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地中海のシンデレラ・ストーリー La Cenerentola グウィネス・ジョーンズ

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地中海のシンデレラ・ストーリー La Cenerentola グウィネス・ジョーンズ


一幕 学者ジプシー

その姉妹を見たとき私が最初に考えたのは、単純に完璧すぎる、ということだった。寸分たがわぬ双子に違いない。年齢は十六歳ほど。背は高いが高すぎはせず、肌は日の光を受けて金色に輝き、手足は丸くかつ細長く、髪は長い金色、瞳は青。互いに腕をからめ、ささやきをかわしながら、弾むように歩いてきた。その優雅な身のこなしまでもが瓜二つだ。一人が髪をかきあげれば、もう一人が無垢の白いショーツから虫を払いのける。一つ一つの動作がもう一人の鏡像だった。ありえないほど完璧! それから私は母親が後ろを歩いているのを見て(母親に違いない、他の関係ではありえないぐらいよく似ていたのだ)、理解できたような気がした。その更に古い原型──あるいは、オリジナルというべきか──は、とても見栄えのよい、脚の長いブロンドの美女で、平均的な肉体と少し日焼けした肌を持っていた。サングラスに隠れた瞳の色はまぎれもない青。だがもっと仔細にみると──やや薄い唇、角張った顎。スタイルも厳密には均整がとれていない──その事実が、傷一つない美にやや足りない程度の容姿に何かを付け加えていた。
私はなるべく見ないようにした。とはいえむろんこの娘たちは口をあんぐり開けて賞賛されることには慣れているに違いないが。それから私は、嬉しいことに、この三人が私のほうに近づいてきていると悟った。年上の女が話しかけようとした。私は歓迎の微笑を浮かべて上体を起こした。
スーズとボビと私は夏の間、ヨーロッパにいた。この数年来の私たちの生活パターンだった。冬にはニューメキシコに行き、私は哲学を教え、スーズはソフトウェアのエンジニアとして働くのだ。
夏のたびに私たちは大西洋を渡った。私たちはまだここに定住所を持たないものの、あちこち見歩いていた。私たちの旅行は、行楽地選びのための一連のオーディションのようなものだった。今年の私たちは、地中海をわれらが夏の家と思い定めていた。だが私たちはコート・ダズアのあまりに混んだ村祭りから逃げ出してきていた。フランスのリヴィエラのトロップ・ドゥ・モンドへ。そして私たちは八月半ば、ここにいる。質素だがとても整備された魅力的な国際キャンプ場セント・マウロ。ホート・プロヴェンスのまぶしい神話的な空の下、太陽の照りつける丘の斜面に快適なトレーラーをとめて。
「わお」妻のスーズがつぶやいた、毛布の上、私のラウンジチェアの横、コルクガシの樹の下で。片肘をついて、このすばらしい光景を眺めている。娘のボビは、新しい趣味、このテラスに住みついている小さな赤蟻をいじるのに没頭している。片手いっぱいのパン屑をばらまき、それを巣穴に運ぼうとする蟻たちを、障害物や穴で邪魔するのだ。
「こんにちは」と女は言って、すぐにイギリス人だと分かった。たぶん上流階級(だが多くのイギリス風アクセントは、アメリカ人には馬鹿馬鹿しいほど貴族的に聞こえることを私は認める)。「気づきましたわ、あなたたち、セント・マウロにいらっしゃいましたね。アメリカ人ですか?」
「ニュー・メキシコから来ました」スーズが笑いながら言った。「私はスーズ・ボナーです。こちらは私の妻、テア・ラランドです。それから、あれがボビです。でもあなたとは話さないと思いますよ、礼儀知らずの幼い子ですから。ここはすてきな場所ですね。ロード・マップで見つけたんです」
スーズは、熱気と、必要最小限の人間の活動があれば、〈すてき〉と思う。セント・マウロに、私がスーズを連れ歩くほどの文化的要素がなかったことも後押ししていた。そもそもスーズは、なぜ私が故郷の沙漠から連れ出すのを許したのだろう、と時々思う。
「まったくうっとりしますわね」新たな知り合いが言った。「そしてとても平和。私はローラ・ブラウンです。これはセリーヌ、これはカルメン。村の外に泊まっていますの」双子は完璧に微笑んだ。ローラ・ブラウンはサングラスを取り、ボビを見つめた。「実を言うと、今夜の祭でお会いできたらと思っていましたの」
「祭?」ボビの顔がバネで跳ね返ったように上を向く。「花火があるの?」
ローラ・ブラウンは笑った。「たぶんないわよ!」
「なあんだ」肩をすくめて、可愛い小さな娘は邪悪な遊びに戻る。新しい友は、まだ興味深そうにボビを見ている。そして続けて言う。「小さな祭なのよ。フラメンコのギターと──」ショルダーバッグから出した紙切れを調べる。
「クスクスよ。〈ル・エクリュアル(リスの店)〉という名前のバーで。でもバーは一軒しかないから間違えることはないわ。三人と、そこでお会いしたいわ。きっと楽しくてよ。じゃ、ビエントット(さよなら)」「オーヴォワ(さよなら)」ゼリーヌとカルメンが声を合わせた。最高の双子は、通りすぎた。その後に、ボビぐらいの年齢、あるいは少し年上の痩せた少女がついて行った。一〇歳から一二歳。汚れた青いショーツと、愛用されてきたであろう赤白縞模様のTシャツ。でこぼこの茶色の頭を不機嫌に垂れ、汚れたエスパドリーユのサンダルで蹴り上げる砂をじっと見ている。私たちとすれ違うとき、娘は見上げ、ボビを意地悪く見た──私にはこの娘が他の三人と関係があるとは思えなかったが、ローラ・ブラウンが振り返って呼んだ。「マリアンナ、急ぎなさい。そんな風に靴をこすっちゃいけません! 私の末娘なんですの」急にきつい口調になったのを詫びるように、ローラは説明した。「こんなみすぼらしいなりですから。どうしようもありませんわ」
「何がおかしいんだろう、って思ったわ」家族が視界から消えると、スーズがつぶやいた。
「あの二人、双子のこと──?」
「もちろん。あんな風に見えるんだから、そうに決まってるでしょ?」
当然ながらボビが飛びついてきた。子供というのは、親の秘密の噂話には目がないのだ。「何? どういうこと? あの二人が?」
「しーっ、何でもない」
「あの二人、バービー人形そっくり」ボビが言った。
スーズと私は目くばせをかわして、その話題を終わらせようと同意した。それ以上話せば、今度あの美人姉妹と母親に会うとき、わが娘は信じられないほど失礼なことを言って、私たちに恥をかかせるのがオチだろう。
私たちはリスクのある〈クスクス〉を食べるのはやめた。夕べのちらちらする光の中、コルクガシの下でパスタを食べた。赤唐辛子とトマトを煮込んだソース。私がキャンプ場の管理所で買った地元のワイン。あのワインはおいしかった。淡い黄色、ドライだが、ドライすぎない。かすかにとてもいい香りがする! 日が沈むにつれ、ぬるい空気は藍色を帯び、焦げた草地のけだるい匂いが次第に濃くなる。私たちはこの上ない穏やかさの頂点にいるようだ。楽園の前触れのように。
スーズが私の手に触れ、「ここにする?」とつぶやいた。
だが、私の気分は完全に落ち着いていなかった。ローラ・ブラウンと双子のことを考えていた。そしてあの美しい二人の姉の後ろをついて歩いていた、醜い小さな女の子の悲しい運命について。私はすぐには答えなかった。スーズは手を伸ばし、それと知らぬ間に私の顎の角にできた緊張の小さなこぶを指でなぞった。
「ここはだめね」
スーズは立ちあがって手を伸ばした。「どうしてこの祭に、国王の命令で招待された気がするのかしら? とにかく、行きましょう。少なくとも、何か見るに値するものがあるわよ」

*****

スーズの皮肉と私のぼんやりした不安に反して、私たちはその夜、〈リスの店〉ですばらしい時間を過ごした。地元住人が大挙して表に繰り出し、私たち観光客を数で圧倒していた。こういう祭に地元住民が参加すると、いつも雰囲気が盛り上がる。サングリアが流れた。ギタリストはすばらしかった。おそらくそれ以上にこの夕べを記憶すべきものにしてくれるものはなかっただろう。だが初めから、強烈で激しい音楽に襲われ、私たちの背筋は固まり、目は見開かれ、祭は生き生きと輝いた。最初の演奏タイムが終わると、客たちは語らい、笑い、様々な言葉をしゃべった。言葉や、国家や、収入の壁は消えた。人々は小さな壇上で踊り始め、その壇は赤い土にオリーブの樹の生えたヴァン・ゴッホ風のテラスを見下ろしていた。星が出て、スーズと私は踊り始めた。紫のカーフタンと小さな黒いスリッパを履いた、小太りの小柄な村長は、独りで踊っていた。どこで学んだのかは知らぬが、高慢な瞳と火のような正確さで踊る本物のフラメンコは、激しい喝采を呼んだ。セリーヌとカルメンは、一人は赤、一人は青の可愛いフルスカートのサンドレスを着ており、どちらがどちらか見分けがつかなかった。二人は、誘って来る者があれば、誰とでも踊った(私はそんな勇気はない)。スーズは言った、「いま私たちに必要なのは、ハンサムな王子様ね」
「でも、王子様は、二人からいったいどうやって選ぶんだろう」
「選んだりしたら、馬鹿よ。二人とも連れて行けばいいんだわ!」
私は三番目の娘を探し、プリント物のオーバーオールを着た不機嫌な太った女の横の隅に座っているのを見つけた。娘は違うTシャツを着ていたが、同じみっともないショーツを穿き、半分飲んだコーラのグラスを持っていた。この二人だけがこの世界の中で楽しんでいなかった。小さな娘がどんなに不機嫌になるものかは知っている。ドレスアップしないのも、祭を楽しまないのも、娘自身の考えだろう。だが、この娘を気の毒に思った。
私は結局クスクスを食べていた──楽しいことをするといつも腹が減るのだ──そのとき、ブラウン夫人が私のところへやってきた。スーズはボビと一緒に、室内の幼児用足踏みおもちゃの周りで地元の子供の群の中にいた。
この英国人女性は、とても率直に質問をし、情報を提供した。スーズが指摘した通り、この女の親しげな態度には独善的なところがあった。女はすぐに、双子が私たちの想像通りの存在であると語った。クローンなのだと。多少の強化を施した、母親の遺伝子的複製であると。単純な話だった。ブラウンはある男と結婚しており、この男は不運にも無精子症だったが、幸運にもすごく裕福だった。このことが、若く美しい妻を複製したいという男の夢に合致した。そして、埋めこんだ胚のうち、二つが、ブラウン夫人の表現を借りれば、〈切り抜けた〉。「私、自分のお腹で育てたのよ」ブラウン夫人は言った。「夫はそれを望まなかったけど。妊娠すると私の体形が崩れると思ったのね。でも私は代理母を使うなんて我慢できなかった。それは同じことじゃないでしょ? 完全に私の子とは言えないわ」
その後、その結婚は終わり、三番目の娘は、別の父親との自然な性行為の結果として生まれた──
言い換えれば、過ち、と私は思った。あるいは実験の失敗。可哀想な子だ!
「あなたたちはどうなの? ボビが生んだの、それともあなた?」
「私です」
テアは貧乏くじを引いたのよ、と、私たちはよく冗談で言った。私たち二人とも、私は幸運だったと知っている。卵子融合胚の一方の母親の子宮は、常に他方の母親の子宮よりもその胚と適合する。それによって、生母の選択が行われるのだ。
「それと、もう一つきかせて。ボビには父親はいるの?」
私は謙虚な誇りとともに、ボビが私たち二人の母親の子であることを説明した。卵子接合胚生殖法。女性のカップルの互いの遺伝子の鎖を結合する方法だ。
そして私たちはお互いを信用し、急速に親しくなった。初めはお互いを疑ったが、やがて同じ秘密組織のメンバーであることが分かった者同士のように。実際にそんな気分だった。現代の生殖技術について、本当の秘密などなかったが。ボビは何らの偏見にあったこともない。他の者よりも金持ちになれば、疑いなく、こういった技術が使えるようになる前に、金持ちであるというだけで事実上、尊重されるようになるから。ブラウン夫人の私の娘への強い興味(キャンプ場で会ったとき、私はそういう印象を受けた)は、ボビの生い立ちを知ると消え失せた。高貴なるブラウン夫人は、私たちアメリカ人が、自分の双子よりも優れて進んだタイプの子供を手に入れたのではないか、と恐れていたのだろう。そう私は結論した。今やブラウン夫人は、そうではないと確認した──ボビは二人の母親の複製に過ぎず、何の進歩的措置も受けていないと──そして、興味は消えた。私たちは、別の話題に移った。
私に三番目の娘の話をする勇気があるだろうか、ましてや、ボビと一緒に遊ばせたいなどと? だが、見回すと、あの三番目の娘はいない。先ほどあの娘が遊んでいた角には、もう誰もいない。
「どうしたの?」ブラウン夫人がきいた。「何か問題でも?」
セリーヌとカルメンはまだ楽しそうに踊っている。「マリアンナを探していたんです」
「あら、あの子は家に戻ったわ」ブラウン夫人は気軽に説明した。「乳母のジャーメインと一緒よ」夫人は笑った。「マリアンナはパーティが嫌いなの。幼すぎるから、退屈するのよ」だが、目を私と合わせない。何か隠していると分かった。マリアンナは、何か失礼をしでかして、家に帰されたのだろうと、私は推論した。可哀想な、小さなシンデレラちゃん!
ボビは午前三時までバーに私たちといて、マリアンナを除く数キロ四方の、たぶんすべての同年代の子供も一緒にいた。ブラウン夫人と双子の美人姉妹が去った後も、私たちは長い時間とどまった。パーティが終わるまで。フラメンコのギタリストが陽気に演奏を始めると、みんなが声を張り上げて歌った。酒を飲みながら歌う、最も簡単な歌を。ヨーロッパの誰もが知っている歌を。あるいは、とにかく声を揃えて歌った。
──ce soir je buvais!(今宵わたしは飲む)
ce soir je buvais heureux!(今宵わたしは楽しく飲む)

*****

数時間後、私はトレーラーで目覚めた。ひどい宿酔い。そして、スーズがわたしに〈アルコ鎮静薬〉を無駄に飲ませようとした記憶。あれだけのことをした次の日の朝については、奇跡的な現代医学も大したことはできない。私は起き上がった。小さなクローゼット型のバスルームでぬるいシャワーを浴び、頭をすっきりさせるため散歩に出かけた。
初めて着いたとき賞賛した、テラス最上段の誰もが登りたがる高みには、誰もいなくなっていた。そこにとまっていた赤い車はなくなっていた。小さな登山テントもない。私はそこへ行き、岩に座って幸福な孤独を味わい、南側に瞬きながら微笑む三つ角の海を見つめた。秋の会議のために書かねばならない論文のことを考えた。プロヴェンスかアルプス沿海州に、ドアにつたが絡まりローマ風タイル屋根のある家を見つけることを考えた。スーズも私も勝手の分からないこの夏の世界で休息場所を選ぶのは難しかった。自由が多すぎるのは、少なすぎるのと同じぐらいストレスがたまる。
ブラウン夫人が泊まっている家が見つけられないかと思った。
私の目の前の藪から飛び出すまで、小さな娘が丘を上がってきているのに気づかなかった──娘はシャンプーのボトルらしきものを持ったまま、そこに立って睨んでいる。マリアンナだ。この子は、私以外の誰かがいると思っていたのだ、というのが、私の第一印象だった。子供は立ったままこちらを見つめ、ゆっくり向かってきた。
「これ、シャワーに置き忘れてたわ」娘はフランス語で言った。
「違う、私のじゃない」
とても奇妙だ。この娘がキャンプ場で何をしているのか、さっぱり分からない。入浴設備は娘が来たのと正反対の方角にあるのに、なぜそちらから来たふりをしようとするのだろう。〈リスの店〉で着ていたのと同じ服装だ。同じショーツと、同じTシャツ。この娘と他の家族のコントラストは、他の者がいないと余計に強烈だ。あの黄金のような完璧さを思いだしながら、マリアンナのごつごつした茶色の頭や、引っ掻き傷と泥で汚れた腕や、結び合わせた針金のように細い脚を見ていると。娘は不愉快そうに私を見ている。思春期の脅威を既に示し始めた子供。放任されて、石を投げたり、タイヤの空気を抜いたり、盗みをしたりしかねない子供。たぶんこのシャンプーのボトルも盗んだんだろう。
「誰か探してるの?」私はできるだけ攻撃的でない口調できいた。
「じゃあ、行ったのね」幼い娘は言った。
「誰が?」
「マリアンナの友達」近づいてきた。不快なほど近くに。まだ岩の上に座ったまま、わたしはその痩せこけて催促がましい存在につかまった。娘の息が感じられた。
「何なの?」
「ロケットを作るはずだったのに」まだフランス語を喋っている。「でも。みんな行っちゃった」
「分からない。何がしたいの?」
筆舌に尽くしがたいほどずるく醜い笑みを浮かべて、娘は指をプラスチックのボトルの開いた口に突っ込み、青白い粘液のついた指を引き抜いた。
わたしは跳び上がった。たぶん私の反応は大げさだったろうが、この状況は気に入らなかった。こんな風に振舞う幼い少女なんて──一〇歳だか一二歳だか知らないが──私は要らない。こんな娘と二人きりでいたくない。私が跳び上がると同時に、子供は走り去った。私はテラスの端まで行って、娘を見おろした。娘は既に丘の中腹にいて、骨ばった小さな尻で滑り降りるところだった。私が見ていると、娘は平らな地面にたどり着き、振り返って、あのボトルと汚い指を使ったひわいに見える動作を邪悪に繰り返しながら立っていた。

*****

トレーラーに戻ると、スーズは朝食を作っていた。溶けて香りを放つバターに新鮮な卵を割り入れている。パン屋のヴァンがキャンプ場の門に到着し、蒸気機関車のような音を立てている。ボビがそこから片手いっぱいに温かいフランスパンを抱えて走って来る。私はコーヒーを入れた。マリアンヌと会ったことは話さなかった。私たちは南部香料風味の軽い朝食を食べた。私は今書いている論文の話をした。
「どうやったら椅子を複製できる?」私はボビにきいた。
「絵をかけばいい」
「それは椅子の絵。もう一つの椅子を作るには、同じ量の物質を世界から取りだす必要がある。一定量の木、金属、あるいはプラスチック。ニス、それからたぶん釘を、機械や道具を使って打ち込む。その労働のために、かなりの食料、あるいは何らかのエネルギー源からエネルギーを消費する。何かを作るためには、何かを使う。複式簿記に似ている。一〇〇〇個の椅子は、一定単位で一定コストのかかる一〇〇〇個の物体を意味する。確かにコスト削減は可能だけど、常に、かけたすべての費用に鑑みると、一回目にかなりの部分を消費する。でも、もしある一つのソフトウェアを一〇〇〇回コピーすれば、コストはどうなる?」
科学者のスーズが、元素の周期律表や、星の構造を説明して、幼子の興味を引いている間、私は私なりの反撃を考えていた。
「うーんと、叩いた分だけキーボードがすり減る? 保存用のディスクがすり減る!」
「でも、微々たるもの」私は言った。「そして、等価ではないわ。ボビ、これが問題よ。そしてこれは経済の問題ではない。私たちは価値と倫理の体系を持っている。それは、単位当たりのコストを最小限にしながら、物の複製を競っている人たちが作った体系。それが資本主義。でも、この競争の目的であるコストが有効に消えたとき、私たちの体系はどうなる? 人生はとても謎めいたものになる。〈ファンタジア〉のミッキーマウスのエピソードを覚えてる? ミッキーが魔法の呪文を使い、魔法の杖がただ無の中から現れ続ける、次から次へと。止まらないでしょ?」
私は自分の論文の題名を〈魔法使いの弟子〉とすることに決めた。
「子供はほっときなさいよ、テア」妻が卵の皿を渡し、ボビのそばかすの鼻の上にキスしながら言った。「この子は、あなたの話なんて分かってないわよ」
「ううん、あたし聴きたい!」娘がぴょんぴょん跳びながら言った。「好き! もっと話して!」
現代世界の奇跡。味気ない地味な研究室の科学によって作られているが、私たちにとっては完璧に魔法に見える。私は、あのもう一人の幼い少女の、飢えた、すべてを知っているような目を思いだす。

*****

私はあのおいしいワインを買い足すために、管理所に行った。女管理人は、ぼさぼさの黒髪と、鷲鼻のイタリア人で、話し好きな雰囲気だった。この女は、私とスーズとボビに好感を持っている印象だった。私たちのアメリカのパスポートを気に入っていた。スーズと私が結婚し、新世界(アメリカ合衆国よりも新しい世界!)の古い手法に対する愛情と敬意の表明の心地よい見本となっている事実を気に入っていた。私は、英国人一家の話をし、ブラウン夫人が常連客ではないことを知った。一週間前、初めてセント・マウロに着いたという。だが、地元の店でこまめに金を使うので、好印象を与えていた。私たちは、あの双子姉妹がとても美しいことについて一致した。
「それから、あの末娘。あの子、キャンプ場で他の子供と仲良くなったと思うけど? 今朝、あの子と会いました」あの子供のことが私は不安だった。あの子の悪意、あるいは不幸が、私を暗い気分にさせる。
「あら。チェネレントラ(シンデレラ)ね!」女は顔をしかめ、首を振った。
それは私が使った名前だった。「なぜあの子をシンデレラと呼ぶんです? 姉の双子のせいですか? ブラウン姉妹は、絶対に醜くはない!」
「あの子が悲劇的だから、そう呼ぶんです。ね、きっと何かがうまくいかなかったんでしょ? あの美人姉妹が母親にとってどういう存在かは、あの姉妹を見るだけで分かるわ」管理人は肩をすくめた。「見栄のための子育て! 聞いたことあるわ。でもね、あの三人目は、まるで金の無駄に見えますわ」
誰もがいつか偏見に向き合わねばならないのだと思う。わたしはつぶやいた(困惑して、でも、ブラウン夫人を弁護するのが私の義務だと感じて)、ボビも人工技術の産物です、と。
「ねえ。私はそれ自体が間違いだとは言ってませんよ。その結果が間違いだと言ってるの。その子をどうやって妊娠したか知らないけど、ただその子をつらい目にあわせるために、どうして子供を作るのかしら?」イタリア人の女は背筋を伸ばし、右から左へ見回し、罪のない明るい色の観光パンフレットの束を持ったまま、デスクの上に陰気に身を乗り出した。「あなた、ここであの子と会ったの?」声が険しくなった。「なぜあの子がこのキャンプ場にいるか知ってますか、チェネレントラが? あの子はいなくなったカップルを探しているのよ、登山者のカップルを。その人たちと何をしたいのか、知ってますか?」
「いいえ」
「私は知ってます。それが、あの人たちがいなくなった理由ですよ、それも突然にね。あのカップルは、あの子と一緒だったのです。そして恥ずかしくなった。たぶん女性のほうですよ。自分でもそれをしたけど、恥ずかしくなった。そして自分の夫を、そのひわいな行為から遠ざけたくなった。信じてね、私は思ったとおりのことを話しているの。あのカップルに罪があったとは思わないわ。でも、チェネレントラにとってあれが初めてだったとは思えない。子供がそんな行為を求めて歩くなんてことはないもの。既に経験があれば別だけど。ね?」
私はひどい気分になり、逃げるように去った。たとえ管理人の言葉が根も葉もない悪質な嘘だったとしても、ひどく不快なことに変わりはない。次に何が来るかは分かっている、私自身も疑われるのだ。チャンスを見つけて(夜ふかししたボビが昼寝している間に)私は、スーズにすべてを話した。あの子が確かに放置されているように見えたこと、何かの間違いが起こったこと、何か醜いことが起こっているのは事実に違いないことについて、私たちの意見は一致した。
何かできることはある? 何もない。
だが、マウロにいるのはもうつらい。出発する時期だ。


二幕 シンデレラと姉妹たち

二週間後、私たちはサンタ・マルガリータという海辺の町にいた。リボルノの南だ。しばらくキャンプはあきらめることにし、行き当たりばったりの旅行客には重宝するインターネットの国際情報交換サイトで部屋の予約を取った──私たちの予約は、全世界的なネットワークの荒っぽい論理に従い、デジタルデータの断片となって舞い、シエナから、ハワイ、東京、ヘルシンキを経由して、リボルノに達した。ホテルは、静かな明るい広場を見下ろしていた。飴のようにねじれた大理石の柱のある、ルネッサンス風の教会と、ピザレストランと、カフェがある。
「今は静かね」スーズが言った。「でも午後三時には、どこでも静かなものよ。夜のやかましさを考えないと」
「ねえ、ねえ。お願い」浜辺に行きたいだけのボビがせがむ。
支配人は、窓のシャッターが完全防音だと説明した。
「妻は喘息で、息苦しい空気に我慢できないんです」
ああ、でも、部屋の──二つのすてきな部屋と、その間にバスルームが一つ──シャッターを閉めても、まだ風通しはいいんですよ、とてもいい、あなたがたアメリカ人が好まれる感じです、内側の中庭が──
私は支配人と、外の開放された柱廊に出た。そして上下を見た。管理人は、独創的で、環境学的によくできた空調システムを説明した。とてもいい中庭で、中央に噴水の池があり、草花の大きなプランターがいっぱいに置かれている。ここを選んでよかったと思った。スーズも同じように喜んでいるかは分からないが、スーズは値引き交渉をしようとしていた。スーズはいつも自分で最後を〆たがるのだ。いつも物事を簡単に決めすぎるのはだめだと思っている。
「スーズ、ここはすてき──」私は不意打ちするように話しだした。そして再び見上げた。チェネレントラが、上の階の柱廊の手すりから身を乗り出し、私を見ていた。私は本当にがくがく震えて、後じさった。あの不機嫌な小さい顔が、私を見下ろしていたのだ。あまりにも鮮烈で、幻影のようだった。
「私には分からないわ」私は言った。「とりあえずここを出ましょう。考え直さないと」
「マダム、どうかなさいましたか」
「テア! あなた、今にも気を失いそうよ!」
で、ああ、私のほうは、ほとんど気を失いそうだった。めまいがする。熱があるのか。たぶん生理だ。説明はできない。真実を言うことはほとんど不可能。当然ながら、支配人が私の手当てをし、その妻がおいしいレモネードを作るころには(気を失いそうなときの手当てに必要な砂糖を取らせるためだ)、話はついていた。私たちは泊まることになった。
だが、何にしても私はもはや怖がる必要はない。何を怖がる必要がある?

*****

私はめまいがよくならず、横になったままホテルに残された。スーズがボビを初めての水泳に連れて行った(支配人は、本当に清潔ですばらしい浜辺に行く際の注意深い指示を与えていた)。私は気分がよくなった。一時間ほど後、起き上がって外に出た。ピザレストランで、カフェの外にテーブルを出して座っているローラ・ブラウンを見た。
私たちは同じ感情に駆られているように見えた。私たちはお互いの顔を見た。おそらく、お互いに気づかないふりをしたいと思っていただろう。だが、避けようもないということを二人とも認めた。
ローラ・ブラウンは微笑み、私も微笑んだ。ローラは私を呼び寄せた。
「マウロでしたね」私は言った。「たしか、プロヴェンス──」
「でも、もちろん、覚えているわよ。テアとスーズ、すてきなお嬢さんを連れたアメリカ人のカップル。で、今は、ラ・フォンタナに泊まっているの? なんて偶然かしら!」
ローラは一杯おごろうと言ったが、私はコーラを頼んだ。私はボビを話題にし、子供を楽しませるのがいかに難しいかを語った。そして(私の声はほとんど震えていた、自分の疑念について悪しき良心の呵責を感じていたのだ)、マリアンナについても同じ悩みをお持ちでしょう、と指摘した。二人の幼い娘を一緒に遊ばせてはどうかしら?
それは全く普通のことだった。つかの間の休暇に知りあった相手。どちらも本気で相手を追いかけようとは思っていない。どうして私はそんな奇妙な信念を持ったのだろう、私が視界から消えるなり、ローラ・ブラウン夫人は跳びあがり、ホテルに駆け込んで、家族を呼び集め、バッグに荷物を詰めこんで逃げ出すなんて──ひどい罪を犯した人みたいに?
私は間違っていた。翌日、スーズとボビと私は、一緒に、とても清潔ですてきな砂浜に行った。ほとんどすぐに、私はブラウン夫人と娘たちを見つけた。よく似合う緑と金色のビキニを着た双子の姉妹は、見間違いようがない。いつものように、幼い末娘は、姉たちに無視されて一人で座っている。私は見ないように努めた。浜辺は金がかかったが(スーズは入場料が高いとぼやいていた)、美しかった。地中海は、実際に水質を分析したらどうかは分からないが、最高の状態だった。温かく、絹のようにつややかで、水晶のように澄んでいる。私たちは日光浴をし、泳ぎ、ボール遊びをした。楽しいピクニックをし、太陽の中に横たわった。
「タスカニアにする?」スーズがつぶやいた。「あなたには文化があるし、私には浜辺がある」スーズは私の手に触れた。私たちは小粋な日傘の下に寝そべっていた。ボビは海で水をはねている。「それとも、ここにする?」
だが私はぼんやりしていた。「ちょっと散歩がしたい」
上がって行って、〈ハーイ〉と言おう、と思った。ハーイと言って、マリアンヌをよく見るのだ。ブラウン夫人、あなたのシンデレラの娘。ひどい扱いをしたの? 奴隷以下の扱いをしたの? 自分が悲しいほど不適格なおとぎ話の教母のような気分。でも、少なくとも自分にこう言い聞かせることができる。何の必要もないこと、この問題はただの私の想像だから。ブラウン夫人と双子は、そっくりのレンタルのラウンジチェアに寝ている。ローラ・ブラウンはペーパーバックを読んでいる。セリーヌとカルメンは今やそれほど美しく見えない。その妹が何らかの方法で虐待されたに違いないと、私は信じていた。二人は頭を寄せ合って、くすくす笑いながら、おしゃべりしている。
マリアンヌにはラウンジチェアがない。砂の上に座っている。
近づいて行きながら、私はひどく自分を意識し始めた。勇気が挫けた。私は手を振って通り過ぎてしまうだろう。太陽がぎらぎら照りつける。突然、まばたきをするほどの間に、三人がラウンジチェアに寝ていた場所には、一人しかいなくなっていた。ブラウン夫人とチェネレントラだけがいた。
そこで私は純粋な驚きに駆られ、二人のところへ行った。
「こんにちは」私は言った。そして茫然とそこに立っていた。
「こんにちは」女は言って、本を脇に置いた。女のビキニも緑色と金色であることに気づいた。その目は太陽の下で陰に隠れ、微笑みは凍りついている。
「さっきまで三人いらっしゃいましたね」私はうっかりそう言った。そして慌てて訂正した。「いえ、四人でした。あなたと、双子と、下の娘さん」
冷たい微笑みは消えた。「テア? またお会いできて嬉しいわ。じゃ、また」ブラウン夫人は本に戻った。
チェネレントラは母親の足下に座っている。濃い青のビキニのパンツだけを穿いている。乳首には砂がついている。無言で私を見つめている。
私はひどく混乱して、スーズのところへ戻った。「スーズ、あなたは信じないでしょう。あのクローン、ブラウン夫人の美人の双子だけど、今消えるのを見たわ。私の目の前で消えたの! 私が狂っていると思う?」
スーズはごろんと体の向きを変え、私を睨んだ。「論文に書きなさいよ、テア」
「どういう意味?」
「もううんざりだってこと。あなたとあの家族と、何の関係があるの? 何にそんなに魅力を感じるのよ? ここ数日、その話ばっかりじゃない」急に起き上がると、ボビのところへ歩み去った。

*****

スーズはブラウン一家について二度と話さなかった。だが、探していたに違いない。夕方になり、他の客全員とともに帰る時になると、スーズは私たちを率いて、駐車場を渡り、大きな白いメルセデスのソーラーカーに向かった。マウロで見たのを覚えている車だ。マリアンナは車の中だ。双子の娘は、母親が浜辺の荷物をトランクに積み込むのを手伝っている。
「ハーイ、ローラ」スーズが言った。「ハーイ、カルメン、ハーイ、セリーヌ」
「ハーイ、ミセス・ボナー」双子が全く同じ微笑みを浮かべ、甘い声を揃えて言った。
私たちは歩み去った。スーズが勝ち誇ったように睨んでいた。美しい姉妹が消えたように見えたなんて、言わなければよかった、と思った──過去の自我の色つきの二つの影に過ぎないように。次の朝私はまたブラウン夫人を見た。これが最後だった。わたしは早く目覚め、スーズはシャワーを浴びていた。ブラウン夫人と家族はチェックアウトしようとしていた。乳母のジャーメインがボーイに指示し、ボーイが荷物を車に運んだ。マリアンヌも一緒だった。セリーヌとカルメンは少し手持ち無沙汰に立って見ていた。母親は、ID認証スクリーンに横柄な手を通して、クレジットカードの認証を受けていた。ブラウン夫人は鋭い目で階段を見上げた。そこに私は立っていた。ブラウン夫人はドアに向かった。それからセリーヌとカルメン──二人は溶けた。流れた。水ガラスのように空中に消えた。ただ一人の金髪の人影が、歩み去った。
私はデスクに走った。「見ましたか?」私はきいた。「見ました? フラヴィア! 教えて!」
デスクの係員は、支配人の娘で、分別のある知的な娘だ。一瞬、この娘がすべてを否定するだろうと思った。たぶん、私の好奇心を抑えるのが最善だという真実を理解しているだろう。娘は賢い若い目で、私を見上げた。
「ドッテラ・ラランド。二週間前、〈幽霊〉とともに旅行している紳士が、ここに泊まられました。亡くなった奥様のホログラムです。私どもは、部屋を用意し、料理を運び、部屋の掃除をしました。その方は、デジタルに生成された映像が生きているかのように話しかけていましたわ。そしてありえないことなのに、私はその女性が返事するのを間違いなく聞きました」
「何を言っているんです?」
「それに、ドイツから来た家族は、ひどい消耗性の病気を治癒するため遺伝子改造を受けた一〇代の男の子を連れていました。完璧に元気で、奇跡でした。夜にこの子は遅くまで外出しました。ラ・フォンタナに戻ったときは別人だったんです。おわかりですか? 幸い、その子はジャンプして、獣のような鼻でベルを押すことができました。ボーイが入れてやりましたよ。シーツから鼻の跡を洗い流すのも簡単でした」
「何を言ってるんですか?」
「ホテル業務ではあらゆるものを見ます。そして何も漏らしません。こういうことはしょっちゅう起こりますし、これからも起こります。そのまま受け入れて──目をそらすのがいちばんです」
ブラウン夫人は、住所も残さなかったが、私は何とかフラヴィアから、夫人が北の湖畔地帯に向かったことを聞きだした。朝食の間、私は、ブラウン一家を追いかけて見つけなければならないと、スーズの説得を試みた。スーズがあの家族のことで私に腹を立てているのは分かっていたが、我慢ならなかった。絶対に阻止しなければならない悲劇の存在を感じていたのだ。スーズは、ローラ・ブラウンか美人の双子か知らないが、私がのぼせあがっていると非難した。サンタ・マルガリータを離れることに、スーズは同意しなかった。

*****

スーズとボビが浜に行ったとき、私は後に残った。ガイドブックを手に、町の探索に出かけ、何か気晴らしをすれば思索の助けになると期待していた。二番目の奇妙な体験をスーズに話す勇気はなかった。一つには、フラヴィアが私を助けてくれないだろうと疑ったから。だがスーズと争いたくないという気持ちと同じぐらい、謎を解きたくてたまらなかった。セリーヌとカルメンに何が起こったのか、そして、なぜ? デスクの係員と私は同じ幻影を見たのか? それともシンデレラの姉たちは、本当に空中に消える能力があるのか?
チェネレントラがいた。ルネッサンス風教会の外側のレールに登っていた。そこからぶら下がり、逆さまになり、空中を脚で蹴り、髪の毛は玄関の階段の古い石を撫でている。私が近づくと、慌ててよける通行人も気にせず、娘は跳び降りて、私を睨みながら立っていた。お気に入りの汚いショーツとTシャツを着ている。自分が私に気づかれたと悟ると、逃げ出した。
もちろん私は追った。
マリアンナの脚は速くなかった。私が追いつけるのを確認しながら走っていた。まもなく、マリアンナが私を待っているのに気づいた。ローマの寺院のひどく浸食された残骸を囲む小さな格式ばった庭の中だった。歩行者用に舗装された中心部の縁だった。静かな場所だ。夏の終わり。花壇の花は色あせようとしている。中央のローマの噴水は涸れ、その周りのベンチは無人だ。昆虫の鳴き声が、遠い車の響きの上で澄みわたる。
子供は自由にさせると不器用な生き物だ。見つかったと分かると、馬鹿馬鹿しく、不合理な嘘をつく。一〇〇〇人に一人も礼儀正しい会話という概念を普通には持ち合わせない。初めマリアンナは一言も話さなかった。文字を彫った石の塊の上に座っている。文字は浸食されて判読できない。マリアンナは、膝のすり傷を調べている。
「あなたたち、サンタ・マルガリータからいなくなったと思ってたわ」マリアンナの沈黙に圧迫されながら、私は言った。
「違うホテルに移ったの。明日出発するわ」
「マウロのキャンプ場で、みんなあなたをチェネレントラと呼んでいるわ」私は言った。「シンデレラよ。あなたのお姉さんのせいで。それは本当? お姉さんのせいで、のけ者にされてる気がするの?」
子供は、独特のずるくて敵対的な視線で私を見た。「ママが、私を送ったの。あなたを待っていなさいって。ママは言ってたわ、放っておいて欲しいって。私たちを追わないで。あなたにできることは何もないの」
〈すてきな王子様だ〉と私は思った。シンデレラの義理の姉たちを拒絶した王子。人工的な美しさ、技巧的な魅力を。王子は、汚い娘を選んだ。燃えがら(シンダー)のようにごつごつした小さな手、手入れされていない襤褸の服、節ばった膝、無頓着に超然とした娘を。ローラ・ブラウンも同じだ。私はすべてを理解したと思った。あの最初の晩から。ローラが〈リスの店〉で私に語ったときから。子供たちの父親にローラが興味のないことは明らかだった。あの女は、人生で大人を愛したことはない。別の大人を恋人として認めることに我慢がならない人たちの一人なのだろう──だからこそ、公衆の面前では虐げられているマリアンナが、双子の娘が成長するにつれて、ローラのひそかな愛欲の対象になったのだろう。
私には理解できた。自分の本能的な子供っぽい臆病さに繊細にこもっている、こういう子供(DNAは制御できない偶然と必要性の因子を除き、何らの完璧さもないようでたらめに再結合されている)が、いかに美しく見えるか、真の美たりうるかを。私には、この子の困惑するような魅力が感じられる。そして私には、児童性愛癖はない。この娘は、本当にリアルだ。
キャンプ場のイタリア人の女は、たぶん本当に何の根拠もない悪質な噂話をでっち上げたのだろう。子供というのは、大した虐待をしなくても簡単に腐るものだ。だが、マリアンナと母親の間にどんな関係があるにしろ、状況はそれほど単純ではないことが今では分かった。おそらく、絶対に単純ではありえない。
「あなたのお姉さんは? 一緒に旅するの?」
「ああ」傲慢に顔をしかめる。「多分もういないと思うわ」
私は突然寒気を感じた。「どういう意味、もういないって?」
「ママは言わなかった。でもママは、送り返すつもりだと思うの」
マリアンナは使い古しのショーツの後ろをこすりながら、地面に滑り降りた。
「送り返す? どこに?」
「元いたところによ、もちろん」チェネレントラはお使いを果たした。もう私の辛気臭い目や、くだらない質問には飽き飽きしたのだ。石を跳び越えると、何も言わず、スキップしながら去った。


挿入曲:哲学者の夢

私は、北イタリアの某所にある、すてきな小さいホテルの部屋を見ている。ここは、スーズとテアが選ぼうと思えば選べた部屋だ。詐欺的に簡素で、味わい深い伝統的な見せかけの中に、あらゆる現代的な快適さが隠されている。窓ごしに、私には見える(だがこれは純粋な創作だ)、森や山の眺めが、雲一つないおとぎ話の空の下の細長く青い湖が。それから逃れる術はない。私たちはおとぎ話の中にいる。ブラウン夫人と娘たち。テアとスーズ。その他、この豊かさを共有するすべての人たち。私たちの生活は、いかなる良識的な基準で見ても、魔法的になってしまった。不可能なものはない。どんな奇妙なことでも起こりうる。
私には美しい女と、そのクローンの姉妹かもしれない、双子の娘が見える、双子の娘が見える。最適化されたクローンの、並外れた模造の完璧さを持った娘たち。あの女は、クローンの製造が夫のアイデアだと語った。自分がその話を信じているかどうかは分からない。だが、いずれにせよ、あの女は、完璧に美しい性質を持った人形に飽きたのだ。二重の鏡像にいらだったのだ。あの双子は、朝顔形の窓の中に座って、柔らかい声で話している。きっと明日何を着るかを話しているのだろう。この者たちは、洋服や化粧に慰めを見出す。なぜなら、自分たちは何かにとって代わられることを知っているから。私は変形の場面を見ている。二つの肉体が、部屋の中へ魔法のように広がって、消えていくのを見ている──初めは必死で抵抗するが、最後には穏やかになって──オリジナルの肉体の中に消えていくのを。
これは、物語の中で、舞踏会に行くことを夢見る前に、チェネレントラ(シンデレラ)が待ち望んだであろう勝利だ。父親は気まぐれな生き物であり、ハンサムな王子など、存在するかどうかもあやふやだ。だが、母親は、たとえ全く自分自身の母親ではないとしても、すべての子供が愛されたいと望む最初の対象なのだ。
今、シンデレラは一人で、この物語の一バージョンが要求する、ただ一人のハンサムな王子と一緒にいる。哀れなカルメン、哀れなセリーヌ。今度こそ、それは永遠なのだ。


フィナーレ

私たちがボビに飽きることなど考えられない。私たちのどちらがよりボビを愛しているかは分からない。だが、長い休暇は、どんな人間関係にも緊張をもたらす。もし私たちがお互いに飽きたら、いったい何が起こるだろうと考え始める。私たちは手に手をとって歩く、スーズとボビと私は。そして突然私は、三人の人間に許される以上の空間を占めているのではないかと疑う。私は顔を上げ、スーズが本来いるべき場所よりも少し遠くにいるのに気づく。空気がちらつく。一瞬、二人のボビが見える──こういう瞬間がだんだん長くなるのではないかと、私は恐れる。今起こった奇妙なことをごまかす方法は、ただ進み続ける以外にはない。それぞれが別々の娘を連れて、別々の道を進み、これ以上の希釈が起こらないようにと願いながら。
私たちは頑固な一九世紀の古い神を打倒した。だがそこから逃げる過程で、この世界に野蛮で危険な存在を呼び戻してしまった可能性はないだろうか? 私たちの魔法的な技術は、思いもよらないコストを払ってきたのかも知れない。そのあげくに、世界中に私たちの欲望の赴くままに伸び広がっているうちに、きっとスーズと私は、ブラウン夫人の完璧な双子のように消え去ってしまうだろう。私たちは、幻想の豊かさを把持しきれなくなり、舞踏会のドレスのように、カボチャの馬車のように、ネズミの御者のように、消え去ってしまうだろう──そして今度は、何ひとつ残さず、ガラスの靴すら残すことなく。
~完~

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