ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

LIVE FOR YOU (舞台) 19

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LIVE FOR YOU (舞台) 19



 ・◆・◆・◆・


「――ええ、541番通路が開いてるわ。
 そこから発電プラントに降りて……そう、ある程度排水は進んでいるから通り抜けられる場所があるはずよ。
 後は7番エレベータを使ってシアーズとの連絡通路に向かいなさい。今はそこが一番安全な場所だから。
 そうよ。もうあなた達が戦う必要はない。自分達の命を最優先に――」

慌しく人の声がやまない司令室の中。警備本部長もまた、自席にて通信機を片手に忙しい時間を過ごしていた。
通信の相手は悪鬼の蔓延る地下基地の中で未だ生存している戦闘員やスタッフらである。
警備本部長は生き残った数少ない責任者の一人として、彼らの生命を維持すべく避難誘導に尽力していた。

「W7連絡通路の隔壁を20分後に落とすわ。それまでに通過しておきなさい」

もっとも、そんなことをしたからといってなにがあるわけでもないし、これは誰かの命令でしているわけでもない。
すでにほとんどの職員が悪鬼化したかそれに襲われ死亡しているのだ。
ほんの僅かな人間を助けたとて、組織としてはすでに終わってしまったことは否めない。
助ける相手にしても、これから先彼女の力になりそうなのかというとそれも期待できないような相手ばかりであった。

「電源が落ちてドアが開かない?
 ……しかたないわね、152番通路の端からメンテナンス通路に入れるから、それを使って迂回しなさい」

だがしかし、彼女は今の時間を誰かを助ける為に使っていた。
道徳観からだろうか。それとも善行を積めば幸運がやってくると期待しているからなのだろうか。
最早、他にすることもないというのが実際の話なのかもしれないが、しかし、
自身でも無為だと理解している行為に彼女はなぜこうも没頭できるのか。それは――?

「――ッ!?」

突然鳴り響いた悪鬼の咆哮に警備本部長は通信機を耳から離した。
もう一度耳に当てると今度は銃声と悲鳴、そして絶望的な死の臭いが伝わってくる。
なんと声をかければいいのだろうか。考えるもなにも浮かばず、警備本部長はひとつ溜息をついて通信を切った。

彼女の顔を覆う不安の色がまたひとつ濃くなる。
総合管制センターも襲われ基地内の状況把握もままならない。第二司令室も陥落。幕僚長閣下他、幹部連中は全滅だ。
悪鬼の鼻は敏感だ。助けようといくらか必死になってみたが、僅かに生存していた者達もすぐに全滅するに違いない。

敵である儀式の参加者らも遠からずそうなるであろう。
本拠地目前まで来ていた吾妻玲二は作戦通りに追い返すことができたし、強力な魔術師は土の下だ。
少年少女らは悪鬼の群れには敵うまい。そして、本来の標的である那岐もすでに孤立させアンドロイドで囲んでいる。
シアーズのアリッサにしても何か手を出してくる余裕はないだろう。深優の予想外の活躍によってシアーズは壊滅状態なのだ。

「……………………」

気を落ち着かせる為に警備本部長は煙草を一本取り、火を点けながら神崎黎人の方を窺った。
彼はいつもの席でいつものように薄い笑みを浮かべ、半分ほどしか情報を写さないモニターを静かに見ている。
その隣には彼の妹であり儀式の要である美袋命がいて、彼女もまた兄に寄り添って物珍しげに画面を見つめていた。

実際の話。どうやらこのままこちら側が勝利し、神崎黎人が媛星の力を得られそうではある。
しかし、どうしても、煙草の煙を肺の中に吸い込んでも胸の中の強い不安が消えない。それどころか時と共に増してゆく。
作戦が失敗して死んでしまうかもしれない――などということが怖いのではない。そんなものは最初から全て織り込み済みだ。

怖いのは、神崎黎人だ。

正確に言うならば、彼が信じられないのだ。
果たして媛星の力を手に入れたとして、彼はその後いったいどうするのだろうか。
欲深い人間ならわかりやすい。組織や信義に病的な忠誠を誓った者もいい。例え害があっても理解できる人間はいい。
しかし、警備本部長には彼の心の中が読めない。
若干18歳。現役の学生ながらにして黒曜の君という立場にある彼の向かう先が予測できない。

「……………………」

警備本部長は再び通信機のスイッチを入れた。しかし、チャンネルを切り替えて通信を試みるも、もう誰も出ない。
どうして人助けなどしていたのか。答えは単純で、それは神崎が怖いからに他ならなかった。
彼以外の味方を無意識の内に欲していたのだ。恐怖を分かち合う仲間を。

「………………ふふ」

存外、人間らしい感情が残っていたものだと警備本部長は小さく笑い煙を口から吐いた。
もうどうなるということもない。できることは、ほうっておかれないよう彼の後をついて行くしかないのだ。
椅子に預ける重さを増やし、彼女は少しだけ自分に休息を許した。
そして、再び司令の席に座る神崎黎人を見やる。


やはり、いつもどおりの薄い笑みがそこにあった――……。






 ・◆・◆・◆・


「やれやれ、これはまいったね」

別れた桂達と合流しようと通路を進んでいた那岐は、その通路を埋め尽くす瓦礫の前で溜息をついていた。

「霊脈を差し出すなんて裏があるとは思っていたけど、案の定罠だったわけ、か……」

那岐は瓦礫の傍にまで寄って掌を当ててみる。
風が通り抜ける隙間でもないかと探ってみたが、残念ながら土も混じった瓦礫は完全に通路を埋め尽くしているらしい。

「完全に孤立しちゃったな……まいったぞこれは」

頭の中に地下基地内部の見取り図を思い浮かべ、那岐は迂回路がないかを検討し始める。
だが、それもすぐに無駄かと打ち切ってしまった。
一番地本拠地に通じるこの通路は塞がれている。ならば、他も同様に塞がれていると考えるのが自然だろう。
これから塞がってない通路を探して総当りというのは徒労に終わるだろうし、なにより時間がない。

「また川に落ちたところまで戻ることになるのか……いやまてよ……――っと」

腕を組んで考え事をしていた那岐が身体を反らすと、直前まで彼の頭部があった場所を一発の弾丸が通り過ぎた。
ほぼ同時に大きな銃声が通路内に反響し、彼の目の前の瓦礫に亀裂が入る。

「やれやれ……相変わらず、僕の元ご主人様はそつがないことだね」

くすりと笑って那岐は振り返る。
そこには、通路の端に追い詰められた那岐を押し潰すかといった風に、何十体ものアンドロイド達が銃を構えていた。



「ひい、ふう、みい……と、数え切れないぐらいいるみたいだけど、機械人形如きで僕を追い詰めたつもりかな?」

やれやれと首を振る那岐へと何十もの銃口が狙いを定めている。
もしそれらが一斉に火を吹き、弾丸の全てが那岐の身体を貫けばいかに人間ではない彼とて消滅するだろう。
また、アンドロイド達がブレードを抜いて殺到すれば、この狭い通路では避けることも難しく、那岐は切り刻まれてしまうに違いない。
だがしかし、そう容易くはそれは現実とはならない。今の彼には霊脈と繋がった莫大な力がある。
そしてなにより――


「僕はね、今すごく機嫌が悪いんだよ」


――彼は怒っていた。



HiMEが殺されてしまったのだ。神崎を筆頭とする一番地の連中に殺されてしまった。
もし、このような激情を滾らせていることを神崎本人に知られれば、彼はそんなのはいつものことだろうと笑うだろう。
確かに那岐は儀式の進行人として幾度となくHiMEを殺している。儀式の度に何人ものHiMEを犠牲にしてしまっている。

しかし、だからといってそこに感情がないわけじゃない。悲しくないわけがない。悔しくないわけがない。
そして此度のHiMEは儀式に捧げられるHiMEではない。儀式を破壊する為の、那岐自身の”仲間”なのだ。
千年を遥かに越える永い時の中、初めてできた肩を並べて戦う仲間なのである。その彼女達が殺されてしまったのだ。

「僕は初めて、舞-HiMEの為の”修羅”になろう」

その瞬間、通路の中にバリバリと花火の様な銃声が幾重にも木霊し、鉄の銃弾が那岐を食い破らんと殺到した。
だが、同時にそれを遮るようにいくつもの影が通路の上に立ち上がる。
それはつい先日、那岐がHiME達の修行に用いた大猿のような姿をしたオーファンらであった。

数は今回も2体……いや、4体……6体……、なんということか那岐はひとりで8体ものオーファンを召喚していた。

雷雨のような銃声はまだ続く。音は通路の中で反響に反響を重ね、振動が小さな瓦礫を躍らせている。
だがそれでも弾丸は那岐へと届くことはない。
霊的な存在であるオーファンに純物理的な干渉が効果薄なのはすでに既知のこと。それが8体も壁になっているのだ。

「とはいえ、隠れたままじゃ動けないよね。それじゃあ反撃してあげようかな?」

そう言って那岐が掌の上に真空の刃を作り出した時、オーファンを撃つ銃撃の音が別のものへと変化した。
どうしたのかと思い、次の瞬間その力の感触に那岐の顔が青褪める。
新しい銃声は先のものよりも遥かに軽い。しかし、それなのに巨大なオーファンがまるで砂糖菓子のように撃ち崩されてゆく。

「――チッ! 全く安売りしてくれちゃってさぁ!」

舌打ちひとつして、那岐は生み出した真空を身に纏ってオーファンの隙間からアンドロイド達の前へと飛び出した。
そしてアンドロイド達が構えている銃を見て表情を歪める。
HiMEの力を再現することを模索するシアーズ財団が生み出した擬似エレメントによる銃がそこにあった。
勿論、本物のHiMEが持つものに比べれば見劣りはするものの、しかし数が数だけにその脅威は並大抵ではない。

「人の真似されるのって気分よくないよ――っと!」

擬似エレメントが生み出す弾雨の中を掻い潜りながら那岐はいくつもの真空刃を飛ばしアンドロイド達を蹴散らし進む。
当たれば一発で致命傷となるのは恐ろしいが、それでも幸いなのはHiMEの力は那岐にとって御しやすいものであったことだ。
身体の周りに展開した幾重もの見えないレールで弾丸を受け止めると、那岐は力の行方を書き換えてそれを跳ね返す。

真空の刃に、跳ね返した弾丸。更には風の渦から雷を発し、その雷を束ねて砲にしては、突き進む。
すぐに10体ほどのアンドロイドが動きを止めただろうか。しかし倒してもきりはなく、攻撃の手が休まる気配はまだ遠い。
続けていてはいつか落とされてしまうと、那岐は通路の真ん中に竜巻を発生させるとその中を潜った。

「広いところに出れば断然こっちが有利なんだよね」

アンドロイドの群れの中を強行突破した那岐は吹き抜けのあるホールまで出ると、宙へと浮き上がり振り返る。
出てきた通路の入り口からまるで蟻のようにアンドロイドが湧き出してくるが、しかしここならばそう怖くもない。
広さがあれば十分に風を吹かせることができる。それに、あの”電磁砲”だってこれぐらいスペースがあれば撃ちやすい。
それに霊脈から伝わる力はほとんど無限大に等しい。有利な状況であればアンドロイドの数に押し負けることもないだろう。

「……なんて思ってた時期が僕にもありましたってかな?」

アンドロイドの湧き出してくる通路は最初のひとつだけではなかった。
隣の通路からも。隣の隣の通路からも。更には上の通路から、その上の通路から、ホールに繋がる無数の通路から、
通路という通路の出口からアンドロイドが”湧き出して”くる。
さすがの那岐も、これは幻術の類なんじゃないかと疑ったが、残念ながら楽観的な希望は間を置かずして潰えることとなった。

「こんなにいるだなんて話は聞いてなかったんだけどなぁ……」

アンドロイドの数はゆうに百を越えるだろうか。正しく数えればその5倍はいるのかもしれない。
那岐はそのような絶望を深めるような行為はわざわざしなかったが、ただ戦慄に喉をごくりと鳴らす。

「マズったな……これは」

再び音の洪水が押し寄せ、ホールの中を激しく揺らした。






 ・◆・◆・◆・


戦闘員の装備する擬似エレメントは、擬似エレメントプラントで作られている。
無論、一旦この地が戦場となれば新たな武器を作る余裕などはなくなる。
ゆえに、炉に残存するエネルギーは財団基地の動力に回されていた。

工場の内部に、白い全身鎧が浮いていた。
シルエットは均衡の取れた流線型で実に女性的だった。
財団職員達は彼女をその豊満な胸部に刻まれた5文字で呼んでいた。


――"LEICA"と。






「ターゲット、捕捉完了」

彼女はエコーの掛かった音声と同時に、
身体の至る所からライフル、ガトリング、マシンガン大小多様な銃身を現出、

「天帝神罰砲・十字浄火(クロスファイア)!!」

漲る力の命じるままに光を解き放つと

大気は溶け

地は抉られ

鋼は砕かれ

ヒトは崩れた



コンクリートの砂埃の中を歩くのは、LEICA、ひとりだけだった。
いや、ひとりと言う単語には語弊がある。彼女は人間でも、機人でもなく、遠隔操作型の機械兵器だった。
これこそ、アーカムシティの正義の天使の姿を模した、NYPリーサルウェポン。
擬似NYP(なんだかよくわからないパワー)を用いて、生命力を衰弱させることを得意するものであった。

だが、そんな能書きはもはや無意味だ。彼女はは今、暴走していたから。
彼女の視界の彼方此方に転がる、焦げ付いた死骸の欠片がそれを物語っていた。

「ターゲット、捕捉完了」

彼女の他に立つ者はなくとも、倒れている者はまだ、ひとりいた。
螺旋階段近くの連結通路で、アンドロイドが瓦礫の山に押しつぶされ、身動きを封じられている。
先手必勝、死の天使は両腕を広げて光の刃(ヘヴンズセイバー)を展開する。

「天帝神罰剣・十字――」

顔面にエレメントを被弾。爆発の衝撃で上半身を仰け反らせる。
体勢を戻すと、倒れていたはずの機械人形がブローニングM6を構えている。
その周囲の鉄やコンクリートの残骸は跡形もなく消え失せていた。
遠隔兵器の単純な人工頭脳では、想定外のアクシデントに対応しきれない。

LEICAは隙を突かれ、下半身に何十発もの焼夷弾を食らう。一歩、また一歩と後ずさりする。
無論、白き鎧は鉄壁で、敵の猛攻をかすり傷程度に留めている。
LEICAは両足を力強く踏みしめて、

「天帝神罰砲・十字浄火(クロスファイア)!!」

喧しい小蝿を叩き落そうと、無数の光の弾丸を掃射した。
この状況で敵がこれを回避することは不可能。当然、火力は相手の装甲を上回る。
NYPリーサルウェポンは勝利を確信した。その瞬間、

何かが猛烈な勢いでぶつかってきた。足が床から浮き上がる。背が内壁に衝突。
コンクリートの壁を貫通し、そのまま吹き飛ばされる。彼女はまたもや理解できない状況へと直面する。
Flak37弾頭の信管が作動。破裂音。鉄片が炸裂する。
当然、LEICAはこの攻撃でも僅かに装甲が抉られる程度だ。
だが、流星と降り注ぐ高射砲弾の欠片は、


彼女の真後ろ、


エネルギー炉に直撃した――。






 ・◆・◆・◆・


「一言で表現すれば、性能の無駄遣いですね」

深優は連鎖する爆発を背に走っていた。
あれはカタログスペックだけなら、ウェストのミニ破壊ロボを上回っていたかもしれない。
倒すのに時間が掛かったのも事実だ。重火器は尽き、切り札もひとつ晒してしまった。
だが、戦いの最中に死の危険を感じなかった。挙動が馬力に追い付いていない。
はっきり言ってしまえば、ツヴァイコピーの方がよっぽど厄介だった。

先の戦いでの瓦礫からの脱出奇術は、件の切り札ではなく、デイバックを利用した簡単なトリック。
デイバッグは建物を収納することはできない。仮にそれを壊して残骸にしても同じだ。
だが、収納可能な廃材や機械などを分解して組み合わせ、瓦礫に見せかけることならできる。
暴走したLEICAの行動パターンは少ないため、簡単に罠に嵌められた。

そして、深優は擬似エレメントプラントからの脱出に成功する。
ロボットは追ってこない。無事に倒せたようだと安堵する。
その時、彼女は廊下の向こうに急速に遠ざかる足音を感知する。恐らくは戦闘員の生き残りだろう。
都合のよいことに、逃走する方向は最終重要セクション、司令室だ。
深優は足音を立てることなく、標的との距離を徐々に詰めていく。

だが、灰色の回廊はあまりにも静か。今までの激戦が嘘のように思えるほどに。
もしかして、自分はトラップに引っ掛かったのだろうか、と思った刹那、
相手の足音と、それに伴う電磁波が掻き消えた。
それはあまりにも唐突で、影に吸い込まれたかのようだった。

深優は曲がり角から顔を覗かせる。
40m前方、セラミック製のドアの上には『喫茶室』と書かれていた。
外から聴覚、嗅覚、赤外線、磁場、電磁波など様々なセンサーを用いて、室内を探る。やはり人の気配はない。

深優の頭にはすぐに二つの仮説が思い浮かんだ。
ひとつは、他の職員たちは皆、避難を終えており、あの足音は囮だった可能性。
その正体は空間跳躍者でも、気配消しの達人でも、ただの精巧な立体音響でも構わない。
ここから、しばらく進むと司令室が存在する。普通に考えれば、誘導は逆効果だ。
ゆえに、財団は下層ブロックそのものを放棄したと考えても良いだろう。
ただ、上層にあった隠し部屋のような、秘密の司令塔があるのかもしれない。

もうひとつは、強大な力を持つ何者かが財団の構成員を襲撃した可能性。
それは暴走したNYPリーサルウェポンかもしれないし、獰猛な第三勢力かもしれない。
当然、消えた逃亡者もその犠牲者であり、加害者も近くにいることになる。

続けて、二つの選択肢が深優の心に飛来した。
身の安全を重視して、一秒でも早くこのセクションから離れること。
もしくは、怪異の原因を突き止めて、適切な対応を行うこと。

そして、結論。深優は天使の翼を展開したまま、勢い良く休憩室へ飛び込んだ。
やはり誰もいない。アンドロイドも人間も。ただ、ホンプの空気を噴き出す音が聞こえるだけ。
部屋の隅で、青と緑の光に照らされた横幅3mの水槽が、神秘的に浮かび上がっていた。
水中にいる生物は海藻だけ。それなのに、喰いちぎられた肉団子が漂っている。

彼女は水槽の違和感をそのままにして、警戒しながら奥へと進む。
そして、視界に入ったのは、未だに湯気の残る飲みかけのコーヒー。
誰かは知らないが、非常時に随分と余裕のある態度だ。
いや、決戦前に野球をしていた自分達が言うことでもないが。

それはともかく、シアーズの職員達は避難したのではなく誰かに襲われたのだろうか。
そう思った矢先、椅子の下に転がる旧式のPDAが目に入った。試しに電源を入れてみる。
パスワードは掛かっておらず、即座にテキストファイルが表示された。



――『怪物Xに関する考察』



 ・◆・◆・◆・


「行くぞ……柚明」

磔となった仲間を前にプッチャンは感情を押し殺し、そう言った。
やよいが息を飲み、柚明が信じられないといった顔でプッチャンを振り返る。

「……な、何を言ってるんですか! 桂さんを置いていくつもりですか!」
「ああ……幸いにも鬼の狙いは桂だ。奴が桂に気を取られている間に俺達は逃げる」
「ふざけないで下さい! つまりそれは桂ちゃんがあの鬼に――嫌よ! 絶対に嫌ぁ!」

血相を変えた柚明がプッチャンへと詰め寄る。その表情は悲しみと困惑に崩れ普段の穏やかさなど欠片もない。
無理もない。プッチャンは桂を、柚明の生きる理由に等しいそれを捨てろと言っているのだ。
今も一歩ずつ近づいてきている悪鬼が桂を食べている間に逃げると、そう言っているのだから。
そんなことはできないと言いたいのはプッチャン自身も同じだ。だがしかし、想いだけではどうにもならないこともある。
プッチャンはその人形の手で柚明の胸倉を掴むと言い聞かせるように叫んだ。

「柚明ッ!
 そうしないと俺達みんな仲良く揃って奴のエサになるんだよッ! それでもいいのかよっ!!
 違うだろ! 俺達の目的は生き残ることなんだよ!
 ここで全員がくたばってしまうわけにはいかねえのがわかんねェのかよッ!」

元々戦うことに不慣れである上に怪我や疲労も決して浅くはないやよい。
それに、幾度と無く重なった戦闘で消耗し、また桂との連携なしには満足に戦えない柚明。
プッチャンにしても戦うとなればやよいの身体を酷使することしかできず、ダンセイニも攻めるということは得意ではない。
どう考えようとも迫り来る悪鬼に勝てるとは思えない。
それに、悪鬼はそこにいる一体だけとは限らない――いや、まだまだいるに違いないのだ。
そして無数の悪鬼どもは贄の血に惹かれここに続々と集まってくるだろう。そうなればなおさら戦うことなどできなくなる。

プッチャンは苦渋の決断をする。

「嫌ぁっ! 桂ちゃんを置いていくなんて……嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「このっ……馬鹿野郎が……! ダンセイニ!!!」
「てけり・り!」

プッチャンの指示に、ダンセイニの軟体の身体から幾本もの触手が伸びて柚明へと絡みついてゆく。
それでも桂の身体に縋ろうとする柚明を引き剥がし、全身を包み込むとダンセイニは柚明を担ぎ上げた。

「放して……! ダンセイニ! 放してぇぇぇぇ!!」
「……てけり・り!」

柚明はそれでも必死に叫ぶがダンセイニは首を振るような仕草を見せてそれを拒絶した。
そしてヌルヌルと床を滑りダンセイニは暴れる柚明を抑えたまま廊下を走り出す。

「やよい……俺達も行くぞ……」
「……はい」

プッチャンに促されやよいもダンセイニの後を追って廊下を走り出す。
壁に磔とされた瀕死の桂をそのままにして。



しかし――本当にこれでよかったのだろうかとやよいは走りながら思う。
プッチャンの言い分はどこまでも正しい。この場にいる全員にとって最も正しい選択をした。
それなのに……そのはずなのに後悔の念が、いけないという気持ちばかりが胸に湧き上がってくる。
もし自分が桂の立場ならきっと構わずに逃げてくださいと言うだろう。
ただのアイドルが。
ただの中学生でしかない自分じゃ逆立ちしたってどうにもできない事態だってことはよくわかっている。はずなのに。


どうしてこんなにも辛いのか。そんなのは決まっている。


桂は仲間だから。


そして、


大切な友達だから。


失いたくない。


見捨ててしまいたくない。


諦めたくない。


諦めたく、ない。


諦めない。


諦めるわけにはいかない。


諦めちゃ――



――いけない。






やよいの足が止まった。

「な……何やっているんだよやよいッ!」

プッチャンが悲鳴のような声をあげる。でも。

「ごめんなさいプッチャン。私はまだ諦めません。諦めたくありません!」

それが本心。

「馬鹿野郎……! 俺達にはもう――」

だから――




「桂さんは友達です! だから友達を助けるために――力を貸して下さい!」






 ・◆・◆・◆・


――よかった……みんな逃げてくれて。


途切れる寸前の微かな意識の中、桂は柚明ややよいの気配が遠ざかってゆくことを感じていた。
そして、それとは逆に禍々しい気配を持つ巨大な悪鬼が目の前に迫っていることも感じている。
これからこの鬼は自分をご馳走として喰らい尽くしてしまうのだろう。

もう痛みも、それどころかほとんどの感覚もない。
心臓ももう止まっていそうな気がする。
故にか恐怖する心も停止していた。

ようやく訪れる死。
これで現実という苦痛から解放される。


――これで、お母さんとサクヤさんに会える。


そう思うと死んでしまうのだということもなんともない。
自分の死を看取るのが悪鬼だというのが癪で、自分がその血肉となってしまうのは気に入らなかったが、
しかしそれももうどうでもよいことのように思える。
ほんの僅かに残っていた光も今失われた。

意識が――闇に――……






『やれやれ……、何勝手に一人で満足してるんだい。……あたしはまだ桂と会う気なんてさらさらないよ』






闇の彼方から声がした。
それはとても懐かしくて、そして二度と聞けるとは思わなかった声。

『……そんな……サクヤ……さん……!』

姿はなく、サクヤの声だけがどこから聞こえてくる。
これは今際に見る夢なのか。
いやそんなことはどうでもいい。大切な人の姿を探して桂は闇の中に手を伸ばす。

『サクヤさん! どこ、どこなの……!』
『はぁ……少しは根性ついたと思ってたけど……情けないねぇ……』

声はしても姿は無し。
それが桂の不安を掻き立てる。
迷子になった幼子のように桂はサクヤの名前を呼び続ける。

『聞きな桂。あたしはとっくの昔に死んでる。が、ここにいるのはあんたの都合のいい幻想じゃないからね』
『サクヤさんの声がわたしには聞こえるよっ! 幻覚なんかじゃないのはわかってる!』
『そりゃそうさ、あたしはあの時からあんたの中にいた。あんたにあたしの血を分け与えた時からね……』
『え……?』
『血とはチ――昔の言葉で力・霊・魂を表す。ミズチカグツチそしてイノチ』

以前にサクヤがそんなことを言っていたことを思い出す。
ゆえに妖怪は人の血を好むのだと――

『血とは形を持った魂そのもの。
 血を取り込むことは他者を自己と一体化させること。言わばあたしはあんたの中の浅間サクヤの血に残る魂の残滓』
『…………』
『いいかい、桂。
 あんたはいかにも全てやりとげましたって顔で逝くつもりかもしれないけど。本当にこの世に未練なんてないのかい?』
『それは――』

素直に首を縦に振るということはできなかった。
この島で出会った仲間や友人らのことを思うと、『うん』とは言えなかった。
それは、桂の未練だった。

『第一、あんたはあたしの力に頼りすぎなんだよ。多少は馴れたみたいだけどあたしの血に振り回されてばかり』
『そんなこと言われても……』
『あんたなら出来る。観月の民の血を――人に在らず鬼の血を御してみな。小角様のように贄の血で』

かつてサクヤの記憶を垣間見た時に観た一人の修験者。
桂の遠い祖先である役小角。彼は人の身でありながらその身を鬼神とし、その力をもって荒ぶる神々を調伏していた。

『でも……そんなのどうやるのかわからないよ!』
『あたしだって知らないよ。あたしは小角様じゃないんだから』
『そん……な……』
『どちらにせよあんたはもうすぐ死ぬ。
 肉と霊に守られていない魂なんてすぐにあの世行きだね。ま、あたしと一緒に逝くと言うのなら止めやしないけど』
『…………』

しかし、それはもう今更だった。
悪鬼はもうすでに手が届くところまで迫っており、喰われてしまってはもうどうにもならない。
みんなだってもうここにはいない。生きろと言われても、やはりそれは今更だ。



未だ死にきれない桂の目にチリチリとした痛みをともない光が戻ってくる。
目の前にはもうそこに悪鬼がいた。
歪な顔面は歓喜の形を作り、罅割れた隙間のような口からはだらだらと唾液と熱い息が零れている。

相変わらず磔にされた身体はぴくりとも動かない。
腕を振り上げするどい爪をぎらりと光らせる悪鬼の姿を前にしてもただ見ていることしかできず、
免れえぬ死がそこにあるのだと知るだけで――


そして――……






「グオオオオオオォォォッ――――!?」



絶叫と共に、振り上げられた悪鬼の腕が爆ぜた。



『な――ッ』



「桂さんから離れてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



逃げたはずの少女が。そこにいた。



自分の身長を遥かに超える鉄塊を抱え、仁王立ちに構える少女。



さらに轟音が鳴り響き、唸りを上げて迫り来る弾丸が鬼の身体を撃ち貫く。



「オオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」



悪鬼の巨大な身体が揺れる。戦車の装甲すら貫く九七式自動砲の弾丸が鬼の身体を穿つ!



『やよい――ちゃん!?』



「いいぞ確実に効いてるぜ! ダンセイニ! やよいの身体をしっかり受け止めるんだぞ!」
「てけり・りッ!!」

そこには九七式自動砲と自らの小さな身体をダンセイニに支えられたやよいの姿があった。
だが、いかに軟体生物であるダンセイニに支えられようとも発射の衝撃は直にやよいへも伝わっているはずだ。
なのに、彼女はその小さな手で銃身をしっかりと掴み、歯を食いしばりながら弾丸を撃ち放っている。

「狙いは俺がつけるッ! 引き金はやよいが引け!!!!!」
「桂さんを殺させない……! 友達を殺させるもんか……! 桂さんは私達が守るんだからぁぁぁぁっ!!!!」
「このクソッタレの化物がぁぁ!! 人間様の兵器を舐めてんじゃねえぇぇぇぇ!!!」

石を削ったものから始まった人の身が持つ武器。
その始まりから数千年。進化の中に登場した黒金のそれが悪鬼という妖の幻想を打ち砕く矛と化す。

轟音が鳴り響き、目の前の悪鬼が膝を折った。

更に轟音。悪鬼の身体が傾ぐ。

轟音。それはまるで桂へのエールのように。

更に轟音。力強く鳴り響く。



「クソっ弾切れかよっ! ダンセイニ弾! 弾持って来い! ダンセイニぃぃぃ!!」
「てけり・り!」

プッチャンが叫び、ダンセイニが器用に触手を伸ばして再装填を始める。その間もやよいはしっかりと銃を支えていた。






――いい友達じゃないか、桂。




――あんな小さな娘が身体張ってんだ。桂、あんたもちったあ気張りな!




――何をすればいいかなんてもう言わなくてもわかってるだろ?




――願いは想い続けていればきっと叶う。自分の信じるもののために走れ――桂!






守りたい。
仲間を、友達を守りたい。
ただその想いだけが桂を突き動かす。



その想いに、贄の血が応える――――!



どくん――



止まっていたはずの心臓が動き出す。
力強い鼓動が一度は死んだ身体へと血を送り出してゆく。

あらゆる妖の力を増幅させる贄の血。
他者に与えることでしか力を発揮できなかったそれが、今。桂自身の力を目覚めさせるべく力を発揮してゆく。

羽藤桂の体内に流れるもうひとつの血――観月の民の血と混ざり合ってゆく。






 ・◆・◆・◆・


「グオオオオ……ッ……」

遂には両膝を地につける満身創痍の悪鬼。
だが悪鬼の目の前には妖の力を増す贄がある。これを、これを喰らえば何者も恐るに足らず。
この小娘の形をした力の塊を喰らえば――そうしようと悪鬼は腕を伸ばす。

「ガ――!?」

鬼の腕が止まる。
引こうとも押そうともまるで石と化したかのように腕が固まってしまった。
なぜなのか? 悪鬼は困惑する。どうして己の手が少女の下へと届かないのか。

気づく。白く細い腕が己の腕を掴んで万力のように押さえつけていることに。


「人をダーツの的にしちゃって……とっても痛かったよ」


桂の掌の中で悪鬼の固い皮膚がばきりと音を立てて罅割れた。
そのまま片手一本で捻り上げると、桂はもう片方の腕で胸に突き刺さった杭を引き抜きにかかる。


「ふ……ぐ、ぐぐぐ……、……ぐうぅぅぅ…………ッ!」


ずるりと痛々しい音を立てて杭は引き抜かれ、血に濡れて真っ赤になったそれが床へと落ちた。
更に、桂は腹に刺さった杭にも手を伸ばすとそれを同じように引き抜き床へと落とす。

その光景を離れた場所にいるやよい達は信じられないというような顔をして見守っている。
桂の身に何が起きたのか。今どうなっているのか。どちらも彼女らには知る由もない。
だがしかし、何を成すべきかはすぐに理解できた。


「受け取れ桂ぃぃぃーーーーーー!!!!」


プッチャンの声でダンセイニが九七式自動砲を持ち上げ桂に向かって投げつける。
弧を描き回転してくるそれを桂は片手で受け止めて見せた。

そんな少女に、悪鬼は恐れを抱いていた。
こんなにも小さく細く弱そうな姿をしている者なのに。
まるで天敵を前にした時かのように本能の中の警戒信号が警鐘を鳴らしていた。
目の前にいる者はただ喰らわれるだけの存在だったはずなのに。
なのに、こんな。

不敵に笑みを浮かべる少女の瞳は金色で、その瞳孔はまるで獰猛な肉食獣のように縦に細く割れていた。


「オオオオオオオ……」


悪鬼は桂から離れようと身体を揺するが、相手が小さな少女であるというのに抵抗は全て無駄に終わった。
少女は怯える鬼の眉間へと銃を突きつけて言う。



「『伊達にあの世は見てねえぜ!』ってね」



轟音が再び鳴り響き、鬼の頭が爆ぜ、巨体が床の上へと沈む。
それを見とどけ、悪鬼が完全に死んだことを確認すると桂は大きく息を吸って吐いた。


(サクヤさん……)


身体の中に流れていたサクヤの血が完全に桂自身のものとして生まれ変わったせいなのだろうか、
もう彼女の声や気配を感じることはできなくなっていた。
だが桂に悲しみはない。サクヤが自身の血肉としていつでも傍にいることを再確認できたのだから。



「桂ちゃぁぁぁぁぁん!!!」
「桂ーっ!」
「桂さん!」
「てけり・り!」

仲間達が桂の元へと駆けつけてくる。
皆、涙と喜びを大きく湛えて、そしてその中でも一番顔をくしゃくしゃにした柚明が桂へと抱きついた。

「ちょっ……ちょっと柚明お姉ちゃん!?」
「うぐっ……私……桂ちゃんが死んでしまったかと思って……うああああん」

桂は子どものように泣きじゃくる柚明の頭を撫でる。
これではどちらが年上かわからない。
そんな光景をやよいやプッチャン、ダンセイニらが微笑ましく見守っている。

「やよいちゃんの声、届いたよ。『桂さんは私達が守る』って……そのおかげでわたしはここに戻ることができた」
「桂さん……ぐすっ」

守れて良かったですとやよいは涙ぐみ袖で顔を拭う。
そんなやよいの腕の先にいるプッチャンは桂の顔をよく見て、その変化に気づいた。

「ところでよー、桂。なんかお前雰囲気変わってね? 特に目が」
「えっ?」

桂は手近な窓ガラスへと駆け寄ると自らの顔を確認しようと覗き込み、驚きの声をあげた。

「わっ! なにこれ~~~!?」

ガラスに映る金色の瞳、それ自体はサクヤの血を受け継いでからのもので分かってはいた。
しかしその瞳孔がライオンや虎のような縦に大きく割れた形に変わっている。
そういえば以前、サクヤが山の神と戦っていた時。本気になったサクヤがこんな風になっていたことを思い出す。

「うー……治らないのかなこれ……恥ずかしいよ……」
「うっうー、でもワイルドでカッコいいかもですー」
「そうかな……」
「桂ちゃん……一体何があったの?」

落ち着きを取り戻した柚明の問いに桂は答える。
死の淵を彷徨っていた時にサクヤの声が聞こえてきたこと。
そして、かつての役小角のように贄の血の力を自らの力に上乗せて使うことを教えられ、実際にそれができたのだということ。
それらの不思議な体験を仲間達へと桂は自身も反芻するように説明した。

「そう、そんなことが……」
「まあ何はともあれ桂が無事で何よりだぜ!」
「てけり・り!」

桂の無事を喜びあう柚明とやよい。プッチャンとダンセイニ。



「グルオオオオオオオオオオオオオァァァアアアアァァァァ!!!!」



と、そこに束の間の喜びの時間を打ち破る悪鬼の咆哮が響き渡ってくる。
振り返ると、そこにはまた廊下の角から姿を現す悪鬼がいた。

「まあ……このあたりにはわたしの血の匂いが充満してくるからね」
「鬼ホイホイって奴か……洒落にならねえぜ」
「でも、わたしの血に惹かれてやってくるから他の人は鬼に遭わなく済むかも」
「桂ちゃん大丈夫?」

心配そうに見つめる柚明に対し桂はにっこりと笑って言い切った。

「一匹ぐらいなら全然余裕かな?」
「大した自信だぜ……信じてもいいんだな」
「うんっ!」

桂は小烏丸を抜くと、正眼に構えて一息。廊下の先にいる敵を見据え、そして一気に――駆け出した。






「さあ……鬼退治の時間だよっ!」








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