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koyukiⅡその4 【投稿日 2007/02/19】

カテゴリー-斑目せつねえ


3月25日。金曜日の夕方。(有)桜管工事工業の事務所。
斑目は、単純な仕事をこなしながら、頭の中で前夜のスージーとの電話を何度も何度も再生していた。
そして、(あれで良かったんだよ、きっと)と、自分に言い聞かせる。
そんなことを朝からずっと繰り返していた。

また、仕事の合間に、『ウルトラセブン』『史上最大の侵略(後編)』の検索結果を読んだ。

………長い戦いの末に心身ともにボロボロになったウルトラセブンことモロボシダン。彼はM78星雲の上司から、次に変身すれば命を落とすと警告される。
それでも、ウルトラ警備隊の同僚アマギ隊員が侵略者に捕われており、彼の命を助けるためにも最期の変身を決意する。
その直前、お互いに淡い恋心を抱き、自分の体を心配してくれたアンヌ隊員に、自らの正体を打ち明けるのだ。
「アンヌ、僕はね、人間じゃないんだ。M78星雲からきたウルトラセブンなんだよ!」

………この作品を調べるなかで斑目は、『演出の巧みさも相まってシリーズの中でも屈指の名作』『沖縄という“異邦”から東京へやってきた脚本家の疎外感と博愛主義への幻想』などと、賛辞や論評を目にした。

しかし、昨夜のスージーとの電話の後では、そんなものは意味をなさないと斑目は思っていた。

そんなことを1日考えているうちに、時計は4時を指しつつあった。
(あと1時間……早く帰りたい。今日はもう何もしたくない)
斑目がそう思っていると、女子職員が彼の名前を呼んだ。

「斑目さん、斑目さーん、お客様ですよ」
「俺に?…………ってエエッ!?」
デスクから受付の方へと顔を上げた斑目は、我が目を疑った。

そこには、高坂姓となってまだ2か月も経っていない咲が立っていたのだ。
茶系統のロングスカートとセーター。コートとハンドバッグを小脇に抱えている。ブラウスの明るい色調はアクセントになって、彼女自身の美を引き立たせている。

斑目は上司に目を向けた。上司からも受付前に立つ美人が見えた。
「……あ、あのう……課長」
「斑目くん、そうだったのか~」
「はい?」
「最近集中力に欠けているとは思ったが……。正直に言ってくれればよかったのに」
課長はウンウンと納得した表情。

斑目は、「いや…、そんなんじゃないんすけど……」と苦笑いで返す。だが課長の頭の中ではすでにストーリーが出来上がっているようだった。
「ここでも何だから、しばらく外してもいいよ。もう4時もまわったし、早くひけてもいいよぉ(ニヤ)」

斑目は(課長も結構妄想癖あるんじゃねーの)と思いつつ、頭をかきかき何度も頭を下げた。
「じゃあ、す、スミマセン。ちょっと外します」

ワイシャツにネクタイ、スラックスに、(有)桜管工事工業の刺繍が胸に入った作業着を着込んだまま、斑目は携帯と財布を手にして受付に小走りした。
「ええっと……何か用?」
もう高坂真琴と結婚をしたものの、咲は咲だ。斑目は緊張感いっぱいで彼女の前に立った。

咲は急にクネッと体をよじらせて、甘ったるい声をあげた。
「ハルノブゥ~! 急にやってきてゴッメ~ン(はあと)」
「ブッ!(激汗)」
斑目はエクトプラズムを吐き出して意識が遠のきそうになった。

事務所の方から「ヒューヒュー!」と、同僚たちの指笛が聞こえてくる。
咲はその方向へウインクし、愛想良く手を振りながら、「ほんとにすみませぇーん。晴信お借りしますぅ!」と笑顔を見せた。
そのまま斑目の手を取って、外へと出て行った。

「どーぞどーぞ!」
課長が皆を代表するかのように手を振り返した。

(俺いま、『かすかべさん』と手をつないで歩いてる!)
斑目の頭は、全く予想外の展開に混乱しまくっている。強く握られた手の、温かく柔らかい感触が、彼の胸を熱くさせた。

しかし、近くにある京王線の某駅まで来た時、その手は離れた。
咲の口調も、さっきまでの甘いものではなくなっていた。
「斑目ごめん、ああでもしないと外で話せないと思ったから……」
「え…?」
「ちょっと駅まで付き合って。私、話終えたらそのまま新宿へ帰るから」

斑目は咲の後について、駅の入場券を買ってホームに入った。
ホームは上りも下りも人影はなく、咲と斑目の二人だけ。ホームには、次に入ってくる車両を案内するアナウンスが響いている。

「コーヒーでも、飲まない?」
「あ、うん」

ガコン! ガコンッ!
咲はホームの自動販売機からホットコーヒーを取り出して、その一つを斑目に手渡す。
二人はどちらが勧めるでもなく、ホームのベンチに並んで座った。二人の間には、一人分ほどの間隔が開いていた。

咲は早速、缶コーヒーを飲んでいる。
隣では斑目が、缶を空けないまま、手の上で転がして温かさを感じている。落ち着かない手の動きに、沈黙に耐えきれない様子が見て取れる。

「……ね 斑目……」
ビクッと反応して缶を落としそうになった斑目は、動揺を悟られまいとコホンと咳を一つして、「え、え、何?」と聞き返す。

「スージー、今夜成田から出国する予定だよ」
「こっ、今夜!?」
思わず声を上げてしまう斑目。しかし一瞬の間をおいて何かに気づき、驚きの表情で咲の横顔を見つめた。

「知ってた…の?」
「夕べ、聞いたのよ」

咲は缶コーヒーを傍らに置いて、斑目に向き直った。
「スージーはね、居場所がほしいんだって」
「居場所……」
「それが今まで、『荻上』だったり、現視研だった。今、あの子は、『ココに居てもイイヨ』って、誰かに言ってほしいの」
「そんなこと言ったって、帰国しなきゃならないじゃないか」
「帰らない理由なんてどうにでもなるよ。要は、自分が求められているって感じたいのかもしれない……」

(そんな無茶な)と思った斑目は、納得の行かない表情でホームの正面を見据えた。
「……じゃあ何で……」
「?」
「何で卒業のことや帰国のことを俺に話してくれなかったんだよ。学部の奴らとは何でも話してるのに、俺にはちっとも……。どうせ大事な相手じゃないって……」
斑目が文句を言い終わる前に、「あははははははは!」と、咲が腹を抱えて笑い出した。

「何だよ」
「馬鹿だねあんた。大切なのはそんなコトじゃないのよ。しかも男の嫉妬なんて恥ずかしい」
ムッとしている斑目の表情を見て、咲は、「ごめん」と手を合わせた。そして、ホームを囲う屋根を見上げながら話を続けた。

「スージーにとってはさ、あんたはこの屋根みたいなもんじゃないのかな」
「はい?」
「外で雨に打たれたり、風に吹かれたりしていたのが、この屋根の下でなら雨風からも守ってもらえてホッとするような……」
「ハァ……」

「卒業や帰国については誰にだって相談できるけど、ストレスを癒してくれたり、一緒にいるだけでもいい相手って、なかなか居ないんじゃないかな。私も『真琴』とは趣味も話題も噛み合わないけど、一緒にいられるだけで嬉しくなるし……」
「………」
斑目は黙っている。

「あんた自身はあの子と過ごして、どうだったのよ。スージーはさ、あんたとアキバ行って、何もせずのんびり過ごしたのが一番楽しかったって言ってた……」
斑目は、スーと二人で秋葉原の大通りの一角に腰掛けて、夕方まで雑踏を見つめ続けたことを思い出した。
大したことは何も話さなかった。
でも、気持ちは満たされていた。

(『コユキ』も、俺と同じ思いでいたんだ……)
(俺は、あの子と一緒に、いたい)
斑目の脳裏に、あの日のスージーの表情がハッキリと浮かんできた。
愛おしいと思えた彼女の姿が、ぼやけた映像ではなく、鮮やかな色彩で浮かんでいた。

黙り込んだ斑目に向かって、咲が話し続ける。
「あ、それにね、一番大事なコトはバレンタインにメッセージとして送ったみたいよ。ほら、『ウルトラマンセブン』ってやつ」
「ウルトラセブンだよ」
「どっちでもいいわよ。斑目、あんたはそのメッセージに応えるべきだと思う。その話をしっかり思い出しな」

ホームに再び車両到着のアナウンスが流れた。
咲は時計に目をやり、立ち上がった。
斑目はまだ黙って座っている。

「アメリカン航空のボストン行きは毎日一便。時間は夜7時。今なら間に合うわ」
「………」
「黙ったままじゃ、手遅れになるじゃないの!」

こちらを見下ろしている咲の言葉に、斑目の体がピクっと反応する。彼の腰はまだ重い。過去の経験からくる諦めの心境が、足かせになっていた。

「お……俺……」

斑目の言葉が途切れた。
車両がホームの向こうから近づいてくるのが目に入った。斑目は咲を見上げて、ようやく言葉をつないだ。

「それに俺……手遅れっつうか、そういうの『慣れてる』から……」

次の瞬間、咲が斑目の作業着の襟を掴み引っぱり上げた。その体は抵抗することもなくホームの乗車位置まで引っぱられていった。
驚く斑目を、咲が睨みつける。まるで1年生の頃の横暴な『春日部咲』に戻ったかのように厳しい目だ。
彼女は、意を決したかのような表情で言葉を投げかけた。

「そうやって、『また同じように』何もせずに諦めてしまうわけ!? 『今度の相手』は、あんたが踏み込んでくれれば応えてくれるんだよ。あんたはその気持ちを考えてない!」

(『また同じように』『今度の相手』……!?)

斑目の頭は混乱する。思わず咲を旧姓で呼んで、問いただそうとする。

「『春日部さん』、同じようにってまさか……」

斑目は、それ以降の言葉をつなぐことができなかった。
話すことも、息を吐くことすらできなかった。

それは咲が、斑目の胸ぐらを掴んだまま自分の方へと引き寄せて、彼の唇に自分の唇を重ねたためであった。
咲は両手を、硬直する斑目の背中にまわして身体を密着させた。
瞬間、電車がホームに入り、キスを交わす二人のもとに到着した。

電車のドアが開いた。
同時に、咲が唇と身体を離した。
咲は頬を染め、目線を横にそらしている。

「……人妻のキスよ。この果報者……」
「かっ、かか、かすかべさん!?」
「もう私、高坂よ……」
斑目は、気を失ってしまいそうになった。そんな彼の動揺をよそに、咲はハンドバッグから封筒を取り出して彼の作業着のポケットにねじ込んだ。

「……あたしね、斑目とじゃれるのも、嫌いじゃなかったよ。あんた最初は嫌~な奴だったし、あたしがコーサカ一筋なのは変わらないけど、………今まで結構楽しかった……」
「!!」
「でも、それも今日でおしまい! あんたは前を向け!」

咲は斑目を強引に突き飛ばした。彼の体は電車の車内へと転がり込む。
斑目が車内で身を起こし、ずれたメガネを整えて咲を見た時、すでにドアは閉じられていた。
ドアに張り付くようにして車内からホームを見ると、咲は笑顔で手を振っていた。

電車が走り出す。
斑目は、遠ざかる咲の姿をできる限り見つめていたかったが、すぐにその姿を見失った。あとは緑と民家のシルエットが、車窓を行き過ぎるだけである。

周りの乗客が、何事かとざわついている中、斑目はその場に座り込んでしまった。咲がねじ込んだ封筒に気づき、作業着のポケットから引っ張り出すと、封筒の中には成田空港までの乗車券・特急券と、スージーが出国するゲートの地図が入っていた。
彼は、その場に座り込んだまま、券と地図を握りしめて震えた。

「『春日部さん』……ありがとう……………さよなら……」

電車は新宿に到着し、斑目は急いで乗り換えホームに走りながら、携帯電話を掛けてみた。しかし、スージーの携帯にはつながらなかった。
斑目は、成田エクスプレスに飛び乗った。

成田空港。午後6時50分。
斑目は、慣れない空港内を、地図を片手に走った。

スージーが出国するゲートに何とかたどり着きたいとの思いで、胸に会社名の入った作業着姿のまま、広い空港内を走っている。
しかし、国際空港という足を踏み入れたことのない不慣れな場所で、焦りもあって、ゲートを探すのに時間が掛かってしまった。

出国ゲートの前にたどり着いた時、もう時計は7時を回っていた。

斑目は顔面蒼白で、空港の女性職員に声を掛けた。
「あの、アメリカン航空のボストン行きは?」
「ちょうど離陸したところです。何かご用事でも……」
空港職員の言葉を、斑目は最後まで聞くことができなかった。
(間に合わなかった。結局、手遅れにしてしまったのかよ……)

斑目はしばらくの間、その場に立ち尽くし、呆然としていた。空港内を行き来する人たちの姿を、うつろに眺めている。

失意のうちに帰路につこうと、踵を返した時、大きな荷物を山積みにしたキャリーカートが正面から斑目にぶつかってきた。
「ぐわ痛ッ!」
カートを睨む斑目だったが、山積みの荷物の向こうから、見慣れた人物がヒョッコリと顔を出した。

スージーだった。

スージーはコートを羽織り、彼女には不釣合いな大きめのマフラーをかけている。金髪の上にベレー帽をかぶり、いつもの感情を表に出さない瞳を斑目に向けている。

「な……何で? 何でまだ空港にいるんだよ!?」
思わず叫んでしまう斑目。しかし、スージーは答えない。
「スー?」
スージーは2歩3歩進んで、改めて斑目の正面に立つと、彼の目を見据えて低い声で語り掛けた。

「ワタシハ『コユキ』ジャナインダ。ユナイテッドステイツカラキタ、スザンナ・ホプキンスナンダヨ」

この言葉を聞いた時、斑目はスージーが『ウルトラセブンのビデオ』を送り届けた理由を納得した。
スージーの言葉は、モロボシダンが最期の変身を前に、アンヌ隊員に自分の正体を告げた場面によく似ていた。

斑目は、スージーの問いかけの意味を理解した。
彼女は尋ねているのだ。
(コンナワタシデモ、オマエハアイシテクレルノカ?)と。

もう斑目は躊躇したり、ごまかすことはなかった。
彼は、アンヌのダンへの返答を思い返して、自分の言葉に置き換えた。

「アメリカ人でも日本人でも、コユキはコユキに変わりないんだ」

そして、もう一言だけ、緊張して真っ赤になりながら付け加えた。
今度は、自分の言葉だった。

「……お、俺がコユキの『居場所』になるから、コユキも、俺の『居場所』になってくれないかな。一緒にいてくれるだけでいいんだ……」

スージーは斑目から視線をそらして、ほんの少しだけ頬を染め、そのままコクリとうなづいた。
そして、コートのポケットから、もう離陸してしまったボストン行きの航空券を取り出して、その場で破り捨てた。

京王線の某駅のホーム。時刻は8時になろうとしていた。
高坂咲は、斑目を強引に電車に乗せた後もホームにとどまり、ベンチに腰掛けて、3時間ちかくも電車を乗り降りする人たちの姿を見続けている。

彼女は、未開封の缶コーヒーを手元で転がしていた。斑目が飲むことなく、ベンチに起きっぱなしになっていたコーヒーだった。
もう、冷たくなっている。

咲の携帯が鳴った。田中加奈子からの着信だった。
『咲さん、ありがとうございます。さっきスーから連絡があって……グスッ……』
感極まったのか、加奈子は途中で言葉に詰まってしまった。咲は苦笑いしながら電話の向こうの加奈子を励ました。
「オイオイ泣くなよ。うまく行ったんだろ?」
『……はい!……咲さんのおかげです』

咲の顔に、ようやく安堵が広がって行く。
その一方で、彼女の胸中は、ある種の切ない想いにとらわれていた。
斑目の気持ちは、ある程度は察していた。ある時はおちょくり、ある時は怒りつつ、日々を楽しんでいた現視研時代。
今日、その決着がついたことに不思議な喪失感があり、彼女は駅のホームでその余韻を受け止めていたのだ。
「……ちょっと、強引だったかな」
自分の唇に指先を当てた。その時の感触を思い起こす。

「……ま、いいか。私は私の居場所に帰るよ。………バイバイ……斑目……」

咲は、再び携帯を手にして、愛する夫に電話を入れた。これから貴方のもとへ帰ります、と。
そしてほどなくして到着した電車に乗り、新宿への帰路についた。

3月26日。土曜日。秋葉原の大通り。
前夜、成田空港から帰って来た斑目とスージーは、結局片時も離れることなく、一晩を一緒に、ただ一緒に過ごした。
そして、この日は朝から秋葉原にやってきたのだ。

スージーのカタコトの説明によれば、彼女は咲や加奈子、千佳のアドバイスを受けて、3月25日のボストン行きに敢えて搭乗せず、斑目が駆けつけて来るのを信じて待っていたのだという。
しかしスージーは、留学ビザの関係で一度は帰国しなければならない。
ボストン行き航空券をドタキャンした分、代わりの航空券代金は、新宿に集まった現視研の仲間たち、OB・OG、現役も含めた20人あまりに呼び掛けてカンパしたのだ。

(もうこれは、みんなに知れ渡っているということか……。みんなには頭が上がらないな)
そう思いながら、斑目は自分の隣に座っているスージーを見つめた。

二人はいま、歩道脇の手すりに腰掛けて、大通りを行き交う人の波をただ黙々と眺めている。
スージーの、いや、斑目にとっては『コユキ』の帰国までは、まだ数日のゆとりがある。それまではお互いに一緒にいるつもりだった。

特別な会話はない。
ただ、こうしているだけで満たされる感じがした。

澄み渡った空の下、斑目とスージーは陽が陰るまで同じ場所で寄り添っていた。



<おしまい>