弱音に飽きた、雪の夕暮れ

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 卑怯戦隊うろたんだーSS




 【弱音に飽きた、雪の夕暮れ】



「……雪」
 同じ時刻、全く違う場所で。
 どこか似ているものの、全く違う印象を持つ2人の女性が、空を見上げて呟いた。
 冬の訪れを告げる、六角形の結晶が、ひらりひらりと舞い落ちる。
「……もう、そんな季節か」
「どうりで、寒くなりましたね……」
 距離的に離れすぎた2人の会話は、当然互いに聞こえていない。
 けれど、それは重ねて聞けば、とても親しい会話になった。
「……あんたと出会ったのも、こんな日だった」
「雪を見ると、どうしても、思い出してしまいます」
 
「――ねぇ、ハク。今どうしてる?」
「ネルさん。ごめんなさい。ごめんなさい……」



 数年前、冬。天気は、雪。
 秘密結社ジャスティス前。
 
 吐く息が白い。周囲の景色や、空まで白い。
 辺りで聞こえる音は、携帯電話のボタンを押す硬質な音だけ。 
 ネルは携帯電話を猛烈に押しつづけながら、不意に顔を上げた。
「……?」
 奇妙なものが、視界の端で動いた。
 お世辞にも明るいとは言えない色のリボンが、風に揺れている。
 リボンが単体で、ゆらゆら、ゆらゆらと。
「なに?」
 目を凝らす。と、リボンがふわり揺れて、誰かが振り返った。
「……あ、こ、……こんにちは」
 リボンしか見えなかったのは、その女性が見事な白髪をしていたからだった。
 うずたかく積もった雪の前で、長い髪が迷彩効果をもたらしている。
 弱気な表情をした彼女は何が楽しいのか、両手を雪の中へ突っ込んでいた。
 ネルは相手の顔を穴があくほど見つめた。
 見覚えのある顔だった。味方として、記憶している。ただし、誰かは思い出せない。
「あんた、ジャスティスの奴よね。名前は?」
 無遠慮に問われて、その儚げな女性は雪に片手を突っ込んだまま答えた。
「あ、はい。弱音ハク、です」
「そう。あたしは亞北ネル」
 互いに簡単な自己紹介を済ませた時エンジン音が聞こえ、バスが滑り込んできた。ちなみに、バス停にはご丁寧にも『秘密結社ジャスティス前』と書かれている。
 やっと来たか、とネルはバスのステップに足をかけた。ハクは、動かない。動かしたのは足でなく両手だった。積もった雪に突っ込んで、不器用に中を探る。ただ、停車中のバスも気になるらしく、ちらちらと振り返って、様子を伺う。
 ネルが声をかけた。
「乗らないの?」
「あ、はい、あの、えっと……」
 おどおどした視線が、雪とバスを見比べる。ネルはその様子を5秒ほど眺めてから、バスを降りた。思わず零した溜息には、苛立ちが込められていた。
 運転手は、何も言わずバスを発進させる。ネルは苛立った早足で、ハクのところへ戻った。
「あんたね、はっきりしなさいよ! あたしは、今みたいのが1番嫌いなの!」
「ひっ……」
 初対面のネルの怒号に、ハクは脅えて首を竦めた。
「人の顔色うかがってんじゃないわよ! 何か困ってるなら困ってるって言えば!?」
「あ、あぅ……」
 声を差し挟めずに上げた声にも、ネルは過敏に反応する。
「あう、じゃないっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
 ハクは進退窮まって、必死で謝った。ネルは怒りを冷ますため、長い溜息をつく。
 今、誰かが通りかかったしても、彼女たちを初対面とは思わなかっただろう。はたから見れば、仲が良さそうにしか見えない光景だった。
 
 
 
「――つまり、転んだ拍子に、雪の中に携帯を突っ込んだわけね?」
 路肩に積もった雪を眺めながら、ネルはそう結論づけた。
「はい……」
 ハクは疲れきったように肩を落としている。

 雪の中を探りつづけたことに疲れたのか、突然に怒りを向けられたことに疲れているのかは定かでない。
 ネルは一言つぶやいた。
「マヌケ」
「あ……ごめんなさ」
「別にあんた悪くないでしょ? 何に謝ってるの?」
「……」
 ハクは、反射的に謝ったなどと言っては、また怒られると察した。その程度のことは、知り合ったばかりでもわかった。
「あ……マヌケに生まれて、ごめんなさい、というか」
 半端な笑みを浮かべながら答えれば、
「バカじゃない!? 自分がどういう人間かを、誰に謝るのよ! 謝る必要なんかないでしょ!?」
「……」
 どうやら、また着火してしまったらしい。ことごとく、自分とは合わない人だ、と感じて、ハクは俯いた。誰彼かまわず怒りを向ける人は怖かったし、何度繰り返しても、怒られることには慣れなかった。
「ちょっと、なに黙ってんの?」
「…………」
「とにかく、携帯番号。早く教えなさいよ」
「…………え」
 顔を上げると、ハクが自分の携帯を差し出していた。
「あんたの携帯、鳴らすのよ。それ以外にないでしょ。それとも、自分の番号がわからない?」
 だったら一度、本部に戻って連絡先聞いてあげるけど、とネルは言う。ハクは呆気にとられてしまっている。
「ほら」
 ネルは仏頂面で、携帯を差し出した。ハクはぎくしゃくしながらその携帯を取る。相当使い込んで、印字された数字がハゲかけているボタンを、ひとつひとつ、押していく。
 
 ぶぃー……ぶぃー……
 
 かすかな、かすかな音が、2人の耳に届く。
 それは携帯がバイブレーションする音に他ならず、
「マナーモードっ!?」
 ネルが思わず声をあげた。
「……あ、はい」
 まるでそれが当たり前のように、ハクがきょとんとする。
 亜種とはいえ、歌を生業とするボーカロイドの着信音がサイレント。ネルにとってそれは笑えない事態であったが、
「ああ、もう! どうでもいいわ、探すわよ!」
 もう怒りすぎて、何に怒っているのかも分からない。ネルはコール中の携帯電話を首から下げて、雪をかき分け始めた。
 1つわかったことがあるとすれば、この女の隣にいると、なにやら理不尽な怒りが湧いてくるということだった。
 
「……おかしい。このあたりなんだけど」
「見つかりませんね……あの、亞北さん?」
「ネルって呼んで。亞北とか呼ばれるのは嫌」
「ネルさん。あの、もうすぐバスがなくなりますし、あとは」
「ここまで探させておいて、帰れとでも言うわけ!?」
「ご、ごめんなさい」
「ったく…。あんた、ハクって言ったっけ」
「はい」
「同じジャスティスの仲間とは思えないわ」
「……」
「正義は、諦めたら終わりなのよ。なかったことと同じになる」
「……でも、ネルさんが手伝ってくれて、嬉しかったことは……なかったことには、なりませんよ?」
「バカ、あんたの携帯電話はなかったことになるのよ!」
「す、すみませ……」
『あ』
 
 ハクとネルの声が被った。
 雪を透かして光る、淡い色の小さな光が見えた。
「あったー!!」
 叫んで、その小さく薄い携帯電話を雪の中から取り上げたのは、ネルだった。
 掘り出して、雪を払って、一通りの動作確認をする。電池パックの部分を開き、ハンカチで拭う。
「良かった。問題なさそう」
 はい、と手渡された携帯電話を開き、ハクは何の気なしにボタンを押した。
 ずらっと表示される、登録されていない番号からの着信。
 1時間以上前から、今まで、ずっと。
 顔を上げると、満足げな表情のネル。
「……ネルさん、携帯電話が好きなんですね」
 何の気なしに言った台詞に、ネルは驚いて言葉を詰まらせた。
「ちょ、な、なんで知ってるの!?」
 それには答えず、ふふ、とハクは笑った。
 
 灰色に色づいた薄暗い景色のなか、白髪の少女は笑い、金髪の少女は怒りを露に。
 やがてバス停には、最後のバスが滑り込んでくる。
 
 
 
 そこから流れる時間を辿り、現在。
 距離と、組織と。あらゆる意味で離れた2人は、あの日と同じ雪を眺めて呟く。
 直接には出会えない相手との、会話を続ける。
 
「あれから。もうどれくらい、経ったんだろう」
「あなたからの着信が。登録できた名前が、嬉しかった」
 
「あんたとの腐れ縁は、ずっと続くんだって思ってた」
「何度も怒られて、謝って、怒られて。……楽しくて」
 
「私は、裏切り者のあんたを許せない。許さない」
「もう、謝っても、絶対、許してもらえませんね」
 
「……けど」
「……でも」
 
「ハク……今、何してる?」
「ネルさん……もう一度、会いたいよ」
 
 ジャスティスと、アルメリア。
 遠く離れた二人の会話は、繋がらない。
 
 【弱音に飽きた、雪の夕暮れ】おわり

文:Akahara

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