イニシャルG

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集





「キャ━━━━━━━━━━━━━!!」
けたたましい悲鳴とともにドタドタと足音が聞こえ、ドアが乱暴に開けられた。
「レン…レンッ…助けてっ!」
リンが瞳を潤ませてドアノブを掴んだままガタガタ震えている。
「んあ?痴漢?」
読んでいた雑誌から目を離し振り向くとリンがぶるぶると首を振る。
「違うのっ!…ご…ご……」
「ご?」
「ゴキブリ━━━━━━━━ッ!!」
頭がくらリとしたのは気のせいだ。
「早く早く捕まえてー!」
首を絞めるようにがくがく頭を揺さぶられて本当に悪酔いしそうになる。
「んなのゴキブリホイホイかなんか置けばいいだろ?」
面倒臭げに答えると「イヤーッ!あたしの部屋にいるの!すぐに捕まえて!怖い!」とさらに頭を揺さぶられて、やれやれとリンの部屋に向かった。

「で、どこにいるの?」
「さっき箪笥の下から出てきてクローゼットの下に入って行っちゃったの!」
そりゃ無理だ。
「見つけた時に仕留めないとあいつらどっかに隠れちまうからなぁ…」
ぼそっと呟くと、「イヤイヤ!怖い!なんとかしてぇ!」と肩を揺さぶられた。
何がそんなに怖いんだか…。
「別に広い家なんだからゴキの一匹や二匹いてもおかしくないだろ?別にお前が実害被るわけじゃないし、もし次に出てきたら仕留めろよ」
「やだ!どこにいるのかわかんないのよ!夜ベッドの中に出てきたらどうするの!?早く捕まえてよぅ…」
めんどくせぇ…けど泣きそうなリンを放っておくわけにも行かない。
「手っ取り早いのはホウ酸団子かなぁ…。このうちペットもいないしアレ捲けば一発なんじゃないの?」
「それ買ってきて!」
「俺、カネ持ってねぇよ。マスターが帰ってきたら話しとくから」
「マスター、今日は帰るの遅くなるって…。お店閉まっちゃう…。お願い、今日中になんとかしてぇ…」
今日だろうが明日だろうがそんなに変わりないじゃん…。
ていうか…マスターがいないとなると、あいつに話持ってかなきゃいけなくなる…。
「ねぇ、レン…」
「わかったよ。この家の主に話してくっから」
負けた。
しかし、あいつに頼み事なんかしたくないのに…気が重い。


「ほう、ゴキブリねぇ。珍しい。何年ぶりかな、出現報告は」
この家の主はPCモニタの前で椅子だけ回してこちらを向きすっとぼけた顔で感心したように頷いている。
「で?退治して欲しいの?」
「ちげーよ。リンが騒いでるからホウ酸団子でも買ってやってくれ」
「あはは、剛気に見えても女の子だねぇ」
可笑しそうに笑う間抜け面も保護者面も気に食わない……そりゃ俺たちのマスターじゃないとは言えこの家の主で俺たちは居候の身分だけど。
「それとね。日本語は正しく使いなさいね。ゴキブリ退治のためにホウ酸団子が欲しいからお金ください、でしょ?」
ぐっと言葉に詰まる。
必要物資(俺にはそう思えないが)とは言えこいつに頭を下げてカネを貰うなんて…。
最低限の小遣いは決まった額貰っているけど、こんな突然の出費は想定外だ。
「ホラホラ、どーしたのぉ?リンが待ってるんでしょー?」
「お金…ください…。ホウ酸団子買いたいんで」
屈辱で震える拳をチラリと見て目の前の眼鏡男は「よろしい」と頷いた。
「しかしなんだね、いい加減俺に懐いてくれてもいいんじゃない?建仁には結構従順なくせに俺にはツンケンしちゃってさ」
立ち上がって棚の中をゴソゴソ漁っている眼鏡のロン毛男はわざと拗ねたような口調で言って、「釣りはやるからレシートは持っておいで」と言いながら棚の中から取り出した千円札を一枚俺の手に渡した。
「どうも…」と言って立ち去ろうとすると、後ろで縛った髪を引っ張られた。
「いてっ!」
「ありがとうございます、だろ。こういう場合は。躾がなってねぇな、建仁の野郎」
お前にアリガトウゴザイマスなんて言いたくないんだよ!
しかし言われたことは悔しいがもっともなので恨めしく見上げて「ありがとうございます…」と口の中でぼそぼそ呟くと、掴まれていた髪が離され、「よし、気をつけて行って来な」とポンポン頭をはたかれた。
そのへらへらした笑顔も年長者面も気に食わない。
実際年長者だけど、物がわかったような口の利き方が気に入らない。
貰った千円札を握り締めて部屋を出て、そのまま家を出た。


「これでゴキブリいなくなるかな?いなくなるかな?」
「さぁ…効くって言うからすぐに食って死んじまうんじゃないか?」
「え━━━━━━っ!死骸、嫌だっ!」
「俺が片付けてやるよ」
リンの部屋の物影に買ってきたホウ酸団子を二つ三つ置いて、残りはまた出た時のために俺の部屋に置いておこうと思った。
部屋にいたくないし隣の俺の部屋も怖いというリンのために居間に向かった。

居間ではミク姉が一人でファッション雑誌を眺めていた。
ミク姉と一緒にあいつがいないことにホッとすると同時になんだかムカついた。
「あれぇー?リンちゃんどうしたのー?」
目敏く俺の腕に取りすがっているリンに目を留めたミク姉が聞いてきた。

「あははっ、ゴキブリ出たのー?それでホウ酸団子買いに行ったんだー」
ミク姉がケラケラ笑う。
「ミクちゃん、ゴキブリ平気なの…?」
「んー、見たことないからなぁ?」とミク姉が首を傾げて、思い出したように吹き出した。
「どうしたの?ミクちゃん」
「うん、あのね…」
面白そうにミク姉が語り出した話は俺にとって面白くないどころか不愉快な話だった。
あいつ…カイトがこの家に来たばかりの頃、やはりゴキブリが出たと言って大騒ぎしたらしい。
まだマスターもいない頃で、メイコ姉さんに泣きついて、結局あっちゃんがホウ酸団子を買ってきて数日後何匹かの死骸が見つかり事無きを得たそうだ。
メイコ姉さんはその時のことを話すたびに「あの軟弱男が…」と毒づくとか。
死骸の片付けもできなくて居間で震えていたらしい。
「お兄ちゃんもゴキブリ嫌いなんだー」とリンがどことなく嬉しそうに頷く。
何が楽しいんだよ、男のくせにゴキブリくらいで騒ぐような奴の話なんて…。
「でも今度出たらレンくんがいるから大丈夫だね!」
ミク姉の言葉に飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。
「…あっちゃんもマスターもいるだろ…」
「男手が三人もいれば心強いじゃない♪レンくん全然平気そうだし」
男手ってあいつだって一応男だろう?なんで俺があいつの面倒を見なきゃならないんだ。
リンだからわざわざあの野郎のとこに頭下げに行ったんだぞ。
「俺、部屋に戻る。リンは好きにしろよ」
立ち上がるとリンが慌てたように俺の袖を引っ張った。
「レン、ありがと…」
「礼ならあっちゃんに言いな。あいつのカネで買ってきたんだから」
「頼んでくれたんでしょ?ありがと」
ニッコリ笑うリンの言葉が照れ臭くて「また出たら言えよ」と言って居間を後にした。

ゴキブリ自体は怖くも何ともないが、ゴキブリのせいで無駄に不愉快な気分にさせられた。
「あの野郎…やっぱ男じゃねぇよ…」
吐き捨てるように呟いた言葉は夕陽の差し込む廊下に消えて行った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

自ブログより転載。

重原家というオリジナル設定のマスターのいるリンレン小噺です。

作中に登場する男性は重原篤彦さん(27歳)。

KAITOとMEIKOのマスター。ミク、リン、レンには「あっちゃん」と呼ばれている。

弟の建仁(けんじ)さん(19歳)がミク、リン、レンのマスターで今回は登場していません。

建仁さんはMEIKOには「けんちゃん」、KAITOには「建仁さん」と呼ばれています。

うちは猫がいるのでコンバットのお世話になりました。

+ タグ編集
  • タグ:
  • 鏡音レン
  • 鏡音リン
  • 初音ミク

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー