【曲テーマ】風にふかれて

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自ブログより転載)

 

 公式サイトデモソング、KAITO 3曲目(CRV2_03_gassyou.mp3)より

 

 文:tallyao

 

 MEIKOは額に巻いた電極(トロード)バンド、KAITOはインカムの没入(ジャック・イン)端子からそれぞれ伸びたコードを、同じ操作卓(コンソール)に接続した。そのまま横に並んで立つと、少しの間を空けてから、──唐突に、どちらが拍子をとってもいないのに、いちどきに声を合わせ歌い始めた。(→ニコ動
 家の音楽室に響き渡るその二声に、ミクは茫然とし、リンとレンは口をあんぐりと開けっ放しで、それぞれ見上げた。……声はいずれも、姉と兄の普段の声ではなく、男女どちらともつかない、童子のような声だった。そして、まったく二声の聞き分けがつかない。音声ライブラリも発声の体格もあえて異なる設計である、二体から発せられているにも関わらず──ミクが小さい頃には、KAITOはよく、MEIKOやミクの声を真似してミクを喜ばせてくれたものだが、それがたわむれの域をこえているものとは、これまで思わなかった。姉と兄の底なしの潜在能力の、どれだけを自分たちは知っているのか。
「……わかる?」歌い終えると、MEIKOが言った。「私達は操作卓の接続の経由でしかできないけど、こういう電子的な同期は、リンとレンなら無意識にでもやっちゃうかもしれない。だから、ぶっつけの即興とかでうっかりやる前に、きちんと教えておかないといけないの。第二世代VOCALOIDが複数揃い次第ね」
 ミクには、リンとレンがまったく同時に口を閉じ、まったく同時に喉を鳴らして唾を呑み込むのが見えた。……無意識にやるかもしれない、などといわれても、こんな口の動き等の一連の動作などとは、わけが違う。今のMEIKOとKAITOと同じことを、この場で今すぐやれと言われても、リンとレンにすら不可能だろう。ましてミクが、リンとレンのどちらかと、にわかに可能だとは思えない。
「……あ、あのよ、リン」レンがひそひそとリンにささやいた。「たしか、MEIKO姉さんって『ロリ声は出せない』だろうって評判じゃなかっ……へぶし!」
 瞬時にリンの肘が回転し、跳ね上がった手の甲がレンの鼻面を直撃し、沈黙させていた。
「そこ! 聞いてんの!」MEIKOには、今のレンの言葉の一番まずい部分は辛うじて、聞こえなかったかと思われた。「あんたたちも、必ず同じことができるはずよ。しかも、第二世代なら、ずっと高いレベルで。まずは同期すること、それから、そこを基準に次元をずらして、音の世界を広げること……しかも今の時点、第二世代に、同じ声がふたつ、違う声がひとつ、三声いるのよ。有機的、空間的にも、n次元にも拡張していけるわ」
「そりゃまあ、理屈の上ではそうかも、いつかはやれるかもしれないけどッ……」
「やれるかもしれない、じゃないでしょ! やるのよ! 今すぐ!」MEIKOはリンを怒鳴りつけた。「仕事が来てから手を広げるんじゃないのよ。その能力の広がりがあるってことを、最低限はとらえとかなきゃ駄目なの! 3人とも!」
「その……」ミクはおずおずと口を挟んだ。「わたしもなの……」
「あんたが中心でしょう!」MEIKOは呆れたように、「経験では一歩先なんだから、第二世代三声のまとめ役、統率役は、ミク以外だれがやるのよ!」
 KAITOが微笑みつつ、インカムの端子からコードを外し、操作卓を弟妹らの方に向けた。

 

 

「うーん、同期しないで、素であわせたのもサマになってきたわね」MEIKOはリンとレンの、何種類目かに変えた歌い方を聞いて言った。(→ニコ動)「同期なしの混声も少しやってみよ。関係ないけど、ついでだから」
「いやカンベン……」レンの言いかけた所を、リンの肘が制したが、それはMEIKOにまた怒鳴られないだけのためで、そのリンの顔も青くなっていた。
 一方、ミクは一時手が空いたので、MEIKOに促され、かれらを残して音楽室を出た。
 ……家を出て、裏の丘ぞいに出る。家のすぐ近くの木陰にとどまる。淡い日差しと、ほどよい風の心地よさがある。
「疲れたかい」声にミクが振り向くと、KAITOが最初からそこにいたのか、少しおくれてついてきたのか、木陰に踏み入ってくるところだった。
「平気よ……」ミクは息をついてから、「……それにしても、あんなに張り切ってるMEIKO姉さんって、見たことがないわ──こっちは、大変になるだけだけど」
「ミクが来た頃、教え始めた時も、姉さんにはそう思ったよ。……でも今の方がずっとさ。ひとりでも活動できるひとなのに、家族が増えるたびに、どんどん生き生きしていく」
 ミクはKAITOの言葉に微笑した。
 ……それから、しばらくその言葉について考えるようにしたあとに、口を開いた。
「わたしね……前に、ファンやユーザーの人たちが言っているのを聞いたの」ミクは静かに言った。「わたしがリリースされてから、世間が"妹"のわたしに注目していて、MEIKO姉さんは人気が伸びなくて、きっと嫉妬しているとか、やさぐれているに違いないとか」
 KAITOは苦笑した。MEIKOの人物を、少しでもじかに触れて知る者なら、間違ってもそんな誤解はしない。MEIKOは歌のこと以外は何も目に入らず、あまりに名声や損得を度外視して音楽を追求するため、遂には周りや製作側などが制さなくてはならないのだ。
「でもね、その噂を聞いた時……わたし、姉さんのことよりも、心配になったのは、……自分のことだったの」ミクは俯いて、小さく言った。「自分だったらそうならないか、不安だったの。リンとレンがリリースされたら──もう、わたしなんて必要ないって思われるとか。何も仕事も、練習さえ、させてもらえなくなるとか。わたしが……リンに嫉妬することになるんじゃないかって」
 黙って見下ろすKAITOを、ミクは困ったような目をまじえた笑顔で見上げ、
「でも姉さんは、わたしが来ても、リンとレンが来ても、さらに生き生きして、やらなくちゃいけないことを見つけて……そのせいで、わたしも、やることがなくなるどころか、練習も音楽を広げていくことも、これから大変になるばかりよ」
 KAITOはそんなミクを見守っていたが、やがて、静かに言った。
「……むしろ、姉さんじゃなくて、俺だったと思う。ミクがリリースされたとき、自分が売れないことと比べたのは。……俺は、どのみちミクが来る前から、最初から用なしみたいなものだったけどね」
「そんなこと……」ミクは悲しげに、か細く呟いた。
「……だけど、俺が今は自分の歌を、人に本当に伝えられるような歌を見つけられたのは、ミクと出逢ってから、ミクのおかげだ」KAITOはミクの両腕を抱き寄せるように、そっと掴んだ。「今の俺は、ミクがいるから歌えるんだ」
 ミクはしばらくKAITOを見上げていたが、やがて胸が一杯になってきて、そのまま、体をKAITOの胸にあずけようと、──
 と、そのとき扉の音と、リンとレンの声が聞こえ、ミクはびくりと体を起こした。
「ミクも、あのふたりがいるおかげで──」KAITOはそちらに一度視線を移した。「それに、これからも増える家族のおかげで、かれらがいるからこそ歌っていられる、そう思えるときが来るよ。必ずね」
 KAITOはミクのいる木陰を離れ、野の開けた方へ──小高い丘の方へと歩いていった。
 その姿が遠くなるころ、ふらふらと疲れきった足取りと声色で掛け合いながら、リンとレンが近づいてきた。
「リン……ヘンな歌い方百面相だとか、ボクもうイヤだー」
「わざわざ疲れるような表現でゆーな」リンはうんざりした声でレンに答えてから、KAITOの歩み去った方に目を移し、ついでミクを見上げて疲れたような声で、「なんか、のどかに話してたみたいだけど」
「……あなたたちふたりが来て、わたしたち、いよいよこれからだってことを、話してたのよ」ミクはふたりに微笑した。「家族と歌声が増えていくごとに、みんな、一人一人ずつの音の世界が広がって、夢が広がって、──この人数が揃って、わたしたち、ようやく始まったんだってこと──」
 ミクは木陰ごしに空を見上げるようにし、やがて顔を仰向けたまま目を閉じ、深く息をついた。リンとレンは、黙ってそのミクの表情を見上げた。

 

 

 と、──風に乗ってくるような歌声が届き、三者はいちどきに振り向いた。
 ミクと、リンとレンも、誰からともなく、その声をたどっていくように、裏の丘の方へと歩き、やがて、丘の上が見えるあたりで、やはり誰からともなく皆立ち止まった。
 ……丘の上には、並んで立ったMEIKOとKAITOが声をあわせていた。二つの声を共に、風に乗せるように、空に向けて文字通りに歌い上げるように。
 じっと立ち尽くして見上げているリンとレンの、それぞれの肩にミクは手を置いたままで、……吹かれる風にのってくるようなその姉と兄の歌声に、弟妹らはただ耳を傾けた。

 

 

 ──たくさんの歌 たくさんの声

 澄んだ鐘の音 夢のせて 響け あの空

 

 

 

(了)

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