※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「札幌の栗布団学園から転入してきた鏡音レンです。勉強は苦手だけど歌が好きで音楽も得意な方です。よろしくお願いします」

暗記していた自己紹介をなんとか言い終え、控えめに笑顔を浮かべると頭を下げる。
今日から僕は山々に囲まれたここ望華蕗村にある望華蕗中学の生徒として卒業まで過ごすことになる。
数か月前Kaito兄ちゃんがリストラに遭った我が家は水道やガス、食料品にいたるまであらゆる面まで極限な生活を強いられることになった。
Meiko姉ちゃんがなんとか生活費を稼いではくれているものの、やはりひとりで5人兄弟を養えるには限度がある。うちで私立の学校に通っている者は公立に転入させる、という結論に達したんだ。

そして大自然に囲まれた新天地での生活に期待を膨らませながらすがすがしく新しい学校の門をくぐり、朝のホームルームの最後に担任の欲音ルコ先生に促されて手短な挨拶を終えた僕は、教室に響く拍手を浴びながら書類やらファイルやら封筒が山積みされた自分の席についたところでチャイムが鳴り…

「ねえねえ鏡音くん、札幌ってどんなとこ?」
「旭川の下だっけ?あたし地理の成績最悪だからなぁ」
「アイヌ語も喋れるの?」
「み、みんな落ち着いて!順番に答えてあげるから!」

転入後最初の授業を数時間受けた後の昼休み。僕は机を同級生に囲まれて質問攻めを受けていた。
「大変だな、あんたも」
耳に届く憐れみを込めた声。

質問攻めが終わる頃には昼休みも残り数分になっていた。弁当をろくに咀嚼もせず必死にかき込んでいる僕に長い髪をサイドに垂らしている女の子が机の脇に立っていた。

「ごめん、無視する訳じゃないんだけど、訊きたいことは放課後にでもしてくれないかな」

「そうじゃないよ、大変だろ?みんな悪気はないんだけどクラス代表として一言謝っとかないとな…特にこの学校で転校生といえば…あ、ごめん。な、なんでもないんだ!あたしは亞北ネルだ。よろしくな」

一瞬何か自分がまずいことを口走り焦ったような表情を浮かべた様に見えたが…まあ、気にしないでおこう。なんとか少女はごまかし気味ににやっと笑い襟元に光る委員長のピンを指差す。勝気そうな彼女はきっと勉強も運動もできるんだろう。

「いいんだよ、僕人と話すのは好きだし、興味を持ってくれて仲良くなれたら嬉しいしさ」

僕は箸を止めて自然な笑みを作り亞北さんの言葉に首を振った。
「どこのガッコでも転校生ならではの扱いってもんはあるだろうけどさすがにここは裏山に狸も狐も当たり前に居るド田舎だからな…都会の学校からの転入生となると10年ぶりだそうし、みんなが目の色を変えるのも無理ないよ」

亞北さんは窓の外に広がる高く険しい山並みを見回すと、再び僕に視線を戻す。

「10年もか…そうだね、村の道もクルマは走ってないらしいし…」

この村に足を踏み入れた日…最寄りの駅からバスに乗り、終点からさらに林道をコンパスと地図を頼りに2時間歩き通した日を思い返しながら僕はそう答える。

「この村昔と比べたらだいぶまともになったんだよな。この村、何百年も昔は炭鉱街だったんだけどな…明治の中頃に炭鉱が閉鎖してからどんどん廃れていったんだ。都会から住み着いていた労働者が去ってからこの村はどんどん貧しくなっていった。金がないから橋も作れない。畑があっても機械で草も刈れない。若い人間は都会に出て行き、老人が取り残されていく…住む人間が都会に排他的になっていくのも無理はないな。この学校でも、数十年前までは都会からの転校生に執拗に嫌がらせをする習慣があったくらいだからな」

亞北さんの言葉に、僕は息を飲む。思わず取り落とした箸が甲高い音を立てて木の床に転がった。「へ?」

強張る僕の顔を見た亞北さんは一瞬目を丸くすると2、3度瞬きをし…思わず大声で笑い出した。

「あっはははははは!!大丈夫だって!!言っただろ?昔ほどこの学校の連中はよそ者に冷たくなんかないんだ。少なくともあたしは鏡音の友達だからな!嫌がらせなんかする奴がいたら遠慮なく病院に送ってやるから安心しな!」

ファイティングポーズを見せつける亞北さんの笑い声を聞きながら、僕は道路も整備されていないこの村で骨折でもしたらどうやって病院に運ばれていくのだろう、なんてことをぼんやり考えていた。

放課後、僕はこの村の印象などを聞いてきた数人の同級生の質問に答えた後、鞄を背負い校内を早速探検(徘徊とも言う)していた。

「早く慣れないとな」

図書室や音楽室などの位置を覚えて一階に下りた僕が足を止めたのは中庭を通りかった時のこと。中庭の西側にこじんまりとした黒い影を見めにする。
近づいてみると、屋根と壁はある。ただ、それは「建物」ではない。人が入れる大きさがないから。

「祠、か…」

両開きの扉が閉められているので、中の様子はわからない。ただ、屋根などがあまり痛んでいないことを見ると、それほど古い時代に作られたものではないらしい、20年か、そのあたり前というところだろう。

仏教系の学校でならともかくとして何で普通の公立中学校の構内に神が祭られているのだろうか。不思議に思ったが、考えても仕方のないことだし、もう一回りしてそろそろ帰ることにしよう。

そういえば最上階の西側に延びる廊下を歩いていた時、数年ぶりに空耳が聞こえたような気がした。

古きよき日本家屋の前の路地でボール遊びをしている幼い兄弟。最初の授業を終えて望華蕗中学から帰ってきた僕の姿を見ると、「ママ~、レン兄ちゃんが帰ってきたよ~」ととてとてと玄関の引き戸を開けて中に入っていく年上の方の男の子。次に年下の方の男の子も中に入っていくが、すぐに戸から顔を覗かせて門の外に立つ僕に手招きをしてくる。
僕は門柱を丁寧に閉めてから後に続いて玄関に入っていった。


今、望華蕗村にある母方の親戚、重音家に下宿しているのは僕ひとり。ミクお姉ちゃんはもともと公立の高校に通っていたし、双子のリンは友達と離れ離れになることがわかった時、気丈に振る舞いながらも悲しそうな顔をしていたのを見て僕がひとりで行くことを決めた。
家族と離れて暮らすことは不安だけど、家主のテトさんや幼い兄弟もとても親切に迎えてくれたがら、大丈夫、だよね…。

「お帰りレンくん、友達できた?お茶とお菓子出してあげるから着替えていらっしゃい。そうそう、ミクちゃんから小包が届いてたわよ、レンくんの部屋に置いているからお礼を言っておきなさいね」

「はい、ありがとうございます」

玄関で迎えてくれたテトさんに礼を言うと僕は足取り軽く階段をのぼってゆく。

TO BE CONTINUED