-一-
神というものが本当に存在するというのなら、俺は今すぐにでもそれを抹殺しに行こう。皆運命は神が定めているというが、俺はそれを信じない。もしそれが本当だとしたら、俺は相当神とやらに嫌われているからだ。・・・何故かって?それは俺が、いつでもついていないからだ。・・・言葉のとおり、俺は今まで厄介ごとに巻き込まれなかったことが、生まれてこの方一度だって――――ない。
「葵依ーなぁ葵依ー?」
「・・・・・・。」
黙殺。俺は背後から聞こえる御気楽気楽で能天気な声を、ひたすら精神を集中させることによって無視をする。
「葵依葵依ーっあーおーいーっっ!!」
再び黙殺。本当に五月蝿い、誰かこいつを黙らせられる奴はいないのか・・・?
「無視すんなよっっ!!葵依葵依葵依葵依葵依葵依葵依葵依葵依葵依あお・・・」
「っっ五月蝿くするなと言っておるだろうこの馬鹿者おおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
すっぱあああああああああん!!
『うむ、相も変わらず素晴らしいハリセン裁きだな』
「っ銀麗!!感心するなっっ!!」
盛大な音をたて、我ながら舌を巻くほどに素晴らしいハリセン裁きを披露した俺は、妙に感心している白銀の狼と涙目になっている幼馴染へと視線を移す。
「あれほど騒ぐなと・・・毎日毎日言いつづけてきたはずだが・・・?」
「うっ・・・だってよぉ・・・つまんねぇんだもん。俺には我慢できね・・・・」
『それは単なる修行不足だな』
「酷っっ!!」
俺だって頑張ってるんだぞ!!とばかりに狼に猛抗議をするのは、俺の幼馴染であり、この国をすべる王の後継ぎの砂名宮戒斗(さなみやかいと)。元気だけが取り柄の、馬鹿で阿呆で御気楽気楽な能天気の修行馬鹿な皇子サマだ。まったく・・・こんな奴が次代の王などで本当に良いのかと、本気で考えてしまう今日この頃だ。ちなみに、先ほどから素晴らしい毒舌を披露している狼は、通称・銀麗(ぎんれい)。一応、戒斗の飼い狼だ。何故喋れるかは不明だが・・・。
「・・・・で、何なんだ・・俺の邪魔しやがって・・・・」
「いや単に退屈だっただ・・・」
すっぱああああああああんっっ!!!!
「がたがたぬかしてんじゃねぇ・・・殴るぞ・・」
「もう殴ってんだろうがっっ!!」
『まぁ戒斗落ち着け。退屈ではなく・・・貴公は今日、帝からの勅命できたのだろう?さっさと用件を済ませぬか』
「うっ!!」
銀麗の言葉に、見事に反論出来なくなる戒斗。そして、俺は銀麗の言葉に、瞬き一つせずに動きを制止していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勅命、だと・・?」
「あ、あの?葵依さ」
「俺はそんな事、一言も聞いてないが?」
「い、いえあのですね?」
不穏な空気を察知したのか、銀麗は自分に被害がこぬようにと、素早く俺たちから距離をとる。
「問答は無用だ・・・」
ばきばきと、俺は不吉なことこの上ない音を、俯きながら鳴らし始める。俺が一歩出るたびに、戒斗は一歩後ずさる。
「あ、葵依さん?こ、心優しい葵依さんは暴力なんて・・・」
「問答は無用だと言っているだろう・・・?」
ばきばきごきごき
「安心しろ、俺が言いたいことはただ一つ」
負基地直人を馴らすのとは裏腹に、俺はにっこりと天使のような微笑みを浮かべる。俺の瞳に映るのは、青ざめつつも引きつった笑顔を浮かべる幼馴染。そして――――――
「そういう事は早く言えといつも言っているだろうがこの大馬鹿者おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
ばきぃっっドスッドサッ
次の瞬間、天使の微笑みは阿修羅を思わせるような鬼の形相に変わり、俺は華麗なるアッパーカットを披露し、ついでに飛び膝蹴りを入れ、軽やかに着地した。
『――――――――・・うむ、今日も見事な技だな』
傍観していた銀麗の感嘆の言葉を背に受け、俺は足元に転がっている戒斗を見据えた。
「・・・・で、帝は何と仰せだ?」
俺からの鋭い視線を受け、身体を起こす幼馴染は、いつになく真剣な面持ちで俺に告げた。
「“――――――――――・・・一ノ瀬神社神主、一ノ瀬葵依。至急王宮へと参られよ。神官としてのそなたに、任務を言い渡す”との仰せだ」
庭では桜の花びらに混じって、目が覚めるような深紅の花びらが・・・否、美しき紅葉が舞っている。俺は窓際に歩み寄り、そうか・・・とだけ呟いた。