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ヤザン−ユウ 041-050

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■第四十一章




エマージェンシー・アラームがけたたましくミデア内に鳴り響く。
俺は直ぐに私室から走り出す。
『奴』がその俺の前を必死な表情をして走り過ぎて行く。
過呼吸気味の真っ赤な顔だ。
俺は『奴』に数秒で追い付き、ロッカールームに同時に入る。
ノーマルスーツに着替えるのは、俺の方が早かった。
乗機を失った奴は、結局俺のミデアに乗る事になった。
俺は『奴』を鍛える為に日常生活まで介入した。
食事の食べ方から軍服のアイロンプレスの掛け方、MS戦術論から強い酒の飲み方、女の洒落た口説き方に至るまで、多種多様の教育を『奴』に詰め込んだ。
『奴』が消化不良を起こす事無く、熱意を持って取り組み、砂漠に水を撒くが如く知識を吸収、体得していくのは、俺の『教官』冥利に尽きるものだった。
今回の『競争』も『教育』の一環である。
いかに非常時に素早く対応出来るかを覚えさせるためだ。
宇宙ではノーマルスーツの着用の遅れが、生死を分かつのだ。
…その他にも理由がある。

「残念だったな、『曹長』!俺に勝ってブルーに乗れたのは2回だけだな?ズルを抜くと?」
「…また俺が居残りかよ!実戦させろよ、実戦!アンタも俺に経験を積ませたいんだろうが!」

そう、俺はスクランブルの発動後、早くノーマルスーツを着て、ブルーのコックピットに座った方が出撃出来ると言うルールを作ったのだ。
奴はこれまでに2回、2サイズ上の軍服の下にノーマルスーツを着ていたと言うズルと、最初からノーマルスーツでブルーのコックピットに座っていたと言う茶番を4回もやらかしていた。
あとの6回は俺の完全勝利だ。
年季は俺の方が遥かに積んでいる。
俺にとっては至極妥当な結果だ。

「七年同じ事をやってる俺に『2回も』勝てたんだぞ、『曹長』!少しは自信と自覚を持て!」
「しかし…シミュレータではアンタに10回に1回位しか未だに勝ちが取れんのは…正直辛いぞ…」

背後から声がする。
黄色いノーマルスーツに包まれた腕が見える。
まだ『奴』は勝ちを諦めていないのだ。
俺は自然と唇に微笑が浮かぶのを抑えられなかった。
コイツはまだまだ伸びる。
厳しく鍛えれば鍛えるほど。
格納庫までのデッドヒートを繰り広げる俺達の眼前に、格納庫から伸びる、白っぽい照明が眩しく煌いた。
キャットウォークを走り抜ける俺達の形相を見て、アルフを始めとするブルー専属スタッフが爆笑していた。
慌てて飛びのくメカニックの置いた工具箱を飛び越え、ぶつかりそうになるSE(システム・エンジニア)の女の子を抱き止め、優しく脇に退けた。
丁度そこに間髪入れずに鬼の様な顔をした『奴』が迫る。俺の背後で絹を裂く様な悲鳴が上がった。
どよめきが上がる。
奴が何かしたらしい。
ブルーのコックピットハッチに手を掛けた俺が振り向いた時、見たのは、しゃがみ掛けたSEの女の子を、奴は前方宙返りでかわした瞬間だった。

「やるな、『曹長』!だが、俺の勝ちだ!ミデアの銃座からの的確な援護射撃を、期待しているぞ!俺に負けて悔しいからと言って、俺に当てるなよ?これで俺の7勝2敗だ!BD−1、ユウ・カジマ、準備良し!モーリン、聞こえるか?…パイロットは…ユウ…カジマ…『中尉』だ…」
『聞こえてるわ、ユウ!また勝ったの?曹長、銃座についてくださいね?』
「そりゃないぜモーリンちゃぁん…!疲れてるんだよ俺は…!次は負けんぞ『中尉』ィ!」
『…おはよう『優しい』ヤザンさん…。また、一緒で…わたし…嬉しいな…』

終わりの無い生と死の隣り合わせの時間の中、俺達の皆はこの『一瞬』を最大限に活用し、かつ、愉しんでいた。
いつか、この笑いに満ちた日々が、終わりを迎える時が来るのを、心のどこかで切なく感じながら。





■第四十二章




幾多のジオン軍の妨害を退け、俺達『第11独立機械化混成部隊』は、『GM・ライトアーマー』1機の損害のみで連邦軍の勢力下にある研究施設へと辿り着いた。
その間、『奴』に俺の持てる限りのMS戦の技術を詰め込んだのは言うまでも無い事実だ。
相変わらず『馬鹿』は直らないが…最後まで根を上げなかった事は充分、評価に値する。

「おいおい、そりゃあ無いだろうがよぉ…?ちゃんとアンタから5回に1回は勝てるようになったろうが!」
「マシンガンやバルカン砲弾の掃射の中、機体ダメージ無視で突っ込む奴は他に何と謂うんだ?『曹長』?」
「確かに『馬鹿』以外の何者でも無い…。このオレの基準でもやはり『馬鹿』だな…?ヤザン『曹長』…」
「アンタら血も涙も無いのかよ…。俺より『ブルー』がそんなに可愛いのか?あ、そうか、『中尉』は…」

俺達三人は研究施設がある基地内を散策していた。
俺とアルフと『奴』の三人は、徒歩で移動しながら、辺りを観察していた。
研究施設…。
目立つ建物は直ぐに解る。
背が高い建物はMS格納庫だ。
先程から『嫌な感じ』を放つ窓の無い建造物は…あの何もかも見透かされる様な得体の知れない雰囲気がする建物は…俺の直感だが…多分…。

「なあ『中尉』…?さっきから、変だぜ?あの宿舎に何かあるのかよ?もしかして気に入ったとか?」
「『曹長』、貴様はあの建物から何か『感じ』ないのか?何かこう、不愉快な感覚を感じないのか?」
「…ジオンからの亡命者が…この基地で研究を続けていると言う話をオレの同期から聞いた…。ヤザン、オマエの話してくれた…『フラナガン機関』からの亡命者だそうだ…。オレがその名を出した途端、同期の奴は絶句した…。この時点では最高機密らしいが…。NT研究所と言うゲテモノが、本当存在していたとは驚きだな…」
「!!…『中尉』…?子供の泣き叫ぶ声が…聞こえて来ないか?あの窓の無い殺風景な建物から…?」

『奴』は俺よりも具体的な『感覚』でその違和感を感じ取ったらしい。
『奴』は即、建物に向かって駆け出した。
俺とアルフはその後を追う。
自動小銃を持った衛兵が8人、2人1組に為って、その建物の周りを警備している。
なんと基地の最中枢に位置しているにも関わらず、建物周辺には対空銃座や塹壕、鉄条網さえも設営されていた。
『奴』はそれらが目に入らぬかの様に、構わず敷地内へ入ろうとする。
案の定、すぐに『奴』は衛兵に制止された。

「…アルフ、話をつけてくれ。『EXAM』関係者だと言えば、案外スンナリと中に…」
「…そうも巧く行かん様だな…?あの『曹長』に搦め手を期待する方が可笑しい…」
「糞!やってくれたっ!馬鹿!停まれ!衛兵に撃たれるぞ!死ぬ気か『曹長』っ!」

押し問答の末、衛兵に脇腹を自動小銃で小突かれた『奴』は激昂したのか、制止した衛兵を2人とも殴り飛ばし、そのまま施設の敷地に駆け込んだのだ。
走る『奴』の足元のアスファルト舗装に小銃弾で小さな穴が穿たれ続ける。
『奴』は躊躇する事無く施設の入口を目指し、疾走を続けた。
辿り着くと、軍服の上着を脱いで、右拳を包むと、入口の強化ガラスを殴り付けた。
中に封入された金網で補強されていたガラス窓が、『奴』の打撃に降服したのはものの3回の右ストレートだった。
俺の目は内線電話を掛ける衛兵を捉えていた。
俺は走り寄り、フックを押さえ切った。
非常用に足首にいつも携帯している、9㎜口径の護身用の小型自動拳銃で。
俺の好奇心も、刺激されていた。





■第四十三章




結局『奴』と俺の実力行使は、重罪に問われる事は無かった。
アルフの『現状で、ものの2人しか確認出来ない、貴重なEXAMパイロットを殺す気か!』と言う、謂わば『盗人猛々しい理屈』と、『EXAM関係者』である一事が、俺達を建物の中に入り、自由に見学・行動可能な許可を得させる原動力と為った。

「…おっと!お嬢ちゃん!前見てろよな?お兄ちゃん、ビックリしたじゃないか?なっ?」

研究所内に入った俺達三人が、監視の人間付きで見学している最中、通路の角で、前も見ずに走って来た幼女と、『曹長』が衝突した。
7〜8歳位の彼女は、『曹長』の脚に突っ込み、派手に転倒したのだった。
『奴』は直ぐにしゃがみ込み、怯えながら立ち上がろうとする幼女に、微笑みながら右手を差し出した。
驚いた事に幼女はその手を握り、立ち上がった。
…信じられなかった。
この俺は『笑った子も泣かせる』、ヤザン・ゲーブルであると言うのに、だ。
普通の子供なら、『奴』が微笑んだ時点で火の付いた如く泣く。

「嫌なことする人たちが…来るの…。わたしを…守って…!ヤザンおじさん…」

『奴』は『おじさん』と幼女に云われて傷付いたのか、僅かに眉を顰めた。
俺とアルフは、それとは別の事実で、眉を顰めた。
何故、彼女は『奴』の名を知っている?
俺は監視の人間の顔色を伺った。観るまでも無く、予想した通り、蒼白だった。
俺とアルフは悟った。
間違い無く此処は、極秘の連邦軍NT研究所だと。
『奴』はニッコリ笑い、怯える幼女を抱き上げ、自分の肩に乗せ、肩車をした。
…優しい奴だ。残酷な程に。

「よし!あいつ等だな!観てろよ、『お兄ちゃん』の強さを!子供は明日の宝物ってなぁ!」

追手の白衣を身に纏った男達を一目見た奴は、幼い頃、俺が母親から聞いた受け売りを口にし、向かって行く。
アルフが俺を見た。
俺はあらぬ所を見上げ、呟いた。
『言い訳、頼む』と。
拳と脚蹴りの炸裂音が、静かな研究所内に、数十度、響いた。
子供を肩車したまま、奴は7人の研究者を叩きのめしていた。
女も男も容赦無く、だ。
幼女の無邪気な笑い声と、奴の、『もう大丈夫だぜ?お嬢ちゃん』と得意げに語りかける口調が、俺の頭痛を誘う。
監視者の無言の非難を含む視線が、俺の横顔を痛い程貫いて居た。
『部下の管理が、全く成って居ない』と。

「ヤザンおじさん、みんなにあわせてあげるね!嫌なことする人たちから、わたしをたすけてくれたって!」

横目で俺が見ると、ぶわっと、監視者の顔から冷や汗が噴き出していた。俺は独り言を言うように静かに言った。

「無かった事にじゃないか?その方がお互い、幸せになれる。そうだな?監視カメラを停めて、盗聴も止めて来所記録も抹消して、各所掌の人間に緘口令敷いて、あと、お偉いさんには報告無しだ。ついでにアンタもここから離れれば、免責可能だぞ?所員を介抱している内に、三人が勝手に自由行動した、とな?」
「…オレが全ての責任を取る。君は所員を介抱し給え、軍曹…それも早急にだ。感謝して呉れるだろうな…」

アルフの言葉に救われた様に、監視者は駆け出して行った。
奴はこれから、各所の辻褄合わせに忙しく動かねばならないのだから。
俺達は顔を見合わせ微笑むと、楽しげな幼女を肩車して、足取りも軽く進む『奴』の後を追った。





■第四十四章




『奴』がその部屋のナンバーロックを幼女の指示に従って解除し、開けた途端に、十数人にも上る子供達の突進を受けた。
怖い物知らずで鳴らす、流石の『奴』も面食らったのか、助けを求めるように俺達の方を向いた。
歓声を上げる子供達にすぐに囲まれた『奴』は、子供達に軍服のズボンを引っ張られ、尻を押されるままに部屋の中へと入っていった。
…懐かれ振りが普通では無かった。

「ヤザンおじさんありがとー!あのダイクってひと、にがいおクスリばかりのませるんだー!」
「あー!ずるぅいー!つぎ、ぼくー!ヤザンおじさん、かたぐるまー!」
「ないちゃだめってわたしにいつもいう、ナミカーっておんなのひと、なかせてくれてありがとう…」

俺達が部屋を覗いた時、最早奴の体の上は子供達で占領されていた。
肩車をしていた女の子はそのままの位置をキープし、『奴』は座り込んで胡坐を掻いていた。
十数対の穢れ無き、純粋な瞳が、俺を射抜いた。
俺は何故か無遠慮に心の中を覗かれる不快感を覚えた。
何かこう、値踏みされているのとは違う、そう、見せたく無い何かまで、無理矢理白日の下へ引きずり出されるような…遠慮の無さだ。
俺は不快感に耐え切れず、思わず両腕で自らの体を抱き締め、叫んだ。

「止めろ!俺の心を無遠慮に覗きに…入るな!お前達のような子供が見て良い物など一つも無い!」
「…急に…どうしたんだ?オレは特に何も、感じないのだがな…?」
「へんなの〜!あのひともヤザンおじさんなのにね〜?」
「ね〜!」

無邪気に笑い合う子供達と対照的に、俺達3人の顔から笑顔が消えた。
奴にもやっと理解出来たのだ。…鈍い奴め。
どうあっても、隠し事など出来ない恐怖が、俺達を凍り付かせた。
どうなっているんだ?
どうしてこんな能力を持つ?
見た目は子供だと言うのに?

「…ふつうのひとは、ちがうの?わからないの?」
「…ああ。始めて出遭った人間の名前なんぞ、普通の人間は、知らんよ」
「だからマリオンおねえちゃん、気をつけてねって言ってたんだよぉ…」
「…知ってるのか?『マリオン』を?ここに『体』は…存在するのか?」

凍り付いた『奴』の肩から、ぴょん、と幼女が跳ね降りた。珍しい髪の色だ。
ブルーグリーンと言えば良いのだろうか?
染めて居なければ、天然で居る存在では無いのだが…。
俺の隣に居たアルフが、背を屈め、口を開いた。
言葉を発しようとした矢先に、幼女が呟く。
俺は同じ様に腰を屈め、幼女の目線に合わせた。
子供とは言え、対等の、人格を持った人間だ。

「…『EXAM』は、マリオンおねえちゃんじゃないよ…?あれは…ちがう『もの』なの…」
「どういう事なんだ?もっと俺に解る様に言ってくれないか?俺はまだ、お前達とは『違う』んだ」
「…おじさんが、もどりたいなら…おねえちゃんを助けたいなら…『EXAM』を、こわすの」
「有難う。気を悪くするなよ?俺は慣れているが、『奴』は『初めて』だったんだ…」

妙に老成した笑顔を、幼女は見せた。
他人の嫌悪感の対応に、慣れているのだろう。
悪意を持った人間を、見慣れ過ぎた、乾いた笑いだった。
子供には、して欲しくない表情だった。
少なくとも俺は、させたくは無かった。
後ろで唇を噛んでいる『奴』も同じ思いだろう。

「いいの。…おどろかれるのは、いつもだから…。でも、おじさんたちは、いやじゃないよ?」
「ありがとよ。おチビちゃん…。また来て、いいか?今度は美味いもの、たくさん持ってきてやるから!」
「うん!ヤザンおじさん、約束だよ!約束!ぼく、あまいのがいい!」

不安そうに俺達を見詰めていた他の子供達に、再び笑顔が甦って行く。
俺達はこの戦争の『早期終結』を心に誓った。
…たとえ俺が『戻れなく』なる事態が勃発したとしても。
『俺』の命がこの時代で尽きようとも。
…知ってしまったのだから。
戦争の道具に、生きた兵器に、『調教』されつつある、少しばかり神様に悪戯をされた、可哀相な子供達の存在を。





■第四十五章




連邦軍NT研究所から出た俺達は、峻厳な顔付きをした、眉毛の太い初老の男に出迎えられた。
アルフがその男を俺に紹介しようとするが、俺はそれを停めた。
すぐに俺は右手に拳を作ると、薄い唇を開き、何かを言おうとした男を問答無用でブン殴った。
…奴には俺にそうされる理由が充分に存在する。
俺はその男の顔も、名も、その為した事も、既に『見知って』いた。

「クルストォ!ほんの少し、俺達と違うからと言ってっ…!年端も行かん少女になぁ、己の抱いた妄想のためだけに、あんな辛い事を押し付けるのか?!マリオンは…あんたを、信じていたんだ!心から慕っていたんだ!それを何故、利用する様な真似などっ!」
「…そうか…お前はバケモノの為り損ないなのだな…。嘆かわしい…。私の創った『EXAM』に狩られなかったと言う事は、まだ完全に『発現』していないワケだな…急がねばならん…」
「カムラ大尉、あのオッサン、誰だ?『中尉』の態度がさっきから尋常じゃあないが…?」
「…彼は『EXAMSYSTEM』の産みの親であり、ジオン公国からの貴重な亡命者で情報源でもある。…『クルスト・モーゼス』博士だ。何故かNTを…蛇蝎の如く、忌み嫌っている…」

切れた唇を拭おうともせずに、クルスト博士は俺を睨み付けていた。
狂気に取り付かれたその瞳は、俺の中に存在する『何か』を見据え、激しく憎悪している様だった。
どうやら奴は、この俺が『マリオン』に懐柔されたと判断したらしい。
直ぐに『曹長』の方の腕を取り、引っ張る様にして自分の乗って来たエレカの後席に押し込んだ。
…有無を言わさぬ、鬼気迫る表情だった。

「まだだ…まだ、君が居るッ!君とあと一人が…旧人類の…いや…人類に残された希望だ!非常に惜しい事だが、ユウ中尉はもう使い物にならんっ!私と一緒に戦うのだ、若者!」
「お、オッサン、な、何だってんだよ、おい、おいったら!俺は逃げやしねェよ!痛ェなぁ…」

呆気に取られる俺達を無視して、博士はエレカの運転席に乗り込み、基地内の制限速度を無視したスピードを出して、新型MS格納庫と思われる建物に向かって行ってしまった。
俺は自分の右拳に痛みを感じ、腕を上げると、クルストの歯で切ったのか、ザックリと拳が切れて出血していた。
無事な左手で軍服の総てのポケットを探ったが、生憎止血に使える様な物は無かった。
アルフが溜息を吐きながら、自分のハンカチーフを差し出す。
俺が礼を言う暇も無く、直ぐにアルフは手当てしてくれた。

「…済まん…どう言えば良いのか…その…奴が…クルストが…な?優しすぎる『マリオン』の…」
「…あの格納庫にはな…ガンダムフェイスの『ブルー』が存在する。新品の…『ブルー』の二号機だ。まだ例の『蒼色』に塗られてはいないが…予備パーツ用に、既に三号機も組み上げられている…。…ヤザン、オマエの今までに叩き出した驚異的な戦闘データの総てを叩き込んだ…新型MSだぞ…?オレは、オマエにこそ…最初に乗って欲しかった…。オレとオマエの2人で育てた…『ブルー』にな…」
「…アルフ、そいつ等については、お前、完全に部外者だろ?そんなMSに『ブルー』を名乗らせて良いのか?俺とお前とマリオンの一号機こそが、本物の『ブルーデスティニー』ってモンだよ、アルフ。違うか?」
「ヤザン…オマエが考えて居る事は解るつもりだがな…?二号機と三号機は宇宙戦仕様に換装済みだ。今更…」
「俺と『曹長』のどちらが強いか、解らせてやるだけさ。…あの『自分の妄想で眼が曇った』博士にな?」

俺はEXAM搭載マシン同士の対戦を、クルスト博士に申し込む事を婉曲にアルフに告げた。
『マリオン』を救うには、『EXAM』を全て葬り去る必要がある。
これは危険かつ無謀な『賭け』だ。
『EXAM』マシン同士は、惹き合う。
そして、互いに暴走し、潰し合う。
承知の上での決断だ。
もし『EXAM』が基地で発動したならば、NT研究所の子供達が危険だ。
人類の可能性を、こんな『機械ごとき』にこの俺が潰させやしない。
人類の行末は、未来の人類自身が決めるのだ。
だが気になる事が一つ、あった。
『Zのパイロット』や『マリオン』が発した『力』について、クルスト博士の見解を俺は聞きたかったのだ。
NTに敵意を持つ『奴』ならば…対処法を心得ているかも知れないのだ。
俺は呆れるアルフと共に、格納庫に足を向けた。
脚が重い。俺は先ず、あのクルスト・モーゼス博士に、殴った詫びを入れねばならないのだから。





■四十六章




俺は自分の感情に整理を付けられなかった。
NT研究所の子供達を、『兵器』にさせないためには、この戦争の早期終結が必要だ。
『EXAM』搭載マシンが量産可能になれば、連邦は戦力的にも充実する。
しかし、『EXAM』は不安定だ。
俺が『ビジョン』で観た限り、アレはNTと『対等に戦う』為にだけ創られたシステムだ。
安全性など最初から度外視している。
あんな物に乗らされた『普通の奴』は…システムが強制する破壊衝動に先ず耐えられない。
…多分あの『ヤザン・ゲーブル曹長』もだ。
正直に言うと、俺は迷っていたのだ。
子供達の成れの果ては…俺も一緒に戦った事も在る、強化人間だ。
歴史は、変えられないのならば、多分あの中には、『ロザミア・バダム』も居る事だろう。
子供達を救えないのか?
救えるのか?
結局目の前に居る子供達を救う事は、出来はしないのでは?
だとしたら…俺は何をするべきなのか?
『未来』を知る者として?
様々な想念が、浮かんでは消える。

「…結局の所、俺は目の前の敵を倒したいだけかも知れん。敵が居ないと、余計な事を考え過ぎて困る。戦争は善悪を直ぐに見分けられるほど、単純では無い。俺の感性のままに動くまでだな…」

俺の直感は『EXAM』を危険で胡散臭い物だと訴えている。
俺は、気に入らなかった。
人間を戦闘機械にするシステムだ。
人間は、自らの意志で行動する生物だ。
この俺を操ろうとした時点で、システムはこの俺、『ヤザン・ゲーブル』を敵に廻したも同然だ。
気に入らなければ、殺せば良い。…簡単な事だ。

「オマエの今回の敵は…災難だな?己のフラストレーションの、解消の為に模擬戦を考えたのか?」
「ストレス発散、と言って欲しいな。欲求不満じゃあ、子供扱いされた様で、格好がつかんだろう?」

俺の独白を聞いたアルフが、珍しく冗談で俺を揶揄した。
クルスト博士は意外とあっさり、『ユウ・カジマ』の『俺』を許してくれた。
『正しい道に戻ってくれると信じていた』と、大真面目に言ってのけた博士は、直後に満面の笑みを浮かべ、俺の肩をポンポン叩きながら格納庫の中を案内してくれた。
…気味が悪い程、親切に。

「あの思い上がった新人類に、人類の実力を思い知らせてやらねばいかんのだ!EXAMに相応しい人間は、やはり君しか居ない!戦闘記録を参照したが…君の部下は、残念ながらまだ…未熟だったようだな?」

そうだ。
『奴』、『曹長』は、未だ『EXAM』発動時のブルーを体験して居ない。
ただ、ブルーに乗っただけだ。
残念ながらクルスト博士の御眼鏡に適わなかったのだろう。
俺は薄笑いを浮かべ、横目で『曹長』を捜した。

「折角バケモノ屋敷から一匹借りて来て、シミュレータで『EXAM』発動を体験させようとしたのだが…」
「…なんだと?俺の部下は何処に居る!博士!『奴』は、ヤザンは無事なのか?!」
「情け無くも拒否したのだ。『子供を殺れる程、俺は外道じゃネェぞ、オッサン』と、一緒にバケモノ屋敷へ戻った。彼と、ミュータントが一匹乗った、私のエレカと擦れ違わなかったか?」

俺は胸を撫で下ろした。
こんな事で『奴』を潰されては『俺』が困るのだ。
博士がキーコードを入力すると、馬鹿に大きい耐爆扉が開いて行く。
俺とアルフは促されるままに、中に入った。
『ガンダム』が2体、居た。
蒼く塗装された『ガンダム』と、白いままの、『ガンダム』だ。
『ブルー』の一号機と同じく、左肩にそれぞれ『02』、『03』と数字で大きくマーキングされていた。
『02』は白で、『03』は黒で描かれていた。

「MK−Ⅱなのか…?あの白い奴は…?」
「アルフ君は関わっては居ないが、『ブルー』の2号機と3号機だ。マークⅡと言うなら、二号機の方だよ、ユウ中尉」
「…オレに機体データを見せて貰えませんか、クルスト博士…。オレにはその権限が与えられているはずだが…」
「アルフ君、私は君にも期待しているのだよ…。私がもし、志半ばで斃れたら…その時は…遺志を継いで貰いたい!」

俺はクルストの台詞を最後まで聞く事が出来なかった。
…急に俺の頭の中に、『マリオン』の悲痛な声が響いて来たのだ。
『どうしてなの…?三号機が…この時点で完成している訳が無いのに…!』と。
俺は『マリオン』に心の中で問いかけたが、応えは、無かった。
俺は一抹の不安を抱きつつ、二号機の足元へと歩み寄るクルスト博士とアルフの後を追った。





■第四十七章




俺は結局、アルフを残し、NT研究所へ『奴』を迎えに行くことにした。
余り子供達に、『深入り』するなと釘を刺して置くためだ。
入口は許可命令が下ったのか、今度はスルーパスだった。
中に入ると…頬を腫らせた
女研究者が、俺に泣いて縋って来た。
『何とかして下さい』と。
俺が彼女に微笑むだけで、目元を紅く染め、黙る。
色男は、得だ。
奴はあの部屋の子供達と一緒に、『遊んでいる』と言う。
案の定、思った通りの展開だ。
もう夜間だが、此処には窓が無い。
大方時間を忘れて夢中で構ってやっているのだろう。
…その逆かも知れんが。

「…任せてください。奴を連れ戻す為に、私が来たのですから…貴女も…辛いでのしょうに…」

女研究者の両肩に優しく手を置き、労わりに溢れた真摯な声で言ってやると、感極まったのかまた泣き出し、抱きついて来た。
俺は女が泣き止むまでそのまま突っ立っていた。
勿論、この女に同情の余地など一つも無い。
人体を、此処の子供達を良い様に弄繰り回し、結局『次の』戦争の道具に『仕立て上げた』人間の一人なのだ。
恥を知っている人間ならば…己のしている事の善悪を考えて…とっくに行動しているだろう。
…『奴』の様に。

「…居るんだろう?俺だ。ロックを解除しろ、『曹長』」
「…『曹長』は眠った。ドアは開いている。彼に話が有るのなら、俺は引っ込むが?」

『ユウ』が代わりに、応えてくれる。
…そう云えば、子供達は『ユウ』の存在に気付いていたのだろうか?
窓が一つも無い、異様な部屋の中の真中に、胡坐を掻いた『奴』を中心にして子供達が寄り添って眠っていた。
『奴』の膝に凭れて眠る者も居る。
これでは強面の『奴』も動けないだろう。
俺は『ユウ』に苦笑を見せた。
『ユウ』も静かに笑う。
…心に染み入る様なその優しい笑みは、金輪際、俺には真似出来無いだろう。

「…ジオンの『EXAM』マシンが来る。『ヤザンおじさんの中のユウお兄ちゃんは、元の体に戻れるよ』と、この娘が教えて呉れた。右腿に頭を乗せて眠っている子だ。名を…」
「ロザミア・バダム…面影が有る。7年後には『立派な』強化人間にされる…娘さ。俺と一緒に出撃したよ」
「…残酷だな。未来を知っていると云うのは…?人殺しをさせるために、俺達は戦って来た訳では無い…」
「ユウ…もう少し…体を…貸して呉れないか?この件に、ケリが付くまでで良い…頼む!」
「…戻れるだけさ。『でも、今と変わらないよ?』と…左腿のこの娘がな。名前は…教えてくれなかった」

俺は、頷いた。
…昼間のブルーグリーンの、髪の子だ。
ユウはその髪を優しく、撫でる。
俺は真向いに座った。

「ジオンの『EXAM』マシンについて、知っている事は?」
「…パイロットは二ムバス・シュターゼン。自称『ジオンの騎士』だ。先行量産GMコマンドのテストの際、遭遇した…。気を付けろ…奴は普通じゃ無い。イカれて居る。…オーヴァーヒートで動けなくなった、俺の機体のコックピットからわざわざ俺を出させ、ヒートサーベルで焼き殺そうとした。『騎士の機体に傷を付けた事を褒めてやる。この私のイフリート改にな』とな…。『ブルー』の性能ならば、まず勝てると思うが…」

俺はユウの腕に恐怖した。
あの『EXAM』を積んだマシンと、生身で互角に渡り合ったのだ。
…しかし、相手がヘボだったと言う可能性も捨て切れんが。
ジオンのMSの性能を、連邦のMSは曲がりなりにも凌駕しているのだか…待て。
GMコマンドがオーヴァーヒートだと?!
その逆なら容易に考えられるが、『EXAM』が、暴走しなかったのか?!

「…奴は完璧に…『EXAM』を制していた。ヤザン、お前は…まだ、の様だな…?」
「ああ、まだだ…しかし、俺は負けん!誰にも、負けん!『EXAM』にも、自称・ジオンの騎士にもな!」
「…その割には…体が震えているようだがな…?…それとも俺の遠い先祖の言葉にある『武者震い』か?」

俺は背中の辺りがゾクゾク疼くのを感じた。俺と互角か、それ以上の相手と戦えるだろう、その期待感に。





■第四十八章




『奴』は、子供達に『懐かれて』いた。
次の日、基地のPX(売店・かなり広い)のジャンクフードの棚が全部、空に為る位に買占め、段ボール箱を満載したエレカで研究所に乗りつけ、衛兵の白い眼も気にせず所内に持ち込み、『ヤザンおじさん』を『ヤザンお兄ちゃん』と呼ぶように頼み込んでいた。
…『奴』の真意を知っている子供達は、当然面白がって『おじさん』と呼ぶのを止めなかったが。
PXの係員に、『玩具』を調達しろとねじ込んだと、偶然居合わせたフィリップから聞いた時は腹を抱えて笑った。
『EXAM』のシミュレータを弄るのにもいい加減飽きてきた三日目の朝、唐突に変化が訪れた。
『ブルーデスティニー』2号機が、綺麗さっぱり格納庫から無くなっていたのだ。
アルフも寝耳に水を喰らったのか、茫然としていた。
俺は手近なクルスト博士の部下の一人を捕まえ、聞いた。

「中尉の部下のあのヤザン曹長を連れて、2号機の運動モーメントのテストに行きましたよ?気付かなかったんですか?」
「…あの早朝出てったトレーラーか!スクラップを搬出するだけだとオレに伝えておいて…!…しかし何故この主任メカニックであるオレに無断で…?」
「ああ、そういえば曹長、博士に条件付けてましたよ?子供達に『ガンダム』を見せてやりたいから、後で連れて来てくれと。博士、にこやかに快諾してましたね。普段バケモノ扱いしていても、あの人はやっぱり子供好き…」

俺はその男を突き飛ばし、乗ってきたエレカで研究所に向かった。
…間に合えば、ここで何事も無く、終わる。
俺の切実な思いも知らず、研究所の事務職員は『もうとっくに子供達は出発した』と俺に素っ気無く、告げた。
…クルストの狙いは読め過ぎる程、読めた。
博士にして見れば『2号機』や『曹長』の『最終テスト』なのだ。
俺は無言で研究所を出て、エレカに乗り込んだ。
途中で走って来たアルフを拾い、制限速度無視で、ミデアに向かう。
息を切らせて喘ぐアルフに、俺は案件のみをしっかり大声で伝える。
粗相が在っては今後何かと差し支えるのだ。

「三日前、提出済みの『ブルー』の模擬戦の嘆願書に、今日の日付を入れておいてくれ。ヘンケン少佐には既に話は通してある。場所は演習場だ。ミデアの使用許可も内々に取ってある。…あの子供達の前で『2号機』を『曹長』が起動させた瞬間…悲劇が起こるだろう。阻止するにはこの方法しか無い…『EXAM』には『EXAM』だ!」
「…固定兵装は実弾が装填したままなんだがな…100㎜マシンガンも実弾の方が良いのか?ヤザン?」
「俺と『マリオン』を信じてくれ!『EXAM』は『EXAM』か、それと同様の『モノ』に魅かれても発動する!あの子供達はNTだ!だから…!同じモノに魅かれるならば、『EXAM』の方が、より強い敵意を…!」

ミデアの格納庫に設えてあるスロープの、地面との段差で俺は舌を噛みそうになり、黙る。
スピンターンの要領でエレカを停めると、俺はキャットウォークを駆け上り、ブルーのコックピットに滑り込んだ。
アルフが内線で操縦室に離陸を促すのを肉眼で確認し、俺はハッチを閉め、『ブルー』起動させた。
テストの為にノーマルスーツを着込んで置いた事は僥倖だった。
ケーブル類をヘルメットのジャックに差込む。俺の焦りに気圧されたのか、『マリオン』は語り掛けて来ない。
…俺は『EXAM』には呑まれはしない。
そう心で念じながら、体は機械的に計器チェックをこなして行く。
間に合え。
間に合わなければ俺は一生、後悔するだろう。
あらゆる者を見捨てる卑怯者の生き方は、俺にはまだ似合わない。





■第四十九章




ミデアが離陸して10分も経過しただろうか?『マリオン』の息を呑む『声に為らない声』を俺は『感じた』。

「稼動して居るのだな…?『EXAM』が既に…」
『あれは…違う!わたしじゃない!わたしとは…違うの!わからないの…!』
「ハッチ開け!ユウ・カジマ、出る!」

突然、例の唸りと、モニターの表示がシステム発動を告げた。
俺は急いで通信回線を、外部スピーカーまでオープンにして叫んだ。
放置すれば、外に出るためだけにミデアの格納庫ごと破壊してしまう恐れが充分に在る。
隔壁が開くと、長方形に切り取られた空が、蒼く、眩しく、闇に慣れた俺の眼を焼いた。
ミデアが失速気味に高度を落としたのか、視界が激しく揺れた。
直ぐに『ブルー』の各部ロックが解除され、俺と『ブルー』は中空に躍り出る。
数秒もしない内に激しい震動が、俺をダイス(サイコロ)の様に弄んでくれた。
『ブルー』のショックアブソーバが特別製でも、こればかりは完全に防げない。
低空飛行を敢行しつつ、演習場内の建造物を曲芸飛行張りに鮮やかに回避して行く、目の前のミデアのパイロットの腕に俺は感謝した。
『ブルー』の着地地点には、廃墟と化したコンクリートビルディングが立ち並んでいる。
嘗て栄華を誇った、戦争前の遺物達だ。
誰も居ない都市。
死の街。
気象の激変で、人が街を捨てたのだ。
捨てる事の出来る棲家が無くなった時…果たして人間は次に何処へ行くのだろうか?

『ヤザンさん、前!』
「2号機かっ?!何処だ!」
『あの子たちが…居るッ!早く遠ざけて!今のあの子たちには…見せたくない!』
「解った…ミデアに回収を依頼…ッ!」

すぐ近くに大型のエレカを視認した途端に、途轍も無い破壊衝動が襲い、俺の意志を阻止しようとする。
モニター表示は…完全に敵表示だ。
しかも最優先破壊コードまで御丁寧に付与されている。
俺の思考が未だ
正常に働くのは、『マリオン』が『EXAM』に対して必死に抵抗し続けて居る証だった。
俺も機体に堪えなければならない。
『マリオン』の信頼に応えるためにも、だ。
俺は叫んだ。格好悪いが、他に方法が無い。

「俺は俺だ!俺に従え『EXAM』ッ!俺の敵はもっと喰い応えの有る奴だ!捜せ、『EXAM』!」
『…ヤザンさん…』
「幻滅しただろう?だが、これが俺の本性だ。どの道、敵が居なければ、満足せん男だからな…?ただの兵士が一番性に合ってるのさ。正義の味方を気取って見たって、人殺しに大した違いは無い」
『でも…人の命の重さは…知っている…。だからMS同士の戦闘に拘り続ける…。哀しい人…』

『ブルー』が、機体ごと背後を向いた。
見つけたのだ。俺の『喰うに値する』敵を。
…『蒼いガンダム』がその両眼を血走らせながら、立っていた。
その様子から残念だが、『曹長』の自由意志は無いと見るべきだろう。
俺では無く、俺の背後のエレカを、その右腕に保持した『100㎜マシンガン』でロックオンしていたのだから。





■第五十章




俺は無性に腹立たしい気分を抑え切れなかった。
この俺が機械に、『EXAM』に舐められたのだ。
武器を持たない、子供達の怯えや敵意の方が、この俺、『兵士』であるヤザン・ゲーブルよりも脅威だ、とされたことにだ。
2重の意味で腹立たしかった。
目の前の、過去の俺以上である『奴』も、NTの子供達よりも危険度が低いと、この『ブルー』の『EXAM』が判断したのだから。

「舐めるなよ、機械風情が!」

俺はブーストを掛け、『蒼いガンダム』こと『BD-2』に体当たりを掛ける。
2号機は何故か回避せず、大地に地響きを立て俺の『ブルー』と共に倒れ伏した。
…様子が変だ。
『EXAM』発動中の『ブルー』は、恐るべき存在だった。
正常、と呼ぶべきなのか解らんが、この状態の『ブルー』はまるで敵の行動を予測しているかの様な回避行動を取る筈だった。
『お肌の触れ合い会話』こと、接触回線に俺は耳を澄ますと…『奴』が何と…啼いていた。

『どうしちまったんだよ…『マリオン』…何にも出来ない餓鬼どもを殺せってのかよォ…!まだ子供なんだぞ…どうしてだよ…!まだあいつら、世界の何にも見てないんだぞ…!汚い物も綺麗な物も…!敵だなんて言うなよ…!俺は撃ちたくなんか…無ェ!』
「『曹長』!『曹長』!俺の声が聞こえるか!曹長!」
『ちゅ…中尉…か?変なんだよ…この『マリオン』…。此処で起動させた途端、やたら怯えて…挙句の果てに、あの子達のエレカ見たら…『破壊する』って…』
「体が自由ならばヘルメットを取れ!そして対衝撃行動!早くしろ!一刻も早くだ!」
『と、とったぞっ!中尉、次は何を…』

俺は『ブルー』の頭部バルカンを発射した。
2号機の『頭部』が原型を留めなく為るまで。
今の今まで頭部バルカンを使用しなかった理由は一つ。
『EXAM』システムが搭載されている部所が、『頭部』だからだ。
『EXAM』はその性質上、センサー系と密接な関連性が有る。
敵の行動予測一つにしても、メインカメラが撮った映像を判断し、敵の型番、武装等を読み取らなければ始まらない。
通常のMSは大抵コックピット周りに存在するメインコンピューターに情報を送るが…『EXAM』は頭部に設置する事により処理時間を短縮していると、アルフから
以前に聞いていた。
しかしBDシリーズは『EXAM』が基本OSだ。
全てのシステムを統括するだろう『EXAM』の宿る頭部を破壊した時、MSは後に行動不能に為る事は間違い無い。
俺は回線を前もって設定して置いた秘匿通話回線にして、ミデアで待機しているアルフに怒鳴った。

「ブルーの頭部が破壊された場合のフェイルセーフ機能はどうなっている?!メインコンピューターの、通常基本OSでリブート(再起動)可能なのか!?それともメインの方は取り外されているか?!用心深いお前ならば、当の昔に調べてあるはずだがな?!」
『…安心しろ。その方法で良い…。オレの子飼いの部下が、クルスト博士の指示を無視して搭載した。人脈は、こう言う時に生きる物なのだな…?安心してリブートさせろ。もう暴走の危険は無い』
「聞いたな『曹長』!即実行だ!そしてリブートしたらあのエレカを抱えて、後はアルフの指示に従うんだ!俺の『ブルー』から、出来るだけ遠くに退去!復唱は要らん!さっさとやれ!」

俺は『感じて』いた。
圧倒的な敵意と、闘争への期待感を持った相手が迫りつつある『プレッシャー』を。
『Z』のパイロットに何処か似た、あのざらつく不快感を。
俺は『ブルー』の体を起こし、カメラを最大望遠にして索敵した。
土煙の上がる中、かすかに光るモノアイ達が見える。
掛け値無しに間違い無く、ジオンのMS部隊だ。
俺は『観た』。
その中に肩を紅に彩り、二本のヒートサーベルを携えた一つ目の『蒼い』MSが存在する事実を。

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