SF百科図鑑 フリッツ・ライバー『妻という名の魔女たち』サンリオSF文庫


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1999年

6/7

今日からまた、万馬券日記を復活させることにした。やはり、取ったことをノートにつける喜びが、次の一本をとるためのうまずたゆまずの努力の源になるのである。私がこの半年でわずかに2本の万馬券しか取っていないのは、間違いなく、年初にZIPが壊れて、万馬券日記のデータを紛失したせいだ(それと前後して急に、月に平均2~3本は取っていた万馬券が、4か月に1本というていたらくになってしまったのであり、(略)

さて、ライバー「妻という名の魔女たち」、面白い! こんないい小説を絶版のままほうっておくなって、とんでもないよ。こんないいのを絶版にしておいて、どうでもいいのばかり訳しておきながら、「SFは売れない」とか嘆いているんだから、馬鹿としかいいようがない。
ライバーのよさは、奇抜で幻想的なアイデアと裏腹な明晰な文体、ややエキセントリックで時に欝屈した不思議な登場人物たち(それでいて心理の動きはリアル)、そして全体に漂う疲れて湿ったような独特の雰囲気、である。まかり間違っても、ハインラインのように健康優良児的な真直ぐな人間は出てこないし、アシモフみたいに楽天的でもないし、クラークのように詩的な透明感があったりすることもない。だから、メジャーになることはないだろうが、もともと健康優良児でも、優等生でも、真直ぐでも、詩的に透明でもない欝屈した煩悩の塊である私のようなやつには、ライバーの書く世界の方がはるかに感情移入しやすいのである(ディックも然りだが)。
特に本書は、出てくる女(妻)たちがみんな、どこにでもいそうな俗物(にして「魔女」)揃いであり、「ひい、こわい」とおびえながらも、「いるいる、こんなやつ」とほくそ笑む楽しみを味わえる。ダーク・ファンタジーとして秀逸であるばかりでなく、そういう人物描写の妙も本書の読みどころの一つである。

これを機会に「放浪惑星」も買ってしまったので、そのうち、「ビッグタイム」とソノラマの短編集も何千円か払って買い、未訳の短編集も原書でそろえることになりそうである。


6/10
この2日、私、冴えないんです。
(略)に時計買いに行ったんですけど、いいのがなくて。というか、どれも結構よさそうに見えて。
見た目じゃわかんないので、やっぱり、KEN ISHIIのアラーム音のやつを買うことにしました。ビックカメラで8400円。
まさかこんなの買うやつ、おれぐらいしかいないだろうってんで。

ああ、うんこびちびち。
それにしても、(略)。

こんなちょうしだから、明日も冴えないだろうな。あー、いけてない。
何だか尻すぼみのまま、今週は終わりそうだね。
こんなときは、無理をせず、おとなしくSFでも読んでましょう。
「妻魔女」、地道に読み進む。
らいばー、いい。

6/12
ライバー「妻という名の魔女たち」読み終える。
結構な佳作であった。サルペンスフルな展開といい、人物描写といい、呪術に関する科学的考察の姿勢といい、ストーリーテラーとしての才能とSFマインドの絶妙な結合が既に現れている(出版は60年代だが、書かれたのは40年代で、「闇よ、つどえ」とほぼ同じころに書かれている)。
最近こういうタイプの作品が少なくなったので、非常に楽しく読ませてもらった。ライバーはいいよなあ、やっぱり。
早速「放浪惑星」読み始める。うう~、「骨のダイス」読みてえ。