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LIVE FOR YOU (舞台) 18

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LIVE FOR YOU (舞台) 18



 ・◆・◆・◆・


長く長く続く地下通路。その中を絶叫という名の風が荒れ狂っていた。
天井を床を、魂を揺さぶるような咆哮が通路の中を轟き渡る。嘆き、怒り、悲しみ、それらが何重にも木霊している。
何者か。漆黒の影が空気を引き裂き、縦横無尽にと通路を走りぬけ、その感情を破壊へと変換していた。

走る人影の前に巨大な影が立ち塞がる。それは金属質な表皮を持つ大熊の様なオーファンであった。
一声嘶き、オーファンが人影へと爪を振り下ろす。
ひとつひとつが鉈の様なそれを喰らってしまえば人間などひとたまりもないだろう。だが人影はそれを容易く受け止めた。
次の瞬間、オーファンの背中が爆発した。
内臓がクラッカーの様にばら撒かれ、それは光の粒子となって空に解けて消える。
後に残るのは人影だけ。そして人影はまた再び咆哮を轟かせ次の得物を探し始める。その嘆きを沈めようと――。

一体、二体、三体……と打ち砕き、ほどなくして人影の周囲からオーファンの姿は見えなくなった。
だがしかし、何十もの化物を倒そうとも人影の悲しみは癒えることがない。なにかをすれば癒えるというものではなかった。
それでも、それでもしかし彼はその怒りをなにかにぶつけなくては今を耐えることができなかった。

ズン……と、響く音と共に地下通路の壁に亀裂が走る。
二撃でそれは蜘蛛の巣のように広がり、三撃目にて壁は粉砕され崩れ落ちた。
粉々に。破壊されたものは二度と元には戻らない。手から零れ落ちたものは二度と拾い上げることができない。
そんな空しいだけの光景であった。

聞く者に悪寒を走らせるような嘆きを轟かせるのは、大十字九郎。

彼はまた仲間を失ってしまっていた。



まただ、また仲間を失ってしまった。
もう二度とそんなことはさせまいと誓ったのに、神崎黎人の声は無常にもそれを告げてしまった。

いつも明るく努め、何かと周りに気をつかっていた心優しい女の子である山辺美希。
言葉こそ冷たいものはあったものの、その奥では皆に理解を示し歩み寄ろうとしていたファルシータ・フォーセット。
そして、クリスと共に苦難を乗り越えて新しい幸せを見出し、それを必死に守ろうとしていた玖我なつき。

三人の名前が告げられてしまった。
彼女らの死を知って皆も悲しんでいるだろう。悲しまないはずがない。皆は仲間だったのだから。
クリスは今どうしているのだろうか? 彼は立っていられているのだろうか? 自分が傍にいなくても大丈夫だろうか?
しかし、
誰がどこにいるのかもわからない。差し伸べようにもどこに手を伸ばせばいいのかもわからない。
周りを見る。自分だけだ。誰も近くにはいない。皆はどうしているのだろうか。そんなこともわからない。
わからないことばかりだ。誰かが助けを呼んでいても聞こえない。誰かが苦しんでいても救えない。
不甲斐ない。辛い。苦しい。無力な自分が情けない。悲しい。憎くすらある。

――守るべき時に守れない力なんて……なんの意味がある?



九郎は黒き翼を広げると再び飛び立とうとした。
何かをしていなければ自分という存在がほどけてしまいそうで、しかし不意にマギウス・スタイルが解け床に落ちる。

「――――ぐっ!」

九郎の口からうめき声が漏れた。
落下の衝撃だけでなく、付与魔法の効果がいっせいにキャンセルされたせいでその反動が強く身体を苛む。
途端に心臓が主張を強め、ドクンドクンと大きな音を鳴らし始めた。
身体中が引き絞られるような感覚と、這い蹲る自身に無力を痛感し、瞑った瞳から涙が零れる。

「たわけがっ! 激情に我を失い暴走するとはそれでも汝は魔術師の端くれか!」

蹲っている前に立つアル・アジフより叱咤の声を浴びせかけられる。
マギウス・スタイルが強制解除されたのは彼女の仕業であろう。九郎の中に感謝と恨みとが合わせて浮き上がる。

「これも全て覚悟の上ではなかったのか! だからこそ妾らは此処にいるのではないのか!?」

アルは両手を広げて周りを見渡す。そこにあるのは破壊と破壊と破壊と残骸。戦闘の痕であり、戦場である。
彼女の言う通りであった。
魔術師と魔導書は強大な力を持つ。故に敵方よりマークされているだろうと陽動を買って出たのは九郎自身である。
敵である一番地とシアーズ財団の戦力は強大だ。対してこちらと言えば20にも足りない小集団。
また、その中には無力と言っても差し支えないような者も混ざっている。
意気揚々とした姿を見せてみても劣勢なのは厳然たる事実。だからこその作戦であり、個々の役割であった。

「違うか!?」

違いはしない。だがしかし、九郎は考えてしまうのだ。もし、どこかで、違う選択を――と。
この地下に入ってよりすぐ、結界が張られていることにアルが気づいた。
言われてみれば確かに魔術師の鼻にはよく臭う。そしてこれはアル曰く、魂霊的なものの逃亡を阻むものらしい。
つまり、首輪から”想いの力”が抜け出しても一番地はこの結界で捕らえ収集することができるのだと言う。
それが何を意味するかというと、HiME(参加者)以外ではHiMEを殺傷できないという前提が崩れたことに他ならない。

「汝はなんと言った!? あの月夜を見上げてどうだと言ってみせたのか!?」

ならば、作戦など放棄して、いち早く仲間と合流できるよう進むべきだったのではないか?
勿論。そんなことをすれば敵の戦力も集中することとなり別の危機が発生するだろうと理屈では解っているのだが、
しかし今目の前の結果を見ると、どうしても他の可能性はなかったのかと考え、後悔ばかりが募ってしまう。

「汝はここで何を見た! 何を聞いた! 何を知った! 妾とおらぬ間に何を得てきたのだ!?」

何を? 何を、とは――何をとは、それは――それは、あの殺し合いの中で――……


”つまり、倒れた牌はその次の牌に、その牌はまた次の牌に……残された者の背中に乗っているの”


そう。大十字九郎は知っている。自分が何者であるべきかを。






 ・◆・◆・◆・


九郎が頭を上げたその時、新手の敵が通路の向こうより現れた。
今度の敵はオーファンではなくアンドロイドが3体だ。
だが、これまでに相手をしてきた量産型――つまりは深優とよく似た女性型のものでなく、男性型のものである。
様子も違う。銃器などを乱射し闇雲に攻めてくるようでもない。
そして、九郎はそのアンドロイド達の様子にどこか既視感を覚えた。それは――。

「九郎。マギウス――」
「――待ってくれ」

ふらつく足で立ち上がった九郎は、人書一体となろうとするアルを制した。
アルの眉毛が釣り上がる。まだ自棄になっているのならば灸が足りないのだと思ったのであろう。
だがそれは少し違った。

「無謀なことを言うでない!」
「わりぃ、ちょっと頭を冷やすだけだ」

言って、九郎は生身のままアンドロイド達へと突進した。あまりの暴挙に、背後に残されたアルは息を飲む。

「――――」

無言で一体目のアンドロイドが九郎の前へと肉薄した。
両の拳の構え。これは拳法を使うらしい――と、花火のように連続する爆音が鳴り響き、九郎の身体を弾き飛ばした。
口から血を零しながら床を転がる九郎を見て、アルが悲鳴を上げる。

「(…………手加減してくれ、なんて言えねぇよな……おっさん)」

その絶技の名前は『八咫雷天流“散華(はららばな)”』と言った。

「――うおっ!」

十や二十の拳を叩き込んだからといってアンドロイドが満足するはずもない。
転がり逃げる九郎を追うと、破れかぶれといった風に繰り出された反撃のパンチを取り、その肘を折らんと腕を絡ませようとした。
だが、九郎はアンドロイドの腹に蹴りを叩き込むことで辛うじてそれを免れる。

「(…………漢気!)」

アンドロイドは一体だけではない。そして三体もいればコンビネーションも取ってくる。
二体目のアンドロイドが繰り出す攻撃に九郎の顔が青褪めた。
それはただの正拳突きでしかない。だが、そこから連想される人物が、彼の姿がそれを岩をも砕く一撃だとイメージさせた。

「――――ッ!!」

両の腕をクロスさせてガードしたにも関わらず九郎の身体が宙に浮き、放物線を描く。
腕の骨が折れたかもしれないというのに、何故かその荒唐無稽さがおかしくて九郎の口が笑みの形に歪んだ。

「(…………まだ諦めちゃいけねぇよなぁ)」

床へと叩きつけられた九郎の目に、天井に張り付く三体目のアンドロイドの姿が映る。
片方の腕を蛇腹状に改造されたそれは、その腕を長く伸ばすと握っていたダークを九郎の心臓目掛けて投擲した。
それは正確に九郎の心臓へと進んでくる。一瞬の半分ほどの後には彼を絶命させているだろう。だが――

――打ち合う金属音。一瞬の後、しかし九郎の命はまだ健在であった。



「それで、汝の頭は冷えたのか?」
「ああ、おかげさまでな」

見れば、九郎の足の間にバルザイの偃月刀が突き刺さっている。
誰がこれを投げて、どうやって彼の命が救われたのか、それを説明する必要はないだろう。


――『マギウス・スタイル』


再び、人書一体となった九郎とアルとがその場に現れた。今や彼の顔に先刻のような激情の気配はない。
悟りを開いた……というと大げさか。それでも清涼とした静かな表情であった。

「俺は、何があっても最後の最後まで立ってなけりゃいけないんだ」

九郎は手に取ったバルザイの偃月刀の切っ先で宙に五芒星(旧き印・エルダーサイン)を描く。
星の形で輝くそれには、今はまた別の意味があった。

「泣くのは一番最後って決めたからな」


その意味の名は――希望。


希望とは、あらゆる苦難と絶望に押し潰されようとも決して潰えないもの。
どれだけ追い詰められようとも、それは必ず小さな瞬きとなって目の前で輝いている。
前を向いて目を見開いてさえいれば、それがいかに小さくなろうとも必ず目の前に存在しつづける可能性。


それは、ほんの小さな運命の破壊者。






瞬間。九郎の姿が光となりて、アンドロイド達の間を稲光の様に通り抜けた――……。






 ・◆・◆・◆・


「……これで、ここは打ち止めか?」

砕けたアンドロイドの残骸が散らばる音を耳にし、九郎はふぅと大きく溜息をついた。

”なーにが、ここは打ち止めか? だ。戯けめ”

頭の中で響く不機嫌そうなアルの声に九郎は苦笑する。
またしても醜態を見せてしまったことになる。こんなことはこれでいったい何度目やら。面目ないと言ったらしかたがない。
現実的な問題も一切解決はしていない。ただの一人相撲と言われてしまえば返す言葉もなかった。

「悪かったって……。でも、まぁ……もう大丈夫……だと思います」

やれやれと頭の中でアルが盛大な溜息をつく。しかし、それがどこか心地よかった。
そして、九郎は残骸と化したアンドロイド達――あれらの後ろにいたかもしれない”彼ら”にも「大丈夫」だと心の中で呟いた。
これから先はもう長くはないだろう。後、もう少しで何があろうと決着はつくはずだ。
だが、もはや道は見失わない。と、九郎は心の中に星を浮かべて彼らと、そして”あの少年”にそれを誓った。



「さてと、このまま一気に一番地の本拠地まで行きたいところだが……」
「うむ。警戒せねばならぬぞ」

小さなアルが肩口から飛び出して直接に忠告を発した。
ただひたすらに長い通路の先からはもう敵の気配はしない。
オーファンが発する特有の波動も、アンドロイドから漏れてくる僅かな電磁波も魔術師の感覚には捉えられない。
だが、それとは別の不穏な気配が通路の遥か先より、僅かに漂ってきているのを二人は感じ取っていた。

あまりにも原始的な負の波動。それが何か、アル・アジフには覚えがある。

「急ごう。やよい達が心配だ」
「油断はするな」

それは悪鬼の気配だ。あの、強大な負の衝動の塊。あれの恐ろしさを彼女はよく知っている。
知っているからこそ、細心の注意をそちらに向け、だからこそ”目の前の不吉”の気配に気づくことができなかった。

九郎の背中から展開された黒い羽が空気を叩く。

そこまでは10メートルもない。マギウス・ウイングの加速ならば1秒とかからないだろう。

半秒後にアルは何か不吉だと勘付いた。しかし、残りの半秒でそれが何なのかを特定することができなかった。

もし、悪鬼の気配が彼女の気を引いてなければこれは回避できたのかもしれない。

しかし、そうなってしまう以上、別の可能性などに意味はないのだ。

少なくとも、もう一度やり直すなど今の彼と彼女には不可能。


「――――九郎ッ!」
「――――なっ!?」


頭上の遠くより鈍い音となって爆音が響く。それが何を意味するのか、理解した時にはもうそれは始まっていた。

天井が撓み、高さ50メートルにも及ぶ土塊が彼らを押し潰さんと迫る。

視界は暗闇に閉ざされる。

果たして、

彼と彼女はこんな暗闇の中でも希望の光を見つけ出すことができたのだろうか?



轟音が、その答えを掻き消した――……






 ・◆・◆・◆・


吾妻玲二。

またの名をファントム・ツヴァイ。


まだ少年と形容してもおかしくない彼は明かりの乏しい地下道を歩きながら補給――つまりは握り飯(深優作・紅鮭)を食べている。
右腕に抱えている不釣合いな、それなのに少しも不自然さを感じさせない自動小銃以外は、やはり普通の少年にしか見えない。
だが、彼は某大国の犯罪組織『インフェルノ』により作り出された暗殺者なのだ。
ファントムシリーズの二番目にして、現存する中では最後の一人。
インフェルノの幹部であり、ファントムシリーズの作成者であるサイス・マスターのは彼のことを最高傑作だと語っている。

最強の暗殺者。それは最高の殺人技術の保持者であることを意味する。

少年少女の柔らかさを残しながらも素手で容易く屈強な男を屠れる身体能力。
銃、ナイフは言うに及ばず、爆発物から毒、原始的なトラップにまで及ぶ広大な知識。
軍属するスナイパーにも匹敵する精度の狙撃能力に、コマンダークラスの近接戦闘能力。
感情の揺らぎを見せずに人を殺せれば、対象と熱い恋人を演じることすらできる柔軟な判断力。
そして、おおよそどこの都市部にでも違和感なく溶け込める、標準的なティーンエイジャーの外見。

これらはファントムシリーズと呼ばれた少年少女達が持つ基本的なスペックである。

その中でも最高傑作と呼ばれたのが吾妻玲二なのだから、その能力がどれほどかは考えるまでもない。
事実。この島に残る人間達の中でも最高クラスの戦闘能力の持ち主である。
しかし、こうして能力を並べ立ててみるとどうしても信じられない。
能力が、ではない。彼は既に幾度となくその能力を我々に見せ付けている。


そうではなく、


それだけの戦闘能力を持つ彼が、吾妻玲二がまさか――


――逃げを打っているなどとは。




 ・◆・◆・◆・


殺し合いの舞台となっていた島の地下。
その中心部へと続く土の色も露な道は少しずつ人工物を見るようになり、いつの間にか天井には明るい照明が下がっていた。
おそらくは終点――神崎黎人の陣取る一番地本拠地が近いのだとわかる頃、整然とした風景にそぐわぬ影が二つあった。
片方は大型の車両よりも更にひとまわりはありそうかという影。そしてもう片方はただの人間だという影。

先に進もうとする者と、押し止めようとする者。対峙する二つの影。
いや、対峙という表現はすでに過去のもの。
そう。対峙の時は一瞬で終了した。



人間である方。吾妻玲二は逃げ出した。
可能な限りの速度で、無論、陸上選手のような無防備な姿勢ではなく銃を抱え体勢を低くはしているが、逃げていた。
堅い床を蹴り、足元に浮かぶ己の影を追うように玲二は逃走する。

「はっ……はっ……」

逃走を開始してより二分ほど。
そんな短い時間なのにも関わらず、玲二の息に乱れが生じ始めていた。
それは、それだけの速度で走っているということでもあるが、それにしても彼にしては消耗が早いと言えるだろう。
無論。そこには理由が存在する。

「くっ……」

振り返らずとも感じられる威圧感。
気を抜けばすぐさまその身を押し潰されるであろう物理的な圧力。
そういった明確な死を感じさせる重圧が彼の消耗を平時以上に促す要因となっていた。

玲二は逃げる。だが逃げるという表現ではあってもただ逃げるだけではない。
追いすがる相手との距離は30メートルほど。玲二はその距離を維持しつつ振り返りながらの攻撃を繰り返していた。
フルオートであればM16の弾丸を撃ちつくすのに数秒もかからない。
銃撃に必要なのは時間でなく、体勢を崩さない為の姿勢である。
完全な直線というわけではない地下通路。少しの曲がりでも、やり方次第ではほとんど後ろを向くことなく射角を確保できる。
そういったポイントを見つけては銃声を鳴り響かせる。

攻撃を行ったのは既に何度目だろうか。
走る速度を落とすことなく銃弾を撃ちつくした後、機械のような動作でマガジンを新しいものと交換する。
空となったマガジンも無駄とはせず、石の代わりに手首の力だけで後方へと投擲する。
秒にも満たない間に一連の動作を終え、再び発砲。
弾幕を張ることが目的だった一瞬前のそれとは異なり、今度の銃撃は確認した後方の状況を鑑みてのもの。
けたたましい銃声が空を震わせ、玲二が直感の中に浮かべた的の中に全ての弾丸が吸い込まれる。

そうして再び銃弾を撃ち終えた瞬間。玲二の身体がよろけ背中が地面についた。いや、ついたように見えた。
転倒ではない。射撃で崩した体勢を無理に立て直すことなく、勢いを利用して一回転。効率と先の展開を見越した動作だ。
無論。この動作の最中に新しいマガジンを装填しなおし、次の攻撃の準備も終えている。
次の射撃目標は敵本体ではない。代えのマガジンと共に取り出して倒れながらに投擲したとある物品。
放物線を描きゆっくりと回転しながら空を舞う2本の”茶色い円筒形の物体”。それへと向けて玲二はトリガーを引く。

片手での射撃では百発百中とまではいかないが、それでも無数に放たれた弾丸のひとつが命中した。
ただ、玲二はその瞬間を見る前に回転の勢いをそのままに立ち上がり、すでに逃走を再開していた。
一連の攻撃のもたらした結果を確認する間も惜しいといったばかりに、次に起こるであろう現象から全力で逃げている。

そして、玲二が丁度一歩目を踏み出した瞬間。
その動きを後押しするかのように、撃ち抜かれたダイナマイトの爆風が広くはない地下道の中を吹き荒れた。
正面からのみではなく角度をつけ、加えて相手の判断ミスを誘ったアクション。
最初の二連射から流れるように行われた半ば曲芸じみた連続稼動。
そして、その結果もたらされた至近距離でのダイナマイトの爆発。

これだけの動作をこなしながらも玲二の逃げる速度はまるで衰えない。
……だが、ここまでしてなお彼が逃げざるをえない相手とは何なのか?
そもそも遮蔽物の少ないこの場所でこれだけの密度の攻撃を受けても生きていられる相手など……
いや、つまるところ、今玲二が相手をしているのは、”そういう”存在だということだ。

逃げる玲二の後方から、あれだけの攻撃を受けても変わらない重い足跡が響いてくる。
地を大きく揺らし、床の舗装を踏み砕いて近づいてくる轟音。
人間なと簡単に踏み潰す巨体を持つ、”四足の魔獣”。

無数の銃弾も、

至近距離での爆発も、

まるでものともせずに前進を続ける鋼鉄。

玲二の後方を無人の野を往くが如くに追ってくるのはHiME達の宴を彩る化生――オーファン。



確かに、玲二は最強の名を冠された暗殺者――殺人兵器、ファントムだ。
そんな彼に殺されない”人間”など存在しない。
どれだけ強固に肉体を鍛え上げようとも心臓が止まれば人間は死ぬ。
心臓に限らずとも重要な臓器を損傷すれば、あるいは首を撥ねられれば死ぬ。
致命的な損傷がなくとも急激なショックでも死にうるし、必要な血液が流れ出せば小さな傷でも死ぬ。
人が人である限り、人を殺す為の兵器である玲二を前にして、殺される可能性が失せないのは単純な道理だ。

では、そんな玲二を止めるにはどうしたらよいのか?
答えは簡単。

そう。それはとても簡単な話だ。
人を殺すことに特化した相手なのならば、人以外のものをぶつければいい。
たったそれだけの単純な解答。
人を殺す兵器と言っても、玲二自身もまた人なのだ。
怪我をすれば血も流れるし、致命傷を負えば当然のこととして死に至る。
無論。空を飛べることもないし、地下から突然ワープして思わぬ位置に登場することもない。
あくまで対人間特化の人間兵器。
当然のこととして、彼は銃弾を弾き刃を通さぬ堅い身を誇るような存在を己が肉体ひとつで倒す手段など持っていない。

人ではない鋼鉄の塊。オーファンを相手にすれば、逃げる他に選択はなかった。


人間である以上、対人間に特化したからこそ、人知を超えたものを越えることなどできない。
たったそれだけの、明確な公式。


 ・◆・◆・◆・


玲二にとって、この状況は予想の範囲内のことでしかなかった。
最初に当てられたファントム・シリーズのコピーを一蹴した以上、次に向けられるであろう敵は絞られる。
ファントム・シリーズの敗因の分析は即座に出るものではないだろう。
ならば、すぐにまた同じコピーや玲二自身のコピーを繰り出して同じ轍を踏むなどということは避けるはずだ。
刻一刻とレーダーより姿を隠して接近してくる玲二相手にそう何度も迎撃の機会は得られない。
となれば、必要なのはいかに確実に玲二を足止めし、仕留めることができるかということだ。

一番地側が取れる選択肢はそう多くはない。
侵入者が玲二単独ではない以上、数にものを言わせることは難しい。むしろこれは他の侵入者向けの対策だ。
シチュエーションを考慮して玲二に近いタイプのコピーを用意した。が、これはすでに突破されている。
ならば、残された手はひとつしかない。
すなわち、玲二の能力では撃破することが困難な存在を障害として置くことである。

すでに述べた通り、玲二自身もそう対処されるだろうとは予想していた。
だが、予想できることとそれに対処できるかとの間には当然のことながら大きな隔たりがある。
地下通路の最終地点。そこに待ち構える巨大なオーファンを視認した時、玲二は即座に遠距離からの狙撃を試みた。

単独潜入するにあたって那岐から直接レクチャーを受けていた訳だが、オーファンは基本的に術者と対の存在である。
HiME達がチャイルドを使役するように、那岐がオーファンを使役するように、コントロールするには術者が必須だ。
召喚したまま放し飼いにしていてもオーファンはそれなりの働きを見せるだろうが、この場合はそれはない。
なんといっても相手が玲二である。そして戦術は待ち伏せにて発見し、追走しての捕捉、撃破である。
基本的に本能でしか自立的には行動できないオーファン自身にそんなことは任せられないだろう。

なので、予測されていた通りにオーファンのコントロールをしている存在がそのオーファンの上に存在していた。
しかしその存在は玲二や那岐の予想からはやや離れたものであった。
オーファンの上には一体のアンドロイドが立っていたのである。
通常、術者は人間か霊的な存在であることが前提となる。心の覚醒や魔力を持たないものにオーファンは御せないからだ。

ならばこれは一体どういうことなのか? 玲二は数瞬の思考のみで的確な解答を導き出した。
アンドロイドと言えど深優の様にHiMEへと覚醒する場合も確かに存在する、だがあれはそうではない。もっと答えは単純だ。
中継機――つまり、あれは地下街の中に電波の中継機が置かれているようなものに違いない。
人型でありシアーズの技術の粋を集めて作られたあれは元より心の力に感応しやすく伝達することも可能だと聞いている。
無機物でも名前を与えれば神霊が宿るやら人形には魂が生まれやすいとも、那岐やアルが話していたのを耳にしていた。
一番地側はその性質を利用しているのだろう。ある意味、非常に正しいアンドロイドの運用方法だと関心できる。
なにせ、アンドロイドは普通の人間に比べてはるかに強い。

故に、初っ端の狙撃はあっけなく失敗に終わった。これが一番地がアンドロイドを用いた理由だ。

人間の術者であろうとアンドロイドの中継機であろうと倒せばオーファンのコントロールが失われるのは変わりない。
だがしかし、いやそれ故に、より玲二から倒されにくいものを選ぶの当然であり賢明な判断であった。
なにせ、こうして最強のファントムである玲二を遁走させることに成功しているのだから――……



狙撃失敗の後、M16自動小銃は当然のこととして、拳銃も勿論、榴弾や投げナイフすら玲二は試してみた。
だが、それが当然だと言わんばかりにオーファンはなんら痛痒を感じずといった風に迫ってくる。
いやもしかすれば少しはダメージがあるのかもしれないが、少なくとも見て取れるようなものではなかった。
唯一、オーファン対策として持たされた黒塗りの剣だけが魔獣の装甲に傷を走らせたが、巨体から見れば掠り傷程度。
最終的には特別に調整しなおしたダイナマイトすら使用したが、それすらも通用した様子がない。

オーファンも、その背中に跨る存在も未だ健在だ。

ただのアンドロイドではない。先刻戦ったものと同様に何者かの戦闘データがインプットされている。
それはオーファンの背の上でダイナマイトの爆風をいとも容易くいなして見せた。
浴びせかかる無数の銃弾は着込んだ”オーバーコート”によって防いで見せた。

ここまですら、全て玲二の予想通りであった。

吾妻玲二がオーファンを突破するには、その操り主を狙うほかはない。
故にその背にはただの術者でなく中継機能を持っているアンドロイドが乗せられている。
しかし、ただのアンドロイドではまだ玲二を相手にするには不足があると言えるだろう。
必要なのはそう易々と玲二には破壊されない存在だ。ファントムに殺されないだけの能力の持ち主。
果たして存在するのかそんな者が? ――存在する。

英霊や魔術師。悪鬼の類の能力をアンドロイドに再現させることはさすがに不可能だ。故に対象は人間となる。
桂言葉や藤乃静留などだろうか? 彼女らは玲二に勝利したことがある。が、ドライの例を考えると確実とは言えない。
もっと強大で圧倒的な存在でなくてはならない。
吾妻玲二が手も足も出なかった、最悪の相手を用意しなくてはならない。

いかに正確なデータを入力したとてアンドロイドの外見までは変わりはしない。
だがそれでもその重厚な気配は同じように感じられる。
能面の様に表情を固めた顔には、アンドロイドには不要な黒い眼帯が当てられている。
そして、揺れるオーファンの背に立つそれが身に纏うは、振動にあわせてはためく黒色のオーバーコート。


――九鬼、耀鋼。


非常にシンプルで予想しやすい答えがそこにあった。
そう、全ては予想通り。
予想できた上でなお、確実な殺害手段を思い浮かべることができない。
それどころか、脳内のシミュレートはこちらが敗北する可能性を高く見積もっているという、まさに


予想通りに手も足も出ない相手であった。






 ・◆・◆・◆・


――ところで、そもそも吾妻玲二とはなにが最高なのか?


……戦闘能力?
それならば、ファントム・ドライの方が上であると玲二自身が認めている。
……技巧?
ファントム・アインよりいくつかの能力が上回っているのは確かだが彼女に及ばない部分もある。
……忠誠心?
己の記憶の蘇りと共にサイス・マスターを、そして後にインフェルノそのものを敵に回した玲二が?
……洗脳実験の効果?
そんなもの、人形のように忠実だったアインや、後の量産型ファントムである『ツァーレンシュヴェスタン』らとは比べるべくもない。
……身体能力?
シリーズ唯一の男性である以上、その点に関して優れているのは確かだがファントムは兵士でなく暗殺者である。
そういう観点から見なおせばむしろ女性であるアインやドライの方がファントムに適していると言えた。

おおよそ考えうる要素を並べてみても、吾妻玲二こそが最高と呼べる根拠が見えてこない。
むしろ結果論ではあるが、サイス・マスターからすればドライに並ぶ駄作ではないのだろうか?
一体、何が彼を最強と呼ばせていたのか?

いや、それ以前に、何故。
どうしてファントムシリーズとは至高の芸術品などと言われているのか?

確かにその技能は評価に値する。
軍隊における最高位の技術保持者。レンジャー部隊やスペシャルフォースなどに所属する人間に匹敵するだろう。
世界各国に様々な軍隊あれど、その位階に属することができるのはほんの一握りでしかない。
生まれ持った才能と弛まぬ努力。それを併せ持っていたとしても膨大な時間を費やさねば辿りつけない境地。
そこにまだティーンエイジャーの段階で到達する。――なるほど、確かに芸術品と呼べる代物だろう。

……だが、
だがしかしだ、

逆に言ってしまえば――”それだけのもの”でしかない。

いくら狭き門とは言えど、世界中を見渡せばその位階に達する者はほぼ毎年生まれ出ている。
それも一人や二人でなく、多い時ならば一国の軍の中でも両の手に余るほどに、だ。
決してたくさん人数がいるとは言えないが、逆に世界にひとりふたりというほど希少な存在でもない。
加えて言うならば、いかなファントムと言えど卓越しているのはあくまで暗殺に用いられる技術面のみである。
戦士に要求される持久力でいえば、彼らのそれは一般の兵士とさほど変わるところはない。
彼らはティーンエイジャーの外見を持つ。故に、その運用は都市部に限られ、逆に言えばそれ以外を考慮されていない。
過酷な環境でのサバイバル能力などは遥かに劣り、戦車やヘリなどを相手にする術などは座学程度にしか持っていない。

サイス・マスターがファントム一人の完成に費やした時間。
その間に、ファントムと同等がそれ以上の戦闘能力者が、おそらくはより効率的な環境で量産されている。

その程度のもの。
ファントムとは、彼の自己満足の中での最高傑作。でしかないのではないか……?








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