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vol.4②Compensation

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vol.4②Compensation


「いったい、あのあと、どーなったのよ?」
 神罰が下されてから、どのくらいの時間がたっていたのだろう。
 スクリーンセイバーが規則的に描く模様を見るとはなしに眺めていたら、先にザ・ワールドから追い出されていた晶良からケータイに連絡が入った。
「あぁ、うん…。まぁ、なにも…」
「なんにもなかったわけ、ないでしょ! あれから何度もログインしよーとしたのに、ぜんっぜん無理。ようやくザ・ワールドにつながったと思ったら、アカウント停止だって! なによ、それ」
 息吸ってないんじゃないかって勢いでまくしたてる晶良。まだ話し足りないみたいで、ふぅーっと大きく息を吸い込んだあと、
「アンタっ、アタシがログアウトさせられてから、なにやったのよ。アウラを怒らすようなこと、なにかしたんじゃないのぉ?」
 大きな声で核心を突いてきた。
 でも、ぼくは…。
 晶良の声が遠くに聞こえていた。それにもまして、考えることがひどく面倒だった。
 晶良の問いに答えられない。考えが全然まとまらなかったせいもあるが、正直にすべてを話す勇気がなかった。
「あ、うん…。べつに…そんなことは、してない…と思う」
 ボソボソと歯切れ悪く答えるぼくに、晶良は業を煮やして、
「あ"~、ホント、イラつくっ。アンタねぇ、今夜はゆっくり寝て、あした、ちゃんと答えなさいよっ。じゃあね、おやすみ」
 返事をする間も与えず、晶良はケータイを切ってしまった。
 パソコンを落とし、ベッドに横になる。なぜだか、ひどく疲れていた。気力、体力ともエンプティな感じだ。
(腕輪がなくなればフツーの男。腕輪が消えて勇者は死んだ)
 同じ言葉を2度繰り返したところで眠りに落ちていった。


 翌日。目が覚めてから日曜日だということを思い出した。
 起き上がる気持ちが湧いてこない。活力がゼロになってしまったのだろうか。もう一度、目を閉じることにしたが、今度は眠れない。
 なにも考えまいとするものの、夕べのことが頭に浮かんでくる。
(喪失感…ってゆーのかな。ザ・ワールドあってのぼくだったもんなぁ)
 昼近くまでベッドで過ごし、母親の怒声でようやく起きだす決心がついた。歯を磨き顔を洗っても、まだぼんやりしている。
「あんた、きょうは冴えない顔してるわねぇ。年上の彼女にフラれちゃった?」
 ぼそぼそとトーストを食べていると、母親があきれ顔で言ってくる。はっとして顔をブンブン振って否定する。
「そ、そんなことないよっ! ちょっと疲れてるだけだって」
 とはいえ、自分の変調はよくわかっていた。冴えない顔なのは寝起きだからだろう、と軽く考えていたが、食後に鏡をのぞいてガク然とした。
(うわっ、ひっどい顔だぁ。なんか…ヤスヒコに誘われてザ・ワールドを始める前の顔だ)
 2年前、黄昏事件。オルカがスケィスのデータドレインによって倒れ、ヤスヒコが意識不明となって入院。そして、ぼく…カイトはアウラから黄昏の腕輪を託され、事件の解決を目指した。
 大きなうねりに巻き込まれる前、ぼくは目立たない平凡な中学生だった。いじめられたりはしなかったが、頼りにされることもなかった。いるのかいないのかわからない、空気のような存在だった。
(腕輪を手に入れてから、ずいぶん変わったよね、ぼく)
 ザ・ワールドに割く時間は少なくなかったが、成績は落ちることはなく、むしろ上昇した。積極性が出たというか、クラスメイトとも話す機会が増えるなど生活は一変したものだ。
 2年前のクリスマス、"薄明"を迎えたときからは、いわゆる"モテ期"に入ったかのようだった。
「はぁ~ぁ」
 思い出に浸っていてもしようがないことに気づき、大きなため息をもらす。
 と、ケータイが着信を知らせる電子音を奏でている。
「はい。あ、晶良さん。おはよ」
「おはよー。ご気分はいかがですか? ん?」
 冗談めかして聞いてくる晶良。用件を切り出される前に、ぼくは話しだす。
「正直、気分は良くないんだ。夕べ、アウラに腕輪を取り上げられちゃったからかな」
「そっか。勇者さん卒業だね」
 なぜ、そうなったのかを聞かない晶良。ほっとするよりも恐怖が先にたつ。


 少し悩んでから話を再開する。
「無期限でアカウント停止、だって。晶良さん、ブラックローズもそう?」
 アウラは2人に罰を下したのだが、あらためて本人に聞いてみる。
「そうよ。きょうもログインしようとしてみたけどダメだった。メーラーは生きてるんだけどね」
 アカウント使用料の割引はあるのかなぁ、などと考えてしまう。頭を左右に振り、気を取り直して呼びかける。
「あ、晶良さん…」
「スト~ップっ!」
「えっ、えぇ?」
 言い訳も聞いてもらえず、このまま別れを告げられたら…どうしよう? うろたえる。
「きのうも言ったけど、アタシ、浮気とか二股とかって大嫌い。だから、自分が好きになった人は、そんなことしないって信じてる」
「…うん」
「いい? 信じてるから、ね」
「うん」
 涙が出そうになった。少し間を置いて晶良が話し始めた。
「ザ・ワールド…、腕輪…。いろんなことがあったね。アタシは感謝してるよ。つらいこともあったけどさ。でも、アンタと会えたから…」
「晶良さん…」
「2度目はないからね」
 強い口調の涙声、だった。ぼくはケータイを耳に当てたまま深々と頭を下げる。
「はい。ぼくが愛してるのは晶良さんだけ。これまでも、これからも」
「ほんっとに…バカ…なんだか…ら」
 晶良のすすり泣く声が聞こえてくる。頭を上げられない。しばらく沈黙が続き、ようやく晶良が鼻をすすってから話しだした。
「ザ・ワールドの勇者に代わりはいても、アタシにはアンタしかいないんだかんね。そこ、よ~く認識しといてよね」
「ぼくもそうだよ。カイトとブラックローズは、ドットハッカーズは、永遠に不滅だよ」
「そんなこと言ってぇ。パーティー組んだ女性PC、いっぱいいたよね?」
 やきもちを焼いてくれるのは、ある意味うれしいけれども。いま、この状況では過去の過ちを責められているようで、なにも言えなくなってしまう。


「あ、そうだ。来週の土曜日なんだけど。ウチ、こない?」
 唐突にきりだされ、レスポンスできなかった。少し間が開いたが
「う~ん。ちょっと待って」
 と考えるふりをして、手帳を取り出しスケジュールをチェック。
「日曜日はアルバイト入れちゃったけど、土曜日はだいじょぶだよ」
「よかったぁ」
 本当にうれしそうな晶良の声が耳にしみいる。
「ぼくもうれしいよ。文化祭以来だよね、会うの」
「うん。そうだね」
「晶良さんの家におじゃまするなら、なにか買っていったほうがいいよね。し、翔子さんとこのケーキがいいかな?」
 脅されたとはいえセックスをしてしまった相手の名前、それも晶良の親友の名前を口にするのはかなりためらわれたが、つっかえながらもなんとか言えた。
「あ、翔子ね、もうあの店でバイトしてないんだ。それに、気を使わなくてもいいよ」
「え?」
 てっきり年下のぼくにお金も気も使わせないように言ってると思った。しかし、
「実はね、その日、ウチ、だれもいないんだ」
「え? えぇっ?」
 晶良の言ってる意味がよくわからない。
「お父さんとお母さんは?」
 声をうわずらせて聞いてみる。
「お父さんはね、みなとみらいで会議なんだ。お酒、飲んでくるだろうから、帰りは遅いと思うの」
 晶良が明るい声で答えた。
「ふぅ~ん。そーなんだ」
 この前、晶良の家で初めて会ったお父さんの人のよさそうな笑顔が思い浮かんだ。
「うん。でね、お母さんは幸太を連れて町内会の日帰り旅行なの」
「文和くんは?」
「あ、文和の予定、聞いとくの忘れてた。でも、いいや。千春ちゃんと受験勉強でもしてこいって追い出すから」
 けらけらと笑いながら話す晶良。
(ひどいお姉さんだ…)
 心の中でため息をついて弟くんに同情する。…が、2人きりになれるのは、やはりうれしい。


「で、晶良さん? 何時くらいにおじゃますればいいのかな?」
 できれば昼食は外で食べたい。そう思いながら、そう口には出さず、聞いてみた。晶良が聞き返してくる。
「お昼ごはんはどーする? どーしたい?」
 言葉に詰まる。
(ここは…、晶良さんの料理が食べたい、って言うべき? いや、それは自殺行為…)
「ねぇ、どーしよっか」
 せっかちな性格の晶良らしく、もう一度聞き返すその声には多少のいらだちが感じられた。
「うん。晶良さんの家までの道順、覚えてるか自信ないや。だから、駅まで迎えにきてほしいなぁ。ねぇ、晶良さん。駅の近くでなにか食べようよ」
 つとめて明るく言う。
「スーパーで食材買ってぇ、アタシが料理しよっか? で、アンタ、なにか食べたいものある?」
 晶良の楽しげな口調で、ぼくは気がついた。
(晶良さん、ぼくを困らせようとしてるな)
「ぁ、あ、あぁ、それもいいけど。アルバイトの給料日のすぐあとだから、ぼくがごちそうするよ」
 うそにならず、晶良を怒らせない、ぎりぎりの返答だ。
「ふぅ~ん。ま、アタシもあんとき、お弁当つくってから料理なんてしてないし。そんじゃあ、ごちそうになっちゃうぞ」
 ほっと安堵の息を漏らして、
「うん! 晶良さんの手料理はまた今度、食べさせて。お願い」
「ふふん。んなチョーシいいこと言ってぇ。アンタ、お正月はウチにあいさつにきなさいよ。ことしはアタシもおせち料理つくんの、手伝う約束したんだから」
「えっ? お母さん、そんなむぼぅ…、んん、げほっ、い、いや、その」
 思わず口を滑らしかけて言葉を詰まらせる。
「うんにゃ。お父さんだよ、おせちつくんの。体育教師なんて冬休みは料理と大掃除くらいしか役に立たないもんねぇ。で、アタシに速水家秘伝の味を伝授するって張りきってる」
(お母さんも料理上手そうなのに…。料理の腕って遺伝じゃないよね、やっぱり)
 極端な味付けの晶良のお弁当を思い出し、急に喉が乾いてきた。
「お正月かぁ。なんか、ずっと先のことみたい」
 晶良にではなく自分に話していた。どんな気持ちで新年を迎えるのか、不安が渦巻いていた。


 約束の土曜日。いつものように、少し早めに待ち合わせの駅に着く。晶良の姿はまだない。
 風は身を切るように冷たく、冬の到来をあらためて実感させられる。ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込み、肩をすくめていると、
「おまたせ」
 寒さを吹き飛ばしてしまいそうな笑顔を見せて、晶良が小走りで目の前に現れた。
 その顔を見たら、しみじみうれしくなって言葉が出てこない。
「? どしたぁ」
「うん。やっぱり晶良さんはかわいいな、って」
「ばか。でも、うれしいな。アンタに『かわいい』って言われるの」
 晶良の頬が少し赤くなった。
「これから、いっぱい言うよ。それと、あと、きれいだ、って」
 ますます顔を赤らめた晶良は下を向いてしまった。少しして気を取り直したように顔を上げ、
「ごはん、食べにいこ。あったかいものがいいよね」
 手袋をした手でぼくの腕をつかんで言った。
「そーだね。きょうはほんと寒いや」
「おそば屋さんでいいかな。すぐそこなんだけど」
「うん。行こう」
 ぼくと晶良は手をつないで歩きだす。おそば屋さんの暖簾をくぐると、お昼の少し前だったからか、すぐに席に座ることができた。
 おしながきに目をとおし、壁に張ってある写真を見て注文を決める。ぼくは鍋焼きうどんとカツ丼のそれぞれ単品を、晶良は鍋焼きうどんと炊き込みご飯のセットを頼んだ。
「あつ、あつ、ずっ、ずずっ、あふ、おいひい」
「ん、ん、ずっずーっ、あっつぅ、はふ、はふぅ、んま」
 2人、汗をしたたらせながら頬張る、すする、食べる。
「ふぅー、あぁ、おなかいっぱい」
「おいしかったぁ。ごちそうさま」
 ハンカチで汗を拭いながらお茶をすする。
 お勘定をすませ、外に出る。冷たい風が心地よく感じられるほど、体の芯まで温まっていた。晶良と手をつなぎ歩きだす。


「もしかすると…、晶良さんも腕輪の力に惑わされてるだけなのかも…」
「んもぉ~っ! バカっ。アタシはちゃんとアンタのこと、見て決めたんだかんねっ」
 晶良の手に握力が込められる。それをゆるめ、まっすぐ前を見ながら晶良が話を続ける。
「そりゃあ、さ。ザ・ワールドのアンタはさ、カッコよかったよ、すっごく」
「ロール…してたって、考えなかった?」
 顔をのぞきこむように身をかがめて聞いてみる。晶良は視線をくれない。まっすぐ前を見据えている。
「考えなくはなかったけど…。ずっと一緒だったアタシには、なんとなくわかった」
 しっかりした口調で話す晶良。ドキドキしながら聞き返す。
「わかった? ぼくが?」
「うん。そう。アンタはいいひとだって。アタシの…、その…、あの…」
 歯切れ悪く口ごもる晶良。
「なに?」
「アタシの、ね。運命のひとだって。確信は…ちょっとだけあったかな」
 そういって晶良はようやく笑顔をぼくに向けてくれた。
 晶良と話してはいたが、迷うことなく速水家に向かって歩けた。足は行き先を記憶していた。
「そこ曲がって、んと、あと少しだね、晶良さん」
「なんだ。しっかり覚えてるじゃない、道順」
「あは。晶良さんに迎えにきてほしかったんだ。今度は一人でこれそうだよ」
 ぼくの言葉に晶良が笑顔を向けたところで、速水家の前に到着した。
「たっだいま~」
 元気よく玄関を開ける晶良。
「えっ、晶良さん、だれか家にいるの?」
「ん~、いないわよ、だれも」
 なんとなく胸をなでおろす。
「おじゃましまぁす」
 ぼくも元気に言って家にあがった。晶良に先導されて2階に上がる。晶良の部屋に入りドアを閉めるなり、ぼくは晶良を抱きしめ唇を求めた。
「んもぉ、せっかちなんだからぁ」
 言葉とはうらはらに晶良が背伸びして唇を重ねてきた。
 久しぶりのキス。コートも脱がずに互いに唇をむさぼり、舌を絡め、唾液を吸いあった。


 どのくらいキスを続けていただろう。晶良の目が現実に戻り、手でぼくの胸を押してくる。まだまだキスしていたかったが、晶良の口内をかき回していた舌を後退させ唇を離す。
「暖房、つけるから…ちょっと待ってて、ね」
 申し訳なさそうにあごを引き上目遣いでささやくように言う晶良。上気した頬とぼくの唾液で濡れた唇が悩ましい。
 ぼくは離れようとする晶良の腕をつかんだままでいた。
「どおしたの?」
 晶良はだだをこねる幼子を諭すような目をして、やさしくぼくに聞いてくる。
「愛してる」
「うん。アタシも。アタシも愛してるよ」
 いかにも切羽詰まった言い方をしたぼくに対し、晶良はあくまでやさしくこたえてくれる。
「もっと…、もっとキスしていたい」
「うん。いいよ。でもね、寒いよ? 暖房つけてから。ね」
「…ぃゃだ…」
 永遠に別れなくてはいけなくなる、どうしてだか、そんな不安に駆られていた。
 晶良は少し困った顔に小さく笑みを浮かべ、黙って背伸びをして唇を重ねてくれた。再び長いキス。ぼくは晶良の華奢な体を、ベージュのダッフルコートの上からきつく抱きしめた。
 しばらくして落ち着いたぼくは、ようやく唇を離すことができた。
「好きだよ…」
 解放された晶良の口から、ぼくが望んでいた言葉がこぼれ落ちる。
「ぼくも。ぼくも晶良さんが大好き。愛してる」
 晶良はにっこりと満面の笑みを見せ、
「暖房、入れるから、ね。ちょっと待っててね」
 もう大丈夫だった。晶良が離れても不安が襲ってくることはなかった。晶良に気付かれないよう、そっと息を吐いた。
 ピっ、ピピっ。晶良が暖房のリモコンを操作する。すぐに晶良はぼくの胸に戻ってきてくれた。
「ねぇ…」
 今度は晶良に唇を求められる。喜んでキスをした。背後でブィ~ンと音がして首筋に風を感じた。それはやがて温かな空気となり2人を包んでいった。
 キスを中断し、ぼくは晶良のコートを脱がす。それから自分のダウンジャケットを脱ぎ捨てた。焦っていたのか片方の袖が裏返っている。


 晶良はかがんでダウンジャケットを拾いあげると、丁寧に袖を元に戻す。
「おっきな子供なんだから」
 とがめるではなく、うれしそうに言って世話を焼く。それから自分のコートとともにハンガーにかけてクローゼットに入れた。見るとはなしに中をのぞく。
(晶良さん、おしゃれには興味がなかったって言ってたけど、そこそこ持ってるじゃない)
 自分と付き合いだしてから、晶良のなかの「女」が目を覚ましたのだということまでは、思いが及ばなかった。
 ザ・ワールドと出合ってぼくは変わった。そして、晶良と出会ってまた変わることができた。でも、それは「体」だけだった。内面は高校1年生に少しだけ毛が生えたくらいのもの、だった。
 変わったのは晶良も同じだった。しかし、その変化は微妙に違っていた。男女の差もあった。2歳という年齢差ももちろんあった。
 思えばこの1年、大人への階段を駆け足で上ってきた。しかし、やることをやれば大人になれるわけではない。心が、精神が伴っていなければ、大人になったなどとはいえない。自明のことだ。
 いま、自分がいるのは、晶良の部屋。家族はだれもいない。2人きりだ。
「晶良さん、愛してる」
 晶良を抱き寄せ圧力をかける。ベッドに押し倒す。
「だ、だめっ。や、だ」
 恥ずかしいのだろう、抵抗は形だけ、だと思った。
「だ…めぇ…、だめだったらぁ」
 拒絶の言葉を吐く口をふさぐ。唇を硬くし、あくまでぼくを拒む晶良。
(な、なんで? どうして?)
 激しく動揺する。動揺がぼくを獰猛にする。理性が失われていく。
 晶良の両手首をつかみベッドに押し付ける。顔を下降させる。横を向く晶良に、わけのわからない感情が湧き出てくる。
「なんで? なんでだめ? ぼくが…きらい?」
 涙が晶良の頬に落ちる。
 力の抜けたぼくの手から逃れ、晶良がぼくの顔に手を伸ばす。そっとぼくの頬に掌をあて、ささやきかけてくる晶良。
「自分の都合ばかり押し付けるのは子供、よ。もっと、ね。大人になりなさい」
「え? あ、うん」
 返事はしたものの、晶良の言ってる意味がわからない。


「きょうは、ね。だめなの。ここまで」
 晶良がきっぱりと言う。目に宿る力に気圧され、ぼくは体を起こした。
「ぼくのこと…、嫌い…になった?」
 眼下の晶良がかすんで見える。うすぼんやりとする視界のなかで、晶良の笑顔だけがやけにはっきり見えた。
「ん~ん。大好きよ。だけどね。きょうはできないの」
 晶良の言ってる意味がわからなかった。沈黙するぼくに、晶良はその理由を話してくれる。
「オンナのコの日、なんだ。だから、だめなの」
 はっとした。相手のことをおもんぱかれなかった自分に恥じ入る。
「あ、あの、その、ごめんっ!」
 慌てて体を起こし晶良から逃げるように離れる。晶良はゆっくりと起き上がり、ぼくの顔を両手で挟んでじっと目を見つめてくる。
「キスして。いっぱい。アタシはそれだけで幸せだよ」
 目を閉じた晶良の顔が近づいて、すぐに距離はゼロになった。
 どれくらいキスしていただろう。夢中。まさに夢の中にいるみたいだった。部屋はすっかり暖房がきいて暖まっていた。
 顔を上げて晶良の顔に見惚れていると、唐突に晶良に聞かれる。
「そんなにしたいの?」
 怒りではない、恐れでもない、あきれているわけもない、そんな微妙な表情の晶良。返答に窮する。
「え? いや…、あの、その…。でも、なんで?」
「だってさ。アタシの太腿にさ、硬くて大きいモノが当たってるんだけど…」
 視線を外して恥ずかしそうに言う晶良。
「い、いや、その…。あ、あんまり、晶良さんがかわいいから…」
 できないとわかっていても、そんなにききわけのいいムスコではない。それに、そのことをどう説明しても、女のコの理解を得られるはずもない。
 晶良が体を起こそうとする。ぼくは慌てて晶良から離れ、ベッドに座り直した。晶良はぼくの胸に顔を埋ずめて、じっとしたままだ。
「!?」
 と、息子に快感が走る。
「あ、晶良さん!?」


 晶良がズボンの上からムスコを撫でているではないか。ぼくは晶良の名前を呼んだきり絶句した。
「出したい? 男のコって…、出さないとつらいよね?」
 晶良は顔を上げず、まるでムスコに語りかけるかのように聞いてくる。
「い、いや、そんな!」
 激しく狼狽したが、ぼくはすぐに欲望に素直になった。
「…うん」
「しかたないなぁ…」
 あきらめをまじえていながら明るさをにじませて晶良はつぶやいた。
「してあげる」
 ゆっくりと晶良がぼくに顔を向ける。目が潤んでいて実に艶っぽい。ごくりとつばを飲み込んだ。
 晶良はぼくのセーターをたくし上げ、ベルトを解いていく。ファスナーを下ろして、
「腰、上げて」
 ベッドに手をついて腰を浮かす。されるがままだ。息が荒くなっていくのが自分でもわかった。
「寒くない?」
 脱がしたズボンを椅子にかけ、晶良が聞いてくる。
「うん。全然…。あ、暑い、くらい」
 予期せぬ状況にとんでもなく興奮している。声が上滑りする。
 晶良がパンツに手をかけ脱がそうとするが、いきり立ったムスコがじゃまをしてうまくできない。もどかしそうに晶良はパンツに手を突っ込み、ムスコを握ってパンツを引き下ろそうとする。
「あっ…、あぁ…」
 晶良に握られ、さらに亀頭にパンツがこすれた快感が脳天に突き上げてきて、思わず情けない声が漏れてしまう。
 よく考えずとも、立ち上がって自分でパンツを脱げばいいのだが、冷静にいられる局面ではない。
 なんとか右足を動かしてパンツから抜く。左ひざのあたりでぶら下がっているパンツが、なんか間抜けだ。
「ほんとに…おっきぃ」
 晶良の言葉が熱い息にまじってムスコにかかる。これからされる行為にたいする期待に震えるように、ムスコが晶良の掌のなかで脈打っている。
「あぁ、晶良さん…」
 両手を後ろにまわしベッドにつく。すべてを晶良にまかせる体勢をとった。


 晶良はぼくの右横で床にひざまずいている。
「どうすれば…いいのかな?」
 ひとり言のようにつぶやく晶良。が、ぼくが何か言う前に、晶良はムスコをじっと凝視しながら右手をかなり速く上下させた。
「あっ! いいっ! あぁ~」
 顔をのけぞらせ喘ぎ声を上げる。
「気持ち…いい?」
 晶良が顔を上げ潤んだ瞳を向けて聞いてくる。右手は動かし続けている。
「うん! いい、いいよっ、晶良さん。あぁっ、あっ!」
 息をするのが速く、そして荒くなってきたのがわかる。
「ねぇ…、なんか、出てきたよ。…透きとおってる」
 晶良はムスコを左手に握り替え、鈴口から滴る先走り汁を右手の指ですくった。
「ねばねばしてる」
 ぎこちなく左手を上下させながら、右手の人指し指と親指の間にかかった透明なアーチを不思議そうに見つめている。
「口で…、晶良さんの口で、してほしい」
 こらえきれずに、ぼくは晶良にリクエストする。晶良は少しだけぼくを見ると、そっと顔を下げていった。
「あぅっ!」
 しびれるような快感が走った。晶良のかわいい唇に挟まれたムスコが歓喜に震えている。
「んっ、んんっ、ん~」
 晶良のくぐもった吐息がさらにぼくを刺激する。晶良はさらに口内深くにムスコを飲み込んでいった。
「あ…、あぁ…、いい、すっごく、気持ちいいっ」
 突き上げるように腰が浮いてしまう。体が勝手に動く。ムスコの先端が晶良の喉に到達した。
「んぐ」
 うめいて顔をもち上げ、ムスコを口からこぼす晶良。
「苦しいよ…、動かないで、ね」
 嫌がられて、ここでおしまいになったら…、なんて思ったが、晶良の目はやさしかった。
「うん」
 続きを最後までしてもらいたいから素直に返事する。


 再び晶良が口を大きく開いてムスコをくわえる。目を閉じてゆっくりと顔を上下してくれる。上下の唇がカリを通過するたび、強烈な快感が走りぬける。
 晶良の痴態が見たい、と思った。体を起こし、ムスコを口にふくんだ晶良の顔をじっと見る。きっと、血走った目をしてるんだろうな、そんな考えが頭に浮かんだが一瞬で消えていった。
「ぃゃ…、恥ずかしぃ、見ちゃいや、だめぇ」
 ぼくの視線に気づいた晶良が頬をさらに赤らめ言ってくる。でも、その懇願には応じられない。
「続けて、お願い」
 晶良の頼みを無視して、ぼくは晶良の顔を見つめたまま言った。目に抗議の色は見えたが、晶良はムスコをくわえてくれた。心地よい上下動が再開される。
 ぼくは我慢できなくなっていた。いや、精を放出したくなったのではない。晶良に触れたかった。晶良の体をまさぐりたかった。
「ぅぅん…んー」
 右手を伸ばして晶良の胸を服の上から揉む。晶良は逃れようと身をよじった。
 ぼくの腰は小刻みに上げ下ろしされ、晶良がムスコを口から出さないようにする。だめと言われたって、もうやめられそうにない。
「ん! んん、ぅん~、ぅん、ぅぐぅ」
 器用に晶良の着ているシャツのボタンを外し、素肌に手を這わす。うまくブラジャーをかわして直接かわいい胸を揉むことに成功する。ムスコに口を支配された晶良はうめくのみだ。
 晶良はぼくの手の攻撃から逃れようとして体をずらす。ぼくの両足の間にすっぽりと収まり、抗議の色を強めた目でぼくをにらんだ。
「…」
 首をすくめるぼく。何か言えるはずもなく、言える言葉など持ちあわせていない。ただ快感に、晶良の口による愛撫に、身をまかせていたかった。
 そんなぼくの欲望の強さにあきらめた様子の晶良は、行為に没頭してくれた。右手を幹に添え、頭を上下してムスコに刺激を与え続けてくれる。
「はっ、はぅ…、あぁ…、いいっ。晶良さん、いいよ、気持ちいいっ」
 と、晶良がいきなりムスコを口から出してしまう。晶良は左手で自分の口を拭い、呼吸を整えるようにじっとして動かない。
「ちょっと、待っててね」
 と言う晶良に素直に従う。


「ねぇ、どお?」
 ムスコを右手で握りなおし、大きくストロークさせて、晶良が聞いてくる。
 最初、晶良が何を聞きたいのか、わからなかった。でも、すぐに理解した。
「うん。もう、すぐ。すぐに出る、よ」
 ぼくの答えににっこりと微笑んだ晶良が手の動きを速める。
「あぅっ! あっ、いいっ! 出、出そうっ」
 晶良に出してもらえるなんて夢を見ているみたいだった。自分でする自慰に比べて、いや比べものにならないくらい強い快感が津波のように襲ってくる。
 ムスコが臨界点まであと少しと迫ったとき、晶良の頭がすっと下がるのが見えた。
「?」
 あまりの気持ちよさに、まともに目を開けていられなかったぼくだったが、視界の片隅に晶良の動きが見えた。すぐにムスコが感覚の変化をとらえ、さらなる大波がぼくを飲み込んだ。
「!」
 晶良が再びムスコをくわえ、かわいい唇で挟んで大きく速く上下させている。
 晶良の唾液で濡れたムスコ、晶良の唇、それらが目に入った瞬間、ぼくは弾けた。
「あぁっ! いくっ! 晶良っ、あぁっ…、出る、出る、出…るぅっ!」
 生まれて初めて、口の中に大量の精液を出された晶良は、反射的に逃れようとして頭を上にずらす。
 しかし、晶良の頭はあるところで止まった。いや、ぼくの両手ががっちりと晶良の頭を押さえ、晶良を逃さなかった。最後の一滴まで愛しいひとの口の中に放出したいという男の本能だった。
 腰まで突き上げ、何度も精液を噴出させた。
 ようやく欲望を出しきり、ぼくはへなへなとベッドに腰を沈めた。
「はぁ、はぁ、あぁ…、はぁぁぁ、はぁ、あぁ」
 いやいやをするように頭を振る晶良に気づく。慌てて頭を押さえていた手をぱっと離すと、晶良はゆっくりと頭を上げていった。鈍く光ったムスコが晶良の口からこぼれ出る。
「ありがとう、晶良さん」
 まだ荒い息を抑えつけ、ぼくは心の底から言った。
 晶良はぼくの言葉にうなずくが、表情はなんともいえないものだった。どうしていいのかわからないというか、困ったような顔をしていた。
 数秒後、晶良はすっと目を閉じて少し上を向くと、口の中のものをこくりと飲み下した。
「晶良さん…」


 愛しいひとの予期しなかった行動に戸惑ってしまう。
 晶良は少し白濁した液を端からこぼした口を開き
「う"~、ま"す"い"ぃぃ…」
 本当にまずそうに言った。それから晶良は口を右手で押さえ
「ちょっと、ごめん」
 わざわざ断って、小走りに部屋から出て行った。少し離れたところから、晶良がうがいする音が聞こえてきた。それから歯を磨く音…、それもかなり大きな音が聞こえる。
(あれ飲むのって…、そーとー気持ち悪いんだろうな)
 しばらくして晶良が戻ってきた。ぼくはなにを言っていいのかわからず押し黙っていた。
「よかった…かな? アンタ、満足した?」
 すっかり元どおりになっている晶良が、ちょっぴり不思議だった。
「あ、うん。あの…、晶良さん…」
「ん? なに?」
「愛してる」
「ん」
 ぼくの言葉を聞いて満足そうに微笑む晶良。聖母のような笑みだと思った。
 晶良はぼくの隣に落っこちるように腰をおろし、バウンドが収まるとぼくの目を見すえて言う。
「なんで、あんなことできたのか、自分でも不思議」
「うん」
「やっぱり、アンタのことが好きなんだなって、歯を磨きながら思ってた」
「晶良さん…」
「ん」
 晶良はぼくに言わせたい言葉があるのだろう。じっと待っている。
「愛してる。すごく愛してる。本当に愛してる。これまでも、これからも」
 晶良は満足したのか、すごく魅力的な笑顔をぼくに向けてくれた。そうして、
「アタシも。愛してるよ、カイト」
 ものすごく久しぶりに名前を呼ばれた。「アンタ」以外の言葉で呼ばれるのっていつ以来だろう。
「アタシね、世界の…ザ・ワールドの偶然に感謝してる。アンタと出会えてよかったって、心の底から思ってる」
「ぼくも。ぼくも晶良さんと出会えて、その、すっごく幸せ」
「腕輪所持者がカイトでよかった。最初に声をかけたのがカイトでよかった。最後までともにした仲間が…恋人がカイトでよかった」
 晶良は涙をこぼし声を詰まらせながら言ってくれた。
 あまりにも非日常的な行為をしたせいだろうか。2人とも興奮しているというか、妙に感情が表に出ていた。


 しばらくしてから、ぼくは気になっていたことを確かめようとして口を開いた。晶良も落ち着いたようだった。
「晶良さん。聞いていい?」
「ん? なに、かな?」
 邪気のない大きな目で見つめられる。思わず恥ずかしくなって顔をそむけ口ごもる。
「なによぉ?」
 晶良が顔を寄せるようにして身を乗り出し聞いてくる。
「うん…。あのさ、あの…、どうして、さ…、その、最後…ぼくが出したときなんだけど、なんで…どうして口で…してくれたの?」
 手でイかされても、ぼくはものすごく満足しただろう。元気よく飛び散る精液で満足を表せただろう。でも、晶良は口で受け止めてくれた。あまつさえ飲んでくれた。
(あんなにぼくのこと、好きだって言ってたなつめだって飲めなかったのに…)
 晶良は恥ずかしがったりせずに、ぼくの問いを受け止めている。そして、小首をかしげて考えてから答えてくれた。
「う~ん…。あのまま出しちゃったら、服、汚しちゃうって思ったから。…それに…」
「それに? なに?」
 答えを急かすように聞き返すぼく。晶良は目を閉じて再び考え込む。少し間を置いてから目を見開いてきっぱりと言った。
「アンタのこと…、愛してるから。だから…愛してるなら飲める。そう思ったんだ」
「あ、ありがとお」
 晶良の言葉に涙が出そうになるほど感激した。その気持ちは言葉では言い表せない。ぼくは行動で示そうと唇を晶良に寄せた。晶良も顔を上げ迎え入れてくれた。
 長く濃厚なキスを終え、晶良が話し始める。
「あれ…、子供のもと、なんだよね」
 子供のもと、か。確かに晶良の言うとおりだ。ぼくは軽く頭を下げる。
「うん。晶良さんの子供かぁ、きっとかわいいんだろうな」
 遠くを見つめてつぶやくと、
「アンタに似たら、やんちゃ坊主か、お転婆娘だね」
 晶良が楽しげに笑って茶化す。
「え~っ!? お転婆さんは母親似だよぉ」
 知らず知らずのうちに、2人は将来について語り合っている。それも、ともに手をとって同じ人生を歩くのが規定路線であるかのように…。
(晶良さんと結婚して、子供を授かるなんて、まるで夢物語だ)
 およそ現実感のない話なのに、2人ともあしたのデートをどうするかみたいな調子で話していた。それに気づいて、ぼくは急に言葉を失ってしまった。照れくさくて晶良を直視できず目をそらす。


 ぼくの態度の変化を見てとって、晶良も自分たちが何を話しているかに気がついたようで、
「ずっと…、ずっと一緒にいれたらいいね」
 うつむいて、ひとり言みたいにつぶやいた。
「そーだね。ぼくはずっと晶良さんと一緒にいるからね。ずっと、いつまでも」
「それ…って、さ。プロポーズ、だよね?」
 息を飲み込んだついでに唾まで吸い込んでしまい、
「げっ、げほ、げほっ」
 せきこんでしまう。
(プ、プ、プ、プロポーズ!? ま、まあ、いつかはしたいけど…、考えてなかったぁ)
 晶良が背中をさすってくれる。
「もぉ~。そんなにびっくりすることないでしょ。ジョーダンよ、冗談」
 顔を真っ赤にして早口で晶良が言う。続けて、
「高校1年生に求婚されても、ちっとも現実味がないわ」
 照れ隠しなのだろう、ぷいと横を向いてだれにともなく話している。
 ようやく落ち着いたぼくは、
「でも、いつか…。いつかきっと」
 晶良の横顔に向かって語りかける。晶良は顔を向けてくれない。
「な、なによ? いつか、どーするの?」
 晶良の声はそっけなく、言い方は突き放すようだったが、期待がにじんでいた。それにこたえようとして勇気をふるい言葉をつなぐ。
「晶良さんにふさわしい男になって、そのときは…」
「うん。なに?」
 晶良が姿勢を正して、ぼくのほうに向き直り、ぼくの次の言葉を待っている。
「その、いつになるか、わかんないけど。でも、いつか、絶対…」
 照れくさくって、恥ずかしくって、なかなか言いたいことが口にできない。晶良が焦れてきているのはわかったが、言えないものは言えない。
「なによ! 男のコでしょ、はっきりなさい!」
 ついに命令が下った。ぼくは深呼吸をしてから意を決し、
「晶良さんをもらいにくるよ、ここに」
 返事はなかった。代わりに唇がふさがれ、ぼくの頬を晶良の熱い涙がつたうのがわかった。

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