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vol.3-3⑨Liminality

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taka18r

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vol.3-3⑨Liminality


「ん~。お腹すいたぁ。ね、ラーメン食べにいこ」
 メイドの格好をした文化祭初日を終えて晶良が無邪気に誘ってくる。
「うん。そーだね。食べにいこう」
 笑顔で晶良に答えながら、冷えきった自分の声を頭の中で聞いていた。
(晶良さんの親友と寝たんだよ、ぼく)
 優柔不断が呼んだ過ち。それがさらなる過ちをもたらした。その事実が重く、重くのしかかる。
「安いけど、量が多くて、お得なんだ、この店。味はまあ、それなりかな」
 ラーメン屋のカウンターに並んで座り、晶良がぼくに笑顔を向ける。
「おっと、速水ちゃん。言ってくれるねぇ。きょうはサービスなしっ!」
「ぶぅ~。せっかく売り上げに貢献してあげようってのにぃ。ひっどぉ~い」
 店のおやっさんと軽口をたたき合い、晶良が笑っている。ぼくはそれをすごく遠くに感じていた。
「ねぎ味噌チャーシュー麺2つとチャーハン1つ、お待ちっ! 餃子はサービスだっ、食ってけ」
 食べることに集中できなかった。味がわからなかった。
「速水ちゃんが彼氏を連れてくるなんてなぁ。おっちゃんはうれしいよ、泣いちゃうよ、え~ん」
 晶良の食べっぷりに目を細めていた店のおやっさんが冷やかしてくる。
「面白いお店でしょ、ここ」
 晶良はラーメンを箸で持ち上げて、ぼくに笑顔を向けてくる。
「うん」
 半分ずっこしたチャーハンをもそもそと食べながら心ここにない返事。晶良は気にしていない。
「アンタさぁ、どこで時間つぶしてたの?」
 ギクリとする。笑顔をつくって、
「学校の近くを散歩してた。あんまり遠くにいくと道に迷いそうだから…」
 近くであっても、迷った。そう「人の道」に。
「そーなんだ。…で、どっか、いいとこあった」
 晶良が顔を寄せ小声で聞いてくる。
「え? いいとこ、って?」
 きょとんとして聞き返す。晶良は店のおやっさんが中華鍋と格闘しているのを確認すると、
「2人きりになれそうなとこ」
 ちょっぴり顔が赤くなっているのは恥じらいからか、それともラーメンのせいか。
「う~ん。2つめのバス停の先に公園はあったけど…」
「あ~、あそこはダメ。隠れられるとこ、ないもん」


 割り箸を置いて腕組みをして首をひねる。いま、こんなことで悩んでいられるのは、ある意味幸せといえるのだが…。
「ま、いっか。ちょっとウチに近いのがあれだけど、心当たりあるから。さ、食べよ食べよ」
 なんとか具だけ全部平らげ、麺は3分の1ほど残してしまった。サービスの餃子はやっとのことで3つ食べた。チャーハンも少し残した。
「ごちそうさま。おいしかった」
 社交辞令ではなくそう言いはしたが、残してしまったことが申し訳なくて、店のおやっさんとは目を合わせられなかった。
「ん~。どしたぁ。いつもの食べっぷりじゃないじゃん。具合悪い?」
 心配そうに聞いてくる晶良。
「い、いや。そ、そんなことないよ。さっき、学校でいろいろ食べたからかな。はは…」
 ごまかす。晶良は出されたものをすべて平らげ満足そうだ。
「あ~、おいしかったぁ。おっちゃん、ごちそーさま」
「お、速水ちゃん。いつも気持ちのいい食いっぷりだねぇ。つくった甲斐があるってもんだ」
「えへへ。お腹へってると、なんでもうまい!」
 コケるおっちゃんを見て笑い、晶良はお勘定をすませた。
「晶良さん、いいの、お金」
「いーって、いーって」
 お姉さんっぽく言って、得意そうな晶良。それから晶良は両手を口の前にもっていき、はぁっと息を吐いてそれをかいだ。
 ポケットからガムを取り出し晶良に渡す。
「はい、これ」
「サンキュっ」
 におい消しに2度も役立った。
 ラーメン屋を出て歩く。
「アタシの通学路。いつもはだいたい自転車通学なんだけどね。…でもさ、アンタと一緒にこの道を歩くなんて、考えたこともなかったな」
 ぼくは笑顔を返事代わりにする。
「…そこ、曲がって」
 急に小声になった晶良がぼくの手をぎゅっと握ってくる。黙って従う。


 人目につかない路地裏。ぼくは晶良を抱きしめる。きつく、きつく。
「ちょ、ちょっ…、ん…んん~っ」
 唇を押しつけ、すぐに舌を入れる。晶良の舌を絡めとり吸った。ぼくの胸を押し返そうとする晶良の手をとり指を絡め、左手は腰をしっかりと抱く。
「ん~、ん~、…ぅんんっ!」
 大きく顔を振って顔を離す晶良。左手を腰から晶良の頭に移し、強引に唇を求めた。
「ん…、もぅ…」
 抵抗を緩め、ぼくの要求にこたえてくれる晶良。いとおしくて仕方ない、たまらない。
 長い時間、重ねていた唇をようやく離す。半分だけ開いていた晶良の目に生気が戻る。不安げな視線をまっすぐに向け聞いてくる。
「どおしたの? なんで涙…」
 泣いているわけではなかった。でも、頬をつたって涙がこぼれ落ちていった。
「…あ…きら…さん…」
 嗚咽をもらしながら、やっと言葉が口をついた。
「どしたぁ? なんかあったかぁ?」
 心配が晶良のかわいい顔に影を落としている。それを見ていたら、また涙があふれた。ぼくは声を押し殺して、晶良の胸に飛び込んだ。
「あらあら。ほんとにどうしたの、きょうは。久しぶりに会ったから、かな? あっ、アタシのメイド姿に感動した?」
 やさしくぼくの髪をなでながら、子守唄でも歌うように話しかけてくれる晶良。
 恋人が急に泣きだすという状況に、心中穏やかでいられるはずはない。それなのに、いつも以上に落ち着いている晶良だった。
「う…うぅ…」
「いいよ。なにがあったかなんて聞かない。アンタはアタシを心配させたりしないって知ってるから」
「あきら…さん…」
「泣きたければ気のすむまで、いいよ」
 泣いた。人目も気にせず声をあげて泣いた。晶良はずっとぼくの頭を撫でていてくれた。
「晶良さん、晶良さん、晶良さんっ!」
「うん。アタシはここにいる」
 ようやく顔を上げたときに見た晶良の顔は生涯忘れられないだろう。


 なつめとしたときも、千春としたときも、こんな気持ちにはならなかった。
 本気なのは晶良だけだ。だから、浮気は浮気。そう開き直ることができた。
 でも、きょうは違った。翔子に脅され、そして交わっただけ──では、すまなかった。
 不安──晶良を失うかもしれない不安がドス黒く広がっていくばかりだった。
(こんなことばかりしていたら…、晶良さんと別れることになっちゃう。そんなの、いやだっ。いやだっ、いやだっ、いやだっ! いまの、この幸せを失いたくない)
 翔子が話すわけはない。それはよくわかっていた。でも、だけど、バレなければいい、という問題じゃない。自分が、自分のしてきたことが、許せなくなっていた。






 ようやく、わかったのだ。晶良を失いたくない、と。






思えばこれが、ターニングポイントだったのかもしれない。
だけどこのとき、ぼくと女性たちとの関係は、
とっくに遊びの域を超えていたんだ。

もう後戻りはできないところまで、
かかわってしまっていたんだ…。

自分を救い、恋人を守ると誓ったとき、
ようやくぼくは、自分がすべきことを理解したんだ。

…本当の『愛』に、やっと気づいたのだ。






          .hack//関係拡大 vol.3          <了>

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