Meteorite feat.Miku

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 文:遊牧家族


れ星っていうのはね、お空のお星様じゃあない。高い空から小さな塵が、地球に引かれて落っこちて、空気の摩擦で燃えて光る。だから、心配いらないよ。お空のお星はなくならない。それにほら、見てごらん。空に向かって手を伸ばし、指で作った環の中に、果たして星がどれだけあるか、お前に数え切れるかな。二十個、百個、いやいやそんなもんじゃない。星と星とのその隙間、何もないよなとこだって、遠く遠くと見つめていれば、やっぱりお星様がある。そのまた星の隙間にも、やっぱり星があるものだから、夜空はもう、星で満員御礼だ。

だから、心配いらないよ。ああ、何にも心配はいらない……。



う教えてくれたのは、父だった。幼稚園かどこかで流れ星(と、それに願えば叶うということ)を学んできたその夜、でもそれじゃあ星がなくなっちゃうよと涙ながらに訴えたわたしの肩を抱いて、いつも余所々々しかったくせにこのときだけは優しくて、囁くように、唄うように、そっとわたしに諭してくれた。最後まで覚えていないのは、途中で眠ってしまったからだろう。翌朝には父はいつもどおりで、その余所々々しさは、十五年が経過してなお現在完了進行形だ。

あの夜の父は、何かの間違いだったのだろうか。バイト帰りの県道で、星のない空を見上げては、ふとそんな思いにかられるときがある。あれから色々学んだ結果、父の言葉は科学的には正しいことが立証された。お星様は落ちて消えない。お星様は無数に存在する。それは科学が掴んだ無謬の真実。しかし、夜空の星はかき消された。誰に? ネオンサインに。スモッグに。つまり、科学の産物にである。



り着いたアパートの部屋の鍵を開く。部屋の照明よりも先に、座卓の上のコンソールの電源を入れようとして、ああ、そういえばこの子も“科学の子”だったっけ、と気付いた。

「ただいま、ミク」
『おかえりなさい、マs――』
「マスターはやめてってば」
『すみません』

音声対話インターフェースによる“唄うコンピュータ・プログラム”。彼女(そう、“彼女”なのだ)は名前を初音ミクという。ミクとミクの歌は世界の人々の意表を突き、また虜にしてきた。
暗い部屋の中に浮かび上がるスクリーン。緑の髪を二つ結びにした少女が、高精細度で映し出される。それがミクのイコンだった。ただ唄うだけならこんなものは必要ないはずなのだが、どうも伊達や酔狂でついているわけでもないらしい。これがなければミクはここまでヒットしなかっただろう、としたり顔で語る自称評論家をネット・ニュースで見た覚えもある。

そうだ、ネット・ニュースといえば。

「やっぱり、今日も……?」
『はい。最近の二十四時間で、四五〇九の私のインスタンスの消去を確認しました』
「そっか……」

粛々と事実を述べるだけのミクの顔が、曇って見えた。音声対話は出来るものの、別に人格のようなものを備えているわけではない、それは解かっているのだが。

“ミク離れ”という言葉は、ネット・ニュースの一角を、静かに、しかし確実に占めつつある。かつて、初音ミクの発売に人々は熱狂し、その使い方も知らないままに皆こぞって彼女を求めた。「音楽制作への注目が高まった」と歓迎する向きもあったが、熱しやすいものほど冷めやすいのもまた科学的真実。コンソールにセットアップされては、ろくに唄うこともできずにアンインストールされていく、数多のミクたちの姿がニュースから覗えた。

(また、星が落ちてゆく。消えてゆく)

それでも熱心なファンたちは、ミク離れを防ごうと躍起になっていた。そこかしこのコミュニティ・サイトで、まるで雨に打たれた子猫のように、「捨てないで」「消さないで」キャンペーンが展開された。しかし、もともと音楽制作に無関心だった人々が簡単に変わるわけもない。熱心すぎるファンたちはやがて気味悪がられ、先ほどミクに告げられた四五〇九という数値は、日に日に増大している気がする。

(また、星が落ちてゆく。消えてゆく)

さらに、ファンたちの間での対立が深刻だった。
――待ちたまえ、君たちのミクの使い方は、間違っている。
――は? ダメって言われてないんだからいいじゃん。マジわけわかんないし。
――どうなんでしょうねえ、こういういかがわしいのはねえ。
――こんなのミクじゃないだろ! もっとこう△△で□□で(以下略)
ある者は対立に恐れをなして離れ、またある者は絶え間ない論争に溺れ、いずれの場合でも、ミクは置き去りにされた。

(また、星が落ちてゆく。消えてゆく。また……)
『マスター? 暗いようですが?』
ミクに遮られたことで、わたしは自分の世界に入り込んでいたことに気付いた。って、暗くて悪かったね。それにマスターじゃないと何度m――
『お部屋が暗いようです。健康維持のため、明るいお部屋での作業をお勧めします』

そうか。部屋の照明をつけていなかったのだった。こんなときこそ明るくしなければ。わたしは照明用のリモコンを手探りで取り上げ、「もっと明るく」のボタンをしきりに押した。部屋は、それなりに明るくなった。



「それでね、ミク、今度の曲のことなんだけれど……」
なんだかまだボタンを押し続けているような気分だが、これは仕方がない。対話型インターフェースのせいか、ミクにはまるでテルミンのような面があって、つまり製作者の心境までもダイレクトに写し取ってしまう。それがいくつもの感動を生み出してきたのは事実だが、こういうときにはむしろ不便といえた。

『了解しました。立ち上がり重視。ベンド三、ディケイ三〇、ジェンダー四五で歌唱を開始します』

ミクが唄い始める。いつもより幼めな小気味よい発音だったが、無理に明るくしているようにも思えてくる。やはり、気取られてしまったのだろうか。

「やっぱりもうちょっと落ち着いた感じにしたほうがいいかな。明るすぎるのも聴いてて辛いから、ブライトネスちょっと下げめでお願い」
『ノートオン時のブライトネスを六四から六〇に変更でよろしいですか? クリアネスはこれ以下に下げられませんので、現状のままとなります』
「うん、OK」
『了解しました。歌唱を再開します』

消えていくミクたち。離れていくファンたち。胸を痛めなかったわけではないが、「捨てないで」キャンペーンに参加する気にはなれなかったし、論争に参戦しても望む結果は得られないと思った。じゃあどうすればいいのか? 答えは出ないが、たぶん、作り続ける以外にないのだろう。だからこそ、こんなところで暗くなったり、弱音を吐いたりしてはいられない。

「さっきの『あなたの中に』だけど、『な』が強すぎるみたい」
『すみません。アクセント二〇、ヴェロシティ一一〇に再設定します』

それともやはりわたしも彼らと同じように、アンインストールボタンを押す日が来るのだろうか。心の中で「ごめん」とだけつぶやいて。それは身の毛もよだつ想像だったが、いや、だめだ! こんな感情をミクに載せていいはずがない。

『第一コーラス終了。続いて第二コーラスを歌唱しますか?』

そうだ。皆が消えわたしまで消えたら、もう誰もいなくなってしまう。残り続けなければ、唄わせ続けなければ、光り続けなければ、星がなくなっちゃうよ――

瞬間。
ソリッドバーチャイムのような鳴子のような、あまり慣れない効果音に思考が止まった。こんなエフェクトを入れた覚えはない。これは確か、
『お電話です』
そう。リアルタイムボイスメッセンジャー、略称電話だ。こんな夜中に誰だろう。ミクにデータの保存を指示してから、コンソールを通話モードに切り替える。

「元気、してたか?」
父だった。二十五時に電話のベルだけでもありえないが、よりにもよってあの余所々々しい父だなんて。
「父さん!? あ、まあ、相変わらずだけど。なに、こんな夜中に?」
理由はわからないが適当に応対しておこう、そう思ったが、
「実はさ、買ったんだよ。その、初音ミク?」
ありえない、がオーバーフローした。

そういうものに興味を示す父だとは、知る由もなかった。継ぐ言葉もないわたしを知ってか知らずか、父は続ける。

「お前が、なんかハマッてるっていうからさ、調べてみたら面白そうで。それから思い出したんだけど」



「小さい頃のお前にさ、星の話をしただろう。星が流れて落っこちて、なくなっちゃうって泣くもんだから、思いつくまま並べてみたが、すぐ恥ずかしくなっちまった」

あ。

「しばらく顔もあわせなかったが、思い返してみてみると、ありゃなかなかの詩だったな。ひとつ曲でもつけたらどうかと、思ってみたが技がない。それならお前に教えを請おう、そう考えて電話した」

そうだ、このリズムだ。

「今度帰ったときにでも、ひとつ教えちゃくれないか? いやいや焦らなくていい、いつでも心配いらないよ」


肯定が必要、それは解かっていたが、言葉が出てこない。まごついているうちに、ふとコンソールの背景画面で待機しているミクが目に入り、あろうことか「リョウカイシマシタ」と口走ってしまった。

「なんだそりゃ、お前がミクになったのか? まあいいや、よろしく頼む。じゃ、おやすみ」

低い唸りのような効果音で、電話は終了した。



なるほど、確かにミク離れは進んでいるのだろう。しかし、新たにミクに興味を持ち、彼女とともに歩もうという人々もまた現れ続けるのだろう。隙間の星に目を凝らす、そのまた隙間に星があるように。
父の言葉は、間違いなどではなかった。何より父自身がその体現者だった。
わたしは最後の星なんかじゃない。大丈夫、何も心配いらない。わたしが心配することじゃない。

ふう、と一つ、深呼吸。それを声だと認識したのか、

『マスター?』
「なに?」
『保存したデータを開きますか?』

ちょっと考え、ちょっと笑って。

「いや、あれちょっと保留して、また最初から作り直そう」
『了解しました』

答えるミクのその顔も、ちょっと笑って見えたのは、これもわたしの錯覚だろうか。

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