透明パレット

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vocaloidss

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 ある時見た彼女は、明るい歌を歌っていた。

笑顔を振りまき、周りをも元気にするような、弾んだリズムで。

彼女の声が気分高まらせる。多分これは、赤い色。


ある時見た彼女は、悲しい歌を歌っていた。

切なげで儚い、今にも消えうせてしまいそうな悲痛な声で。

切な言葉は胸に響き共感を生む。多分これは、青い色。


ある時見た彼女は、激しい歌を歌っていた。

耳をつんざくような音と感情を押し殺した声が重なり合う。

秘めていた想いがあふれ出したような。多分これは、紫の色。


ある時見た彼女は、優しい歌を歌っていた。

柔らかなメロディーにのせた澄んだ声が響き渡る。

優しい何かを思い出す歌。多分これは、黄色い色。


真っ暗なディスプレイを見つめるのをやめて、僕は彼女と向き合った。

きちんと正座をして、未だ寝ぼけ眼な目で僕を見上げる彼女。時折気になったのか部屋中に散乱したゴミに目をやって、不思議そうに首を傾げている。

手に入るのはたやすかった。

大量生産品で、購入者も多かったせいか、今では名も知らぬ者のほうが多いボーカロイドというソフトは、定価よりも安く購入することができた。

「メイコ」

僕が彼女の名前を呼ぶ。

ネット内で偶然に見つけた彼女の名と歌は、僕の興味を強く惹いた。

故に、今彼女はここにいる。

「一つだけ、教えてほしい」

前置きをする僕を、彼女はきょとんと見つめている。手には色褪せた写真が一枚。彼女と、彼女の前マスターが映った唯一の彼女の所持品。僕はそれをちらりと見てから、メイコの目を真っ直ぐに見つめ返す。

「どうして、君は歌うの?」

未だ未完成のパレット。全てが足りない、未完成のパレット。


フォルダの中はかき集めたメイコの曲でいっぱいだった。

数十年前、流行りに流行ったボーカロイドというソフトは、長い年月のうちに多くの曲を残したが、やはりブームは過ぎ行くもので、今では投稿される曲も少ない。僕がそれを見つけたのは全くの偶然で、それまでボーカロイドという名前すら聞いたことはなかった。

ボーカロイドという五つの存在の中で、僕が特に気に入ったのがメイコの声だった。

どこかふるえていて、何かが足りない未完成の声。発売が一番早かったせいか、まだ性能がそれほど良くなく調教が難しかったというから仕方がないのだろう。しかしそれ故彼女の曲は極端に少なくて、過去に彼女たちの曲の発表の場となった動画投稿サイトでもメイコの曲がランク入りすることは稀だったという。

イラストも、歌も、動画も少ない彼女。いつだって脇役で、どこかぱっとしない。嫌われているわけでもないのに、一番にはなれない。そんな彼女が、僕は気に入った。

そう、まるで僕のようで。

「どうして、君は歌うの?」

その質問に、彼女は答えなかった。

否、答えられなかった。

ボーカロイドはマスターがいて初めて完成するもの。

意思はあっても言葉はない。メイコはただ微笑むばかりだった。

その事実を知った僕は、何かに急かされるようにパソコンを立ち上げメイコと繋いだ。答えを見つけられなかったことへの苛立ちが、行動から垣間見える。それでも、抑えることはできなかった。

前マスターが残したであろうフォルダを二度クリックする。しかしフォルダは一向に開ききれなかった。仕方なしに傍にあった小説に手をつける。暫くして、ようやく開いたフォルダの中身を見て、僕はあっと息を呑んだ。

フォルダの中はメイコの曲でいっぱいだった。

中には知っている曲もいくつかある。

彼女のマスターは作曲ペースが速かったらしいがこだわりも深かったらしく、曲には完成しているのに未発表のものもあるようだった。

動画投稿されている曲数はそれでも多い。再生数は回を重ねる毎に増し、名の知れたPであったようだった。

膨大なファイル数に目を奪われて、僕は暫し言葉を失った。やがてフォルダを何度もスクロールして気づく。曲数も再生数も多い。ボーカロイドの人気が落ちてきた後も彼女のマスターは投稿を続けていたらしいが、フォルダの中にある曲はどれもメイコ一色だった。

歌を作るうえではやはり二人で歌わせてみたり、バックコーラスに違う声を持ってきたほうが映えるというのに、彼女の前マスターはどこまでもメイコにこだわっていた。よほどのメイコ好きだったのか。ちらと彼女を振り返る。

メイコは写真を見つめ、思い出し笑いか微笑んでいた。彼女の中にある前マスターの記憶は、時が経った今でも褪せていない。そこに、僕の入る隙はあるだろうかなどと考え、僕は一心腐乱にフォルダ内の曲を聴きあさり始めた。

恐らく、彼女のマスターはもういないのだろう。時が経ちすぎた。彼の親族辺りが売りに出したものを、自分が手にしたのだと思う。でなければ、ここまでこだわっていた彼がメイコを手放すはずがない。

曲はどれも完成されていて、胸に響いた。いい歌は残る。未発表と名打たれたものさえ、どこか響くものがあった。

どうして、と僕は思う。

どうしてこんな風に、完成された何かを生み出せるのか。

僕は部屋に散乱したゴミを見る。

くしゃくしゃに丸められた紙。その一枚一枚は、僕が描き殴った絵達だった。自分の世界を示そうと、一枚の紙で表現しようと練習に練習を重ねた。

だけれど上には上がいて、描けば描くほどにわからなくなる。

足りない色は何色?

それがわからず端から試す。色は重なり交じり合って、最後は汚い黒になった。

彩る意味すらわからなくなって、仕舞いに僕は筆を投げた。

才能なんて信じない。信じたくもない。

それでも、色は見つからない。

すべてが嫌になって投げ出した僕が、ネットで見つけた彼女の歌。

歌によって違う色の彼女の『本当』が知りたくて、気がつけば購入していた。

けれど彼女自身は答える術を知らず、絶望にも似た大げさな感情が苛立ちに変わっていた今。ようやくわかった気がする。

どうして彼女が彼女でいられるのか。

今足りないのは、筆を握る誰か。

彼女は絵の具、紙はパソコン。

評価されるかなんてわからない。

認められるか、受け入れられるかなんて、晒してみるまではわからない。

ネット上には大勢の人間がいる。すべてが感情を共有できるわけではないが、もしもその中で繋がれる誰かを見つけられたら。自分の作品を、好きだと言ってくれる誰かを見つけられたなら。

自分を認められるのではないか。

だから絵師は絵を描く。だから作師は文を綴る。だから楽師は音を繋げる。

わからないじゃないか。自分の全てをこめた何かが、評価を受けるか受けないか。それはこれからの自分次第。ほら、彼女のマスターが、少しずつ再生数を伸ばしていったように。

形ならなんだっていい。

自分の世界を示そう。

共感してくれる誰かを探すために。

もう一度筆を握ろう。

今度は一人でなく、二人で。

彼女の評価されにくい声を、それでも自分のように好きになってくれる誰かを探すために。

僕一人で描くことには不安残るけれど、彼女と二人で音を作り出せるのなら。一人では言葉すら紡げない彼女に、僕が言葉を与えよう。僕と彼女で歌うのだ。筆を握って、彼女の声で世界を色づけよう。

一人ではできなかった世界を、二人で作る。そうして僕が、メイコという存在を形づけよう。

足りないのは、これから生まれる言葉達。


僕は新しいフォルダを手早く作ると、そこにフォルダ名を打ち込んだ。

『11.05 メイコ曲 01』

さぁ、このパレットを僕色で染めよう。

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