SF百科図鑑 Pat Frank "Alas, Babylon"


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March 01, 2005

Pat Frank "Alas, Babylon"

悲しき哉、バビロンこれまたプリングル100冊。これも核戦争もの。もともと破滅物は好きだったはずなのに、こうもまとめて読まされるといくら何でも飽きてしまう。本作は何か新味があるんでしょうか。

粗筋追記 2005.3.5
ああ、バビロン パット・フランク


中央フロリダの河岸の都市、フォート・リポーズで西部組合にニュースを流せば、全国ネットの放送で公表するのも同然だといわれていた。これは全くの事実というわけではない。西部組合の組合長フローレンス・ウェチェクは、確かに噂を流すのが大好きだった。しかし、この女性は、丸々と太った指の中に流れる自分の持って生まれた知性の程度を謙虚に見定め、話していいことといけないことを慎重に吟味した。自分の話から、扇情的なこと、人を困らせるようなことは排除した。楽しい話、取るに足りない、無害な話だけを友人に伝えて、仲間内での自分の地位を上げ、独身生活の退屈を紛らすタイプだった。もし誰かの妹がトラブルに巻きこまれ、金に困っているというような場合なら、フローレンスは秘密を漏らさない。この妹が結婚していて、子供が生まれたというのなら、たちまち性別や出産時の体重を町中に触れ回る。
一二月上旬のある金曜日、フローレンスはいつものように、六時三〇分に起きた。鉛のように重い体をよいしょとベッドから降ろし、リビングを通ってキッチンに入り、ふらつく足で裏口に行き、網戸を少し開け、足下の牛乳パックを手さぐりした。そして、背を伸ばす途中、静まり返った灰色の景色の中に動くものを認め、瀬戸物のように青い目を見開いた。グレープフルーツの樹のいちばん長い枝の上を、しっぽをひょこひょこさせて、リスが逃げていく。図体の大きな黄色の飼い猫、サー・パーシーが、温水ヒーターの後ろにあるカウチの寝床から起きあがり、背を丸めて伸びをし、肩をフランネルのローブにこすりつけてきた。アフリカインコのつがいが、揺れる鳥かごの中でリズミカルに身をゆすり、互いに頭を押し付けあっていた。インコに話しかける。「おはよう、アンソニー。おはよう、クレオ」
ミントキャンデーの中に埋め込んだかのように、白く縁取られた鮮やかなインコの目が、瞬きしながらこちらを見た。アンソニーは緑と黄色の羽をふるわせ、しわがれ声で挨拶した。クレオは無言だった。アンソニーは大胆だが、クレオは小心だ。ときどきいらいらと動き回り、きいきい声を上げるアンソニーを、フローレンスは外に出し、自由に動き回らせてやることがあった。だが夕方には決まって、籠に戻ろうと、トルコ帽の中やフランジパンの上で待っているのだ。クレオが居心地のよい籠の中の生活を好む限り、アンソニーはおとなしいペットのままでいるでしょう。一月前マイアミでインコを買ったときペット屋はそういったが、そのとおりだった。
フローレンスは籠をキッチンに移動し、餌箱にひまわりの種を振り入れた。サー・パーシーのボウルに牛乳を注ぎ、カウンターの金魚鉢にウエハースを砕いて入れた。それからリビングに戻り、水槽のエンゼルフィッシュ、モーリー、グッピー、ビビッドネオンに餌をやった。ゴミを食べる二尾のミニ・ナマズが生きているのを確認した。水温をチェックし、電子フィルターとヒーターをチェックしていると、コーヒーメーカーが朝食の時間を告げた。七時きっかりにフローレンスはテレビをつけ、チャンネルをタンパ放送の8に合わせ、オレンジジュースと卵料理の前に座った。毎朝の日課は変わらず、そつがなかった。唯一残念なのは、一人分をつくって一人で食べることだった。だが朝食がいちばん寂しい食事というわけではない。アンソニーが色目を送りながらきいきい鳴き、六尾の太った金魚が透明な鰭で夢のような東洋の舞を踊り、テーブルの下でサー・パーシーが脚に体をすりつけ、テレビのモーニングショーでは、高い金で雇われた陽気な友人たちがニュースや娯楽を提供してくれるのだ。
デイヴの顔を見た瞬間、フローレンスは今朝のニュースがいいニュースか悪いニュースかがすぐに分かった。今朝のデイヴは困惑の表情をしており、ニュースを読み上げるときには、間違いなく悪いニュースなのだという顔をした。ロシア人が新たにスプートニク二三号を打ち上げ、中東で何か不穏な事態が進行しているらしい。スミソニアン研究所によると、二三号はこれまで打ち上げられた中では最大であり、緻密に暗号化されたシグナルを絶えず発信しつづけているらしい。フランクが言った。「これほどの大きさのスプートニクならば、下方の地形を観測する装置を備えていることは間違いない、と信ずるに足る十分な理由があります」
フローレンスはピンクのフランネルのローブを頚の周りに巻きつけた。そして不安げに、キッチンの窓の向こうを見上げた。見えるものといえば、夜明け前の地上に降りた霧の中で露を垂らすハイビスカスの葉と、その向こうの灰色でうつろな空だけだ。人間を監視するためにスプートニクを打ち上げる権利など、あいつらにはない。同じことを考えていたかのように、フランクが言った。
「軍事委員会のホラー上院議員は昨日、中東地域の国々に同調し、もしスプートニクが米国の領空を侵犯するならば、軍事偵察機能を有するスプートニクを米国空軍は撃墜する、との声明を出しました。クレムリンはこれに対する回答を既に出しています。クレムリンによれば、米国空軍によるスプートニク撃墜は、いかなる理由があろうともロシアの船舶に対する攻撃とみなすとのことです。クレムリンは米国が伝統的に公海自由の原則を支持してきたことを指摘しています。ロシア政府筋は、同種の自由が外宇宙にも適用されるべきであると述べています」
ニュースキャスターは沈黙し、顔を上げ、この複雑怪奇な事態を皮肉に面白がるような薄笑いを浮かべた。そしてニュース原稿のページをめくった。
「中東に新たな危機が勃発しています。ベイルート発、カイロ経由の情報によりますと、シリアのロシア製最新型戦車数台がヨルダン川国境を越えました。明らかにイスラエルへの威嚇行動と見られます。一方、ダマスカスはトルコ軍の介入を求めています&&」
フローレンスは、チャンネル6のオーランド放送に切り替えた。カントリー音楽だった。中東の政治など理解もできなければ、興味も持てない。スプートニクは、もっと個人的で身近な脅威に思える。そういえば、いちばんの親友で図書館の司書をしているアリス・ククシーが、夕暮れ時にスプートニクを見たわよ、と言っていた。こちらから見えるということは、向こうからも見えるということだ。窓越しにもう一度空を見上げた。スプートニクは見えなかった。皿を洗った後、寝室に戻った。
ガードルを締め直しながら、フローレンスは、ランディ・ブラッグと同じようなやじ馬根性にとらわれた。そして、ベネチア・ブラインドの開き具合を調整し、外を覗いた。ほら、またランディがいるわ。正面玄関のステップに腰かけ、脚を組んで、双眼鏡を覗いてる。下品で見苦しい赤と黒のチェックのパジャマ姿で。七〇メートルは離れてると思うけど、絶対私を覗いてるのよ。ここの鎧窓は傾いてるから、中が見えるに違いないわ。寝室の壁に背をもたせかけて、両手で胸を隠す。
ここ三週間というもの毎日夕方になると、あいつは双眼鏡で覗いている。時には朝に。今のように広場にいることもあれば、二階の窓辺にいることも、高い屋根の上に登っていることもある。そして、興味が他にあるんだといわんばかりに、リバー・ロード全体を双眼鏡で眺め渡すふりをすることもあるが、たいていは私の家を覗いているのだ。ランドルフ・ラウジー・ブラッグが覗き屋の変態だなんて! ショック!
フローレンスの母親が南部に引越し、この茶色い屋根板のバンガローを建てるはるか前から、縦長のヴィクトリア調の窓と丸く膨らんだ支柱と太いレンガの煙突を持ったみっともなくばかでかい大邸宅にブラッグ一家は住んでいた。かつてそこはリバーロードの名所だったのだ。ここ一五年の間に、ティムクァン川を「発見」してやってくる北部人たちが建ててきた、ガラスと金属と色つきレンガの、細長く、低く、防腐処置の施された、砦のような家と比べると、今ではみすぼらしく、古臭い感じがする。未だにブラッグの家は、野生の糸杉で板ばりされ、鉄のように硬く、もう一〇〇年はもちそうな松の下見板を備えていた。裏庭から川の土手まで四百メートルにわたり、転々と林が続き、この季節には、金の斑点のついた真緑のマントのように見えた。ランディに言ってやろう、ポインセチアやブーゲンビリア、ハイビスカス、カメリア、クチナシ、フレームパインに彩られた庭は見事ですね、と。フローレンスは、ランドルフの母ゲルトルド・ブラッグや、老判事ブラッグとは、気軽に話すほどの間柄だった。ランドルフが自転車からポンコツ自動車に乗り換え、何年か大学とロースクールに行って見かけなくなり、再びコンバーチブルに乗って現れ、今度は朝鮮動乱でいなくなり、ブラッグ判事と夫人が同じ年に亡くなって以後は戻っているのを、フローレンスはずっと見てきた。そして今、ランディがここにいる、トゥミュクァン郡ではいちばん有名で、優秀な若者の一人。たとえピストルヴィルの娘と遊び歩き、大酒ぐらいでも──そういう人をフランス語で何といったっけ──voyeurね。いやな感じ。小さな町で起こる事件など、たいていの人は信じない。フローレンスは書斎用の鏡を見ながら、今までいったい何回この鏡を見たことか、と思った。
何年も前、ある男が、きみはクララ・バウにちょっと似てるね、と言った。以来、フローレンスは髪を束ね、小太りの体をあまり気にしなくなった。想像力豊かな理想主義者のその男は、一九四〇年、英国に渡り、コマンドーに参加して戦死した。男の抱擁の記憶はもはや曖昧で不正確になっていたが、映画スターのクララ・バウにたとえてくれたことだけは忘れなかった。意識的におなかを引っ込め、頚の皺がなくなるように顎を突き出さなければならないとしても、まだあの女優の面影は残っている──髪はもうクララのと似ていないけど。髪は薄くなり、むらのあるピンクに色あせていた。フローレンスは急いで唇をクララよろしく突き出して見せ、着替えを済ませた。
正面玄関を出た時点でフローレンスは、ランディに文句を言うべきかそれとも当たりさわりのないように接するべきか、まだ迷っていた。ランディはまだステップに座り、膝に双眼鏡を置いていた。そしてこちらに笑いながら手を振り、芝生と道路越しに呼びかけた。「おはよう、ミス・フローレンス!」ランディの黒髪はぼさぼさで、歯は白く、ボーイッシュな美青年で、いやみな感じはなかった。
「おはよう、ランディ!」フローレンスは言った。遠すぎてどならなければならなかったため、声の調子はぶしつけで冷淡な感じになったが、望むところだ。
「今日はまた、ほんとにキレイで素敵ですね!」とランディは叫んだ。
フローレンスは車庫まで歩きながら、いやなにおいを避けるように、邪険な態度を堅持するように、頭をそむけ、何も答えなかった。ランディは、あのみすぼらしいパジャマ姿で座り、私を何とか口説こうと本当に必死なんだわ。町へ行く間中、フローレンスはランディのことを考え続けた。あいつが女の着替えを覗き見する変態だったなんて、いったい誰が想像するだろう? 逮捕されたほうがいいわ。でも警察とか、他の誰かに告げ口しても、笑って相手にされないだろう。ランディがたくさんの女の子とデートし、その相手がみんなお堅い処女というわけではないことを、誰もが知っている。私自身、ランディがリタ・ヘルナンデスというミノルカ人の水商売の女をピストルヴィルから家に連れ込むのを見た。二人は間違いなく二階のランディの寝室に行ったわ、だって一階の電気が消えて、二階の電気がついたから。それに他の女も。最近では、自分の車で来た金髪女、オハイオ・ナンバーの新型インペリアルで丸くカーブした車道に乗りいれて、玄関前にとめたわ、家もランディも自分の物だといわんばかりに。それほどにもてる男が、自分の性欲を満たすために、わざわざ長い時間をかけて双眼鏡を覗き、目を酷使しなければならないなど、誰も信じるまい。だが、あいつがまだ結婚しないのは不思議だ。あの木造の霊廟に未だに住んでいるのも不思議だ。他の弁護士のようにオフィスビルに事務所を置かず、自宅に事務所を構えてすらいる。スノッブの隠遁者で、黒人擁護論者で、しょせんただの変態。二階の寝室に女を連れ込んで、いったい何をしているやら。たぶん、服を脱がせて、裸を眺めて、また着せるだけじゃないの? そういう連中の話を聞いたことがあるわ。とはいえ──
ランディに根本的に何かおかしいところがあるとまでは、信じる気になれなかった。州議の予備選では投票してやったし、フランギパニ・サークルの会合でランディが園芸クラブの女中たちにいじめられたときには、助けてもやった。何だかんだいってもブラッグ家の跡取りで、お隣さんだし、それに──
ランディは明らかに、助けと助言を必要としているのだ。ランディの年は三二歳。私は四七歳だ。三〇代と四〇代では大きなギャップはない。たぶんランディが必要としているのは、成熟した女性のちょっとした理解とやさしさなのだろう。そうフローレンスは結論した。
***
一方、ランディのほうは、フローレンスに投票してもらったことで好意を持っていた。彼は家に戻り、朝食をとった。フローレンスがそっけないのは最近頻繁に出入りしているリブ・マガバンのせいか。彼はグラフというダックスフントを飼っている。朝食の前に、コーヒーにバーボンをいれて飲んだ。そういえば友人のダン・ガンは、朝食前に酒を飲むのはアル中の証拠と言っていたが、俺はまだアル中じゃない。そして、州議会の民主党予備選挙に立候補し屈辱的落選をしたときのことを思いだした。祖父は連邦上院議員で大臣にまでなったし、父も出世したというのに。
そこへ女中のミズーリが来た。ツートーン・ヘンリーの妻だ。ミセス・マガヴァ-ンのせいで参っているという。ミズーリは二時間ランディの家で働いた後、マガヴァ-ン家に行っているが、娘のマガヴァ-ンが白手袋を持って、ちゃんと掃除したかどうかしつこくチェックするのだという。灰皿に灰が入っていると怒るからだんなは外でタバコを吸うし、昨日など引出しの中にゴキブリを見つけて大騒ぎし、ミズーリが過労でガン医師のところに行く羽目になった。マガヴァ-ン家の人たちは5月ごろには出ていくと思うが、マガヴァ-ン夫人はランディに気があるから家に残るのではないか、という。ランディが朝何を食べるか、他に女はいないかなどとしつこくきくらしい。ガン医師は、ミズーリが高血圧だといった。太りすぎのせいなのでダイエットをするようにいい、鎮静剤をくれたという。
ランディはミズーリの掃除を邪魔しないよう、屋上に上がって、外を見晴らした。セントジョンズ川に合流するティムクアン川が見えた。1823年、ランドルフ・ラウジー・ペイトンがこの町に入って以来、ここはわが一家の町だ。ペイトンが建てた家は一度焼けたが、義理の息子のマーカス・ブラッグが建てなおした。そして川の合流点が見えるような監視場所として屋上に設備を建て増したのだ。ランディはヘンリー家を見た。もとペイトン家の奴隷だったが、祖父から土地を買って家を建てたのだ。ヘンリー牧師はラバのバラームを連れている。そろそろ妻ハナとともに畑の収穫の季節だろう。うろつきまわっているオウムのことで話をしないと、と思った。ドックにはツートーンが寝そべっている。下の息子のマラチャイは不在だ。
事務室で電話がなった。西部組合(電報電話局)からだった。兄マークからの電報。プエルトリコ、サンジュアンから。フローレンスの声が電報を読み上げる。「今日の正午、オプスマッコイ基地で会いたい。今夜ヘレンと子供たちはオーランドに飛ぶ。ああ、バビロン」
フローレンスが「ああバビロンってどういう意味? 聖書の引用?」ときく。
「さあ、たぶんね」その意味はよく分かっていた。内心、気分が悪い。
「他にもあるんだけど」
「えっ?」
「いえ、何でもないわ。今度会った時に。あのパジャマ姿は勘弁して」
ああバビロンとは、秘密の家庭内の暗号だ。それはランディとマークが小さいころこっそり教会に行ったときに、ヘンリー牧師が説教の合間に必ず「ああ、バビロン!」と言ったことから来ている。牧師は、バビロンという堕落した都市のことを語り、姦通やギャンブルや酒に溺れたものは報いを受けるぞ、と演説し、ああ、バビロン、と叫んだ。バビロンという言葉がマイアミとかタンパとも聞こえた。それ以来彼らは災厄のことをバビロンと呼んでいたのだ。例えばギャンブルですったり、天気が悪かったりといったときに、相手が「ああ、バビロン!」と叫ぶ。
が、今回に限っては特定の意味があった。去年のクリスマス休暇にマークはヘレンと子供のベン、ペイトンを連れてきた。最後の夜、マークとランディは飲みながら話していた。最近はいつだって、戦争と不況だった。
マークはSAC諜報部勤務だった。マークは、地球儀を示しながら、ロシアが米国に核兵器を使用するおそれがあることを打ち明けた。そして、それが実行されるときには子供たちをここへ避難させるといっていた。オマハは第一ターゲットで危険らしい。そのときには「ああ、バビロン」という電報で連絡するというのだ。その後すぐ、ランディは政治を志し、手始めに州議会に立候補したが、ポーキー・ローガンにすら敗れてしまった。
マークはプエルトリコで何をやっているんだろう。
ランディはミズーリに明日マークの家族が来ること、今からマークに会うことを告げ、部屋の掃除を頼んだ。
「ベンに会えてカレブが喜ぶわ」カレブはミズーリの息子でベンと同じ一三歳だ。
ミズーリが帰った後、ランディは甥と姪に飲ませる牛乳が必要だと思い、ゴールデンデュー乳業に電話して配達する牛乳を量を大幅に増やしてもらった。これが危機に対処するためにランディが行った最初のことだったが、後になって、最も役に立たないことだったと分かった。


ランディは車で待ち合わせに向かいながらラジオをつけた。トルコが国連にシリア侵攻の査察を要求した。シリアはイスラエルへの防戦を計画中。イスラエルはエジプトがスパイ機を飛ばしたと非難。エジプトは自国船が海峡で足止めを食ったと苦情をいい、トルコがモントルー協定に違反したと攻撃。ロシアは、トルコと米国が共謀してシリアつぶしにかかっていると非難。米軍駐留を認める国は世界戦争に巻きこむぞとフランス、イタリア、ギリシア、スペインに警告。米国秘書官はロンドンで会議中。ロシア在米大使は会議のため呼び戻された。フランスで暴動。
ひどい状況だが、今までと変わらない。57,58年にもこんなことはあった。なぜ核のボタンを押す必要があるんだ? マークは間違っているのでないか。ニュースに出ていない何かを彼を知っているのなら別だが。
***
フローレンスは昼休みに入り、レストランでアリス・クックシーと会う。アリスはキティ・オフェンハウスと口論したらしい。キティはPTA書記、フランギパニサークルの前会長、女性クラブの資産管理担当、図書委員会のメンバー。葬儀社と不動産会社を経営しさまざまな公職に就いているルーサーの妻だ。キティは、カール・ローワンとウォルター・ホワイトの本を手にいれたかときいてきたので、アリスは肯定し、貸そうかといった。するとキティは、反政府的内容だから破棄しろというので、アリスが断ると怒りだしたらしい。
「あんた、会社くびにされるわよ」
「まさか。そんなことしたら新聞社を呼んでやるわよ。あたしは言ってやったわ、『キティ、一面トップよ。見出しは、葬儀屋の妻が本を火葬した!』」
今度はフローレンスがランディの覗きの話を打ち明けた。そして、奇妙な電報や、子供たちが帰ってくることも話した。今夜、うちに来ないかと誘う。アリスは、土曜も仕事がある、明日は若い子が来るから休めないというが、フローレンスは朝早く起きて送ってやるから、という。アリスは考えとくわ、という。
***
アリス、図書館に戻る。老人が開いた聖書のバビロンの記事が目に入る。アリスはバビロンというとニューヨークを思いだす。マンハッタンに住みたい。それからフローレンスに電話し、週末に行きたいと連絡。
ランディは基地に行くが兄は不在で、副軍曹のポール・ハートに迎えられ、基地が閑散としている理由をきくと、爆撃の標的になっているから他の場所に移動したのだということで、マークも輸送に回っているがまもなく来るだろうとのことだった。人が少ないのは核の標的になりやすいため疎開命令が出たからだった。まもなくマークの機が着陸し、マークが来てポールを下がらせ、二人でランディの車に乗った。ランディは、家族が何時に来るのかときいた。シカゴ経由で朝の3時10分に着くとのことで、ヘレンにも話してある。何故急ぐのかときくとマークは、ペンでノートに地中海の地図を描き、ロシアが57年の侵攻と同様に地中海に3つの橋頭ほうを築き、トルコを寝返らせてヨーロッパ支配をもくろんでいる、57年のときは形勢不利と見て退いたが、今回はそうではない、非常に危険だ、と説明した。ロシアの軍曹が攻撃プランを連絡したらしい。その計画によると陸海空からの核ミサイルで世界中の核基地を破壊した上で、大規模な空襲、SUSACを行うらしい。最近打ち上げたスプートニクで世界中の地上の様子を完全にマッピングしているらしい。攻撃が近いという根拠は第一に、ロシアの潜水艦数隻が探知されていること、第二に、オファットに戻されて指示された任務の内容。そしてマークは小切手を渡し、現金化して家族の生活費にしてくれと言った。飛行機の整備が終わり、ヘイコック副官が指令部に入った。
「ヘレンの面倒を見てくれるか?」とマーク。
「ああ」
「やさしくしてやってくれ。よろしくたのむ。俺は結婚して14年になるが、ヘレン以外の女と寝たことはない。キスすらない。俺は軍務中、ヘレンのことを構いもしなかった。あいつは俺の出世のためと、黙って耐えて来たんだ」
ヘイコックが指令部から出て飛行機に向かい、その部下がマークを呼んだ。「将軍が探していましたよ。いったいどうしたんだと」
「飛行機の上で話す」
二人は握手した。「じゃあな、マーク」
頭も上げずにマークは「さよなら、ランディ」といい、飛行機に乗った。
ランディは基地を出てキャベツヤシの林の中に車をとめ、ハンドルにうつぶせて泣いた。それから時計を見て、銀行が閉まる前に小切手を換金しなければならないことに気づき、車を出した。
ランディはわかっていた、涙で時間を無駄にしてはならないことを。もう二度と。


エドガー・クイセンベリはフォートリポーズのファーストナショナル銀行支店長で、45歳、堅物で銀行への忠誠心が厚く、この小さな支店をほとんどワンマンで切り盛りしていた。そこへランディが小切手の換金に来た。エドガーは、ランディが二つの理由で嫌いだった。一つはこの若者が金に無頓着でろくに投資もしないこと。もう一つは父親の判事にポーカーの席で侮辱されたことがあったからだった。行員のエステス夫人が換金に応じてよいかときくので、ランディを呼べと指示した。小切手は問題ないのだが、癪なので、エドガーは、「何でこんな3時ぎりぎりの時間に持ちこむんだ。こんな大口を。マークの口座に残高があるか確認するのに時間がかかるだろう」と難癖をつけた。ランディは逆切れし、じゃあいいよ、小切手を返してくれ、明日の朝他の銀行で換金する、と言った。エドガーはしまった、もしや儲け話か?と思い直し、「何故そんなに急いで換金するのか教えてくれたら、特別扱いしてもよい」と言った。エリ・ブロースタイン、ピート・ヘルナンデス、ジェリー・クリング、フローレンスも並んでいたが、フローレンスとエリが聞き耳を立てていた。エドガーはランディを別室に案内し、金を渡した。
「なぜ金が必要か教えましょう。マークが賭けを頼んだんですよ」
「おお、競馬かね! 私はめったにやらないが、マークは確実な見込みなしに金を突っ込んだりはしない。明日のマイアミのレースだろう、え?」
「いいえ。競馬じゃありません。マークは、もうすぐあっという間に小切手は価値がなくなる、現金だけが価値がある、賭けてもいい、と言っただけです。では失礼、死んだ魚の目さん」そして立ち去った。
エドガーは椅子を揺らしながらむかついていた。理由になっとらん。ただの謎かけだ。銀行が倒産するって言うのか? 馬鹿な。どうせただのはったりだろう。ブラッグ家の連中はどいつもこいつもごくつぶしだ。
***
ランディは、スーパーで大量の買い物をし、レジでピート(前につきあったリタの兄)に売上記録だとからかわれた後、酒屋に酒を買いに行った。ビルに選挙の壮行パーティーでもやるのかときかれ適当にごまかし、家につくと、マラチャイがいたので荷物運びを手伝ってもらい、給料を払うついでに事実を話すことにした。マラチャイはサム・パーキンスとよく似ていた、実際軍務についたときもたいてい一緒だったのだ。だがマラチャイは士官にはなれなかった。
戦争が始まると告げると、マラチャイは驚かなかった。いろんな雑誌を読んでいるから、そのうち始まるとは思っていたという。マラチャイは水の備蓄が必要だといった。ランディは追加の金を与えた。マラチャイが帰ると下で犬のグラフが吠え、エリザベス・マガヴァーンがきていた。ランディは、ボートから陸上のエリザベスの脚だけが見えたときのことを思いだしていた。「やあ、きれいな脚さん」と話し掛けたのがきっかけで、友達以上恋人未満の関係になったのだ。部分部分を見ると美人ではないし、胸もないが、全体としてみると魅力的な女だった。
エリザベスは、あなたはこんな田舎で朽ちはてるタイプじゃないわ、ニューヨークに行けば? よかったら私もついていく、その気なら結婚してもいいし、などという。ランディは、明日兄の一家が来るから無理だよという。
「あら、ちょうどいいじゃない。家の面倒を見てもらえるわ。もしすぐ帰るなら家は貸せばいいでしょ」
「いや、兄貴の一家が来るのはね。兄貴は信じてるんだよ、その」そこでグラフが吠え、遮られた。
下に行くとダン・ガンだった。リブに話があるらしい。二階に連れていく。母親が病気ノイローゼのようになっているので、気休めの薬を与えたという話だった。ダンは、金使いの荒い妻をもらい、離婚後に多額の扶養料を求められたため、WHOやポイントフォーで働く夢を諦めて、田舎の開業医になった。稼げば稼ぐほど扶養料も税金も上がるので、一定額を越えると破産必至。前妻から逃れる方法は見当たらない。
ダンによると母は糖尿病のインシュリン注射をいやがって経口薬への切り替えを求めたらしい。インシュリン注射はリブが毎朝行っている。自分で注射できればいいのだが。またリブの父は61になるが、仕事をやめて抜けがらのようになっているらしい。このままでは早死にする、とダンは心配した。
そこへ、ランディは兄の戦争の話を打ち明ける。リブもダンも衝撃を受けた。テレビをつけると中東情勢の話をしていた。ダンは、戦時の薬の備蓄リストを書いて二人にそれぞれ渡し、出産があるのでと帰った。ランディは、明日会おうといい、リブを見送った。
***
ランディはリブを見送った後、周りに例の鳥がいるのに気づき、止まっている場所へ忍びよった。
それを、フローレンスとアリスが見ていた。むろん、リブにキスをして見送るところから見ている。まあ気持ち悪い、といいながら。
「ほら、来たわ、絶対私を覗いているのよ!」
キッチンに移動し、様子を伺う。鳥が鳴き出す。ランディがフローレンスを呼び、フローレンスは窓を開けて叫ぶ。「何よあなた、いつも私の着替えを覗いてるでしょ、恥を知りなさい!」
ランディはびっくりした。そして、この鳥は君のかい、何という種なのかときく。アフリカインコだというと、ランディは残念がった。てっきり絶滅種の野生オウムだと思ったというのだ。
「あなたが覗いてたのは、インコだったの?」
ランディはアリスにも気づき、話すことがあるというが、フローレンスは「こんなところでバードウォッチングなんて、気持ち悪い!」と叫び、窓を閉める。明朝落ち着いてから話すことにしよう、とランディは思った。
家に戻り、サンドイッチを食べて、七時に寝た。
***
同じころ、東地中海では、タスクグループ6・7がボスポラス海峡に向かって北上していた。米国のサラトガ核ステーションに向かっていた。
サラトガでは二人の士官が、レーダー網で、船団を追う偵察機の存在に気づいていた。「いまさら偵察機を送っても意味はない。近づくのを待って、F11Fを発射しよう」
「イスケンデルン湾に入る前に必ず追い払わねばならんな」


マークはヘレンと子供たちを空港へ見送りに来ていた。ヘレンはここに残りたいというが、マークは無理だ、自分は地下にあるホール基地に入るから無事だ、君はその資格がないから疎開するしかない、と説得する。かれらは空港ターミナルのロビーに寄り集まって立っていた。周りの人の流れから離れ小島のように置き去りにされていた。マークは、生きるのが君の仕事だ、君が死んだらこの子らは生きられない、と説得した。ベンは、「これって疎開でしょ? 僕たちは大丈夫だよ、父さんのほうが心配だ!」と言った。察しのいい子だ、さすがに戦後生まれの子だ。ヘレンら母子三人は、シカゴ行きの便で出発した。
***
九時に起きたランディは、用事が残っていることに気づいた。買い出しの残り、停電時の照明。車のガソリン。ダンの処方した薬の買い出し。ババに市民防衛隊のパンフをもらいに行くこと。一部は明日ヘレンに手伝ってもらおう。ランディは着替えて、ガソリンを入れに行き、戻ってきた。マガヴァーン家の電気はついていた。空港に出発するのは二時ごろでいいだろう。
***
東地中海では、レーダー網から一度、タスクグループ6・7を尾行する偵察機の陰が消えていた。歴史を変えることになるのは、ジェイムズ・コブ三等海尉だった。彼は23歳のチビで不細工な男で、外見や声のコンプレックスから女性に対して臆病で、普通の若者なら港で休憩するときはナンパしにいくため当直を断りたがるのに、一人だけ当直を希望するのだった。外見のコンプレックスの反動か、軍用機に乗るとスピード狂で誰よりも速く飛べる。彼は、偵察機がレーダー網に今度入ったらすぐさまF11Fで撃墜して英雄になってやる!と張りきっていた。タイガーで上空を旋回中に、偵察機が見つかったとの報をきき、これを追跡した。シリアのラタキアのドックエリアに接近したところで、敵機が急旋回したのでサイドワインダーを発射したが、誤って地上のドックエリアに命中し、炎上。15分後、ジェイムズはサラトガに戻り、事情を上司に報告した。
***
車をとめ、ランディはマガヴァーンの家を訪問すべきかどうか迷っていた。リブの両親は苦手だった。初めて母親のラヴィニアに会ったとき、ラヴィニアは家の中を案内し、露天風呂にもなる風呂場を見せ、意見を求めた。ランディは夏場になると水蛇が入るかもしれませんと正直に言ったところ、ラヴィニアは悲鳴を上げて気絶し、翌日露天風呂設備が取り去られた。リブによると母は蛇恐怖症だった。以来、ラヴィニアはランディを見ただけで蛇を思いだし怯えるようになった。また父親のビルとも思想的にうまが合わなかった。ビルは大きなメーカーのワンマン社長をしていたことがあり、部下に口応えされた経験がなかったので、ビルの意見に異論をはさむランディには失敬な若造だという印象を持っていた。しかし、リブは俺に会いたいだろう。意を決して、ランディはドアに向かった。ベルを押す前にリブがドアを開けた。中にバスローブのビルやラヴィニアもいた。ビルが、「うちの娘や家内を脅かしてくれたようだね」と言う。ランディはむっとして帰ろうとするが、リブに引きとめられた。ビルは、謝りながらも、核戦争なんて起こらない、と言った。増税の口実にペンタゴンが大げさな情報を流しているんだ、マークもその手先だよ、ババもそう言っていた、戦争が絶対起こらないとは言えないが、核戦争はないだろう。前回の戦争でもガス兵器すら使わなかっただろう、と言う。死の灰についても心配過剰であると。ラヴィニアは、明日夕食に来ないかといい、今からブリッジでもしないかと誘った。ランディは夕食については承諾したが、今日は今からやることがあるといい、暇ごいした。
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家に戻って、コーヒーをいれ、ラジオをつけた。驚くべきニュースが聞こえた。アラブの放送局によると、シリアのラタキア港が米軍機に爆撃され、多数の死傷者が出たというのだ。ラタキアにはロシアの軍事施設が建設されていた。また東地中海に展開する米海軍の船団が追尾する偵察機を探知していたという。
ビルから電話が入り、ニュースを聞いたか、と言った。ビルは、予防のための攻撃だろう、と言った。攻撃で戦争を防衛するなどありえない、とランディは反論する。どちらかが正しいかは明日の朝わかるよ、とビルは言って電話を切った。
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マークは、子供部屋を覗いた後、地下基地の当直に向かうため車に乗った。車上で、米軍によるシリア攻撃のニュースを聞いた。ペンタゴンは、意図的な攻撃はしていないと主張している。基地につくと、ダッチ・クラインがいて、「ニュース聞いたか?」と言った。
「ラジオで聞いたよ。嘘だよな?」
「こりゃすごいよ!」ダッチはデスクの上のピンクのコピー用紙の一枚に手を触れた。暗号解読済みの優先メッセージだ。「二時間前、第六艦隊が戦闘機を集合させ、ジェット偵察機の迎撃を指示した。サラトガの三等海尉が──三等海尉だぜ、おい──国籍不明の飛行機を見つけ、レバント沿岸を追跡した。ラタキア付近で接近し、ミサイル発射。人的ミスなのか、ロケット機器の欠陥かは不明。ともかく、何もかもが爆発した」ゴムまりのような顔をした、筋肉質で樽型体型のダッチは、うめき声を上げて、椅子に身を沈めた。
ラタキアの港地区の防衛施設の様子が、自然とマークの頭の中に浮かび上がってきた。「古い型の地雷や、魚雷や爆弾の大貯蔵庫がたくさんある場所だ。新築の囲いの中には、通常、四ないし八機の潜水艦がある。港には二隻の巡洋艦と護衛艦がある」他のもっと悪いことを思いだし、ためらう。「炎と爆発で、核兵器も燃やされたかも知れん。もし戦闘体勢だったとすれば。その可能性は高いな。どう思う?」
「歴史上最悪の失敗だ」ダッチは言った。「うちじゃなくて海軍のミスで、よかったよ」
「いや、そうじゃなくてさ。ロシアはどうすると思う?」ダッチの答えを期待するというよりも、自分の想像力を働かせるきっかけにするために、マークはきいた。諜報活動はダッチの専攻ではない。二つ星階級と空軍部隊の指揮権を得るため、ダッチは教育過程の一環として、二年間スタッフに混じって働く必要があったのだ。マークにとって諜報部の仕事は、政治的側面からも心理的側面からも、それ自体が天職といえた。頭の中いっぱいの無関係な事実をあれこれと検討した上で、一定のパターンに収束させて未来を予測する能力ないし才能があった。
ダッチはいった。「たぶん、慌てふためいているだろう」
「連中の予定が狂うのは間違いなさそうだ」マークは同意した。
マークは連絡文書に一通り目を通し、最新状況を把握すると、作戦司令室に入った。上級司令官のエース・アトキンスがいた。マークはモスクワが沈黙していることへの懸念を示した。戦争準備に入っているのではないか。アゼルバイジャン国境付近に偵察機が目撃され、シアトル沖合いに潜水艦が見つかった。英国も核を含むミサイル準備を始めたらしい。マークは妻子が無事予定どおり目的地につくよう祈った。
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ランディは空港へ行き、連絡バスから降りてきたヘレン母子を見つけた。子供たちは戦争を予期していたという。車で三人を送りながら、ラジオのニュースをつけると、米海軍が港の誤爆を認めていた。故意ではなく、機械の故障と主張している。恐らく港の爆弾貯蔵庫に落ち、連鎖爆発を引き起こしたのだろうとのことだった。ランディは家に着き、三人を部屋に案内し終えると、ベッドに入ってすぐ眠り込んだ。
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午前5時にホーカー将軍がホール基地に着き、作戦司令室で書類を読み、マークら二人に質問をした。大西洋で三隻の潜水艦が発見されたこと、モスクワから未だに何の反応もないこと。夜が明けてからロシアの潜水艦が攻撃をしかける可能性もある。マークの発案で、ホーカーはホワイトハウスに電話し、事前の攻撃許可を得た。やがて、海からミサイルが数発発射されたとの連絡が入った。ホーカーは迎撃を命じた。


朝、震動で目覚めたランディは、朝焼けの地平線に二発の核爆弾の炎を見た。一発はホームステッド基地、一発はマイアミ国際空港を破壊し、多数の人間を一瞬に蒸発させた。ヘレン母子も起きてきた。空を軍用機が次々と飛んでいった。更にもう一発の核。今度はきのこ雲が見えた。子供たちは光で目が見えなくなった。ランディは彼らをリビングへ移動させた。そしてダンに電話したがつながらなかった。また一発。光と音の間の秒数から、やられたのはマクディルだろう。ランディは車でダンのホテルに向かった。ミルク宅配の車とすれ違った。まもなく横転した車を見た。女が倒れて死んでいるようだったが、無視して進もうかと思った。戦争だ、もうルールが変わったのだ。自分の家族さえ守ればいい。他人に構う余裕はない。が、ランディは止まった。やはり女は死んでいた。猛スピードで走行中に爆発を目撃し、視界を失って樹に衝突したのだ。車に戻ってラジオをつけたが、一つの局は話し声がざわざわと聞こえるだけ、もう一つの局はハッピー・ヘドリクスの声だが、米国が攻撃された模様だといい、三〇秒で無音になった。電波が強いと爆撃の標的になるため規制しているようだ。地元のラジオはいざというとき役に立たないとマークはいったがその通りだった。ホール基地もマークのいうように第一ターゲットになったのか。マークは生きているのか、いつになったら確認できるのか。
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ランディは車を進めた。町外れは混雑し、石油スタンドは車であふれ、ジェリーはてんてこ舞い。ホテルに着いた。中はホテルに文句をいう客で騒がしかった。二階のダンの部屋に行くも不在。外で騒ぎがあり、出ると、ガルシア夫妻とホテル支配人のジェニングスだった。生まれそうなのでダンを出せという。ランディはジェニングスを殴って部屋をききだした。244号。夫妻をダンの部屋に待たせ244に行くと、手当てしていた客は死んでいた。ランディはダンに、ガルシア夫人が生まれそうだということと、ペイトンが核爆発を直視して目が見えなくなったことを告げた。ランディは、出産の後、病院に行き、終わったらペイトンを診に来ることになった。いくつか薬をくれた。また、非常用の薬もそのときに持ってきてくれるという。ランディは家に向かった。途中、武装した囚人を見た。護送中に爆撃の騒ぎで逃げ出したのだろう。家に着くとフローレンスらが出勤するところだった。非常時だからこそ自分の力が必要だという。ランディは脱獄囚に気をつけろと注意した。
***
フローレンスらは前夜飲みながら語らい夜更かししたので、翌朝少し朝寝坊した。フローレンスはもう結婚を申し込まれることを期待できない、妻に先立たれた男の後妻になることすら稀な年齢に近づいており、必然的に仕事が生活の中心になっていた。だから8時よりも早く出勤することが多い。定時の5時が毎日恐ろしい。家に帰ってもインコと、一人の食事と、歴史小説ぐらいしか楽しみはないのだ。だから、この非常時こそ、自分の仕事がみんなに必要とされ、自分の存在を実感できるチャンスだった。だが、アリスにいわれて朝食を取り、落ち着いてから出かけた。図書館でアリスを降ろし、西部組合オフィス(電報電話局)に着くと人が並んでいた。電話、電報、マネーオーダーの受け取りなどをくちぐちに叫んでいる。ジャクソンズビルからの連絡で、公用の防衛上の緊急連絡のみ取り扱いできるとの指示があった。また、ジャクソンズヴィル以北とは全く交信不能らしい。フローレンスが客たちにその事実を告げると、あたりは静まり返った。
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9時前に銀行頭取がアトランタの銀行へ電報依頼に来た。フローレンスは、ジャクソンズヴィル以北は無理だというので、ならジャクソンズヴィルの支店でいいと言った。ジャクソンズヴィルを呼びだし問い合わせ中に、ピカドン。南方のパラトカより、ジャクソンズヴィルにきのこ雲が見えたと連絡。結局、電報は送れず、エドガーは銀行に戻った。
エドガーは朝、爆音で目覚めた。銀行にいってみると預金引出しの客が列をなしていた。エステス夫人が引出し額制限をすべきだと主張したが、10年早いと相手にしなかった。これがエドガーの最初にして致命的なミスだった。やがて郵便局長が来て、昨日の便で来たのを渡し、今日は郵便が外から来なかった、これから外へ出しても届く保証はない、といった。それでエドガーは初めて深刻な事態を悟った。彼は市外振出小切手、トラベラーズチェック、国債などの換金を止めるよう指示した。噂はすぐ広がり、商店はたちまち現金以外の支払を拒否し始めた。ついで、小切手類を換金しようとする客が銀行に殺到。エドガーは国の命令と嘘をついて、閉店を宣言し、行員に給料を払って家に返した。
郵便、輸送が麻痺したことは、生き残った町が島のように孤立し、自給自足を強いられることを意味した。ガソリン補給もないから、すぐにスタンドのタンクは空になる。核投下前に疎開した住民たちは国道を右往左往し、ジャクソンヴィルその他の都市が根こそぎ消滅しているのを目の当たりにし、行き場もなくさまよい続けた。
商店では備蓄用品と武器が馬鹿売れし、レジは現金があふれる一方、棚は空になっていった。数日後に金銭は交換媒体でなくなるだろうが、知る由もないエドガーは、昼過ぎに車で自宅に戻った。途中ガス欠でスタンドによるが、もうないという看板。頼み込んで三ガロンもらう。家に帰ると、妻の書き置き、野菜とガソリンの買い出しに行く、人生は続くのよ、と書いてある。しかし、もう銀行は終わりだ、経済は終わりだ、貨幣は終わりだ。俺の人生も終わりだ。俺は一般大衆に混じって惨めな生活に落ちるのはいやだ、銀行マンのプライドは守り通す。そして彼は昔買ったピストルを取りだす。錆び付いているが使えるだろうか? こめかみに当てる。引き金をひく。銃はまだ使えた。


一二月のその土曜日は、ただ「あの日」と呼ばれた。東西戦争、米ロ戦争、第三次世界大戦とも呼ばれたが、戦争は一日で終わり、誰もが人間の敵の姿を見ていない。死んだのは一瞬。生き残った者はただ「あの日の前」「あの日の後」というだけだ。ランディもその事実を受け入れるのに時間がかかった。ランディはヘレンとともにマストアイテムリストを作り、食事をおえた。ヘレンはも一度買い出しの必要があるといった。そのとき突然ラジオの放送が始まり、「現在の米国の事実上の最高責任者であるジョセフィン・ヴァンブルーカー・ブラウン」の演説が始まると告げた。ジョセフィンといえば、ただの文部厚生大臣だった人物だ。ブラウンは演説を始めた。西側諸国が一斉に核攻撃を受けたこと。ワシントンが消滅し大統領や大半の閣僚が死亡し、たまたま視察旅行で助かった自分が軍事、内政の全部を統括せざるを得なくなったこと。ロシアには必ず報復すること。とにかく州や市の当局の指示に従うべきこと。エトセトラ。
放送は終わった。ブラウンはどこからだろう? オマハのホール基地か? だとしたらマークも無事か?そうだ、ヘンリーの家の向こう側に住んでいるサム・ハザードなら短波放送も聴いているだろう。後でききに行こう。しかし、疲れた、倒れそうに眠い。
ヘレンが買い物に行き、ランディは少し眠ることにした。何かあればベンが起こしてくれるだろう。そうだ、弾丸も必要だ。食料不足になれば狩りも必要だろう。ヘレンについでに依頼した。そして、眠った。
***
犬の吠え声で目覚める。ヘレンとベンがダンを連れて入ってきた。九時三〇分だから4時間寝た。ダンは疲れてやつれている。ペイトンの部屋に入って、照明を暗くし、ペイトンの包帯を取った。少し見えるようになったが、ミルクのように全体がかすんで見えるという。そのうちよくなりそうだ。ダンが軟膏を塗り、来られないときは代わりにやってくれとヘレンに指示し、部屋を出た。ランディの部屋でダンと飲んだ。ダンは、心臓発作、流産、自殺が相次いだことを話した。トインビーの言う歴史上の突発事に対する二種の反応は個人レベルのほうが当てはまる。自殺した銀行頭取などはだめになるタイプだった。自分の存在意義だった金が紙切れと化し、支えを失った状態に耐えられなかったのだろう。29年の恐慌時と同じだ。その後、ダンも含めて夕食を取った。ラジオが牛乳に気をつけるように言っていた。ダンは、まだ牛の食べた飼料の放射能が乳に移るには早いが、1週間後になったら気をつけたほうがいいだろうといった。ジェット機が通る音が聞こえた。ダンはクリニックに戻って寝ることになった。ランディはヘレンと、ハザードを訪ねることにし、ベンにライフルの使い方を教えた。万が一暴漢がきたらこれを使え、ただし、銃を向けるのはそいつを殺さねばならないときだけだ、と厳重に言い聞かせた。
ハザードは退役軍人で、ここに川べりの土地を買って家を建てた。二年後に妻を亡くし一人暮らし。釣りや畑仕事が趣味だが、最大の趣味は短波放送をきいて国際情勢を知ることだ。ランディらが訪ねるとハザードはいた。今日の出来事に怒ったような顔をしていた。入れてもらい、コーヒーを飲みながら短波放送をきいた。核搭載潜水艦を爆撃する部隊の交信が流れている。ミセス・ブラウン大臣の居場所はデンヴァ-ではないか、とハザードは言った。オマハはまずありえない。現に核戦争後オマハ発の放送を聞いたことがない、と。
ヘレンは泣き出した。そこでまずいことを言ったと気づいたハザードは、旦那さんは地下シェルターだから助かったかもしれない、それに僕の息子も地中海の船団に乗っている、ロシアにやられている可能性が高いんだよ、と言う、
ハザードによると、モスクワ放送もBBCも放送がなくなっている。モスクワ、ロンドン、パリといった主要都市は全滅だ。ロシアの首脳は既に核シェルターなどで生き延びたようだが。もっとも、ロシアの核で西側の全部の基地を破壊することはできない。そうハザードは言う。
そのとき、ピカドン。停電。オーランドのマッコイ基地がやられた。ランディは庭に、核の光に照らされる赤い狐を見た。数年ぶりに見る狐。
そして、フォートリポーズの電源が絶たれた。つまりフォートリポーズの文明は、100年前に戻ったのだ。かくして、「あの日」は終わったのだった。


オーランドは爆撃機にやられたらしい。避難民がやってきた。電気が切れるとともに電化製品が一瞬のうちにゴミと化し、水も止まった。バッテリーで聞けるラジオはあっても、放送はまばらになった。予備発電施設で病院は動いているがその電気を借りて放送しているのだろう。ミルクや生水は飲むなとのことだった。
***
月曜には水が切れた。ペイトンがトイレの水を無駄使いしたらしい。川へ汲みに行かねばならないと言ってから、ランディは、森の中にある地下水を引いてくればいいと思った。
ランディはベンと川へ向かった。ヘンリー家の人々は外に出ていた。カレブはドックの端にうつぶせて川を覗きこんでいる。ベンがいう。「よお、カレブ!」
「やあ、ベン! 来いよ」
「何取ってんの?」
「取ってんじゃなくて、ふるいにかけてんだ」
ランディはいう、「ベン、ドックで一緒に遊んできてもいいよ。ただ、後で手伝ってもらうことがある」
「ええ? 僕が何か手伝えるの?」
「うん。男には、男の仕事があるんだ」
そしてヘンリー家の男たちに手伝ってもらいながら、配管工事をし、地下水を引くのに成功した。
米空軍機がたびたび上空を通過した。
三日目(火曜日)の朝、冷凍庫の中の氷が解けていた。ヘレンは泣き出した。幸いまだ腐ってはいないので、大量の肉は塩漬けして保存できるようにしなければ。今夜墨焼きにしてステーキパーティーをしよう。ランディはヘレンに頼まれて町に出かけた。
だが町はすっかり変わり、店は閉まり、車は放置、ゴミの匂いが蔓延し、通行人は男ばかりで心配そうにみな先を急いでいる。まず薬局に行ったが塩は売り切れだったので、ピートの店に行き、10ポンドを200ドル出して買った。ピートに妹のリタとの関係をきかれたので、もう別れたよ、と答えた。リタはまだ気があるらしいが、話しても詮無いので適当に切り上げ、銃器屋へ行った。が、全く在庫切れだった。
***
次にクリニックに行くと人気がなく、建物は破壊されていた。中に入って呼ぶと、ダンが入れよ、と答えた。途中、部屋の入り口に警察署長が頭を撃たれて倒れていた。診察室にダンは立っていた。昨夜と今朝、麻薬中毒者が来て薬の注射を要求したらしい。ダンはジム・ブルームフィールドと当直を交替でしていたが、今朝はちょうどジムの番で、ジムはピューリタンだった。注射すれば彼らは死ぬだろうと思って断った(昨夜はダンが注射に応じ、彼らを死なせた)。ジャンキーどもは激怒し、薬を略奪し始めた。麻薬でないものは破壊した。途中で警察署長と警官が来たが、署長は頭を、警官は腹を撃たれ、ジムも撃たれていた。ダンが着いたとき警官とジムはまだ生きていたので、サンマルコの病院へ連れていったが、警官は途中で死に、ジムは着いてからダンに全てを語った後死んだ。犯人はどうなったか分からない。州立病院から逃げ出したのか、ただのシカゴやセントルイスのヤクザなのか。
ダンはホテルまで送ってくれというので、荷物をまとめて俺の家に来いよ、とランディは言った。
ダンにはランディの部屋のベッドを与え、ランディは居間のソファに寝ることにした。
その夜焼肉パーティをした。男たちが庭で肉を焼き、部屋に持ちこんで並べた。
食べている最中、ラジオの臨時ニュース。政府が米国全土の調査を終え、放射能汚染地帯を指定し、立ち入り禁止にしたという内容。その中にはフロリダ州全体が入っていた。
「州全部じゃないだろう!」ランディは怒って叫んだ。
更にリストが読み上げられ続けた。そして&&オマハ周辺も含まれていた。
ヘレンはペイトンを抱きしめ、涙を流した。ベンも目に涙をためていた。
沈黙が流れた。
マーク生存の望みは絶たれた。
ヘンリー一家は、気を遣って暇ごいをした。「おいしい焼肉でした。ごちそうさまでした。いつかお礼をしたいですね」と牧師は言って、家族を立たせた。
「お休みなさい、牧師さん。来ていただいて、とても楽しかった」
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四日目。ハザードとフローレンスの家に地下水を引いた。
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六日目。リバーサイド・ホテルが火事で燃えた。水不足で消火設備が機能しなかった。
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九日目。ラヴィニアが糖尿病で死去。冷凍庫が機能せず全てのインシュリンがだめになったためだ。全ての糖尿病患者が同様の理由で死亡した。ラヴィニアは、いちおうサンマルコの病院へ連れていったのだが、だめだった。ランディの車は燃費が悪く、最も燃費のいいのはヘンリー家のモデルAだったので、これを借りて、はるばるサンマルコの病院まで連れていったのだ。が、インシュリンはなく、手ぶらで戻ったその夜、ラヴィニアは息を引き取った。
翌日から、アリスとフローレンスは、自転車通勤を始めた。
ラヴィニアの遺体の埋葬をどうするか検討する必要があった。葬儀屋のババは所定の様式を満たさない葬儀には難色を示しそうだった。例えばホテル火災の死者はどうすればいいのだろう。遺体収容にはブルドーザーが必要なほどなのに。
ランディは、マガヴァ-ン父子を引き取ろうと言い出した。ヘレンは、そんな余裕はないと文句を言ったが、ランディは、部屋