SF百科図鑑 Suzy McKee Charnas: Walk To The End Of The World


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March 08, 2005

Suzy McKee Charnas: Walk To The End Of The World

奴隷と自由人二部作手持ちのプリングル100冊から厚い本・大きい本を優先にしたら次はこの本でした。ホールドファスト年代記「奴隷と自由人」二部作の第1作。ちなみに第二部のMotherlinesも私の持っている本には収録されています。

粗筋追記2005.3.17


世界の果てまで歩こう<奴隷と自由人・第一部> スージー・マッキー・チャーナス
スティーブンに
プロローグ
予期された大異変、いわゆる(大消尽)が訪れ、そして──表面上は──去った。環境汚染と、資源収奪と、あふれかえる貧民同士の不可避の戦争が、世界を荒廃させ、野草に委ねた。誰が生き残ったか?
一握りの高級官僚が、敵襲に備えて造られたシェルターへの権利を持っていた。中には、女を連れていくものもいた。女たちは既に自暴自棄になった時の政府から一掃されていた。理想主義者あるいはヒステリー患者扱いされ、自主退職あるいは追放されていた。外の世界が衰え、暗黒化するにつれ、男=人類は、助けた女たちの青白い顔に怒りの表情を見たり、女たちの声に非難の響きを聞いたりしたように思いこんだ。この女たちの大半は、大破滅の最中に子供を失った。
男=人類は自分のショックを受けた顔やかすれた声には気づかなかった。自分たちは責任を持って正しく行動できていると思っていた──そして全てを失った。自分たちが正気を失っていることすら理解していなかったのだ。
男=人類は、女たちに会議への参加を禁じ、常に目を伏せ口を閉じること、自分の仕事として子作りに専念することを命じた。
女たち同士においても、大半の女がそう考えろと教わったとおりに物を考えた。赤ちゃん以外何も考えないことこそが適切であり、安心できることだった。それに男たちが悲しみや罪悪感や無力感に気も狂わんばかりになるとき、必要なのは支えであって、敵意ではないのだ。女たちは互いに語りあった、とりあえず、男たちの言うとおりのことをしよう、と。
少数の女は、こう言って反対した、違うわ、もし私たちが言うなりになれば、男たちは私たちを奴隷にしてしまう。だってもう私たちしか、奴隷にできる相手はいないんだから! そうして何とか他の女を説得しようとした。
男=人類は聞いていた、そして、とうとう征服すべき敵を見つけたといって喜んだ。計画に従い、ある夜、男=人類は女たちを眠りから起こし、集合させ、こう説教した。お前たちが(大消尽)を起こしたことを忘れるな。ある黒人女性がバスの後部座席に座ることを拒んだのが、黒人の反乱に火をつけたのだ。東方戦争では東洋人の女がわが軍と戦った。女のテロリストが反逆したわれらの息子たちとともに、爆撃を行った。この息子たちは、母親によって半人間に仕立てあげられたのだ。あらゆる種類の害虫女どもが、何百万人の若者を繰り出し、われらの食料と生活空間を略奪した! 女ども自身が、世界の(大消尽)を引き起こしたのだ!
そして、棍棒や革紐で武装した男たちは、このことを二度と忘れてはならないぞ、と女たちに言い聞かせ、自らも確認した。
(レフュジー)から抜け出して、動物の生態系を失い資源の枯渇した世界を発見したのは、その子孫の男たちだった。かれらは、その種に特有の英雄崇拝的で開拓者精神に溢れた伝統を保持している。外へ出たいと主張する数少ない哀れなミュータントたちを殺す。峡谷や海岸のわずかな土地に生い茂る荒々しい草叢を刈り分け、新しい文明を築く。自らの土地を(ホールドファスト)、付着根と称するが、これは、海草が波の力に逆らい、岩に吸着する部分の名からとられている。
この新人類にとって、海草は重要な栄養源だ。麻も同様。これは古代人にとっては有害な草であったが、今や繊維にもなり、ヴィジョンを得るための薬にもなり、必要に迫られて発明の才がある新人類にとっては、食料にもなる主要耕作物である。レンガは土から作られ、機械の墓場が金属の産地だ。柔らかく油分の多い石炭の鉱脈が燃料を提供する。木材は、ホールドファストの境界線を越えた(荒地)のとげの多い低木林からとられる。満足に取れるものは何一つないが、それでも人は生きる。技術や文化を完全に忘れ去ってはいないし、可能な限り順応するのだ。
他に覚えていることはあるか? 邪悪な種族を覚えている。赤い肌、茶色の肌、黄色の肌、黒の肌、あらゆる種類の変色したての土の色の肌。白い肌を持つ真の人類である自分たちの、信用ならないただの模倣にしか見えなかった。
それから、父親のやり方を否定した若者たち。穀物を奪い、世界中の野生地帯で人々を待ち伏せしては殺した動物たち。そして何より、男たち自らが抱える、狡猾で欲深い女たち。これらの者たちが、男=人類の正当な統治を崩壊に導いた反逆者だった。男=人類は彼らを(非人)と呼んだ。そして全ての非人の中で、女と若者だけが、今なお男=人類の敵であった。

隊長ケルムズ
1 ド・ラヨとの会見
ラミンタウンの静まり返ったペネルトン地所の路地に、夜の寒気を嫌って両手を袖に突っ込みながら、一人の男が待っていた。平服の変装の下に制服一式を着こんだ、ローヴァ-と呼ばれる私兵隊の隊長だった。戸口の陰に一人で立っていた。
建物の角に据えられた街灯の大半が破壊されていた。まだ燃えている街灯の一つで、御影石の壁に落書きされた卑猥な言葉や悪口を見分けることができた。この五年間、ペネルトン社団は南部に追いやられているため、ラミンタウンのほかの社団の若者たちが、残った空き地所を仮設のスラム街に変貌させていた。今日は非合法な快楽を追求する不良青年グループの一人を追ってきたのだ。
今夜このグループにサービスを提供した人物が、追跡のターゲットだった。(暗き夢追い人)ド・ラヨ。やはり若い男だが、いかなる社団にも、組織にも帰属せず、仲間に対していかなる合法的な貢献もしない。
筋骨隆々、動きは素早く、褐色の肌で、つぶれた鼻と幅の広い顔、大きく曲がった口、夜に徘徊する捕食獣の姿をしたド・ラロが、隊長の心の目に見えた。実際に、ド・ラロはそういう風貌だった。ああいう堕落した男を実在の獣として見てしまうとは、我ながら男らしくない。
一五分おきに鳴らされるレミンタウンのラッパが鳴った。隊長は妄想を振り払うため、静かに(守りの歌)を唱えた。この歌は、ホールドファストの大きさと広がり、その中に住む男=人類の仲間たちを数え上げることから始まる。大した印象的な内容ではないが、自分の仲間が誰なのか、何を期待できるのかを思いだす助けにはなる。
ホールドファストは川で区切られた小さな平地である。タフで足の速い人ならば、南北の一番距離のあるところを三日で、海岸からトロイまでの川沿いを七日で縦断できる。川はトロイから高い内陸の高原を流れ下っている。その更に東では、(都市)が川の分流点を見おろしている。南方の支流は、平地を越えてバヨに達する。北方の支流は、白い崖の下でラミンタウンに飲みこまれる。この地帯こそ、世界のほかの部分といつか再びつながることに備えた、男たちの命綱──秩序と理性と意志の砦だった。
だが、(再統合)がおれのような男たちの腕にかかっているのなら、命綱など要らんぞ、と隊長は不機嫌に思った。そして歌を唱えるのをやめた。獣の亡霊を見たのは、一人で暗闇に立っていたせいではない。もちろん暗闇というものは、男たちの男らしさに陰りを与える力を持っているのだが。夜になると大地が東西南北に広がっているのが実感できる。その圧倒的な静けさは、わずかに風や水の流れにかき乱されるに過ぎない。あまたの精霊が宿るその巨大な空虚には、恐れを覚えずにいられない。
だが、隊長の個人的な欠点は、他の男を──立派で男らしい者も含めて──すぐに獣の姿に見たててしまうことだ。世界を砂漠の荒野に変えた(大消尽)がもたらした恩恵は多くはない。人類に劣るあらゆる生物の絶滅がその一つだ。獣について考えることは、死んだ外敵の霊を故意に呼び戻すに等しい。
(暗き夢追い人)が月の出る前に現れるようにと願いながら、空を見上げた。月はド・ラヨのような暴漢にとってはまたとない友だ。いつものローヴァ-の援軍を連れていない隊長はといえば、まさに孤立無縁である。
ラッパの音色が響き渡る。石畳の路面のどこかで壷の割れる音がした。二棟の建物の間の狭い路地に、ド・ラヨが現れた。たった一人で、軽い夢のショックの中にいるように見えた。というのも、歩く方向が定まらず、片手を壁に触れて確認しながら歩いていたからだ。(暗き夢追い人)が、夢から覚めないままで外に出ることは多くない。だがド・ラヨは無鉄砲な若者で通っていた。
いつも大仕事の前に襲ってくる、この喉がきゅっと絞めつけられるような感じを早く払拭しなければ、と隊長は焦った。ド・ラヨが千鳥足で前を通るまで待った。そして飛びかかり、二の腕を相手の喉に、片脚を相手が蹴れないようにその両脚にまきつけると、相手の体ごと自分の体を後ろに投げ出し、自分の両肩がちょうど壁で支えられるようにした。
夢追い人は、大海原のごとく体を投げ出した。恐怖など微塵も感じていないようだ。自分と隊長の体を頭から先に路地の反対側へ投げ出し、二人の頭は反対側の壁にしこたまぶつかった。隊長はうめきながら、腕の締め付けを強めた。丸石の上の足がかりを必死で探りながら、夢追い人を地面に投げ倒そうと全力で体重を預けた。ド・ラは頭を石にぶつけながらちらっと見た。そして押し殺した音を立て、ぐったりとなった。
夢追い人の背中に向かって膝をつきながら、隊長は素早くあたりを見まわした。誰もいない。太腿の鞘に収まっているナイフを使いたい、と思った。自らの本来の務めを果たし、この暴漢をただ殺すだけで、おれは感謝されるだろう。
だがそうする代わりに、隊長はド・ラヨの豊かな髪をひっつかみ、頭を上げさせた。「(シニア)が、お前と話をしたがっている」とそのうつろで整った顔に話しかけた。
ド・ラヨはうめいた。うめき声がしゃっくりに変わった。その吐く息は、夢見る麻薬、マンナの甘ったるい匂いがした。
耳障りな小声で、隊長は先ほどの言葉を繰り返した。そして立ち上がり、一歩下がった。疲労を感じた。こういう仕事は昼間の明るいお天道様の下で、若い男がやる方がいい。
ド・ラヨは上体を起こした。顔を手でこすり、掌をかざして血がついているか調べた。持ち上げた腕を、いくつかのコンパートメントに分かれた太い金属のブレスレットが滑り落ちた。ド・ラヨは、不安定な口調で言った。「あんたがこの二ヶ月俺をつけまわしてた鼠野郎か? そんなことを言うために?」
「先週までは、おれの任務は違ってたんだ」隊長はうなるように言った。
「あんた、ヘルムス隊長だろ?」
「ローヴァ-隊長のケルムズ。ヘマウェイ社所属だ」
「ああ」ド・ラヨは立ち上がり、両手で払いのけるような仕草をしたものの、効果はなかった。少し血が出ている。乏しい街灯の灯りの中で、ラヨの眼窩の周りを流れる黒い線が隊長には見えた。「(シニア)に言え、浜辺の小屋で会おうと。いま使われてるのは一つだけだ。自分の勘で探してみろって言っとけ」
「だめだ。お前は一緒に来て、(シニア)に会うんだ」
「ヘ、ル、ム、ス」ド・ラヨが小声で歌うように言った、苛立ちをオブラートにくるむような口調だった。「よく考えろ。おれを殺すにはおれの協力は要らないが、おれと話すにはおれの協力が必要だ。だから、おれの流儀でやらしてほしい──それとも、もういっちょうやるか?」
もう一戦交える気はしなかった。既に疲れきっており、両手は重い。
「そりゃあ悔しいだろうよ」夢追い人は言った。「長い時間をかけて、おれの血を味わうために頑張って後をつけてきたんだろうからな。忘れてくれ、へ、ル、ム、ス。あんたはさっき、おれにとってはかなり面倒な取引を認めさせたんだから。それで勘弁してくれ」夢の中にいるようなショック状態は既に消えている。ド・ラヨの声は、何ヶ月も前初めて聞いたときと同じだった。軽く、けだるく、悪意に酔った声。「元気出しな、おれを殺るチャンスはまた訪れるだろうよ。ところで、おれは友達が沢山いるが、おれの居場所を教えたのはどいつだ?」
「女の糞でも食らえ!」
ド・ラヨは笑った。
***
ラミンタウンは、嵐に吹きさらされ、寒気に悩まされる土地だ。「岩の上に岩!」断崖から切り出したブロックで造った広間を自慢して、男たちは言った。また、ラミンタウンの男たちが自らの肩でホルドファストを運んできたのだ、とも言った。湾内のラミンと呼ばれる細長い昆布の収穫なしでは、誰も生き延びられないのだから、と。
最近、ラミンタウンは焦りに包まれている。この数季、特にこの夏、ラミンの収穫が驚くほど少なかったのだ。ここ五年の間、沖合の水域を管理しているラミンタウンの(ジュニア)たちは、月が潮の流れに悪影響を与えていると言っていた。いつもにもまして温かい海水が、ラミンの幼生の成長を妨げているというのだ。だが、(シニア)たちは、若い連中が、去年の秋、湾の海底に岩を置くタイミングを間違えた、そのために新しいラミンの胞子は足場を見つけられず、死んだり、よそへ流れていったりしたのだ、と主張した。この収穫の激減が、ホールドファストの長引く経済不況の中でも最悪のものだった。
(シニア)たちは、前触れなく(ジュニア)たちの仕事場に現れ、わずかな収穫物の分け前を横領する現場を押さえようと期待していた。(シニア)は、ローヴァ-の護衛を伴って訪れた。しばしば、しかるべき士官が部隊を率いるという格式すら省いた。ローヴァ-は、(シニア)とその利益の強力な擁護者だった。だが、統制を取るのは難しく、大半の(シニア)は個人的にローヴァ-をうまく扱う技術が乏しかった。
事件と、噂があった。
この五年間海岸のラミン採取作業場全体を担当しているウェア社団の若者たちが、日に日に反抗的になっていた。それゆえ、慎重な男が、(シニア)に対する不満と疑念に満ちたラミンタウンの浜の小屋に出かけるのに、月夜は適当な時間とはいえない。
徹夜の番をすることなく、かつ、大釜の下を常に高温に保つため、ここでは、小屋の壁をマットで覆って密封していた。待ち人たちは、ラミンを煮込む際の苦い香りと、作動している二つの大釜の下で燃えさかる炉の轟音の中に閉じ込められていた。
ケルムズ率いる二隊のローヴァ-が、(シニア)の両脇を固めて護衛していた。
巨大な釜の上にはクモの巣状にロープが張り巡らされ、鉤をぶら下げた従業員たちがラミンスープの出来具合に気を配っていた。これはホールドファストで最もきつい仕事だ。女(フェム)にやらせようという訴えが何度も出されたが、その重要性から女には任せられないと却下されていた。ここの仕事は不届きな若者に対する罰でもあった。実際、今いる作業員の中で、ウェア社団のメンバーは二人、残りは囚人だった。男たちが鉤を飛ばし、釜の柄杓を操るさまを見ながら、男たちが枝を飛びまわる大昔の獣のように見えてしまった隊長は、慌てて目をそらした。
そこへ夢追い人にして自称無法者、サーヴァン・ド・ラヨが登場する。シニア・バジャーマンはこの男に何か頼みごとがあるのだった。ケルムズは中身を聞いていなかったが、何か旅をすることが必要なようだった。シニアは、旅の護衛にローヴァ-の隊長をつけてやるので、好きな者を選んでいいと言い、ド・ラヨはケルムズを指名した。ケルムズは慌てていやだというが、シニアは「命令だぞ」という。ケルムズはやむなくブレスレッドをシニアに返した。シニアは直接、ローヴァ-を率いてシティに戻っていった。

2 ド・ラヨの任務~関所の守人
ラヨの任務は(エンドパス)(終末の関所)に関係あるのではないか、とケルムズは思った。ちょうどその日帰ってきた巡礼が、「終末の関所は閉鎖された」と言っていたらしいからだ。閉鎖されたということは、(エンドテンダント)(終末の守り手)が死んだということであろうか。エンドテンダントに任命されることは死刑に等しい刑罰だ。彼は自ら(死の酒)で命を絶つまで、この地位を務め続けなければならないのだ。
だが、巡礼が見たのは旗が出されたままで、ドアは閉じられ、見張り台が無人となった様子だった。ということは単に守り手が奥に引っ込んでいるだけなのだろうか。ちなみに終末の関所とは、十分に成熟したジュニアが行き、洗礼のようなものを受けて魂を解放し、シニアになるための場所である。
ド・ラヨがシニア・バジャマンから引き受けた仕事は、終末の関所へ行き、終末の守手を探し出すことだった──楽な仕事じゃない。何せ終末の関所はたった一人の守り手で百人もの攻撃に堪え得るように、頑丈に造られているのだ。歴史上、関所への攻撃は何度かあった──屈辱や失恋の絶望に駆られ、若くしてその地へ行った友に報いんとするジュニアたちによって。老人たちが、一般の男たちと変わらず、(名誉の街道)で正当に相対することなしに、(聖なる岩)で若き敵たちを死に導くことが出来る、と一部ではいわれている。
「こわいのか?」ド・ラヨがきいた。
無論ケルムズは怖かった。ローヴァ-を率いていた期間が長すぎたし、死の誘惑や幻惑を保持するために、社団同士であまりに多くの小ぜりあいを演じてきた。同年の先輩たちからも、君の魂は十分に成熟していて、終末の関所で解放されるにふさわしいんじゃないかね、と言われるのだ。だがケルムズにはその仲間に加わりたい気持ちはなかった──シニアのマントを着るのもいやだし、(聖なる岩)の威厳ある死に向かって、堂々とした歩調で歩いていくのも気が進まない。シニアは士官ではない。通常時においては、ローヴァ-を率いる権威にも劣るのだ。だから、三〇歳になって毎年、マントを着ることを拒んでいる上に、時には巡礼のローブの着用すら拒んだ。高位の特権や夢中の死を得るために、ローヴァ-引率の地位を失うのはいやだった。それらはいずれも、わが唯一の楽しみを与えてくれる社団、わが無鉄砲なローヴァ-から、引き離されることを意味するのだ。
ラミンを煮る作業が終わり、女たちがラミンを絞り始めていた。女たちとその邪悪の主人である月が輝いている。年老いて他の作業には使えない老婆たちだ。
ケルムズとド・ラヨは海岸を歩き出す。ラヨは、ケルムズがシニアになるのを拒んでいるのが不思議だと話す。シニアがケルムズを一時職務から外したのは、ローヴァ-に個人的な気に入りがいるからではないか、などと話す。
細切り小屋にさしかかったとき、ド・ラヨを待っている人がいるといわれた。今日戻った巡礼らしい。中に入るとその男がいた。
話の内容から、その男が関所の守手だとケルムズにも分かった。二人とも少年の家でバジャマンが教えた相手だ。この二人が素行不良で追放された。一人は守手にさせられた。もう一人は(荒野の死)を宣告されたド・ラヨ。
ラヨは、シニアとの取引の内容を語る。お前をシニア委員会に突き出せば、俺はシニアの地位を約束された。守手のアイカーは答える、ことはもっと単純で、失敗すればおれたち二人とも消されるんだぞ。そして、アイカーは、おれはただできるだけやつらの手を免れて、親父を探したいだけなんだ、と答える。
ここホールドファストでは父子の絆などなく、すべてシニアとジュニアという二層の秩序の中に再編成されるのだ。全員が兄弟である。それによって父子の対立という不可避の事態を回避できる。自分の父を知ることは古き対立の芽を感じ、死の匂いを嗅ぐことだ。このアイカーという男はそれを恐れていない。死の匂いが漂っている。
結局、ド・ラヨは、アイカーの望みに同調し、一緒に探すことにした。アイカーの父は、南町バヨで消息をたったらしい。アイカーに追われていると分かれば逃げるだろうという。
そして、ド・ラヨは、ケルムズをどうするかを話し合いたいという。

3 ケルムズ仲間に、そして船へ
ケルムズ処遇についてアイカーとド・ラヨは検討する。ラヨは殺すべきだというが、アイカーは、ラヨと二人では心細くもう一人仲間がほしいし、ラヨのやり方にも反論があるといい、ケルムズを仲間にするという。結局、ケルムズも仲間になることを希望し、同行することになる。
ケルムズがアイカーと周囲を散策して戻ると、ラヨがウェア社団のシニアと数人のローヴァ-に追われて波止場からフェリーに乗ろうとしていた。ケルムズとアイカーもローヴァ-から逃げ、フェリーに乗りこむ。シニアは3人の身柄を要求するが、フェリー(チェスター社団担当)の係員ハクは、一人がケルムズであることに気づき、社団同士の抗争でケルムズの部隊に何度も助けられた借りがあったことから、引渡しを拒否する。
ラヨがケルムズに言う。「よお、隊長。あんたも役に立ったな。認めてやるぜ」

4 素性の発覚
3人はしばらくフェリーに乗っていたが、やがて、3人の中の一人が関所の任務を放棄して逃げたお尋ね者のアイカーであることが、チェスター社団の連中にばれてしまう。問い詰めるハクらに対し、ラヨはいう。「待ってくれみんな。話したいことがある」

5 追放の理由
ラヨとアイカーは交互に、二人が少年の家から追放された理由、アイカーが関所から脱走した理由を語り始める。
この世界では、フェムが子を生むとすぐに少年の家に連れて行かれ、名前がつけられ、教育が行われ、ジュニアに育てられる。父も母も子の名前と誰であるかを知らないし、子も親の名を知らないシステムだ。女は人間ではないから論外だし、父と息子は古代において互いに敵対し殺しあう関係であったから、そういった野蛮な事態をシステム上排除するため、互いの名を知らせないのが当然の要求だったのだ。もしその名を知れば、子は親を殺す可能性がある、だからもし子に名を知られたならば、その父は子を殺すのが当然とされる。
このタブーを破ったのがアイカーの父、ラフ・マゴマスである。彼は、フェムと寝たとき、フェムの首に目印をつけ、赤子が生まれたときに忍びこんで知人に頼み、赤子にも同様の目印をつけさせた。そして、少年の家に忍びこみ、タグを見て、この赤子につけられた名前を知った。
しかしやがてこの事実は露見し、ラフはバヨに逃走した。すぐに噂になったことから、アイカーは自分の父がラフであることを必然的に知るに至った。情緒不安定となったアイカーは、同級だった不良少年のラヨと親しくなる。当時から夢見薬にはまっていたラヨは、アイカーにも薬を与え、この事実が発覚、ラヨは荒野に野ざらしの刑、アイカーは関所の守の刑に処せられ学校から追放された。
ラヨは荒野から生還したものの、生来の無法者で社団には属さずに麻薬売人になった。アイカーは、父への復讐?のために、関所を守るローヴァ-を欺いて閉じ込め、海水で溺死させると、巡礼に紛れ込んで脱走した。
アイカーは、父に問いたいことがあるといった。何故おれだけか他の連中と違う人生を歩まねばならないのか、違う世代の男の影が、おれの人生を曇らせるのかと。すると、チェスター社団の連中からも、シニア・ジュニアのシステムの矛盾への疑問が次々と挙がった。シニアがろくに働かずポイントを手にいれているのは何故だ? 年の家やジュニアが夢見草に溺れることは悪とされるのに、シニアの連中が許されるのは何故だ? 一部の者がマナを独占しているのに、ジュニアの前でえらそうにしているのは何故だ?
そして、ラヨらは、アイカーの父を見つけ出すための計画を提案する。恐らくバヨのどこかに潜伏しているはずだ。彼らはペネルトン社団の管轄であるバヨに向かい、他の連中に時間稼ぎをしてもらいながら、アイカーが奥にあるフェムの居住区に潜入し、父を探す。
チェスター社団の連中も賛同した。
そして彼らは、夢見草マナを使う。ケルムズも久しぶりにトリップした。周囲の者が獣になる幻覚を見、野獣回帰願望をラヨらに見破られてしまった。
***
なお、この世界の経済システムであるが、現金のほかに、社団内においては労働得点と遊戯得点がカウントされる。が、ラヨの場合は社団に属しないため、ゲームの会計は常に現金である。
更に社団のメンバーの地位、処遇に影響する戦闘経験のメルクマールとして、傷の数が重視される。このため自傷行為に及ぶものも多い。

サーヴァン・ド・ラヨ
6 フェムの家へ
3人は昼頃、バヨでフェリーから降ろしてもらい、フェム居住区へ歩いたが、それが酔いざましになった。町では船員たちが盛大に歓迎されていた。3人は海苔養殖のために造られた貯水路の湿地帯に入る。倉庫と作業場の前に3組の護衛のローヴァ-がいて、一組が歩いてきた。
サーヴァンはケルムズの考えを知っていた。うまくいけば、サーヴァンの困難は緩和される。うまくいかなければ、必要なことをするまでだ。先のことをあまりきっちりと計画を立てるのは、好きではなかった。
ローヴァ-の二人組はきびすを返して、元の場所に戻っていった。その背後の暗闇から人影が現れたが、それはこっそり忍び寄ろうとするケルムズだった。ローヴァ-はその気配にはっきりと身を堅くしたが、振り向きもせず、歩調も乱さなかった。ケルムズが、歩くリズムを二人のローヴァ-の歩調に合わせたので、ローヴァ-たちは、「足音が大きく聞こえるのは、恐怖を払いのけて、ペアや部隊の一員としての士気を高めるためそうしろと教わった通り、相方がおれに歩調をあわせているからだろう」ぐらいにしか思わなかった。
サーヴァンは後で、ケルムズを芸術家とだ誉めちぎらずにはいられまい。おれが誉めると、隊長は困るに違いない──芸術はしょせん、飢餓を伴う信用に値しない貢献だから──だが同時に、紛れもない真の美徳である。ケルムズにも芸術家らしい運があった。チェスターの連中は役目をよく果たしていた。誰も男たちの建物から用足しや賭けをしに出て来ることはなかった。ペネルトンのダンスの足踏みのリズムは途絶えることがなかった。
ケルムズはローヴァ-の肩に手をかけ、対峙した。その隙に他の二人は護衛をやりすごし、建物に入った。フェムだけがいた。そこにいたフェムに主人を出せときいた。フェムは、男がみな屋敷にいると答えた。
そこへケルムズがローヴァ-二人を連れて入ってきた。この二人を仲間につけたらしく(?)、主人探しの間フェムを怯えさせるのにちょうどいいといった。

7 ラフ・マゴマスを追って
フェムの説明。フェムは武器を破壊する魔法を使う、だから焼き殺すしかないといわれていた。(大消尽)後、フェムやその他さまざまな非人、賎民から逃れるべく、男たちは、生殖のため一握りのフェムだけを連れ、レフュジーと呼ばれるシェルター都市に逃げ込んだ。レフュジーの外では疫病の流行で多くの男や非人が死んだ。だがこのフェムの家には魔女の力を持つフェムは見当たらない。古代の凶暴なフェムのパワーを遺伝で持ったフェムは魔女として処刑された。
サーヴァンは、フェムの一人にラフのことをきいた(考え事をしながら読んでいて興味が持てないため、ケルムズの前振りの話題については内容省略。なお、フォッサという名のフェムで、ここはミルク工場らしい。何と、ミルクはフェムが出す)。フォッサによるとクォーターバック社団担当時にラフは来たことがある。その後ラフの息子の悪い噂と共にラフ失踪、ラフがクォーターバックのジュニアと世代を越えた恋が発覚、相手のカーツ・カンブルはラフを追ってか、失踪。委員会のラフより上の男(エンジェリスト社団)が追っ手を送る。委員会はラフに社団へ戻ることを禁じた。これが六年前で、以後消息は途絶えている。
フォッサに先を案内してもらい、ミルク工場の先に入ると、Rendery(render=精製油なので、「製油工場」の意と思われる)と称する、フェムの遺骸から油分を分離する流れ作業の作業場だった。

8 アルデラ登場
気味の悪い製油工場を抜け、台所で食事をし、弁当を作ってもらい、フォッサからバヨとシティをつなぐ水路の図面をかいてもらって説明を受け、フォッサのルームメイトのアルデラという娘を紹介された。二人とも主人の男の情婦なのだろう。二人が変わっているのは言葉が話せるだけでなく、アルデラは走りの訓練を受け脚がものすごく発達していることだった。アルデラは外見は全く魅力がなかった。
が、いずれにせよ、フェムを連れて歩けば不自然な集団だと思われにくくカモフラージュになるだろう。
アルデラが彼らへの同行を希望したのは、彼女が不浄(月経、なお月が魔女の象徴とされるのはこの故だろう)の赤いスカーフしていたにかかわらず、欲情した酔っ払いの男におかされ、それを見ていたジュニアの密告によりこの男が名誉を汚されたのでアルデラを魔女として処分し製油の原料にすることを求め、製油所のフェムたちがアルデラをかくまうために逃げたと嘘をついてここにかくまっているという状態であり、同行すればこの状態から逃れられるからだった。
ただそれだけで仲間のフェムをかくまい逃がすメリットは理解しがたく、アルデラを逃がすことには他に意味があると思われた。が、それが何であれ、どうでもいいことだ。しょせん自分以外の誰もが潜在的な敵なのだ。利用したければすればいい、こちらもそれを逆手にとって利用するだけだ。そうサーヴァンは思った。
彼らは夜の土手道の迷路をシティへ出発した。

9 シティへの道
サーヴァンは素早く飯を食った。ほとんど残り少なかった。フェムがアイカーのために準備したボウルと、小さいほうのビールジョッキを手に取ると、外に出た。アイカーは見晴台に立ち(壁に寄りかかってはいない。この男は決してだらけることを自分に許さない)、光が消えるのを見ていた。そして、ありがとうとうなずき、最後の食料を受け取って食った。サーヴァンが少年の家の日々からよく知っている、あの疲れて物思いに沈むような雰囲気をたたえていた、できることならいつでも連れ去られて消えてしまいたいのだ、とでもいうような。
「ケルムズが心配してるぜ、君とフェムのことを」とサーヴァンは言った。
「おれのほうこそケルムズのことを心配してた」アイカーが皮肉めかして言った。
「責任を感じてるのか?」サーヴァンは風雨にさらされた石壁に寄りかかった。
「ケルムズは、おれが来てくれと頼んだからここにいるんだ」
「おれの記憶では、あれは君がサーヴァンの命を助けようとしてやったことだったと思うが」
「たぶん、ありがた迷惑だっただろう」アイカーは、大麻種のパンから丁寧に海苔のくずを払い取った。他のホールドファストの男と同じく、早食いだった。「おれは、サーヴァンがどんな緊張の中におかれていたかを理解していなかった。特にあの夜、君が与えたマナだ──ほんの二日前のことじゃないかね?」
「サーヴァンがいなければ、他の連中は全員、最後の最後で逃げ出していただろう。そして、おれたちに都合の悪い展開になっていたさ」
「だからおれは干渉しなかったんだ」
「やつはタフな昔ながらの野獣だよ。ちょっとやそっと暗き夢を見たぐらいで傷つく玉じゃない」
「もう傷ついているさ」一連のパイプの音色が下から響いてきた。バヨから遠くに来過ぎており、今から家に帰って眠るのは無理なフェムの集団は、夜の間、池の合間にある差し掛け小屋の覆いの中に導きいれられていた。「ヘマウェイズ社団のヘルムズ隊長は、本来なら、他の社団のローヴァ-を盗むなど考えられない。そんなことをすれば社団同士の力のバランスが壊れて逆転し、連中が蜂起して、処刑せざるを得なくなる可能性が強まる」
サーヴァンは肩をすくめた。「ヘルムズは、おれたちのおかれた現実の状況に向かいあおうとしているだけさ」
「いいや。ヘルムズは何かに長い間抵抗してきて来たにもかかわらず、結局負けてしまったと思うんだ──獣という概念の魅力に。暗き夢で獣を見たんじゃなかったっけ? たぶん、ローヴァ-が飼いならされた獣のように見えていたんだと思う。だが今度は、自分の内面に目を向け始めた。ヘルムズと、ペネルトンのローヴァ-との関係は、非常によそよそしいことに気づいたかね?」
「あの年老いた狼に何をお望みかい?」サーヴァンはけだるげに壁を蹴っていた。「ヘルムズは君の恋人にはなれないよ。年の壁を考えるんだな」
サーヴァン、お前は歩く性器か、ぜんぜん変わってないな! おれはただヘルムズにこんなところでおかしくなってほしくないだけだ。君はまだヘルムズを殺ろうという気にはなってないだろうな?」
「ああ、今のところはな」
「今のところっていつまでだよ? 古き怨恨はいつでも果たせという言葉を昔から知っているだろう。&&」
以下、ヘルムズをどうするかに話題が及ぶ。
更に、サーヴァンはアイカーに(終末への関所)についてきく。
「規則正しい生活さ」アイカーは言う。関所での生活もその物静かさには影響を与えていない。
二人は少年の家の「最初の夢」の過酷な日々を思いだしていた。これは、子供たちにマナを与え、強烈なドラッグの夢に耐えうるだけの精神力を身につけさせる鍛錬だ。だが、サーヴァンは、過去のいたずらに対する懲罰も兼ねて、一度終わったはずの「最初の夢」の課程に戻された。教師は彼が「暗き夢」の見方を求めていると考え、アイソという独房にいれた。アイソでサーヴァンは暗き夢の真髄をつかみ、出されるとすぐに教師の情報と引き換えに「暗き夢追い人」に暗き夢の極意を教えよと頼んだ。アイカーが立会人として付き添った。トリップ中にサーヴァンは人事不省に陥り、アイカーに助けだされた。この件が発覚し、二人は法廷に立たされ、サーヴァンは荒野に放り出された(焼殺の刑は免じるとの意味合いもあった)。アイカーは、関所の番人を言い渡された。アイカーはサーヴァンの「悪行」によって隔離生活を余儀なくされ、「聖なる岩」への巡礼を通じてしかシティの日常生活を知りえなかったつらさを訴える。サーヴァンは、だがおれが必要な今、すぐにおれに会えただろうという。アイカーは、シティに急ごう、とりとめない昔話をしている場合でないと促す。

10 シティに入る
彼らはシティに近づいた。隊長が育った環境、聖書の教えについて語りあったりしながら、窯焼き小屋を通って中に入ると、赤線が張られており、公式の決闘の最中だった。観客に上司のシニアがいた。隊長はアイカーを引き渡すことも可能だった。しかしながら今や彼はアイカーに縛られ、裏切れなくなっている自分に気づいた。

アイカー・べク
11 カンブルを探して
サーヴァンが素早く走り去る靴音を、ベクは聴いた。
ケルムズが静かに言った。「ド・ラヨが、ローヴァ-の一軍とともにバジャーマンを連れて戻る可能性はどれぐらいあるだろう?」
「ゼロさ。あいつは、自分の好奇心を満たす可能性が最も大きくなるようにと、あらゆることをする。バジャーマンは既知の存在だ。ラフ・マゴマスはそうじゃない」ケルムズが無言でこの答を飲みこむのを見て、ベクは言い足した。「違うといいたいのか? 仲間の裏切りの危険について、説教でも始める気か?」
「君はおれ以上に長くやつとつきあい、やつのことをよく知っている。やつに関して君に教えられることは、おれにはないさ」
「おれに何もアドバイスはないのか?」ベクは促した。さいぜんの楽しい会話の余韻は、サーヴァンが姿を消したことによって完全に消し飛んだ。疲れきった体に押し寄せる空腹を、ベクは感じた。不愉快さのあまり、投げやりで鈍感な気分になっていくのを自覚しつつ、どうでもいい気分だった。
ケルムズが言った。「ない」
「おれの問題は、あんたには何の意見も持てないほどどうでもいいってことか。ひとつ尋ねたいことがある。おれはあまりにも長い間、聖なる岩に一人でこもっていた。おれは自分の年齢集団における居場所を忘れてしまったんだ」
ケルムズが堅くなった手足をほぐしながら、ため息をついた。「突然鼻声で泣きごとを言い始めたのは、シティの近くに来すぎたせいか? 少しでも大人の自覚を取り戻せるように、質問をしてあげよう」傷ついた表情で、ベクは黙っていた。ケルムズは唾を飲み、続けた。「マゴマスとの再会はきみが思うより早く訪れる、ここシティでな。マゴマスに会ったら何をするつもりだ?」
「おれたちの間の問題を片付けるために、どんなことでも」
「全てを忘れて立ち去ることは考えていないのか」
「考えたことはある。だが認めがたい」
「よかろう」
「賛成なのか?」
「ああ。絶えず頭をつきまとうものがあるのに、それを見てみぬふりをしても仕方がなかろう。結局きみはそれに向き合うべきなのだ。だが、マゴマスを見つけたとき、一体何が起こる?」
「さあ、おれは未来を予知できない。公式にホールドファストの害悪と宣告された経歴を持つ人間に、どんな未来が許されるものか」
「後悔しているのか」
「少しは」
「それが慰めになるのなら、よかろう。だが、しょせん慰めにしかならない。それよりも、こうしたらどうだ。マゴマスの前まで歩いていき、洗いざらいぶちまけるんだ──きみの過去の全部、一生かかって考え、感じてきたことの全部を──その全部にマゴマスの烙印が押されているんだ、やつの犠牲になったんだとぞいわんばかりにさ。マゴマスはこう言うだろう。『きみの名前は何と言ったっけ? すまんが、ここ数年間、私はいろんなことで頭がいっぱいで、きみの名を正確に思いだせないんだよ&&』」
ベクは信じがたい笑い声を上げた。「おれが自意識過剰のトンチキといいたいんだな」
「そうは思わん。だが、一悶着あることがわかっているんだから、あらかじめ何が起こるかを考えておくのはいいことだろう」
「あんたの推測について言わせてもらうが、そんなことはどうでもいいんだ」ベクは言った。「おれはとにかく何か答をもらうつもりだ。『おれは知らない』の一言でもいいのさ」ケルムズ隊長の肘がベクに当たった。肩をすぼめて、バヨからの道中着ていたマントを脱ぎ、たたんでいた。「隊長、何だかこの会話は、別れの言葉みたいな妙な響きがあるな。逃げようとしてるのか?」
「ド・ラヨが戻ってくる前に、このローヴァ-たちを安全に避難させたいだけさ」
名案だった。ローヴァ-の指揮は狭い路地では困難だし、シニア・ケルムズとその護衛としてシティをおおっぴらに歩くのはほとんど不可能なのだ。ケルムズとヘマウェイ社団の問題はここでは誰でも知っているから、無事逃げおおせるのは無理だ。すぐに巡回の警官が追ってくるだろう。
「そうだな」ベクは同意した。「確かにあいつらは、今は邪魔だ。サーヴァンなら、あいつらの喉笛をかき切って死体を下水管に詰め込むぐらいの短絡なことをやりかねん」
「きみはうまくやれるさ」ケルムズが言った。「友達に対して幻想を持つことをやめさえすればな」
「あんたのいった通り、おれはあいつをよく知ってる」ベクが冷ややかに言った。「で、ペネルトンの連中をどうするんだ?」
「睡眠を取るように命令し、ヘマウェイ本部の病棟に連れていく。そこでおれの任務を代行している男は、昼前まで巡回に来ないだろう。考えている通りの男ならな。ド・ラヨは無法ビジネスの世界を知り尽くしている。そのころまでには寝とまりするのにいい場所を見つけているだろう」ケルムズは膝の関節をばきばきいわせながら立ち上がった。「ここに戻るつもりはないから、待っていなくていい。やらなきゃならない仕事が別にあるんだ」
「あんたが必要になったらどうすればいい?」
「少年の家の書庫で探すといい」
少年の家の書庫は、年齢線を異にする者同士の密会の場所として有名だった。驚いたベクは、ただ「おお」と言った。
ケルムズは誤解を解くように、おれは前に(ゲイの)恋人がいたが死んでしまった、ただそれだけだ、少年の家の少年には興味はない、と念を押した。そうすると書庫で何をするんだろう? 本で調べ物だろうか。
「あんたは獣のことを調べるのか」
「そのとおり」
「男はみな、おのれの妄念を追う権利があるというわけだ。では、あそこで会おう」
ケルムズは護衛を連れて去った。
そこへサーヴァンが戻り、ケルムズをなぜ行かせた、裏切ったらどうする、とベクをなじった。
彼らはフェムを連れて、サーヴァンの裏の顧客であるクォーターバック社団のケンディゼンというシニアに会った。ケンディゼンは以前にバヨにいたためか、アルデラの脚力を知っており、このフェムをくれないかと冗談に言った。
それからサーヴァンはベクを紹介し、父親の居所を知らないかときいた。ケンディゼンは、誰もが彼の行方を探している、息子に知らせれば復讐するだろうから、モラル以上知っていても教えられないと答えた。ならば、カーズ・カンブルは知っているはずだから会わせて欲しいとサーヴァンは求めた。

12 少年の家で
結局ケンディセンはしぶしぶ同意したが、結果に責任はもてないといった。ベクは一人で昼寝に行ったが、ケンディセンのつけたフェムがつきまとうので、アルデラを呼び、邪魔しないように監視を頼んだ。あとでベクのハンモックにサーヴァンがきて横たわった(同性愛関係らしい)。
***
彼らはケンディセンと共に、少年の家の書庫に向かった。少年の家は昔と変わりなく、二人はいろいろなことを思いだし語りあった。アンジクが自殺した後、同級生をたたきのめしたこと。ベクが書庫の片付けの手伝いをさせられ、世代間の禁じられた愛を垣間見たこと。二人は肉体関係があった。
またここは非人の記録の保管所であった。フェム以外既にいなくなった者達だが、人々は気味悪がって近寄らなかった。
二人の前へ、ケルムズが現れ、既に夢見の儀式が始まったことを告げた。奥へ進むと、いけにえのフェム数人が焼かれ、その周りで男たちが歌っていた。その歌は非人の名を列挙し、最後はフェムで〆ていた。
サーヴァンが言った。「昔を思いだしたか?」

13 少年の日の絆
非人の名の詠唱を聴きながら、3人は、ケンディセンがカンブルに会わせると言ってここにきたこと、カンブルはマゴマスの居所を知っていそうなことなどを話し合った。ケルムズはケンディセンをあのフェム好きと罵ったが、ジュニアの年のものの前で年配者が同輩者を罵るのは異例のことだ。
ベクは関所の守手の日々を思いだす。そしてサーヴァンが追ってこなかったのは不思議だと話す。サーヴァンはもし行けばきみは僕に毒を盛っていただろうと答える。
やがてケンデゼンがエンジェリスト社団のダグ・リガードを紹介する。ダグはカーツの知人で、カーツのところへ連れていけると言う。

14 カンブルとの面会
少年の家を出てシティの中を皆で移動する。ベクは、ローヴァ-のことが心配になりケルムズにきくと、うまくいったと言う。獣の話などをした後、ケルムズは、おれはこれが終われば自分のやることがあるから去ると告げる。彼らはエンジェリスト社屋に入る。カルト教団が儀式をしている。中央にやけどの男がいる。カンブルだった。彼によると、(再統合)を目指すマゴマスはバヨのフェムハウスの改革などを行ったが、シティに戻ったとき、息子のスキャンダルが起こったため、船でトロイに行き、今もそこにいるはずらしい。途中までカンブルも同行したが、事故で自分だけ戻ってきたという。

15 ケルムズの死
カンブルはベクに襲いかかり、ケルムズが助けようとしてやられる。ベクはカンブルと格闘して倒し、サーヴァンと逃げる。アルデラも従う。
***
ベクはディンカーのところに運ばれ手当てを受ける。脚に傷を負っていた。

アルデラ
16 アルデラの旅
アルデラの視点。
治療中のベクを抱えながらアルデラは働いていたが、ある日、ド・ラヨに犯された。
アルデラは、トロイの近く、ホールドファストの外に住む「自由なフェム」からメッセージを受け、返事のメッセージを持ってベクらに同行したのだった。
バヨのフェムハウスでは、マトリスというフェム達が管理をしていたが、これに抵抗して自殺する(誓約派)という派閥も生まれていた。アルデラは誓約派のシンパだったが、自由なフェムに憧れてこの旅を決意した。フェムが一人で長距離を旅すると怪しまれるので、ベクらへの同行はうってつけだったのだ。

17 バジャーマンに捕まる
彼らはキャンパーでトロイに向かう途中、バジャーマンに会う。バジャーマンはベクにいう、きみを利用すればマゴマスに対抗できる、だからきみを探したと。バジャーマンもトロイに向かっていた。バジャーマンは語った。
「きみと一緒にケルムズ隊長を派遣したことを今では後悔してる、サーヴァン。それに、きみのケルムズに対する扱いもショックだったと言わねばならん──履きつぶした靴のように脱ぎ捨てるとはね! シティのまともな男がみな夢見てる時分に、わけの分からん違法な喧嘩闘争の果てに殴り倒され、あれほど有能な男がショッキングな最期を迎えるとは!」そして優しくこう付け足した。「だがアイカーが喪失の悲哀にさいなまれているのが分かる、それは疑いない。ケルムズの勇気と経験、そしてたぶん、年齢の壁を超えた熱い友情にな。わしは可能な限り、ケルムズの代わりを務めたい」
「あなたが?」ベクは言った、そして激しい笑い声を隠しもしなかった。
「わしの厚意をあざ笑うのか、アイカー?」シニアはつぶやいた。「わしはお前を暴徒の手に委ねることもできたのだぞ、忘れるな。お前は六年間、終末の守手として委員会に仕えた。だが、この腐敗したシティの若造どもが、お前の仕事をよく見てくれるとは思えない。多くの人間が聖なる岩で友人や恋人を亡くしているのだ」
「馬鹿を言わないでください」ベクは淡々といった。「あなたがぼくをトロイに連れていくのは、あなたの助けがあろうとなかろうと、ぼくがトロイに行くつもりだったからだ。ぼくがあそこに歩いて行こうと、這って行こうと、敵に引きずられて行こうと、大した違いはないと思いませんか?」
シニア・バジャーマンは、頬を寛大そうに桃色に染めた表情を装いながら、明るい空に目を凝らした。
「わしは昔、お前を気に入っていたのだ、アイカー。お前には重要な約束があると思っていた。昔の仲に免じて、この騒ぎもお前の心の傷ゆえと考えよう。この暗き夢人については、わしのすぐ近くにいい場所がある、きっと感謝してもらえるはずだ。お前同様、行儀作法については特別なレッスンがいるな。少年の家で教えたことが身についていないのは、二人とも一目瞭然だからな。欠点を矯正してくれる最高の教師と出会えて、嬉しいと思いなさい。キャンパーの中で移動しながら、お前たち二人に授業してやろう。それから、このお前のフェムについてだがな、アイカー──」
「僕のものではありません」
「君たちのどちらのものかは知らんが、このフェムを連れてきたのは正解だ」シニアは言った。「わが友アリクが殺した牽引フェムの代役を務めさせよう。こういった訓練過剰の私有フェムは、将来実直な仕事になじむ必要があるのだ。シティの若い連中は暴力沙汰にフェムを巻き込んでいる。明らかに、フェムが男たちを実際に襲ったというニュースに触発されているのだ。むろんそんなガセを信じるのは馬鹿だが、少しでも治安に問題があるときにはその手の噂はすぐに広まるのはご存知の通りだ。この混乱が鎮まるころには、フェムの数は不足しているだろう。だから若い君たちに感謝しておるのだ、魅力的な価値の高き君たち自身に加え、役に立つ財産をも提供してくれる先見の明にな」

18 キャンパーの旅路
アルデラは、キャンパーの牽引フェムの代役をさせられる。だが、その体格は車両の牽引に向いておらず、ついにアルデラは倒れた。シニアが降りてきた。アルデラはもうどうなってもよいと思った。シティのフェムが殺され始めた時点で、もう彼女の任務は終わったのだ。どうせ(誓約派)のフェムが真っ先に殺られているのだろうから、と。さあ、私の喉笛を切れ。だが、シニアは、アルデラのスプリント能力を聞いており、貴重な財産を無駄にはしなかった。ド・ラヨを代役にし、アルデラをキャンパーのベクの横に乗せ、自分はキャンパーの横を歩いた。夜にはキャンパーを降ろしてテントを張った。フェムたちは悲しい古代のフェムの歌などを歌った。夜、キャンパーの中にベクとアルデラがいると、ベクは、屋外でアルデラと関係したことや、アルデラらの歌った歌の内容(男たちがフェムやその他の非人を武力制圧し、ホールドファストを造る過程などを歌った内容)の真偽について考え、眠れない状態であることを打ち明けた。

19 アルデラの話(1)
嬉しさのあまり、アルデラは笑いそうになった。手ひどい怪我を負ったらどうしようと思うと、肉体的に立ち向かう気にはならないが、ベクはこちらの唯一の武器である言葉を使うことを、みずから求めてきたのだ。
「ご主人さまは私の知っている全ての歌を、ご存知でらっしゃいます」アルデラはそう言って、自分の大胆さに驚いたように言葉を止め、心の中で自分に言った。「私! 私!」その魔法の代名詞をベクに向かって言ったなど、信じがたかった、自我と同格のその言葉を。
ベクはほとんど気にも留めなかった。「歌はもういいよ。過去の歌はどれも似通っている。今について話してくれ。お前自身の経験について」
お前自身の人生について話せ、という意味だ。アルデラの人生はアルデラが所有する唯一のもので、他人に質問される筋合いのものではない。だが、その一部と、他のフェムの人生の一部(ベクには違いなど分からないだろう)を適当に組み合わせて使えば、ベクを圧倒できる見込みがあった。ベクは、他の男のフェムに対する伝統的な扱いがそうであるように、冷淡さで身を守ろうとはしない。
ベクは少年の家で嘘を教えられたのではないかという疑念に傷ついているのだろうか? 結構なことだ。まず若いフェムがバヨの簡易竪穴や訓練小屋の中で教わることから話を始め、ベク自身に結論を考えさせてやろう。アルデラは私情を交えず淡々と、長いメッセ-ジを伝えるかのような口調で話し始めた。
アルデラは若きフェムが九歳の年まで閉じ込められる竪穴での生活を話した。
***
アルデラは語った、竪穴に閉じ込められ餌を落とされ、それを奪いあう生活。生き延びた彼女は、容姿に恵まれない分、記憶術を授けられた。やがて、スクワイア社団のロブレスのフェムハウスに入る。そこで彼女はロブレスから屈辱的扱いを受けたが、誰よりも早くメッセージを届けるメッセンジャーの役目も与えられたのだった。だがその話の最後の部分は語りたくなかった、胸が痛むのだ。
***
「それで?」とベクが急かした。「どうやってバヨへ戻ったのか?」
「まずオールドタウンに行きました」アルデラは言った。「職業訓練のために」
ベクは眉をひそめる。「お前ほどの才能のあるフェムが、オールドタウンで学ぶようなことがあるのか?」
「何も。だからこそ訓練になったのです」
***
オールドタウンは収穫した大麻の中継地だ。そこでアルデラは、食料用の麻を加工する工場に配置されて働いた。そこへマトリス(バヨのフェムハウス内の管理部門)より、仕事があるとメッセージがあった。アルデラは言語能力を失ったふりをして、任期が明けると同時に解雇されバヨに戻った。そこで、(誓約派)の造反があることを知った。マトリスはメッセージを携えて、トロイの近くの自由なるフェムのところへアルデラを派遣した。こんな風に捕まるのは想定外だった&&。
そんなことを考えつつも、アルデラは説明できなかった。
逃げようと思っているのか、ときかれ、それを否定する。そんなことをしても狩りの獲物になるだけだと話す。
そして、フェム同士の愛と、主人の思惑で突然その愛が引き裂かれることを話す。
ベクはきく、主人を愛することはあるのかと。古い歌には倒錯した変態として、男女つまり男性とフェムの間の愛が歌われる。それは変態ではあるが、同時に栄光ではないのか。アルデラは、そんな変態フェムは魔女として焼き殺されるだけだ、というが&&。
***
「そんなことありえません」大麻畑にいるド・ラヨを意識しながらアルデラは言った。
ベクは肩を動かしたが、肩をすくめたのか身震いしたのかは、アルデラには分からなかった。「確かに、フェム同士、男同士の愛のほうが、相対的に薄気味