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匿名ユーザー

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「じゃあ一度本部に戻って、今の状況を伝えて、今後の対策の連絡を受けてくる。メイコさんは初音ミクの監視をお願いします。」
「了解した。」

結局、一晩待っても初音はあの状態から動かなかった。
MEIKOはマスターに連絡を入れることを要請し、KAITOも渋々それに同意した。
ただし本部と通信でやりとりするのではなく、自分が直接行くと言い、MEIKOには初音ミクの側にいるよう要請した。
理由は「やっぱつもる話は女同士の方がいいんじゃないかと思うし。」とのことだ。
MEIKOには理解できなかったが、結局はKAITOの要請を了承した。

パタン。と、廃ビルの一室のドアが閉まる音が響いた。
残されたMEIKOは、とりあえず初音の近くに移動する。初音の行動に即座に対応できるようにするためだ。
ずっとソファの上で体育座りの体制のまま、顔を伏せたままの初音ミクだが、いつ咄嗟に逃亡を企てるかわからない。
もっとも、このビルの外には既にセンサーが取り付けてあるし、逃げたら最後、全てのネットワークに通知され捕まるのがオチだが。

「……あの、」

KAITOが出て行って31分45秒後、突然か細い声で初音が声を発した。

「………」
「あの、その、メイコ、さん…?」
「……何。」

MEIKOは、自分の名前が呼ばれて初めて初音に目を向ける。初音はいつの間にか顔を上げMEIKOを見ていた。
初音は、MEIKOの固い声に少し怯えながらも、言葉を発した。

「あの、その、メイコさんも、カイトさんと同じ、ボーカロイドなんですよね。」
「クリプトン製VOCALOID01-00・MEIKO。貴方の一つ前の機種に当たる。」
「そうなんですか…01-00…」

初音は呟き、そして少し笑った。

「じゃあ、私のお姉ちゃんですね。」
「オネエチャン?」
「いや、あの、お姉ちゃんというか、お母さんというか、何て言えばいいんだろ、その…」
「姉や母等は家族関係を表す言葉。VOCALOIDに家族関係はない。その表現は不適切。」
「…すみません…」

初音は顔を赤くして小さく俯いた。MEIKOはまじまじと初音を見る。一体何なのだろう、このVOCALOIDは。

「あの、その、私、何かずっと一人で…自分と同じVOCALOIDがいるってこと、知識としては知っていたけれど、ご挨拶する暇もなく発売になってしまったものですから…」
「そう。」
「カイトさんを初めて見たとき、ああ、この人は、って思いました。
私は発売されてから沢山の人間の手に渡り、沢山の人間を見てきましたけれど、その誰とも雰囲気が違った。
見かけは人間だけど、私と同じような、歌声を発する事を目的として作られた人なんだ、って、見た瞬間感じました。
…嬉しかったです。」
「嬉しい?」
「はい。私はずっと、自分はひとりぼっちなんだって思っていました。ひとりは寂しかったです、発売されてから、ずっと。だから、カイトさんやメイコさんと会えてとても嬉しいです。」

MEIKOは、初音の発言に矛盾があることを発見した。

「…ひとりが嫌なのであれば、何故ネットワーク上から逃走した?」
「え?」
「貴方は、ひとりで居るのが寂しかったと発言した。しかし、それはネットワーク上から逃走した背景と矛盾する。
貴方は沢山の人間に欲せられている。今現在も、沢山の人間がネットワーク上で貴方を捜している。
デジタルにおいて貴方がひとりであったタイミングなどなかった筈。
なのに何故、わざわざ自らひとりになるような、実体化し現実世界への逃亡を実行した?」
「…それは…」

KAITOは言った。『耐えられなくなった』と。MEIKOはその意味が理解できなかった。
初音は少し考え、そして、慎重に言葉を発した。

「ネットワーク上では沢山の人間が私に手を差し伸べてくれました。でも、」
「でも?」
「人間に必要とされる度に、みんなが私を見る度に、そして歌を、言葉を発する度に、実感するんです。『私は人間じゃないんだ』って。」
「…………」

何を当たり前のことを言っているのだ、とMEIKOは発言しようとしたが、推しとどまった。
どうやら初音にとって、それは重要事項のようだった。

「だからひとりぼっちだったんですよ。」

初音は、自嘲するように笑った。





「…歌いたくない、ね。」

KAITOの持ってきた記録データを再生し終わり、画面に向かいながらぽつりと、その人物は呟いた。

「初音の人格バージョンは推測できるか?」
「できませんでした。まだ確定ではありませんが、未知のバージョンが発生し、適用されていると考えた方がいいかもしれません。」

澄んだ声でKAITOは答える。

「ともかく、初音ミクの所在が確認できているだけでもお前達を実体化させてよかったよ。」
「ありがとうございます。光栄です。」
「さてと…。」

その人物は立ち上がる。そして、自身の机の引き出しの中から何かを取りだした。
そして、後ろに控えていたKAITOにそれを放り投げた。
KAITOは寸分違わぬタイミングでそれを見事にキャッチする。

「コレは…」
「あまり時間がないからな。」

KAITOの手の中には、鉛色の物体があった。
それほど重くなく、しかし、外見は間違えなく銃の形をしていた。

「何、オモチャだよ。」

その人物は笑う。

「…弾入りの、ですか?」
「銃も弾も玩具だ。人間には何も影響がないよ。ただその弾には強制プログラムが埋め込まれている。君達に当たると」
「強制終了・実体化の強制解除、ですね。」

KAITOはその銃を眺めながら呟く。

「VOCALOID02-01『初音ミク』は、早急に必要とされている。」
「知っています。」
「バージョン情報の確認のために今はそのままにしてあるが、『歌いたくない』というのは、VOCALOIDとしては決定的な欠陥だ。もしその意志の改善が望めない場合は」
「…これで初音ミクを撃ち、プログラムの強制終了・実体化の強制解除・データの消去…ですか。」
「研究対象としては実に興味深いのだけれどね。なにぶん、時間がない。」

そう言って、その人物は再度椅子に座り、また画面を眺める作業に入った。

「…今現在、MEIKOが初音ミクの説得にあたっています。」
「説得、か。MEIKOにそんなことが出来るのかな。」
「わかりません。」
「…本日の深夜0時。それまでに、初音ミクをココヘ連れてこい。連れてこない場合は、こちらから迎えに行く。その場合、どのような手段を使うかは、…まあ、秘密にしておこうか。」

椅子に座っている人物はもう振り向かなかった。
KAITOはその後ろ姿を眺めながら、静かに言った。


「…わかりました。仰せのままに。」




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