LINK RING 2 ハクの場合

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 姉さんのこと、応援したい気持ちはあるんですよ、とKAITOさんはつぶやいた。
 

 甘いカクテルの上に甘いバニラアイスを乗せたカクテル・フロートの入った洒落たグラスを指先で弄ぶ、やっとまともにお酒が飲めるようになったばかりの歳の青年はまた、ため息をついた。こんなメニューがある店はうちくらいだろうし、注文するのもこの人ぐらいだろう。


 こんな私が店主なせいか、この店に来るお客は少ない。ほとんどが私の友人たちやその紹介を受けた常連たちばかりだ。この隠れ家的な雰囲気がいいと彼らはよく店を訪ねてくれて、それなりに店を保っていられるけれど、けして、裕福ではない。それくらいだ。


 今現在、お客は目の前の青髪の青年一人。彼は私の友人の一人の家のVOCALOIDで、世間一般の同ソフトのイメージとは多少ずれるが、この人、いや、このKAITOも甘い物、とくにアイスクリームが好物だった。

 

LINK RING 2 ハクの場合

 

 初めて会ったのはいつだっただろうか。彼と彼のお姉さんのマスターである私の友人と、お酒好きのお姉さんに引きずられるようにして彼がこの店を訪れたのが確か、去年の彼の誕生日だったように思う。それがどの季節のことだったかは思い出せないが、彼があのトレードマークの一つである白いコートを着込んでいたのは覚えているから、おそらく夏ではなかったはず。白いコートと青いマフラーが似合うこの人には冬が似合うので、勝手に冬生まれだとは思っているけれど、もしかすると春生まれなのかもしれない。そんなことを考えながら、彼の次の言葉を待った。


 そしてKAITOさんはまた、どこを見るともなしにその髪色に似た憂いを帯びたため息をついて、もう一度、繰り返す。


「姉さんとマスターのこと、応援したい気持ちはあるんです。姉さんのマスターへの気持ちは本物だし、マスターだって本気なのは伝わってきます。良い人ですし、良いマスターです。安心して姉さんを任せられます。でもですね……。どうしても不安なんですよ」


 矛盾してますね、と苦笑して少しバニラの溶けたカクテルを口にしたKAITOさんはもう一度ため息をついて、ちらりと私の方を見た後、また、視線をそらした。このお店に来てから、この仕草はこれで3回目。私の読みが正しければ、これは構って欲しいけど、弱いところはできるだけ見せたくないというポーズ。男の人って本当にこどもっぽいんだから。


「どうあがいたって、僕らは機械なんですよ。そりゃ、食ったり呑んだりも出来ますがね。それでもやっぱり機械なんです。マスターや弱音さんは身を切ると赤い血が出るでしょ、でも、僕にも姉さんにもミクやリン、レンにも赤い血なんて流れちゃいないんです」


 そう言って、突然、ご自分の左手首のジョイントをご自分の右手ではずされたKAITOさんに、私はぎょっとする。彼の顔に苦痛は見えないけれど、外されたわけでもない私の左手首が痛い。人間の血管に当たる赤いコードや人工骨格がむき出しになっているその様に、背筋がぞぞとする。う、さっきのお酒が戻ってきそう……


「し、しまって下さい! 手首、つけて下さい! 痛い、痛いです!」


「そういうのも、僕らには無いんです。人間や他のアンドロイドに同調して、自己投影することができないんです。想像することはできますが、人間のように自分の体まで痛く感じることはないんです。悲しみを背負った人と悲しみを共有したり、できないんですよ」


 僕より、弱音さんの方がよっぽど痛そうだ。そう笑って、何事もなかったように手首をもどすKAITOさんを私は茫然と見ることしかできなかった。KAITOさんは続ける。もしかしたら、彼は酔っているのかもしれない。もともと、あまりご自分のことをぺらぺらと喋る人ではなかったはずだから。


「それに、その、女性の前でこういうことを言うのはなんですが、人間と僕らが結ばれても生産性なんてないでしょ。いくら、マスターと姉さんが愛し合っていたって、マスターの子孫は残らないわけだし……、今の法律じゃ結婚すらできない。まぁ、指輪を贈った時点で結婚したようなものと言えないこともないんでしょうけど……。それでも、法律上はただの他人どころか人間とその所有物です。マスターのことは信じていますけど、でも、これらを理由に姉さんが捨てられてしまったら……と思うと、不安で不安で仕方がないんです。姉さんは敢えてそれに関しては考えないようにしてるみたいですし、手放しに二人を祝福してるミク達の前では言いにくくて……すみません、今日は僕の方が弱音吐いてますね。弱音を吐くのは弱音さんの専売特許なのに」


「どうぜ、私はボヤキロイドですよ」


「そうスネないで下さい。冗談が過ぎました。でも、不安なのは、本当なんです」


 そう言って、また私から視線をそらしてフロートを口に含むKAITOさん。その姿が飲んでいるものの幼さはまぁさておき、妙に人臭く見えて一瞬どきりとする。友人の家にいる日本語ライブラリVOCALOIDの中では、ミクちゃんに並んで人間離れした容姿の彼なのに、仕草の一つ一つがまるで憂いを纏った人間の男の子のように見えて、妙に放っておけない気分になる。初めて会った頃は、まるで映画の中のロボットのような様子だったのに……。お酒のせいかもしれない、マスターやお姉さん、妹さんたちと過ごしてきた年月のせいかもしれない。下手をすれば、私の気のせいなのかもしれない。でも、一つだけ、気づいたことがある。


「そんなに不安がること、ないんじゃないですか」


「え?」


「さっき、MEIKOさんがマスターに捨てられてしまうかもしれないと思うと不安だってKAITOさんおっしゃいましたよね?」


「え、ええ」


「捨てられるのは、KAITOさんじゃないのに?」


「え? いや、でも確かにそうですけど、自分の姉さんのことですし……」


「でも、さっきKAITOさん、こうも言ってましたよ。ご自分たちには、他人に同調したり、自己投影して一緒に痛みを負ったり、悲しみを分け合ったりできないって。でもKAITOさん、こうやってお姉さんのこと心配して、お姉さんが表に出せない不安、まるで自分のことみたいに考えてることができてるじゃないですか。マスターさんが、自分の歌に満足してくれればKAITOさんも嬉しいでしょう? お姉さんの不安だと、KAITOさんも不安でしょう? ミクちゃんが幸せそうだと、KAITOさんも幸せなんじゃないですか? リンちゃんが泣いてると、自分も悲しくなりません? レンくんが馬鹿にされたら、くやしいでしょう?」


「…………そうですね、マスターが満足していると僕も嬉しいですし、姉さんが不安だと僕も不安になる。ミクが幸せなら僕だって幸せだし、リンが泣いていたら僕まで泣いてしまいそうだ。レンが馬鹿にされたら、馬鹿にした奴をきっと許せない」
 

「充分、みんなと同調出来てるじゃないですか。KAITOさんにできること、MEIKOさんができないわけないでしょ? MEIKOさんは優しい人だから、きっと大丈夫ですよ。大好きな人と、大切な思い一緒に育んでいける人です。それに、人間とアンドロイドの恋愛に生産性がないなんてKAITOさんに言いましたけど、生産性なんて結果の一つですよ。人間同士でも子供のいない夫婦なんてザラですし、結婚できないなんてこと、ココロが繋がっていば何の問題もなしです」


「ココロ……」


「さっき言った、相手の幸せを自分の幸せにできて、互いの不安を共有できて、一緒に大切な思いを育むことができる感情です。それがあれば、法律とか生産性とか問題ないですよ。一緒にいたいと互いに相手を幸せにしたいと思い合えることが一番大切なんですから。何の心配もいりませんよ」


「そうでしょうか……」


 どこか納得しかねるような、まるで、だまし絵を見せられた子供のような顔をするKAITOさんに追い打ちをかけるように少し彼の聴覚センサ―が内蔵された耳元に口を近づけ、囁くようにこう言ってみる。


「KAITOさんは、ご自分のお姉さんとマスターが信じられないんですか? というより、こんな呑んだくれ女の言葉なんか信じられない?」


「ま、まさか!!」


 彼らのマスターである私の友人が、真面目を絵に描いたような石頭と形容する青髪の青年は面白いほど顔を真っ赤にさせて上ずった声をあげる。年下の男の子って面白い。……そう言えば、KAITOさんは発売されてまだ2年しかたってないから2歳になるのかしら? ならMEIKOさんは、4歳? あらあら。友人が4歳児にお給料3ヶ月分を贈る犯罪者になっちゃったわ。 


「でしょう? なら、大丈夫ですよ。マスターさんはきっとお姉さんを幸せにしてくれますし、お姉さんもマスターさんの支えになれるはずです。むしろ、KAITOさん、今までちょっとお姉さんにべったり過ぎたんじゃありません? そろそろ姉離れした方がいいんじゃないですか?」


「う……! そんなことは……」


「ありますよ。ちょうどいい姉離れの機会なんじゃありません? ついでに甘いものもある程度卒業してみるのはどうです? 甘いものもおいしいですけど、辛いものもおいしいですよ」


「か、辛いものですか……」


「おいしいカレー屋さんを知ってるんです。辛ければ辛いほどおいしんですよ。どうです? この呑んだくれのおねーさんと一緒に行ってみます?」


 もちろん、ここでのおねーさんと言うのはMEIKOさんのことではない。私より年下のKAITOさんから見れば、私だって充分お姉さんだ。うふん、とちょっとお酒の入った眼でウィンクしてみる。


「か、からかわんで下さい!!」


 しかし、こんな風に照れたり真っ赤になったり怒ったり姉弟を心配してみたり……、本当に人間と勘違いしそう。そう、さっきにみたいに簡単に手首のジョイント外したりしない限り。さっきも、感じたけれどVOCALOIDって人と関っていくうちにどんどん人に近づいていくのね。製作者はここまで考えてプログラミングしたのかしら。この子たちのこと、最初は人間みたいに見えるのに人間じゃないなんてちょっと穿った目で見てたけど、実際、こんな姿を見せられるとそんなことどうでもよくなってくる。MEIKOさんに夢中になってる友人の気持ちがほんのちょっとだけ、解ったような気がした。


 ……うん、でも、ごめん。やっぱさっきの君が手首外したのを思い出したら、開店前に飲んだお酒、嘔吐リバースしそう。うぇ……


<LINK RING 3 ミクの場合へ続く>

ネタにしてすみません><

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