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ヤザン−ユウ 091-100

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■第九十一章




『ユウ…起きてる…?起きてるんでしょう?』

遠慮がちなノックと声が、閉じた頭上のコックピットハッチから聞こえて来る。
…モーリン・キタムラ伍長の声だ。
思えばこの所、『ユウ・カジマ』の俺が『仕事』以外でキタムラ伍長と話す機会は全くと言って良い程、無かった。

『ねえ…ユウ…返事をして…』

寝る時もブルーのコックピット。
起きている時はMS関係でアルフ、戦闘行動ではフィリップ、サマナ、『曹長』と付きっ切り。
ヘンケン少佐と、宇宙に上がってからは艦長のガディも含めて作戦行動についてのMS戦隊長としての意見具申。
食事は何時も戦闘食のハンバーガーをパクつき5分で終了。
トイレは水分補給を控え一日2回で計10分。
ハッキリ言ってまともに仕事以外で『女』と話しているとすれば…寝る時に『マリオン』とだけだ。
シャトルの打ち上げの前に、自分の不安を誤魔化すためだろうか、サマナが冗談めかして言うには…

『ユウと僕はデキてるって陸戦隊の女の子の評判ですよ?ユウ・カジマの『受け』疑惑、って話も…ぶべら!』

まあ、俺は皆まで言わせなかったが。
ユウの秀麗なマスク、ストイックな態度が『女嫌い』を思わせるのだろう。
第一、下らん女などに関わっている暇が有れば、戦闘準備に全力を傾けている。
俺の高尚な趣味であるMS戦闘に費やす時間の方が、俺にとっては至高の快楽なのだ。
まだ見ぬ未知の強敵のために、己の持てる全ての『力』を示すために!
そのためならば、俺は男の本能を、遺伝子の呪縛を断ち切る事など簡単に出来る。
その下賎な獣欲すら俺はMS戦闘のため、攻撃衝動として利用するだろう。
…俺は誰にも、負けたくは無い!

『ユウ…?』

ユウとの約束が有った。
彼女にはユウ・カジマとして接してくれ、と。
しかし…本当に接したければ本人がやれば良い。
シャイだか気取ってるんだか知らんが、ここまで付きまとわれると正直、ウンザリしてくる。
毎回『マリオン』を宥めるのはこの他ならぬ『俺』、ヤザン・ゲーブルなのだ。
二ムバスからの『メッセージ』を受け取ってから、改マゼラン級『艦番83』は丸一日最大船速で行動している。
俺の計算なら、もう半日で目的宙域に着くだろう。
これが最後かも、知れんしな…

「アルフに激怒されんうちにコックピットハッチから降りるんだな、キタムラ伍長!第一、お前が乗っていたらハッチを開けようにも開けられん!宇宙だから転がり落ちる心配は無いが、お前に怪我をされては…」

俺はユウにどう言い訳をすればいい?と言いかけて俺は口をつぐんだ。
感情のままに怒鳴れば、俺の正体がバレてしまう。
…マリオンの見せる『夢』が、俺の健全な精神状態を阻害しているのだろう。
熟睡が出来ないと人間は、得体の知れぬ焦燥感を抱き易い。
俺は深呼吸をし、心の中で自分に冷静に為る事を言い聞かせる。
…よし!俺は『ユウ』だ!

「…困るんだよ、モーリン。…今、ハッチを開けるから…」
『ごめんね…ユウ…』

トン、とモーリンがハッチを軽く蹴る音が聞こえた。
俺はハッチを開ける前に笑顔を作ってみる。
モニター映像を消して、パネルに顔を写して見るが…駄目だ!どうしても…哀しい位、『ヤザン・ゲーブル』の笑みだ。
獲物を前に舌舐めずりをする、荒々しく凄みの有る印象を与える、例えて言うなら、ハイエナの様な…狡猾な肉食獣の微笑だ。
…ええい!ままよ!
自棄になった俺はハッチを開放した。
…眼前に漂うモーリンの、俺を、ユウを見て綻び掛けた笑顔が、引き攣っていた。

「…どうした?モーリン…?」

まさか!?内心の動揺を押し隠して、俺はユウらしく尋ねた。
俺は正直…女は苦手だ。
何を考えているか、など…解らん。
だから、MSを降りれば、女性には出来得る限り優しく、紳士的にして来た。
避けていたツケは…さぞかし高くつく事だろう。

「ユウ…!」

引き攣った笑顔から、キタムラ伍長はポロポロと、涙の玉を生み出していた。
なあユウ、俺は…これからどうすれば良い?





■第九十二章




「ど、どうした?いきなり怒鳴ったのは悪かった。だから泣くのは勘弁してくれ、キ…いや、モーリン?」
「『ブルー』に、貴方を獲られたような気がしてたから…やっと、振り向いてくれたって…!嬉しいのに…」

…う〜む。嬉し泣き、なのか?そんなに冷たく接してた…な。
出撃前、戦闘中、帰還後のオペレートでも徹頭徹尾、俺は仕事以上の会話はしなかった。
彼女を呼ぶのも『キタムラ伍長』で終わりだ。
モーリン、と俺、ヤザン・ゲーブルが呼び掛けるのは気が引けたからだ。
何処の世界に、他人の思う女性を気安く呼ぶ紳士が居ると言うのだろうか?
それも、当人の見ているだろう前で、だ。
ユウは俺のすぐ傍に居た。
地上でも、宇宙でも、だ。俺は卑劣漢では無い。

「こうして話せる時間が嬉しいのに…涙が…止まらないの…。どうして…こんなに…」
「…切ない、と云うのさ。そんな時は…」
「えっ?」

俺は若い頃に見た、ヴィデオディスクや本の知識を脳味噌の記憶領域をフル回転させて思い出す。
この脳味噌は現実にはユウ・カジマの所有物なのだが、何故か俺は求める記憶を拾い上げる事が出来た。
…男はタフで無ければ生きて行けない。
だが…『優しく無くては、生きている資格が無い』!
口数の多い男は俺の性には合わんが、この際仕方が無い。
俺がユウ・カジマで無い事がこの時点でキタムラ伍長にバレたりしたら…今度こそ撃たれるに違いない!

「これで、最後かも知れないと、キ…君が…心の何処かで思っているからだろう…」
「そんなこと…!私、信じてる!ユウは、私の『蒼い稲妻』は…エースだもの!きっと…!」
「きっと還ってくる、か?違うな。必ず、還って来ると云う保証は誰も出来ない。それが、戦争の真実だ」

人間の、他人の思い込み風情で必ず生還出来るのならば、戦場で戦死する兵士など誰も居なくなるに違いない。
皮肉では無い。誰だって、死にたくは無い。
やりたい事だって有るだろう。
ただ、それは戦う本人の生存欲求に直結をしない限り…強い思いなぞ糞の役にも立たんシロモノなのだ。
戦う本人の思いからして邪魔に為る場合だってある。
増してや他人の思いなんぞは…だ。
こんな事を思う俺は多分…人でなし、と罵られる類の人間だろう。





■第九十三章




「ユウ…」

しまった。完璧に…泣かした。
キタムラ伍長は、不安だったのだ。
だから、縋(すが)るモノが欲しかったに違いない。
相手がまだ子供に毛が生えたばかりの年頃なのをすっかり忘れていた俺の…ミスだ!しかし、まだだ!まだ…!

「しかし、俺は誓う。きっと、還って来る。君の、ために。泣き顔なんて、何時も笑ってくれていた、君には似合わない。俺が包囲されていた時も、機体を失いかけて途方に暮れて居た時も…何時も君は俺を明るく励まし続けてくれた…」

大嘘だ。
俺はそんな事は1㎜だって思っちゃあ居ない。
それにキタムラ伍長は切ない思いを『ユウ・カジマ』に向けて、必死にオペレートし続けていたのだ。
それを俺本人に向けられている、と誤解する程…俺は馬鹿では無い。
むしろ俺が本当に感謝しているのは…!

『ヤザンさん…今だけは…私の事は忘れて…。今は…モーリンさんのユウ・カジマで居てあげて…ね?』

優しいな、『マリオン』…。
ああ、解ったよ。済まない。
こうして客観的に見るとだ、お前の方が遙かに大人なんだと俺は思うぞ?
少なくともお前は目に見えて、俺に付き纏ったりはしないし、寂しいから、不安だからと俺を一々煩わせない。

『…それは、違う…!ヤザンさん、だから今は…』
「俺は、君にどう想われているか解らない。俺は…自分のベストをこれまで通り、尽くす。それで、君の元へ還って来られるならば…そうしよう。だが、それじゃあ、味気無い。やっぱり、笑顔で迎えてくれる女の子が居てくれる方がいい。君の笑顔を見るために、還って来るよ…モーリン…」
「ユウ…ユウッ!」
『ヤザンさんっ…私…私…そんな風に…想われてっ…』

辺りは乙女の涙で凄い事に為っている。
俺の今の言葉の、最後の名前だけは完全に異なると、解って欲しい相手に確実に伝わってくれた事が救いだった。
俺がキタムラ伍長に約束した事を守れるのは、多分今の肉体に関してだけだ。
ユウ・カジマが無事に還って来るためには…EXAMSYSTEMをこの世から消滅させねば為らない。
それは多分、俺の、『7年後のヤザン・ゲーブル』の消滅を意味する事なのだ。
それと同時に…『マリオン』とも…

「!!敵襲?!こんな時に…!」
「モーリン、最後に為るかも知れない。オペレートを笑顔で、な?さよなら、モーリン…」

けたたましく警報の鳴る中、俺はキタムラ伍長をキャットウォークへと流し、その反動でコックピットへと戻りシートに座る。
名残惜しげな表情を見せ、ブルーを向いたまま、キタムラ伍長は遠ざかって行き、コックピットの俺からは見えなく為る。
俺はコックピットハッチを閉じ、深い溜息を吐いた。
今の今まで、忘れていた。
俺がEXAMを壊したら…俺はどうなるのか?

「フン!元より拾った命だ!好きに殺るまでだ!俺は不死身だ!殺されたって、死ぬものか!なあ、『マリオン』!」

少女のすすり泣く声が、聞こえる。
天使が静かに、ポロポロとただ涙を流すヴィジョンが『観える』。
…泣くな、『マリオン』。
逢うは別れの始めなり。人生離別無くんば、誰ぞ仁愛の重きを知らん?
俺がどうなろうとも…お前だけは、守って見せるさ…。




■第九十四章




《モビルスーツ隊、出られるか!?》

『ブルー』のコックピットに居る俺の耳に、聞き慣れたものとは若干違う声が響く。
…《ヤザン隊、出られるか!?》
出撃可能な状態を確認しているくせに、生真面目な奴はことさら俺に良くこうして回線を開き、語り掛けてきたものだ。

「ああ、ガディ!何時でも行ける!BD、ユウ・カジマ…」
《MS隊の把握をしろ!貴様は優れたパイロットなのは認めるが、聴力に問題があるようだな?自分は…》

ガディ・キンゼー。軍人だな?哀しい位に…。
だがな、この艦を堕とされる危険を最小限にするには、まだまだ、だ。
MS隊を一気に出すよりも、まず囮(デコイ)として単機を出撃させ、自艦に加えられる打撃を分散させると言う思考が出来んと、艦長としては失格だろう?
MSを抱いて撃沈される恐れを無くしたいのも理解出来るが…年季が足りん。

《構わん!ユウ中尉、出ろ!本職、ヘンケン・ベッケナーが全責任を取る!少しでも、敵の注意を逸らすんだ!》
《ベッケナー少佐!艦長は自分です!…ブルーデスティニ—は軍機。軽々しく出す訳には行きません!》

ほう…。そいつがネックだったって訳だ、ガディ?気配りが行き届いているな?
しかし…遅いな?『奴』は何を…?
ブルーの背後のスペースに複数の機体が集った事が、接触回線や震動でコックピットの俺に伝わる。
通信回線が、開く。

『マギーの宇宙の処女を奪うのは僕ちゃん!さあ、行きますかユウ中尉どの!』
『フィリップ少尉…ですから純然たる軍の機材を私物化しないで下さい!遅くなりました、艦長!』
「あの馬鹿はどうした?ライトアーマーの姿が…!!」

カタパルトがゆっくりと射出位置に前進して行く音がする。
若干、それが長過ぎる様に俺には感じられた。最初からMSを乗せているらしい。
駐機位置で待つ俺達のMSのメインカメラに、その機体が映った。
調子外れの、フィリップの口笛が甲高く響く。
…それは確かに、俺達の知っている『曹長』のGM・LAだった。背中のX状の文字に組まれたユニットを除けば。





■第九十五章




『眉無しぃ〜?カムラ大尉にケツでも差し出したか?何だその…背中のスペシャルなバッテンは?』
『…カスタムメイド機のカスタムですか?それ、セイバーフィッシュのスラスターですよね?』
『ハッハァ!これで機動力だけでも『中尉』の『ブルー』にも負けネェって寸法ヨォ!先輩方ァ、どうよ?!』

フレーム上のスラスターをヒョィヒョィ動かして、自慢げにアピールしている『奴』に、俺は苦笑を禁じ得なかった。
案外、フィリップの言う事も冗談では無い様な気がしてくる。
この自由度の高いスラスターは、LAの機動性をさらに高める事に為るだろう。
問題は…スラスターを背後に全て廻した時の全力加速にパイロットの身体が保つかどうかなのだが…。

『『中尉』ィ!お先に失礼!機動テストは実戦でやらせて貰う!ヤザン・ゲーブル、GMLA…何たら…出る!』

発進ランプがGOサインを表示したと同時に、カタパルトがLAを射出した。
ブルーの加速にも劣らない速度で、射出後の『奴』の機体のスラスター光が小さく為って行く。
…やれやれ、アルフ?駄々っ子に恰好の玩具を与えたお前の罪は重いぞ?
と、思った途端。通信回線がまた開く。
噂をすれば何とやら、だな?…オイ…何でお前がノーマルスーツを着ている?

《…HMC…ハイ・マニューバ・カスタムだ。彼は高機動型も言えない位に興奮している。しっかり手綱を引くのだな…》
「アルフ!…俺を誰だと思っているんだ?馬鹿とハサミは、うまく使ってみせる!俺はヤ…ユウ、カジマ…だぞ?」
《…護衛を、頼む。オレはあの廃棄コロニーに、陸戦隊と乗り込む心算でいる。オレはEXAMの…アーキテクチャーを知らねばならん…解析するにしろ…破壊するにせよ…乗りかかったフネだ。見届ける義務が…オレには有る…》
《…ユウ・カジマ中尉。発進準備、願います…》

キタムラ伍長の哀しみの残滓を湛えた声が、俺が今はユウだと言う事実を認識させてくれた。
カタパルトにブルーの両足を乗せる。
…全てに決着が、付く時が迫っている。俺は唇だけで哂った。
さあ、俺を極上の技で愉しませてくれ、ジオンの兵士達よ!
発進ランプが点灯し、その瞬間、強烈だが、俺にとってはどんな感触よりも最高な圧力、Gが俺を包む。
これだ!この瞬間が心地良い!息詰まる衝撃!踏ん張る四肢!
そうだ!俺は、俺は闘いに往くのだ!
俺の力を、ただ誇示するためだけに!

《ユウ!必ず、還って来て!私の元へ!》

射出される瞬間、俺はキタムラ伍長の感極まった声を聞いてしまった。
…約束する。ユウ・カジマは必ず、アンタの元に返すさ。

この『俺』、ティターンズの精鋭の、ヤザン・ゲーブルの名に懸けて。





■第九十六章




《ユ…アルフた…と陸…を乗せ…ンチが発艦…コロニーに…援…!》

出撃した『ブルー』のコックピットに、ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている中にも関わらず、キタムラ伍長からの通信が切れ切れに届いた。
ここは想像力で補うとするならば…アルフの奴が発艦したのだろう。
それも、機動力の乏しいランチでだ。
陸戦隊の連中も支援のために乗り込んでいるのだろう。
俺の大切な『仲間』が、『戦友』が乗っているのだ。
…伝わるかどうか解らんが…!

「了解、モーリン!曹長、傍受が出来たならば、露払いを頼む!俺はランチの護衛に専念する。フィリップ、サマナは『艦番83』を頼む!…俺達の還るべき場所を守ってくれ!聞こえたか?!」

数瞬のホワイトノイズの後、応答が有った。
ミノフスキー粒子の悪戯に、俺は結構泣かされたものだ。

《了解だユウ!フィリップ機、艦の右舷に付く!サマナ君は左舷!簡単に沈ませますかってんだ!なあ、サマナ君?ほら、姿勢制御が遅いぞ!MSは丁寧に、やさーしく、扱わんとなぁ?》
《…女の子を扱うように、でしょう!言いたい事はそれだけですか?安心してくださいよ、ユウ中尉!》

フィリップ機とサマナ機は『ブルー』からさほど離れて居なかったのだろう。
比較的通信の感度、明度ともに良好だった。
問題は素っ飛んで行った『曹長』だ。
俺はモニターを望遠モードに切り替え、索敵を開始した。
程無く、ちょこまかと良く動くスラスター光と、数瞬後に浮かび上がる火球が視認出来た。
多分あれが…!?
立て続けに火球を3個生産したGMLA・HMCが急速接近して来た。
一年戦争時の量産機体からは想像も出来ん速度を、背中のX字状のユニットが叩き出していた。
俺は通常モードにモニターを切り替える。

「早い…!アレがGMの加速か…!?あれではパイロットが保つものか!アルフめ…玩具を与え過ぎだ!」
《中尉、何だって?戦闘中で良く聞こえなかった!もう一回、頼む!》

X字状ユニットの各先端に装備していた全可動スラスターを機体の前面に向け、GMLA・HMCは俺の目の前で急制動を懸けていた。
スラスターユニット自体が独立して、機体のマニューバの支援に動く。
プログラムを組んだ奴を褒めてやりたいくらいだ。
少なくとも素人には、曹長には逆立ちしたって無理な話だろう。

「…アルフが倒れたら、お前の責任だな?『曹長』?御機嫌な機体に仕上がったのは、認める。通信には耳を澄ませて置けよ?連携が出来んと、お前一人が突出して、周囲から包囲されて死ぬ!一度しか言わんから良く聞け。アルフがあの廃棄コロニーにランチで陸戦隊とともに突入する。俺はランチの護衛をやる。お前は…」
《露払い、だろ?やっぱりアンタに怒鳴られないと、調子が出なくてね!了解!》

X字の先端、一部のスラスターが炎を噴いた。
GMLAが急速反転し、ビームライフルを撃つ。
反転したその先には、06高機動型が居た。
腹部に命中し、新たな火球が、生まれた。
速い!AMBACを使わず、その速さで反転とは!

《中尉〜?油断してただろ?ここは…》
「戦場だ、ルーキー!あんまり派手に遣ると、優先的に狙われるぞ?周囲に意識を向けろ!MSの装甲越しに殺気を感じろ!ご機嫌な玩具を壊されたくは無かろう!行け!行って連邦のMS乗りの技量を示せ!」
《了解!待ってろよ宇宙人どもがぁ!こんな奴等、中尉の手を煩わせる必要など無くしてやる!先行開始!》

俺はブルーのビームライフルを装備していた右腕を背後に廻し、射撃した。
敵の14が曹長を狙って、ブルーの背後から接近をしていたのだ。
一呼吸置いて、14が音も無く、爆散する。
…接近する14に、曹長は気付いて居たのだろうか?
…それとも、曹長を『試した』俺に華を持たせただけなのだろうか?
まあ、どうでも良い事だ。
俺はランチを右方に視認し、ブルーを接近させ、随伴を開始した。
曹長、忘れるな。
足りたと思えば、進歩はそこで止まるのだ。常に餓えていろ!





■第九十七章




俺はランチにブルーの右マニピュレーターに装備したビームライフルを接触させた。
シールドは左腕にマウントさせ、マニピュレーターには100㎜マシンガンを装備させている。
チャージ時間と、消費エナジーを考慮するならば…この一年戦争時代は実体弾兵装の方が遙かに有効だ。

「ジェネレーター換装の御蔭か…?LAのビームライフルのチャージ時間が短いな…」
『…火力と手数を上げんと、機動力の意味が無い。そう、テストパイロットに怒鳴られた…』

先行する『曹長』の機体のちょこまか動くスラスター光を確認しつつ、俺はアルフに接触回線で話しかけた。
まさか奴も、このままトリガーを引くとは思わないだろう。
何せEXAM機だが、俺が乗っている事を知っているのだから。

「『曹長』に頼まれたのか?良い出来じゃあ無いか、アルフ」
《…覚えているか?技術者を庇って、最前線送りに為った時の事を?》
「突然何だ?それがどうかしたのか?」
《…覚えているかとオレは聞いている》
「昔の事だから、な。それ以後にも色々やらかした覚えも有る。一々…」

チクチクと俺の、いや、ユウの即頭部が痛む。
EXAMの影響なのか、といぶかしむ俺の脳裏に、過去の情景が唐突にフラッシュバックする。
そうだ、俺は当時テストパイロットで…!先行量産機の開発を…!
最前線送りに為る切っ掛け!
確か量産機の開発を断りそうな技術屋の口を塞いで!
そして、若かりし俺の台詞…!技術屋の名前…!
フン、EXAMよ!味な真似をするじゃないか!

『「引継ぎを喜んでやらせて頂きます」、と、カムラ大尉は言っておられます…。が、安心するのはまだ早い!違うぞ!アンタ達のためじゃあ無いぞ!コイツは前線の兵士のために引き受けるんだ!ザクと体を張って旧式兵器で渡り合う命懸けの連中のためになぁ!アンタ達みたいなモグラの頼みでコイツが動くものかよ!腐れ禿に頭の狂った出世魚のためになんか、動く奴じゃない!』

別れる時…そうだ…俺は…!
陸軍高官とアルフとの、密約を聞いて…!
確かガンダムの再設計プラン…!
奴はテム・レイと組んで連邦MSを開発していて…!
そうだ!俺は何故…忘れていた?!こんなにも熱い…

『アンタがコピー品を作るのを引き受けたあの時、ルウムの敗戦隠しで貰いたくもない勲章の叙勲待ちで、俺は次の間に控えてたんだ。…全部聞いてた。…アンタの創ったMSに乗れるまで、なあに、俺は生き残って見せるさ!俺の腕前、知ってるだろう?…じゃあな…アンタの心意気に、俺は惚れたよ。…また何処かで、
逢おうや』

鼻の奥がツン、と来る。
涙なんぞ、いい歳をした男が、それもこの『俺』が、涙など簡単に流せるものかよ!

「…覚えていたよ、カムラ大尉。アンタの創ったMSに、俺は…いや、俺達は、乗っている…。あの時の、『曹長』が何故か『ブルー』のハッチのパスワードを知って乗り込んでいたのは…奴がユウに教えて貰ったのでは無く…」
《…オレが、教えた。何せRX-79の、最初で最後、空前絶後のテストパイロット様だからな…。オマエや奴には、その資格が有る。そうだろう?『命知らず』?》
「…ああ!ああ!そうさ!その通りだ!良くやったぞ!『ヘボメカニック』!コイツは…最高の仕事だ!」

傍で聞いている陸戦隊の奴等や、ランチのパイロットには、金輪際、何の事を言っているのか解らないだろう。
だが、俺達には…あの情熱を共有した者には…解り過ぎる程だった。
偏見と蔑視を跳ね返すため、前線にMSを届けるため、俺達は乏しい予算と膨大な束縛の中、ベストを尽くしたのだ。
…一目見て、相手を理解してしまうNTには絶対に、この俺の感慨など理解出来ないだろう。
…しんみりしてしまった俺の眼に、目指すコロニーが大きく飛び込んで来た。

終焉は、近い。





■第九十八章




コロニーに接近した俺達2機のMSとランチ1機は、港に入港しているザンジバル級2隻を視認した。
『曹長』のGM・LAが、『ブルー』の右肩を掴む。
接触回線で会話しなければ、通信を傍受される危険が有る。
搭載していたMSは大半が出撃中かも知れないが…常に最悪の状況を想定し、それを回避するために最善の行動を採るのが『真の軍人』たる証だ。

《『中尉』…港からは無理だ。どうやって内部に侵入する?どうせ廃棄コロニーなんだ。外壁を吹き飛ばして…》
「そいつは三流以下の回答だ、『曹長』。もう少しアタマを使って考えて見るんだな」
《オマエは馬鹿か?敵に発見されたらどうなるか、解って言っているのか?》
「アルフ…教育中だ。スマン。…曹長!北米に居た時、俺がお前をブルーに始めて乗せた時、俺はお前に何を読ませたか覚えて居るか?覚えていたらそんな台詞は出てこん筈だがな!それとも早くも忘れたか?ン?」

数瞬の沈黙が辺りを支配した。
与圧され、空気の充填されたコックピット内の各種ファンが廻リ続ける音だけが聞こえる。
もう、7年も聞き慣れた音だ。
…俺の居た『ティターンズ』は、ジオンの残党狩りに組織された。
当然、想定される戦場は、宇宙だ。
そして奴等の潜伏する恰好の隠れ家と為るのは…そう、各種コロニーだ。
当然、侵入方法は俺にとってはお手のものだ。
だが、この場合、『俺』が模範解答を示してやる訳には行かない。
『曹長』に施した教育の成果を確認して置かなければならないのだ。
…この戦闘が終わり、EXAMを全て破壊してしまえば、俺は…

《…このタイプのコロニーの、資料だ…。そうだ…港とは別に存在する点検坑!位置は確かコロニーの各所…!》
「そうだ曹長。その一つだ。作業用ポッドで開けられるノブ付きの、な。覚えて置け。侵入経路は一つだけじゃあ無い」

『曹長』の喜色溢れる歓声の回答は、俺の展開する陰鬱たる思考を破ってくれた。
そうだ。
今は、悩んでいる時では無いのだ。
戦場では、戦闘以外の無駄な事を考える奴の方が早死にする。
これは真理だ。
俺は…今、何を考えていたのだ?
俺がどうなろうとも、俺はここに生きて居るのだ。
生きている限り、為さねば為らぬ事を全力で行わなければならん。

「俺のブルーのマニピュレーターは見ての通り、両方とも武器で塞がって居る。一機で開けると、その中に潜む敵MSからの奇襲を受ける危険性が高い。MSでのコロニー侵入はだから三機編成がベストだ。しっかり覚えて置けよ、『曹長』!」
《三機編成の内容は何だ、ヤ…ユウ》
「一機が開け、一機が中の敵に対応。そしてもう一機が…」

最大望遠にしていた後部確認モニターに、俺はスラスター光を捕らえていた。
ビームライフルの有効射程距離、ギリギリにだ。
幸い発見された様子は無いが…侵入を発見されてはまだ、困るのだ。
あの光の拡散具合から…06の高機動型だ。
装甲は薄い。
コックピットを直撃させれば…時間は稼げる筈だ。
他に展開している敵MSの配置は、ビームライフルの射線光源を追跡可能な角度では無い。
そうなると俺の回答は、一つしか、無い。

「後方を監視、さ」

俺はビームライフルを持った『ブルー』の右腕を背後に廻し、撃った。
一呼吸後に火球が生まれる。
『曹長』の息を呑む、声に為らない声未満の呻きが、接触回線で聞こえた。
この調子では、きっとモニターでの後方監視を怠っていたに違いない。
調子に乗っていた、Gディフェンサーに乗っていた馬鹿なパイロットといい勝負だ。
素人に毛の生えた連中が良くやるミスだ。

「急ぐぞ。今のを発見された恐れが有る!」
《掴み難いんだよ…糞!よし、開いた!》
《…今のノブ解放モーションデータを、帰ったらマニピュレータの基本モーションプログラムに追加して置く…》

点検坑の隔壁が、開いて行く。コロニーの内部には何が、待っているのか?…二ムバス…何処だ?何処に居る?





■第九十九章




慣性の法則。
それは、今だ律儀にもこの廃棄コロニー内に重力の残滓を留めるに到っていた。
コロニー内に太陽光線を導くミラーが数枚破壊されて居るとは言え、自転を止めるには衝撃が足りなかったのだろう。
点検抗よりメンテナンス通路に侵入した俺達は『マリオン』の指示に従い、目指す建造物に『導かれて』いた。
無論、敵の存在をも知らされてはいたが。

『ヤザンさん…気をつけて…あの人が…居る』
「…俺に奴をどうして欲しいんだ、マリオン?」

『マリオン』は、俺にある『ビジョン』を見せていた。
優しかった、『理想的な軍人:二ムバス・シュターゼン』との記憶だった。
勿論、NTであるマリオンは奴の内包するコンプレックス、野心、プライド等、鬱屈する澱んだ感情が見えていた筈だろう。
しかし、ジオンの騎士と自称する奴は…クルスト曰く『少女の形をした戦闘能力の化物』に対し、飽くまで一人の普通の人間、いや、少女として接していたのだ。
少女をあからさまに差別する、クルストへの直言もあった。

『年端も行かぬこんな少女を戦わせて何に為ると言うのだ!私の様な優秀なパイロットが居れば事足りる!』

EXAMシステムに『取り込まれた』マリオンに最初に気付いたのも…奴…二ムバスだった。
最初は、奴も『マリオン』を解放するために戦っていたのだが、MS戦闘での破壊の魅力、システムの産み出すMSとの一体感に、当初の志を失いつつあった。
EXAM発動を完璧に制御可能に為った現在では、最早、奴の、『マリオン』の知っていた優しい大尉の面影は皆無に等しいに違い無い。
この『俺:ヤザン・ゲーブル』ですら、システムがもたらす闘争の快感に我を忘れて酔ってしまった程だ。

『二ムバス大尉を…助けて…』
「殺すな、と云う事か?難しいな!第一、俺は手抜きなんざ性に合わん男でな!強い相手ならば尚更の事だ」

俺の脳裏に、味方MSを斬撃で無慈悲に葬った蒼いMSの姿が浮かぶ。
血塗られた赤い肩をした、2刀を操るそのモーションは一分の隙も無く…美しかった。
堪えようも無く、ただ俺に『戦いたい』とだけ思わせた、あの無慈悲さ、華麗さ。
思い出せば口中に唾が溢れて来る。
思わず舌舐めずりをしてしまった俺は、『マリオン』の沈黙に気付いた。
…嫌われたな。しかし俺は…

『戦う事がどうして…そんなに楽しめるの?何も産み出さない事なのに…ただ、命を奪うだけの行為なのに…』
「…解らんだろうよ。戦う事を止めてしまったお前にはな…」

生き残る快感は、それを味わった事の無い人間にどれだけ言葉を尽くして語ったとしても、理解されない類のもので有る事は、俺はジャーナリストと名乗るだけの似非ブンヤどもとの付き合いで、嫌に為る位に実感していた。
…ジャーナリストと言えば…あの細目のセンスの悪い、白のスーツを着た若僧の事を思い出す。
奴だけは…口下手な俺の語る内容を、解ってくれた気がする。
ただ、頷き、『解るよ』と一言だけ呟いた奴の陰鬱で沈鬱な表情を浮かべた顔は…確かに戦闘を経験した兵士の顔だった。

『あの建物よ…あの建物に…』

モニターが一瞬、光度調整に因るハレーションを起こす。
メンテナンス通路を抜け、廃棄コロニーの内部に漸く抜けたのだ。
まだ、植物が枯れずにいる。
外の荒れ様が嘘の様に内部は傷んでは居なかった。
此処が、戦場で有る事を忘れてしまう程に。

《…到着したようだな…。この分だと、空気も水も有りそうだ》
《敵サンもな!『中尉』!あれか?!あれなんだな!目的地は!》

俺達は全ての始まり、ジオンサイド5秘密研究所を視認する。
連邦軍である俺達はついにEXAM発祥に地に辿り着いたのだった。





■第百章




「ハリハリハリハリハァリィ!早く降りんと背中から撃っちまうぞ、このクソッタレどもが!監視を怠るなよ!伍長!」
「陸戦隊突入班!ここが見せ場だぞ!しっかりユウ中尉にいいトコ見せんとな?俺達を連れて来て良かった、と言わせなければオトコが廃るってモンよ!なぁ、兄弟?!う…お先にどうぞ…レディファーストっす、中隊長…」
「アンタねぇ…オンナのアタシを捕まえて、兄弟は無いでしょう?!タマナシ!びびってんじゃないの!降・り・る・の!」

ランチから、第11独立機械化混成部隊に残った、陸戦隊の連中がノーマルスーツを着て、小銃等の武器を持って降りて来た。
降りた者から、班毎に隊伍を組んで研究所の外壁に取り付く。
ランドムーバーを用意した者は屋上へ飛び、屋上の入口を確保する。
かく言う俺は、ブルーを降り、システム自体を落として、膝を付かせて駐機姿勢を取らせていた。
やはり、『仲間』だけに危険を伴う『作業』をさせる事は、俺の性に合わなかった。
『曹長』には機材監視、言ってしまえばMS内にて待機を命じてある。
『俺だけ居残りかよ!』としっかり言ってくれたが、最重要任務だ、と睨み据えて云うとビビって黙ってしまう所がまだ…小物臭を感じさせてしまう。
まあ、場数を踏んだ分だけ、新兵よりはマシだが。

「…オマエも行くのか、ヤ…ユウ中尉…?」
「ああ、見せて貰うのさ。陸戦隊の実力をな?」

隊長格の兵士に、目配せする。…若い女だった。
確か…ケイだったか?名前は…?
そうだ。俺がブルーを地球の北米、キャリフォルニアベース近辺のミサイル基地で乗り潰した時に、ヴァネッサと云う同僚相手に『公私混同だよ?』と通信でたしなめていた事を俺は思い出した。
マズかったか…?
いや、ユウの甘いマスクで流し目は…完璧にマズイ選択だった…。

「アンタたち!ユウ中尉の前でアタシに恥かかせたら、どうなるか解ってるんでしょうね!」
《糞兵隊サン艦内マラソン3周か、女子更衣室で裸踊りか、三食抜きであります、マム!》
「生きてても死んでてもしっかりさせるからね!あと!アタシより先に死ぬんじゃ無いよ!解ったかい?」
《イエスマム!カワイイカワイイ部下達は全員、隊長殿の突入命令待ちであります!突入命令を!》
「了解!犬の様にお座りしてな!…陸戦隊突入班、ケイ・サカキ少尉以下32名は、中尉の命令を以って突入を開始します」

眼前で繰り広げられた、下品な陸軍のノリを忘れたかの様に少尉は艶やかに微笑んでくれた。
…これだから、女って奴は怖い。
俺は上位者であるアルフ『大尉』を見遣る。
ノート型の携帯端末をしっかり抱え、奴は頷いた。
…上出来だ。恐怖に震えていない。

「アルフ・カムラ大尉の許可が出た。…では、第11独立機械化混成部隊陸戦隊!突入!」
「突入命令受領!第一分隊、第二分隊、第三分隊!同時に屋上と正面、裏口の扉を爆破後、速やかに内部を制圧せよ!」
《イエスマム!3…2…1…爆破!》

轟音と共に入口ガラス扉が粉々に吹き飛んだと同時に、銃声が辺りに響き渡る。
ジオン兵が先に潜入して、待ち伏せていたのだ。
小銃が、俺の腕の中を目掛けて飛んできた。
どうやら屋上から投げてきたらしい。
間髪入れずに通信が入る。低い男の、声だった。

《姐さんを頼みますぜ?色男でエースのダンナ?タマナシじゃあなかったらの話ですが、ね?》

云ったものだ。
俺が昔、陸戦でライトアーマーを擱座(カクザ)させた時、敵中を拳銃一丁で突破した腕である事を知ったならば、そんな無礼な台詞は出て来ないだろう。
…もっとも、奴が傍に居たならば、俺はすぐさま小銃の台尻で脇腹を思い切り突いてやる心算でいたが…運の良い奴だ。

「私の傍を離れないで下さい、御二人とも!行きますよ!」
『ヤザンさん…気をつけて…中には…』

ああ、解っている。多分、居る筈だ。
俺を恋焦がれたかの様に待っている奴が居る事を。
…二ムバス!俺は来たぞ!

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