Ice cream Battle

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 白く冷たくそびえる、縦に長い箱。平均的な成人男性の身長を持つ自分より頭一つ分は高いそれの前で、俺は軽く腕組みをした。
 箱には取っ手のついた扉が1つあり、その下には小さめの引き出しが2つと大きめの引き出しが1つ。
 用があるのは――小さめの方の上段だった。
 家の外から忍び寄る、じりじりとした熱気の中で黙考できる時間はわずかだ。一刻も早く答えを出して、扇風機の前まで戻らなければ熱中症にもなりかねない。大げさでなく、本当に。
 そこで瞑目して数秒を費やし、独りごちた。

「俺は悪くない」

 それが言い訳だったのか、早々の懺悔だったのかは自分でも解らない。ただ、そうすることで何か免罪符が与えられた気がした。少しだけ罪の意識が軽くなったところで、早速引き出しへ手を伸ばし、強く手前へ引く。
 中から漂ってきたのは、心地良い冷気だ。その冷たい空気をかき分け、青い袋状の物体を手早く掴んで引っ張り出すと、即座に引き出しを閉めた。
 手の中から伝わってくる氷と同等の冷たさに、思わず一息ついた――その時。
 2階と通じている階段の方から、獣が疾走しているのを思わせる大きな足音が聞こえ、勢いを落とさないまま音は自分の方へと一気にやってきた。
 そして、


「マスター! また勝手に俺のアイス食べてるでしょう!?」


 白地に青の色が映えるロングコートに水色のマフラーという、涼しい色合いながらも暑苦しい服装のボーカロイド・カイトが、必死の形相で台所の入り口へ飛び出してきた。
 が、それがあんまりにも必死だったので、半眼の呆れた視線を返してやった。

「お前、2階にいたんじゃなかったのか」
「いましたよ。譜読みをしてました」

 腰に手を当てて、軽く胸を張る、カイト。
 もちろん俺もそうだと知っていたから、こっそりアイスを食べようとしていたのだ。それに間違いはない。しかし、だからこそ納得がいかなかった。
 俺は訝しく顔をしかめた。

「それで何でアイスのことが解ったんだ?」
「俺のアイスセンサーが反応したので」
「……変わった物を内蔵してるもんだなぁ」

 歌う為に作られたボーカロイドなのに。さすがカイト。いや、だからこそカイトなのか。
 俺は心底から感心したのだが、カイトは慌てたように手を左右へ振った。 

「じ、冗談ですよっ。袋の音が聞こえたんです」

 ――それにしても異常に聴覚が良すぎな気はするが。
 敢えてそこは無視して、嘆息してみせる。
「なんだ……せっかく感心までしたのに。俺の感心を返せ」
「そんな意味不明な要求をされても……」
 柳眉が八の字の形を作る。しかし、すぐにはっと我に返った顔になると、ぶんぶんと頭が左右へ振れた。

「今日はいつもみたいに誤魔化されませんからねっ」
「ち。ダメか」

 根が単純らしいカイトは、ややこしい言い回しをしたり話を違う方へ向けてやると、結構な確率で元の話を忘れてくれる。あとで思い出す事もあるが、その時にはもちろん後の祭りというわけだ。
 今度もそこを狙ったのだが、さすがに効かない日もあるらしい。
 仕方ない。俺は正攻法でねじ伏せにかかった。

「あのな、これは俺がわざわざスーパーの安売りを狙って買ってきた物だぞ?」
「それがどうかしましたか?」

 しれっとした口調で即答される。……いや、声の通りに顔もしれっとしていたのだが。
 予想外にも一切の動揺を見せない様に、ついたじろいでしまうが、よく考えればこちらが怯む理由はどこにもない。ひとまず咳払いで体裁を整えた。

「俺が言いたいのは、冷凍庫内のアイス全部を私物化宣言するなってことで」
「……マスターって……」
「ん? 何だよ」

 青い瞳が、嫌な物でも見るように細まる。



「結婚したら『俺が稼いだ金で食ってるくせに』って言うタイプでしょう。奥さんに『またなの、いい加減にしてよ』とか言われてケンカになりますよ?」

「えぇい余計なお世話だっつーかどこの三流ドラマのセリフだそりゃあ!?」



 頭を掻きむしりつつ天井を仰ぐ。
 カイトは人差し指を立てて形の良いあごへ当てると、斜め上へ視線を彷徨わせ、えーと、とつぶやいた。

「平日の13時30分に放送してる『黄昏のごろつき家族』です」
「なんつータイトル……お前、毎日それ見てるのか?」
「結構面白いんですよ。旦那さんがごろつきなんですけど、ちゃんと夕方6時には帰ってきて家庭内で一騒動起こすっていう話で」
「いや、それただの迷惑な親父だから」

 そういうと、カイトは「はぁ」と生返事で首をかしげた。
 観るテレビ番組まで制限する気はないが、一度指導してやる必要があるのだろうか。
 と。
 そこで話が脱線してるのに気づき、今度は俺が強くかぶりを振った。


「そうでなくて! 横柄なことを言いたかないが、これだけ暑いんだからひとつくらい分けてくれたっていいだろーが」


 するとカイトが不服げに口を尖らせた。

「……わけても構いませんが」
「おぉ? なんだ、素直じゃないか」

 それなら、と持ったままだったソーダ味の棒アイスを開封しようとしたのだが、カイトが『待て』と言わんばかりに手の平をこちらへ向けて前へ突き出した。
「その前に質問に答えてください」
「何? まぁいいぞ。俺のスリーサイズからほくろの数まで、何でも教えてやろう」
「身体データは興味がないので結構です」
「うううう……」
 存外きつい口調――しかも眼光鋭く睨まれながら――できっぱり言いきられてしまい、俺はしょぼくれた。ちょっとしたお茶目で言ってみただけなのに、ひどい扱いだ。
 そんな傷心のマスターを気にもせず、カイトが大きく一歩前に踏み出す。


「マスター。今週はどれくらい、俺に歌を教えてくれたか覚えていますか?」

「な、なんだよいきなり。えーと……たしか4日だったか?」


 そういうとカイトの目尻がぎゅっとつり上がり、音圧のある低音が発せられた。
「日数でなく、時間数で答えてください」
「う……」
 圧倒的な威圧を放つそれに気圧される形でうめく。明らかに怒りが根底にあるのが見てとれるだけに――ついでに原因が自分にあるらしいとも判る――、俺は慎重に返答の言葉を選んだ。
 その結果、

「え、えーと……――2時間、かな?」

 かな、の部分で少し可愛らしく首をかしげて、アイドルばりの笑顔で機嫌をとろうとしてみたのだが。努力の甲斐もむなしく、カイトは鼻先が触れそうなほど間近に詰め寄ってきて、声を荒げた。
「そう、2時間ですよ! たった2時間!」
「なぬぅ!? これでも精一杯、時間を割いてだなっ」
 うっかり普段の調子で返した言葉は、どうもカイトの逆鱗に触れたらしい。
 瞳の静かな青を完全に怒りの色に燃え上がらせ、ボーカロイドの性能がフルに活用された大音声が台所にこだました。



「二日酔いで頭が痛いとか満腹で眠いとか、晩ご飯に嫌いな食材が出されたからへこんでるんだとかいう理由ばっかりだったじゃありませんかぁぁあぁあぁあ!?」

「スイマセンごめんなさい俺が悪かったーーーー!!」



 至近距離でまともに食らった俺はたまったものじゃない。耳の中に声の残響があるばかりか、鼓膜が破れたかと思うほどの痛みが走って、思わず耳を押さえた。
 対して、カイトはあれだけの声を発したにも関わらず、一呼吸も乱れさせないまま、重々しくうなずく。

「わかって頂ければいいんです」
「で、もうアイスは食っていいわけか?」
「……今度は耳の前で3倍増しの声量で叫びましょうか?」
「いえホントすいませんでした」

 形の良い口がにんまりと笑みに歪む反面、目は恐ろしく冷徹な輝きを宿している。……怖い。怖すぎる。
 しかし、これ以上自分から口を開くとヤブヘビな気がして、上目遣いに恐る恐るカイトの様子をうかがっていると、カイトの口から深いため息がもれた。

「俺だって、歌さえ歌わせてもらえるなら、こんなにもアイスに固執しませんよ」
「……1回2時間の週5で調整してた時だって、毎日食べてた気がするんだが」
「でもマスターと一緒に食べてたじゃないですか」
「そりゃまぁ……。つまり、あれか? 今はストレス発散にアイス食べてるのか?」

 蒼髪がうなだれるように上下に揺れる。なんて面倒……いや、繊細な奴だ。
 とはいえ、身勝手な理由が多いのは自分でも自覚はあった。ただボーカロイドの中身が――ストレスを感じるような――人間に近いものを備えているとは思いも寄らなかったから、改善をしようとも思わなかったにすぎない。
 俺は一気に覇気が無くなったカイトの腕を、ぽんと軽くたたいた。


「ごめんな、カイト。これから気をつけるようにするよ」

「マスター……」


 ゆっくりと上げられた瞳は心なしか潤んで、深みが増していた。
 ――それを直視すると、なおさら申し訳ない気がしてきて。胸中に湧いた罪悪感をごまかすように、指どおりのいい蒼い髪をくしゃくしゃと力任せに撫でつけた。

「あとで歌の練習しよう。それに、毎日の練習時間だって決めようじゃないか」
「ほ、本当ですかっ?」
「ああ。だから」

 希望の色に取って代わった眼差しを真摯に見つめ返し、俺は手に持ちっぱなしだったアイスの袋を2人の視線の間に差し込んだ。


「もうアイス食っていい?」


 一瞬――まるでそこだけ時間が止まったように、カイトが完全に凍りついた。
 張り詰めた静寂が辺りを支配した、その数秒後……



「マッ……マスタァァアアァァァアアァ!!」



 とんでもない大絶叫がこだまし、即座に胸倉をつかまれた俺はカイトが早口でまくしたてる不平不満を聞かされながら、3分ばかりガクガクと前後に揺さぶられ続けたのだった。
 ……カイトの気が済んで開放されたあとで、ようやく食べることの許されたアイスが完全に溶解していたのは言うまでもない。



                      〈 END 〉

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