おさななじみ

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※KAITO×MEIKOのカップリング小説です。

 




おさななじみ

 




 長いレコーディングが一段落して、私は控室のソファーに腰を下ろした。この曲が終われば、しばらく大きな仕事はなくなる。休めるのはうれしいけれど、もっと歌っていたいような気もした。

 曲のテーマは幼馴染の男女。男の幼馴染がいる私には共感できる部分もあったし、妄想しすぎに思える部分もあった。だけど、色々な思い出に浸れて楽しかったのがほとんどだった。もしかすると、今まで歌った曲の中で、一番好きかもしれない。

 突然、勢いよくドアが開く音がした。見ると、カイトが肩で息をしていた。その様子が、幼いころの記憶と重なる。男の幼馴染とは、言うまでもなく彼のことだった。私を追いかけるように、歌手になった。そして、安定して仕事のある私とは違ってようやく最近仕事が増え、人気も出てきたばかりの身だった。

「どうしたの? そんなに息切らして」

 私は尋ねてみた。カイトはしばらく息を整えると、苦笑しながら答えた。

「実はさっき、アンさんに迫られちゃって……」

 胸が、少し締め付けられた。そのことに、自分でも驚いてしまう。そして、何を意味するのかをすぐに悟った。何の言葉も発することができない。カイトはそのまま話を続けた。

「それがあまりに強引だったから……仕事があるって言って逃げて来たよ。悪いことしたかもなあ」

「……そう」

 やっと発した自分の言葉の冷たさに、ドキッとする。嫉妬するなんて恥ずかしい。カイトも私の言葉に困惑しているように見えた。

「ごめん、私、疲れてるみたい。少し風に当たってくるわね」

 私は目も合わせずカイトの横をすり抜け、部屋を後にした。


 これがきっと、自分の気持ちなんだろう。カイトに恋心を持っていた。ぽっと出てきた感じはしない。ずっと閉じ込めていて、さっきのことをきっかけに露わになったのだろう。猛アタックをしかける人がいれば、気持ちもそっちに向かってしまう方が自然だ。

『僕、大人になったらめーちゃんをお嫁さんにする!』

 昔カイトはこんなことを言った。けれど私は、

『いやだ! 私はもっと男らしい人のお嫁さんになるの!』

 と言ってカイトを落ち込ませた。思春期に入ったばかりの頃は『めーちゃんって呼ばないで!』と言って困惑させた。それがだ。私を追いかけて来なくなるかもしれないことに気付いたとたん、気持ちが表に出てきた。そして、私の方に引き戻せないかと思い始めて。自分勝手だ。嫌になる。

 このまま、気がつかなかったことにしよう。……そうだ。きっと、それが一番いい。そうすればそのうち、この気持ちも消えてくれるはず。

 もう、カイトを振り回したくなかった。


 レコーディングは完全に終わった。できるだけのことはやった。曲の中の幼馴染達は恋人同士になった。でも、それだけがハッピーエンドじゃないと思う。幼馴染という関係に縛られないで、互いに別の、もっといい道に進むこともハッピーエンドになりえる。そうだよきっと。そうでないと……やってられないもの。

 私は帰らず、しばらく控え室のソファーの上に座っていた。カイトに会ってから帰りたかった。すっぱり切ってしまうためというそれらしい理由を頭の中で作ったけど、未練があるからでしかなかった。

「あれ、仕事終わったんじゃなかったの?」

 カイトが戻ってきた。心臓が跳ね上がった。

「えっと、まあ、この控室にもしばらく来なくなるから、もう少しいようと思って」

「そっか」

 私の見え透いた言い訳にも、カイトは笑って納得した。

「隣、座っていい?」

「え? あ、うん……」

 私が返事をすると、カイトは私の隣に座った。近い。こんなに距離が近いのは久しぶりだ。少し、意識してしまう。

「仕事、忙しそうね」

 私は誤魔化すように話題を振った。

「そうだなあ、しばらくは予定がびっしりだな。今日も遅くなりそうだし」

 カイトは笑って答える。歌えるのが嬉しいんだろうけど、心配だ。

「無理しちゃだめよ。喉にも気を使わないと。……あ、そうだ」

 私は思い出してポケットを探った。取り出したのははちみつ飴。甘いものの補給にもなるし喉にも効くから、歌手になって以来重宝している。

「これあげる」

「ありがとう。メイコ」

 カイトは包みを破ると、飴を口に放り込んだ。メイコという呼び名を、少し申し訳なく感じた。改めて考えると、自分が強制しているようにしか思えなかった。

 私は、飴を舐めるカイトの横顔をしばらく見ていた。こうやって顔をまじまじ見るのは初めてだった。よく見たら……格好いい。って、何やってるんだ私。断ち切るどころか、どんどん引き込まれてるじゃない。でも、どうしよう。目が離せない。ずっと、見ていたい。

 カイトが、横目でこっちを見る。ドキッとしたけど、私は目を反らさなかった。飴はもうなくなってしまったみたいだった。

「メイコ」

 カイトが私の名前を呼ぶ。何?と私は返事をする。

「まだ……妬いてる?」

 顔が熱くなった。まさか、妬いてたことに気づいてたなんて。ここははぐらかすべきなのかなと思ったけど、口は勝手に言葉を発していた。

「……知ってたの?」

 カイトは優しく微笑んだ。

「だって、メイコはわかりやすいから。昔からそうだよ」

 わかりやすい? 私はきょとんとしてしまう。もしかして、今までの取り繕いやカラ元気もばれてたのかな?そう思うと、すごく恥ずかしくなってきた。カイトはそれもお見通しなのか、笑っていた。

「でも、俺のことをそんな風に思ってたのは……知らなかったけどね」

 カイトの顔がぐっと近づいてくる。私はぐっと目をつむった。声を上げる間もなく、唇に柔らかいものを感じる。ほのかにはちみつの味。それが何なのかを理解したとたん、体中が熱くなった。

「……めーちゃん」

 囁かれて、私は目を開けた。カイトはまた笑っていた。こんなことをして笑っていられるなんて……どういう神経してるんだろう。張り倒してやりたい。

「俺の気持ちは変わってないよ。昔から、ずっと」

 カイトの腕によって、体が抱きすくめられる。懐かしい香りがして、すごく心地よかった。

『大人になったらめーちゃんをお嫁さんにする!』

 小さなカイトの言葉が蘇る。先のことなんか全く考えてない幼さゆえに発されたものなのに、一番胸にしみる言葉。

 今まで放っておいてしまった分、これから大事にしよう。

 ……もちろん、カイトのことも。

 

 

 

 

 

 

 

 

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