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ヤザン−ユウ 081-090

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■第八十一章




『何だ…此処は…?』

俺は、ブルーのコックピットに居た筈だ。
…星空。
妙に『蒼い』宇宙(ソラ)の中に、俺はシートに座った格好のまま、漂っていた。
俺は自分の身体を意識し、胸を見た。はだけた胸に懐かしい、ブルータートルのタトゥのシールがある。
着ているのは特注の、イエローのティターンズ仕様の軍服。
…間違い無く、『俺:ヤザン・ゲーブル』の身体だった。

『戦いだけが…ヤザンさんの出来る事じゃ無いのに…!』
『マリオ…ン…なのか?』

ヴィジョンで垣間見た、少年にも似たその姿態。
まだ『女』の特徴を備えて居ない、胸。
繁みの蔭りがまだ薄い、陰部。
俺と同じ人間のモノなのかと一瞬、疑わせる透き通る様な、きめ細かで、白い肌。
その背には…純白の翼が有った。

『罠を噛み破ったつもりでいないで!本当のEXAMの狙いは、違うの!』
『殺らなければ殺られる!それが闘争だ!違うか、マリオン!?俺はそうして、生き残って来た!』
『相手に実体が無いのを気付いているのに、どうしてヤザンさんはビームサーベルを発動させたの?!』
『チャンスなんだよ!奴を…ALEXを墜とす、唯一の機会をパイロットとして逃せるか!』

俺は顔中を口にして、唾が飛び散るのも構わずマリオンに向かって怒鳴った。
マリオンの眉が悲しげに顰められた瞬間、俺はある事実に思い当たった。
待てよ…。俺はALEXのコックピットが腹部に有る事を見抜いた筈だったが…!?

『…気付いて…くれた?…ヤザンさん…?』
『俺の『兵士』としての、『戦士』としての本能を機械どもは利用したと言う事か…たかがゲームに熱く、成り過ぎたようだ』
『此処は…何処だと思う?ヤザンさん?』
『さあな。俺にとってのパラダイスでは無い事は確かだ。…天使は居るが、敵が居ない』
『人は…解かり合える存在…そして…繋がる事の出来る存在…』
『俺は…俺は解かられたくは無い!理解される事は、負ける事だ!俺は嫌だ!理解されれば、俺は複製可能な、誰にでも替わりが勤まる存在に為ってしまう!本当の『消耗品』に為ってしまう!俺は御免だ!解られて堪るか!』

閃光と共に、宇宙(ソラ)の景色が収束して行く。
俺が最後に観た物は…マリオンの哀しげな表情だった。
喉の渇きが、俺を苛む。
ひり付く喉が水分を欲しがっているのだ。
…ビームサーベルの光の刃が見える。
もう少しで、俺は自分をコレで焼き殺し、宇宙のチリへと変えていたのだ。
タイマーのカウンターは何故か、俺が覚えていた時間のままだった。

「何だったんだ…アレは…?」

俺がビームサーベルを収束させると同時に、モニター、計器類の光が一斉に消えた。
タイムアップだ。ゲームオーヴァー。
しかし、俺は生きている。
…機械どもに、俺は勝利したのだ。
兵士に取って、生き残り、また次戦を戦う事こそが勝利なのだ。

「残念だったなEXAM!俺は…俺は生きているぞ!生きて此処に居るぞ!ハッハハハハ!」

暗闇の中、俺は一人で笑い続けていた。
別にトチ狂った訳では無い。
ささやかな、機械どもに対する勝利宣言と言った所だ。





■第八十二章




俺が笑い狂っている最中に、突然、コックピットが揺れた。
どうやら、外部からの接触らしい。
敵だろうか?味方か?
俺は笑いながら計器を確認するが…完全に機能を停止したブルーのモニターやセンサーは、何も答えてはくれなかった。

『…中尉?どうしたんだ?何か可笑しい事でもあったのか?それとも…』

どうやらアルフの奴が気を利かせて、『曹長』のGM・ライトアーマーを機能停止したブルーの回収に寄越したらしい。
接触回線(お肌の触れ合い会話)だ。
『曹長』、『若い俺:ヤザン・ゲーブル』の声が暗闇の中に響く。
それとも、の後は馬鹿でも想像出来る。
狂ったのか、と聞く気だ。
阿呆が、この位でこのヤザン・ゲーブルの精神が参ってしまうものかよ!

「ハン?至(いた)って快調だぞ?ルーキー?見たか?俺とユウのMS戦闘を!シミュレーターでヒィヒィ言ってる餓鬼には、刺激が強すぎたか?ン?ところでジオンのお馬鹿さん小隊どもはもう撤退したのか?俺は確認出来んのだ。計器ぐらい、読めんとは言わさんぞ若僧?さあ、俺にその足りん脳味噌で教えろ。可及的速やかにだ!」
『言いたい放題言いやがって…。自信満々だよな、いつも…。俺は本当にアンタに為れるのか、イマイチ自信がなくなって来たぜ…。目の前にダルマになった09が居るが、どうする?止めを刺すか?スコアは当然、俺のモノになるだろ?』

アナベル・ガトーの09の成れの果てだ。
幻影のALEXとの戦闘の巻き添えを食った、哀れで間抜けなな連中の一人だ。
後のデラーズ紛争の芽を摘むのには、『曹長』に『撃て』と一声、命令すればそれで終わりだ。
しかし…それでは困る。
ティターンズが成立しなくなるのだ。
83年代からの唯一の連邦軍実戦部隊、ティターンズが無くなれば…『曹長』の経験を積む場所が無くなってしまう。
実戦で得られる『緊張感』は、訓練では絶対、再現出来ない類のものだ。
俺の目的は…!

「…放って置け。残飯漁りに興味が有るなら無理は言わん。浅ましく俺のお零(こぼ)れを頂戴しろ」
『けッ!そこまで言われて、『ハイそうですか』と頂く俺、ヤザン・ゲーブルだとアンタは思うのかよ!?』
「違うのか?フン、成長したなルーキー。勿体無いが、褒めてやろう。だが、実戦は違う。敵は殺さねば、な」
『…アンタってイマイチ、矛盾してるよな…。あ、ああ、撃たないよ!…怒ってるのが解るってのも嫌な気分だぜ…』

未来のコイツにZを撃墜させる事だ。
そのためならば、何人死のうが犠牲が出ようが知った事では無い。
個人的な良心、連邦軍人としての良心は痛むが、それだけだ。
ここで09を落とせば、極端な話、Zは居なく為ったも同然だ。
エゥーゴも過激な行動を取らなくなるだろう。
そしてヤザン・ゲーブルは…!
飽くまで仮定の話だ。
俺は戦士で居たい。
死ぬまで。いや、死んでも、戦士でいたい。
戦い続け、そのスリルに身を置いていたいのだ。
それこそが…俺を俺で居させてくれる。

「シャンパンは冷やして有るだろうな!ブルーの宇宙戦の初勝利だ!後でデータ、見せてやるからな、『曹長』!」
『へーへー『中尉』、精々楽しみにしときます…っと、フィリップ少尉、サマナ准尉、そおっと頼みますぜ!」

俺はその『曹長』の言葉に興味を抱き、コックピットハッチを開放した。
格納庫で、フィリップとサマナのGMに丁度、ブルーが抱きかかえられて支えられる所だった。
…俺は、生きて還って来たのだ。
ブルーとともに。そう、仲間たちのところへ。





■第八十三章




祝勝会はごく簡単な、パックの配布で終わった。
…宇宙空間で、それもMSデッキで瓶詰めのシャンパンなんぞ開けた日には、清掃だけでかなりの労力を割かれてしまう。
ましてや『ブルー』の整備に『命』を懸けるアルフはそんな『暴挙』を金輪際、許可するワケが無い。
奴は『ブルー』をオーヴァーヒートさせたとネチネチ小一時間嫌味を案の定…垂れ続けてくれた。
それを見るに見かねたキタムラ伍長の援護射撃は逆にアルフの逆襲を喰らい…彼女は泣いて出て行ってしまった。

「…アルフ…ブルーの緊急停止は俺の責任じゃあ…」
「…皆まで言うな。頭が痛くなる…。オカルトだな…。それより、軍医のメディカルチェックは済んだのか?」
「あのセンセイ、苦手なんだよ…丸っきり俺を珍獣か実験動物か何かだと思ってる」
「それか狂人扱い、かもな…。無理も無い。幻覚を見たとしか、事情を知っているオレにも思えんからな」

俺は咥(くわ)えていたスパークリングワインのパックのストローを口から離し、思い切りむせた。
やはり、コイツに話したのが間違いだった。
ガンカメラを再生中に、『どう見ても、EXAMのオーヴァーヒートでは無い様だが』とアルフが言うので渋々、マリオンに『遭遇』した話をしたのだ。
その途端、アルフの奴…コックピットの中のメディカルパックの無痛注射器の中身を確認したのだった。
…オイオイ…俺はジャンキーではないし、第一、クスリに頼る程、軟弱でも無い。

「…アタマがメルヘン風味にイカれた訳では無いさ。だが、俺は見たんだ!白い翼を生やした少…」
「ここに居たのかねユウ・カジマ君!捜したよ!」
「…ハサン軍医…彼の脳にEXAMのもたらす、悪影響は出ているのか…?」
「糞、アルフ!俺を売ったな!MSを降りてまで、モルモット扱いは御免だぞ!」

EXAMは大量の『情報』を俺の五感に送り込む。
俺の、いや、ユウの脳が耐え切れる方が事実、不思議な程なのだ。
メディカルスタッフなど何時、乗せたのかとアルフに怒鳴った俺は当然…医者嫌いでも有る。
強化人間を連想するのだ。
ギャプランに乗っていた時もそうだった。
当時、強化人間よりも優秀な成績を叩き出す俺に興味を持ったのだろうか、
オーガスタ研から来た白衣の奴等が血液やら髄液やらバイタルサインやら、俺の全てをモニターして行ったのだ。

「待ちたまえユウ君!何処へ行く気だね!」
「あばよハサン先生!コックピットに用事が有るんだ!済まないな!」
「ヤザン!まだブルーは整備中だ!…後五分くれ!」
「?ゲーブル曹長は就寝中の筈だが?カムラ大尉?」
「…軍医…オレに栄養剤を下さい…。どうやら疲れているようだ」

…マリオン。お前は人間…だよな?俺はまだ、人間で居たいんだ。
俺は人間以上の者には為りたくは無いんだ。
何故、翼など生やす?何故、自分自身で有ろうとしない?
…俺はそれを伝えるために、『ブルー』のコックピットを目指し、整備デッキ内の無重量空間を真直ぐに流れて行く。
遙か下からハサン軍医の大声が聞こえて来る。

「このままシステムに依存し続けると、君の脳に重大なダメージが残る事になるのだぞ!」

…その前に、決着は付ける事が可能だろう。
俺の眼前で『ブルー』の両眼が赤く輝いた。
奴が、二ムバスが…居る。





■第八十四章




その瞬間、俺を誘(いざな)うが如く、ブルーの胸にあるコックピットハッチが勝手に跳ね上がる。
俺に今すぐに乗れ、と云わんばかりにだ。
…ヘルメットに装着する各種ケーブルが漂っていた。
何故かそれは俺と『ブルー』とを繋ぐ鎖に見えた。

「…お前の方から、俺を呼ぶとはな、EXAM…」

俺が数本のケーブルの中から最初に撰んだのは、『赤』のケーブルだった。
ヘルメット後部に有る『ジャック』にコネクターを差し込むと…ある光景が『観えた』。
補給艦、『コロンブス』の艦隊だ。
護衛は数十機の『セイバーフィッシュ』。
MSも数機、居る。
先行量産型GMの宇宙用、通称『E型』だ。
まあ、補給部隊だからな?二線級の兵力で護衛していても不思議では無い。

「何故…こんなモノを見せる…?」

訝(いぶか)り、怪訝に思いながらも俺は次のケーブルをヘルメットに接続すると…聞き覚えの有る声が聴こえて来た。
それは二ムバスの、声だった。
しかし、それは俺が知っている、いかにも大仰で憎憎しげで高慢ちきな喋り方とは違っていた。

『隊長!ここであの部隊を見過せば…!味方の後背が危機に晒されます!我が部隊の戦力を全て傾注すれば…!』
『二ムバス中尉!隊長は私だぞ!部隊を、キシリア様より預かったこのMSを、無駄に損耗する事は許されんのだ!』
『…味方が、危機に陥るのです、隊長!同じ理想を掲げる。我がジオン公国の同胞が…』
『くどい!…あの部隊の先に展開しているのはドズル中将隷下の部隊!我々には関わりの無い事、予定通り撤退する!』

これは多分…『奴』の…二ムバスの…記憶だ。
そうに違いない。
確かあの時、BD-3強奪時には、クルスト博士は奴に『大尉』と呼びかけて居た筈だった。
見ている光景は宇宙。
そして周囲に居る06は高機動TYPEでは無い06Ⅱに、旧型の06も混じっている。

『貴様の様な屑が居るから、戦争は終わらぬのだ!消えろ!』
『…よせ!二ムバァァァァァァス!な、お、お前達まで…や、止め…うわああああああああああ!』

オイオイ…部隊の皆で隊長を撃っちまうのかよ…それも隠密の偵察行動中に…?
軽率過ぎるんじゃ無いのか?これじゃあ…

『クルト…?!オネーギン…!サイラス!ドネルまで…!何故…何故お前達まで撃ったのだ!』
『ずっと俺達は一緒にやって来ただろう?なあ、『騎士の中の騎士』殿?これで隊長はお前だ。さあ、どうする?…決まってるよな?』
『…済まない…。では、行くぞ!『薔薇騎士団(ローゼンリッター)』、全機突撃!目標は敵、輸送船団!』

何て絵に為る光景だ!
まるで宣伝映画でも見ている気分に俺はさせられた。
ここまで仲間に恵まれた奴がどうしてああもイカレた雰囲気を漂わせるのか?
…まあ06の5機編成なら、腕のイイ奴ならば殲滅には梃子摺らんだろうな…ってオイ、コロンブスから出て来るのは…!
GMじゃ無いか!それも新型、現行機種のRGM−79だ!
…墓穴を掘ったな、お前ら?殺された隊長こそ、幸せだったかも知れんな?

『理想も理念も無い連邦の雑兵どもに、俺達、『ジオンの騎士』が遅れを取るものかよ!なあ、二ムバス!』
『ああ、我等こそがジオンの理想を体現する、『撰ばれし者達』なのだ!こんな雑魚如きに、我々が…!』
『ドネル…ドネルッ!糞!奴等!1機に5機がかりで!待ってろ、今…!?』
『クルト、危ないッ!』

助け合いながらも、06はまた1機、また1機と撃墜されていった。
二ムバスが最後の補給艦を撃沈した時、辺りは残骸が漂うのみに為っていた。
…ジオンのアナクロニズムに被れた奴等のくせに、中々、やる。
俺は真剣にそう思った。
物量を質で凌駕する奴等は、俺は個人的に嫌いでは無い。

『はは…やったぞクルト…?クルト…どうした?』
『…悪いが、一発喰らっちまった…。俺の機体は持つが、生憎俺の身体は持たんみたいだな…?』
『何を言う、クルト!私が艦まで連れて帰る!待っていろ!そんな物、かすり傷だ!』

突然、目の前のビジョンが消えた。
訪れた暗闇に戸惑う俺に、声のみが響く。
…現在の、ブチ切れ感タップリの『奴』の声だった。
…二ムバスだ。

「…連邦の闘士よ…!私はサイド5、××バンチの廃棄コロニー付近の宙域で貴様を待っている!勝つのはジオンの騎士たるこの私だ!」

…ああ、解ったよ騎士様。
このビジョンの続きはきっと、戦闘中に『EXAM』が見せてくれる事だろう!
しかし勝つのは俺なんだよ!悪いな!





■第八十五章




「カムラ大尉、『中尉』は眠ったか?」
「ああ…。コックピットで眠っているだろう。しかし、彼が完全にオレの事を忘れているとは思わなかったが…」
「7年前の出来事なんてなぁ、思い出す方が難しいさ。『中尉』は歴戦のパイロットだぜ?『中尉』が覚えているのは、どっかの誰かさんだか知らんが『技術者を庇って激戦区へ異動命令を喰らった』事だったがね…」

『ブルー』を見上げるアルフ・カムラは、若干眩しげに目を細めた。
RX−79、そして、RGM−79の隠れた開発功労者である『テスト・パイロット』が現れたのだ。
アルフは男に向き直る。
…そう、若き『ヤザン・ゲーブル曹長』に。

「…久し振りだな?『命知らず』…。ジオンの『ザク』を超えるMSは約束通り、完成させたぞ?」
「フン、『パイロット殺し』がよく言うな?一緒に無能な奴等を叩きのめした事を、俺はまだ、忘れてないぜ?」

陸戦型ガンダム。
RX−79が短期間で開発されたのには理由が有った。
RX-78の候補は一機では無かった。
宇宙軍主導、空軍主導、海軍主導、海兵隊主導、そして陸軍主導で、開発が行われていた。
結局、宇宙軍の強くプッシュするタイプが『RX−78』のナンバーを与えられ、現在はその開発者の息子が大戦果を上げている。

「失われた…機体の…つもりだったが…偶然とは怖ろしいものだ。レイ大尉が行方不明に為り…廃案となったオレの…プランが見直されるとはあの時…夢にも…思わなかった…。それは今…こうして『ブルー』となって…」

遠い目でアルフはまた、『ブルー』を見上げる。
まだ艶やかな装甲が、マット塗装をしているにも関わらず照明を鈍く反射していた。
鮮やかな『蒼』がアルフの目を射す。
陰鬱な表情が常の、アルフの口元に珍しく、微笑みが浮かぶ。

「コンペティションの悲劇、アレが無けりゃア決定的だったさ。アンタの候補作とレイ大尉のプロトタイプ。アンタの奴に乗ってた奴が、間抜けにも外に出なくて、そしてプロトタイプの故障による『コアファイターの脱出』と云う、恰好のデモンストレーションさえ、無ければな…。そして、あの間抜けがプロトタイプの爆発に巻き込まれて…」
「死んで居なければ、か。全ては仮定に過ぎん…。ともかく、能力と腕を疑われていた当時、進んでオレのRX-79に乗ってくれたただ一人の『まともな』テストパイロットが、オマエだよ…『曹長』。今でも、感謝の言葉も無い」

『ブルー』を見上げたままのアルフから視線をそらした『曹長』は、ニヤリと笑って駐機したままの宇宙戦闘機を見る。
MS格納庫兼、宇宙戦闘機格納庫。
多分使われないままであろう『セイバーフィッシュ』が2機、員数合わせのために配備されている。
…独立部隊の体裁をでっち上げるための『書類的処置』だろう。
贅沢な事だと『曹長』は思った。
一言で言えば『無駄』そのものだ。
しかし、今回はそれが生きるのだ。
『曹長』はもう少し、思い出話を続ける事にした。





■第八十六章




「レイ大尉が居なくなった途端、お偉いサンは掌を返したように『量産型を君に頼みたい』だからな?断ろうとしたオマエの口を塞いだこの俺に感謝すべき所を、なんと嬉しい事にまぁた最前線送りにして…戦闘機乗りにした…」
「フン、オマエが高官の事をモグラやらハゲ頭などと云うからだ。最前線を戦う兵士のために開発をしているんだ、と云うオマエの主張は間違いでは無いが、お役人に染まりきった軍高官には面白くは無いだろうよ、『曹長』…。そんな話を持ち出して、一体このオレに何をさせたい?それは『ライトアーマー』の整備よりも大事な事なのか?」

アルフは『曹長』を睨み据えた。
『曹長』も睨み返す。
数瞬の沈黙の後、どちらとも無く笑い出す。
RX−79のテストの際には、この後には必ず罵声の応酬、そして拳と脚蹴りを交えた会話が始まったものだった。
『反応が鈍い』と言えば、『オマエの操作が繊細さに欠ける』、『装甲を削りたい』と言えば『機体の剛性を下げる気か低脳』と、それはもう、日常茶飯事であった。
…別れの日が、テストパイロットの任を解かれた『曹長』の即時異動が発令されるまでは。

「ライトアーマーの、機動性を上げたい。出来れば…『ブルー』を超える『速さ』を手に入れたいんだ…。今の俺で、『中尉』に勝てるとは思えん、だが、せめて、機体性能だけでも追いつきたいんだ!…頼む、カムラ大尉!」
「…プランは?考えて居ないオマエでは無いだろう?『アレ』を使うのだな?それに、修理用のこの戦艦のフレーム…。出来ない事では無いが…大丈夫なのか?オマエの主張する『信頼性』に著しく欠けるのだがな?」
「俺は宇宙戦闘機乗りだ!想定されるGはかなりのモンだが、構うものかよ!推進系の計算ならやってある!」
「…見せてみろ、オマエのプランを。話はそれからだ」

『曹長』は無言で紙資料をアルフに手渡した。
下手糞な図が目に飛び込んでくる。
×字上に組まれた戦艦のフレームの一部と、『セイバーフィッシュ』から取り外したスラスターが組まれた姿がそこに描かれていた。
『曹長』はこの装置をライトアーマーのバックパックに連動させる気らしい。
ソフト解析も可能なBDチームを乗せ、工作機械も揃っている戦艦ならば…

「半日だ。半日呉れ。悪いが、テストは実戦に為るかも知れんがな、『下手糞』。それで良いか?」
「頼んだぜ、『ヘボメカニック』!信じてるからな!」
「ヘボは余計だ、この馬鹿が…」

『中尉』が指示した目的宙域への到着までには間に合うだろう。
これは絶対、徹夜仕事になる。
アルフは喜び勇んで走り去る『曹長』の背に静かに微笑みかけた。
恩は返すぞ、と遠ざかる姿にそっと、囁くように呟いて。





■第八十七章




…これは、俺の夢だ。
見て直ぐに解る。俺は眠っている。
そうだ、夢だ。
…いや、過去の記憶だ。

『よくもお兄ちゃんを…!覚えてなさい!いつか必ず…殺してやるから!ティターンズの犬!』
『俺は犬では無いぞ、お嬢ちゃん?ヤザン・ゲーブル中尉だ。敵の名前ぐらい、キチンと覚えて置け!』

0085、サイド1、30バンチ。
当時既にティターンズに入っていた俺はガス注入には参加をしなかったが、胸糞の悪い作戦だった。
コロニー内で決起した暴徒に『無力化ガス』を注入する名目で、かなりの部隊が動いていた。
俺はと言えば、その効果確認を命じられ、2人の部下と共にハイザックで潜入していたのだ。
潜入する際、味方が運んでいたボンベを視認した。
表示用の塗装を剥がされてはいたが、その形状は俺の頭の中に叩き込まれていた物と同じだった。
『G−3』。

『…鎮圧だと?…これでは唯の虐殺だろうが!ダンケル!ラムサス!…解って居るな?俺達は軍人だ!』
『ハイ!ヤザン隊長!急ぎましょう!通信を傍受したら、ガスの注入準備は終わったそうです!』
『速やかに民間人を逃がす!了解しましたよ!ゲリラの巻き添えにはしたく有りませんからね!』

あの当時のティターンズ…少なくとも、30バンチが始まる前のティターンズ主流派には、真っ当な理念が有った。
スペースノイドとて連邦市民であり、最小限の犠牲で済ます。
それを忘れては居なかった。
…この事件で、強硬派が実権を握ってしまった時から…ティターンズの理念は地に堕ちたに等しかった。
…規格外れの俺が言うのも、難だが。

『ベイトの奴に連絡しろ!港の一部を空けて置けってな!マスコミに漏れるのを恐れて、目撃者と為った民間人を奴等は皆殺しにする筈だ!G−3を撒く奴等に軍人の良識など期待するなと言って置け!俺は少しでも多くを…』
『隊長!何を…』
『コロニーに穴を空けて、ガスを逃がすんだよラムサス!ダンケル!お前はベイト達と共に港を抑えろ!行け!』

俺はハイザックの全武装をコロニーの『窓』に向けて発射した。
…コロニー公社が緊急警報を流すのを期待しての事だ。
期待通り『窓』は割れ、一切合財を外の『宇宙』に吸い出される『穴』が出来上がる。
…これで少しは時間が稼げる筈だ。
俺の目の前のモニターに、少女が流れて行くのが見える。
14歳位の、髪の長い娘だ。
俺はマニピュレータで娘を捕まえ、保護する。
…今にして思えば、ただの気まぐれだったのかどうか、解らない。
どの道、あの世の贖罪など期待しては居ない。
俺は軍人だからだ。
人を飽きる程、殺して来た。沢山、殺した。
1人の罪の無い人間を救ったからと言って…許しなど期待はしない。
俺に出来る事は…少しでも『無駄な』犠牲を少なくする事だけだった。
…殺しに慣れている奴の方が、巧くやれる。

『…頭を打ってはいない様だな…。運の良い娘だ…」

被っているベレー帽と巻き上がるチェックのロングスカートを必死に押さえていた御蔭だろう。
丁度ジュードーの『受身』の体勢でハイザックのマニピュレータに『ぶつかった』のが功を奏した。
俺は止せばいいのにハッチを開き、怯える少女を抱えコックピットに連れ込み、リニアシートに座りハッチを閉じる。
…俺が、救ってしまったのだ。毒喰わば皿までの心境だ。

『なんて事すんのよ!ティターンズ!コロニーに穴を開けるなんて…!』
『お前の名前は!お前の家族が危ない!今、このコロニーにガスが注入されているんだ!黙って補助シートに座れ!』
『!!…ルー・ルカ…』

気の強そうな目付きで俺に突っかかって来た娘は、俺の剣幕に押され、黙った。
…当然だ。俺は子供だろうが餓鬼だろうが女だろうが、スペースノイドだろうがアースノイドだろうが容赦はしない。
そいつらは俺と同じ人間で、赤い血が流れているからだ。

『隊長…!アレを…!』
『糞…!間に合わなかったか…!』

…それは悪夢だった。
元気そうに歩いていた子供達が、喉を掻き毟り、首から血を流して倒れて行く。
ベンチで愛を語らっていただろう若い男女が、嘔吐を繰り返し、白目を剥いてのたうち回る。
生物と云う生物の命が、俺の目前で風前の灯火の如く、揺らめき、そして消えて行く。
…全天周囲モニターは残酷だ。その全てを映し出す。
補助シートに座った少女は、肩を震わせ、泣いていた。
静かに…すすり泣くでも無く、ただ、涙を流して…。
それを俺は、美しいと思った。怒りからの涙と、悟ったが故に。





■第八十八章




『…そん…な…』

少女が、やっと言葉を発した。
遙か眼下に見える、のたうち、痙攣する少年に見覚えが有るのだろう。
口に手を当て、信じられない、と言った蒼白な顔をしている。
…元より大理石の如く白い肌をしているのだが。

『知り合いか?…済まんがもう、手遅れだ…』
『助けて!お兄ちゃんを…助けて!』

俺は懇願する少女に首を左右に振った。
Gガス散布下の大気中だ。
ノーマルスーツを着用している俺はともかく、この少女は酸素マスクすら持っては居ないのだ。
少量のガスに、皮膚が触れるだけで死に至る。
Gガスが旧世紀のVXガスよりも更に凶悪な性質を持っている事を教導団時代に俺は、叩き込まれていた。

『…俺に出来る事は、早く楽にしてやる事しか無いんだよ…』

俺はハイザックにビームサーベルを握らせた。
俺のハイザックは、マシンガン装備だ。ジェネレーターの出力の関係上、ビームライフルとの併用は当時は不可能だった。
…近接武器が強力な方が、俺の性に合う。
俺はスティックを操り、ゆっくりとビームサーベルを少年に近づける。
俺の意図する行為に気付いた少女が俺の右腕に縋って必死にスティックから引き剥がそうとする。
…俺は、無言で少女を振りほどき、全天周囲モニターを構成する壁面に叩き付けた。
そして迷わず、苦しむ少年をビームサーベルで炭化させ、塵にした。
少女はその一瞬の光景を…細大漏らさず目にしていた。
少女の秀麗な顔は、怒りに歪んでも…綺麗だった。

『よくもお兄ちゃんを…!覚えてなさい!いつか必ず…殺してやるから!ティターンズの犬!』
『俺は犬では無いぞ、お嬢ちゃん?ヤザン・ゲーブル中尉だ。敵の名前ぐらい、キチンと覚えて置け!』

俺は敢えて、少女に名乗った。
これから少女は、天涯孤独の身と為るだろう。支えと為る物が必要となる。
当時の俺が家族を殺された恨みを晴らすために軍に入り、生き残る術を身に付けた様に、この少女にも…怒りを向ける対象が必要な筈なのだ。
…だが、この少女、ルー・ルカはガスを散布したティターンズ兵の顔を知らない。
ティターンズは少女の華奢で優美な細い腕で倒せる程…情け無い軍事組織では無いのだ。

『俺がティターンズに入ったのはなぁ!ジオンが俺の家族を皆殺しにしたからだ!借りを返しただけだ!』
『…だからって…だからって…!何で…何でなのヨォッ!』

俺を憎む事で、生きる支えが出来るのならば、俺は喜んで憎まれよう。
それが俺に出来る、精一杯の事だ。
俺を殺そうとする目的のためならば、どんなに辛い事でも耐えられる。
そしてその経験は…お前の血肉と為り、生き延びる力と為るのだ。
少女は泣きながら俺に縋り付き、拳を、膝蹴りを、打撃を…俺の身体に浴びせ続けた。

『離れろ!この反応は…敵か!』
『エゥーゴが…!来てくれた…!アンタもこれまでね!ヤザン・ゲーブル!』

俺は補助シート目掛けて少女を振り払った。
ポスン、と少女は呆気無くシートに落ちる。
俺は少女に向かって歯を剥いて、憎憎しげに哂ってやる。
…悪役を演じるのも、悪くは無い気分だ。道化を演じるのも、久し振りだった。





■第八十九章




『06の高機動型が3機…?情報は本当だったのか…おい!交戦の意志は当方には無い!住民の…30バンチ市民の生き残りを…民間人を保護した!スペースノイドの大義を標榜する団体に任せたい!』
『た、隊長…?!それは利敵行為そのものです!』
『ラムサス!お前も港に向かえ!これは命令だ!いいな!』
『…了解!ヤザン隊長、ご無事で!』

俺は掟破りの、接触を試みる。
…俺一人ならば何の問題も無いが、民間人を乗せている。
むしろこいつ等に保護して貰った方が、少女にとって幸せだろうと判断したのがその理由だった。
少女は信じられない、と云った顔で俺を見つめていた。
…それはそうだろう。とても『俺はティターンズだ』、と見栄を切った男の台詞では無い。
ビームサーベルを収納し、マシンガンまで置いて見せた俺のハイザックに…高機動型06は発砲を開始した。

『…う、嘘…!何で撃つわけ?!』
『フン!信用せんのは当たり前と言う事か!ティターンズは貴様等よりもまともな軍事組織なのだがな!』
『二重の意味で困るのだよ!30バンチは墓標と為らねばならんのだ!ティターンズは飽くまで虐殺者で居て貰わねばならん!我等スペースノイドの大義のためならば、多少の民間人如きの犠牲は止むを得…』

コイツは本物の『ジオンの亡霊』だ。
デラーズ紛争を引き起こしたテロリストどもの正統後継者だ。
それならば生かして置く必要は…これっぽっちも存在しない。
俺は置いたマシンガンのストックをハイザックの足で踏んで起こし、マニピュレーターに装備させ、正面の06に向けて発砲する。
命中確認!…この、アマチュアがぁ!

『…子供のお前にも解り易く解説してやろう!お前は頭の悪いこいつ等にとっては、かなり邪魔な存在なのさ!お前がティターンズの俺に助けられた事実もそうなんだが、エゥーゴが実は事前にGガス攻撃を察知していて、それを看過していたと言う事実を知ってしまったからなぁ!しかし馬鹿な奴等だな!高度な政治と云う物を、全く、理解して居ない!』

左右同時に掛かってきた06を、俺は右腕に装備させたマシンガンと、左腕に装備して、即座に発動させたビームサーベルを交差させ、仕留める。
…何処かで見ているだろう、エゥーゴのプロパガンダ部隊は、歯噛みしている事だろう。
何せ、今のは、映像栄えがするMS戦闘だからな!
…俺の今の戦闘は『魅せるため』の教導団の技術だ。

『どういう…こと?』
『ン…、お前みたいな綺麗な娘に、涙ながらにマスコミの前で『ティターンズの非道』を語らせれば、即、俺達は外道認定をされる。…俺はこの民間人にも累を及ぼした、大量殺戮行為を許せん。だからお前を譲ろうとしたのだが…奴等は千載一遇の好機を逃がしたって寸法だ。…自分の高価値が理解できたか?ルー・ルカ?』
『…顔に似合わず…アンタって頭良いのね?』
『…ティターンズは一応、エリート軍人の集団だ。最も、軍人思考しかやれん連中がこんな事をしてくれたがな?』

これからどうするの?と云う顔で少女が俺を見る。
…俺の解説は少女の好奇心を刺激したらしい。
…先程まで、哀しみと怒りを抱いていたのが嘘の様だ。
…ん?背後にもう一機か!フン!偵察型風情が俺に敵うモノ…!?

『…隊長!ヤザン隊長!お見事でした!でも…俺はそんなに力不足ですか?』
『命令違反だな、ラムサス・ハサ?…港はどうなっている?押さえたか?』
『アル・ギザが後20分で入港するそうです!ヤザン隊長には『障害排除』を願いたい、との事です!』
『障害排除って…?ティターンズがティターンズを敵にするのッ?!』
『大人の世界は複雑なんだよ、お嬢ちゃん!舌噛むなよ!』

無茶な事を言うものだ、あの艦長も…。
最も、一度死んだ事に為っているだろうから、怖い者など何も無いに違いない。
さらにこれを引き起こした『脳味噌筋肉野郎』のバスク派には恨み百倍の口だからな!
やって見せるさ!味方殺しをな!





■第九十章




その後俺達は、港に着いた『アル・ギザ』とともに脱出し、艦長の伝手で少女を『ラビアンローズ』に預ける事にした。
脱出の際、少女を乗せて派手に暴れた俺は、どうやら少女の進路を決定する事に寄与したらしいと風の噂に聞いた。

『きっとアンタより腕のイイMSパイロットに為って、必ず殺しに来るから!ティターンズのヤザン・ゲーブル!』
『期待しないで待ってるぞ?お嬢ちゃん?最も腕試しの途中で、俺以外の誰かに堕とされるかもしれんがな?』
『アンタがそれまで生きてるって、保証も無いけどね!…ぁりがとぅ…』
『はん?何か言ったか?じゃあな!頑張れよ、エゥーゴのルー・ルカ!』

『ラビアンローズ』で別れてから、不幸なのかツイているだけなのか…それから一度も少女とは遭遇しては居ない。
しかし何故俺は久し振りに、『夢』を見ているのだろうか?
何時も、何も見えなかった筈なのに…。
疲れて、いるのか?

『…生き延びる意味を…探しているのね…?ヤザンさん…。待ってる人が居るって…信じたいから…』

映像が消え、暗闇だけの視界に、『マリオン』の声が響く。
俺は目覚めているのか、眠っているのか、解らない気分に為った。
苦笑のイメージを作ると、暗闇だった視界が宇宙(そら)を写す。
妙にその宇宙は蒼く、星々は光り輝いている。

『命を奪う事は罪だろう。しかし…俺にはそんな生き方しか、出来ない。他の誰かの犠牲でしか、生を実感出来んのさ』
『それを罪だと解るヤザンさんにしか…出来ない事だって有ると…思うの…』
『気休めは良いよ、マリオン…。もう、静かに眠らせてくれないか?何度見ても、気分の悪い夢なんだ、アレは』
『それは嘘。私には…わかるもの』

天使が背中を向けて拗ねているのが見える。
俺のアタマはもう、何処かの回路がイカレているのかも知れん、と真剣に思った。
妄想にしてはクリアで、俺は正気を保っている。
第一、本当にイカレて居る奴は自分の精神の正常さを疑ったりはしないだろう。
俺は…俺だ。俺は自分の体を意識する…って、何で『俺自身』の、ヤザン・ゲーブルの身体なんだ?!

『私は、ヤザンさんに目覚めて欲しい…。そして…私と同じ物を見ていて欲しいの…。こんなに綺麗な…生命の…』
『止めろォォォォォォォ!!』

俺は叫ぶと同時に完全に覚醒した。
見えるのは何時もの、狭苦しい『ブルー』のコックピットだ。…全く…こうなると、あのハサン軍医の戯言も信じたく為って来る。
俺の、いや、『ユウ・カジマ』の脳の限界が近づいているかも、知れない。
その証拠に、今は全く、ユウの意識の発動が感じられない。
…『ブルー』、『マリオン』、俺にお前達は何を見せたい?

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