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LIVE FOR YOU (舞台) 22

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LIVE FOR YOU (舞台) 22



 ・◆・◆・◆・


雨が。

雨が降っている。

止まない雨が。

哀しみの雨が。

全てを覆い尽して振り続けている。


雨は……

雨は止むのだろうか。


その問いに雨が答える事は無く。


絶え間なく振り続けている。


哀しみが。


全てを染めていく―――






 ・◆・◆・◆・


「………………」

唯湖は目を瞑りその時を待っていた。
己が終焉を愛する人の手で彩られるのを。
喉元に突きつけられた剣先が意志を持って自身を貫くのを、ただ静かに。
それが望みなのだから。

愛する人であるクリスは一度唯湖の顔を見だけで、すぐに顔を下を向けてそのまま動かない。
衝撃が大きすぎたのだろうか。
それはそうだろう。愛する人が死んだと告げられたのだから。
哀しみと怒りで堪らないに違いない。
だから、きっとクリスは私を確実に殺して、くれる。
そんな核心めいた思いが唯湖の中にはあった。
何の躊躇いもなくクリスが自分を殺しそこに最上の終焉を迎える。
後はそれをただ待つだけ。


そして、一瞬のような、永久のようなどちらともわからない時間がそのまま流れ。


「なつきはね……」

ふと、クリスが顔を下げままぽつりぽつりと呟き始めた。
感情は薄く、ただ静かに。
何かを確かめるかのように、ゆっくりと。

「優しくて、強くて、綺麗で……本当にいい子だったんだよ」

その言葉には沢山の優しさが。
たくさんのぬくもりが。
たくさんの愛おしさが。
たくさん、たくさんつまっていて。

「護りたかったんだ……本当に大切な人だったんだ」

苦しそうに。
哀しそうに。
彼の周りには本当に雨が降っているようで。

「なつきは……ちゃんと自分がしてしまったこと……それをちゃんと受け止めていたよ」

クリスは知っていた。
なつきが、自分が犯してしまった許されざることを正しく受け止めていたことを。
大切な人を殺してしまって、それをきちんと受け止めて。
そして、

「そして生きようとしたんだよ……精一杯……精一杯にね」

生きようとした。
どんなに辛くても、苦しくても。
哀しみに負けないように歩こうとしていた。

「笑って……笑って……生きていられるように……頑張って」

なつきは笑っていた。
哀しみを乗り越えて笑っていられるように。
精一杯生きて、生きて。


でも


「死んだんだ」


玖我なつきは死んでしまった。
まだ生きたかったはずなのに。
クリスと一緒にいたかったはずなのに。
それなのに、死んでしまった。

そう告げて、クリスは顔を上げた。

「……っ!?」

唯湖はその瞬間、息がつまった。
クリスの表情に生気は無く、顔には沢山の涙が溢れている。
それなのに…………まるで哀しそうな表情はしていない。
クリスの瞳にはただ、全てを吸い込んでしまいそうななにか深いものが湛えられていて。
多くの罪を背負っている唯湖の瞳をただ見据えていた。

「ねぇ……唯湖」

そう告げる言葉には何の感情も篭ってなくて。
全てを断絶するかのような短い問いかけ。

「なつきは間違った事をしたのかもしれない。それは、きっと簡単に許されてはいけないことだと思う」

続けられる言葉にはなつきのことが。
でもそれを唯湖は何処か怖いと思った。
大切な人のことを語っているはずなのに何処か褪めている。
そんな感じがした。

「でもね……、
 それでも彼女はその分まで精一杯生きようとした。生きることができたんだ。自分がやったことをちゃんと受け止めて」

語るクリスはどこか人形のようで。
何かにとりつかれてる様に言葉を発している。

「ねえ……唯湖。そんななつきの生き方は……駄目だったと言うの?
 ……ううん、そんな訳ない。なつきはきっと自分の生き方を誇れたはずなんだよ」

なつきはきっと最期までその生を誇れていただろう。
なつきはずっと笑顔でいられていたんだろう。

そんななつきを、

「僕は大好きだった……なつきには……ずっとずっと笑っていて欲しかった…………愛していたんだ」

応援したかった。
大好きだった。
愛していた。

心の、心の底から。

でも、



「君が――――殺したんだよ」



唯湖がなつきを殺した。

その事実は覆り様も無く。

ただ、ただ重く圧し掛かって。

クリスは抑揚の無い声で、無表情のまま唯湖に問う。


「ねえ……唯湖。
 …………君になつきを裁く権利なんてあったの? 君はなつきのことをどれくらい知っていたの? …………ねえ?」


クリスは剣をもう一度握りなおして。


「何も知らないよね?
 ………………知る訳が無い。なつきがどれだけ苦しんだか、哀しんだか解る訳が無いのに………………それなのに」


そして、言う。


「――――殺したんだよね? 唯湖」


クリスの顔は感情も何も無く。


ただ、深い瞳が唯湖を飲み込むように。


見つめている。






 ・◆・◆・◆・


「ああ、そうだよ。私がなつき君を殺したんだ」

でも、それでも、唯湖は強く頷いて、微笑みながらクリスに応えた。
それが自分が負った罪である事を確認しながら。
瞳にはしっかりとした意志を宿して。

「君が愛している人を、私の意志で、撃ち殺したよ」

ただ、自分が行ったことを淡々に。
心に強い芯を持ちながら。
しっかりと立ちながら。
来ヶ谷唯湖は殺してもらうための言葉を吐き続ける。

「それだけじゃない。
 西園寺世界や衛宮士郎。それに千羽烏月や源千華留の四名を殺した。しかも後ろ二人は殺し合いに乗ってない人物だ」

当たり前のように事実だけを告げ、一人、また一人と呼ぶ度に指を立てていく。
そこに何の感慨も無く、ただ事実を告げるだけだと言うように。

「そして、最後に君の最も愛している人、玖我なつきを殺した」

最後に親指を立てて、終わりだと言う。
唯湖にとってはクリスに会ったのならそここそが終焉なのだから。
だから、これが最後。
これが、クリス・ヴェルティンを苦しめる最大の切り札。

「解るかい? クリス君。もう救えないんだよ。私はこんなに愚か者になってしまった」

だから、早く殺して欲しい。
こんなに愚か者なのだから。
こんなにも悪人なのだから。
君の手で早く楽にして欲しい。

「玖我なつきが精一杯に生きようとした? 優しくて強かった? そんなこと、私が知りようもない」

そんなことはもはやどうでもいい。
だから、嘘をつく。
優しくて強かったことを知っていたことも隠し通す。
あんなにも、精一杯生きていた女の子を否定する。

「彼女がどう生きて、どう死のうが、私には関係はない。興味もない」

知っている。そして心が震えたことも。
彼女の生き方が素晴らしいもので、死ぬ瞬間まで笑っていたことを。
最後までクリスを信じて愛して、そして殺そうとしている自分を救おうとした。
そんな玖我なつきの生き様、死に様を来ヶ谷唯湖は知っている。

これが誰かから否定される生き方だとは唯湖自身思わないし、言いたくもない。
誰かがなつきを笑ったのだとしたら、唯湖はその誰かに対して残虐な敵対者となるだろう。

でも、それを否定しなければならない。

それが、結果的にクリスに殺されることに繋がるのなら。

堕ちる所まで、堕ちよう。

「間違った事をした。許されない事をしたんだろう?
 ならどうあがいても末路は同じ。玖我なつきが許さざれる者なら辿り着くのは――死でしかない」

玖我なつきが殺人者というなら。
同じように何者かに裁かれなければならない。
この殺し合いで死んでいった無数の殺人者らと同様に。
唯湖はそう、無情の定理を淡々と語る。

「私に裁く権利なんてないさ。でも、私にはそんなの関係ない。ただ、私は私の思うまま、殺しただけ」

そう呟き唯湖は自嘲する。
権利なんて存在しない。
でも殺した。
それが自身の願望を果たすことに繋がるのなら。
ただ、ただ、殺す。

「なつき君のことなんて知らない。どれだけ哀しんだか、苦しんだかなんて、知る由もないし、必要も無い」

本当は知っている。
あんなにも自分がしたことに苦しんで哀しんで、
あんなにも純真で真っ直ぐでこっちが眩しいくらいの素直さが羨ましかった。
だけど、それをクリスに伝える必要はない。
伝えたら、きっと殺すのをやめてしまうだろう。
だから、なつきがクリスに託したことも封殺する。
封殺しなければならない。

「愚かだなぁ、玖我なつきは。私を救おうとするからだ。私はこんなにも救えない愚か者なのに」

愚かとなつきを笑い。
唯湖は嘲笑する自分をクリスへと見せつける。

「だから、殺してやった」

言い切る。
楽しそうに、笑いながら。
一言だけ。

「何でも知ってそうな口ぶりが嫌だった。憎たらしい程に君を愛して、ただそれだけを信じて。それだけを免罪符にして」

それは本心か虚心か。
唯湖にしか解らないけど。
でも、それは明朗に響いて。

「君に許されたと言うだけで、もう救われて気分になっている。
 なんだ、それは。それじゃあ、なつき君が殺した人や、その周りの人の気持ちはどうなる? 救われないじゃないか?」

あくまで、玖我なつきを殺人者と扱って。
聖者のような思想を立てるクリスに残酷な言葉を突きつける。

「だから、殺した。そして私は自分自身の為に殺したんだよ。あの女を。君の傍にいたあの女を憎しみだけで殺した」

玖我なつきが許せなかった。
クリス・ヴェルティンの傍を奪ったあの泥棒猫が。
自分がいたかった場所を奪ったあの女が。
ただ、憎かったと。

「私の居場所を奪ったあの女が憎かった。悔しかった…………私もいたかったのに……なのに、……だから、殺したんだよ」

自分もその場所にいたかった。
愛する人の傍にいたかった。
それだけを願っていたのに。
奪った、掻っ攫っていった。
憎くて悔しくて。
みっともない嫉妬に燃えて、

そして殺した。

「あははっ…………本当に救えない。本当に心の底から愚か者だ」

笑いながら唯湖は語る。
救えないのは誰だろうか。
クリスだろうか。
なつきだろうか。
唯湖だろうか。

誰にも解らないけど。


「そうさ、私は感情のまま、殺したんだよ、玖我なつきを。自分自身の欲望のまま、殺したんだ」


笑いながら語る唯湖は。

誰にも見えない涙を流しているようで。


「自分が殺したいから殺した!」


壊れている心が軋んでいるようで。

そんな事を言う自分自身が何処か滑稽に見えて。


「こんな、私は救えない。こんな墜ちきった私は救えない。二度と喜べない。二度と楽しめない」


人形になろうとしている人間が。

心を壊そうとしている。


「本当に大切なものはみんな、私が壊した。壊して壊して壊し尽くした!」


大切なものは全て無くなった。
大切なものは全て消えていった。

だって、自分自身が壊してしまったんだから。


「こんな私は救えない。愚かな愚かな愚者はこのまま、死ぬしかない」


全てを血に染めた少女は。

笑いながら。

ただ、笑いながら。


「こんな私はもう何処に戻れない。もう何処にも帰れないよ」


ただ、懐かしいものを思い出しながら。

愛している人に哀しく笑って。

その笑顔は本当に。


美しくて。

哀しくて。



「だから―――――――」



人形には到底出せないであろう程の

素晴らしくも

儚く



「殺してくれ」



哀しいぐらい人間の笑顔だった。






 ・◆・◆・◆・


雨が降っている。
止まない雨が。
永遠に。
ただ。

ただ、ずっと。


「ねぇ……唯湖」


クリスはそっと口を開く。
表情は無くて透明な水の様で。
ただ、唯湖を見据えている。


「……この島に来て……色々あった……本当に色々あった……」


呟くクリスが見つめる先はずっと遠くで。
深い深い雨の先を。
ただ、見続けていいる。

「たくさん、たくさん……大切なモノを手に入れた。大切な人、大好きな人、大切な想い……」

立ち上がって、剣を下げ。
踵を返し、教会の祭壇の方へ。
唯湖はそんな、クリスを見てることしか出来ない。

「でも、でも、皆、手から零れ落ちていく。皆、僕から離れていく」

一歩、一歩ずつ。
進んでいく。
その先には何があるのだろうか。

「大切な人も失った。帰るべき場所も、もう存在しない」

本当に大好きで、愛していた玖我なつきはもういない。
そして、戻るべき場所にはもう戻れない。
全部、全部、無くなってしまった。

「僕は、疫病神かもしれない。
 皆……皆死んでいく。
 ……リセルシアも、……ファルさんも、……トルタも、……キョウも、……ナゴミも、……シズルも、……アルも、
 …………そしてなつきも」

昔、唯湖に言った言葉がある。
疫病神なのかもしれないと。
その通りに皆、皆、クリスに深く関わった人は死んでいった。

クリスと触れあい、そして早期に命を散らしたリセルシア。
自分の知らないクリスに惑いながらも生きたファルは、先程、死んだ。
クリスに尽したトルティニタは愛する人を見つけ、その人の為に命を尽しきった。
クリスと出逢った藤林杏は大切な人を失った哀しみに耐えられず、深い闇に落ちていった。
クリスを嘲笑い、否定した椰子なごみは最後まで殺し合いに乗り続け、巡った因果に追いつかれ果てた。
藤乃静留はクリスという存在によって全てを狂わせられて、情念を燃やし、そして愛する人の手で命を終わらせた。

最初から最後までクリスの傍に居続けてくれたアリエッタは…………元々居なかった。最後に笑い、そして許さなかっただけ。


クリスを愛し続けた、クリスの最大のパートナーだった玖我なつきはクリスを想いながら、そのまま、笑って…………逝ってしまった。


皆、皆クリスと触れ合った人が死んでいく。
クリスが人と交わろうとする度に人が死んでいく。

「僕は……………………何の為に変わっていったんだろう」

元々人と交わりたくなかった。
人と触れ合うのが苦手だった。

なのに、触れあいを求めた。

けど、結末はいつも哀しくて。

そして、死んでいってしまう。


「唯湖………………僕は最初から『間違っていた?』それとも『狂っていた?』」


唯湖に向かって振り返ったクリスの表情に。

唯湖は、初めて。

『クリス・ヴェルティン』という存在が怖く感じ始めていた。


ふと、思う。


クリスはある意味『黒須太一』と変わらなかったのではないかと。
クリスはただ擬態をしていただけなのだろうか。
人に触れ合う為に、人と交わる為に、そういうものに姿を変えていただけ。

変わっていったのではなくて、ただ『憧れる姿を模倣していた』だけ。


そんな、一つの推論が浮かんだ。


まさかだろうと唯湖は思う。
けど、クリスのその表情に、そう思ってしまう。


「けどね、…………僕は変わった事を否定しちゃいけないんだ。
 否定したら、僕を信じた人達まで否定してしまうことになる。……そんなのは絶対駄目だ」


だけど、クリスは言葉を紡ぐ。
変化を否定しない為に。
深い雨の中。

哀しみに囚われないように。


「……憶えている? 唯湖。僕達が出会ったときの事を」


今でも、思い出すことできる、あの夜のこと。
音が満ちる教会で、君と出逢って。


「君は、僕を肯定してくれた」


唯湖はクリスを肯定した。
触れ合って。
心を通わせて。

「そして、教えてくれた。明日は希望に満ち溢れているって……そして、願いは想い続ければきっと叶うって」

明日は希望に満ち溢れている事を教えてくれた。
願いは思い続ければ叶うって。


だから。


「僕は想い続けている。哀しみの連鎖が止まりますようにって……君が肯定してくれていたから……僕は今でも思い続けられる」


思い続けられている。信じ続けられている。

哀しみの連鎖が止まるようにと。


あの時、来ヶ谷唯湖が、クリス・ヴェルティンを肯定してくれたから。


クリス・ヴェルティンはどんなに哀しくても、憎しみに溢れても。


「僕は……………………だからこそ、哀しみの連鎖を止めてみせる。どんなに苦しくても……絶対に!」


哀しみの連鎖を止める事を絶対に諦めない。


「唯湖……僕は言ったよね。君は人形じゃないって」


一歩、一歩と祭壇から唯湖の元へ。
確かな意志をもって。
雨に打たれながらも。

歩いていく。


「今でも信じている。君は心のある人間だ。こんな事をして、苦しくない訳がない」


その言葉は呪詛のように。
その言葉は祝詞のように。

唯湖を縛っていく。


「君はなつきを殺した。それは変わりようが無い事実だけど、でも」


クリスは笑う。


「僕は、それを受け止めるよ。君が何十人殺そうとも、何百人殺そうとも、僕はそれを受け止める」


ただ、怖い。
なつきを殺しても、なお、唯湖を肯定するクリスが。


「これ以上、哀しみの連鎖は広げない。此処で、全てを断ち切る。どんなに哀しくても」


矛盾した言葉が、響く。
哀しいはずなのに、それでも、その哀しみすら噛み潰して。

二人の距離が近くなっていく。


「唯湖……僕は君が素敵な人だとまだ、思う事ができる」


そして、クリスは剣をまた唯湖の喉元へ。


「命は……尊いモノなんだよ。きっと、それは何よりも大切なモノ、明日を希望に満ち溢れさせるモノなんだ」


命の尊さを説き。
唯湖を見つめ。


「それは、きっと哀しみや憎しみで歪めちゃいけない。たとえ、どんなに苦しくても、心が張り裂けそうになっても」


深い深い、哀しみの雨の中で。

喜び。
哀しみ。
苦しみ。

全てを受け止めて。


「唯湖。僕は君を――――」


哀しみの連鎖に取り込まれ続けたクリスが。


「――――殺さない、殺してやるものか」


剣を投げ捨てた。


永遠の哀しみの中で。


哀しみばかりしかなかったクリスが。


選び取った、変わらない、たった一つの。



「絶対に、殺さない」



スベテの哀しみに対する、辿り着いた答え。






 ・◆・◆・◆・


「…………おい……なんだ…………それは…………?」

誤算だった。誤算としかいえない。
唯湖にとって最大の切り札だったと思ったカード。
玖我なつきを殺したという事実を突きつけたというのに。
あんなに頑張っていた彼女を愚か者だと罵倒したというのに。

殺される、そう確信していたというのに。

唯湖は知っていた、というより憶えていた。
クリスは大切な人を侮辱されるということに耐えられないということを。
椰子なごみにそうされた時のように急激な攻撃性を発現させるということを。
あの時のクリスは、酷く冷たく、残酷に感じた。
それ故に、だから、殺してくれる。そう思っていたのに。

「………………なんで、殺さない……んだ?」

何故、目の前に居るクリスは殺すことを選ばないんだろう。
超然とした視線を向けるクリスに対して、搾り出すようにそんな呟きしかでない。

「…………ふざけるな、ふざけないでくれよ……殺されたんだろう? ……大好きな人を」

うめくようにただ呟く。
殺さないことを選んだクリスに訴えかけるように。

「私は…………生きれないんだよ……苦しんだよ…………もう、死ぬしかないんだよ」

それは懇願。
盲目的にただ死がやすらぎだと信じ続けて。
それしか、残されてないのだという哀願。

「私はもう、何も望めない。何も得られない。欲しいモノは皆、零れ落ちていった」

大切な仲間達。
大好きなヒト。

もう、全て、てのひらの上には何も残っていない。

「こんなにも、愚かになったんだ。殺して殺して……ただ、罪を重ねて」

そんなてのひらは、もう真っ赤に血塗れていて。

「私は、人形だ、人形でしかない」


ただ、哀しいまでの人間は、人形に憧れて。


「素敵な人間な訳がない。心など無い……愚かな救われない罪人なんだよ」


ただ、断罪だけを望み。
最後に救われる事だけを望んで。


「殺して……くれよ…………」


大好きな人で殺してもらうことだけを、ただ望んだ。



「嫌だ」


その、望みに対する愛する人の応えは拒絶で。
最後の救いすら、彼女に与えてくれない。
そして、

「君は、人間だよ。救いようも無いほど………………素敵な人間でしかないよ」

愛する人は彼女にまたしても人間である事を望む。
唯湖は、たまらなくなってクリスの胸倉を掴んだ。

「どうしてそんな事を言うんだ! 私は人形がいい! 人形で居たい!」

人間は、心が存在しない人形を望んで。

「もう、沢山なんだ! こんなに『心』が軋むのは!」

そして、心を肯定した。

「どうして、こんなに心が痛いんだ? どうして、こんなに心が苦しいんだ? わかるか? クリス君?」

ぼろぼろになっていた心の存在を訴えながら。
苦しみしか生まない存在を押さえ込むように。

「君のせいだぞ……君が心の存在を教えてくれたせいで………………私は苦しいんだ!」


こんなことなら、


「心なんて知りたくなかった………………哀しくて哀しくて……たまらない」


そして、魔法が解けていく。


「きみのせいだぞ……君の…………」


毒りんごを配り歩いた醜い魔女から。


「私が……何の為に……こんなことをしているか……わかっているのか?」


選ばれなかったヒロイン――プリンセスへと変わっていく。


「君の為……と言うのは傲慢だけど、……けどな、…………君を護りたかったからなんだよ」
「知って――」
「違うっ! 君は私の気持ちなんて気付いていない!」

縛っていた鎖が解けていく。
ずっとずっと隠し通そうとした想いが露になっていく。
明かした所で救いなんてないのに。
苦しい思いをするだけなのに。

でも、心が勝手に喋っていく。


「私はな…………」


ふと、胸元から手がはなれて。
ふたつのてのひらが愛しい人の頬に触って、


「――――――君が好きなんだよ」


ふっと、唇が、重なる。

刹那の事。

だけど、それは、魔法を、解く、最後の、鍵。

そして、両手は愛する人の背中へ。

身体を全部預けるように、抱きしめる。

この心が、愛する人に伝わるようにと。



「私は、クリス君が好きなんだ!
 君の柔らかい笑顔が本当に好きなんだ!
 君の奏でる優しい音色が本当に好きなんだ!
 君とのあの温もりが本当に大好きなんだ!
 君の全てが本当に……本当に…………大好きなんだ!
 ずっとずっとずーーーーっと前から好きだった!
 君の事が好きだったんだ。ずっとずっとずっと前から!
 解るかい、君と過ごした時間が本当に宝物なんだ。
 私は君と一緒に居たかった。出来ることならずっとずっとずっと!
 だけど、君は傍にいない。いてくれない!
 君は別の人を選んだ。その事実がどうしても重くて!
 私の心が苦しめていく、哀しめていく!
 君のせいだぞ! 私をこんな風にしたのは!
 こんなことなら、私は知りたくなかった。
 心があることなんて知りたくなかった!
 心が躍るような喜びも。
 全てを壊しそうな怒りも。
 胸が張り裂けそうな哀しみも。
 心が浮き立つような楽しさも。
 全部、全部私を苦しめていく!
 苦しくないと思いたいのに、君が、君の顔が浮かんで駄目なんだよ!
 私は、もう、君がいないと駄目なんだ。君がいないと震えて、駄目なんだ。
 独りはもう無理なんだよ!
 なのに、君は居ない。私は独りぼっちで。
 ずるい! ずるい! 君はずるい!
 私をこんなにした君は幸せで、私はこんなにも苦しくなっている。
 身勝手だけど、でも、人間にしたなら、ちゃんと最後まで見てくれよ……!
 もう、人形は嫌なんだ! 戻りたくない!
 こんなに、温かい想いを知ったら、もう私は戻れない。
 冷たくて、無味乾燥なモノなんか、戻れる訳……ないだろう!
 なあ……なんで、私を探してくれなかった?
 私はずっと君を待っていた。
 どんどん壊れていく中で、私は君をずっとずっと待っていた!
 傍に居て欲しかったのに! 
 なのに君は来てくれなかった!
 待っていたのに……待っていたのに!
 酷い……酷い! 君は酷い!
 私をこんな事にして、それを放ったらかしにて!
 私はいて欲しかったのに!
 私は君が大好きなんだ。
 君なしでは生きていけない。
 君がいて欲しいのに、もう手に入らない。
 苦しくて、哀しくて、たまらない。
 本当に欲しかったのに。傍にいて欲しかったのに。
 ただ、それだけでよかったのに。
 君はいなかった!
 でも、私は君が幸せならそれでいいと思ってた!
 だけど、もう耐えられない!
 私はこの想いを捨てる事は、隠す事はできない!
 君のせい、きみのせいだぞ!
 本当に、君が大好きだ。
 なのに、君は愛してくれない。
 それが、私を苦しめる。
 それが、私を縛っていく。
 私は君が、好きなんだ。
 大好きで大好きで大好きで!
 でもそれなのに…………嬉しいはずなのに。
 哀しくて苦しくて痛くて!
 解らない、解らない! 解らないんだ!
 私は君が、大好きなんだ。大好きでたまらない。
 なのに、こんなにも君の事が憎くも感じてくる。

 ………………なあ、

 ……………………………………、

 …………どうして、………………傍にいてくれなかったの?」


それは、純粋な愛と憎しみが混じりあった告白。

顔を、夕陽の様に、真っ赤に真っ赤に染めた来ヶ谷唯湖の。

哀しいぐらい、苦しいぐらいの、心の本音。


「……………………私はクリス君が――――」


そう


「――――大好きです」


来ヶ谷唯湖からクリス・ヴェルティンへの


「君を――――愛している」


たった一度きりの、一つの、愛の告白。






 ・◆・◆・◆・


「………………そん…………な」

零れた呟きは驚愕に染まって。
クリスは唯湖に抱きしめられたまま、固まっている。
信じていたモノが色を変えていく、そんな気さえした。
心音が聞こえるぐらいに近い距離にいる救いたかった少女が顔を真っ赤にして泣いている。

「僕は…………」

クリスは、ただ思う。
どうしていいかも、解らず、言葉にならない想いが広がっていく。
目の前の少女が、いつもよりとても小さく見えて。
何か言葉をかけようとして、思いとどまってしまう。
何を、何を言えばいいのだろうか。
クリス・ヴェルティンが来ヶ谷唯湖に対して書ける言葉などあるのだろうか。
選ばなかったヒロインに対して、何を言えばいい?
慰めは精一杯の想いを告白した彼女を侮辱することにしかならない。
彼女の想いに対して何を言えばいいかなんて思いつくはずがない。

「………………何も言うな。何も言わないでくれ」

唯湖の言葉が、クリスを止める。
彼女は聴きたくなかった。彼の答えを。
言うつもり無かった想い、隠し通そうとした想い。
それに決着なんてつけたくなかったから。
どうせ、解りきっている。彼の答えなんて。
彼はもう一人のヒロインを選んだのだから。
そして、来ヶ谷唯湖が救われる結末なんて、在ってはいけない。
選ばれたヒロインを自分の身勝手で奪ったのだから。
だから、クリスに選ばれる権利など存在しない。してはいけない。

「………………どうして、こうなったんだろう」

呟くのは何処か遠くを見るクリス。
彼の目には未だに止まない雨が降っている。
どうして、こんな救えない物語になってるのだろうか。
クリスがなつきを選んでしまったから?
違う。それは、言ってはいけない。
玖我なつきを選んだ事によって、彼女は救われたのだから。
そしてクリス自身も彼女によって救われたのだから。
だから、選ばれなかったヒロインの気持ちなんて本来知らなくていいはずなのだ。

主人公が救えるのなんて、一人のヒロインしか無理なのだから。
起こせる奇跡なんて、ひとつで手一杯なのだ。

救えなかったヒロインなんて……救いを求めていた事すら知らなくていい、それでいいはずなのに。

「……私達は出逢わなかった方がよかったのかな?」

なら、来ヶ谷唯湖とクリス・ヴェルティンは出逢わなかった方がよかったのだろうか。
関わってしまったから、こんな事になってしまっている。
皆が苦しむだけの物語なら、始まらない方がよかったのだろうか。

「…………違う。それは否定しちゃいけないよ。唯湖」
「……え?」
「君と出逢えたから、僕は僕でいられた。君は違うの?」
「……いや、私もそうだ。私は君のお陰で心を知った……そのことを、この想いを否定したくない」

唯湖は頬を染め、頷く。
そう、この物語が始まったからこそ、クリスはクリスでいられ、唯湖は唯湖でいられた。
だから、この物語は否定してはいけない。
けど、この物語の結末は哀しいモノでしかない。
だって、

「ああ……でも……哀しいな…………君が選んだのは……なつき君だ。君はなつき君の物語を選んだんだから」

ハッピーエンドに辿りついたのは玖我なつきの物語なのだから。
クリスとなつきが結ばれて、唯湖は選ばれない。
だから、クリスと唯湖が結ばれるハッピーエンドなんてありえないのだから。

「君がもし……ずっと傍に居てくれたら……君の気持ちは恋に変わったのかな?
 私とクリス君の物語もハッピーエンドになったのかな?」

唯湖の哀しそうな呟きに、クリスは押し黙ってしまう。
もし、クリスがずっと唯湖の傍にいたのなら、この物語は幸せなものに変わったのだろうか。
それは、誰にも解らない。もしの話はあくまでもしもなのだから。
そもそも、クリスの気持ちですら『誰』にも解らない。そう、『クリス』自身さえも。

唯湖の事をずっと『大切な人』だと言っていたクリス。
大切な人なのは確かだろう。唯湖のお陰でクリスは変われたのだから。
だけど、それがどんな『大切』なのかをクリスすら、理解していなかった。
恋心なのか、それとも親愛の心のなのか。
まだ、その想いは始まったばかりで。
何も知らない雛鳥そのもので。
雛鳥のまま、親から離されたその想いは何も知らないまま、ここまで着てしてしまった。
もう少しの間、ほんの少しの間でも、傍にいたら想いは変わったかもしれないのに。
だけど、それは叶わず、今、想いは揺れ、物語は哀しいモノになってしまっている。

ほんのボタンの掛け違い。
それが、沢山続いて、こんなにも、苦しいモノになってしまっている。

クリス・ヴェルティンと来ヶ谷唯湖の物語は、苦しくて、哀しくて、救えない物語にしかなっていない。

だから、彼女は望む。

「お願いだ………………最期だけは幸せなモノにしてくれ……最期だけは幸せな結末にしてくれ……クリス君」


哀しい物語も最期は幸せなモノにして欲しいと。
それが、他の人から見たら、幸せといえないものでも。
彼女にとって幸せなら、それはきっと幸せなモノに代わる。
そう、想いなら、クリスに、願いを告げた。

クリスは彼女の温もりを感じながら。
彼女の想いを感じながら。

「…………嫌だよ……そんなの。そんなの、報われない……哀しいままだ」

それでも、その結末を選び取りたくない。
報われない物語にしたく無いと言いながら。
彼自身が選び取らなかったせいで報われない物語になったというのに。
そんな、矛盾を含みながらも、クリスは思う。

「……だから、生きよう? ……幸せになるように……物語を続けていこうよ? ……ねぇ……唯湖」

まだ、時間がある。
まだ、唯湖は生きている。
だから、物語は続けられる。
そして、想いを培っていって。
悲しみの物語を幸せに変われるように。
クリスは、そう、思いながら。

物語の継続を願う。


だけど


「――――――もう、終わりなんだよ。この恋の物語は、終わってしまうんだ、クリス君」


不意にクリスにもたれかかる唯湖。
彼女の顔に浮かぶ苦悶の表情には、心から齎される痛みだけでなく。
そして、その時、初めて気付く。

「…………傷が…………血が…………ああ……」

脇腹の服に染みている紅い血。
唯湖の息は荒く、汗が滲んでいる。
重傷ともいえる傷を唯湖は負っていた。
ずっと、クリスに対して隠していてだけ。
このまま、放置したらきっと、死に至るだろう。
いや、もう、手遅れなのかもしれない。

結末は、音を立ててやって来ている。
終末の鐘は、既に鳴り響いていたのだった。


クリスの表情が哀しみに染まり。


「――――終わりなんだ」


唯湖は哀しそうに、笑った。






――――雨が降っている。


哀しい物語の中で。
報われない物語の中で。
救われない物語の中で。


ただ、雨だけが。


二人だけを世界から隔絶するように。


カナシミの雨が。


絶え間なく振っていた。








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