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ヤザン−ユウ 001-010

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■第〇章 VS ゼータガンダム


「馬鹿な…?命中しているのに?!」

俺は自分の目を疑った。
ハンブラビのビームキャノンは確かに目の前のZガンダムに命中している。
だが、当たった瞬間、メガ粒子の奔流が霞の様に消えて行く。
俺はスティックとフットペダルを引っ切り無しに動かし、Zの放つ閃光を回避した。
体を痛め付け続けるGが、目の前の光景を現実だと否応無しに認識させてくれる。

「反則だぞ、Zぁ!!!」

俺は思わず叫んでいた。
こんな事がある筈が無い。
ビームを弾く装甲をエゥーゴ風情に開発出来る訳が無い。
潤沢な予算を持つティターンズだが、同じ効果を持つIフィールドなんて代物は、ZサイズのMSに搭載できる
程にコンパクト化されていない。
俺の目の前でZが突然ビームサーベルを発動させた。

「接近戦か?!」

舌を噛みそうになりつつ、俺はZにハンブラビを突進させた。
目の前の敵を撃墜する事が、頭の中を駆け巡っていた。
いつもの様な高揚感、生と死の狭間に見える何かが、今の俺には微塵も感じられなかった。
得体の知れぬ恐怖感だけが俺をZに向かわせていた。
その時、Zのマニピュレーターに握られたサーベルが常軌を逸した輝きを放ちながら巨大化して行くのを俺の目は捉えていた。
それが振り下ろされる瞬間、俺は無意識のうちにハンブラビからコックピットを離脱させていた。
薄れ行く意識の中、俺は確かに少女の声を聞いた。


■第一章 ヤザン・大地に立つ



体が下に引っ張られるような懐かしい感じに目を開くと、信じられない物をモニターが映し出していた。
一年戦争の時に嫌になる程見てきたジオンのTYPE06、『ザク』が肩のスパイクを使い、丁度タックルを敢行しようとしている所だった。

「舐めるなよ、旧型ぁ!!」

俺は激昂した。
Z相手に不覚は取ったが、旧型の06風情に堕とされる程、落ちぶれてはいない。
俺は機体に装備されたビームサーベルを発動させ、腕に握らせた。
其処で俺は違和感に気付いた。
叫んだが、聞こえてきたのは俺の声じゃない。
別人の聞いた事も無い声だと言う事を。
しかし、今は目の前の06にこちらが戦意を失っては居ない事実を教育してやらねばならない。
舐められっぱなしでは、俺のプライドが許さない。

「接近戦でこの俺を仕留めようってのか?甘いんだよ!」

突っ込んできた06を考えられる最小の間合いで回避し、俺はすれ違い様に06の『首』をビームサーベルで刎ねた。
MSの『首』の部分には大抵、各種センサー系が詰め込まれている。
06のパイロットは謂わば視覚を急に奪われた格好となった訳だ。

「自分の甘さを呪えぃ!!06ぅッ!!」

MSの腕だけを背後に廻し、俺は迷わずスティックのトリガーを、引いた。
思わず耳を覆いたくなるような聞きなれた砲声と衝撃が、俺の体を叩いた。
…うんざりする位に聞き慣れ、聞き飽きた、GM用の100㎜マシンガンの発射音だった。

「どうなってるんだ…?こいつは…?」

俺は狭苦しいコックピット内を見える範囲で確認した。
確か意識を失う前の俺は、Zとハンブラビで戦闘をしていた。
此処に比べればリビングルームの様に広々としたコックピットで、こんな尻が痔になりそうな硬いシートでは無く、まるでベッド並みにゆったりとしたリニアシートに身を預けて居た筈だった。

「…GMのコックピットじゃねえか…」

そうだ、この計器の配置はGM系のコックピットだ。
毎日毎日飽きるほど見てきた。
GM、ライトアーマー、クゥエル。
どれもいい機体だったが、反応が鈍すぎるのが、あの頃の俺の大きな不満だった。
素人に毛の生え始めた連中にはお似合いの機体だ。

「拷問だな…こいつは…」

俺は計器を見渡す中、見慣れぬ赤いボタンを発見した。
大仰に黄と黒の注意ストライプの枠と、おまけにプラスチックカバー付きだ。
俺は押してみたい衝動に駆られた。





■第二章 俺はヤザン・ゲーブル…




プラスチックのカバーを押し破ろうとしたその時、ノイズ交じりの通信が俺の耳に飛び込んできた。
男の、耳障りな、悲鳴にも似た叫び声だった。

「ユウ、ユウ!囲まれちまった!助けてくれ!サマナの奴が片脚やられて動けなくなっちまったんだ!GM1機じゃ、ドム5機相手は…」

俺は眉を顰めた。
俺はヤザン・ゲーブルだぞ、と喉元まで出かけた怒声を押し殺し、俺は男の声に応答した。
誰であれこの状況を知るためには、味方は、放って置けない。
まずは状況を把握しない事には、今後も糞も無かった。

「…聞こえてる!今すぐ行くから待ってろ!情け無え悲鳴を上げるんじゃねえ!テメエの女が聞いたら泣くぞ!?解ったら黙ってろ!!がたつくな!」

男からは応答が無かった。
俺は軽く舌打ちをすると、計器を確認した。
ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されているのか、索敵用のインジケーターの敵味方表示が時々乱れる。
が、味方の2機を表わす表示が5機の敵に包囲されて居る事はかろうじて読み取れた。
此処から700mの距離だ。
俺はモニターに目を向けた。
岩山が見えた。
体を大地に引き付ける重力を感じる。
俺はMSに天を向かせた。
空の青さが、目に沁みた。…ここは地球だ。
心に湧き上がる不安を俺は無理矢理押さえ付け、MSのフットペダルを踏み込んだ。
戦場で、戦闘以外の余計な事を考え過ぎる奴は、死ぬ。
スラスターが爆発的な加速を生み出した時、俺は息を詰まらせた。
体に掛かるGが、予期していたGMの物と段違いだった。

「何なんだ!?…GMじゃ無いぞ、この加速は!?」

俺はフットペダルに掛けた力を弛め、エネルギーインジケーターの数値を確認すると…GMの倍近くの数値を誇っていた。
この機体がどうやら特別製らしい事に俺はようやく気が付いた。
俺はスティックを握る右腕を横目で見た。
白いノーマルスーツにそれは、包まれていた。
俺は、心の中の疑問を口に出した。

「…俺のノーマルスーツは、黒だった筈なんだがな…」

ドンッ!機体が激しく、揺れた。
モニターを確認すると、2機のMS、09がバズーカの砲口をこちらに向けていた。
迷いは一瞬で、消えた。

「…当たらなくて残念だったな、スカート付きのお嬢さん達ぃ!」

俺は更にフットペダルを踏み込み加速させると、左の09にマシンガンの弾を集中させた。
その09がのけぞるのを尻目に、右の奴の腹部にビームサーベルを叩き込んだ。
5機の中の2機を潰すと、前方に片膝を付いた見慣れないGMと、背中合わせに立ってマシンガンを撃つGMが目視出来た。

「生きてるか、タマ無しども!!もう少し我慢しろよ?!」
「…ユウ少尉…ですよね?タマ無しなんて…少尉のイメージじゃあ…」

面を見なくても性格が解るような、気弱な声が通信機越しに入って来た。
俺は面倒なので、返事をせずに、レーダーを覗き込んだ。
残りの3機が、三方に散っていた。
包囲殲滅にじっくり時間を掛けようとしたのが、そもそも間違いの元だ。

「…お前、頭でも打ったのか?ユウ・カジマさんよぉ?」
「フィリップ少尉、前にドムが!」

俺は溜息を吐きながら、立っている方のGMに突進する09にマシンガンの照準を合わせ、スティックのトリガーを引いた。
後、2機が残っていた。





■第三章




俺が残った2機の内の1機を始末に掛かる間に、サマナとか言う、脚をやられたGMの方のパイロットが09を仕留めていた。
…それなりの腕は有る様だ。
もう片方のGMのパイロット、フィリップも並みの腕じゃ無い。
俺が救援に来るまでの僅かな間に、機体のコンディションを保ちながら、09の猛攻を捌き続けたのだから。
俺は辺りに敵の姿が無い事を目視と計器で確認した後に、2機のGMの傍に自分のMSを駐機した。
2機のパイロットは機体を降り、脚をやられたGMの損傷程度を調べていた。
俺は自分のMSをハッチを開け、ワイヤーを使い大地に降りた。

「ユウ、無事だったか!心配したんだぞ?敵の隊長機を引き付けるのは構わんが、無茶しすぎだぜ」
「しかし御蔭で、敵も散発的な攻撃しか出来なくて、助かりました…。フィリップ少尉が悲鳴を上げた時のユウ少尉の説得、悪いですけれど笑っちゃいました」
「…ま、何だナァ、サマナ君…。『蒼い死神』は伊達じゃないってこったな?」

俺は二人がお気楽に話しかけてくるのに正直、戸惑っていた。
こいつらは俺の知っているあの頃の連邦パイロットと違っていた。
09を見ただけでブルッてしまう奴等と、目の輝き自体が違う。
飽きるほどMS戦闘を繰り返してきたのだろう。
普通のパイロットだったら機体ダメージの確認もせずに帰還する所だ。

「蒼い…死神…?」

俺はふと、やさぐれた感じのする男、フィリップの言葉に引っ掛かるモノを感じ後ろを振り向いた。
蒼いGMが、其処に居た。…いや、GMじゃない。
胸にはバルカンの発射口2門、その下にも恐らく小型ミサイル発射機だろう発射口が同じく2門分、装備されていた。
蒼いMSの特徴的なフェイスが、俺にGMと誤認させた原因だった。
ゴーグルタイプのメインカメラ、通称『GMフェイス』だ。

「GM…?いや…なんだ…?コイツは…?」

だが、他のGMと大きく異なるのは、その下に赤い『口』が付いている事だった。
その分だけ、他のGMよりもセンサー系かコンピューター系で勝っているだろう事が教導隊にも居た事もある俺の経験則から判断できた。
機体の外見を見てこれぐらいの事を推測出来なければ、MSパイロットとしてセンスが無いと言っていい。
教官時代の俺なら有無を言わさずぶん殴り、『原隊へ帰れ、能無し!』と格納庫の外を指さしてしまうだろう。
突然、回想に浸っている俺の耳に少女の声が飛び込んできた。

『乱暴な奴、消えてしまえ!』
「あァン?!何だとテメェ…!!!?」
声に釣られて蒼いMSのゴ-グルを俺は睨み上げた。
誰も乗っていない筈の無人のMSが、立ち上がり、100㎜マシンガンの銃口が俺を狙う。
蒼いMSの、紅い両眼がゴーグル越しに血の輝きを放っていた。





■第四章




無人である筈の蒼いMSにGMマシンガンを突きつけられながらも、俺の頭の中は冷静そのものだった。
何故か、MSの中の『誰か』が怯えているのが解ったのだ。
俺は蒼いMSの『眼』をじっと見据えた。
さぞかし困惑して居るのだろうと思うと、自然と笑みが漏れてきた。
さぞかし凄みのある表情になっている事だろう。

『殺れるものなら殺ってみろ。ただしその時はお前も道連れだ!』

俺が脳裏で呟いたその時、蒼いMSのゴーグルから紅い光が突然消え、また勝手に動き、駐機姿勢に戻った。
得体の知れないMSだ。
乗っていた時には気にもならなかったが、今は傍に居るだけで『嫌な感じ』がするのを押さえられなかった。

俺は蒼い機体を睨みつけると、後ろの二人を振り向いた。…二人はいち早く安全圏へと退避していた。
それも、駐機したフィリップ機の脚の陰に隠れて、首だけ出してこちらを覗いていた。
なかなか、味な真似をしてくれる連中だった。目端も利く。…いいパイロットだ。
俺は生き残るのに貪欲な奴は好きだ。

「…フィリップ、サマナ!テメエら汚ェぞ!俺を置いて逃げやがって!」
「…俺達は、MSで生還するのが任務だからな。実戦データ取ってたときの癖が出ちまったんだ。悪いな、ユウ。『モルモット隊』の仲間だろ?」
「それにしちゃあ、やけに冷てェじゃねえか、フィリップ、サマナよぉ?」
「ユウ少尉も、ユウ少尉ですよ。あんなMSのパイロットを引き受けるからこんな目に遭うんですよ…。今からでも遅くありません、辞めた方が…」

モルモット隊。
思い出した。俺が一年戦争時代に、撃墜数リストで常に俺の名前の上に居た奴が、配属されていた部隊の綽名だ。
それでユウと来たら間違いは無い。
『蒼い死神』で気付くべきだった。
…この体の真実の持ち主の素性を俺は、ある種の懐かしさと共に思い出した。
『ユウ・カジマ』。連邦軍屈指のエースだ。
俺は追い付けなかった謎が解けた事に、安堵していた。
たとえMS戦闘の腕が同じ程度だったとしても、あの頃の俺が乗っていたGMよりも余程反応の良い、
こんな優秀な機体に『奴』が乗っていれば、逆立ちしたって追いつけなかったろう。

「辞めるかよ!こんな面白い事をよぉ?!辞められねえぜ、おい!」

俺はGMの脚に隠れた二人に向かって叫んだ。
俺は何故か一年戦争時代の連邦軍の『モルモット隊』の『エース』パイロット、『ユウ・カジマ』になってしまった事を爆発的な歓喜と共に自覚した。
俺が奴より優秀だと示す方法はただ一つ。

この蒼いMSを操り、奴よりも撃墜スコアを伸ばすことだ。

俺は蒼いMSに向き直り、歯を剥いて笑った。
蒼いMSの中の『誰か』がたじろいだ様に、俺は『感じた』。
俺はMSに近づくとコックピットから伸びたワイヤーを掴み、乗り込むとハッチを閉めた。…やはりそうだ。
このMSには俺以外の『誰か』の存在を強く感じる。
俺はMSを起動させるためにコンソールに手を伸ばした。

「嫌な感じだ…。まるであの、シロッコのドゴス・ギア艦内の雰囲気を思い出させる」
『わたしに触らないで!乱暴な人は大嫌い!』

俺は恐怖に震えた少女の声を耳ではなく『心』で『聞いた』。
その声は、俺がZに撃墜された時、意識を失う前に聞いた物と同じ声だった。





■第五章




俺は少女の声を無視してコンソールを操作し、通信機の送信スイッチをOFFにした。
正直に言って、俺の怒りは頂点に達していた。
人をいきなり乱暴者と決め付けるこの怯えようは尋常ではない。
一度じっくりと話し合わねば、おちおちMSも降りられなくなる。
…俺はMS戦闘は好きだが、生身で殺り合いたい訳では無い。
俺は深呼吸し、『出て来い』と叫ぼうとした。

『聞こえているわ…ヤザン・ゲーブル大尉』
「何者だオマエは!俺に何か恨みでも有るのかよ!100㎜マシンガン何ぞ突き付けやがって!ふざけるな!」
『怒らないで!EXAMが…また発動してしまう…!心の中で念じて!私を感じることが出来るあなたなら…解り合える筈だから…お願い…ヤザン大尉…』
「ワケアリ、みたいだな…解った。じっくりと話し合おうじゃないか。まずはオマエの名前からだ。いつまでもオマエ呼ばわりじゃあ、気分が悪いだろうが?そうだろう?」
『…解らないの?』

俺の頭の中に聞こえてくる少女の声は、困惑していた。
心底不思議そうに聞いてくる少女に俺は、噴き出していた。

「解るワケが…」

俺は背筋に冷たい何かが走るのを感じた。
待て。俺は一度でも此処で名前を口に出して言ったか?…答えはNOだ。

『…言ったわ。心の中で。フィリップ少尉の通信に答える時、俺はヤザン・ゲーブルだって…』

俺は底知れぬ恐怖を声に感じた。
何もかも隠せぬ、恐怖を。
まるで、こちらの言わんとしていることを総て読まれてしまっている様な錯覚に囚われてしまった。

『私には、わかるの。それが認識力の拡大…』
「まさかオマエ…NTか?それとも幽霊か!!」
『駄目!恐怖や怒り、負の感情を強く持たないで!あなたには『因子』があるの!EXAMを、押さえきれなくなる!』

俺は深呼吸して、興奮した自分を無理矢理押さえ付けた。
今度は俺の出来る精一杯の優しい笑顔をイメージしながら、心の中で少女に呼びかけた。

『悪かったな、お嬢ちゃん、で、名前は?そのEXAMって何だ?どうして俺は此処に居る?他人の体だぞ?こんな事…』
『私はマリオン・ウェルチ…14歳…。EXAMは、NTを『裁く』ためにNTの私を取り込み、クルスト博士が創り上げたOS…。あなたは、EXAMと共振してしまったの…。NTとの戦闘に、『因子』を持つあなたが…』

少女はまだ声を恐怖に震わせていた。
仕方ない。
俺は火の付いた様に泣き喚く親戚の子供に笑いかけ、黙らせた事もある。
文字通り『泣く子も黙る』ヤザン・ゲーブル大尉だからだ。
…泣き止んだ子供が前より激しく泣いたのは言うまでも無いだろう。

『…そんな事が、あったんだ…』

俺は心の中を無遠慮に覗き込まれた事に不快感を禁じ得なかった。
しかし、少女の怯えを無くしただけでも良しとしなければ、な。
シロッコやサラ、Zや百式のパイロットに感じた不快感の正体は、これだったのか。
俺は心の中で苦笑のイメージを作った。

『ごめんなさい…許して…』
『良いんだ。勝手に聞こえるんだろうが。便利なようで、不便なんだな』

突然、フィリップ機からのコールが入った。
俺は密かな逢引を覗かれた間男のような気分を始めて味わった。
俺は他人のモノを盗むような卑怯な真似は死んでもしないが…。
俺は通信機の送信スイッチをONにして、喋った。
今度はマリオンからは拒否されなかった。
なかなか、聞き分けがいい娘じゃねえか。
俺はただの乱暴者じゃあ、無い。
それ相応の分別もある、『29歳』の『お兄さん』だ。

「どうしたフィリップ!何か用か!」
「おいユウ!聞こえてるのか!?サマナ機の左側に廻ってくれ!どうやら自力帰還は無理らしい!」
「解った!で、何回俺を呼んだ!?答えなかったろうが?」
「何言ってる?…今が初めてだ。…ユウ、お前本当に頭、大丈夫か?」

俺は苦笑するとフットペダルを踏み込み、サマナ機の左に廻ると腕を取り、支えた。
サマナ機が損傷した左膝を伸ばし、立ち上がった。
一息ついた俺は、この先何が起こるのか、俺自身が楽しみにしていることにふと気が付いた。
なかなか気分は、爽快だった。





■第六章




俺達は『モルモット隊』の宿営地に何事も無く辿り着いた。
あれからこの蒼いMSも勝手に動く事も無く、敵の襲撃も無かった。…いや、避けたと言うべきだろう。
…マリオンが引っ切り無しに敵の伏兵の存在を訴え続けたのだから。
それを同行する二人に説明しなければならない俺の苦労は並大抵の物じゃあ、無かった。
俺は『モルモット隊』は三機のミデアで編成されている事を、喋りだしたら止まらないフィリップの無駄口と、それを遠慮がちに嗜めるサマナの言葉から理解した。
ミデアが合流地点に先回りして、宿営地を設営し終えている所だと、フィリップは空腹を訴えながらぼやいていた。

俺は当然の事ながらそんな事情だとは知らない。
MSには鹵獲された場合を想定して、座標の入力をされてはいない。
パイロットなら合流地点を聞いているだろうが、生憎と俺は、ユウ・カジマじゃない。
フィリップやサマナが聞いているだろうが、俺が合流地点を知らない事を伝える訳にはいかん。
戦場で味方の士気を下げる馬鹿な軍人など、何処の部隊を探しても居ないだろう。
…俺が居た『ティターンズ』を除けば、だが。

だから俺はサマナに感謝していた。
この場合、隊長機が率先して合流地点を示してやる必要が無くなるからだ。
他のGMとは違う蒼いMSに乗っているユウ・カジマが、この小隊の隊長格であろう事は容易に推察出来る。
…俺はサマナのMSを支えながら、フィリップの行先に附いて行けば良い…筈だった。

マリオンさえ、俺の頭の中で黙っていてくれれば、の話だが。

『あそこに敵が居る!』『いや、怖い!』『怖い人たちが沢山…』

俺の蒼いMSの索敵レーダーを見ても、何も反応が無い。
特別な機体であるこのMSでもそうだから、フィリップ等が乗る改良型のGMのレーダーも、
反応が無いのは間違いは無いだろう。

…だが、俺のMSに乗り続けてからの『経験』と『勘』が、伏兵の潜んで居る事実を明確に告げていた。
それはマリオンが反応を示す場所と、不思議な位に一致していた。
…最も、MSをその場から移動させるためにマリオンを一々なだめなければならなかったが。
フィリップ達はマリオンが怯える度に俺がルート変更を求めるのを、

「敵なんぞ、居る訳無いだろうが…。ユウ、考えすぎだぜ?」
「喋り方がアレなのに、意外と臆病なんですね、ユウ少尉?」

と、散々茶化してくれやがった。帰ったら、今に見てやがれ…こいつら…。
二人とも包囲された時、泣きそうになってたのを整備やオペレーターの連中にバラしてやる。
…優秀なエリートを気取るパイロットには、いい薬になるだろう。
最後には俺も頭に来たので、
「るせェこのスットコドッコイどもが!こいつぁテメェらの量産型たァ、出来が違うんだよっ!」
と怒鳴り、
『お〜お〜、エースのユウ様はお怒りだ』
『ユウ少尉、それは無いですよ』
と、二人を怒らせてしまった。…一応、言い過ぎたと謝っては置いたが。

「なにィ?!」

ミデアがモニターの視界に入ったその時、急に俺のMSが停止した。
フットペダルを踏み込むが、ピクリともMSが動きはしない。
マリオンに呼び掛けて見るが、返事もしない。
俺は堪り兼ねてハッチを開けた。
MSの足元から陰気で、低い男の声が聞こえた様な気がして、俺はコックピットから身を乗り出した。

「無事だったか?オレのブルーは?」

眼鏡を着けた、『いかにも技術者でござい』と言う雰囲気を漂わせる神経質そうな痩せた男が、
強い突風の吹きすさぶ中で微動だにせず、『俺』ではなく、俺の乗った『蒼いMS』を見上げていた。





■第七章




『アルフ大尉!そこに居られると、こっちは困るんですよ!』

フィリップ機から嫌味たっぷりの声が響いた。
俺のMSの脚が止まったのが、この陰気な面をぶら下げた男のためだと誤解したらしい。
アルフと呼ばれた男はフィリップの言葉を意に介する事無く、先程の言葉を俺に向けて繰り返した。
風の鳴る音にも負けず、アルフの声は俺の耳にしっかりと届いた。

「…無事だったか?オレのブルーは?ユウ・カジマ少尉!」

俺は男の、その度胸に感動した。
踏み潰される事を恐れもせず接近し、パイロットに怒鳴られるかも知れない状況でも己の主張を決して曲げはしないこの男を俺は、一目で気に入ってしまった。
コイツがこのMSの整備主任だったとしたら手を抜く事は絶対に無いだろう。
俺ははるか眼下に見える男に叫んだ。

「おう、見りゃ解るだろうが!安心しろ!キズ一つ有りゃしねえぜ!さすが、オマエのブルーだ!」

男は頷くと、道を空けた。…案外、素直な奴だ。
俺がハッチを閉めシートに深く座った途端に、サマナからの通信が入った。
ミノフスキー粒子が薄いのか、豪華にも映像付きだ。
フィリップも回線を同じように開いた。

「…脅かしてやれば良かったんですよ…ユウ少尉…。誰も乗ってないのに勝手に動いたって…」
「パイロットが降りたら、オツムがいかれて勝手に殺そうとしてました、って言ってやれば、アイツはその場で這い上がってくるぞ?サマナ准尉殿?そうなるとオマエさんの帰還が益々、遅れる訳だがな?」

フィリップの言葉にサマナは心底嫌そうな顔を見せた。
俺は二人に声を掛けてからフットペダルを踏み込んだ。
今度は、問題なくMSの脚が動く。
俺は二人の冗談の様なやり取りを聞きながら、ゆっくり宿営地へと向かった。

サマナ機を整備スペースに駐機させると、俺は蒼いMS、『ブルー』を自分の駐機スペースへ向かわせた。
突然、オペレーターからの通信が入った。
…まだ子供と言って良い位の年の女だった。
俺が口を開く前に、オペレーターが俺に笑いかけてきた。

「お疲れ様でした、ユウ少尉。夕食は出来てますから、冷めないうちにどうぞ」
「…ああ、ありがとうよ、お嬢ちゃん。せいぜい、楽しみにしとくぜ」

夕食といっても、直ぐには取れないのがMS運用部隊の常だった。
報告、機体の整備状況の把握、スクランブルがかかった時の当直MSパイロットの分担…。
考えるとやらねばならない事は山積みだった。
ふと俺が我に帰りモニターを見ると、俺の台詞を聞きとがめたのか、女の眉が怪訝そうに顰められていた。

「…ユウ少尉…。………ユウ、どうしたの?」
「ん…?用がそれだけなら、回線切るぞ?」

女の心配そうな顔が俺を見詰めると、一方的に向こうから回線を切られてしまった。
俺は溜息を付き、伸びを一つすると、ハッチを開けコックピットを降りるためにワイヤーを下に垂らした。
俺が固定ベルトを外して、さあ降りようとしたその時に、目の前に男の面が現れた。
アルフ大尉とか言う奴が、ワイヤーを使って上がって来たのだ。

「おう、あんたか。このMS、なかなか優秀だぜ?勝手に動くんだからよ?」

優秀、と聞いてほころびかけたアルフの顔が、一瞬にして驚愕に変わった。
恐怖すらその表情から伺える程だった。





■第八章




「…EXAMを、発動させただと…!?」

アルフが俺の両肩を強く握って来た。
ノーマルスーツ越しにも関わらず、俺が思わず痛みを感じる程の力強さだった。
俺は痛みに耐え切れず、アルフの両腕を下から持ち上げ無理矢理肩から外した。

「この蒼いMSから降りると、コイツが勝手に動いて、俺を100㎜マシンガンで狙いやがったんだ!嘘だと思うんならな、後でガンカメラを調べてみろ!俺は殺されかけたんだぞ!」
「今、行う!…悪いが付き合ってくれるか…?事は一刻を争う…!!」

アルフの顔色は蒼白を通り越して最早土気色だった。
恐らく、奴にとって『EXAM』の発動と言うのは余程精神的負担が強い出来事らしい。
俺はシートに座り、ワイヤーを格納してからコックピットハッチを閉めた。
狭苦しい空間に、アルフの過呼吸気味の息遣いが耳障りに響いた。

「…ガンカメラの映像を、出してくれ」

俺は奴の言うまま、その部分を再生した。…俺は『俺』の顔を始めて見た。
…こりゃあオペレーターのお嬢ちゃんも面食らう訳だ。
優男。ユウ・カジマの俺の第一印象はこれに尽きた。
口惜しいが、俺の喋り方だとこの上品に取り澄ました色男の魅力が台無しって寸法だ。
映像を見ているうちに突然、画面の中のユウ・カジマがこちらを見上げた。
蒼いMSの起動に気付いた所だろう。
そして、見る者の背中が寒くなるような、凄みの有る笑いを浮かべた途端、カメラの映像が、突然乱れた。
俺は其処で画像の再生を停め、背中から覗き込むアルフに振り向き片眉を上げた。
アルフが深い溜息を吐いた。
人差し指で右のこめかみを揉みながら、奴は口を開いた。

「…オマエに、反応したようだな…ブルーは…。だが解らん…どうして、オマエは生きている?」
「…そんなに物騒なMSなのか?コイツは?EXAMは、そんなにヤバい代物なのかよ?」

確かに、『マリオン』の怯えっぷりは普通じゃあ無かった。
それに、アルフのさっきの反応もだ。

「…EXAMが発動して、生きて帰ってきたパイロットは、今の所、オマエ一人だ」
「…何だって?今、何つったテメェは?今、とんでもなく物騒な事をサラッと流したな!?」
「EXAMはオレにも解らない、云わばブラックボックスだ。オレに出来たのは、機体の制御からEXAMを可能な限り引き離し、この紅いスイッチで発動の制御を行うようにする事だけだった」

俺は自分が幸運の女神と不幸の女神の両方に魅入られた事をたった今、悟ってしまった。
この蒼いMSがただの高性能のMSでは無い、
パイロット泣かせ、いや殺しだと言う事を。
俺はアルフに微笑みかけ、口を開いた。…俺に今まで乗りこなせなかったMSは、無い。
ただ一つ、俺がこのMSを華麗に乗りこなして見せる前に確認しておかねばならない。

「で、そのEXAMってのは結局何なんだ?さっぱり話が見えねえんだが…?」





■第九章




俺がそう言った瞬間、アルフの奴は頬の辺りを引きつらせた。
目があからさまに俺を侮蔑していた。
どうやら馬鹿にされたらしい。…気に食わねえ。
俺は『マリオン』に聞いた事を思い切ってコイツにぶつけて、カマをかける事にした。

「…クルストって博士が作ったOSだとは聞いたが、OSが暴走しただけでパイロットがお釈迦になるワケがねェ。アルフさんよォ、隠し事はいけねえよ?」

アルフの頬が別の引きつり方をした。
痛い所を突かれたのか、奴の顔が苦渋に歪んだ。

「…そうだ。ジオンからの亡命者、クルスト・モーゼス博士が作った、『優秀すぎる』OSだ。博士はEXAMを完成させるために、連邦に亡命をした」
「オツムがジオン製じゃあ、連邦の機体じゃ合わねえワケだ…」

カムラは淡々と話し続けた。面倒臭いので俺的に要約すると、

  • EXAMは、蓄積した敵の行動パターンを分析して、最適と見られる戦闘行動を選択する。
  • その時、パイロットの意思を無視した行動を取ってしまうことがある。
  • 発動すると機体が機体最大性能で動いてしまうため、パイロットの身体と機体に過大なダメージを与えてしまう。
(そのためアルフはリミッターを機体とEXAMとの間に噛ませた)
  • 発動時に何故かパイロットが意味不明の言葉をつぶやいたり、恐慌状態になってしまう。
  • 今まで乗ったパイロットで精神も肉体も無事だったのは『ユウ・カジマ』ただ一人。
  • EXAMを積んだ機体は博士の趣味で蒼く塗装されている。
  • ジオンにもEXAM実験機が一台稼動している。

と、言う事だった。
俺は俯き加減に話すアルフの肩を右腕を廻して抱き、軽く叩いた。

「…オレを、殴らないのか?こんなMSに乗せた、オレを…許して、くれるのか?」
「要はコイツに乗ってる限り、俺は敵と戦えるんだろう?こんなに嬉しい事が他にあるかよ?」
「…そう言ってくれて、助かる。…死ぬなよ、ユウ少尉。オレのブルーを、頼む」
「おい、そう言やぁ、コイツの型番は何だ?最初コイツの『顔』見てGMだと思ったぜ?」
「前にも話したと思うが、ブルーは最初陸戦型GMをベースに造られたが、機体が持たなかった。そこで、陸軍管轄の陸戦型ガンダムを廻してもらい、カメラから上を交換した。GMフェイスは…」
「その名残ってワケだ。ゴーグルタイプの方が、周囲を確認しやすい。データ収拾にも役立つ」
「…そうだ。RX-79〔G〕BD-1、ブルーデスティニー。大切に、使ってくれ」

カムラは照れながら、自分でハッチを開け、ワイヤーを降ろしてコックピットを出て行った。
なんだ、イイ奴じゃねえか。ただ、人付き合いが下手なだけだ。奴は完全に信用できる。
俺一人がコックピットに残された格好になった訳だ。
これで、聞きたいことが『もう一人』に心置きなく聞ける訳だ。
俺は『マリオン』に心の中で呼びかけた。が、返事が無い。
どうやら『マリオン』はダンマリを決め込む腹らしい。
俺は唇を歪めて笑った。

『止めて、ヤザン大尉!それは…!』
「もう遅いぜ?!マリオォン!」

俺は黄と黒の注意ストライプに周囲を彩られた、紅いボタンのプラスチックカバーに拳を叩きつけた。





■第十章




俺の目は確かに、画面に表示された『EXAMSYSTEM』の紅い文字を読み取った。
俺の耳は確実に、虫の羽音の様な唸りと、『EXAMSYSTEMSTANDBY』と囁く機械的な声を聞いた。
その瞬間、俺の意識が…飛んだ。どこか自分の意識だけが抽出され、宙へ放り出されたかの様に感じた。

「何なんだ?何が起こったんだ!どうしてEXAMが発動している?!」

俺の足元で、アルフが叫んでいた。
足元、だと?
ふと自分の感覚を可笑しく思い、俺は自分の右腕を見た。
それは武骨な形をしたMSの腕で、蒼く塗装されていた。
強い風が、俺の体を吹き抜けてゆく。

『俺は…一体…どうなっちまったんだ…?』

頭の何処かで、少女の泣き叫ぶ声が聞こえた。
俺は少女の叫びに耳を澄ませた。怯えが、少女を支配していた。

『後ろから、怖い人達が来る!6人も!もう…嫌ぁァァァァ!!』

俺は振り向いた。3機の07と、3機の06が、『見えた』。
視覚では無い。例えるならば、皮膚感覚だ。
あのチリチリと焼けるような殺気が、俺を苛立たせた。

『解った!始末するから、泣くな!喚くな!怯えるな!…落ち着け、マリオン!その為に俺が居る!』

我ながら、ガラにも無い台詞だった。
童話の中の、姫君を守る騎士にでもなった様な気恥ずかしい言葉を吐いた俺は自分の精神が正気を保っているかどうかを一瞬疑ってしまった。

『…俺では無く、優男のユウ・カジマの顔なら、この台詞も案外似合うかもしれないな』

俺は苦笑すると、後ろを向き、殺気の元へと意識を集中させた。
体が飛ぶように軽く動く。
俺はこの感覚を非常に心地良い物として捉えていた。
それは、かつて感じたことの無い快感だった。
俺の意識がMSにダイレクトに伝わる。
MSが認識した物が自分の感覚の様に伝わる。
俺の乗ってきたどんなMSでも、こんな感覚を味わう事は無かった。

『一体どんな魔法だ…コイツは…』

…あの抜群に反応の良かった、『RX−139ハンブラビ』でさえも、このMSのもたらす一体感に比べれば、金属の鎧を何重にも着た鈍重な反応を返すMSと感じてしまう。
機体性能や機動性は比べ物にならないほどにハンブラビの方が高いだろう。
だが、そんなカタログスペックの問題ではない。
動かすのにスティックもフットペダルも必要としないこの快感は、とても口下手な俺には説明できない。

『来た来た来た来たァ!!カモが来やがったァ!!』

『俺』の視覚が、3機の07を捉えた。
俺はビームサーベルを両手に持ち、突進した。
07のパイロットの驚愕が、何故か俺には手に取る様に感じられた。

『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!死ねぇぇぇぇぇぇい!!!』

押さえきれない破壊衝動が、俺の脳裏を支配した。
真正面の07のヒートサーベルを持った右腕と、マシンガンが内蔵された左腕を一気に斬り落とす。
とどめに胸のバルカンの連射でコックピットを潰すと、07は呆気なく崩れ落ちた。

『まず一機っ!次はテメェだぁ!間抜け野郎がぁッ!』

俺は盾を構え、ヒートロッドを放とうとする右の07に『体』を向けた。
すぐさま腰部に装備されているミサイルを放ち、牽制した。07が無様にのけぞる。
俺は急接近してコックピットをビームサーベルで貫く。
今の俺には、このMSの事が総て『解って』いた。
装備している武器も、限界性能も、自分の体の様に『理解』していた。
俺は唐突に思った。
この感覚さえ『あの時に』有ったなら、『Z』に勝てたのでは無いかと。

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