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ヤザン−ユウ 031-040

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■第三十一章




俺とブルーがその場に停止している間、生き残ったジオンの歩兵達はブルーを狙い執拗に攻撃していた。
小銃弾や拳銃弾等の実体弾が命中する、高く澄んだ音が装甲を伝わり俺の耳に届く。
…再起動は不可能だ。
俺の操縦でガタが来たのと、『マリオン』が擬似的にノーダメージの状態で『EXAM』を発動させたため、
OS関係のソフト面は正常に作動しても、駆動系や関節系のハード面、下手をすればフレーム系も一部損傷をしているかもしれない。
蒼き死神、ブルーは今や『燃え尽きた』状態にあるのだ。
俺は苦笑した。

「パイロット失格だな…。これじゃアルフに笑われるな…。いや、号泣してくれるか…?」
『ヤザンさん、上!』
「な…!あの…馬鹿野郎っ!ミデアで来るか?!戦場の只中に?!引き返せ、アルフ!危険だ!」
「…悪いがお断りだ…。オレのブルーとオマエを…見捨てはしない…!…機械化歩兵部隊を投下する。…付近の掃討は彼等の任務だ…。…ヤザン…礼を言うぞ…ブルーの頭部をよく無傷で…こんな状態になっても…。…しばらくそのまま待機してくれ…。…時間は取らせん。オレも降りるからな…」

空を舞うミデアから、次々と落下傘を装備した車両が投下されて行く。
俺はようやく思い出していた。
この部隊が『第11独立機械化部隊』では無く、『第11独立機械化『混成』部隊』である事を。
各種兵科が一通り揃っている部隊なのだ。
…俺は無意識の内に、MSにこだわり過ぎていたのだ。…俺には仲間がいた。
通信が、入る。音声のみだが、味方の名も知らぬ奴等からだった。
俺は回線をフルオープンにした。

「我が部隊の看板エースに傷を付けちゃあ、第11独立機械化混成部隊の名が泣きますからね!少ぉし待ってて下さいや、ユウ中尉殿!すぐに足元のジオンの奴等なんぞ、追っ払ってやりますから!」
「汚ェぞ!ライル!中尉にポーカーの借りが有るのは、手前ェだけじゃ無ぇんだ!このぉ!」
「待ってて下さいね、中尉…。アルフ大尉を乗せて、この私が優雅に空から舞い降りますから…」
「…アンタ、それ、公私混同だよ?ヴァネッサ?変な自己主張しないの!あ、アタシはケイね?」

ブルーのコックピットに続々と通信が入ってくる。
皆、俺の事を、いや、ユウ・カジマの事を思って語りかけて来てくれるのだ。
俺は言いようの無い嫉妬に駆られた。
…俺の一年戦争時代に居た部隊は、こんなに暖かくは無かった。
同じ最前線に配置された部隊でも、天と地ほどの差が有る。
…俺は見捨てられたのに。

『…ヤザンさん…そんな事が…?!酷いっ…!味方なのに…そんな事を…するなんて…!』
「…半分は俺の蒔いた種だ。一人で戦争を戦っているのだと勘違いした、俺の…な…」

ミサイル基地が完全に掃討され、俺とブルーが回収されたのは、アルフの通信よりきっかり2時間後だった。
コックピットの惨状を一目見たアルフは、黙って俺を抱き締め、言った。
『…オマエの…せいではない…』と。
アルフの奴はようやく信じる気になったのだ。
『マリオン』と言う、NTに覚醒『してしまった』少女の存在を。





■第三十二章




本隊と合流し、俺達は移動命令に従って、転戦しつつある連邦軍基地の研究施設へと向かっていた。
俺は連邦のこの時期のMSの殆どが、パーツ類の統一規格化を進めていた事実に始めて心から感謝した。
回収されたブルーは、首から下だけが塗装が剥げ、銀と蒼の虎縞模様状に傷ついていた。弾痕の水玉模様も痛々しい。
しかし、外観を見た限りでは、ブルーの装甲板に致命的なダメージは見当たらない。

「…見て見るか?…ブルーのアクチュエーターに各部ショックアブソーバーの損傷具合を?」

何時の間にか俺の背後に立ったアルフは、厭味ったらしく手に持った紙資料を渡して言ったものだ。
見ると、丸々一機分を調達出来る程のパーツリストが羅列してあったのだ。
内部のダメージが深刻らしい。

「…パーツの手持ちのストックが危うい。…逆に言えば、一回の補給でここまで良く持たせたものだ…」
「テスト機体は大事に扱え、といつも上の方から言われていたのでな?陸戦型ガンダムのパーツなど本当は無いんだろう?パーツ交換する毎に微妙に反応が鈍くなって来ているのだがな?アルフ?」
「…東南アジア方面で大攻勢が始まるらしく、必要数が確保出来なかった…。オマエは、騙せんな…?」
「量産試験機の陸戦型GMの物だろう?フィットさせるオマエの腕を今回も信じているよ、アルフ…」
「!!…知っていたのか?!人が悪いな…ヤザン…。…コックピットはもう修理した。入っても構わん」

俺はアルフに軽く頷き、再塗装前のブルーのコックピットに歩き出す。
…何故かハッチが、開いていた。

「よお?『モルモット隊』のトップエースさんか?先にお邪魔してるぜ?…いい機体だなぁ、おい?この俺様が惚れ惚れしちまうってのは、そうザラに無いな。ま、いずれは俺のモノに…」

自分の特徴と欠点を思い切り醜悪にして、目の前に戯画(カリカチュア)化されて、これがお前自身だ、とこれ見よがしに突き付けられた者が、どんなやりきれない気分になるか、他に誰か理解できるだろうか?
…俺はそいつに皆まで言わせる程、忍耐力は無かった。
大事な『娘』を他の男の手で汚された『父親』のような怒りが、今の『俺』を俺自身で殴り倒させる原動力となった。
…この『ヤザン・ゲーブル曹長』を。

「…転属してきたヤザン・ゲーブル『曹長』だな?相も変わらず、口の聞き方を知らん奴だ…」
「…ふん、俺の知ってるユウ・カジマとは少々勝手が違うようだなぁ?『声』の言う通りだな…」

切れた唇を拭いながら、奴は言った。意外だった。
この当時の『俺』ならば、殴られたならば100倍どころか1000倍以上にして『その場で』返す、単純明快な奴だった筈だ。
決定的な『あの事件』が無かったならば。
睨み据える『上官』の『俺』に、奴は立ち上がり、唇に不敵な嘲笑すら浮かべながら堂々と言った。

「いいか、ユウ・カジマさんヨォ?テメェの中身なんざこの俺様にとっちゃあ、どうでもいい事だが、これだけは言って置く!俺が来たからには、もうデカイ面はさせネェ!俺がのし上がる踏み台位がテメェには丁度お似合いなんだよ!今に撃墜数でも追い抜いてやる!わかったか『中尉殿』…?!」

ギャンギャン吠えるだけの犬は、今までジェリドの馬鹿だけだと思い込んでいた俺の都合の良さを、俺は心から恥じ入り、ジェリドに心の中で謝罪した。
下には下がちゃんと居るものだ。
俺は『俺』の胸倉を掴み思う存分、1時間後にやっと気付いたフィリップとサマナに静止される瞬間まで、満足するまで『修正』を『ヤザン・ゲーブル曹長』に施してやった。
…奴の反撃などかすらせもしないままに。
これが俺達らしい『初対面』の儀式だろう。
俺は心の何処かに引っ掛かるものを感じながら、倒れ伏し、顔を痣だらけにして気絶し、弛緩し切った奴を見下ろし、思う存分笑ってやった。
…敗者の無様な醜態を。





■第三十三章




「…奴に、酷い事をされなかったか?『マリオン』…?変な事、言われなかったか?!」

ようやくコックピットに入り、ハッチを閉めた俺が放った第一声が、間抜けにもこの一言だった。
あの汚い手でスティックを無遠慮に撫で回した拍子に触られたか、内装を舐め回さん勢いでジロジロ見ている最中に偶然イメージを感じ取られ、目を付けられた等の心配が『奴』には充分有り得たのだ。

『自分を悪く言うのは…何か可笑しいな…。ヤザンさん?同じ『存在』なのに…』
「腐っても『俺』だぞ?性格の悪さと素行の悪さはこの俺が保証書を付けてやっても良い位だ!」
『でも、行為に明確な悪意が無いもの…。あのヤザンさんには。まるで子供の様にはしゃいでた…』

『マリオン』の声が弾んでいた。
子供に子供と言われる『奴』に何故か、微笑ましさを俺は感じた。
俺のそのイメージを読んだ『マリオン』が遂に笑い出す。
俺もそれに釣られて、笑い出してしまった。
そうだ。新米の頃の俺は、MSと言う大きな機械人形を、自分の新しい玩具か何かの様に思っていた。

「子供のまま、大きくなったモンだからな…アイツは…。周りを取り巻く悪意に気付くまで…」
『…悪意に気付かなければ…幸せなまま生きて行けたのに…解ってしまった…。わたしと…同じ…』
「…人間は誰でも何時かは、大人に為る。アイツは遅すぎて、お前は早すぎた。…それだけの差さ」

あの頃の俺はMSと言う機械人形の戦闘能力に夢中になると同時に、のめり込んだ。
MSの戦闘能力を自分の実力だと思い込み、周囲の人間や状況を見ることをすっかり忘れ、傲慢に振舞い過ぎたのだった。
パイロットの鉄則とも言える『整備屋とは喧嘩をするな』と言う不文律さえも、何処吹く風とばかりに暴れ回り、気に入らなければ口論を吹っかけ、喧嘩を売らせては殴り付け、悦に入っていた莫迦だった。

『…卑怯だよ…その人は…。そんなやり方を…恥ずかしいとは思わなかったの?手抜きだなんて…』
「メカニックを甘く見た高いツケを払っただけさ。…恨むなら機体の点検をしなかった俺自身だよ。…生き延びた今は、そうも言えるが…。あの時は…目の前が真っ暗だった。俺は死ぬんだってな?」

或る日、それは起こった。
敵の目前で、俺の自慢のGM・ライトアーマーの右膝に突然、動作不良が発生したのだ。
…起こる筈の無い、整備不良からのアクチュエーターの焼き付きだった。
擱座(カクザ)した俺は、敵のいい的となる運命を免れ得無かった。
…残った僚機は脱出した俺を回収する事無く退却した。
俺は敵の制圧下を命辛々逃げ延び、やっとの事で生を拾ったのだった。
…誰も俺を捜そうと言う奴は、居なかった。
ただの一人も、居なかった。
俺はその時、悟ったのだ。
俺一人では、何も出来ない事に。

『…生きていてくれて…有難う…。ヤザンさん…。生きていたから…わたしは貴方に逢えたの…』
「それが、昨日に奴に起こった出来事の筈なんだが…?馬鹿なままなのは…何故だ?」
『…どうしてあの人が、コックピットに入れたの?…わたしは、多くを…伝え…られ…』
「…マリオン?どうした?おい?何故答えない?!マリォォォォォォンッ!!」

俺は消えていく『マリオン』の気配を、名を呼ぶ事で繋ぎ留めようとでもするかの様に叫んでいた。
そう言えば奴は『コックピット』に『入っていた』。
アルフと、ブルーのパイロットしか知らないコードを入力して。
人見知りをするアルフが、『奴』に教える訳が無い。
消去法を繰り返せば、残る可能性は…!!
…ブルーデスティニーのパイロットにして、『蒼い死神』の異名を持つ…『ユウ・カジマ』ただ一人だった。





■第三十四章




俺は整備ベッドに横たわるブルーのコックピットから、ハッチを開けると同時に転げ出た。…『俺』を捜すためだ。
付近で若い女性メカニックとイイ雰囲気で観談中のサマナを捕まえる。
血相を変えた俺が『奴』の居所を聞くと、サマナは震える声で『フィリップ少尉が頭に水をバケツで掛けて覚醒させたら、微笑んで『有難う』と言って居住区に行った』と答えた。
『女の前でビビるなよ、サマナ?格好悪いな?』と俺が言ってやると、『そこが准尉のカワイイ所なんです!』とお姉ちゃんに詰め寄られたのは俺の予想外だったが。
…その年で早くも女の尻に敷かれるとは…苦労するぞ…サマナ。

「『有難う』か…。あの俺の調子だと、目覚めた途端、水を掛けた奴を殴るぞ…?やはり奴は…??モーリン?」

俺の、いや、ユウ・カジマの私室の前で、モーリン・キタムラ伍長がドアに後ろ手に持たれつつ、俯きながら待っていた。
俺が声をかけると、体をドアから離しゆっくりと顔を上げる。
…幼さを幾分残したその顔からは、何故か生気が消えていた。
細く、華奢な、ペンより重い物を持った事が無いだろうその両手には、鈍く光を反射するゴツイ軍用拳銃が握られていた。
俺の胸へと真直ぐ、銃身を震えさせる事無くその照準はしっかりと保持されていた。
花弁にも似た可憐な唇が、静かに開く。

「…ユウの声で…私の名前を呼ばないでよ…。ヤザン・ゲーブルっ!ユウから出て行って!ユウを返してっ!」
「…何の事だ?…君は疲れて居るんだよ、モーリン…。俺があの下品なヤザンなワケが無いだろう?さあ、銃を…」
「ユウの声で喋らないで!ユウは私に優しかった!ユウは私だけを気遣ってくれた!貴方みたいな人は違うっ!…貴方は出撃の前に言ったっ!『ヤザン・ゲーブル』ってっ!…私のユウを返して…!今すぐ返してよぉっ…」

…だから女は苦手なのだ。情念ですぐ行動する。
俺を撃ったら自分がどうなるかなど、頭から綺麗サッパリ消えているに違いない。
トリガーに指が掛かって、必要以上に緊張している。
この状態で俺が喋ったら、何かの拍子に引いてしまうかも知れない。
…四の五の考えても仕方が無い。
行動有るのみだと俺が意を決したその時、モーリンの背後に『奴』が現れた。

「?ユウ…?ユウなの…?!?違う…!?でも…雰囲気が確かに…!」
「…済まないな…モーリン…。冷えるだろうが、暫く此処で眠っていてくれ」

奴はモーリンの延髄に手刀で軽く一撃を加えると、失神させる。
崩折れる彼女の体を抱き止め、ご丁寧にも壁に持たれ掛けさせた。
『俺』ならば、こんな気の効いた事は絶対しないだろう。
…何よりも放つ雰囲気が別人だった。
ギラギラした俺の物とは違う。
例えるならば、静かな水面、そう、『水鏡』と言えばしっくり来る。
荒れる事無く、ただ物事を『有るがまま』に受け止める。
自らが動く事無く、状況が変わったならば柔軟かつ冷静に対応する。
俺が『剛』なら、奴は差し詰め『柔』だ。
ただ、気に入らないのは、その雰囲気が『俺』の顔では違和感が有り過ぎて、俺自身が気持ち悪くなって来た事だけだろう。

「…お互いに『始めまして』…と言うべきなのか解らんが…。…『ユウ・カジマ』…だな?俺のオマエは?」
「…ルウムで命を粗末にするなと俺を殴った事をもう忘れたのか?都合のいい頭だな、『ヤザン・ゲーブル』…いや、俺はやはり『始めまして』と言うべきだろうな…。今のお前は此処に確かに居る。『ヤザン・ゲーブル』の体にな」

ルウム戦役の激戦の中、幾つもの宇宙戦闘機隊が全滅した。
そんな部隊の中でもただ一人、幸運にも生き延びる奴等が居た。
俺もそうだが、コイツもそうだ。
仇を討つと息巻いたコイツを殴り飛ばし、医務室で監禁してルナツーまで連れ帰った日を、今の今まで記憶の外に追いやっていた事を。
『今は耐えろ。生きて居ればこそ出来る復讐がある』と、悔恨に悩む男に説いた事を。
『連邦にMSを造る!それが俺達の出来る復讐だ』と。
俺は意地の悪い微笑を唇の端に浮かべ、言った。

「もしかして、あの時の『死にたがりのお莫迦さん』か?大人になったモンだな…?お互いに…。…何が可笑しい?」
「…戦争は人を変える。良い方にも、悪い方にもな…。今のお前は確かにこのお前よりも大人だな?猫を被っている様だ…」

奴は俺には真似の出来無い、静かで綺麗な微笑みを浮かべた。
お互いにさぞ気分の悪い事だろう。自分の顔をした他人を見るのは。





■第三十五章




俺達は俺の、いや『ユウ・カジマ』の私室に入り、ドアをロックした。
まずは目の前の『俺』の状況の確認が最優先事項だった。
俺が椅子に座り、『ユウ』がベッドに座る。…『俺』がこの部隊に入ってから一度も使っていないユウ・カジマの本人のベッドだ。
ユウが言うには、『無茶を止めるのは辛かった』の一言に尽きた。
俺の体に入った『ユウ』は、余りにもこの馬鹿の自我が強すぎたのか、直接体をこうして動かせたのは初めてだと言う。
その間、声のみでこの阿呆をここまで導いてきたのだから、その忍耐力と指導力には敬服してもまだ釣銭が来る。

「こう言うのも難だが…。『俺』が馬鹿でスマン…。よく生かして連れて来てくれた。…貴官に捧げる謝罪と感謝の言葉も無い」
「…目的を遂げる間に、その手段が楽しくなって、道を見失ってしまったのだろう…。半分は、俺の責任でもある…。気にするな」

『MSを造ってくれ。テストパイロットとして計画をぶち上げろ。必要な時間は、必ず俺が創ってやる。だから生きろ!』と。
その場の雰囲気に酔った、熱くてノリ易い若かりし俺はユウに言ったのだ。
…今は恥ずかしくて良く言えた台詞では無いが。
俺はトリアーエズやTINコッド、セイバーフィッシュで一年戦争初期の戦場を駆け抜けた。
宇宙で、地球上で、ジオンのモノアイどもや体を痛め付けるGと果てしなき格闘を繰り広げた。
宇宙空間では無敵のMSだが、HLV内やガウから降下する一瞬の間は無力になる。
その瞬間を狙って、俺達、戦闘機隊は突撃する。
それを逃せば、待っているのは己の死だ。
神経の何処かが麻痺して、生きているうちに好きな事をやりたがる刹那的な性格にも為る、とユウは言った。

「そうして創った時間で、上層部はMS不要論を振りかざした…。俺達は何も出来なかった…」
「まあ、俺の壊れているのは元々だからな?お前の責任じゃあ無い事は俺が保証するよ、ユウ」

俺はジャブローのモグラどもに向けた殺意を押し殺し、わざと明るくユウに言った。
奴を落ち込ませるのが目的では無い。
飽くまで『俺』の情報が俺は欲しいのだ。
ユウ曰く、『操縦技術は凄いが、MSのハードやソフトについての理解が足りない』『機体の事前点検やちょっとした修理に随分とフォローが必要だった』、『周囲が見えていない』との事だ。
流石の俺でも本人の目前で『その絶好の機会をお前がご丁寧にも潰してくれたんだ』との暴言は恐れ多くて、吐けなかった。

「…俺はブルーに乗り、EXAMを拒否して…こうなった。良く我慢しているな…?あんな胡散臭いMSに乗せられて…」
「胡散臭いは無いな?ブルーは優秀なMSで、アルフはイイ奴だ!マリオンは素直だが、ただEXAMが曲者なだけだ!」
「マリオン?…ブルーに初めて乗った時…俺は女の…少女の声を聞いた…。あれが、EXAMの正体なのか?」

俺は思わず『俺』の、ユウの胸倉を掴んでいた。
右腕を振り上げ、拳を作る。瞬時に俺の腸が煮えくり返っていた。
『マリオン』とEXAMを同列に語ったユウを、俺は何故か、許せなかった。
ブルーに乗ってお前は何を感じたんだよと、無性に問い詰めたかった。
…俺は怒っていた。
同じブルーデスティニーのパイロットとしての共感を俺はユウに無意識のうちに求めていたのだろう。
戦闘を強制されている『マリオン』の哀しみを知っているのかと俺は腹の中で叫び、ユウを放した。

「違う!『マリオン』は、『マリオン』なんだ!『EXAM』じゃあ無い!二度と俺の前で一緒にするな!次は許さんぞ!」
「…どうやらお前は何か知っているようだな…?…良ければ話してくれないか?…急に怒りだす位だ。その理由が知りたい」

俺はユウに慌てて謝罪した。
俺が見た『ビジョン』を奴も見ていたとは限らなかったのだ。
俺の狼狽ぶりにユウの奴は苦笑していた。
『まるで自分の母親か恋人が淫売呼ばわりされたような怒り方だ』と。
俺は少し頭に来たが、構わずに残らず話してやった。
MS戦闘中に俺の体験した一体感や『ビジョン』の内容の全てを。
一時間かけて話したが今の『俺』が目覚める気配は少しも無い。
俺が更に話を続けようと口を開いた時、ドアがノックされた。
腰を浮かせかけたユウを手振りで制止し、モニターを覗くと、失神し続けるモーリンを横抱きに抱えた、アルフがそこに立っていた。
俺はロックを開けアルフと眠ったままのモーリンを招じ入れると、夜の明けるまでEXAMとマリオンの差違について議論を繰り広げた。
俺の戦うためだけに浪費されてしまった青春を再び我が手に取り戻すかのように、熱く、長々と語り続けた。
時の過ぎ行くのも忘れて。





■第三十六章




『そう…EXAMが全ての元凶…。ユウはEXAMのもたらす殺戮の快楽を受け入れず…EXAMは自らに相応しいパイロットをわたしに撰ぶ様に…強制した…。『NTに憎しみを持つ強い魂』を捜す事を…。それが七年後のヤザンさん…』
「俺にこそEXAMが相応しい、か。そうかも知れん…。失うモノなどもうあの時の俺には何も無かったからな…』

出撃待機中のブルーのコックピット内で俺は『マリオン』に一昨日の議論の結果を暇潰し代わりに話していた。
『EXAM』が限り無く臭い、と言う事実をだ。
『マリオン』が今俺に語った事で、その推論は確信へと変わった。
『マリオン』が何か暗い雰囲気を漂わせ始めたのを俺はすぐに『感じた』。
何が気に障ったのか聞こうとする俺を『マリオン』は察し、口籠もりながらも俺に理解し易い様に『言葉』にして伝えて来た。

『酷い…でしょう?ヤザンさんをこんな目に遇わせて…。わたしを…嫌いに…なった?』
「…マリオン…。返って来る答えを知ってて聞くのは、相手の男に自分を嫌な女だと思わせてしまう原因の一つだ。…俺からの忠告だ。もし良ければ覚えて置け。将来、立派な男を捕まえられるイイ女になりたいのならな?」
『わたしは言葉として…聞きたいの…。ヤザンさんの口から…。ねえ、ヤザンさん…わたしは我儘…かな?』
「俺はEXAMに礼を言いたい位だ。偶然でも、オマエに逢わせてくれた。…これ以上はな…俺が照れくさくてな?」
『ヤザン・ゲーブル、GM・ライトアーマー、出るぞコラァ!行くぜェ!ジェロォォニィモォォォォッッ!』

馬鹿が雄叫びを上げてまだ高度も高いと言うのにミデア格納庫から飛び降りた。
空挺作戦か何かと勘違いしている奴に、俺はやり切れなさに硬く目を閉じ、首を左右に振った。
やはり危機を『体験』させなければ『奴』は変わらない。
俺はミデア格納庫の発進作業員の合図を確認する。
OKサインが出た。
…機体への過度の負担は思わぬ事故を呼ぶ元だ。

「…ユウ・カジマ…。BD-1…。出る…」
『ユウ、敵は少ないけれど、気を付けて』
「…有難う…。モーリン…。必ず帰るよ…。君のために…」

俺は議論のついでにユウから徹底的にモーリンへの接し方を『仕込まれた』。
自分の帰るべき身体を傷つけられてはたまらない、とその時奴は俺に大真面目に言ってのけた。
『もしかして気が有るのか?』と俺が聞くと、例の微笑みで巧くかわされてしまったので、十中八九、狙っているに違いないだろう。
…誰の御蔭で俺がいらん苦労をする羽目になったと思っているんだ奴は?
お前は良いかも知れんが、俺が『マリオン』を宥めるのに、どれだけ神経を遣うのかお前は経験した事が無いだろう?
俺の居るコックピットにモーリンが入って来た時なんぞ、危うくビームサーベルで二人まとめて焼き殺される所だったんだぞ?
俺にどう行動しろって言うんだ奴は?
何考えてやがるあのムッツリ…

『あの人が邪魔なら、排除を何時でも出来るわ。『EXAM』の発動の責任にしてしまえばいいもの。簡単よ?』
「…っ…あのなぁ『マリオン』!俺から『悪いコト』を学習するな!それは女の子の言っていい事じゃない!」
『…若い方のヤザンさんは『正直だな』って喜んでくれそうだけど。ヤザンさんのその困惑した顔、好きだな…?』

敵の09の3機小隊に、ライトアーマーが果敢に接近戦を挑んでいた。
飛び廻るライトアーマーの姿に俺は意地の悪い微笑を浮かべた。
ユウとの打ち合わせ通り、事は進んでいる。
…細工は流々で、後は仕上げを御覧ぜよと来たモンだ。
機体を事前点検せずに荒っぽい使い方を平気の平左でする罰当たりの末路は、この俺には痛いほど解り切っているのだ。

『酷い事するなぁ、ヤザンさん…。わざわざ細工してまで同じ目に遭わせるなんて…。同じ『自分』なのに?』
「その甘さが、戦場では命取りになるんだ。ここで修正して置かんと…必ず奴はZと殺り合う前に死ぬだろうな」

ライトアーマーの左膝から煙が上がり、脚部が脱落した。
俺は笑いをこらえながら、100㎜マシンガンを奴の機体の周辺に着弾させる。
…何かと格好を付けたがる『奴』の事だ。
見栄を張ってノーマルスーツの下に『オムツ』をしては居ないだろう。
今頃小便を漏らしているに違い無い『奴』の醜態を想像した俺は、久し振りに愉快な気分を味わった。





■第三十七章




俺はワザとブルーを擱座(カクザ)したライトアーマーに接近させず、100㎜マシンガンでの遠距離戦闘で09を牽制し続けた。
さらに俺は『奴』を置き去りにして後退するフリまで実施した。
敵小隊の一機の09がジャイアント・バズを『奴』の乗ったままの
コックピットに突き付け0距離発射をしそうになった時、流石の俺でも焦って腰部ミサイルを3連射して撃破したが、それ以外の攻撃は09が跋扈するままに任せてやった。
しかし、『奴』のライトアーマーの武器を持っているはずのマニピュレータはビームライフルを保持したまま、何時まで経っても動くそぶりも見せない。
恐らく、完璧に自らを襲う死の恐怖に呑まれているのだろう。

「若造!脚をやられたからと言って、攻撃出来んワケが無いだろう!ガッツの有る所をこの俺に見せてみろ!キン○マ縮み上がらせて『ママン、僕怖いの』と何時まで震え上がる心算だ!このクズが!それでも男か!」

俺は舌打ちをした後に、回線をフルオープンにして奴に言った。
味方の誰もが俺と奴の遣り取りが聞こえる様にだ。
すぐにライトアーマーの持つビームライフルが散発的にビームを射出し始める。
…俺の意図に気が付いたのだろう。
此処で泣き言を言えば、奴はもうへタレのまま生きて行くしか無くなるのだ。
それは『あの頃の俺』にとって死も同然なのだ。
臆病者に無能者の2枚看板を背負って生きていくには、まだ『奴』は若過ぎるのだ。
奴は泣いているだろう。
間違い無く出撃前に自分の目で機体のコンディションを確認しなかった己の『甘さ』と『迂闊さ』を悔いている。

『…堕ちろ…堕ちろよ…堕ちろぉぉぉぉぉぉぉッ!!俺はまだ、死にたくネェ、死ねネェんだヨォっ!!糞ォッ!』
『ヤザンさん…もう…あのヤザンさんを助けてあげて…!大きな恐怖が…あの人の思念が…もう少しでっ…!』
「…『EXAM』が発動するのか?!解ったマリオン、もう少しソイツを抑えて置いてくれ。…すぐに片付ける!」

通信回線を通じて聞こえる『奴』の絶叫に笑いが止まらなかった俺は、『マリオン』の告げようとする内容に慄然とした。
…奴の恐怖に、『EXAM』が共鳴し始めているのだ。
『マリオン』が俺を救った時に言った、『生きたEXAM』と例えた言葉が、俺の若い頃の顔と二重写しの様に俺には重なって見えた。
俺が09を仕留めようと100㎜マシンガンを構えたその時、突然耳にあの虫の羽音の様な唸りが聞こえた。
コンソールと前面モニターの両方に紅い表示が明滅する。

「何ィ!『マリオン』っ!どうなっているんだっ!『EXAM』が、動くぞ?!こんな事は聞いていないぞっ!」
『魅かれているのッ!若い方のヤザンさんの過大で純粋な恐怖にっ!もう…駄目ェェェェ!怖いのは嫌ぁッ!」

『EXAMSYSTEMSTANDBY』とシステム音声が無情に告げた。
俺の意識が宙に飛び、ブルーの高い視点に引き上げられ固定される。
09のヒートサーベルで焼かれた風の匂いが俺の鼻をくすぐり、大気を震わせるジャイアント・バズの轟音が俺を不快に苛立たせる。
何よりも強い破壊への欲求が俺の心を蝕んで行く。
背後からかすかに、『止めて』と哀願する少女の声が聞こえて来るが…俺は、あえて無視を決め込んだ。
自分の浅ましい衝動が目の前の奴等で満たされる事を思うと笑みまでこぼれて来る。
堪らなく、いい気分だ。
俺を制止し続ける少女の悲痛な叫びさえも、今の『俺』にはただの破壊への心地よいプレリュード(前奏曲)に聞こえた。
殺せ、壊せ、命を奪え。
お前の餓えを満たす物はそれのみだ、と。
俺は100㎜マシンガンのトリガーを爆発的な歓喜とともに絞った。
迫り来る後続の09小隊と、哀れっぽく叫び、不快な『感じ』を垂れ流し続ける、『味方である』GM・ライトアーマーに照準を向けて。





■第三十八章




俺は射撃時に出る反動を利用して、左から右にかけて100㎜マシンガンの射線を真横に流して行った。
通常弾の中に、5発に1発の割合で射線確認のため装填されている曳光弾が、オレンジの光の尾を曳いて、09の群れの中に踊り込んで行く。
その砲弾は09のコックピット付近に狙った様に吸い込まれ、命中する。
擱座(カクザ)してちょうどその高さに存在したライトアーマーの頭も、射線の終点に位置していたため、巻き添えを食って吹き飛ばされた。
…『俺』に伝わる恐怖が、5割増しになって更に不快感を倍増させる。
…泣き叫ぶのに疲れたのだろうか?
…『マリオン』の声が今の俺の耳には最前から聞こえて来なかった。

「情け無い奴!それでもヤザン・ゲーブルかっ!たかがメインカメラが吹き飛んだ位で…!」
『…どんなに愚かでも…。情け無くても…。誰も自分で自分を辞める事は出来無い…!』

『マリオン』の鋭い声が狂気にはやり立つ俺の耳を雷鳴の如く打ちすえた。
09がヒートサーベルを抜き、ホヴァーを利かせて左右から俺を挟み撃ちにしようと突き掛かる。
…危うく胴体を串刺しにされる所だった。

「…どう云う事だっ!何が言いたいんだ!俺に何を求めている、『マリオン』ッ!!」
『今のヤザンさんはあのヤザンさんとは違うっ!同じだけど違うのっ!今のヤザンさんには簡単な事でも、あのヤザンさんには難しい事だってあるのっ!確かに格好悪いかも知れないけれどっ…』

バックパックのスラスターを吹かし、急発進して回避した俺は、急制動できずにお互いを貫いてしまった09のパイロット達の断末魔を『聴いた』。
『間抜けどもが』と俺は腹の中で一言毒づき、次の獲物を探す。
飛ぶように加速し続ける爽快感が、『マリオン』の言葉から生まれた疑念を、俺の心の中より洗い流して行く。

「…そらそらそらそらァ!そんな勢いだけの下手糞を構うよりっ!この俺と踊れィ、09!」

動かないライトアーマーを鹵獲しようとする09を、俺は疾走しながら胸部バルカンと腰部ミサイルで追い散らす。
09の、のけぞる様が糸の切れたマリオネットを思わせ、俺をニヤリとさせる。
あのダルマは踊る事を最早出来まい。
俺に要らぬ手間を取らせるライトアーマーの『奴』の存在が不快感の源なのだ、としきりに頭の中の誰かが囁く。

「…ああ、そうだな…。こんな泣き叫ぶしか能の無い奴が…俺であるはずが無い…。消してしまえば…俺は…」

動く物が最早俺しか居なくなった戦場に残る唯一つの不快感の塊が、この半壊したGM・ライトアーマーだった。
俺は片膝を付いたままのライトアーマーのバックパックに、ビームサーベルのビーム発振部分を強く押し当てた。
ここでビームを発振させれば、推進剤に火を付け、コックピットをそのまま貫いて、『奴』を完全に抹殺できる。

『…誰もが最初から上手な人は居ないっ!完璧な存在でも無いっ!憎まないでっ!!無力な自分をっ!!』

俺は『マリオン』の叫びと同時に、瞬時に覚醒した自分に気が付いた。
薄ら笑いを浮かべ、抵抗出来ない自分を焼き殺そうとした俺に。
強張る指を、俺は握り締めたままのスティックから一本一本、無理矢理に引き剥がした。
指の力加減を間違えたら最後…『奴』は生を此処で終えることになるのだ。
それは俺の目的とする処では…無い。
『EXAMSYSTEM』の紅い文字表示が、恨めしそうに前面モニターとコンソールに2、3度瞬くと、あっさり消えた。

「…忘れていたよ…『マリオン』…。過去の自分を認めなければ…今の自分は無い。全部ひっくるめての…俺だ」
『…わたしはきっと…ヤザンさんなら気付いてくれると…信じていたから…呼び続けたの…でも…自信が…』
「ああ、聞こえていた…。もう、『EXAM』には呑まれん。…済まなかった…有難う…『マリオン』…」

ライトアーマーの開いたコックピットから、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした『俺』が、不安そうにブルーを見上げているのに気付いた俺は、ゆっくりとブルーの左手を差し伸べた。
しっかり『教育』を施してやるために。





■第三十九章




俺は『奴』を連れ帰り、ブルーをアルフに任せると、すぐに『奴』を人目に付かない様にシャワールームに押し込んだ。
『奴』の下着と軍服を用意して、俺は『奴』に声を掛ける事無く立ち去ろうとすると、意外にも『奴』に呼び止められた。
かすかに漂うアンモニア臭が、俺の『奴は小便を漏らしているだろう』と言う予想を、確実に裏付けていた。

「何故…オマエは俺を庇う?誤射で俺を殺しても、文句が出ない状況だったし、オマエに…その…憎まれているつもりだった…。今の情け無い俺をワザと人目に晒す事だってオマエは出来たはずだ。…俺にそんなに恩を着せたいのか?」
「…礼は期待しては居ない。オマエがこの出来事で学んでくれた事があったら、今の俺は嬉しい。…それだけだよ、曹長」
「…信じられんが…『声』が、言っていた…。…笑うなよ?オマエは…本当に…俺…『ヤザン・ゲーブル』なのか?」
「軍に志願する際に、周りの人間に同情されるのが嫌で、ニューヤーク出身って書いて、そのまま通っているはずだな?どっかでテストパイロットやった時、技術者を庇って上の馬鹿どもに爆弾発言かまして最前線送りになった世渡り下手、そして何時も撃墜数リストで自分の上に有る奴の名前を見て悔しがってたな…。家族構成は祖父、父母、弟。実家は…オーストラリア、シドニーだ。小さな頃、ハンティングが趣味の祖父と一緒に北アメリカに旅行してニューヤークに土地勘があった。出身地の偽証や土地の訛りや地名や地区の様子は全部祖父からの知識の受け売りだ…。違うか?曹長?」

俺がここまで語り終えた時、急に奴はシャワーブースの扉を引き開けた。
蒸気と共に現れた『奴』の、見たくの無い所まで、しっかりと観賞する羽目になり、驚愕する『奴』を尻目に、俺は苦笑いを隠せなかった。
俺は奴にバスタオルを投げ渡した。

「…隠せ。男相手に自慢するモノでも無かろう?オマエの『俺』…ヤザン・ゲーブル曹長…?」
「本当に…俺…か?アンタは…その…?正真正銘…ユウ…カジマにしか…見えないンだがな…」
「まずはそれで体を拭け。俺は報告書が、オマエは始末書と各所掌への謝罪周りが待っている。この俺も付き合ってやる。大人しく、俺のやり方を見ていろ。それが終わったら全て話してやる。…オマエに何が起こるか、俺に何が有ったかを」
「…済まんが、もう少し、待ってくれ。ノーマルスーツを…その…な?素人じゃないから…解るだろう?」
「…待ってやる。ちゃんと熱湯でやるんだぞ!匂いが残ってるとすぐバレる。…しっかり洗えよ?」

あわただしく身支度を終え、ノーマルスーツを乾燥室へぶち込んで息を切らせている『奴』を引き連れ、俺は索敵班を始めとする部隊各所掌へ頭を下げに行く『巡礼』に出かけた。
『ウチの新人が迷惑を掛けた』と、MS戦隊長である俺が真っ先に謝罪すれば、後から出てくる各部署からの不平不満は最小限で済む。
勿論俺が『奴』のリーゼントを掴んで下げさせたのは言うまでも無いだろう。
この場合、積もり積もった奴のこれまでの『悪行』の御蔭で、俺の『誠意』だけでは足りなかったのだった。

「これで解ったろう?オマエ一人で戦争をやってる訳では無い事をな…」

俺が報告書を書き終え、奴の私室を訪ねると、奴は早速、手にGMの整備に関するファイルを拡げ、端末の前に座っていた。
目覚めた『奴』の学習能力の高さに、俺は満足して頷いた。
『奴』がベッドに座る様、俺に勧めた。俺は遠慮無く座る。
俺は『まず聞け』と釘を刺し、俺の体験を『奴』に話し始めると、『奴』はメモを取る許可を求めた。
俺は言ってやった。
『お前はそんなに馬鹿だったか?』
それから二度と『奴』は無駄口を叩かなかった。
俺が話し終える頃『奴』は俺に言った。

「…俺は『アンタ』に勝ちたい。だから言う事を聞く。これから指示にも従う。だが忘れてもらっちゃあ困る事が一つ…」
「『ヤザン・ゲーブル』を舐めるな、だろう?誰にモノを言っている?『ルーキー』?…根を上げるなよ?若僧?」

俺達はガッチリ握手を交わした。奴は『今の俺』を超えるために。
そして俺は『過去のZ』を『奴』に超えさせるために。





■第四十章




俺は着陸したミデアからブルーが勢い良く飛び出てくるのをホバートラックから眺める。
『奴』の本来の乗機「GM・ライトアーマー」は、結局、『奴』が乗るブルーが回収する事になった。
コックピットとマニピュレータと片足は無事なので、「何かのパーツ取りに使える」と俺が判断しての決定である。
正直、『奴』にブルーを、いや、『マリオン』を預けるのは、今の俺に取って、大変に勇気の要る行為だった。
『奴』はEXAMを発動させているのだ。
…『奴』が未だに『大人に為り切れない、子供染みた純粋な感情』を持つが故にだ。
俺は苦り切った顔で、忍び笑いを見せるモーリンからヘッドセットを受け取り、耳を済ませた。

『ヒャッホウ〜!こいつぁ凄ェ!ちょっとペダル踏んだだけでビンビン動くぅ!』
「…遊ぶな糞野郎!ブルーは俺のMSだ!とっととライトアーマーを回収しろ!」
『もう少しイイだろ?な?お…じゃなかった、ユウ中尉…?あと十分!頼む!』
「命令を読んだな?作業完了時刻は何分だ?遅れた時間×10回の、プッシュアップ(腕立て伏せ)決定だ。俺は容赦せんぞ?早くしろ!ヤザン・ゲーブル『曹長』!」

奴が息を呑む様が大きく俺の耳に響く。
『マリオン』の、『本当に嫌そうな顔をしている』との報告が、俺の心に届く。
間髪入れず、『五月蠅い、余計な事言うな!』と『奴』が慌てて『マリオン』に口止めしているのがまた、微笑ましい。
『奴』はどうやら、急速に『何か』に目覚めつつ有るらしい。
『俺の存在が、トリガーになった』と『マリオン』は言ったものだ。

『生命の危機と、プレッシャー…。ヤザンさんは、あの『曹長さん』に『EXAM』で増幅された『それ』を感じさせてしまった…。秘められた『因子』が、動き出したの…』
「…そうなると、俺は、どうなるんだ?『マリオン』?…俺は、『俺』では…」
『無くならないわ。どういう風に、いつ発現するかは…わたしにも…解らないから…』

俺の短い回想を、けたたましい音と震動が瞬時に破ってのけた。
『奴』がGM・ライトアーマを取り落としたのだろう。
上がった土煙がホバートラックを覆い、風で舞い上がった土砂が装甲板を叩く甲高い音が俺を苛立たせた。
頭の中で毒づいた俺の言葉を、多分『マリオン』は細大漏らさず伝えている事だろう。
現にもう、『うへぇ〜…勘弁してくれよぉ〜…』と『奴』が零していた。

「『曹長』!丁寧にやれと言ったろうがっ!俺に勝つまでシミュレータ漬け、決定だ!」
『…せめて、ダメージ半分まで減らせたら、で…。前回、瞬殺されたばかりなんだぜ…俺…』

盗み聞きしているモーリンが、額を押さえる俺の傍で、大っぴらにコンソールを叩いて笑い転げていた。
『奴』相手に漫才をするつもりは無かったが、どうも他人に言わせると『そのもの』らしい。
俺はこの時間を思い出さない時は無いだろう。
『若かりし俺』を鍛えた、笑いが絶えなかった日々を。

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