SF百科図鑑 アントニイ・バージェス「時計じかけのオレンジ」早川文庫NV


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December 13, 2004

アントニイ・バージェス「時計じかけのオレンジ」早川文庫NV

時計じかけのオレンジ英国作家バージェスの代表作、プリングルの100冊にも選ばれているので、今更読了。
治安の乱れた近未来の英国を舞台に、どうしようもない極悪の不良少年が殺人を犯し、洗脳のための「治療」を施され、頭の中身は全く変わらないまま行動だけを条件付け式に「治療」されて「完全に治った」ことにされてしまうという話。結論としては行動すら治る必要はなくて、ただ体制側の政治目的に利用できればOKだったというオチになっている。
第一部では語り手である不良少年のキチガイじみた日常がキチガイじみた俗語の造語の乱発された非常に読みにくい口語体でつづられる。作者がリアリティを出すため尋常ならざる努力をしたということが分かる。訳者も原文の雰囲気を出すため訳文の文体に苦労したことは分かるが、申し訳ないがあまり成功しているとはいえない。
で、語り手は、感情移入の余地もないほどの極悪のキチガイとして描かれている。本能の赴くままに暴行、略奪、レイプを繰り返し、ついには殺人まで犯してしまうが、全く反省をしない、そのくせ両親の前ではいい子ぶっている最低人間である。この描き方から、恐らく作者はこの語り手を感情移入の媒体とはせず純粋な観察客体たる「本能の赴くままの動物としての人間」(=「オレンジ」)として用いようとしていることが推測される。
この語り手を見て、大半の読者は「こんな悪いガキはさっさと死刑にしてしまえ』と思うだろう。ワタシもそう思った(というか、第一部を読むことそのものが苦役だった)。
果たして、第二部ではこの語り手が、ざまあ見ろといいたくなるような洗脳治療を施される。ワタシも胸のすく思いがした。これも作者の計算したとおりだろう。もしこれで終わるならば、要するに「刑罰万歳」小説であり、法務省&警察のプロパガンダ小説ということになるだろう。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。バージェスは、予想以上に狡猾な作家だった。第三部から結末に至る筋書きは、我々の予測を裏切って、社会全体を戯画化するような方向に向かう。この結末は非常に不可解で、作者の主張がなこそにあるのかすら判然としないような多義性を帯びている感じがする。
大まかに言うとこんなストーリーである。語り手の少年は、悪いことをしようとすると治療のため苦痛が起こり、善行だけをするようになってしまう。反体制派(「時計じかけのオレンジ」という体制風刺小説の作者がその代表)は、政府の新治療の犠牲者としてこの少年をまつりあげようとする。この少年は、「時計じかけのオレンジ」の作者の家に行き、手厚くもてなされるが、実は作者の家に強盗に入ったことがあり、この夫婦をぼこぼこに叩きのめしたことがあった(妻は死んだらしい)。この作者が気づくや、少年に対する態度が変わる。少年はこの作家の仲間の党員に保護されそうになるが逃げ出し、飛び降り自殺を図るが失敗。病院で目覚める。「悪い」ことを考えても苦痛が起こらないようだ、好きな音楽を聴いても苦痛が起こらない、治ったようだ。そこへ内務大臣がやってきて、君は我々の友達だ、反体制の奴らが君を利用しようとしたが、作家は逮捕し投獄した、政府が君を保護するよ、とつげ、この少年は「おれは、まるっきりなおったんだ」と喜んで終わる。
この筋から分かるように、バージェスは、単純に刑罰による表面的行動矯正を否定しているのでも肯定しているのでもなく、体制のいっていることも反体制のいっていることも、両方とも何か違うんじゃねえの、論点ずれてるんじゃねえの?とあざ笑っている感じだ。主人公は矯正を施されたラストに至っても、殺人やレイプを嬉々として夢想するように倫理的には何ら「治って」いないのに、国が治ったとのお墨付きを与えている。これは現代の刑罰矯正システムの誇張で、悪いことをしたやつは刑務所に入れてしごけば治るという大前提が実は的外れで、入った奴に限ってむしろ犯罪を繰り返す傾向があることを単純に図式化して批判しているとも読める。
しかし他方で反体制側が刑罰矯正の効用を否定し自由を謳う活動も、何かちがわねえか、と言っているようだ。犯罪者の人権や自由をいい、残虐刑の禁止だの何だのといった主張をする人権派、自由派の連中の主張も、主張が自己目的化して、中身をすっ飛ばした「主張のための主張』といった感じの間違った方向に行っている。放置すれば、「狂ったオレンジ」がすき放題をやるだけだ。モラルを実現するにはオレンジの放置はまずいだろう。だが、そのためにただ「機械仕掛け」にすりゃいいだろうというのも、違うだろう。何かほかにあるだろうよ、というのが作者のスタンスと思われる、しかし、それならどうすればよいのかというアイデアは、全く提示されないのが無責任といえば無責任である。
そこは作家の仕事ではないということなのだろう。要するに、「そんなに単純なものではないんだよ」ということを、それを分かっていない体制派、反体制派を滑稽に誇張して描き出すことで指摘した作品ということができよう。それに対する対策は読者一人一人が考えなさいということだ。

テーマ性 ★★★★★
奇想性  ★
物語性  ★★
一般性  ★★★
平均   2.75点
文体   ★
意外な結末★★★
感情移入度─
主観評価 ★1/2(17/50点)
silvering at 13:44 │Comments(0)