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 『 あか ね 』
 「あなた…は、」

優しかったの。その手のぬくもりは…とても、とても。
すべてのはじまり―――雨空の下、橋の上。



 【やさしいよるは】



どうして。
あなたはもうここにはいない。
幸福な時間に包まれていたのは、私の人生にとってほんの一瞬でしかない。

 「季史さん」

愛しい人の名を紡ぐ。
ただ寂しがり屋で、ただ誰かに愛されたかったあの人。
人を愛すことも―――人に愛されることも知らなかった……不器用なあの人。
私の頬を伝う滴を拭ったぬくもりは、確かに私の記憶に肌に刻まれている。


 「季史…さん」


透明が、私の頬を打った。
冷たい温度は、私から確実にあなたの体温を奪おうとする。
冷えた身体を縋るように抱き締めて、私は目を耳を心を塞いだ。
目を閉じれば何も見えない。耳を塞げば何も聞こえない。
心を閉ざせば誰も――――私を傷つけたりなんかしない。



 『あかね』



声が、聞こえる。
あの人は…私が何者でも構わないと言った。二人ならば、恐れるものはもう…何もないと。

 「…行かな、いで…」

掠れた声音で言葉を紡ぐ。
求めなければよかった。ずっと…忘れてしまっていた。
私の幸せは欲しかったものは、全て指の間からすり抜けていくのに。

―――藍空に溶けたのは、とても優しい人でした。



【やさしいよるは】