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スザンナの消失その2【投稿日 2007/04/07】

カテゴリー-その他


第三幕  下校時間 ぬぬ子とアレック

とある日の下校時間、アレックはソワソワしながらぬぬ子に声をかけた。
アレックは言葉につかえながらも「ヌ、ヌヌコ! 今日は母さんの所に行く日だろ? なら一緒に帰ろう! 」とだけ何とか言えた。
「いいんですか?」
「もっもちろん! ほら! 最近、世の中物騒だし!」
照れ隠しの手振りのジェスチャーが激しく動く。アレックの様子をはたで見ればひどく滑稽に見えた。

その様子を机に座ってひじをついて眺めている春奈が多少不機嫌な表情でアレックに話しかけた。
「あんたに守ってもらわなくても、ぬぬ子ちゃんは大丈夫だよ。」
アレックは春奈の方を向いて「どういう意味だい?」と聞いたが、春奈はすぐに分かると言ってその質問には答えなかった。

アンジェラとアレックは来日して以来、ぬぬ子たちの通う中学校の近くの賃貸マンションに住んでいた。もちろん外国人に応対するサービスを売り物にしている所でスージーもそこに住んでいる。

ぬぬ子には月に何度かアンジェラの要望でそこに通って色々研究に協力してもらっていた。普段は双子か他の誰かと一緒に行くのだが、今日に限っては誰も同行することができなかった。
そしてアレックはといえば来日してしばらく経つのに一緒に帰ることを申し出たのは初めてという体たらくだった。

「ごめん、ぬぬ子ちゃん。私も今日は塾の補講なんだ。」といつものグループで最後まで残っていた春奈はぬぬ子に謝った。他のメンバーは用事があって早く帰っていた。
「いいんですよ。いつもみんなには付き合ってもらってばかりで・・・。」とぬぬ子は首を振って微笑む。
「今度さ! 穴埋めにみんなでカラオケに行こうね! 好きなアニソンでも何でも歌ってさ!」と春奈は笑って言った。

ぬぬ子は「カラオケですか・・・。」とちょっと複雑な表情をした。
「あれ?何? カラオケ苦手? いいんだよ、下手でも好きなのを自由に楽しく歌えば!」
(そういやぬぬ子ちゃんとは一度もカラオケ行ってないや・・・そんなに歌が苦手なのかね・・・)
春奈はそう内心で思いながら気を使う発言をした。
「ううん、歌は好きなんですが・・・。」と何やら煮え切らない態度でぬぬ子は困った顔をした。

「? まあいいや。じゃあアレック頼んだよ!」
「ちぇ! なんか偉そうだね。前の事を根に持ってんじゃないのかい?謝ったろう。それにイエモン君だって慣れない日本語を誤って教えて悪かったって言ってたし・・・。」
「それを素直に信じるあんたは本当にめでたいよ。嫌いじゃないけどね。」と春奈は笑って塾に向かうためにカバンに教科書を片付けて教室を出て行った。

その「めでたい男」アレックも、春奈の言葉の意味を図りかねて首をかしげながら、やはりこの世の邪悪や悪意とは無縁そうなぬぬ子と一緒に下校した。

ぽかぽかした陽気の中、町の緑化政策で花に彩られた通学路を二人は歩いていた。ほのかな花の香気が辺りを包む。アレックはテクテクと隣を歩くぬぬ子に見とれてのぼせた表情で歩いていた。
アレックの昔を知る者がその様子を見たらさぞ驚いた事だろう。少なくともぬぬ子に会う前の昔のアレックは無愛想な鎧を身に纏い、それが「強さ」だと信じている少年であった。
ぬぬ子がその「強さ」に対する考え方を一変させた。かつて春奈がリーダーを務める団体競技でメンバーとの意見の対立に口を挟めないでいる自分の「弱さ」というものを自覚した。
そしてリーダーの春奈に対する不平不満をなだめて収めた自分の意外な一面にも驚いた。その事は後で春奈に感謝されたがその時「日本人より日本的」と言われて内心でショックを受けた事は黙っていた。

『あの人』もかつては自分の事を蛇と自称し『偽悪者』を装っていたという。自分も結局は『偽強者』であり、それに気付かせてくれたのはぬぬ子だと思っていた。
そのぬぬ子が今自分の隣を歩いている・・・。こんな日がこようとは・・・とアレックは思った。

「? どうしたんですか?」
ぬぬ子に見とれるアレックの視線に気付いてぬぬ子がアレックの方を見た。
「いやいや!! 何でもないよ!!」とアレックは慌ててかぶりを振る。

「そうですか・・・。」とニッコリ笑ってぬぬ子はまた正面を向いて歩き出した。小柄なぬぬ子はアレックの頭一つ下くらいの身長差があった。見下ろすようにアレックはぬぬ子の姿を見た。
三つ編みの髪は肩口に下ろされている。手で覆ってしまえそうになる小さい顔には小さな唇が赤く花びらのように輝いている。大きな厚底メガネはぬぬ子の美観を損ねているようにも思われたがアレックには気にならなかった。
まだ見た事が無い素顔はとても綺麗だと噂されているがアレックにとってはぬぬ子の無垢な内面そのものに心奪われていたから気にかけてはいなかった。とはいえ抱きしめてしまえば手折れてしまいそうな愛らしい姿と細い肩幅を見ると抱きすくめてしまいたくなる衝動にかられる。

「こんにちは!」

ふいにぬぬ子が声を上げた。見ると商店街に差し掛かって八百屋の老夫婦が挨拶を返してくる。
「おやおや、ぬぬ子ちゃん、今日はボーイフレンドと一緒かい? いいねえ。」
「いやだ、おじさんたら。」とぬぬ子は恥ずかしそうに返答する。
「今日はお買い物はいいのかい?」
「ええ、後でお伺いします。」
「じゃあ良い物取っておいてあげるからね。」
八百屋の老夫婦はにこやかに手を振った。

アレックは驚いた。大資本の店舗が大勢を占める母国ではもう見られない光景だった。商店街の行く先々でぬぬ子は声をかけられる。中には昼間から酒を飲んで軒先に座っている柄の悪そうな人もいたが、そんな人さえもぬぬ子の顔を見ると表情を緩めてにこやかに話しかける。
「飲み過ぎは体によくないですよ。」
「ぬぬ子ちゃんにはかなわねえな。」
そんなやりとりが自然に交わされている。
大都会の近郊地方都市で過疎化は免れているようだが、この商店街の賑わいは一般的な傾向からは外れていた。

「よく買い物に行くの?」とアレックが聞くと
「ええ、一人暮らしのところを気を使ってもらってます。」とぬぬ子は答えた。
「え? そうだったの?」
「両親とも共働きな上、単身赴任なんです。」
「そうだったの・・・知らなかった・・・。」

アレックは初めて知るその事実に少なからずショックを受けた。そして健気に一人暮らししてその苦労を全く表情に出さないぬぬ子が一層愛おしく感じられた。

そして商店街を抜けて人通りの少ない通りに差し掛かると、不埒な感情は無いものの、その愛おしさを抱きすくめる事で表現したい衝動にかられていた。

アレックのフルフルと震える腕がぬぬ子の背後に伸びてしまう。

だがその時・・・

ドサッ!!

アレックは複数の人間に取り押さえられた。
「何だ?! お前ら? 離せ!!」とアレックは叫んだ。
(くそ!! 白昼堂々強盗か?)
「こいつ!! ぬぬ子ちゃんに何しやがる!!」
その言葉にアレックは「へ?」と間の抜けた声を出して驚いた。よく見るとその声の主は教室で見かけた事のある同級生の女の子だった。他の者もとても凶悪な強盗には見えず、年齢も性別もバラバラな普通の一般市民っぽかった。
そばでは「みんな!! 違うんです~ 離してあげてください~。」とぬぬ子が叫んでいた。
 *********************

次の日、教室で憮然とした表情でアレックは春奈に言った。
「・・・知ってたな・・・。」
春奈は前日のその様子を聞いてケタケタ可笑しそうに笑いながら答えた。
「だからそのうち分かるって言ったじゃん!! ぬぬ子ちゃんに何かイヤラシー事でもしようとしたんでしょう?」とニヤニヤしながら春奈は言った。
アレックは慌てながら「そっそんなことしてないよ!!」と否定した。
「本当に? まあいいわ。最初はね、学校で問題行動起こしていた子くらいだったのよ。『事件』の時にもそんな影響は無かったんだけどね・・・。次第に町に『ぬぬ子信者』が増えてきてね。
程度は個人差があると思うけど今や町全体が一つの生き物のようで、ぬぬ子親衛隊だと思った方がいいよ。」

「んな・・・」 アレックは絶句した。ぬぬ子が一箇所にいられず転校を繰り返していたという話は聞いていた。そしてその理由も実感できた。母親のアンジェラが研究したがるのも分かる気がした。

その時、千佳子が二人に話しかけた。
「ねえ、最近スージー先生の姿見てないと思わない?」
「スージー先生?」と二人は同時に声を出した。
言われてみれば最近担当の英語の授業は代行されていた。理由は『研修中』という。それにしては長いとは思っていた。
「斑目さんなら何か知ってんじゃない?」と春奈はあまり気にしない様子でそう答えた。
「そうね・・・。放課後、『部室』で聞いてみましょう。」と千佳子は言った。
春奈はたいした事じゃないように思っているが、アレックはそうは思わなかった。昔から・・・そう、昔からスージーが何かする時、それはその行動以上の意味がある事を知っていたからだ。

 *********************

放課後、いつものメンバーは斑目の仕事場の用務員室、みんなが『部室』と呼んでいるところに集まった。

「スージー先生?」
と斑目は今まで気付いてもいなかったと言わんばかりに意外そうな声を出した。
「そういやそうだ。猫みたいに神出鬼没なんで気にしてなかったよ! 道理で平穏なはずだ!」などと言う。
斑目は「崔先生はご存知ですか?」と最近一緒に囲碁を打つ事が多くなった老教師に尋ねた。その崔と呼ばれる教師はアジア系在日外国人であった。
国際化の潮流で最近はそういう人材を広く受け入れるようになっていた。彼は囲碁部の顧問でもあった。かつて日本で流行った囲碁漫画のファンでもあり、その縁で斑目とも親しくなった。
もっとも周りに囲碁をする教師が少ないので無理やり相手させられていたというのが正しいのだが・・・。
「そうですねえ・・・。それが校長らも歯切れが悪くて詳しい事情知っている人がいないんですよ。どうしたんでしょうねえ。」と首をかしげて心配そうな表情をした。
「いやいや、心配することないでしょ! どうせ無断欠勤か何かしてるのを体裁のために誤魔化してるんですよ! ケロッとして出てきますよ!」と斑目は笑い飛ばした。

「だといいんですがねえ・・・。あ、ここ。」と言いながら老教師は碁石を碁盤に置いた。
「ありゃ?!」

かつては老教師は同じ外国人教師同士でありながら、保守的な価値観の持ち主でもあったので、スージーに対してはその外貌と言動のエキセントリックな点に嫌悪感を抱いていた。
しかし『部室』で斑目と対戦しているのを興味深そうに見ているスージーに覚えてみますかと声をかける事でスージーを理解するようになった。
正確には何度か対戦していくうちに手の内を読まれ、遂には完全に敗戦するに至り、ショックで二、三日寝込んだ後にスージーの崇拝者になったのだった。

「これでもプロ直前までいった身なんですがねえ・・・。」と老教師は苦笑しながら言ったものだった。
斑目は慰めるつもりで「スージーの打ち方は常軌を逸してますから気にする事はありませんよ。」と言うと、逆に老教師は憤慨して言ったのだった。
「とんでもない!! 囲碁は奇策やでたらめでは勝てませんとも!! スージー先生は不動の正攻法で私を攻め、一瞬のミスを見逃さずに怒涛の奇襲で正当に勝ったのです!! まぐれで勝ったというのはむしろ私に対する侮辱です!!」

「ははっ、すいません、囲碁には詳しくないので・・・あのスージーがねえ・・・。」

そんなこんなで今やこの老教師はスージーの支持者、いや崇拝者であった。スージーの教育法や生活態度に対して難色を示す同僚教師も多かった。
しかし一方で同じくらいの数、スージーのやり方を表面だけ模倣して失敗する者や、崇拝する同僚教師も多かった。彼は一部で批判の対象になっている『部活動』を認めて、正式な同好会として発足させ顧問になる事を申し出てくれていた。

「何・・・何をやるか決めない自由な活動があってもいいじゃありませんか・・・。そこから何かが生まれることもありますよ・・・。」と老教師は笑って言う。

「結局、斑目さんも知らないわけね。」と春奈はがっかりしたように言う。すると千佳子が「アンジェラさんは知らないんですか?」と口を挟んだ。これは 斑目に聞いているというより斑目とアレックの二人に聞いているといってよかった。

「え? あ? さあ、聞いていないなあ。」
と二人は同時にうろたえて答えた。
そんな様子を春奈をはじめ、みな怪訝そうに見ていた。この二人の関係は千佳子とぬぬ子くらいしか知らないが、段々この二人の不自然な態度は周囲に奇妙に思われ始めていた。

「千佳子の方こそどうなのさ? お袋さんと友達なんでしょ?」と春奈が聞くと、千佳子は「知ってたら聞いてないですよ。」と肩をすぼめて答えた。
「そりゃそうか。」

「それよりさ、今週末、みんなでさ、アキバ行かない?」と千里が言った。
「どちらかといえば池袋の方がいいかな。」と万理。
「私もそうねえ・・・。万理の意見に・・・。」と千佳子。
「うちも池袋に行ってみたい!! 」と米子。
「私も欲しいのが・・・。」とぬぬ子。
「ええ? アキバ組は他にはいないの?」と千里は騒ぎ出す。
「ああ、俺アキバ行ってみたい!!」と伊衛門。
「チッ」と千里。
「なぬ?! てめ・・・チサトちゃんそれは無いなあ。」と伊衛門。
千里はそれには答えず「アレックは?」と聞いた。
「俺は・・・イケブクロ組は女性専門なんだよね・・・。アキバに・・・。」

「あ、ごめん、わたしゃ週末駄目だから! アバターの製品の納品日なんだ!!」と春奈が手を合わせながら謝った。春奈はアバターのデザイン会社を『起業』していた。最近は中学生でも起業しやすい環境を作り、それを起業家振興政策が後押していた。
もちろん社会教育的で模擬的な面もあるが、ちゃんとした正式な売買契約も交わされ、収益や利潤は本人や投資者に還元されていた。当然未成年なので親が後見人になるし、利潤も学費として貯蓄されている。
春奈のデザインはゲームに採用されたり、一般の服に採用されたりして実際売れていた。最近ではゲームよりこちらの活動に夢中になっていた。

「順調だね。」と斑目は春奈に声をかけた。
「えへへ、そうなんだ!! 最近では小物や内装品にも手を広げているんだ!!」と嬉しそうに春奈は答えた。
ファッションや経営に興味を持っているのはもちろん母親の影響だろう。しかし確実に母親とは違うジャンルで自分の好きな事を開花させていた。

「じゃあ、週末アンジェラさんちに集合しましょう。引率者はアンジェラさんと斑目さんに任せて。」と千佳子は言った。
「あれ? やっぱりそうなるわけ?」と斑目は苦笑しながら言った。

週末に遊びに行く話が盛り上がってくると、スージーの事はみんなケロッと忘れてしまっていた。スージーの事にみなが関心が薄いのではなく、むしろスージーの普段の行動ぶりから、特に心配するとかそういう対象ではなく、
放浪猫のようにケロッとした表情で何事も無かったかのように姿を現す・・・そんな感覚が当然のようになっていたからであった。

しかし一部の「もの」たちにとって、スージーの消失は簡単な意味に捉えたりできるものではなかった。

 *********************

中学校から少しばかり離れた路上に駐車している車の中で、一人の男性と二人の女性たちが話している。

「御上(おかみ)、やっぱりいないですニャ。」
「チッ。やはり先手を打たれて姿を消したか!!」
そう言うのは、胡散臭いホストが着るような上下白のスーツに身を包み、某アニメの二期目に登場するキャラがかけていたようなサングラスをかけた男であった。
染めたとは思われない金髪と抜けるような白い肌から北欧系の外国人と思われるが、一方で流暢な日本語をその男は話した。

また、その男を「御上(おかみ)」と呼び、話しかけた女性の容貌もゴスロリ風とまではいかないまでも、ロングスカートにフリルをあしらった類の服に身を包んでいる。顔は犬のようでもあり、猫のようでもあったがどこか愛嬌があった。

「やはり・・・『餌』でおびき寄せるしかないですね。」
続けて発言するその女性もまた奇抜な外貌をしている。その髪は座席に座っていても、ひざ下まで達していると分かるほど長かった。前髪は顔を覆いつくし、わずかな隙間から覗かせる顔立ちからは美人と推測はできたが、どんな表情をしているか一瞥しても分からなかった。
服装はエキゾチックなオリエンタル風とも言うべきデザインで露出が少なく手足を覆うような感じで民族衣装のようでもあり、どこかアニメや漫画の服のようでもあった。

「ムー。昨日の様子じゃそれも難しかろう。」と男は渋い顔をして唸った。

「別に相手は素人ですニャ。難しくないでショ?」と最初に発言した女が言うと、男はやはり渋い表情で「騒ぎが大きくなる。それに成功しても町全体が我々に襲い掛かってくれば町を出る前に俺たちの逃走経路が無くなる。」と言った。
「御上の勘は正しいでしょうね。想像以上の力ですね、あの子。町全体があの子を無意識に守っています。あの子に危害を加えたらおそらくリミッターの外れた暴徒と化すでしょうね。」
そう冷静に状況を分析したのは髪の長い女性の方だった。
男は「どうする?」とその女に尋ねた。
「町から引き離しましょう。それに必ず町を出る機会があるはずです。」
「おお!! さすが!!」と男は喜んだ。
「新入りのあの娘にがんばってもらいましょう。」と長髪の女は言った。

「では任せたぞ・・・。今はスザンナ・ホプキンスと名のってるんだったな・・・。今度こそあの女を倒す!! そして世界の帝王となるのだ!!」と男は叫んだ。

「あー、ちょっと、ちょっと。ここ通学路な上、路上駐車禁止ね!! 何この車種? 赤い上にエンブレムがツノみたいだね。改造車じゃないの?」
警官がコツコツと車の窓を叩きながら注意した。

「あ、すいません、すいません。すぐ出しますんで、お見逃しを~。」
「間抜けだニャ~」
「御上、もっと威厳を(汗)」 


第四幕 陰謀 アンジェラと斑目そしてアレック

土曜日の朝、アレックはいつもより遅く起きた。もそもそとベットから這い出しながら、ああ、今日はみんなとアキバに行く日だったなとぼんやりした頭で考えていた。
シャワーを浴びてからバスタオルで頭を拭きながらキッチンに入っていくと母のアンジェラがリビングにいた。そこでアレックはハッとして立ちすくんだ。何故ならアンジェラの他に斑目がそこにいたからだった。
いても不思議では無い。斑目も引率者としてここで待ち合わせする事になっていたからであったからだ。なのにアレックは声をかける事ができなかった。

朝日の差し込むリビングで二人はコーヒーを飲みながらたたずんでいる。アンジェラは詩集を開いて詩を朗読している。アンジェラは漫画やアニメも好きだが詩を朗読するのも好きであった。アレックも幼い頃からその詩人の詩を聞いていた。

『情熱、脈搏、活力において測りしれない
《生命》をもち、
陽気で、神聖な法則のもと自由きわまる
行為をなすようにと造られた、
《近代人》を、わたしは歌う。』

斑目はコーヒーをすすって肩肘をつきながら穏やかな表情で詩に耳をかたむけている。もちろん詩は英語で朗読されているから、斑目には意味は分からないであろう。
しかしそんな事を意に介さぬように二人は朗読を続け、そして静かにそれを聞いている。

『・・・わたしは性欲と食欲をよいものと信じる。
見ること、聞くこと、感ずることは、奇跡である、
そして、わたしのどの部分も、どの垂れっぱしも、
ひとつひとつ奇跡である。
内も外もわたしは神聖である、
どんなものでもわたしの触れるもの、
わたしの触れられるもの、
それらはわたしを神聖にする・・・』

アンジェラが好きなこの詩人は卑猥と非難される事もある。しかし『生命』と『情熱』と『人間』を賛美するこの詩人をアンジェラが謳い上げる時、アレックはこれを少しも卑猥だとは感じなかった。
時々アンジェラは本から目を外して斑目の方をにこやかに見る。斑目もその度に頷いている。

二人は朝日に照らされて輝いて見えた。アレックは自分を含めた三人がまるで今まで一緒に暮らしてきた家族であったかのような錯覚に襲われた。休日の朝を家族三人で迎える在り来たりな光景のように・・・。
ありえるはずの無い光景にアレックはひどく動揺した。アレックはバスタオルを頭から被ったまま声をかける事ができずに、その場に立ちすくんだままだった。

ようやくアンジェラがキッチンにいるアレックに気付いて声をかけた。
「あら、アレック!! 起きてたの?! 朝食は?」
「・・・いやいい。フレークとミルクですませる・・・」とアレックは無愛想に呟いて冷蔵庫を開けた。
「やっやあ、おはよう。アレック君。」と斑目が声をかける。
「あ、どうも・・・。」とやはり無愛想にしか答えられない。そう言ってアレックはミルクとフレークを取り出し、こそこそと部屋に引っ込んだ。

「? どうしたんでしょう?」とアンジェラは不思議そうな顔をする。
「さっさあ?」と斑目も戸惑った表情をする。

「ちわー、斑目さん来てるー?」
「あ! ちさちゃんたちも来た様だね。」と斑目は玄関の方を見た。

 *********************

結局のところアキバ組は斑目を筆頭として伊衛門、千里、アレックの四人だった。一方池袋の乙女ロード組はアンジェラ、ぬぬ子、万理、米子、千佳子の五人だった。二組は別々に行動して午後から合流して昼食を供にし、一緒に帰る予定になっていた。

「スージー先生の家、全然人気が無かったね。」と千里が斑目に声をかけた。
「ほんとにねえ。まあそのうち戻ってくるでしょう。」 そう言いながら、斑目は心ここにあらずで久しぶりに訪れるアキバの風景に目を奪われていた。もちろん時々訪れてはいたが、昔と違って用件だけすませるとさっさと帰ってたから街の変化に気付かなかった。
斑目は目を追ってかつてアンジェラと来た店や自動販売機を探した。
(無い・・・。)
あるはずが無かった。街は都市計画で大きく変貌していた。パソコン部品等の機器を販売する店は激減していた。オタク系の店の占める割合も昔ほどでは無い。
街を歩く人々の様相も変わっていた。子供連れの親子の姿も目立つ。また渋谷とかで見かけるような少年や少女たちも普通にオタク系の店に入っていく。また、コスプレと分類される衣装とも言えない独自のファッションをして街を闊歩する子もいた。
もちろん昔の自分たちのような地味な少年たちのグループも見かける。歩きながらオタ話をする子供たちの様子を横目に見て斑目は和やかに微笑んだ。
だが街全体の雰囲気は以前とは少し変わっていた。不干渉というよりも互いの表現を尊重するような雰囲気に変貌していた。
何故こんな気持ちになったのだろう。理由は分かっていた。子供たちと一緒だからだ。何かが変わった。それは『彼女』を「げんしけん」に受け入れてからだったのだろうか。

斑目はふと千里に話しかけた。
「ねえ、ちさちゃん・・・。昔はね・・・俺は春奈ちゃんのお母さんをサークルから追い出そうとするような奴だったんだよ・・・。」
千里はふいにそんな事を言われてしばらくキョトンとしていたが、ニカッと笑って「斑目さんが? 嘘だあ! もっとましな嘘つきなよ!」と言って、お気に入りのキャラのフィギュアの展示ケースに駆けていった。
「かわいい、かわいい、おもちかえり~」

「チサト、それ犯罪だから・・(汗)」とアレックは冷や汗でそれを制する。

伊衛門もフィギュアに心奪われて目が千里のように萌え状態になっていた。
「いいよなあ、いいよなあ。」
「ねえ、この造形・・・理想形だよねえ・・・。」
あまり気が合いそうに無い二人も同じ趣味を前にした時には波長が合うらしい。
逆に興味が無いアレツクは一人落ち着かずソワソワしている。そしてふと十八禁コーナーが目に入り、ギクッとしてソワソワしたが、気になってどうしても目がそちらの方にいってしまっていた。
その様子に気付いた千里と伊衛門はニターと邪悪な笑みを浮かべてアレックをからかった。
「ヤラシーんだー」と千里。
「あれー? 堅物そうに見えてけっこう・・・。」と伊衛門。
アレックは慌てて「いや、これはその・・・」と否定しうとしたが、余計滑稽に見えた。
伊衛門が「こういうの、日本語で何て言うんだっけ?」と千里に聞くと「うんとね、うんとね・・・。」とはしゃいで言っている。

「ははっ、駄目だよ、十八禁コーナーは!!」と斑目は(中学時代から出入りしていた自分の事は棚に上げて)子供たちを制した。
斑目はこうした子供たちの様子を見て目を細めて思った。自分の昔の事は信じてももらえなければ相手にもされていない。『彼女』の思い出は本当にあったことだったのだろうか?
全てが・・・全てが変わっていく・・・。閉鎖された世界が解き放たれ、異分子や異端を受け入れながら絶えず混交して無限に変わっていく・・・。『あの人』への想いも遥か彼方の忘却の彼方へこうして消えていくのだろうか・・・。

 *********************

アキバ組はオンラインゲームや家庭用ゲーム、携帯ゲームの普及ですっかり数を減らしたゲームセンターに移動していた。
対戦型のゲームの交流もオンラインゲームの普及で色々な地域からの参加が簡単になっていくにつれて減っていた。それでもそうしたコミュニティーの需要が全く無くなるわけでは無く、辛うじてアキバには残っていた。

「この!! くそ!!」と女の子にあるまじき言葉を発して格闘ゲームに熱狂しているのは千里であった。対戦相手は伊衛門だった。
千里もたいしたプレイヤーだったが伊衛門は一枚上手で軽く千里をあしらっていた。
「くそー、また負けたー。もう一回!!」
千里は思ったよりも負けず嫌いで激情家であった。
「何度やっても無駄、無駄、無駄w」
「キー、クヤシー。何かこのいやらしい闘い方、見覚えあんだよねー。」
「あ、くそ!! 何かこの間合いを取る戦法どっかで見た気が・・・。」
『ん?』
千里と伊衛門は顔を見合わせる。
「きっとオンラインゲームでどこかで顔を合わせているかもね。もちろん、HNは互いに公表すべきじゃないけど。」とアレックは二人の対戦を見て言った。
「そうなんだよね。どこかで会ってるかもね。」
「そうだな。ゲームの付き合いとリアルの付き合いは区分けしないと勝負事だけにトラブルの元だしな。」
「じゃあ今度はアレックと・・・。」
新世代の子供たちはその辺の割り切り方が実にクールであった。

斑目は三人の様子をただ見ているだけであった。元々格闘ゲームは得意な方じゃない上、機種の激変でもう現役世代についていけなかった。ボーとして見ていると、プラタなどのブランドに身を包んだ目も覚めるような美人が斑目に近づいてきた。

「お隣・・・よろしい?」と上品な物腰で斑目の顔を覗き込みながらその美女は微笑んだ。その女性は金髪碧眼であったが流暢な日本語で話しかけてきた。
「どっどうぞ、どうぞ、汚い椅子ですが!!」
と斑目はサッサッと長椅子の隣を手ではいて美人に勧めた。
「ありがとう。お若い方々ばかりでこんな素敵な殿方がいらっしゃるなんて思いませんでしたわ。」
「いえいえ、日本語お上手なんですね。」と斑目はデレデレしながら言っている。
アレックはその斑目のデレデレした様子に気付いて、ムッと不機嫌な表情を浮かべた。
他の二人も斑目の隣に座っている女性に気付いて囃したて始めた。
「あれー? 斑目さん、デレデレしてる~」とニヤニヤしながら千里と伊衛門はからかう。

その女性は子供たちの方を向いて「あら? 可愛らしいお子さんたち。あなたのお子さん?」と言った。女性の言葉は古めかしいが丁寧な日本語であった。艶やかな目じりとしっとりとした唇の美しい女性であった。
「いえいえ、友人たちの子供でして! 保護者としてついてきてるだけです!」と斑目は笑いながら言った。その言葉に「なぬ?」という表情でさらにアレックは不機嫌になる。

「あら? あなたの携帯・・・。素敵ね。」
女性は伊衛門が腰に吊るしている携帯に目をとめて言った。伊衛門の携帯は真っ赤なカラーにプラスチックで突起がついていた。
「分かりますか?」と伊衛門は喜んで聞く。
「分かりますとも・・・。赤くて、ツノがあるんですもの・・・。性能も三倍かしら?」と女性は伊衛門に優しそうに微笑んで聞く。
「三倍です!! 三倍!! よくお分かりですね! 特注で通常の三倍の情報処理機能があるんです!! ここがですね・・・。」と伊衛門はすっかり気を許して携帯電話の機能を説明している

「ねえ、よろしければお子さんたちと一緒にお食事でもいかが?」と女性は斑目に話しかけた。
「いや、それは・・・。」
この後、アンジェラたちと合流する予定もあったから斑目はその申し出に躊躇った。
「あら、よろしいじゃございませんか。わたしの車で移動して美味しいものでもいただきましょう。」
「くっ車ですか? いえこれから知り合いたちと合流しなきゃいけませんので残念ですが・・・。」
斑目は本当に残念そうに答えた。
「ねえ、お姉さんの車ってどんなの?」とすっかり気をよくした伊衛門が聞いた。
「あら、見たい?」
「うんうん!」
いつもの伊衛門とは違ってすっかり無邪気な少年のようになっている。みんなは顔を合わせて「じゃあ、車を見るくらいなら・・・。」とゲームセンターの外へ出た。
「かっかっこいい・・・。」と伊衛門は目を輝かせて車に見とれていた。
その車は九十年代のランボルギニー・ディアブロを赤く染めてエンブレムにツノがついていた。
伊衛門以外は顔を合わせて「どこが?」と内心で思っていたが声には出さなかった。
「でしょう、でしょう!! 古い型ですけど。あ! ガキども何してる!」
急に声を荒げた女性にみなはビクッとした。
車の陰で少年たちがコインで塗装に傷をつけていた。そこにすごい形相の美人がヒールを履いたまま蹴りをいれてきたので、少年たちはその勢いに気おされて逃げ出した。
「ハアハア、あのクソガキども・・・。はっ。」
我に返った女性は唖然としているみんなに気付いて慌てて取り繕った。
「あらいやだ、わたくしったら。はしたないまねを。ホホホホ。」

その時、斑目の携帯が鳴り出した。
「あ、すいません、たぶん連れからです。失礼。」
そう言って斑目は携帯に出た。相手は千佳子からだった。
『はいはい。千佳子ちゃん。こっちはもういいよ。』
『小父さん!! たいへんなの!! アンジェラさんとぬぬ子ちゃんが!!』
『なっ何? どうしたの?』
『それが・・・。二人の姿が見えなくなって・・・。心配して探したら、ネコミミとシッポをはやした二人の女の子が気絶している二人を背負ってあっという間にビルの谷間を駆け上がって・・・。とっさの事で・・・。』
『ええ!!』

斑目はカメラ目線で『少しワンパターンだと思いませんか?』と言った。

「誰に言っているのかしら?」と美人の女性は斑目に聞いた。

斑目はハッとしてその女性の方を向いた。

女性は微笑みながら「もうお分かりだと思いますが、警察に通報しても無駄ですよ。彼女たちに危害は加えません、ご心配なく。わたしたちが用があるのは『スザンナ・ホプキンス』だけです。
あなた方の誰が彼女と連絡取れるか分かりませんが、《藍玉》が待っていると伝えれば分かります。」

その《藍玉》と名のった女性は、唖然とする斑目を後に、優雅な微笑を浮かべながら車に乗った。

「あー、あなた駐車違反・・・。」と交通警備員が声をかけた。
「すいません、すいません、すぐ車だしますわ。」とその女性は慌てて車で走り去った。

 ********************

その女・・・《藍玉》は車を走らせながら、携帯に手を伸ばして、配下の《瑪瑙》に電話した。
『計画通りか?』
女は急に乱暴な口調になる。
電話の相手の《瑪瑙》・・・参謀役の長髪の女は答えた。
『ええ、《琥珀》ちゃんはよくやってくれましたわ。』
『《翡翠》の方の段取りも大丈夫だな?』
主に諜報活動担当の《翡翠》・・・猫だが犬だか分からない娘もアンジェラとぬぬ子の身柄確保に参加していた。新入りの《琥珀》だけでは難しいと思われたからだった。
『御上もご苦労様でした。』
『あるじをこき使いやがって。[女体化]は[獣人化]より疲れるんだよ。あの丸メガネのキン○マ握りつぶしてやりたくなったぜ。ああ、いやだいやだ。』
『フフフ、本当にご苦労様です。これもライカン族の繁栄のため。奴らにはあの女をおびき出すメッセンジャーになってもらわなくては・・・。』

車は信号に引っかかり一時停止した。その時後ろから白バイが追いかけて、《藍玉》の車の隣に寄せて言った。「あー、携帯使ってましたね。免許証!!」
「・・・・・・・・・・。」