VOCALOID2 GACKPOID -がくっぽいど- (4)思い

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商店街という市場はなかなか活気があってよい。
ハルナ殿のもとにやってきた翌日から連日通っておるが、なかなかに心地いい場所である。
ただ、買い物客たちに指を差されたり、ひそひそと耳打ちされるのは慣れぬ。
童子(わらし)など、我を指差して「あの兄ちゃんド派手ー!」「バンドマンだ、バンドマンだ」などと口さがなく叫んだりする。
我の見た目は人間とかけ離れているが、そのようなことは口に出さぬことが礼であろうに。
「よっ、お嬢さん、今日もイケメン連れてるねぇ」
青物屋の親父が馴れ馴れしくハルナ殿に声をかけるが、これは親愛の情だとハルナ殿は言う。
「今日はピーマンとパプリカとトマトとにんじんと…あとエノキダケあるかしら?」
「はいはい、なんでも揃ってるよ。好きなのを選んで行ってよ」
自慢げに親父が棚を指す。
品揃えに自信があるのであろう。
ハルナ殿は真剣な眼差しで棚に並んだ青物を品定めしている。
しかし、青物屋と言っても赤や黄色など色とりどりの野菜が並んでいるのは珍妙な光景である。
欧米や亜細亜からの空輸と“はうす栽培”とやらのお陰で年中同じ品物が店や食卓に並ぶという。
季節物を食すのが風流だと思うのだが…それはそれで土用の鰻など、風習は残っているらしい。
「ねえ、おじさん、エノキダケ高いわよ。オクラも買うからまけてよ」
出た、値切りである――。
ハルナ殿はこれができねば生活は成り立たぬ、と言うが、正直同伴しているのが恥ずかしくなる。
おなごが生活を切り詰めるために質素に暮らすのはよい。
しかしおのこの我がおなごの買い物に付き合い値切りの場に立ち会わせるというのは、まるで甲斐性のない亭主が女房の尻に敷かれているようではないか。
そのあたりの“でりかしー”がハルナ殿には欠けているようである。
「しょうがねぇ、いつも買い物してもらってるお礼だ」
青物屋の親父が折れた。
「うふふーん」とハルナ殿が鼻高々といった風情で腕を組む。
「ついでに漬物持ってかねぇかい?茄子の浅漬けがなかなかいい塩梅でね」
「あら!嬉しい。じゃあそれも頂いて行くわ」
青物屋を出たハルナ殿は籠の中を見て「いいもの貰っちゃった♪」とはしゃいでいる。
今時は“すーぱー”でも商店街でも“びにーる”や“ぽりえちれん”の半透明な袋に品物を入れ、買い物客に渡す習慣らしいが、“えころじー”という目的でハルナ殿は籠を持ち歩き、その袋を断る。
環境汚染の深刻さから、ハルナ殿のような買い物客も増え、店側もそのような客には値引きするなど、その“まい・ばっぐ”という運動を推進しているそうである。
確かに自動車のお陰で外の空気は咽を痛めるほど汚れている。
雑多な物が置かれている商店街の汚さと、空気の汚さはまったく違うものだ。
商店街を抜けると小型のトラックが道端に停まっており、荷台に鮮やかな黄色の蜜柑を乗せている。
「わあ、グレープフルーツ!がくぽ、食べる?」
「ぐれーぷふるーつ?蜜柑ではないのか?」
「蜜柑の一種よ。西洋の蜜柑。ちょっと酸っぱいけどさっぱりするわよ」
酸っぱくてさっぱり……梅干しのようなものであろうか?
「おじさん、この大玉、よっつくれる?」
その後、魚屋でも手早くハルナ殿は商談をまとめ、ハルナ殿の籠に入り切らなかった品物は我が持たされた“えころじー・ばっぐ”の中に入れ、二人でまたハルナ殿の部屋に帰った。


ハルナ殿は鼻歌を歌いながら炊事をする。
手順は相変わらずめちゃくちゃとは言え、よき香りが漂うこの時間は好きだ。

我が料理を手伝えばいいのだろうか?

ハルナ殿は我がわからぬことで苛立ちながら炊事をすると言う。
苛立っているようには見えぬが、二人で暮らすというのに相手に不快感を与えたままでは…。
うむ…しかし、我に炊事を手伝って欲しいとは言っておらぬ。
何がハルナ殿をイラつかせるのだろう…。


午後四時を回った頃、鏑木殿がやってきた。

「お邪魔します。や、がくぽ、久しぶり」と我に向かって手を振ったので「苦しゅうない。掛けよ」と言うと、なぜか笑いながら厨房のハルナ殿に向かって「ハルナ、いつもこんな調子かい?」と問うた。
「ええ、まるでお大臣様よ。このアナクロ趣味、誰の趣味?」とハルナ殿が意地の悪い笑みを浮かべる。
「いや、まぁ、他者との差別化を図ってだね…」と苦笑する鏑木殿に「それで美形の戦国武将みたいなタイプ?随分すっ飛んでるわね」とハルナ殿は笑い、「今日は海の幸たーんと用意してますから寛いで行ってね」と海老を剥いた。
「本当?カツオある?」
「もちろん。生姜醤油と青紫蘇で味わってね」
その時のハルナ殿の顔を見て、何か、えもいわれぬ感じを受けた。
ハルナ殿が食卓に料理の皿を並べる時、炊事の時、いつも何か楽しげだ。
炊事が好きなのであろうと思っていたが、我が料理を口に運ぶ時、いつもしげしげと我を眺めている。
「こりゃいいカツオだな。美味いよハルナ!」
鏑木殿が刺身を頬張ったまま顔をほころばせた。
「わぁ、ほんと?魚屋さんでいいカツオにしろって頑張ったのよ」
「うん、こりゃ新鮮だし生姜醤油に青紫蘇がまた合うねぇ」
うん、美味い、と刺身をどんどん頬張る鏑木殿に「たくさん食べてね」と言ってハルナ殿は会心の笑みを浮かべている。
「がくぽ?何ぼーっとしてんの?アンタも食べなさいよ」
はっと我に返った我をハルナ殿は怪訝そうな顔で覗き込んだ。
「う、うむ。では頂こう」
両手を合わせて箸を掲げ持ち、「南無阿弥陀仏」と唱えて半分ほど食べつくされた刺身に箸をつけ、切り身を醤油に浸し、みじん切りにした青紫蘇の葉と生生姜のすりおろしを身に乗せ口に含むと、なんとも言えぬ味わいが口の中に広がる。
魚の鮮度は悪くないし、身が引き締まって美味い。
何よりおろし生姜と青紫蘇がピリリと魚の味を引き立てている。
「うむ、美味いな」
「でしょでしょ?たーくんに全部食べられないうちにアンタも食べなさいよ」
我は瞠目した。
その時のハルナ殿の顔と言ったら…。
「ハルナ殿…その…」
「何?」
行儀悪く席につかず刺身をひと切れつまんで口に入れたハルナ殿が聞き返した。
「その……美味いと言われると嬉しいのであるか?」
ハルナ殿の目が点になる。
「あったりまえじゃなーい!自分が作ったご飯を美味しいって言ってもらえたら嬉しいに決まってるじゃない。飯炊き女だって美味しいと思って欲しくて頑張ってご飯作っているんだから。何、当然のこと聞いてんの」


我は……

ハルナ殿が、我に美味い飯を味わって欲しくて炊事に精を出しているなどとは考えたこともなかった…。
同居人であるし、我の所有者であり、保護者という立場から義務的に炊事や身の回りの世話をしているのだと思っていた。

我はそれを当然と思っていた…。


「ハルナ殿……その…我のために飯を作るのは楽しいか?」
目を“きょとん”とさせたハルナ殿は、「当り前じゃない。同居人がいたらその人のためにご飯作るのは楽しいでしょ。二人で食べるんだもの。二人で美味しく食べたいじゃない」と答えた。

なんということだ……
「何か…我は今、非常に幸せな気分であるぞ…」
「うふふ、ご飯が美味しいからじゃなーい?」とハルナ殿は目を狐のようにして笑う。
カツオを頬張っていた鏑木殿が「お、がくぽ、新発見じゃないか」と我の肩を叩いた。
食事中に同席者に触れるものではないというのに…。
それから少し照れたようにハルナ殿は視線をそらして頬を染めた。
「あたしはー、がくぽと一緒に暮らす以上、がくぽと一緒に生活して行きたいの。美味しいものがあれば二人で美味しいねって言って、嬉しいことがあったら二人で踊ったり歌ったり…笑ったり…。あたしが楽しい気分になれるためにはがくぽも楽しい気分でいてくれなくちゃダメなんだー」
えへへ、とハルナ殿は照れ笑いを浮かべて「茄子の浅漬け、食べる?」と聞いてきた。
そうか…ハルナ殿が我に苛立っていた理由は……
「すまぬっ!」
「「はぁ?」」
ハルナ殿と鏑木殿が同時に素っ頓狂な声を上げたが、我は箸を置いてハルナ殿に頭を下げた。
「我は…我は、ハルナ殿がどのような心持ちで我の身の回りの世話をしているのか気付かなかった。ハルナ殿に任せ切りなことを怒っているのであろうかと思っていた。…が、ハルナ殿は我のために心をこめて炊事や洗濯、掃除をしていてくれたのだな。そうとも気付かず…至らぬ我を許してはくれまいか」
「ちょ、ちょっと、がくぽ…」
慌てたハルナ殿に向かって「がくぽの成長だよ、ハルナ」と鏑木殿が声をかけた。
「がくぽはまだ起動したばかりで人の心の機微がわからない。それを教えて行くのもハルナの役目なんだ。今、がくぽはひとつ学習をしただろう?誰かのために何かをするのは相手を思ってのことだって」

相手を思って……

ハルナ殿は、我を思って我の世話をし、上手いとは言えない炊事に精を出していた。
我がそれに気付かず、我の世話をするのは義務的なものだと思い込んでいたからハルナ殿は…


腕組みして「やぁねぇ、改まっちゃって」とハルナ殿は頬を膨らませた。
「あたしはただ、あたしががくぽの世話をするのは当然だと思って欲しくなかっただけよ」
「誠にすまぬ…」
「いいの」とハルナ殿は息を吐き、少しはにかんだような笑顔で我を見つめた。
「わかってくれたら、いいの…あたしが、がくぽのこと大好きだから頑張るんだってこと」

大好き……なんと、幸せな気分になれる言葉であろうか…


その微笑みは、よく笑うハルナ殿の、今まで見たどんな笑顔よりもたおやかで美しいものであった。


その晩、鏑木殿の手土産の酒と茄子漬で遅くまで杯を酌み交わした。
“かれーぱうだー”なるピリピリする粉で炒めた帆立と野菜は食欲を刺激し、同時に酒も進む。
ハルナ殿が“ぐれーぷふるーつ”を剥いている間に、鏑木殿がこそっと我に耳打ちした。
「がくぽ、ああ見えてもハルナは細やかで気の利く優しい子なんだ」
「うむ、我もやっと今日そう気付いたのである…」
「ハルナは大雑把だからなぁ」と鏑木殿は声をひそめて笑った。
我のためにハルナ殿が誠心誠意身を尽くしていたことに我は気付かなかった…不覚であった。
改めて、よき主人(あるじ)であるハルナ殿に仕えて行こうと我は決心したのであった。

 

 

 

 

 

 

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がくぽSS第4話でーす。

書きかけで放置していたのですが、ここをクリアしないと前に進めないので頑張りました。

ちなみにマスター(ハルナさん)に対する感情は恋愛感情ではありませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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