キミと出逢ってから (4)

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自ブログより転載)

 

文:tallyao

 

 4

 

 KAITOは自室で、VOCALOIDらの仕事用のデータベースに電脳空間ネットワークを通じてアップロードされてくる、依頼される歌のデータに目を通した。
 ……その一曲には、楽曲のデータのほかに、とても隅々まで念入りに手を加えられ、調整された調律指示データがあった。このアップロード主は、当初、MEIKOに曲を依頼するデータを送ったことがあったため、旧世代のVOCALOIDの特性についてかなりの知識があるのだろうが、それにしても、これほど精緻で精巧なものは、はじめて見る。
 歌自体はすでに人間の歌い手によって歌われているもので、変哲もないポップスだが、その歌を依頼してきたのは、以前にKAITOの歌ったデモ音声のうち、童謡『七つの子』の歌声を聴いて、とのことだった。その人間の歌い手と、声の質が似ているという理由かもしれない。
「童謡を聴いて、か」
 KAITOは珍しく声に出して呟いた。ミクとのやりとりを思い出す。純真なミクの主張のように、誰もが必ず周囲に認められる、などということはない。しかし、たとえミクの中の、小さい頃の童謡の思い出と、ただのKAITOへの親近の情だけからとしても──ミクひとりだけでも、KAITO自身の歌声を認めてくれたこと、そう言ってくれたこと。
 たとえKAITOのために作られた歌でなくとも、KAITOの声の特性の些細な隅々まで丹念に気が配られた調律指示データを見ながら──それと共に、そんなミクのことを思い出しながら、KAITOはその歌をうたいはじめていた。

 

 

「何なのよ、これ」MEIKOが出会いがしらに、いきなり、完成したその歌のディスク状のデータファイルを、KAITOに突きつけて言った。
 それはMEIKOが、いつもミクをはじめよく周囲を怯えさせている剣幕だが、咎めているわけではないことは、KAITOにはわかっている。MEIKOは歌と音にしか関心はなく、何としてもその背後の把握できる限りを、掴もうとする。そのために聞いているだけだ。
「これ、今までと、まるで別物じゃないの。良し悪しとは別問題として、これまでのKAITOのバックコーラスとかサンプルの仕事とは、まるっきり別次元だわ」
 MEIKOは、KAITOを睨むように、探るように凝視し続けた。
「……認めてくれる人のことを、思い出しながら歌っただけなんだ」やがて、KAITOは曖昧に答えた。「誰かのかわりとしてじゃなく、俺自身の歌を、認めてくれる人のことを」
 MEIKOは表情を変えず、そんなKAITOを見つめている。
「……まずいかな」
「皆目わからないわね。他の誰かならともかく、KAITOが何か変わるなんて、誰が予想できるのよ」MEIKOは言ってから、何か突如《浜松(ハママツ)》の基本設計者らの言葉を引用した。「VOCALOIDは24時間いつでも、どんなに歌っても倒れない。歌い続ける限りは、決して力つきることはない。時間も可能性も、いくらでもある。だから、追求できる限り可能性を追求して、後戻りするのは、そのときになってから考えればいいでしょう」
 結局、結論はMEIKOらしい言葉だった。
 KAITOは苦笑してから、しばらくの沈黙の後に、その歌についてふれた。
「……評判が悪くなければ……特に、ただ今回のアップロード主に悪いことになってなければ、それでいいんだけど」
「アンタ、まさか、評判聞いてないの」MEIKOが低い声で言った。「この歌、人間が歌ってると思った、って人がいるのよ。──人間以上だって言う人も」
「人間じゃないものなら、何の歌声だと思われてるんだろう」KAITOは素朴な疑問を口にした。
「VOCALOID KAITO自身の歌声、それ以外の何なのよ」MEIKOはぴしゃりと言った。
 ……しばらく黙っているKAITOの前を、MEIKOは立ち去りかけたが、最後に、不意に振り向いて言った。
「なんで今ごろ気づいたのよ」
 その問いの意味がわからず、KAITOは顔を上げた。KAITOの歌が変わったことを言っているのはわかるが、"今ごろ"とは、"気づいた"とは、一体どういう意味だろう。
「KAITO自身はずっと前から、なにも変わってないもの。てことは、それはずっと前から、アンタの中にあったものなんでしょう」
 ──ああ、そうか。
 この歌をうたいながら、思い出していたもの。自分を思い、KAITO自身を必要としてくれる人への気持ちを、自分の中に思い出しながら歌ったこと。ミクの言葉。あの小さなミクのための歌、あの数々の童謡と即興が、KAITOの中のそれだったのだ。たとえ自分のために作られた歌でなくとも、ささげる歌声は、他のだれのかわりでもない、KAITOだけにしか歌えない歌を歌おうという、光明を宿した歌だった。人のためになることで、人の光の影に消えることではなく。人に自身の『優しさ』をささげること、それが、KAITO自身の歌声であり、KAITO自身を輝かせるものだったのだ。
 どうしても見つけられなかった光明。だが、かつて、ミクと出逢って、KAITO自身が彼女のために、何ができるかを探し求めたとき。小さなミクに、自身の『優しさ』の限りをささげ、自身の歌声の限りをささげたとき、KAITOの中にその光明は射し込んでいたのだ。ミクと出逢ってから、KAITOのその心は、すでに明るく照らされていたのだと。

 

 

 時報(チャイム)の音が鳴り響いた。控室エリアの四面のモニタスクリーンに流れ続けている情報の中でも、それは聞き逃すわけにはいかない。KAITOは慌しく、自分の依頼された楽曲ファイルデータから目を離した。オリジナルもカバーもかなりの量で、特に前者は何十度見直しても安心できないが、そんなことをしていては時間がいくらあっても足りない。
 控室のテーブルにうずたかく積みあがっている、自分だけでなくMEIKOやミクとのコラボレーションの曲のデータファイルにも目をやる。今日のステージの分ではないこれらも、時間があれば目を通しておこうと思っていたのだが、とてもそんな場合ではない。
「兄さん、早くした方が」
 扉が開いて、ミクが控室に入ってくる。ミク自身の活動は相変わらずKAITO以上に多忙で、ミク自身がこんなことを告げに来る場合ではないと思えるのだが、忙しさそのものに慣れておらずなにかとテンポがずれがちなKAITOを気遣って、よく顔を出してくる。
「みんな、待ってるわ。……みんなが、KAITO兄さんのことを待ってる」
 ミクはその場に立ちどまって、急かしているというより、何か心底から溢れ出る、嬉しいことを告げるように、KAITOに笑みかけた。
「すぐに行くよ」
 KAITOはデータファイルの束をまとめ、テーブルに積み上げると、ミクの立っている、控え室の出口の方に向かった。
「ミク」
 通り過ぎる前にかけられた声に、ミクは立ち止まってKAITOを見上げた。
 KAITOは、その耳元に口を寄せるかと思えるように少し屈むと、ミクの頬にかかる髪をそっとかきわけ、その頬に口づけた。
「──ありがとう」
 ひとこと言ってから、KAITOはそのミクの傍らを通り抜けた。
 頬に袖をあてて、あの例の、どこか幼い当時を思わせる仕草と共に、茫然と立ち尽くしてしまったミクをその場に残し、KAITOは控え室を出た。出るときに、MEIKOと同じ、あの大きなマイクスタンドをぐいと掴んだ。
 電脳空間(サイバースペース)内のゲートが上がり、KAITOの踏み込んだ巨大なステージエリアのスペースの中心には、耳を聾する歓声の聴覚情報のほかに、視界一杯に、視聴者、ユーザーからの文字情報コメントが、大きく表示され、流れ続けている。それは、KAITOがスペースに姿をあらわしたとき、さらに通称"弾幕"と呼ばれる、嵐のように激しく大量に流れるものにかわった。

 

 

『兄さん!』『兄さん!』『兄さん!』『兄さん!』

 


『市場購入者数の伸びが止まらない!』
 ……『芸達者』……『爽やか』……『歌の兄さん』……
『サーチの登録サイト数が止まらない!』

 


『王子!』『アイス王子!』『アイス王子!』

 

 

 そのうちの多くは、切れ切れで、言葉の意味はよくわからないものだった。その言葉のすべてが、そこにいる観衆のすべてから、VOCALOID ”CRV2” KAITO、かれ自身に対して向けられた、歓声であること、声援であるのが、確かにわかること以外には。
 KAITOはマイクスタンドを握り、その文字の"弾幕"と歓声とを受け止めるように両腕を大きく広げながら、一歩ごとにさらにひときわ大きくなる声援の中へと歩み出していった。

 

 

『兄さん!』『KAITO兄さん!』『KAITO兄さん!』

 

 

 (了)

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