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LIVE FOR YOU (舞台) 21

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LIVE FOR YOU (舞台) 21



 ・◆・◆・◆・


 通路や通風口、果ては外れの通洞まで、ありとあらゆる通ずる道を、怪物の咆哮が埋めていく。
 言霊で自我なき戦闘人形に変えられた一番地職員、はたしてその数は如何ほどになるのだろうか。
 考えたくもなかった。人形から悪鬼に変わり果ててしまった元人間の数は、もっと考えたくない。
 諦観に満ちた現実逃避。失笑ものの、叱責ものの、洒落になっていない一大事。
 当人として、これを重く受け止める。非の一端は確実に、自分にあった。それを理解しているからこそ、

「おのれフォックス!」

 トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナは、憤慨の猛りをあらわにするのだった。
 レーダーを片手に、仲間たちの反応がある場所を目指し疾駆する。
 狭い通路はいつ曲がり角の向こうから敵が現れたとておかしくなかったが、慎重に進んでいられる場面でもない。
 事態は悪化を通り越して急転直下した。やばいやばいマジやばい。クールなロシアンスパイに焦りが生じる。

「ああもう読点を挟む間もないほどに時間が惜しいみなさんとの合流を急がなければお願いですから邪魔者は出てこないでくださいよっと!」

 峠を走るスカイラインが如きドリフトテクニックで、最後の角を左折したトーニャ。
 一番地基地中層エリアの開けた空間に出る。そこで、

「うううぅぅぅ……らああああああああああああああああっ!!」

 血に塗れた刀を振るう、血に塗れた全身の少女と、淀んだ色の血に塗れる怪物が戦う現場を、見た。

 姿形こそ獣に近いが、二本足で立っているところからどうにか人型と見て取れるそれは、間違いなく悪鬼だろう。
 トーニャ自身、ここに到達するまでに何体かの悪鬼と遭遇し、幾つかは倒して幾つかは撒いて、なんとかやり過ごしてきた。

 正面切ってケンカするにはリスキーすぎる相手に対し、真っ向から挑むあの勇ましい姿は、驚くべきことに羽藤桂だった。
 深紅に染まる女闘士は修羅か羅刹か、兎にも角にもホテルでパヤパヤしていた頃の面影は微塵も感じられない。
 実際目の当たりにするのは初めてだったが、あれが彼女の本気モードなのか、とトーニャは軽く息を呑んだ。

 桂の背後には、羽藤柚明と高槻やよい、それにプッチャンやダンセイニの姿も窺える。
 レーダーが示す反応どおりの数。3プラス2。トーニャが合流を求めた仲間たちは、未だ健在だった。

「おっと、ホッとしてばかりではいられません――ねっ!」

 味方と敵の姿を識別するやいなや、トーニャは跳んだ。
 跳躍と同時に伸ばすのは、後背部に備え付けられたロープ状の触手――人妖能力“キキーモラ”。
 トーニャはこれを、悪鬼の胴体に絡ませることでもって、戦闘への介入を果たした。

「トーニャちゃん!?」
「今です桂さん! ボーッとしない!」

 突然の乱入に驚く桂。
 トーニャは悪鬼の背後からその身を拘束している。
 悪鬼は力任せにキキーモラを解こうとするが、一筋縄ではいかない。
 隙が生まれていた。トーニャはその隙をつけと示した。桂はその隙をついた。

「うあああああああああああああああっ!!」

 剛力無双の刃が一閃、無防備に等しかった悪鬼の首を斬る。
 結果は一刀両断。悪鬼の首は胴体から分離し、宙を舞う。
 トーニャの遥か後方で、その首は落ちた。と同時に、キキーモラによる拘束を解く。
 首を失った悪鬼の身体が、崩れ落ちた。

「ふぅ……さすがに首を落とされれば即死ですか」

 首を落としても死ななかったら困る、とトーニャは冗談ではなく、心の底から安堵する。
 物言わなくなった異形を足の爪先で小突き、そこで再会を果たした仲間たちが駆け寄ってきた。

「トーニャちゃん……! よかった……よかったよぉ~」
「やあやあ、素晴らしい太刀筋でしたよ桂さん。別人かと思いました」
「トーニャさーん! わた、わたた、私! まだ会えでぇ~」
「ヒャッハァ! 憎い登場の仕方しやがって! 助かったぜこのこの!」
「てけり・り!」
「ええ、みなさんもご無事なようでなによりです。心配しましたよ本当に」

 歓喜に浸る桂とやよい、そしてプッチャンとダンセイニ。
 この瞬間を経るまで、幾多の艱難辛苦を乗り越えてきたのだろう。
 ようやくの合流はむせび泣くほどのものだったのだと、トーニャはさして不思議にも思わなかった。
 が、唯一。深刻そうな顔をする柚明の視線だけが気になった。

「おや? どうしました柚明さん。あなたはなにか一言くれないんですか?」
「また会えたことは嬉しいけど……トーニャさん、その腕……」
「ああ……目ざといですね」

 柚明の呟きで、一同の注目がトーニャの右腕にいく。
 だらんと肩から垂れ、先端からぽたりぽたりと血が落ちるその腕は、長袖に覆われていようとも状態を知ることができた。
 怪我をしている。それもかなりの重傷。誰もがそう思ったことだろう。ずばり正解だった。

「実は肩が外れてしまいましてね。別所にもそこの怪物と同じ奴が出まして、そいつにやられました」
「やられました、って……」
「骨は折れていないかと思いますが……罅くらいは入っているかもしれません。感覚、とっくにありませんし」

 まいったまいった、とトーニャは軽く苦笑する。
 見るに見かねた柚明は、断りを入れるよりも先に右腕の治癒を敢行。
 ずっと我慢してきた痛みが、スーっと和らいでいく。

「こんな状態で……無茶しすぎです!」
「無茶しなきゃ死んでしまいますよ。大丈夫、腕がなくなろうがキキーモラさえあれば前線張れますんで」
「そんなこと言わないでよ、トーニャちゃん! ねえ柚明お姉ちゃん、どんな状態なの?」
「心配ないわ桂ちゃん。時間をかければ、ちゃんと動かせるように――」
「どうやら時間をかけている余裕はないようですよ」

 瞬間、空気が張り詰めていく。
 聞こえてくるのは、重みのある足音。
 まるで巨象が迫ってきたような――巨象であったならば、どれだけ楽に済んだだろう。
 周囲、視界に入る通路は四つ。そこからふらふらと顔を出してくる新手の悪鬼、四体。
 四体が出てきたところで、追加で二体。計六体の悪鬼が、この中層フロアに現れる。

「そ、そんな……こんなにたくさん!?」
「ちっ、雁首揃えてぞろぞろと……ちとヤベェかもな、こりゃ」
「てけり・り……!」

 悪鬼六体は皆、トーニャたちのほうに視線を向けている。
 さすがに見境なしに同士討ちしてくれるほど馬鹿ではないようで、つまりこれは、

「六体六。一人一体のノルマでいきますか?」

 こちらは六人。あちらは六体。
 トーニャは嘲るように提案し、賛同するものは誰もいなかった。
 あたりまえである。彼女たちも悪鬼の脅威は知っていることだろう。
 あれを相手取るには、六人で一体が相応かそれ以下。一人一体など、無謀を通り越して無理と断言できた。

「……冗談を言っている場合でもありませんね。ここで一つ、みなさんに懺悔しておかなければなりません」

 一つ息をつき、トーニャは改まって言う。

「あの怪物共が元人間だということには気づいているでしょうが、あれを生み出してしまったのはおそらく、私のせいです」
「……どういうことなの、それ?」

 皆の注意が、トーニャに注がれた。
 フロアを同じくすることになった悪鬼六体。どれもがトーニャたちのほうに向かっているが、その足はまだ鈍く、猶予がある。
 この僅かな間を、トーニャは自らが過ちの告白と、事態の究明にあてた。

「すずさんを殺しました」

 唐突に切り出した殺害報告に、一同の顔が険しくなる。

「すずっていうとあれか、懺悔室の扉の向こうにいた……」
「あっ、私やプッチャンを追い返した人ですね」
「ここの職員の人たちを、言霊で自我なき人形に変えた……とも言っていたけれど」
「……もしかして、トーニャちゃん」
「想像しているとおりですよ、桂さん。たぶん、それがスイッチだったんでしょう」

 これはすずを殺したあの部屋で、悪鬼に襲われてから考え導き出した推論だ。
 変化のタイミングに着目し、共通点を探る内に、そうとしか考えられなくなった一つの可能性。
 揺ぎない『もしかして』は、この場にいる全員を納得させるだけの力になる。

「あの怪物……元人間だった方々の正体は皆、すずさんに言霊をかけられていた職員たちです。
 それが一斉に、すずさんが死亡した頃合を見計らうかのようにして、怪物へと変貌しました。
 私にはこれが偶然だとは思えません。言霊の副作用的なものなのかはわかりませんが……まず、間違いなく」

 悪鬼の群れが獰猛に唸る渦中、一同は息を呑んでトーニャの言を聞いた。

「すずさんが死んだから、言霊で操られていた人たちは怪物になってしまった――と取るべきでしょう」

 それはつまり、トーニャがすずの息の根を止めたあの瞬間が発端だったということ。
 事態悪化のトリガーを引いてしまったのは、紛れもなく自分であると、トーニャは告白する。
 聞くやよいとプッチャン、ダンセイニの顔が悲壮感に染まった。

「無理やり戦わされて、死んだら死んだで今度は怪物にされて……ってことかよ」
「そんなの……そんなの、ひどすぎます!」
「てけり・り!」

 彼女たちらしい感想だと、トーニャは思った。
 悪鬼となってしまった職員たちの中には、前線とは縁のない研究専門の人間とていたはずだ。
 中には愛する家族がいた者、無理矢理儀式に駆り出された者、神崎に異を唱える者だっていたに違いない。
 そんな者たちが皆まとめて、強制的に人を捨てることとなってしまった。
 冷徹なトーニャとて、感傷を抱かないと言えば嘘になる。

「……でも、同情してあげることはできないよ。殺さなきゃ、わたしたちが殺されちゃう」
「桂ちゃん……」

 瞳の色を獅子のような金色に変え、纏う雰囲気すら様変わりしていた桂は、的確に現状を捉える。
 彼女の言うことも至極もっともだ。人であろうと鬼であろうと、敵は敵。それは変わらない。

「そのとおりです桂さん。
 とはいえ、あれの強さはケタが外れています。あまり言いたくはありませんが、このままでは全滅も必至でしょう」
「あんなに集まってきたのはたぶん、わたしの血に惹かれてるんだと思う。だから、ここはわたしが囮になって……」
「なるほど。悪くない案ですが、もっといい策がありますよ」

 にやり、とトーニャが笑った。
 自信満々な風を装って、せめて少しでもと、周囲に安心感を与える。

「なんですか、もっといい策って?」

 やよいが訊いた。
 トーニャは悪鬼たちのほうへ向き、答える――

「自分の尻拭いは自分でする、ですよ」

 ――と同時に、駆け出した。
 方向は悪鬼六体が群れる前方、後方には唖然としている仲間たちを置いて。
 桂やプッチャンが制止の声をかけるのも気にせず、トーニャは単身、先駆けた。

「ハッ!」

 跳躍と同時に、キキーモラを宙に走らせる。
 一条の軌跡が辿る先は、悪鬼の密集地帯。一番前に出ていた一体の左目を、先制して削ぐ。
 激痛を訴える咆哮が、中層フロア全域に木霊した。
 トーニャは耳を塞ぎたくなるも我慢し、次なる標的にしかける。

 中距離を保っての捕縛。別の一体の胴体にキキーモラが絡まり、あっという間に縛り上げた。
 この悪鬼、パワーは凄まじいが動きは鈍重だ。速度で制せば優位はこちらに傾く。
 トーニャは集中してキキーモラを繰った。捕縛された悪鬼が持ち上がる。

 キキーモラは見た目の細さに反し、荒縄の比ではない強度と頑丈さ、そして馬力を秘めている。
 トーニャの細腕では到底持ち上がらないだろう悪鬼の巨体も、キキーモラを用いれば労力は半分以下。
 敵が複数だというのなら、その内の一体を投擲武器として応用することも十分に可能なのである。

「はぁ――――――――っ!!」

 気合一声、トーニャはキキーモラで捕縛した悪鬼を、他の悪鬼に向かって投げ飛ばす。
 巨体が巨体に激突し、衝撃が生まれた。六体の内二体が、一時的に戦闘不能となる。
 だが、

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 いくらキキーモラを用いたとはいえ、悪鬼一体を投げ飛ばすのに生じる隙は誤魔化せない。
 残り四体の内の一体が急に反応を素早くし、トーニャに突っ込んでくる。
 跳んで避けられる速さではない。キキーモラを巻き戻すも間に合わない。
 トーニャは左腕を前に、骨折覚悟でこれを受けることに決めた。

「――やらせない!」

 焦燥と恐怖に歪む視界、悪鬼が眼前に迫る境界に、間を埋めるべく桂が割って入った。
 悪鬼が右腕を振り上げ、振り下ろす。そのタイミングに合わせて、桂が刀を振るった。
 巨腕が飛ぶ。淀んだ色の血が、シャワーとなって降り注いだ。桂の身がさらに血塗れになる。

 それでも、彼女は怯まない。羽藤桂はまるで別人のように、悪鬼に対して刀を振るう。
 右腕を斬り飛ばされ動きが止まった悪鬼。その左肩から袈裟切り一閃。
 頑強な胸板に血の軌跡が走り、休む間もなく下からの斬り返し。
 身体の前面に交差した切創ができあがり、それでも倒れない悪鬼。
 だからといって絶望はせず、桂の刃は悪鬼の胸を貫いた。流れるような動作で、脇腹から抜く。

 絶叫。人間をやめた者の悲鳴が大気を震わせ、やがて沈黙。巨体は床に沈んだ。
 一体撃破――その安堵から生まれかねない新たな隙に、他の悪鬼がつけ込もうとする。
 トーニャが警戒を呼びかけようとするが、桂はそれよりも早く、その場から飛び退いた。
 桂の身が自身の真横に。数瞬前まで桂が立っていた地点に、巨腕が叩きつけられた。

「大した殺陣ですね。時代劇に出られますよ、桂さん」
「なんで……なんで一人で戦おうとするの!?」

 礼の代わりにと告げた称賛を、桂は怒号で掻き消した。
 金色の双眸に、きらりと輝くものが見える。本気で怒っているようだった。

「これは私の不始末ですから。みなさんに迷惑をかけるの、嫌なんですよ」
「それでトーニャちゃんが傷ついたら、意味ないよ! わたしたちは――」
「勘違いしないでください」

 桂の心中を察しながら、しかしトーニャはこれを拒む。
 前方の悪鬼へと駆け出して、キキーモラを放って、言う。

「別に自己犠牲の精神に目覚めたとか、そういうわけではないんですよ」

 キキーモラの先端に取り付けられた錘が、悪鬼の肉を削ぐ。
 人間と比べてもだいぶ硬い皮膚は、キキーモラの斬撃では削りきれない。
 なるべく喉や目などの弱所を狙うようにはしているが、大したダメージにはなっていないようだった。

「これは、あの糞ギツネに売られた最後のケンカです。私はそれを買いました」

 さらに、先程投げ飛ばした悪鬼と、それに巻き込まれた悪鬼の二体も、既に再起しているのが確認できた。
 あれくらいで仕留められるはずもなかったかと、トーニャは歯噛みする。

「なにが言いたいか、わかるでしょう? わりますよね、桂さん?」
「トーニャちゃん……」

 反論を許さず、トーニャは再度伸ばしたキキーモラで――桂の左脚を絡め取った。
 えっ、と驚きの声が上がるも一瞬。

「要は……手出し無用ッ!」

 トーニャは、桂の身を思い切り後方に投げ飛ばした。
 その行動を好機と見たのか、悪鬼が速度を上げトーニャに突進してくる。
 しかし慌てず、これを横に跳んで回避。愚直な暴力に、床がひしゃげた。

「叩くことしか能のないお馬鹿さんに、私は捕まえられませんよ!」

 トーニャは怒気混じりの声で挑発する。
 悪鬼に放つのは、やはりキキーモラ。これがトーニャの唯一無二にして最も信頼できる武器なのだ。
 生身の人間、ほんの少し頑丈なだけの機械人形、伝説と謳われた妖怪、すべてこれ一本で対処対応できる。
 相手が鋼鉄の肉体を持つ鬼であろうとも、攻め方を工夫すれば――と。

「っ!?」

 一直線に伸びていったキキーモラは、悪鬼の腕を絡め取ろうとして――予想外にも、逆に掴まれてしまう。
 軌道が安直すぎた。なぜ正面から仕掛けた。意地を張って集中力を欠いたせいだ。馬鹿だ私は。
 刹那の間に巡る後悔と反省。その刹那が終了する頃には、悪鬼が剛力を振るい始めていた。

 キキーモラを掴んだ状態のまま、力任せに腕を振り回す。
 当然、キキーモラに繋がるトーニャの身も、浮き上がった。
 まるで、西部劇のカウボーイに捕らわれた小悪党みたいな為様。
 遠心力が齎す嘔吐感は並大抵ではなかったが、それ以上に、

「――――――――ッ!!」

 身体中を蹂躙せんとする激痛の怒涛が、トーニャの意識を殺そうとしていた。
 キキーモラは、言ってしまえば獣の尻尾と同じようなものであり、そして尻尾以上に繊細な、トーニャの身体の一部なのだ。
 手足同然に扱えるのはトーニャの感覚神経と直に繋がっているためである。
 それが掌握されたともなれば、当然の帰結としてそこで発生する刺激も本体である身体へと伝わることになる。

 つまりキキーモラは、最大の武器であると同時に最大の弱点でもあるのだった。
 理解承知した上での、失態。集中力を欠いてしまったという、自責。
 脳裏にすずの顔が浮かび、トーニャは改めて思った。

(忌々しい)

 なにも知らず知らされず、最後の最後まで不当に人間を恨みながら死に、そして死んだ後になっても迷惑をかけ続ける。
 神代学園に在籍していた如月すずは、もう少しマシなフォックスだった。対して、こちらのすずは最低最悪な狐のクズだ。
 やはり、生きたままの剥製にして本国に持ち帰りホルマリン漬けにでもしておくべきだった。
 何秒経っただろう。一秒も経っていないかもしれない。その身はまだ振り回されていた。トーニャは薄れる意識の中で思う。

 気絶かな――予感した。
 それとも死――まさかと思いたい。
 まだだ――ここで意識を飛ばすわけにはいかない。
 まだやれる――このままリタイアしてしまっては、すずに負けたも同然だから。
 やる――あの世でほくそ笑む狐など見たくはない。
 やるしかない――サーシャだって。
 そうだ――サーシャだ。

 本国には、帰りを待つ妹がいる。
 仲間を売ってでも優先したいと、否、優先すると決めている絶対の存在。
 サーシャのことを思えば、意地の張り合いなどに固執している自分の愚かしさがよくわかる。

 頭を冷やせ。
 クールになろう。
 私はロシアンスパイ。
 トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナ。
 使えるものは、使うのが主義なのだから――。

「――――ッ! 桂さん!」

 痛みに耐えながら、声を絞り出した。
 発した言葉は仲間の名前。
 直前の自分を省みての、殊勝な求め。
 トーニャは、助けを呼んだ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、桂が参上する。
 一太刀、渾身の一閃でもって悪鬼の腕を断ち切った。
 掌握されていたキキーモラが解放され、トーニャは投げ出される。
 痛みのせいで着地はままならず、しかしどうにか受け身を取って、床に落ちる。

 続く悪鬼の咆哮。見ると、群れの中には無数の月光蝶が。
 桂だけではない。柚明もまた、トーニャの援護に入っていた。
 ふらふらな足取りで立ち上がると、傍に桂が寄って来て言った。

「トーニャちゃん。なにか言うこと、あるんじゃないかな」
「ごめんなさい。あなた方の力が必要です。協力してください」

 意地を張っていた自分が馬鹿だったと、トーニャは即答で頭を下げる。
 その露出した後頭部に、桂は間髪入れずげんこつを落とす。

「あだっ!?」

 ゴンッ、という音が響いた。
 この鬼っ娘、本気で殴りおった。

「なっ……素直に謝ったじゃないですか! なぜにぶちますかね!?」
「謝ったってぶつよ! トーニャちゃん、わたしたちのことぜんっ……ぜん! 頼ってくれないんだもん!」
「そうだそうだ。意地張って馬鹿やるようなキャラでもねーだろ、おまえはよ」

 ぶたれた頭を摩りながら、トーニャはうっすらと目に涙を浮かべる。
 叱りつける声は、二つ。桂と、彼女の右腕に嵌ったプッチャンのものだった。
 げんこつもプッチャンのものだったのだろうか。頭が陥没していないことを察するに、そうなのかもしれない。
 前線から少し離れた位置では、柚明が月光蝶を行使し、その傍にやよいとダンセイニが付いている。
 そして悪鬼の存在を身近に置きながら、全員の視線はトーニャに向けられていた。
 各々がなにを言いたいかわからないほど、トーニャも鈍感ではない。

「理由がどうあれ、俺も桂も柚明もやよいもダンセイニも、他の奴らだって、おまえ一人を悪者にしようとは思ってねぇ。
 そりゃ、周りは怪物だらけで大ピンチってところだけどよ。言っても仕様がねーだろうが。うだうだ愚痴ってる暇もないんだぜ」

 一同を代表するように、プッチャンが言う。
 もっともな言い分だった。わかっている。だから素直に助けを求めたのだ。なのにぶたれた。
 イマイチ納得がいかない。とぶつくさ言ってもやはり仕方なく、トーニャは大人の余裕で、この不満を飲み込む。
 桂には、背中を預けられる戦友として、接する。

「わたしたち、仲間でしょ? 戦うんなら、一緒」
「……死ぬのも一緒、というわけですか?」
「死なないよ。わたしがトーニャちゃんを死なせないし、トーニャちゃんがわたしを死なせない」

 なんとも心強い言葉だった。
 羽藤桂。こんなに勇ましい女の子だったろうか。
 実戦が少女を大人に変えたのかもしれない。

「本当に……ええ。桂さんも柚明さんもやよいさんもプッチャンも、みなさん大した筋肉ですよ」

 まるで、誰かさんを見ているようだ。
 あれは背中を預けるというには程遠い存在だったが、不思議と安心できる要素はあった。
 神代学園生徒会の面々に抱いていた、あそこに置いてきたとばかり思っていた信頼感が、ここにきて芽生える。


  利用したいってんならすりゃいいさ。仲間としてな。こっちは勝手に、おまえを助けるからよ。
  一人で踏ん張るよりは、よっぽど楽だろ? だって、一人じゃ誰を利用することもできねぇじゃねぇか。


 まったく、なんでこんな佳境で、よりにもよって、あんな人の言葉を思い出しているのだろう。
 自分の記憶力を呪いたくなったのは、人生で初めてのことだった。


  な。おまえもそうだろ――トーニャ


 そうですね。
 かなり、遅くなってしまったが。
 最後の一線を超えて。
 信じて、頼っても、いいのかもしれない。

「……わかりました。そこまで言うんなら、この後のことは全部丸投げしますからね? あとで文句言わないでくださいよ」

 トーニャは、桂に言った。
 桂はもちろん、この言葉の意味をすぐには読み取れない。
 だがじきにわかる。だから、トーニャは構わず駆け出した。

「柚明さん! 怪物共をなるべく一箇所に集めてください!」

 月光蝶で悪鬼を足止めしている柚明に指示を出し、トーニャはキキーモラを展開。
 今度はヘマはしない。防ぎようもない必殺の技で、確実に葬りにかかる。
 覚悟は既に完了した。仲間に後を託す準備は万端だ。

(なにを恐れることも、ない――!)

 悪鬼たちが、光の蝶に翻弄されながら身を寄せ合う。
 一箇所に集中した敵を一掃、それがトーニャの狙いだ。
 だからキキーモラを差し向ける先は、頭上。天井ギリギリまで伸ばす。

 いつもと違うところが、一点だけ。
 キキーモラの先端についている錘が、外されていた。


「効果範囲確認。全方位攻撃。解き放て、キキーモラ」


 キキーモラとは、家に住み着く精霊の一種である。
 姿形は諸説あるが、いずれにも共通する点が一つある。

 《糸》。

 本来のキキーモラは、こうして編み込まれた縄などではない。
 正体は、何本もの繊維の集合体。無数の糸だった。
 普段のキキーモラは、その糸を編み込み一本の縄のようにしているだけに過ぎない。


「くらえ――」


 天井まで伸びていったキキーモラがパッと解け、真の姿を見せる。
 きらきらと輝く一本一本の糸が、数え切れない。
 その細さ、その物量、その速さは、まるで降り注ぐ雨のようだった。
 如何な悪鬼とはいえ、空から降る雨を防げるはずもない。


「――――ひかりのあめ(イースクラ・リーヴィエニ)!」


 豪槍の驟雨、銃弾の怒涛、蜂の巣――等しい結果を齎す、糸の雨。
 防げるはずもなければ避けられるはずもなく、悪鬼は飲み込まれた。
 断末魔の叫びが、鼓膜を破壊せんほどに響き渡った。

 耳に残る不快感は、確かな勝利の証。
 だがそんな不快感を凌駕するほどに、トーニャの身を苛む激痛があった。

 痛みは、脳に直接伝わってくる。
 頭が割れるようだった。

 ひとたびキキーモラを解いてしまうと、感覚神経に多大なる負担がかかる。
 糸のすべてを攻撃に使用すれば、ましてや満身創痍の身でそれを行使すれば、こうなることは自明の理だった。

 でも、きっと大丈夫だろう。

 この場の悪鬼はすべて掃討することができた。
 逃げる時間、もしくは休まる時間を作ることはできた。
 あとのことはきっと、仲間たちがなんとかしてくれる。
 と、そんなことを、思い、訪れる、最後。


「トーニャちゃん――――  ニャちゃ ――――ト ニ ―――― 」


 感覚が、分断される。

 景色が、壊れていく。

 身体が、崩れ落ちた。

 仲間が、駆け寄った。

 意識が、消え失せた。

 自然と、笑えていた。






 ・◆・◆・◆・


あれからしばらくの後、那岐と彼を追うアンドロイド達の姿はあの地底湖の傍にあった。

鬼道によって生み出された暴風が湖の水面に波を立て、撒き散らかされる銃弾が岩壁に奇怪なレリーフを掘り込んでいる。
時に雷鳴が轟き渡り、オーファンの鳴声が耳を劈く。人知を超えた破壊の音がその場をただひたすらに埋めていた。

那岐の姿は先と変わらぬ形で健在だ。とはいえ、その表情からはこれまでのような余裕は消え去っている。
そこらの地面に、壁際や水面の下に、そしてここまで移動してきた通路のそこら中にアンドロイドの残骸は転がっているが、
しかしまだまだアンドロイドの数は残っており、苛烈な攻撃が止むということもない。
霊脈の力を用い那岐は続け様に多種多様なオーファンを召喚するが、これもせいぜいが弾除けぐらいにしかならないでいた。

「多勢に無勢ってほんと……少しは遠慮してほしいなぁ……!」

宙を泳ぐ海蛇の様なオーファンを盾に那岐は弾幕から逃れ、湖の上を飛んで安全圏へと避難して行く。
なんにせよ、言葉通りに多勢に無勢であった。
逃亡しながらの戦いを続け、引くに引いて結局、こんな所まで那岐は後退することになってしまっている。
そして、ここから離れることも叶わず、すでにかなりの時間が経過していた。

「…………ッ!」

超電磁砲が空間を一瞬で通り抜け、射線上にいたアンドロイドが数体まとめて融解し残骸と化した。
これで倒した数は三桁に繰り上がっただろうか。
そんなことを考える一瞬に別のアンドロイドがブレードを構え飛び掛って来て、那岐は風を纏い慌ててその場を離れた。
一息つく間もない。さらに次の瞬間には無数の銃弾が那岐を追っている。
那岐はこれに対しオーファンを盾として召喚して回避。また再び超電磁砲を発射して何体かのアンドロイドを破壊する。

幾度となくこれが繰り返される。
休む間もなく、だがしかしきりがなく、見た目の上での戦果とは裏腹に那岐はアンドロイド達に押されていた。

那岐が支配し、彼へと流れ込む霊脈の力は無限大だと考えても差し支えないほどに大きい。
だが、それを使う那岐自身の力がそうかというと、それはとても言えない。
例えるならば、霊脈とは繋がった回路に電気を供給する電池のようなものだ。
故に、最終的な出力はそれと繋がっている者――この場合は那岐自身の能力に因り、決して彼の限界を超えることはない。

宙を行く那岐の姿がアンドロイド達の視覚から消失する。大気を操り小規模な蜃気楼を生み出したのだ。
しかし、それも一時しのぎにしかならない。大気の歪みを補正したアンドロイド達はほんの数秒で攻撃を再開する。

那岐は式という存在である為、肉体的な疲労はない。故に霊脈と繋がっている限り、永遠に戦うことも可能である。
だがしかし、それは永遠に負けないでいられるという意味ではない。
1%でも敗北の可能性が存在する以上、戦いが続けば続くほど那岐が敗北する可能性は増してゆくのだ。
永遠に戦い続けられる那岐と、多量とは言え限界のあるアンドロイドの軍団。
互いが最適な行動を選択し続ければ、ある程度の時間の後、那岐が勝利することになるだろうが、それは現実的な話ではない。

那岐を狙い続ける銃弾の嵐が時間の経過と共にその様相を変化させてゆく。
最初はそれぞれが発射する弾丸が単純に那岐自身を狙っていただけであったが、継続される戦闘にアンドロイド達の学習は進み
今は那岐を直接狙うもの、那岐が回避するであろう方向に撃たれているもの、更に那岐の動きを牽制するべく撃たれるものと、
もはや弾雨と言うよりも弾幕。宙を浮かぶ火線の檻が完成しようとしていた。

「かごめかごめ……――鍋の底抜けってね!」

高性能CPUを搭載したアンドロイドが生み出す弾幕は美しく容赦がない。
だがしかし、計算能力であるならば式である那岐もまた別格だ。彼は弾幕の中に隙間を見つけるとそこを潜った。

「そろそろ決着をつけないと、まずいな……」

巨大なオーファンの群れを中空に呼び出しながら那岐は焦りを口にする。
未だ那岐の方が優秀で、この先もそうであり続けることは確かだが、アンドロイド達の学習速度が想像以上に高い。
このまま続けば戦いは刹那の内に数十手を打つ勝負から、須臾(しゅゆ)の狭間に百手を打つものへと変わるだろう。
そうなってしまえばたった一手の過ちが那岐を焼き、全ては終わってしまう。

集中砲火に崩れ落ちるオーファンの影より那岐は幾条もの雷を走らせ、またいくらかのアンドロイドを破壊すると
意を決してその身を冷たい湖の中へと飛び込ませた。



オーファンを一掃したアンドロイド達が湖の淵へと駆け寄り、水面の向こうに那岐の姿を探す。
だがそれらのセンサーには那岐の姿は映らず、ただ湖面が今までになく静かだと知らせるのみであった。

アンドロイド達は頭蓋の中に納められたCPUで思案する。
那岐はただ身を隠しただけなのか。それならば水の中に飛び込んででも彼を捜索すべきか。
それとも那岐はどこからか逃げ出すつもりか。はたして地形データの中に湖中から脱出できるような穴はあったか。

闇雲に状況の不明な場所へとそれらは進みはしない。
だが現在のデータでは状況を判断しかねると、アンドロイド達はその内の数体を湖中に進めようと結論を出した。
そして更に数秒かけてどの個体が進むのかと決定したところで、水面に変化が現れた。

現在進行中の計算を放棄し、アンドロイド達は新しく得られた反応の分析に取り掛かる。
水中に高エネルギー反応。種別としてはオーファンに属するものだ。
那岐は湖の中に飛び込むことで時間を稼ぎ、より高位のオーファンを召喚したのだろうと暫定的に結論付ける。
新しい問題はそのオーファンに対しいかな対処をするか。そして未だ居場所が特定できない那岐の位置を探ること。

アンドロイド達は銃口を光を発する水面へと揃える。
そしてそれぞれに死角をカバーしながら索敵の目を地底湖全域へと拡大した。
アンドロイド総体としての結論は、
オーファンが水面から出てきたところを一斉掃射にて撃破。その間に次の行動を起こすであろう那岐の捕捉である。



そして、”ソレ”が姿を現した。



水面が大きく盛り上がり、ソレが今までになく巨大なものだとアンドロイド達は推測する。
エネルギー反応は今までになく高く、ソレは高熱を帯びていた。
膨れ上がった水面が水蒸気となって爆散し、センサーを切り替える一瞬の間アンドロイド達の目を視界を覆う。
そして遂にソレが湖上に姿を見せ、その姿だけでアンドロイド達から判断を奪った。

脳内を検索し終えたアンドロイドがデータの中にソレと同じものを発見する。
だがしかし、ソレはここにはないはずのものであった。
そしてソレはあまりにも強大すぎるものであった。
予定していた対処をそのまま続行するか否か、コンマ数秒にも満たない判断の躊躇がアンドロイド達の運命を決定づける。

神話の中の竜と鳥とを合わせたようなその姿。白銀の鱗と朱の羽に飾られたその姿は異様であり神々しい。
頭に封印の剣を刺し、強すぎる力を制御する為に黒金の鎖を幾重にも身体に巻きつけている。
広げた翼が地底湖の天井を覆い、鳴らした喉の音が水面に細波を起こした。


ソレの名前はそのまま最強を表す。


繰り返し行われた星詠みの舞。その始まりよりソレは存在し、そして常に最強であることを歴史に刻んできた。


――火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)。


灼熱の業火により全てを灰塵に帰す光り輝く白金の神竜。


最強のチャイルドの姿――『カグツチ』の姿がそこに顕現していた。






広げた翼を揺らし、カグツチが鳴く様に熱い吐息を口から噴出す。
たったそれだけの所作で熱波が地底湖の隅まで行き渡り、強い霊気がアンドロイドの持つ擬似エレメントを全て解体した。
武器を失ったアンドロイド達がまるで感情があるかのように戸惑いの様子を見せる。
仮にもHiMEの紛い物であるからか、もしくはそれほどまでにカグツチの力は強大なのか。

アンドロイドの脳内でレッドアラームがけたたましく鳴り始めた。
目の前ではカグツチが遂に攻撃を始めようと胸の中に灼熱のエネルギーを集中させ始めている。
データベースにあったスペックを参照すれば、吐き出される熱塊はアンドロイドのボディを飴の様に溶かしてしまうだろう。
CPUが撤退するのが最善だと算出する。
自己の保全を無視しても勝てない相手なのだから逃げるのが当然だ。無駄な消耗は味方全体の戦力に影響する。

だがしかし、アンドロイド達は一体たりともその場を動くことができないでいた。
断罪の神獣を前に、まるで贖罪を求める殉教者の様に。

カグツチの胸の中より湧き出した熱塊が込み上がり喉を大きく膨らませる。

竜の身体を通じて漏れる熱気だけですでに周囲の温度は50℃を超えている。あれが吐き出されればどうなるのか。
アンドロイド達は思考することを止めて、ただ輝かしいカグツチの姿を見ているだけであった。


そして遂に熱塊はカグツチの口より吐き出される。


光となった熱塊が全てを白く塗りつぶしながら直進し、触れたアンドロイドを蒸発させながら突き進んだ。
余波は透明な炎となって宙を走り、直撃を免れたアンドロイドに触れると真っ赤な炎をそこに燈す。
轟音が響き、壁へと直撃した熱塊が炎の渦を巻きながら洞窟内へと四散する。

灼熱の業火が全てを嘗め回し、あらゆるものを無に帰してゆく。

湖を沸騰させ、岩肌を焼き、残されていた戦いの痕跡を残らず灰へと変え、そして更にその全てを焼き清めた。






 ・◆・◆・◆・


「いやはや、我ながらたいしたものだよこれは」

もうもうと湯気の上がる水面から頭だけを出して那岐はおどけるように言う。
見上げるそこには彼が”作り上げた”カグツチが浮かんでおり、使命を果たしたそれは光の粒となって消えようとしていた。

「即興のフェイクとしては上々の出来だったかな。まぁ、勝手に姿を借りたなんて知られたら彼女に怒られそうだけど」

指一つ鳴らして幻の最強を消すと、那岐は水から上がりずぶ濡れのままその身を地面に横たえた。
よく見れば、湯気ではなく白い煙が那岐の身体からうっすらと立ち昇っている。

「あー……疲れた。霊脈の力あってこそだけど、これはさすがに何度もできないな」

先に霊脈の力を回路と電池に例えたが、いかに偽者とは言えカグツチの力は那岐のキャパティシィを超えるものであった。
過剰な電流が抵抗により熱を生むように、那岐を構成する式も過剰な霊力の使用に軽くはない損傷を負っている。

「あやうく存在そのものが焼き切れるところだった。すぐに桂ちゃんらと合流したいけど、ちょい休憩。というか――」

もう動けない。と、那岐は四肢を焼き清められて塩となった地面に投げ出した。
霊脈とは未だ繋がっているが、それを使用する回路の方がズタズタだ。
記憶を頼りに回路を補修し、元の力を取り戻すまではもう一歩も動けないだろう。

「30分か、1時間か……その間に敵がこないと助かるんだけど」

薄ら笑いを浮かべて那岐は目を閉じる。
こうなってはもうどうしようもない。
あのアンドロイド軍団が虎の子だったと信じて、安息の時間が与えられることを期待するしかないだろう。

先に写し取っておいた式の複写を展開し、今の自身へと重ね合わせる。
そして損耗率の低いところ探して、まずはそこからと那岐は修復作業を開始した――






「――と、事が終わってくれればいいんだけど、そうもいかないかな?」

那岐は閉じていた目を開きこの地底湖に繋がる暗闇の方へと視線を移す。
横たわる地面からは何者かの足音が伝わってきていた。

「一体、ここで登場するのは何者なのか――」



それは――……。








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