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ヤザン−ユウ 071-080

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■第七十一章




「悔しいのは俺も同じだけどよぉ…しっかしなあ…なんでそう怒るんだよ?たかがシミュレータで負けただけだろう…!」

ぼやく『曹長』の顎に向かって、俺の右腕が拳を作り、勝手に動いた。
俺には得体の知れぬ怒りの熱さが、ただ胎を焼く。
『ユウ』の怒りだった。
俺は『曹長』の発言に呆れ、後から『教育』を施す心算だったが、ユウの奴は人が優し過ぎるのだ。

「…たかがシミュレータだと?それが実戦を潜り抜けたお前の云う事か?!もっと恥じたらどうだ!このシミュレータは周囲の敵の存在など無い!実戦で体を苛むGなど一つも無い!…純粋に自分の意志で戦場を『創る』事が出来る!」

殴られて吹き飛び、流れて行く『曹長』の襟髪を掴み、AMBAC機動の要領で停め、自分の体をブルーの方向へと流す。
俺『達』は『元』宇宙戦闘機のパイロットだ。
この戦争で死んでいった奴等の中では宇宙で実戦を経験したパイロットとして『最古参』の部類に入る。
…ユウの奴は『曹長』の『危う過ぎる認識』に危機感を抱いたのだろう。
奴は心の底から泣いて感謝すべきだった。
修正が、この『一度きり』で済んでくれた事をだ。

とても『ヤザン・ゲーブル』の吐いて良い言葉とは到底、今の俺には思えなかった。
…俺なら追い討ちを駆けて膝をブチ込み、その後、許してくれと泣いて頼むまでMS機動訓練を行わせる。
そうすれば、己の『甘さと鈍さ』を『曹長』も気付く事だろう。

「…カムラ大尉!プロジェクターの用意を!可能ならばシミュレータの映像を教育の一環として外部に出力したい!」
「…ヤザンでは無く、オマエ自身が『余興』を愉しむと云う訳か…良かろう。…オマエの腕前を診せて貰う…ユウ中尉…」

不貞腐れる『曹長』の前で、アルフの部下達が次々と機器を接続して行く。
口コミで話が広がって行ったのか、暇を持て余す奴等が集まって来る。
…連れて来た陸戦部隊の連中なんぞ、常に新しい娯楽に餓えている。
喧嘩騒ぎを軍艦で起こさないのは一重にヘンケン少佐の指導力の賜物だった。
…女性兵士の部屋に『お出かけ』をする以外ろくな『愉しみ』が無いとほざく奴等だ。
部隊にもこの艦にも女性兵士はゴマンと居るが…ほら、解るだろう?
ん?何がって?俺にこんな哀しい事を言わせるな…。
『大事な蒼い稲妻に付く悪い虫』を可能な限り、陰に陽に追い払い続ける、モーリン伍長の苦労は今も続いているのさ。

「ユウ中尉ぃー!目線くださぁい!あ!ヘルメット、まだ被っちゃヤですぅ!」
「退いて!アンタの薄汚い頭が入るのよっ!コックピットに座るエース…絵に為るわぁ…」
「ハイハイ!下がって下がって!そこ!ああ!触っちゃダメ!『私の』ユウはデリケートなんだからっ!」
「キタムラ伍長!五秒間ルールはまだ有効でしょう!?横暴よ!」

アルフの額に血管が膨れ上がる。
ブルーのコックピットの計器に女たちが触れる度に眼を剥いたりするが…当の群がる女性陣は
気付いても呉れなかったりするのが空しい。
コックピットハッチの強制閉鎖スイッチに手を伸ばすアルフを、俺は目配せで停める。

「知ってるかい?ブルーは曲がりなりにも軍機なんだがなぁ…オジョーサン達…?」
「フィリップ少尉!…殺されますよ?今の彼女達を止めると…?何せ対人戦の達人も居る事ですし…」

群がる若い女性兵士の嬌声に顔を顰める、何時に無く真面目なフィリップを、サマナが停めるのは珍しい。
逆なら解るのだが。

「俺は寝技なら負けん自身は有るぞ?ええ?サマナ君?」
「どんな寝技ですか!下品ですよ少尉!」
「サマナ君は小官を誤解しているなぁ?ジュードーの事だよ。…下品なのは君だよ、サマナくぅん?」
「…クッ…そう来ましたか…!そう…!」

騒ぎが一段落し、ユウがヘルメットを被るのを合図にコックピットハッチが閉鎖される。
一瞬、暗闇がコックピットを支配するが、
直ぐに人工の『星空』がモニターに瞬き出す。
さあ、魅せて貰おうか!ブルーの正規のパイロット、ユウ・カジマの戦闘を!
ただ…それがシミュレータなのは俺にとっては残念なのだが、な…。
『星空』に光が見えた。
…さあ、『ゲーム』の始まりだ!





■第七十二章




『光が見えた!解るか!』
「…当然!今回は黙って俺に任せて貰うぞ!」
『ほう…アレが解るのか…。満更でも無いな?』
「褒めて下さり、光栄!」

俺はユウの動体視力を軽視している訳では無い。
ただの確認だ。
スラスター光が判別出来るか出来ないかで、敵に対する初動が遅れてしまうのだ。
敵をやっと認識した頃に、初撃を喰らっている自称『ベテランパイロット』を俺は星の数程に知っていた。
その大半が…あの世逝きだ。
敵と、己の技量の底の浅さを、『舐めるから』だ!

「…直線的にッ!こちらもビーム持ちだ!舐めるなよ!白いの!」

急接近するRX-78-2に、ユウはビームライフルを撃つ。
しかし、計ったが如くガンダムは光条を紙一重で『避ける』。
『超反応』の仕業だ。
シミュレータはニュータイプの『動き』を再現する為に、操縦者のスティックとペダル、トリガーの操作を『読み取り』、回避動作を行う。
それが0コンマ下2桁、3桁以下で行われ、反映される。
これが先読みの正体だ。
そう…だから、突撃馬鹿では落とせん。
MS戦闘の戦術を『組み立てる』訓練には持って来いのシミュレータなのだ。

「フン…そう言う、事かっ!」

今の一瞬の攻防で、ユウはそのカラクリに気付いたらしい。
そのまま速度を落とさず通過するガンダムを、スラスターを使わず、AMBAC機動を使いブルーを振り向かせ、モニターの視界に捉える。
ガンダムが動き回っても、常に前面のモニターに捉え続ける技量は、戦い慣れた俺の眼から見ても感嘆の出来だ。
この時代のMSには、一部の例外を除いて『全周囲モニター』など搭載されて居ない。
どんなにパイロットが優秀でも、モニターの死角から攻撃されれば見えないまま攻撃を受ける羽目に為る。
常に標的を捉え続けるユウの凄さに、外のギャラリー達は気付いているだろうか?

「…無駄弾をッ!撃つなと!言っているッ!」

桃色の光条が4本、星空を貫く。
…ガンダムのビームライフルだ。
実は、ブルーとガンダムのジェネレーターの出力値は互角だ。
しかし、ブルーとガンダムには決定的な差異が存在する。
ジェネレータの『数』だ。
ブルーの排気口は、腹に一つ。
ガンダムの排気口は、胸に2つ。
…最低でも、それだけの冷却が必要と為る位の強力なジェネレーターを搭載しているか…
複数のジェネレーターを複数利用しているかと読み取らなくてはならない。
機体の性能を外観から推測し、判断するのも、パイロットの基本だ。
ユウは僅かに動き、ブルーの『上半身』を捻らせる。
…ガンダムの放ったメガ粒子の束が、正確に元のブルーの頭、左右の腕の有った位置を貫いて行く。
ユウはガンダムから最後に放たれた4撃目の光線を、急速回避する。

「もう少しだった!惜しいな!狙いが、解り易過ぎる!」

一撃、二撃、三撃目で敵を追い込み、最後の四撃目で必殺を期す。
並みのパイロットなら、一撃目を回避可能でも、二撃目はキツイ。
この時代のビームライフルは、ガンダム以外に連射可能なモノは先ず、無い。
ビームライフルの存在すら知らない
パイロットが下手をすると大半なのだ。
だから『曹長』は、落とされたと言っても過言では無い。
…奴が敵を、『舐めるからだ!』

「舐める舐めるとっ…機械如きに、俺とて舐められたくは無いッ!」

ユウが始めて、胸部バルカンと腰部ミサイルを放つ。
同時では無い。若干のタイムラグを創って、だ。
ガンダムは頭部バルカンとビームサーベルの『切り払い』で、ミサイルを回避する。
それがユウの狙いだった。
スラスターを全開に吹かし、前進するが…?

「先ずは腕だ!シールド獲った!『曹長』!見ているか!手強い敵は、先ずAMBACを封じるのが先決だ!」

簡単に『殺れた』筈のタイミングなのに、左腕を潰しただけだ。
なるほど…ユウは奴を『教育』する気らしい。
だがな…?そう巧く行かないのが世の常だ。
ガンダムを、いや、アムロ・レイの戦闘データを舐めると怖い。
…ガンダムは『喰らってから』が、怖いのだ。





■第七十三章




「速いっ!だが…負けんっ!」

ユウが唸った。左腕とシールドを持って行かれたガンダムの反応速度と射撃の正確さが、更に増したのだ。
そう、最初は小手調べなのだ。
シールドを破壊出来るか否かが、『次の段階』へのフラグだ。
機体に掠るか掠らないかのタイミングで、ユウが回避運動を続ける。
…巧い。だが、俺に言わせればこれが『シミュレータ』だからこそ可能な連続回避運動なのだ。
レッドアウト現象やブラックアウト現象を考慮に入れなくても済むのだから、パイロットにとって楽な事この上無いのだ。

「ここで…停まる!パターンを読め!相手は所詮、データだ!」

ユウがガンダムのビームライフル射撃を総て回避し(これには俺も驚いたが)、バルカンの連射を大型シールドで受けながら突撃し、機体ごとガンダムにブチ当てる。
ガンダムがそのチャージを受けたと見るや、自機のシールドにブルーのビームライフルの銃口を当て、そのまま撃った。
…その射撃はガンダムの右脚を破壊し、脱落させる。

「動き回る相手を狙い易くするには?!そう、動きを停めてやるのが先決だろう!」

…中々、やる。機動力を奪う作戦だ。
しかし…な?ガンダムの特性をまだ、解っちゃあ居ない。
…見て驚けよ、ユウ!

「…冗談も此処まで来れば、笑えんぞ…!連邦もカネに飽かせてっ!」

ガンダムの特性。
それは、Aパーツ・コアファイター・Bパーツの三部位で一機を構成すると云う事だ。
…なんとガンダムは、Bパーツを切り離し、さらに運動性を高めたのだった。
バックパックとコアファイターのバーニアを利用した圧倒的な推力は、ブルーの加速を僅かに上回っていた。
だが…ユウの狙いは正しかった。
左腕を先にもぎ取られたガンダムは、AMBAC運動を完全には行えない。
必然的に、その機動は単調な、予測可能な範囲に限定されてしまうのだ。

「…ここで!矛を奪う!」

ユウの口元が微かに綻んだ。
正確な射撃がガンダムの右腕を断ち切り、持っていたビームライフルを星空の彼方へと投げ出させる。
まだ見苦しく頭部バルカンで抵抗するガンダムを哀れむかの様に、ユウは伏目がちに腰部ミサイルで頭部を破壊する。
間髪入れずにガンダムのAパーツからコアブロックが離脱し、コアファイターに変形した所で…

「…悪いが、チェックメイトだ。…余興は終わりにしよう…御互いにな…」

ユウは静かにそう呟くと、ブルーの頭部バルカン、腰部ミサイル、ビームライフルで止めを刺した。
何もそこまで、と云う者も居るかも知れない。
だが、戦う者の、戦士のせめてもの礼なのだと俺は思った。
獅子、欺かざるの心だ。
…獲物は常に己の全力を尽くして狩らねば為らない。
何故か?
逆襲を…復讐を敵に許しては為らないのだ。
敵を生かして還してしまえばそれは負けに等しい。
自分の今の攻撃パターンを読まれて、さらに強力に為って還ってくるかも知れないのだ。





■第七十四章




「終わった…か?」
『待て!光が見えた!解るか!?…今度は俺の番、と云う訳か…俺と替われ、ユウ!』

ガンダムの撃墜でシミュレータが終了したと思ったユウがヘルメットを脱ぎかける。
しかし、『俺』はMSのスラスター光をモニターの端に捉えていた。
…シールドに『ALEX』と大書された…ガンダムタイプのMSが、こちらに接近して来たのだ。
アグレッサー(訓練時の敵役)を数多く引き受けた、教導隊出身の俺が見た事も無い機体だった。
その機体の力強いスラスター光とその数は、嫌でもその出力の高さと機動性能を俺達に思い知らさせる。
どうなっている?
ガンダムで、『余興』は終わりでは無かったのか?

「アルフ!どうなっている?!何があった!!この機体は何だ!」
「…俺にも解らん…。レーザー発信で手近な軍のアクセスポイントに接続すると…EXAMが一瞬…起動しただけだ…」

アルフの台詞が終わると同時に、画面に機体名が表示された。
『PLAN:RX−78NT−1』。
ここまで表示されて、俺は戦時中の『噂』に思い至った。
連邦も『ニュータイプ専用機』を試作中だと言う噂だった。
ジオンのニュータイプ専用機の、『サイコミュ搭載機』は、軍上層部の情報統制にも関わらず、前線を戦う俺達の耳に入って来ていた。
兵士達の生存本能、生き残る為にあらゆるモノに貪欲と為る習性を上層部は『舐めていた』。
…当時の俺達は、対処法を待機中、皆で真剣に語り合ったものだった。
予測しない方向からビームが飛んでくるらしい、ソイツが居ると変な声がするから気を付けろ、など、半分冗談めいたモノも有ったが馬鹿にはしなかった。
…その当時の俺達には…総てが『真実(リアル)』だったのだ。

「アルフ…!コイツはガンダムの…NT専用機プランだ!EXAMめ…味な真似をしてくれるっ!」
「…っ…外部音声・映像出力ダウンだと!?…復旧しろ!…オレは、オレのブルーの…戦闘を見届ける義務が有るッ!」

どうやら…『機械ども』は俺に対し、その全力を以て『潰し』に懸かって来るらしい。
余計な電力やコンピュータ処理すら、惜しいのだ。
…嫌われた物だ。いや、逆に言えば、好かれているのかも知れん。
総てに於いて『人間に対して無関心』と云う態度を崩さなかったコイツらが、俺一人のため『だけ』に此処まで『一年戦争の最高の舞台』を創り上げて呉れたのだ。

「フン!生意気な機械どもめッ!型遅れの最新型如きに、この俺を叩き堕とせると思うかよッ!」
『…ヤザンさん…気を付けてっ…『彼ら』は…ヤザンさんの『脳』の過負荷を狙っているのっ…』

俺は急に聴こえたマリオンの言葉に、EXAMの特性を思い出す。
過大な戦闘情報をパイロットに送り込むシステムだ。
シミュレーターもその分、臨場感に溢れている。
機械どもが本気を出した=リアルを再現=もし俺が撃墜されれば…?

答えは、一つだ。

「安心しろ、マリオンっ!俺は負けんッ!何故なら…俺は…他のNTでも何でも無いっ…人間だからだッ!」
『ヤザンさん…』
「手助けは…要らんからな、マリオンっ…これは俺の力のみで解決する必要の…有る…問題なんだよッ!」

『体を借りている』ユウには悪いが、任せて貰おう。…これは俺に叩き付けられた挑戦状だ。受けて遣らねば男が廃る!





■第七十五章




ブルーのEXAMが、このNT−1に反応し、発動した。
どうやら、そいつにNTが乗っていると設定したらしい。
…これで俺の持ち時間は5分。
随分と汚い遣り口だ。
どうしてもこの俺を『MS戦闘で負かして殺したい』らしい。
…御苦労な事だ。
唇に苦笑を浮かべたその時、何故か俺は強烈なGを身体の前面に体感した。
俺は身構えて居なかったワケでは無いが、コイツは効いた。
よく言う『ヘビー級ボクサーの放つボディブロー並み』の奴だ。
…たかがシミュレータの癖に生意気な!

『ヤザンさん…!射出されたの!ブルーのEXAMが…本当に発動しているからっ!』
「…この宙域付近に、あの『中世気分の糞野郎』でも居るってのか、マリオン!」
『居ない…!居ないけれど…!もし暴走したら危険だって…艦長命令で…!』
「フン…!ガディの奴の判断か…。良い判断だよ!折角の新鋭艦を壊されては艦長気分も台無しだからな?!」
《…そう言う事にして置こうじゃ無いか、ユウ中尉。タップリ愉しんで呉れたま…敵襲だと?!ええい、こんな時に!》

ノイズの中、切れ切れに聞こえるガディの皮肉混じりの声の調子が一変した。
艦からのレーザー発信をブルーは、受け続けていた。
『機械ども』は艦のコンピュータの能力まで使って、シミュレータでこのNT−1を動かしているのだ。
何故奴の声にノイズが混じって居るのか?
このミノフスキー粒子の濃度で、何故無線を使うハメに為っているのか?
それ位推測出来なければ、まあ、実戦ではまず使いモノには為らんだろう。
俺が特別に優秀だ、と言う訳では無い。

「フン!任せて置けよガディ!この死神、ブルーデスティニーの戦い振りを貴様に見せて置くのも悪くは無いな?そのジオンのお客サンは何機で来ている?…ただの哨戒小隊単位なら、ブルーの性能ならば何ら問題は無い!!」
《問題は無い、だと…!抜かせ!その暴走した機体で何が出来る!MS隊をただちにユウ中尉の回収に向か…》
《出すな!この艦を沈める危険性も充分に有るのだぞ!射出する前にビームライフルを外せとオレは言った…!》
「そう言う事だよ、ガディ!万事、俺に任せて置けば良い!心配なら、後は神様か何かに祈って居れば良い!アルフ!ブルーの初の宇宙戦だ!シャンパンを冷やして置いてくれ!後で連中と飲むからな!俺は!」

モニターの中のNT−1がビームライフルを撃つ。
俺はシールドを構えながらギリギリで回避した。
これが実戦ならば、光線から漏れた重金属粒子がさぞやシールドに細かい凹凸を創り上げてくれる事だろう。
…流石は、宇宙戦闘機乗りの身体だ。
スラスター全開の後に逆噴射で急制動を掛けてAMBAC機動で方向転換しても、『俺』の元の身体同様に何ら問題は無い。
『G』に弱く三半規管が敏感なパイロットならば、一発で『天にも昇る様な気分で地獄行き』に為っている。





■第七十六章




「ユウ!ありがとよォ!身体を鍛えて置いてくれてなァ!」

間合いを取ろうとするNT−1に俺がチャージを掛け、それを受けたNT−1がまた間合いを取るため離れると云う機動が、繰り返される。
頭部と胸部バルカン砲を撃ちながらと云う所が肝腎だ。
リアルに造型して有るのならば放った砲弾の破片が機体の冷却機構を傷付け、少しは奴の強烈な出力を減殺してくれるかも知れんからだ。
…高機動仕様の14が穴だらけに為って流れて行った。
どうやら、ブルーは本当に砲弾を発射しているらしい。
『招かれざる客』もいよいよ到着したのだ。

「…手前等!邪魔だッ!遊びの邪魔なんだよっ!興を削ぐだろうがッ!折角追い詰めた所だと云うのにヨォ!」

悪いがゾクゾクする程、面白い。
実戦を遣りながら、俺自身はシミュレータ相手に遊んでいるのだから。
巻き添えを喰う奴らが間抜けなだけなのだ。
所詮は一度切りの人生なのだ。
最大限に状況を楽しまなければ、損以外の何物でも無い。

「明日など、要るかッ!今が有ればッ…!生きていると言う実感が無ければッ…死んでいるのと同じなんだよッ!」

EXAMが発動した『ブルー』は、後の整備の事など御構い無しに出力全開で動いて呉れる。
それこそ全身全霊を以て、だ。
普通、MSの消耗する部位はほぼ決まっている。
人間の体でも、普段は回復可能な領域までしか動かさないのと同じだ。
だが…EXAM発動時にはその消耗を想定された部位以外のパーツまでフルに作動させる。
後に回復し易い様に動く、などと生易しい事など全く考慮の外で、動く。
…俺がコイツを気に入った理由は此処に有る。
…正に『ブルー』は俺向きの機体なのだ。

「撃って来るかよ!そこでッ!」

NT−1が背を向けたまま、右腕だけ廻して、ビームライフルを三連射する。
ブルーのEXAM発動後の出力でも、追い縋るだけでも辛い。
ここまで追い詰めたのが、回避する事により、また離される。
遠距離戦の撃ち合いでは圧倒的に相手に利が有るのだ。
だから、俺の採る戦術としては中・近距離戦のブルーの持つ火力を利用して圧倒するのがセオリーなのだが…!?

「な…ガトリングだとォ!?冗談抜かせ糞がァ!当たっちまう所だったぞ!」

静止したNT−1に突進した俺の眼に見えたのは、右腕のカバーがパックリ開いて出現したガトリング砲だった。
それが火を放つ前に俺は辛うじてローリングし、回避する事に成功した。
ジオンの09、スカート付きがすぐ前に迫る。
糞がッ!

「退け!死ね!手前等に構ってる暇など無い!俺とブルーにはっ…後…残り3分しか無いんだからなッ!」

非常に勿体無いのだが、そいつにビームライフルを御馳走してやる。
後々、機動の障害に為るとこの俺が困ってしまうのだ。
これで終わりならまだ良いが…今度は06の高機動型だと?!
引っ込め旧型!
お色直しをしても結局は無駄無駄無駄無駄ァ!





■第七十七章




しかし高機動型の06は…何故か間合いの取り方が巧かった。
主兵装のマシンガンの特性を生かし、弾幕を張りつつ俺の『ブルー』と一定の距離を維持し続けている。
俺がそいつを追おうとすれば弾幕の中へ飛び込んでしまうだろう。
それを嫌う俺は『ブルー』を加速出来ない。
『いやらしい』戦い方をする奴だった。
…それ相応に、戦い慣れをした奴だ。

「退けぇ!奴が行っちまうだろぅがぁッ!」

業を煮やした俺がビームライフルをその高機動型の06に向けた途端に、一筋のビームの黄色い光条が俺の眼前を横切った。
…シミュレータのNT−1のものでは無い。
…視界の片隅に、妙なカラーリングの宇宙用09、スカート付きが確認出来た。
その手の武装はジャイアント・バズでは無い。
…後期生産型の09に装備された『ビーム・バズーカ』だ。

「…エースか!面白い!…構ってやるよ!お望み通りなァ!」

一年戦争時のジオンのビーム兵装は…ア・バオア・クーの学徒兵を除き優先的に『エース』に装備されてきた事を俺は教導隊時代の元ジオン軍関係者から嫌に為る程に聞かされて来た。
…連邦のGMの歯応えの無さに拍子抜けしたと言う屈辱的な揶揄の表現と共にだ。
物量の差をこうも言い換える嫌らしい根性に若かった俺はその都度、激怒したものだ。

「泣いて許して下さいと言っても許さんぞ!もう覚えたぞ、色付き!…っとぉ!」

下方からもう一機の高機動型の06がヒートホークで斬りかかって来る。
俺は難無く斬撃は避けたが、流石にチャージは無理だった。
そいつにブルーの『脚』を組み付かれる。
糞がッ!NT−1が、あのシールドに書かれた『ALEX』が小さく…!

《カリ…ス…!…トー…!コイツは…エー…だッ!テスト機を…れて…退…しろっ!安心しろ…この…リィは…》

『お肌の触れ合い会話』で、通信の内容が切れ切れに聞こえて来る。
どうやら14のテストのため、何処かの精鋭部隊が狩り出されたらしい。
見れば遠方の06の肩の盾には『302』と部隊ナンバーらしきものが誇らしげにマーキングされていた。

「…302?ソロモンの哨戒中隊…!面白い!あのコロニー落としの外道どもか!死んだぞ貴様等ッ!」

俺は『アル・ギザ』にも居たのだ。
アルファ、ベルナルド、チャップ…!
あいつ等からデラーズ紛争の真相を聞いていた。
奴らの事、いや奴らの中の特定単数は連邦の新兵の教本にも記載されている。
俺は教本からそいつの名を削除する機会を与えられたのだ。
試験に悩む新兵達のためにもここは一つ、ただの宇宙の塵にしてやるに越した事は無いだろう。
…悪夢に為る前に、この俺と『蒼い死神』が悪夢を祓ってやる!…『ソロモンの悪夢』こと、『アナベル・ガトー』とやらを!




■第七十八章




俺と『ブルー』から距離を取った、NT−1がビームライフルを放つ。
…脚に06を組み付かせたままではAMBACすらまともに使えない。
俺は撃墜する機体に優先順位を付ける。
…『ブルー』のリミッターが発動し、停止するまで…後…!
マシンガンを持つ、もう一機の06高機動型に躊躇いが見えた。
…甘い!甘すぎる!付け込まれるぞ?!狡猾な敵に!
先ずは奴からだ!
折角僚機が俺の、ブルーの足止めに成功したと言うのに、射撃に躊躇してどうするかよ!馬鹿が!

「敵の前で、しかも、俺の目の前でッ!そんな迂闊な真似をッ!」

ブルーのスラスター推力は強力だった。
バックパックだけの噴射で、コマンドの付かない素のGM並みの速度を得られた。
俺は脚に06をへばり付かせたまま、その激甘ちゃんに吶喊する。
ようやく我に返ったマシンガン持ち06の、パイロットがブルーに砲口を向けたその時、俺はブルーの脚を下げ、その射線上に組み付いた06を露出させる。
…撃つか?撃つのか?!

「…決断が遅いッ!撃ったのは褒めてやる!ほら、持って行け!俺からのご褒美だッ!」

脚にへばり付いた06が着弾の衝撃で離れ、奇妙なダンスを踊った。
衝撃がブルーに一瞬伝わり、コックピットの俺の身体に心地良い刺激と為る。
残念だが、決断が遅かった。
それ相応の速度で、06同士が衝突する。
…兵士に為り切れん甘ちゃんが!
MS戦闘時に迷いは禁物だ!一瞬の判断が生死を分ける!
スティックとペダルを常に意識しておけ!これで2機は黙らせた!
さあどうする?『ソロモンの悪夢』?
眼前に『蒼い死神』の無慈悲さを見てブルッたのか?
このまま仲間を見捨てて逃げ…?

「来たなッ!やはり戦友は見捨てて置けんか?!色付き!…フン!『ALEX』、そいつと仲良く連携か!ビームでは俺は無理と判断か!だがなッ!この俺はなッ…お前らが想像する、データサンプルのッ、初心者どもでは無いんだよッ!」

09が青白く発光するヒート剣を抜き、ブルーに向かって来ると見せかけて、モニターの上端に移動する。…上方からの奇襲だ。
だが、そんな正直な行動は欠伸が出る程に読める。
…舐めているのか?連邦のMS乗りを?…ここは一つ、教育せねばな!
俺はAMBACで即、上方を向き腰部ミサイルを2連射する。
…これくらい切り払えよ?簡単に出来るだろう?…あぁん?

「く、喰らうかよそれを!それも大事な大事な虎の子のっ、ビームバズーカを盾にして…情け無いッ!…拍子抜けだ!」

俺はもう、相手をする気を無くした。
どんなに喰い応えが有るか期待したが…この程度とは!ビームライフルでヒート剣を持った右腕を吹き飛ばす。
もういい。俺の相手はもう、NT−1だけだ。
俺は即座に、『ブルー』の左脚からビームサーベルを抜き、慣性を殺し切れずに突進する『色付きの09』の両足を膝から綺麗にスッパリ斬り落としてやる。
達磨にしてやれば邪魔も出来まい!止めに頭部バルカンでモノアイまで潰してやる。
…仲良くオネンネしていなよ?この『ブルー』、『蒼い死神』に狩られる『悪夢』でも見ながらな?
…胴体だけに為った09の機体が接触する。
さあ、最大限に屈辱的な、イカす台詞でも聞かせてやるとするか!

「情け無いッ!鎧袖一触とはこの事か!この見かけ倒しの張子の虎がッ!」
《…蒼いGM…二度と忘れんッ…!》
「ほう…?まだやる気かお前さんは?暢気に次が有ると思ってるのか?死にたいのか?アナベルちゃん?」
《!!…我が名を何故…!?》

俺がその暢気な台詞に思わずビームサーベルで止めを刺そうとしたその時、本当の俺の『敵』がビームを6発撃って来るのが見えた。
俺はすかさず『ブルー』をロールさせ、全弾『華麗に』回避する。
…悪いな?あんまり遅いんでお前を忘れていたよ、『ALEX』っ!!





■第七十九章




待っていたその時がやっと訪れた。
『ALEX』が俺にバックパックを向けたのだ。
そこから放たれる各バーニアの光の束が収束し、MS腕部、脚部各スラスターから延びる光条の数も数本になる。
それを目の当たりにした俺は唇の端に引き攣った笑みを隠せなかった。
『ALEX』を操る相手が素人ならば、俺は迷わずトリガーを引き絞っていただろう。

「ここで、俺にビームライフルを撃たせ…また回避する…!そして、またドッグファイトを誘う…だがなぁ!」

…他の『実戦経験のある』パイロットならば、尚更の事だ。
しかし…奴等、『機械ども』は『ALEX』にNTを、現段階では『15歳か16歳のアムロ・レイ曹長のデータを乗せている』筈なのだ。
さらに、奴等、『機械ども』のみの『力』だけでは、この『俺・7年後のヤザン・ゲーブル大尉』の例の様に、『未来から』人格・記憶を引っ張っては来れまい。

「この、俺を…生き残った、兵士を…こうも…舐めるなっ!餓鬼がぁ!」

Gに苛まれ、脳味噌が余り働かないのだと俗に言われている『パイロットの7割アタマ』でも、俺の思考速度や読みはMSを降りても変わらない。
…単純なのか、Gに強いだけなのか、身体が丈夫なだけなのか…それでも俺は、冷静さはともかく、明晰な思考と戦術の選択とを失わなかった。
ここで撃っては、相手の思うツボなのだ。
…『ブルー』の性能ではビームライフルのエナジーチャージ速度は『ALEX』にはとても敵わないだろう。
…相手は『ガンダム』の後継機なのだ。

「ヒャッハァ!捕まえたぞ!気分はどうだ?『ALEX』!怖いか?そうだろう!」

…俺はチャージ、体当たりを選択した。
興奮に頭を煮えたぎらせ、沸き返らせながらも、俺の身体は的確にスティックとべダルを操り、『ブルー』の左腕、右脚を『ALEX』の機体に背後から組み付かせて行く。
相手は実態が無いと言うのに、俺の体の感覚は『衝撃』を伝えて来る。
…『EXAM』の為せる業だ。
暴れ、もがき、必死に逃げようとする『ALEX』の動揺が手に取る様に今の俺には『解る』。
鼻歌でも出そうな気分で、俺はブルーの右脚部からビームサーベルを出し、右手に持たせる。

「…スラスターやバーニアを幾ら吹かせようとも!遅いんだよ!俺を殺せまい!幻影が!堕ちろ!」

頭では、この『ALEX』が機械ども、コンピュータどもが必死に為って創り出した幻影であり、支配下に無い俺への実体の無い刺客で有る事は理解していた。
しかし…この身体に伝わる衝撃、『EXAM』を通して伝わる動揺は…俺に『実体の有る敵』の存在を痛い程に伝達していた。
脅威は、プレッシャーは…潰して置かなければ!
ビームサーベルから光の刃が伸びる。
見慣れない…『蒼い』光条だ。
…何かが、おかしい。
頭の片隅でそう思いつつも、俺は『ALEX』のコックピットと思われる『胸部』にビームサーベルを突き立てようとする。
…胸部?何故だ?奴のコックピットは機体を見る限り腹部に…しかし『敵意』は胸部から…?
その時、俺の脳裏に強いイメージが飛び込んで来た。
目から大粒の涙を流し続ける…白い羽の生えた…裸の…少女の…だと…?

『…ヤザンさんっ、駄目っ!!止めてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

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