ゆとりガス

 ついに、ここまで……
 ここまで来れた!
 後は、このゆとりガスを撒けば――
 あの恐るべき魔人どもを「ゆとり」にできる!

 僕には力もない、武器もない。
 だが、僕には、これまで培ってきた戦史研究の知識がある。
 先の大戦の知識から得た「ゆとり感化ガス」。
 そして、戦史研究を通して僕が独自に作りあげた「超高性能防御プロテクター」。このプロテクターを装備することで、僕は神話的数値で言うところの「防御力10」を得たんだ。これがあれば魔人の攻撃だって恐くない。こいつのおかげで僕はここまで来れたんだ!

 よし、「ゆとりガス」散布開始。
 しゅっ、しゅっ、しゅっ、……と。
 ふぅ。終わった、終わった。
 仕事終了。
 よし、帰るか。

「ねえ、ねえ、お兄ちゃん。ちょっと、それかしてー」

 ん? 誰だい、君は?
 お嬢ちゃん、危ないよ。いま、ここは戦争の真っ最中なんだ。
 きみのようなちっちゃい子はこんなところに来ちゃダメだ。
 ねえ、お父さんや、お母さんはいないのかい?

「ううんー。おじいちゃんといっしょー。お兄ちゃん、それかしてー」

 まったく、しょうがない保護者だなあ。
 こんなちいちゃな子を、こんな危ないところで一人にして。
 あっ……、こら! きみ、ダメだよ、それ、危険なガスなんだから!

 あれ? なんだい、その手に持っているものは……。
 ダ、ダメだよっ! 混ぜちゃダメだっ! 
 ゆとりガスの全容は僕にも解明できていないんだ!
 他の化学薬品と混ぜたりすれば、どんな危険なガスが発生するか……!

 う、うわっ、なんだ! なんだ、このガスは……っ!
 溶ける! 僕のプロテクターが溶けていく……!
 神話的数値で言うところの防御力5が失われていく……!

「おっと。きみ、すまないねえ。うちの孫娘が迷惑をかけたみたいで」

 あ、あなたは……?
 えっ、この子のおじいちゃん!?
 あの、この子大丈夫ですか?
 いま、僕のゆとりガスと何かが混合して、すごいガスが出ちゃったんですが……

「ん? ああ……、この子がガスを出てしまったか。本当にすまないね。うちの子はまだ小さくて。液体を見れば、なんでもかんでも洗剤と認識してしまうんだ」

 洗剤……? この人は何を言っているんだ??

「ほら、チョージョ。円周率は……?」
「さん、てん、いちよん!」
「台形の面積を求める公式は?」
「えーっと……。うえ、たす、した、かける、たかさ、わるに!」
「うん、よくできたね。さあ、チョージョ。お兄さんに謝りなさい」
「お兄さん、ごめんなさい!」
「きみ、心配かけて済まなかったね。ガスはこの子には効かないみたいだ。最近の若い魔人は元々気合が入っていないからね」

 魔人……?
 この子が、魔人……!?

「おっと。キミのプロテクター、私が弁償させてもらうよ。この戦いが終わったら、こちらを尋ねてくれたまえ。じゃあ、行こうか。チョージョ」
「うん! おじいちゃん!」

 ……ぽぽ?
 どこかで聞いたことがある。
 確か、PTA名簿にそんな名前がなかったか……?

 まあ、いいや。
 どちらにしろ僕の仕事は終わりだ。
 後はフジカタ君たちに任せて僕は前線を離れよう……。

 ……ん。
 オ、オイ。ちょ……、待て、服部君、待てっ!
 いや、確かにな! さっきは僕に当たっても構わないと言った! 言ったが!
 今は、プロテクターが、ね! ちょ、キミ、見れば分かるよね!?
 お、おい、ちょ、ちょっとー!!
 ホントにちょっと待てってば! 
 ぎ、ぎゃ――っ!!!!


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