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占領軍 Occupation Force  フランク・ハーバート

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占領軍 Occupation Force  フランク・ハーバート

男が目を覚ますまでには長い時間がかかった。どこかでどんどんとたたく音がしている。ヘンリー・A・レウェリン将軍は慌てて目を開けた。寝室のドアに誰かいるらしい。今度は声がする。「将軍殿──将軍殿──将軍殿」部下の斥候兵だ。
「もういいワトキンス、目は覚めている」
ノックの音はやんだ。
将軍はベッドから脚をぶらぶらさせながら、目覚まし時計の蛍光文字盤を見た──二時二五分。いったい何事だ? 将軍はローブをするりと身につけた。背が高く血色のいい男だ──統合参謀本部長会議の議長である。
将軍がドアを開けるとワトキンスは敬礼した。「将軍殿、大統領閣下が緊急閣議を招集なさいました」斥候は、全部の単語が同時に聞こえるほどの早口で告げ始めた。「エリー湖並の大きさの地球外宇宙船が、地球の周りを回って、攻撃準備を進めているようなのです」
将軍がその言葉の意味を理解するのに一秒もかからなかった。鼻を鳴らす。
〈パルプ・マガジンにでも載りそうな戯言だわい!〉と将軍は思った。
「将軍殿」ワトキンスが言った、「ホワイトハウスまでお連れするための参謀部の車が、下で待機しています」
「着替えるから、コーヒーを一杯淹れてくれ」将軍は言った。

***

五ヶ国の代表、全閣僚、九人の上院議員と一四人の下院議員、更には、FBI機密業務部局及び全軍事担当部局の代表者たちが、この会議に参加していた。ホワイトハウスの避爆シェルターにある会議室が会場である──壁いちめんに本物に似せて作られた窓があって、その奥に写真がはめ込まれている。レウェリン将軍は樫の会議テーブルを間に挟んで大統領の真向かいの席だった。大統領が木槌をたたくと、会議室のざわめきはぴたっとやんだ。補佐官が立ち上がって、最初に状況説明を行った。
午後八時頃、シカゴ大学の天文学者が飛行物体を目撃した。その飛行物体は、おおよそオリオン座の三ツ星の方角から飛来した。他の観測者に知らせたところ、その一人が政府に通報しようと提案したのだった。
その宇宙船は信じられない速度で矢のように訪れ、地球を一時間半で周回するように軌道を変えた。その時点では既に肉眼で見えるほどになっており、いうなればもう一つの月だった。だいたいの見当で大きさは全長一九マイル、幅一二マイル、ちょっと見には卵形である。
分光分析機による分析では、屈折望遠鏡を使って調べたところ、炭素の痕跡が認められ、恐らくは水素イオン流を噴出して駆動しているのだろうと思われた。その侵略者はレーダーに引っかからず、通信にも応じなかった。
大多数の意見は、地球制服のために派遣された敵意に満ちた宇宙船である、というものだったが、一部には少数ながら、宇宙からの〈注意深い〉訪問者だという意見もあった。
周回軌道に入ってほぼ二時間後、くだんの宇宙船は五〇〇フィートの大きさの偵察機をボストンへ急降下させ、夜のバスを待っている労働者の中から、ウィリアム・R・ジョーンズという男をさらっていった。
少数派の中には、多数派の意見に乗り替わるものもあった。大統領はしかし、宇宙船に攻撃をしようという意見をすべてはねのけた。他国の代表者たちは賛成した。そして、時々自国と連絡を取っていた。
「あの大きさを考えても見たまえ」大統領は言った。「われわれの勝算は、一匹の蟻が、蟻並みの大きさの豆鉄砲で、象を撃って仕留める程度でしかないよ」
「確かに、あの連中がただ用心深いだけだという可能性は常にあるでしょう」といったのは国務省の次官である。「でも、いくら私がどなたかの提案を信じてみたところで、連中が詳しく調べてみるためにボストンからあのジョーンズとかいう人を連れ去ったのだという証拠はどこにもないんですよ」
「だいたいあの大きさからいって、平和的意図があるとはとても思えん」レウェリン将軍が発言した。「あれはもう、侵略軍に決まっています。われわれがなすべきことはただ一つ、ありったけの原子力戦闘機を展開させ、それでもってして──」
大統領が手を振り、レウェリンを制した。
レウェリン将軍は椅子に腰を沈めた。議論でのどがひりひりし、机をたたきすぎた手が痛い。
午前八時に例の宇宙船は、ニュージャージー海岸の上空で一〇〇〇フィートの偵察機を出した。その偵察機は風に乗ってワシントンへ降下してきた。午前八時一八分、偵察機は完璧な英語でワシントン空港と交信し、着陸指令を求めた。仰天した管制塔の通信士は、空港から軍が撤退するまでは近寄らないようにと警告を出した。
レウェリン将軍と消耗部隊の一団が侵略者を迎える役に抜擢された。将軍らは、八時五一分には空港のフィールドに立っていた。青白い駒鳥の卵のような偵察機が、酷くひび割れた滑走路に着陸した。小さなハッチが船の外面で開閉を始めた。長いロッドが出たり入ったりしている。十分後、入り口が開き、タラップが飛び出して地面に突き立った。ふたたび、静寂。
軍に集められる限りのあらゆる武器がこの侵略者へと向けられていた。ジェット機の一団が上空を飛び過ぎる。そのはるか上空には、爆撃機が一機、ぐるぐる旋回している。その胴部には〈爆弾〉と書いてある。すべてが将軍の合図を待っているのだ。
タラップの上の暗闇で、何かが動いた。入り口に四つの人の形が現れた。縞のズボンにモーニングコートを着て、きらきら光る黒い靴を履き、シルクハットをかぶっている。三人は書類鞄を持ち、もう一人が巻物のようなものを持っている。そして、タラップを降りてきた。
レウェリン将軍と補佐役たちは、タラップへと歩き出した。
〈連中は思ったよりも官僚じみて見えるな〉と将軍は思った。
巻物を持った細面で黒髪の男が、最初に口を開いた。「私がクロリアから大使という栄誉を受けてやって来た、ルー・モガシビジャンツです」その英語には誤りがなかった。男は巻物を広げた。「これが信任状です」
レウェリン将軍は、巻物を受け取ると言った。「私は将軍のヘンリー・A・レウェリン」──躊躇した──「地球の代表です」
クロリア人は軽く頭を下げて礼をした。「私の参謀をご紹介しましょう」後ろを振り返った。「エイク・ターゴトキカラパ、ミン・シノバヤタガーキ、それにウィリアム・R・ジョーンズ、こちらは最近地球のボストンから連れて参りました」
全朝刊の紙面を飾った例の顔写真の男を将軍ははっきり認めた。
〈この男が、おれたちの太陽を初めて裏切ったとんでもない野郎だ〉将軍は内心思った。
「着陸までに手間取って、大変申し訳なく思っております」とクロリア大使は詫びた。「植民計画ではたまに、予備段階から次の段階に移るまでに長期間を要せざるを得ないことがあるのです」
〈植民計画!〉将軍は驚愕した。危うく兵士たちに合図を出すところだった。そうなれば、ここは死体で満ち溢れることになる。しかし大使は更に言葉を続けた。
「着陸をだらだら遅延させたのは、怠るわけにはいかない用心のためだったんですよ」クロリア人はいった。「長い時間がたつうちに、私たちのデータは古びてしまいました。サンプリングの時間が必要だったのです。ジョーンズ氏と話したり、データをヴァージョンアップしたりするために」再び大使は慇懃に礼をした。
いまや、レウェリン将軍の頭は混乱しきっていた。〈サンプリング──データだと──〉深呼吸をする。肩の上に、歴史の重圧がのしかかるのを感じつつ、将軍は言った。「われわれにはただ一つだけ、質問があります。大使殿、いったい、あなたがたは、友人として来られたのですか? それとも、征服者として来られたのですか?」
クロリア人は目を少し見開いた。そして、傍らの地球人を振り返る。「私が予想したとおりになりましたな、ジョーンズさん」唇を薄く見えるほど噛みしめた。「あの植民局め! ろくなやつがいない! 能無しが! へまばかりしおってからに!」
将軍は眉をひそめた。「よく分かりませんが」
「いやいや、ごもっともです」大使は元の言葉遣いに戻った。「が、もしも植民局が接触を保ち続けたというのが確かならば──」かぶりを振る。「周りにいるあなたがたの星の人たちをご覧なさい、将軍殿」
将軍はまず、大使の傍らに立っている数人を見た。明らかに人間だ。クロリア人から合図されて、将軍は自分の後ろにいる兵士を振り返り、それから空港のフェンスの向こうで怯えている市民たちを見やった。そして肩をすくめ、クロリア人を向き直った。「地球の人たちは、私の質問に対するあなたの回答を待っています。あなたがたは、友人としてやって来られたのか、それとも征服者としてですか?」
大使は嘆息した。「実のところ、将軍殿、その質問には本当に答えようがないのですよ。あなたはもう気づかれているはずです、私たちが同じ種族だということに」
将軍は次の言葉を待った。
「きっともうお分かりですね」クロリア人は言った。「われわれがとっくの昔に地球を占領していたことを──七千年もの昔にですよ」
~完~

(一九八五年一月二日刊行「くだらない本」収録の翻訳を改訳)

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