきで、レンの姿が見えなくなる。

「わたしよ! わたしが悪の娘!! だからお願い、殺さないでぇッ!!」

 自分でも、自分の声が聞こえない。

「双子なの! 双子の弟なの……お願い、お願いします! やめてぇーッ!!!」

 もし神がいるというのなら、お願い。
 レンをたすけて

「レェェェンッ!!」

 叫びはとどかない。

 レンは、断頭台へと歩みを進める。
 臆した様子もなく、いっそ凛として。

 断頭台のそばで、レンはあたりを見渡すように―――そして、目が合った。

「レン…! レン!!」

 見えているはずなのに、声は届かない。
 レンは、ほのかに微笑んだ。
 赤茶けた口紅を引いたくちびるが、その目が、一瞬だけ優しげに笑った。

 君は首切り役に何かを囁き、断頭台へと乗った。



 仰向けで、空と断頭台の刃を見つめながら。



 首を押さえる留め金が閉じる。

 いくら叫んでも、わたしの声は誰の耳にもとどかない。

 

 清浄な鐘の音が、響いた。

 

 教会の鐘。午後三時。

 場違いな清らかな音色に、人々は声を失った。

 わたしも、またその一人。

 鐘が鳴り響く中、わたしは、わたしの声を聞いた。


 ―――――あら。おやつの時間だわ―――――




 刃を吊った紐が断たれる。

 陽を照り返し、一瞬だけ煌く断頭の刃。

 わたしと同じ色をした髪が、落ちるのを――――――


 わたしは、叫んだのだろう。



 人々の歓声の中、ただ一人、慟哭の叫びを挙げた。


 わたしの召使。
 わたしの、ただ一人の、双子の弟。

 慟哭の叫びさえ、響くことを許されない。

 

 

 森のはずれ。

 気付けば、わたしは森を抜ける所だった。

 足には、草で切れた無数の傷。


 歓び詠う民たちの姿に、耐えられなかった。

 わたしが死ぬはずだったのに。


 レンは分かっていたんだ。

 王女がいなくなれば、民たちはかならず召使を探すと。
 顔の似た召使に、王女が化けたかも知れないと疑われると。

 だから、王女は死ななければならない。

 召使が生き残るために。

 わたしを、生かすために―――

 

 森を抜けた時、目の前に立った赤い影。

 赤い、鎧。




 わたしは、語る言葉を持たなかった。

 彼女もまた、そうなのだろう。


 だけど、通り過ぎようとするわたしに、彼女はこう言った。

 

「あれが、彼の望みだった」

 

 足が、止まる。

 

「王女の声で、彼は言ったわ。無礼者、ってね」

 わたしは、何も言えない。

「止める間も無かった。ただ、もう止まらないと言うのなら……私は彼の望みを通してあげたかった」

 だから、ドレスは脱がさなかった。

 だから、真相を知りながら、処刑した。

 ―――悪の娘とうそぶいて、わたしのレンを処刑した―――

「もう、王女はいないわ」

 冷たい声で、彼女は言った。

 後ろで、シャンという剣を抜く音。

 首に向けられた、冷たく鋭い気配。

 

 風が、無情に流れる。


 冷たい刃をつきつけたまま、時が止まる。

 

 やがて、鋭い冷気をわたしの首に残したまま、剣をおさめる音。

 

「行きなさい」

 

 彼女は、森の中へと消えていく。

 

 わたしは、その場にくずおれた。

 とめどなく流れ落ちる涙。

 泣き叫びたいのに、もう声も出ない。

 ただただあふれ出す涙だけが、止まらない。

 

 民はきっと、同じ涙を流したのだろう。

 わたしがそれを知らなかったから、今度はわたしが流すことになった。


 レン。

 もし、わたしたちがただの双子だったら……ただの双子になれたなら―――。

 

 

 

 

 

 教会の鐘。
 僕の姿をした、君の姿。

 鳴り響く鐘の音を聴きながら、僕は空へと思いを馳せた。


 もしも、生まれ変わったら―――また、双子に生まれたら。

 その時はまた、遊んでね。リン―――――

 


 運命の糸が切れる音を、聴いた。

 どうか君は 君だけは いつまでも わらっていて――――

 

 

 

 


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 fin

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