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LIVE FOR YOU (舞台) 17

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LIVE FOR YOU (舞台) 17



 ・◆・◆・◆・


「あいたた……体は丈夫でも痛みは普通にあるんだね……」
「動かないで桂ちゃん。包帯がうまく巻けないわ」
「はあい」

襲撃者をひとまずは撃退した桂と少女達。それとパペットとショゴスが一体ずつ。
すぐにでもこの場を離れたい一行だったが、今一時、桂が負った新しい傷を癒すために止まっていた。
幸いにも新しい襲撃者の気配はまだ近くにはないようで、またここでならば治療に使う道具にも困らない。
蝶の力で傷口を塞ぐと、柚明は丁寧に周りを消毒し手早く桂の身体に包帯を巻いてゆく。

「着替えがないけど……しょうがないよね」

背中と腹に包帯を巻かれた桂は返り血と自らの血で濡れたブラウスを羽織る。
気持ち悪いけど仕方ない。まさか包帯をサラシ代わりに使うわけにもいかないだろう。

「やよいちゃんの目はどう……?」
「かなりよくなりましたけど……まだ全体がぼやけた感じです。あっもう歩いたりすることは大丈夫ですっ」
「良かったなやよい。一時的なもので……一時はどうなることかと思ったぜ」
「てけり・り!」

やよいの視力の回復具合に喜び合うプッチャンとやよい。

「そろそろ、行きましょう。また追っ手が来るかもしれないわ」
「そうだね」
「おう、一刻も早く離れようぜ」
「てけり・り!」

そうして彼女らは医務室を離れ廊下に出る。
錆びた鉄の匂いが充満する空間。ダンセイニに手を引かれたやよいはなるべく転がる死体を見ないように歩く。
すると、一番前を歩いていた桂がふと立ち止まった。

「……? どうしたんですか」
「いや、ちょっとね……」

そう言って桂は足元に視線を落とす。
視線の先にはあの戦闘員の死体。唯一言霊の支配下に置かれなかったと思われる者がそこにいる。
そしてその戦闘員の頭部に装着されているインカムから雑音交じりの声が漏れ聞こえていた。
戦闘時の配置場所と、言霊に支配されてない点を考えるとこの戦闘員は部隊を指揮する隊長だったのだろう。

「…………」

桂は戦闘員からインカムを取り上げげて耳に当てる。
敵方も通信状況は芳しくないのか、ザラザラとしたノイズまじりの声が聞こえてくる。

『……小隊……応答……ろ』

通信の途絶えたこの隊への呼びかけだろう。
インカムから各地に配置されているであろう部隊への通信が聞こえてくる。
だが専門用語や符丁を交えた言葉は理解しがたく、特に有益な情報は得ることはできない。
時間の無駄かと桂はそのインカムを捨ててようとして、その時――




――――死んじゃえばいいのに……――――




「えっ……?」

何か声がしたような気がした。
インカムから聞こえる戦闘員の声じゃない。
少女の声。頭に直接響くように聞こえたその声は――

地獄の底から響く呪詛の声。
憎しみと怨嗟に満ちた声。
聞いたものの背筋を凍らせる深く冷たい声。

そして――インカムから聞こえる通信に変化が現れた。

『な……何……起こ……て……』
『ば……な……部下……が』
『こ……なこ……聞いて……ぎゃあああああああああああ!!』
『来るな来るな来……な……ひいいいい……いいい!!』

各部隊から聞こえてくる悲鳴と銃声。
仲間達が何かしたのだろうか? 否、それにしては通信から聞こえてくる声は恐怖に満ちたものばかりだ。
インカムからの絶叫は桂の側にいる柚明とやよいにもはっきり聞こえるほど激しい。
得体の知れない何かがこの施設内で起こっている。
それは戦闘員達にとっても全くの予想外のことなのだろうと想像がつく。
しかし、一体何が起こっているというのか?

『あの……化け狐め……部下を操り人形に変え……も飽き足らず化物に……で変えや……畜生ぉぉぉぉ……』

銃声のあと何かが潰れる音がして通信がブツリと途絶えた。
部隊の指揮官が全滅したのだろうか。耳を当ててももう意味のあるような言葉や音は聞こえてこない。

「な……なにが起こっているの……?」

未知の出来事に背筋が凍る思いがする三人。
何が起こっているかわからない。けど一刻も早くここを離れよう。
そう頷き合う三人の背後で、声がした。


「う……あ……ぁ」


苦しげなうめき声。
振り返った先には倒したはずの戦闘員ひとり苦悶の表情を浮かべ呻いていた。
口をパクパクと金魚のように動かして。救いを求めるように天井に向かって手を伸ばしている。
全ての者に致命傷を与えたはずだがどうやら未だ絶命には至っていないらしい。
ならばせめて苦しまないように介錯をするのがよいかと桂は拳銃を構え呻きをあげる戦闘員を狙い――

だが――瀕死のはずの戦闘員がゆらりと立ち上がった。

「な……っ?」
「ひっ……!」

桂とやよいが口を揃えて声を発する。
死に至ってないとはいえもはや立ち上がれるはずのない傷を負っているはずである。
例え生きていたとしても遠からずその苦しみのままに死を迎えるだけであるはずなのに――!

「ううぅ……ぁぁ……!」

立ち上がった戦闘員は頭を押さえ悶え始める。
血塗れの身体をギクシャクと動かしまるでできそこないのロボットか、糸の足りない操り人形のように。
これは一体何事なのか? ともかくとして尋常な出来事ではない。
介錯ではなく膨れ上がる不安を打ち消そうと桂は改めて銃を構えなおし――




少女の呪いは深い穴倉の中を伝播する。




誰からも救いを得られることなく孤独に最期を迎えた一人の少女。




この世全てを怨み、呪い、憎しみ抜いて死んだ少女の呪詛が全てを塗り替えてゆく。




――――死んじゃえばいいのに……――――






「うっ……うああ……ァァァ……ウオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!」


瀕死のはずの戦闘員が力強い咆哮を上げた。
メキメキと音を立ててそのヒトの身体が別のモノへと変貌してゆく。
着ていた服を内側から裂き歪に膨らんでゆく筋肉。見る見る間に増してゆく質量。
体躯は元の倍ほどにまで膨れ上がり、丸太の様になった腕の先からはバキリと音を立てて爪が飛び出す。
割れるように耳まで避けた口の中には肉食獣のような鋭い牙がずらりと並んでいて。
そして、頭の左右から捻れた角が木の枝のように突き出しその異形は完成した。

「ははっ……何の冗談だよコレ……」

恐怖に堪えてなんとか声を絞り出すプッチャン。
ここにいる誰もが思っただろう。

何なんだこれは――と。

「みんな下がってぇ――ッ!!!」

叫ぶと同時に桂は両手に構えていた拳銃を異形に向かって撃ち放った。
三メートル近くある巨躯に向かってひたすら連射する。
しかし放たれた銃弾は全て鉄の壁にぶつけたような音とともに弾かれただ床の上に散らばるだけだった。

「そん……な……」

拳銃だけでなくマシンガンでも結果は同じだった。
あの異形には銃が通用しないということらしい。
もはや人のものとは思えぬ暗い色の皮膚は鋼鉄並の強度があるというのか。
ただ驚愕に目を瞠る桂。そして再び、大気を震わせる獣の咆哮。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォオ!!!!」

異形が音を立てて床を蹴る。
その鈍重そうな外見とは裏腹に異形は恐ろしい瞬発力で桂へと肉薄してきた。
気づいた時にはもう振りかざされた腕が目の前に迫っている。

避けきれない――!

桂は咄嗟に銃を捨て、帯刀していた小烏丸を鞘走らせ、抜き様に一撃を受け止めた。
ガキンと硬質の爪と刀身がぶつかり合いそこに火花が散る。

「こ、の……、っ!? きゃあああああああ!!」
「桂ちゃん!?」

異形はその凄まじい膂力をもって刀を構える桂ごと弾き飛ばす。
広い廊下を飛ばされ、桂はそのまま轟音を立てて壁に打ちつけられた。

「あ……ぐっ……ぅぅ……」

あまりの衝撃に壁が崩れ、隙間から土煙が濛々と立ち上がる。
壁の中に通っていたケーブルが切れたのか、蹲る桂の背後でバチバチという音が聞こえた。
そして桂も神経が引き千切られたかのような痛みに立ち上がることができないでいた。
倒れているわけにはいかない。なのに、異形は無慈悲にも桂を無視して柚明とやよいへと爪を向ける。

「冗談じゃねえぞ……! こんなバケモノまともに相手してられるか……!」
「柚明さん!」
「やよいさん……絶対に私から離れないで!」

柚明の眼前へと迫る異形。
もはやこの距離では剣を生成している時間はない。
それに柚明の身体能力は普通の人間とさしたる違いはない。
もし桂すらも吹き飛ばした攻撃を受け止めようとすればまず間違いなく死んでしまうだろう。

「ォォォォオオオオオォォォォァァァァァアアアアア!!!!!!」

容赦なく振り下ろされる腕。
柚明は切り札である電磁バリアを展開しその一撃を受け止めた。
異形の攻撃は青白い障壁に阻まれて柚明とその後ろに隠れるやよいのもとには届かない。
だがしかしダンプカーが衝突するかのような衝撃が柚明を襲っていた。

「なんて……力……! このままじゃ……」

異形は不愉快そうに喉を鳴らした。
目の前に獲物がいるというのに妙な壁に阻まれて手が届かない。
ならば、壁が邪魔なら壊してしまえばいいだろう。
そう思ったのか、異形は怒り狂ったような咆哮を上げ、電磁バリアに向かって何度も拳を打ちつけ始めた。

「だめ……! もう……持たない……!」

柚明の悲痛な声。
一撃を受けるたびに障壁の上に青白い火花が散り、衝撃が柚明を襲う。
もう一撃。弾けるような音を立てて障壁が撓んだ。
更にもう一撃。明らかに障壁はその硬度を失い始めている。
そして更にもう一撃。柚明の口から啼く様な悲鳴が零れ、障壁に白い皹が走る。
後一撃で障壁は破壊される。異形は愉悦の笑みを浮かべ最後の一撃を振りかぶり、それを振り下ろ――

「――――!? グオァァァァァァァァァァァアアアァ!!」

ドス黒い色の血が柚明へと降りかかり、異形が悲鳴を上げて苦しみのたうつ。
何事かと見れば、振り上げられた腕が根元から切り落とされ、断面から吹き上がった血が雨となって降っている。
その背後。血色の雨の中には肩を大きく上下させる桂が刀を手に立っていた。

「わたしを無視して背中見せるからだよ……ッ」

ハァハァと荒い呼吸を無理矢理に抑え、桂は怒りと痛みに喚く異形へと相対する。
土気色の顔には脂汗が浮かび、彼女の苦痛も異形のものとそう変わらないように見えた。

「桂ちゃん――怪我を――!」

桂の脇腹に突き刺さった拳大ほどの破片を見て柚明が悲鳴をあげた。
破片は内臓にまで達しているのだろうか、今度はどくどくと止め処ない血が流れ落ちている。

「こ、の……女の子にはもっと優しくしてよ……ぐ、ぅ……」

突き刺さった壁の破片を引き抜くとごぼりと音を立てて更に血が溢れ出した。
真新しい血は音を立てて床を濡らし、そして贄の血の香りがこの場に漂っていた臭いを上書きしてゆく。

「ゴオオァァ……ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

それを受けてか異形の様子が変わった。
犬の様に舌を出して小刻みに吐かれる荒い吐息。
血走った双眸。
ゆらりと異形は桂のほうに一歩踏み出した。

「まさか――桂ちゃんの血を……!」

あらゆる人外の存在を惑わし狂わせる贄の血。
柚明はここら一帯に充満してゆく贄の血の芳香を感じていた。
そして、この異形も例に漏れず贄の血を喰らおうとするだろうと――

「あはは、そのほうが都合がいいや。わたしがいるかぎりコレはわたしを狙うんだから――!」

不敵な笑みを浮かべる桂。
その笑みが癪に障ったのだろうか、異形は叫び声を発し桂へと飛び掛った。
縦に振り下ろされる異形の腕。これを桂は飛び退くことで避け、床に転がっていた自分の鞄を素早く拾い上げる。
更に間髪入れずに繰り出される異形の一撃。
ごうと音を轟かせ桂の鼻先を掠めたそれは、堅い床にまるで杭のように突き刺さる。
恐ろしい威力ではあったが、それ故にそこに大きな隙が生まれた。

鞄の口に手を差し込んだまま桂は跳躍。床に刺さったままの異形の腕を足場にもう一跳躍。
まるで五条大橋で弁慶と戦った牛若丸のような華麗な身のこなしで異形の肩へと飛び乗ると鞄から腕を引き抜いた。
その腕に構えられるは九七式自動砲。何者をも喰い散らかす黒金の牙。
まだヒトの頃の知能が残っていたのか、それを見た異形の顔に焦りの様なものが浮かんだ。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

振り落とそうとした異形に対し、桂が機先を制しその顔面に刀の切っ先を走らせる。
激しい痛みに苦悶し強く身体を揺さぶる異形。
しかしそれも桂が眼窩へと刀を突き刺すとまるで杭を打たれたかのようにピタリと収まった。
だがそれでもまだ異形は死に至らない。差し込んだ刀は脳にまで届いていてもおかしくないというのに。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ガ――――ッ!??」

不意に咆哮が中断される。
視界を奪われた異形は何が起こったか理解できない。
ただ口の中に硬い金属の棒の感触と、鉄の味がすると感じるだけだ。
次の一瞬。辛うじて失明を逃れていた残りの目が見たものは先程の銃を自身の口に捻じ込んでいる少女の姿であった。
それが何を意味するのか。異形の知能が理解へと近づいてゆく――が、それに辿りつくまでの時間はもうなかった。

「これに耐えられるなら耐えてみろおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「アギャ――?」

異形の口内で鉄火が弾けた。
爆音が轟き、連続する破壊の音に異形の頭部は見る見る間に形を崩し、遂には爆散する。
頭蓋骨の破片が、血と脳漿が混じったものが、折れた角、バラバラになった牙が、眼球が、床にぶちまけられる。
いかな頑強な生物と言えど、頭を丸々失ってしまえば生きてはいられまい。
数えて七発の弾丸を喰らった異形は身体を傾げさせると、そのままモノのように床へと崩れた。

「はあ……っ、はぁ……やった……よね?」

桂は倒れこんだ異形に近づき生死を確かめる。
やはりこれほどの異形とあっても頭を吹き飛ばされては起き上がってくる気配もなかった。

「桂ちゃん! すぐに手当てを!」

その桂へと蒼い蝶々を纏わせた柚明が慌てた風に駆け寄ってくる。

「ちょっと待って、どうせ治すのなら先に柚明お姉ちゃん飲んで。このままだと勿体ないよ」
「あ……うん。そうね……」

だが、手当てを始めようとする彼女を止めると桂は赤く濡れたブラウスを捲って傷口を――血を彼女の前に曝した。
先程まで石片が突き刺さっていたはずの傷口はもう半ばほどまで閉じていたが、まだどろりとした血が流れ出している。
柚明は息を飲むと、桂の脇腹へと口をつけ少しも零さないようにと丁寧に啜り始めた。
唇を窄め、そして掻き集めるように傷口へと舌を挿し込む。

「んく……っ、はあ……はあっ……」

じゅるり……ぺちゃぺちゃ……。
再び静寂を取り戻した廊下に血を啜る音が鳴り続ける。
しばらくして、満足した風に口を離すと柚明は蝶を展開して桂の治療へととりかかった。



「それにしても一体こりゃ何なんだ……? 神崎の秘密兵器か何かか?」

やよいの腕の先でプッチャンは手を組んで首を捻る。

「変身ヒーロー物の怪人みたく密かに改造されてた……なわけねえよなあ」

普通の人間を遥かに超える巨体と鋭い牙と爪をもった怪物。
そして頭に生えた角。これらの特徴に一致するもの。ひとつだけ心当たりがある。それはまるでお伽話に出てくる存在。

「鬼――」

柚明がぽつりと漏らした単語。
昔話に幾度となく登場し、人を喰らい略奪を繰り返した異形の生物――鬼そのものだった。

「そんな……これがサクヤさんと同じ鬼なわけないよっ!」
「ええ、そうね。サクヤさんは人とは違う種ゆえに人々から鬼と呼ばれ続けた種族。これとは根本的に違う存在よ」
「じゃあ……これは……」
「激しい憎悪がその身を変質させるまで至った存在――私はこの島で似たような存在を見たわ。
 桂ちゃんも見たはずよ。もっともあの時はここまで身体が変質してはいなかったけど……」
「確かに……いたよ。りのちゃんはそれに――」
「何だって……! りのはこんな化物に殺されたって言うのかよ!」
「わたしが見た時はまだ人間の姿をしていたよ。
 普通の女の子の姿だったけど、……アルちゃんが言うには色んな魔術的な何かをごちゃ混ぜにしたような物だって」

桂の語るかつて出会った異形の少女。
その話を聞いていたやよいは険しい表情で桂に質問した。

「あの……その人――いえその鬼は何か言ってませんでしたか? 赤ちゃんがどうとか……」
「言ってたよ……やたらお腹の中に赤ちゃんがいることに執着してた」
「やっぱり……葛木先生……ぐすっ」
「やよい……」

身を挺して鬼から逃がしてくれた葛木宗一郎を思い出し涙を浮かべるやよい。

「なあ……最終的にあの鬼はどうなったんだ?」
「わたしが知ってるのは、戦闘機に乗って襲ってきたんだけど……」
「はあ? 戦闘機ぃ? 変な冗談はよせ……ってこんな時に冗談なんか言うはずはないよな」
「その後急に変な動きになって海の方に落ちて行ったよ。わたしは知ってるのはそこまでだけど」
「そうか……」
「私も桂ちゃんとやよいさんが見た鬼とは違うのを見たわ……あれも元は人間……普通の女の子だった」

鉄乙女。そして西園寺世界という名の悪鬼。
考えてみれば彼女達がああ成り果ててしまったのも、この過酷な運命に翻弄された結果なのだろう。
彼女達が鬼に至るほどに思いつめていた憎悪と絶望。そして渇望を知る者はもはやいない。
出来事は伝える者が残っているが、そこにあった想いはもう全て闇の中だ。

「そろそろ行こう。他の人たちが心配だよ」

桂の呼びかけで一行はこの場を離れるはじめる。
多数の戦闘員にそれが変化した悪鬼。畳み掛けるような窮地に曝されたが辛くも切り抜けることができた。
それが今までにないほどの危機だったせいか、無意識のうちにこれ以上はないと考えてしまったのかもしれない。
いやそれともただ目を背けていたのか。彼女達はある事実を失念していた。
通信の内容から悪鬼は他にもいるということ。そしてこの周辺には桂の流した贄の血の芳香が充満していることに――

ザ……

立ち去って行く彼女らの後ろ。廊下の曲がり角から一体の悪鬼が姿を現した。
その手には飴細工のように捻じ曲げられ、禍々しい魔槍と化した鉄パイプが握り締められている。
そして鼻を鳴らしていた悪鬼は甘い匂いを撒き散らす果実をその目に発見すると、それを得んとすべく魔槍を――

背後から何か聞こえた気がして振り返ったプッチャンの顔が強張る。
その視線の先には桂が苦労して倒したものと同じ悪鬼がいて、こちらへと向かい何かを投げようと、いやすでに――

「みんな伏せろぉぉぉぉぉ!!!!」
「えっ……?」

全てがスローモーションのようにゆっくりと動く中で柚明はそれを見た。
ごうと風を切り飛来する何か。
その進む先には桂が立っていて。
気づいていない彼女はきょとんとした顔で振り返り――


(だめ……! よけて――――!)



言葉を発しようとしてももう遅く。手を伸ばすことなどできるはずもなく。見ているだけしかできないその前で。



振り返った桂の胸に魔槍が突き刺さり。



ゆっくりと、ゆっくりと沈んで、



止まることを知らずにどんどん深く槍を桂の中へと沈んで、



背中から、槍が、歪な角のようなそれが、生えて、



そこから弾けた真っ赤な血が暖かく顔を濡らして、



桂の身体がまるで連れ去られるかのように浮き上がり、



そして――そのまま廊下の突き当たりまで飛んでいった槍は壁に深々と突き刺さる。



桂の小さな身体を、まるで虫の標本みたく縫いとめるように。



ただ一瞬の残酷。時が溶ける瞬間。柚明は自分の悲鳴を聞いた――




「け……い、ちゃん……!? ――――嫌ぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああああああっっ!!!!」






 ・◆・◆・◆・


「がっ……はっ……あぐあぁぁっ」

全身がバラバラになるような衝撃が鳴り止まない。
胸が、まるで中に焼けた石を埋め込まれたようにひどく熱く、重い。
足に地面を踏んでいる感覚がない。身体のどこにも力が入らないのに何故か地面に倒れない。
胸元から生えている銀色の棒はよく見ればそこら中を走っている配管の一部のようだ。
自分の腕よりも太く身体よりも長いそれが胸の真ん中に突き刺さっていて、それはつまり――

(ああ――壁に磔にされているんだ――……)

途端に喉の奥から熱いものがこみ上げ、ごぼりと音を立てて口から真っ赤なものが流れ出した。
ごぶごぶとこみ上げるそれは自分の身体なのにどうしようもなく、止め処なく溢れ出る。
口の中が、鼻の奥までもが嫌なぬめりで満たされて気持ちが悪くてしかたない。

霞がかった視界の先には大きな異形の影が、さっき倒したはずの悪鬼が立っている。
いやそうではない。倒したはずの鬼は今も床に横たわっている。何時の間にかに他の鬼がやって来てしたのだ。
鬼が腕を振り上げ、振り下ろした。何かが飛んでくる。何かを投げたらしいと――

――衝撃。

堅い壁が突き破られる音が背中越しに伝わり、理解の次に激痛が襲い掛かってきた。
全身が引き攣り、さらに視界が霞む。しかし見えなくとも胸と同じく腹にパイプが突き刺さったのだとはわかる。
塊のような血が口から噴出し、全身がびりびりと震え、背中に寒気が走り、鈍痛が頭を襲う。
内臓がぐちゃぐちゃになっている。熱い血が身体をびしょりと濡らしているのに寒気と震えが止まらない。

「が……ぁぁ……ごぷっ……」

声に血が混じり言葉にならない。
傍らで柚明が叫んでいる。

「いやあぁぁぁぁぁぁ! 誰か桂ちゃんのそれを抜いてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

半狂乱になった彼女がパイプを抜こうとしているのがわかる。
だが鬼の力で打ち込まれた鉄の杭が彼女の弱い力でどうにかなるはずもない。
ギシギシと揺する音だけが腹の中に響き、まるで鑢をかけているかのような痛みが増すだけだった。
身体が震えるたびに液体が床を叩く音が耳に伝わり意識が重たくなってゆく。

「バカヤロウ柚明ッ!!! 下手に動かしたらホントに桂が死んじまうぞ!!!」
「あああぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁあああ……!!」

声は聞こえるのにみんなが何を言っているのかわからない。
鬼が来る。
鬼が来る。だから、みんなを逃がさないと。
しかし、声を出そうにも止め処なく溢れる血がそれを邪魔して言葉にならない。
ゴボゴボと気味の悪い音を鳴らして、カチカチと歯を打ち合わせる音を立てることしかできない。

視界が焼き切れてゆくかのように白さを増してゆく。
ぶつりぶつりと脳細胞が少しずつ焼き切れてゆくかのような感覚。
意識を手放してしまえば楽になれるだろうに、鮮烈な激痛が繰り返しそれを阻む。
普通の人間ならばとっくに死んでていいものなのに、なまじ身体が頑丈なせいで死にきれない。
激痛で意識を取りこぼしそうになり、同じ激痛でその意識を拾い上げる。それの繰り返し。無限の責め苦が身を苛む。

しかしいつか……もう少し我慢すれば脳が完全に焼き切れてくれる。
いくら身体が頑丈で死に至らないとはいえど、脳が人のそれである限り耐えられる限度というものはあるはずだ。
こんな苦痛が続くならば、ブレーカーを落とすように脳が死を選んでくれるはず。
後もう少し。ちょっとだけ我慢すれば楽に、楽になれるはずで――

じゃあその後は――?

鬼は死骸に喰らいつき死を陵辱するだろう。
贄の血が詰まった皮袋。
それは妖の存在にとっては極上の食物に他ならない。
どこもかしこも全て喰らえば床に零れたものすらも這って啜るだろう。

そして、鬼は今までに比類なき強大な力を得るに違いない。ならば、その後は――

「ごぽ……ぁ……て」

声が出ない。
逃げてと、たったそれだけを言いたいのに、声が出ない。

「……ごふっ……いだ……に」

贄の血に貪りつく鬼はしばらくの間はそれに夢中のはずだ。
だからその間に逃げて。
それを伝えたいのに、しかしどうすることもできない。



白い視界が明かりを落とすように黒へと変わった。
もう誰の声も耳には聞こえない。
身体を苛む痛みも、悪寒もふっと感じなくなってしまった。

代わりに、心地よい眠気が訪れて――……



とくん――……



どくんどくんと力強く脈打っていた心臓の響きが弱くなっていくのがわかる。



とくん――……




とくん――……





とくん――……






とくん――――――――――――……






 ・◆・◆・◆・


時に静謐で、時には騒然としていた一番地本拠地司令室だが、この時ばかりは部屋全体が異様な空気に包まれていた。
それは至極原始的でシンプルな感情――”恐怖”にである。

オペレーターのつけたインカムから、モニターの横のスピーカーから、怒号と悲鳴がいくつも漏れ聞こえている。
そしてそれらは大きなノイズを発して途切れたり、悲壮な断末魔を残してひとつずつ沈黙していっていた。
何が起きているのか? 目を瞑れば知らずにすんだであろうが、しかしそこにいる者らはそれを見てしまっていた。
一番地本拠地内の要所、各種コントロールルームに設置された監視カメラから送られてきている映像。
その中で行われている悪鬼による虐殺と破壊の一部始終を。

本部の各所に配置された戦闘員、または職員が見る見る間に異形の怪物へと変じ、暴虐の限りを尽くし始める。
一番最初に犠牲になるのは、運悪くかまたは運がよかったのか、悪鬼とはならなかった人間達だ。
悪鬼は逃げ惑う彼らを捕まえると、まるで子供が人形で遊ぶようにそれをバラバラにしてしまう。
零れ落ちるのは白い綿ではなく真っ赤な血と内臓、それと耳を覆いたくなるような悲鳴。
あまりにも凄惨な光景にモニターを見ていた何人かが嗚咽を漏らし、何人かは悲鳴を上げて目を覆う。
動くものがいなくなると悪鬼共は目に付くものを矢鱈滅多と破壊し始め、監視カメラが壊されるとようやく映像は途切れた。

中には難を逃れ未だ映像を写すカメラもあるが、その中の光景が沈黙していることには変わりない。
異変の発生からおおよそ十分ほど。司令室の中は恐怖と戸惑いの空気に場を凍らせていた。



「――これは一体どういうことなのか説明してもらおうかしら!」

しんとしていた室内に警備本部長の大きな声が響き渡った。
見れば、頭領である神崎黎人を前に警備本部長が今までにない形相で捲くし立てている。
他の職員らも詰め寄りはしなかったがその光景を遠巻きに窺い始めた。
なにせこの状況は誰にとっても予想外のもので、死に近い。何らかの説明を欲するのは人間ならば当然のことである。

「説明ですか……?」

対して、神崎の顔はいつもと変わらぬ涼しいものであった。
不穏な気配に毛を逆立てている妹の頭を優しく撫でながら、温かい紅茶を少しずつ飲んでいる。
彼が物事に対し動じるところを見せないタイプだとは皆も知っていたが、この状況ではさすがにそれも空寒い。

「こうなることをあなたは知っていたんでしょう? だから、あの妖を参加者の手の届く位置に留めた」

推移を見守る職員らは状況に対して一切の考えを持っていなかったが、警備本部長にはある程度の推測があったようだ。
神崎は彼女と、そして自分らを見つめる職員らを一瞥すると、一息つき、いつも通りの声色で釈明を始めた。

「知っていたかということについてですが……、これは、半分ほどは予想していたという所でしょうか。
 すずさんが殺されるなりして言霊の支配が解ければ反動で暴動のようなものが起きるとは”予想”していました。
 実際、鬼道の専門家からはそのような懸念が報告されていましたしね。故に彼女を隔離しようともした。
 ですが、まさかこれほどまでとは――」

そこで神崎はくすりと笑った。
学園の中であれば誰もが見惚れるような笑みだが、この場においては見る者の印象は真逆だ。
あまりにも神崎が非人間的なものに見えて、警備本部長や職員らの顔から色が失せる。

「……これからどうするの? これじゃあ、私達もおしまいじゃない」

警備本部長がいつになく弱気な声で尋ねる。
一番地職員の内、言霊を施した者は下級戦闘員から一般職員まで合わせると8割ほどに達する。
それらがほぼ等しく悪鬼と化し、残りの2割の人間を駆逐し始めているのだ。
もはや、これは組織の体を成しているかどうかなどという段階の話ではない。全滅か破滅かという話である。

「そうでしょうか? 僕はそんなことは全然ないと思いますが」

だが、神崎の表情は一切揺るがない。
いつもと変わらぬ……いや、いつも以上に余裕を感じられる。職員の中には気が触れたのかと疑うものもいた。

「警備本部長は一体何を問題視されているんでしょう?
 ……悪鬼がここまで来てしまうことを恐れているんですか? でしたら心配はいりませんよ」

神崎はティーカップを皿に戻すと、指を組んで諭すように語り始めた。
まずこの司令室があるフロアには悪鬼は存在しない。なぜならば先刻、参加者に当てる為に戦闘員を動かしたからだ。
無論。こういった事態を見越してのものである。
そしてこの司令室近辺には微弱ながら人払いの結界を張っている。悪鬼共が偶然に寄って来る心配もない。

「――なにより、我々の目的は凪を倒し今度こそ媛星の力を掌握すること。
 だとすれば、凶暴な悪鬼が基地中に満ちているこの状態は我々にとって有利だとは思えませんか?
 なにしろ、ただの人間程度の戦闘員が揃って並の戦士を凌駕する鬼と化したんですから……」

彼の言葉を聞き、室内にいるものは等しくその意味と意図とを理解した。
それはとても簡単なことだ。
つまり、神崎黎人――黒曜の君は、儀式が成就するなら人の命などはなんとも思わない……ということ。

「そんな……、しかし……それじゃあ…………」

警備本部長は反論しようとし、しかし口ごもった。
今更、他人の非人道的な行為を咎められるほど彼女の経歴も綺麗なものではない。
己の目的の為に他人を蹴落としたことなど数え切れず、その過程で死人が出たこともなくはないのだ。

「ですが、安心してください」

神崎は椅子から立ち上がると、自分に注目している皆に向けて声をかけた。
その顔はやはりいつもの温和で平和的な笑顔だ。とても窮地に立たされた将のものとは思えない。

「凪を滅し、僕と命とが儀式を成就すれば、媛星の力によりあらゆる問題を解決することができます。
 そして、その時は近い。
 この地下には悪鬼が犇めき、我々の邪魔をする参加者らは絶体絶命の窮地に立たされている。
 また凪を追い詰める作戦も順調に進行しており、アレの運命ももはや風前の灯火。
 ほどなくして我々は勝利の栄光をいただくことができるでしょう」

そして、神崎はククと笑い声を零した。まるで、とっておきの悪戯が成功したかとそんな風に、心底愉快そうに。
だが、そんな彼とは対照的に室内の空気は凍りついたかのように冷たく、重くなってゆく。

「あなた達はこの幸運に喜ばなくてはならない。
 なぜならば、この地獄とも言える地下世界の中で唯一安全な場所にいるのだから。
 さぁ、どんどんHiME達を追い詰めてゆきましょう――」


――我々の勝利の為に。


そして、凍り付いていた空気は溶け、司令室の中は再び慌しくなってゆく。
警備本部長は未だ生存している戦闘員の再編成や、職員の避難誘導を検討し、それを素早く指示してゆく。
オペレーター達はいくつものモニターとチャンネルを開き、外の情報を集めようと必死に目を凝らし耳を澄ませた。
技術顧問がエネルギーラインと生きている施設を確認し、計画担当がそれに合わせ指令書に訂正を入れる。
誰もが追われるように動く。
組織の為にか、神崎への恐怖にか、異常な事態からの現実逃避か、ただ単純に死にたくないだけなのか――。

神崎黎人はただその光景を目を細めて見る。
何もわからないといった風の妹を隣に置き、楽しそうに、楽しそうに、終幕へと進む事態をただ見守っていた。








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