性転換ネギま!まとめwiki

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匿名ユーザー

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アスタ×刹那


「…………」
「…………」

「……明日太、さん」
「……何だ、刹那さん」

「切っていいですか?」
「……おすきにどーぞ」

「…………」
「…………」

また無言に戻った電話の受話器から漏れてくるのは、
俺の部屋からでも聞こえた車のクラクション。


――――――――――――――――――

どうせそれは大義名分でしょう?

――――――――――――――――――

「登校日っていつか解る?」

「21日で9時登校です」

「サンキュー」

2分で終ると踏んでいた用件は20秒も立たずに終了した。
あとは受話器を置くだけなのだけど、
いい様のない名残惜しさが俺の後ろ髪を引いて切るタイミングを奪い取ったようで。

時折うんとか、ああとか意味のない言葉を織り込んで
通話時間がじわりじわりと増えていく。


「明日太さん、電話代大丈夫ですか?」
「大丈夫」

「そう、ですか」
「そうだ」

電話の相手である刹那も迷惑なら切れば良いのに。
いや、そうさせないのは俺の所為なのかも知れない

それでもこの行為をやめる気なんてさらさらなくて。


メールで済む用件をわざわざ電話で寄越したのは、
そこらへんの心情が関係したものだろうと思う。

「……じゃあ、切りますよ?」
「ん」

切り出された言葉に軽く同意した。
残念だけれど、ここでタイムリミットと言うことだ。
では、と言う言葉を皮切りに電話が切られる。


そして聞こえてくる機械音。


ため息交じりで受話器を置いて、がちゃり。無機質な音。
呟く言葉は独り善がりなのだろうか。


「…………馬鹿か、俺は」


ジャストタイミング。


呟いた言葉に反抗するかのようになったのはコール音。
眉をひそめながら電話を見やる。
相手に気取られないようにため息を入れて、受話器を取った。
勧誘お断わり、間に合ってます、ドスの聞かせた声で一言はい

さあどれにしようか?

そうして電話の受話器から漏れてくるのは、
俺の部屋からでも聞こえた車のクラクション。
刹那、舌で転がしていた言葉が胃に舞い戻って行く。


まさか。


開口一番、電話線向うの相手は


「何か言いましたか、明日太さん」


「っ……刹那!」
「はい」
「…………何もねぇ」

「さ、これで電話代のことはとやかく言えないですよ、明日太さん?」
「……そうだな」

鼻を鳴らすだけの返事を返せば、
受話器の向う側、くすりと微笑む音がする。
瞬間に熱くなる耳たぶは、それに押し付け過ぎた受話器の持つ熱が
伝わってきただけのことだ。それだけのことだ。


「さぁ、何から話しますか?」


向う側で刹那が笑う。
ああ、でも。とまだ笑いを含んだ声で


「どうせすぐに無言電話になるでしょうね」


それでも最高に有意義な時間だ。





刹那♂×ハルナ


君の目線になってみたいね。と、彼女が笑った。


午後11時の繁華街。車が隣を行き来する。


「――は?」

眉を潜めさせて、突然の彼女の申し出、と言うか思いつき。
いや、と言うよりは若干ネジが飛んだ発言に、
世界でもっとも短い答えを返した。むしろ反射で返してしまった。
そんな思考回路の隅っこで彼女、早乙女ハルナの思考の瞬発力は侮れないなと再度確認。


「いや、だから。刹那さんの目線になってみたいな。と」


それにしてもは?は酷いんじゃないかい? 反論が来た。
もう慣れっこだとでも言うように、はい、だとかええ、だとか適当な言葉で受け流しながら、
俺とハルナさんは人ごみの流れに従いながら、目的地であるコンビニへと向かっていた。

麻帆良の夜空は家庭やネオン街の光に反射して、
何処か赤く薄く、発光している様でもあった。
蛍が放つの光は調度これ位の強さなのだろうかと薄っすら思う。
もっとも、蛍が放つような美しさは、この夜の帳には無いのだろうけど。


褐色の月が雲に隠れ、世界はより濃い闇に包まれていく。
山向こうに見えるほの暗く赤い光は隣町のネオンが反射したものだろうか。
戦火に見えなくもない。

なだらかな曲線を描いて空に真っ黒な切り抜きを作る山に、
ゆらゆらと浮かんだ家庭の光をぼんやりと見ながら、これは少し嫌な色だなと俺は思った。


文化祭準備中の買出し。
……と言ってもその大半は夜食やらジュースやらお菓子やら
プリンやらあんみつやら(後者に到ってはどうせ経費で落す魂胆だろうが、そうは行かない)

とにかく、良く言えば買出し、悪く言えばそのパシリに
男手の自分とじゃんけんに負けた彼女が借り出されたのだ。


「距離感があるんだよね」


沈黙を作った張本人でもあるハルナさんが言う。
親指と人差し指とで10cm程の物差しを作って、隣を歩く俺に見せた。


「これが刹那さんと、私との距離」
随分と近いですね、と言おうとしたら、随分と近、で止められた。


「たかが10センチって思っちゃ駄目だよ?
 10センチで世界はガゥラリと変るんだよキミィ!」


あ。

この人貫徹でハイになってんな。と確信する。


普段のテンションとの差で解る。
……性質の悪いこわれ方する人だな。
…………口が裂けても言えないけどな。
寸の所まで出てきたため息を飲み込んで、変わりに言葉を紡ぐ。


「10センチ、ですか――なら。これならいいでしょう?」


とにかくこのナチュナルハイを黙らせようと、
俺はそう言ってハルナさんの脇を持って
車道と歩道を別けるブロックに立たせた。
ブロックに立った彼女と言えは、数秒黙考したあと、気が付いた用に発言する。


「……あー。おー。これが刹那さんの目線かぁ。おお、よきかなよきかな!」
「いつの時代の方ですか貴女は」
「うん。でもほら、はは、これはすごいよ! 刹那さん!」
「――――――?」

ふいに、空気と夜の雰囲気が、動いた。息を飲む。
反射で目をつむる。唇に注がれる、柔かい感覚。

不意打ちかよ! 喉に詰って、そんな言葉も出ない。
そのようすをくすりとハルナさんは見た後、ほら。と、言うのだ。



「爪先立ちじゃなくても、刹那さんにキス出来るじゃない?」





ハルキ×夕映


まったく、今回ばかりは自分という人間にほとほと愛想が尽きるです。
なんでよりにもよって、こんなことになってしまったのでしょう?
――――ハルキを、好きになるなんて。

「夕映、このページのこことこことここのベタとトーン頼む!」

「わかりました、こっちはどうします?」

「えっとそれは・・・こことここの修正とベタで!」

「了解です」

私の返事を聞きもしないで、ハルキはさっさと次の仕事へ取り掛かっている。
ちょっとむっとしないでもないけれど、ぶっちゃけ滅茶苦茶切羽詰ってるので何も言わないでおいてあげることにする。
私は手元に置かれた何枚かの同人誌のページに眼を落とし、頼まれた箇所の仕上げを手際よく――――自分で言うのもなんだが、何度も手伝わされたせいで大分上達してしまった――――片付けていく。
いつもならのどかもここにいてハルキを手伝っている、というか手伝わされているのだが今日はいない。
私が頼んだのだ、『今日はハルキと二人きりにさせてほしい』と。
なぜなら――――今日、私は、ハルキに告白しようと思っていたから。
のどかになら聞かれていてもいい、むしろ一緒にいてくれたほうが安心できると思っていた。
だから、のどかも一緒にいるときに告白しようとした、最初は。
けれど、どうしても恥ずかしくてできなかった。
心の底から信頼している友人にさえ、自分の想いを聞かれるのが怖かった。
身勝手だな、そう心の底から思った。
だけど、それでものどかは、私のわがままを聞いてくれて、「頑張ってね」と励ましてくれた。
その優しさが凄く凄く嬉しくて、ちょっと泣いてしまった。
あののどかの優しさを無駄にしないためにも、絶対に言わなければ。
・・・そう思っているのだが。

「ハルキ、次の仕事は?」

「えっと、これとこれとこれのゴムかけとあとこれのこことここにトーン!」

「わかりました」

・・・言う暇がない。
この修羅場の間にこっそり暴露してしまおうと思っていたのだが、これではそんな余裕もなさそうだ。
・・・ずるいとか言わないでください、本当に恥ずかしいんですから。
誰にともなく言い訳をしつつ、与えられた(というか押し付けられた?)仕事を黙々とこなし、さぁ次へ。
そう思った瞬間、突然伸びたハルキの手が、私の手元から原稿をひったくった。

「・・・何をするですか、ハルキ」

人に頼んでおいてそれを突然横合いから奪い取るなんて失礼にもほどがある。
さすがにむっとした表情でハルキを睨むと、ハルキは妙にあたふたしながら私の眼から原稿を隠そうとしだした。

「い、いや実はこれまだ手ぇ加えなきゃいけないとこがあってさ、仕上げしてもらってからじゃ間に合わないし悪いかなーって・・・あ、アハハ」

しどろもどろになりながらの下手な言い訳。
普段のハルキならひょいひょいとごまかすようなことでこれだけ慌てるということは・・・

「――――エッチなシーンなわけですか」

「うっ」

想定の範囲内、というか想像通りの反応を返してくれたハルキに思わず溜息。
いや普通ならそれで取り返して当たり前だろうと思うかもしれないが、この男本気で切羽詰ると私やのどかに普通にそういうシーンの原稿を押し付けてきた前科がある。
なので私やのどかも不本意ながらそういう内容には多少の免疫ができてしまった。
・・・・・・本当に不本意なことだ、我ながら。

「いまさら隠すようなことでもないでしょう。 今までだって何度も何度もそういうシーンの原稿を押し付けてきたくせに」

「うぐっ」

ばつの悪そうな顔をして頭を下げるハルキ。
やれやれ、と首を振りつつ、良い機会なのでまとめて愚痴をぶつけさせてもらおう。

「大体、いつもギリギリになるとわかっていながらどうしてもっと早く準備できないのですか? 勉強や図書館探検部としての活動の時間を除いても十分時間はあったはずですが」

そうだ、ハルキはいつもいつもこうなのだ。
自分のことは後回しで、他人のことにばかり気を配って。

「その原稿の件にしてもそうです、私やのどかに見られたくないのであれば自分だけで書くなり最初に別なところに置いておくなりすればいいのです。 目の前のことにばかり気とられるからそうなるです」

目の前で誰かが悩んでいたりすれば、おせっかいだとわかっていても口を出さずにはいられなくて。

「そのくせ他人のことは先々までお見通しみたいな口ぶりで励ましたりするのですから、本当にしょうがないです」

その人が踏み出すことを迷っている一歩を踏み出せるよう、たしかな言葉をかけてくれて。

「――――まったく、こんな男性を好きになった自分が不思議でしょうがないです」

いつの間にか、そんなハルキが好きになってしまっていた。
ここまで一息で言い終えて、ちらっとハルキのほうを見ると、ハルキはなにやら大口を開けてなんというか・・・間抜け面としか言いようがない顔をしている。
人の愚痴を聞いてなぜそんな顔をするのかわかりませんが・・・・・・まぁいいでしょう、言いたいことは言ってしまいましたし、続きを手伝ってあげます。
そんなことをいいながら私がまだぼーっとしているハルキの手元から原稿を奪い取り、作業を始めようとした、そのとき。

「・・・ゆ、夕映? えーっと、今言ったのって、本気?」

「・・・・・・・・・は?」

一体何を言い出すのだろう、ハルキは。
愚痴を聞いて本気かどうかなどと・・・わけがわかりません。

「愚痴に本気も何もないでしょう、アホですか貴方は」

「い、いやそこじゃなくて・・・あのその、えーっと・・・・・」

そこじゃない?
じゃあどこのことだというのだろう。
自分の発言におかしいところはなかったか、今一度思い返してみる。

「い、いや、聞き間違いだったりしたらホント悪いんだけど、一応聞かせてくれ」

たしかまず、ハルキの手際の悪さについてしゃべって。

「夕映が言ったことは全部夕映の言うとおりだし俺が悪い、ごめん」

まったくその通りです。
ええと、その次が確か目の前のことしか見てないとこき下ろして。

「でも、でもだ。 なんつーか、その・・・最後にお前――――」

最後?
最後って、何でもかんでもわかったようなことを言うな、ということでしょうか。
いえ違います、確か私は、最後にもうひとつ・・・・・・

「――――お、俺のことが、好き、って・・・・・・」

ああそうそう、なぜハルキを好きになったりしたのかわからないと・・・・・・あああああああああ?!?!?!

「あ、あれは、ち、違っ! わ、私は、別にハルキが好きなんか、じゃ・・・・・・」

違わない、好きなのに。
なのに、やっぱり素直に言葉にできない。
自分の馬鹿さ加減が恥ずかしくて、顔が真っ赤なのが自分でもわかるほど熱くて。
この期に及んで素直になれない自分が嫌いで、ぼろぼろ涙が出てくるくらい悲しくて。
もう、あとは泣くだけ。
ハルキが途方にくれているのも構わずに、ひたすら泣いた。
もっと、ちゃんと『好き』って言いたかったのに。
もっと、素直になりたかったのに。
もっと――――そばにいられるようになりたかったのに。
自分がすごく、すごくみすぼらしく感じられて、泣くことしかできなかった。
どれくらい泣いたのだろう、泣きすぎて涙が出なくなり始めた頃。

「――――きゃあっ!?」

いきなり後ろから、ハルキに抱き上げられた。
抗議する間もなく、あぐらをかいたハルキの膝に座らされる。
そのままぎゅっ、と抱きしめられて、一瞬ぼーっとしてしまう。
・・・一瞬です、本当に一瞬。
すぐに我に返って首を捻じ曲げ――――きつく抱きしめられているので体が動かせない――――キッとハルキを睨みつける。

「い、いきなり何するですかハルキ! 早く離すです!」

「んなこと言うなって・・・これでも精一杯の愛情表現なんだからさぁ」

「んなっ・・・・・・・?!」

あ、あああ愛情表現!?
いきなり何を言い出すですかこのバカハルキ!

「いやだってさ、目の前であんなふうに泣かれたら何か気の利いたこと言わなきゃとか思ったんだけど・・・何も出てこなくてさぁ。 口で言えないなら態度で示すのが一番早いかなーと思って、こうしてるわけ」

そ・・・そんな同情なんて、いらないです。
同情なんかで慰められるくらいなら、いっそ『なんとも思ってない』ってはっきり言ってくれたほうが・・・
口ごもりながら、ついそんな憎まれ口を叩いてしまった。
そうしたら。


ごつっ


「――――あうっ」

いきなり後頭部をぶたれた。
多分手加減はしたのだと思うが、それでも大分痛い。
不意の一撃に私がひるむのを見計らって、ハルキが答える。

「・・・馬鹿、そんなんじゃないって。 夕映が強情なのはとっくの昔っから知ってんだから、同情なんて意味ないのもわかってる。 だから、これは、そんなんじゃなくて、本当の俺の気持ち。 どぅーゆーあんだすたん?」

「いぇすあいどぅー・・・なんていうとでも思ったですか?」

「いや全然」

…コイツは。

「でもな夕映、俺はお前が俺のこと好きだって言ってくれて、ホント嬉しいんだぜ?」

むすっとうつむいた私の頭を軽く撫でながら、ハルキが言う。
その声のお気楽さが癪に障って、また、気持ちとは反対なことを言ってしまう。

「嘘つくなです。 そもそもハルキが私に好かれて嬉しい理由がありません。 私は、発育が極端に悪いですし、皮肉ばかりでちっとも可愛くなんてありませんし、それに・・・・・・」

「あーはいはい、ストップストップ。 ネガティブなのもほどほどにしようぜー、夕映」

「・・・・・・うるさいですね、ほっといてください。 全部事実なんですから」

どうしてこんな言い方しかできないのだろう、本当に。
素直に嬉しいといえばいいのに。
我ながら不思議で、馬鹿らしくて仕方がない。
そんな私にあきれたのか、ハルキは「やれやれ」と溜息をついている。
そう思った、瞬間。

「――――じゃあ、証拠見せれば信じてもらえるかな」

「――――は? ・・・んぐっ!? むぅ、うんっ・・・・・・・!」

いきなり顔をハルキのほうに向けられ、口をふさがれる。
突然のことに頭がぼーっとして、ハルキのなすがままになる。
真っ白だった頭が段々もやがかかったような感じになって、何も考えられなくなる。

「・・・ぷは。 やわらかいな、夕映」

「う、あうう・・・・・・」

何もいえない。
いきなり何をするんだこのスケベ、みたいな憎まれ口も、キスしてくれて嬉しい、みたいな素直な気持ちも。
ただ、目の前で優しく笑うハルキが愛おしくて、それしか考えられなかった。
自分でもどれくらいハルキの顔を見つめ続けていたかわからない。
その眺めていた笑顔が、ふといたずらっぽく崩された瞬間。
私は――――床に押し倒されていた。

「・・・・・・は、ハルキ? い、一体何を・・・・・・」

「何って、ナニを」

――――――――ハイィィィィィ?!
な、ナニってまさかもしかして、ほ、ほほほ本番!?
む、むむむ無理、絶対無理!

「ちょっ、ちょちょちょっと待ってください! ま、まだ心の準備が・・・・・・っ」

「大丈夫、優しくするからさ」

「そういう問題じゃな・・・・んむぅぅぅ」

また口をふさがれた私は、何も抵抗できなくなる。
その間にハルキは私の服に手を伸ばし、着々と準備を進めている。
最初こそ、やめて、恥ずかしい、嫌、なんて言葉が切れ切れに浮かんでいた。
けれど、そんな拒絶の言葉も浮かばないくらいふわふわした気持ちになっていって、頭の中に浮かんだ考えはたったひとつだけ。
――――――――大好き、ハルキ、と。
ただ、それだけしか考えられないまま、私はゆっくりと眼を閉じた。




・・・え? その後どうなったのか話せ?
何馬鹿なこと言ってるですか、話せる訳ないでしょう。
――――ただ、ひとつだけ言うならば。
ハルキが私を本当に好きでいてくれているのが、よくわかったと、それだけは、言っておきましょう。
あとでハルキに機嫌を損ねられても厄介ですから。
・・・まぁ、それはそれで、幸せですが。



史也×風香


さて夏も終わって大分経ち、随分涼しくなってまいりました。
さんぽ部に所属する鳴滝姉弟にとって、絶好のさんぽ日和な日々が続いておりましたとも。
だからこそ、風香も自然に『今度の日曜日、一緒に出かけよう?』てなことをいつもの部活の延長みたいな言い訳をつけて約束させることができたわけです。
がっ。

「・・・なんで、なーんーでっ! こういう日に限って思いっきり天気予報って外れるかなぁ!?」

むきーっ!という効果音がぴったりな形相で机に張り付き、剣呑な雰囲気を振りまいている風香。
そりゃそうだろう、ここ何日かすっきりした秋晴れが続いて、天気予報でも「週末はすっきりした晴れ模様となるでしょ~」なんていわれてたのに思いっきり大雨に降られちゃあ。
しかもそれが、せっかく、せーっかく勇気を出して誘ったデートの日(たとえ史也が自覚してなくても)だったりしたらもうご機嫌メルトダウンも致し方ない。
だがしかし、誘われた側の史也はそんな風香の気持ちなんて知る由もなく。

「まぁまぁお姉ちゃん・・・そんな怒らなくたっていいじゃない。 きっと来週はまた晴れるよ」

少々呆れ気味に、机にへばりついて陰々滅々うじうじうじうじ(そこまでじゃないやい! by風香)している姉をたしなめる。
しかし、風香にしてみれば史也の態度そのものが気に食わない。
何さ人がせっかくデートに誘ってあげたのにそれに気付かないなんてっていうか弟なのになんでそんな偉そうなの私がお姉ちゃんなんだぞ。
そんな気持ちを籠めに籠めた眼で史也をきっと睨みつけ、また机にへばりつく風香。
風香としては、そんな安っぽい慰めよりも、『お姉ちゃんと出かけられなくて残念だなぁ』くらいのことを言ってくれたほうがよっぽど嬉しいのだ。
だがこの鈍い鈍い弟はそんなことにも気付かない、あああもうバカバカバカ!
うがーっと手足を振り回し、全身で機嫌の悪さを表現。
イライラのぶつけ先がないだけに余計にストレスがたまる。
その溜まったストレスを発散しようにもどうしようもないからまた溜まる。
最悪のストレススパイラルモードに突入した姉を目の前に、史也はこっそりと溜息をつく。
そもそもなんで出かけられないくらいで(史也が風香の気苦労に気付くはずがない)こんなに怒るのかなぁ、などとのんきなことを考えている。
とはいえこのまま放置して八つ当たりされるのは勘弁だ。
この状況でなんとか風香の機嫌を上向きにするにはどうすべきか。
史也の頭で考えうる限り考えた結果出た結論、それは。

なでなで。

コラそこ安易とか言わない。
これは文也の経験からはじき出されたもっとも友好と思われる対風香ご機嫌メーター上昇ウェポンなのだ。
いやまぁ早い話が『お姉ちゃんが不機嫌なときはなでてあげれば大体なんとかなる』という経験則からの行動というだけなのだが。
ちなみに『なでればなんとかなる』というのはただ風香が単純だというわけではない、断じてない。
風香にとって史也は誰よりも大好きで、愛しくて愛しくてしょうがない相手だ。
そんな相手に頭を撫でられたりすれば、どんなに不機嫌であっても『史也が撫でてくれてる』という理由だけで嬉しくてしょうがない、という可愛らしい乙女心の表れなのだ。
まぁ風香のそんな想いに気付けていない史也が知るはずもないことだが。

「・・・・・・何、史也」

とりあえず頭を撫で続けていた史也を上目遣いの涙目で睨みつつ、不機嫌な声で風香が問う。
あ、コレはまずいかも。
史也は自分の読みが外れたらしい状況に冷や汗を流しながらも、平静を装って答える。

「え、えっと・・・なんかお姉ちゃんが随分イライラしてるみたいだから、ちょっとでも落ち着いてくれればな~、って・・・あぶぅっ?!」

冷や汗を流しながら空笑いする史也の頭を、風香のゲンコツが直撃。
史也は思わず、風香の頭に載せていた手をそのまま自分の頭の上に持っていき、風香にぶん殴られたところを抑えて身悶える。
風香はふん、とそっぽを向いてまたふてくされている。
よかれと思ってやったのにこれはないんじゃないか。
ちょっとそんな腹立たしさを感じた史也が風香に抗議する。

「・・・・ったぁ・・・何するんだよぉ、お姉ちゃん」

「うるさい、馬鹿史也」

何それ。
いくら温厚な史也でもさすがにむっと来た。
なので、史也もそっぽを向いてそっけなく言い返す。

「・・・何だよ、もう。 大体、なんでそんなに怒ってるのさ? 何かしたいことでもあったの? ていうか・・・」

その続きをいおうとして風香のほうに向き直った史也は、思わず息を呑んだ。
何で僕を誘ったの、とはいえなかった。
風香が涙を一杯にためた眼で、きっと史也を睨んでいたから。
きっと言い過ぎたんだ、ごめん――――史也が慌ててそう謝ろうとした、そのとき。

「――――むぐぅっ!?」

風香のくちびるで、思いっきり口をふさがれた。
もっと簡単に言えば、キスをされた。
突然のことに史也の頭は大パニック、何で、とか柔らか、とか意味を成さない単語が頭の中を飛び回っている。
それに対して、史也の口から自分のくちびるを離した風香は、相変わらず泣きそうな顔を不機嫌にゆがめたままそっぽを向いている。
そして、風香の口がゆっくりと開き、

「――――こんなことを、もっとロマンチックにしたかったんだよ・・・馬鹿史也」

そういい残して、さっさと自分の部屋に戻ってしまった。
取り残された史也は、ただただぽかんとしているだけ。
窓の外では、激しい雨がまだ降り続けていた。

今の風香と史也の仲は、窓の外の景色と同じ土砂降り。
この先、雨が止んで、雲の切れ目からまぶしい太陽が顔を出すのか、それともさらに酷い嵐になるのか。
天気ひとつ読み当てられない人間には、二人の心の行く末など読み当てられるはずもない。
さてさて、いったいどうなることなのやら。
それは誰にもわからない。



真×刹那♀


麻帆良学園の食堂棟付近にある甘味処。
和風のデザートが女子生徒を中心に人気の店。
その一角で。

「あ~~~・・・・生き返る・・・・・」

目を細めながらおいしそうにあんみつをほおばる、長身の男子生徒がひとり。
大方みんな予想がついただろう、龍宮真だ。
コラそこ、似合わないとか言わない。
真に聞こえたら撃たれるぞ、マジで。
しかし、そんな真に気がねすることなく突っ込むことができる猛者が、真の前に座っていた。

「・・・人の好みはそれぞれだが、お前がこんな場所でそんな顔をしてると大分危なく見えるな」

ただでさえ小柄なのに、長身の真と比べると余計小さく見える。
華奢な身体に不釣合いな長物の入った袋を椅子にもたれさせ、とてもとても居心地悪そうにしている少女。
それは紛れもなく真の仕事仲間・桜咲刹那である。
まぁたしかに、刹那にとってこの状況は辛いだろう。
ただでさえこんな華やいだ雰囲気の店は苦手だというのに、さらにそこに同席しているのがどう見ても場にそぐわない(何気に酷い)男子生徒とくれば。

「失礼だな、これでも俺はこの店の常連なんだぞ?」

「余計にマズイだろう・・・・・」

はぁ、と眉をひそめながら溜息をつく刹那。
そう思うなら連れてくるなよこんなとこに、という話ではある。
あるのだが。

「いちいち細かいことを気にするな、そもそも仕事の報酬はこれで、と言ったのはお前だろう?」

「そうだが・・・せめて場所をもう少し・・・」

「ここのこのあんみつがうまいんだ、そうはいくか」

「あのなぁ・・・・・・」

もう一度はぁ、と溜息をつきながら脱力する刹那。
そう、文句を言いながらも刹那がここにいるのは、前回の仕事で『報酬はあんみつ一回おごり』という条件を自分が出してしまったからなのだ。
コラ君達、安い報酬だなとか言わない。
正直、刹那もそう思ったのだ、最初は。
まずは低めの条件で、とちょっと最近懐が厳しい(主にお嬢様とのお買い物で)刹那が企んだ当初の計画では、もう少しくらい高い報酬は出せたのだ。
・・・あんみつ三つ分くらい。
ちなみに現在、9月の中旬半ばあたり。
ぶっちゃけ辛い、資金繰りが。
きっと長い付き合いの仕事仲間である真はそのへんを察してくれたに違いない・・・と刹那は思っていたのだが、実際は本当にあんみつが食べたかっただけのようだ。
なんだか情けなくなってきたな、と心の中で独りごちつつ、真があんみつをさもおいしそうに食べるのを眺めているしかない刹那。

――――しかし、本当においしそうに食べるな・・・・・・そんなにおいしいのか?

真のあまりのいい食べっぷりに、刹那がなんとなくそんなことを考えた瞬間。

「・・・・・・ん? どうした、ほしいのか?」

素晴らしいタイミングで真があんみつから顔をあげ、含みのある笑いを浮かべながら尋ねてきた。

「・・・そんなわけがあるか」

「あるな。 今まさに『ちょっと食べてみたいな』なんて考えただろうお前」

図星。
なんでコイツは妙なところで変に勘が働くんだ、なんてちょっと心の中で毒づきながら、

「アホかお前は。 私が和菓子以外の甘いものが好きじゃないことくらい知ってるだろう?」

きっぱり否定。
そうしておかないと龍宮のことだ、後々までこの話を持ち出すに決まってる。
仕事仲間で気が知れているからなのか、結構酷いことをさらっと考えながら、ぷいっとそっぽを向く。
そんな刹那の様子を真は大して気にも留めず、というかむしろまるでそれを面白がっているかのように、笑いを噛み殺しながら刹那に追い討ちをかける。

「ああ、知ってるさ。 お前が最近近衛との買い物で羽目を外しすぎて懐が寂しいことも」

「うっ」

わざと刹那と視線を合わせず、あんみつをスプーンでいじりながら。

「俺への報酬もできるだけ安いほうがいいからあんみつをおごるなんて言い出したことも」

「ぐっ」

刹那のまさに図星であろうことを次々と、的確に指摘し。

「本当はあんみつを食べてみたいけど俺が後々までそのことを持ち出しそうだから否定したことも、ちゃーんと知ってるさ」

「・・・・・・・」

ニヤリ、としか表現できない意地の悪い笑みを浮かべて、横目で滅茶苦茶に睨んでいる刹那の視線を軽く受け流す。
そんな龍宮にご立腹なご様子の刹那は、背けた顔をゆっくりと捻じ曲げ、

「・・・・なぁ龍宮」

「なんだ刹那」

自分に出来る限りの毒を込めた皮肉で唇をゆがめ、目を細めながら、

「お前は、本当に、ほんっとーに、嫌な奴だな」

にっこりと、笑顔で断定。
ちょっとはこれでこたえるか、そう思った刹那だったが。

「なんだ、今頃気付いたのか。 鈍い奴だなお前も」

真はそんな皮肉もどこ噴く風で余裕の表情。
ダメだ、コイツには敵わない。
がくっ、と刹那は肩を落とし、全身でもって敗北宣言。

「――――わかった、私の負けだ。 全部お前の言うとおり、私の懐は苦しいし、お前への報酬を安く上げようとしたのも事実だし、あんみつに少し興味があるのも事実だ。 ・・・これでいいか?」

負けだ、とは言いつつも業腹なことに変わりはないので思いっきり上からの物言いの刹那。
しかし龍宮はそんなことはどーでもいいようで。

「ああ、素直でよろしい。 それでいいんだ」

と、のんきにスプーンで次の一口分のあんみつをすくった。
ふん、といらだたしげに机に勢いよくひじをつく刹那。
その口元に、なぜか真のスプーンが伸びてきた。

「・・・・・・・なんだこれは」

「あんみつだ」

そんなもの見ればわかる。

「そうじゃない。 そのスプーンは何のつもりだ?」

さすがにここまでからかわれると本気で怒りのスイッチが入りそうだ。
だが真は別段そんな刹那の様子を気にとめることもなくスプーンをさらに刹那のほうにすすめ、そして。

「食べたいんだろ? あんみつ」

一言、言い放った。

「・・・・・・・は?」

刹那も思わず呆気に取られ、さっきまでの怒りも忘れてぽかーん。
けれど真は構うことなくさらにスプーンを刹那のほうに押し出し、

「興味があると言っただろうが。 まぁ遠慮せずに喰ってみろ、うまいぞ?」

馬鹿かコイツは――――いや馬鹿だ、確実に。
怒りを通り越してもはや呆れ返った刹那が、あのな――――と口を開いたその瞬間。

「――――んぐっ?!」

「そうそう、素直にそうして口を開けていればいいんだ」

開いた刹那の口に、あんみつの乗ったスプーンが突入。
もちろん実行したのは真だ。
そのまま怒鳴りつけてやろうか、とも思った刹那だったが食べ物を粗末にするわけにもいかず、おとなしくもぐ、もぐ、ごくん、とあんみつを飲み込んで。

「うまいだろ?」

すぐに吹っかけられた真の質問に。

「・・・・・・ああ」

つい素直に答えてしまった。
多分急なあんみつ突撃で毒気を抜かれたんだろう。
さっきまでの自分のからかわれっぷりを思い出し、慌てて抗議しようとしたが。

「そうだろう!? やっぱりうまいんだ、ここのあんみつは・・・・・・」

なんてことを言いながら、さっきまでの笑みとは違う、嫌味のないにこにこした笑顔を浮かべる真を見て、なんだか全部馬鹿らしく思えてしまった。
どう見ても似合わないのにそれを気にもしないであんみつをおいしそうに食べる龍宮も。
それに付き合うことや懐が寂しいことが恥ずかしくてイライラしていた自分も。
龍宮がそれを柄にもなく思う存分からかって楽しんだことも。
自分が同じように柄にもなくそれに乗せられてしまったことも。
なんだかみんなみんな馬鹿らしく思えて――――実際馬鹿みたいだ――――さっきまでの恥ずかしさやら、イライラやら、怒りなんてものが全部全部しぼんでいってしまった。
しぼんだものを無理に爆発させようとしても無理なものは無理。
だったらもう、馬鹿らしいことは馬鹿らしいことにふさわしく、笑うしかない。
でもただ単に水に流すのも癪なので、最後に一言、これだけは言っておこう。

「――――馬鹿だな、お前も私も」

「何をいまさら」

そう言って顔を見合わせた二人は、思いっきり笑った。
多分、次の仕事の報酬もあんみつだろう。
ただ、そのときテーブルに並ぶのは、一人分ではなく二人分のあんみつになりそうだ。



亜貴×まき絵


「おい亜貴、お前の背中の傷見せてみろよ」

「うわ、スゲェな・・・なんでそうなったんだ?」

「大変だよな~、ま、頑張れよ」

・・・またか。
ボクの背中の傷のことなんて、サッカー部の中やったらとうに知れ渡っとるはずやのに。
それでも、こうやってボクの傷を見たがる奴がなくならへんのは・・・
やっぱ、他のみんなとはちゃうからなんやろうな。
部活の帰り道、ボクはそんなことを考えながら、寮への帰り道を歩いとった。

「・・・・・・しんど」

はぁ~あ、とでっかい溜息をついて、思わず一言。
あかんなぁ、こういうこと口に出したら余計気が滅入るだけやってわかっとんねんけど。
でもやっぱしんどいもんはしんどいし、自分でなんとかできる分は自分で気持ちの整理してまわんと。
そう思て、いっぺん立ち止まって深呼吸。
吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。
・・・うん、とりあえず大丈夫。
ちょっとしんどいことがあったとき、ボクはこんな風に帰り道の人気のないところでゆっくり深呼吸する。
そうすると気分が落ち着くし、胸のもやもやも吐いた息と一緒にちょっとだけどっかに飛んでいってまう気がする。
・・・気がするだけで、消えてまうわけやないんやけどな。
でも、それでも随分気が楽にはなるから、絶対に欠かさずやるようにしてる。
え、何でかって?
何でも何もそんなん・・・・・・あ、ちょうど部屋着いたわ、すぐわかるよ。

「ただいま~」

「おっかえりー! ねぇねぇ亜貴、今日の晩御飯、私すっごい頑張ったんだよー! ほら、早く食べて食べて!」

・・・な?
こんな無邪気な笑顔見せられたら、疲れたような顔なんてしとれへん。
それに、そんな顔しとってまき絵に心配かけてもうたら、なんか、情けないやん?
やから、辛くなったら深呼吸、ってワケ。

「もー亜貴ー! 何やってるの~、早く早く!」

「あああ、ごめんごめん。 すぐ着替えるわ」

おとと、急がな。
せやないとまたまき絵が機嫌悪うして拗ねてまう。
靴をぱぱっと脱いで並べて、自分の部屋に入る。
まき絵、いっぺん拗ねたらなかなか機嫌直してくれへんからなぁ。
それでご機嫌取りにいっつもお菓子とか買って・・・アレ?
もしかしてボク、上手いこと騙されてる?

「亜~貴~~~っ! 早く食べてよ、冷めちゃうよ~!」

「わっ、わかったわかった、今行くから!」

あかんあかん、そんなこと言うてる場合ちゃうわ。
えっと、服はこっち、カバンはあっち、あ、宿題だけ先出しとかな・・・・・・

「・・・・・・あれ? なんやコレ」

今日出された英語の課題プリントを取り出したときについてきた、ノートの切れ端。
おかしいなぁ、今日はノート忘れたりしてへんかったと思うけど・・・・・・
いつこんなんカバンに入れたんやろ。
首をかしげながら、何の気なしにその切れ端を開く。
そして、そこに書かれた文字が目に映った瞬間。

「――――――――――――ッ!」

頭の中が一気に真っ白になって、手がガタガタ震えだした。
呼吸がどんどん速くなって、でも血の気は逆にどんどん引いていく。
ボクがカバンにその切れ端を入れた覚えがないのも当たり前や。
だって、そこには――――

『背中の傷とかキモいんだよ ろくに運動もできないくせにサッカー部来んな』

悪意のこもった走り書きで、そう書いてあったんやから。
自分で入れたんやったら苦労せぇへんかったやろなぁ。
でも、ボクが入れたわけやない。
サッカー部の、部員の、誰か。
ボクを気に食わへん誰かが、これをこっそりボクのカバンに入れたんやと思う。
似たようなことなら何度も言われてきたし、こんな嫌がらせかてもう慣れてまうくらいされてきた。
やけど、やけどやっぱり、キツイ、よね。

「亜貴~、どうかしたの~?」

あ、あかん、まき絵にコレ見られたらあかん。
そう思ってそのメモを隠そうとしても、身体が上手く動いてくれへん。
え、何で動かへんの?
こんなんいっつもやん、気にするようなことちゃうやん。
早く、早く――――――――

「・・・亜貴? ホントどうしたの・・・って、それなーに?」

「あ、ち、ちがっ・・・・・・・」

立ち直るより前に部屋のドアが開いて、まき絵がひょっり顔を覗かせた。
慌ててメモを隠そうとしたんやけど、まき絵の反射神経にかなうはずなくて、取られた。
そのメモを読んだまき絵は、まず一気に顔が青ざめて、そんで段々顔が赤くなっていって。

「――――何これっ!? 酷すぎるよこんなの!」

鼓膜が破けそうなくらいの大声で、怒鳴った。

「ま、まき絵、落ち着いて・・・・・・」

「落ち着いてなんてられないよ! 亜貴が怪我のことどれだけ気にしてるかなんて、バカな私でもわかることなのにこんなの・・・もー怒った! 私が犯人見つけて絶対亜貴に『ごめんなさい』って言わせてやるんだから!」

頭から本当に湯気が出てきそうな勢いのまま、まき絵は部屋を飛び出そうとした。
もちろん、そのままほっとけるわけなんてなくて。

「ま、待って待ってまき絵! 大丈夫、大丈夫やから!」

「大丈夫なわけないでしょ?! 亜貴、こんなこと言われて悔しくないはずなんてないもん! どうしてそんな嘘つくの?!」

思わずまき絵の服を掴んで止めたとこまではよかったんやけど、多分頭に血が昇ってもうとるまき絵は、逆にボクに詰め寄ってきた。
そうやろうなぁ、普通はこんな風に、怒るんやろうな。
でもな、ボクはあんま怒る気になれへんねん。
やって――――――――

「・・・やって、そんなこと言う奴らより、こんな風に心配してくれるまき絵のほうが、ボクは大事やもん」

「・・・・・えっ?」

きょとん、とした顔で見つめてくるまき絵にちょっと笑って、ちゃんと説明する。

「ホンマはな、そのメモみたいなこと言われて、ボクも正直辛いねん。 けどな、それよりも今みたいにボクのこと心配してくれるまき絵とか裕奈とかアキラとか、そういうみんなのほうが大事やねん。 やから、ボクはそんなメモどうってことないから、危ないことせんといて。 な、まき絵?」

「・・・・・・うん」

こくん、とうなずくまき絵。
よかった、ちゃんとわかってくれたんや。
ボクがほっと一安心した、そのとき。


ぎゅうっ・・・・・・・!

突然、まき絵が、ボクを、思いっきり、抱きしめた。

「――――ま、ままままままき絵っ?! ど、どどどどないしたん?!」

思わずテンパってもーて、全然呂律回ってへん。
でも、突然女の子に抱きつかれたらこうなるやろ?!
とはゆーても無理に引き剥がすこともできひんし、おろおろしとったら。

「・・・でも、でもね。 亜貴が辛いときは、私がこうして慰めてあげるから、そばにいてあげるから。 ・・・だから、もっと、頼ってほしいよ、甘えてほしいよ、亜貴――――」

静かに、優しい声で、しっかりと、囁く声。
嬉しいのとか恥ずかしいのとか色々ごっちゃになって、気の利いたことが思い浮かばんかった。
でも、これだけは、ちゃんと言えた。

「・・・ありがとな、まき絵」

どんなに辛くても、信じてくれる人がいる。
どんなに悲しくても、励ましてくれる人がいる。
どんなに苦しくても、そばにいてくれる人がいる。
それがわかってるから、ボクは、前を見て歩いていけるんやと思う。



ハカセ♂×超♀


「・・・さて、経過は順調かな」

モニターから手元の新聞――――麻帆スポ――――に視線を落とし、テーブルの上のコーヒーを飲みながらざっと眼を通して一言。
『魔法』の存在を全世界にバラそうとする超さんと、それを止めようとしたネギ子先生。
その決着は、正直拍子抜けするほどあっけなかった。
超さんがカシオペアに時限発動装置を組み込み、ネギ子先生達がエヴァンジェリンさんの別荘から脱出するタイミングで装置が発動。
ネギ子先生達は学祭から一週間後に飛ばされ、世界樹の魔力供給が途絶えたカシオペアでの時間跳躍は不可能。
よって、ネギ子先生が超さんの計画を阻止することはできず、超さんの計画は無事成功。
そして、超さんは自分のいるべき未来へと戻った。

――――そう、僕を残して。

最初は、達成感で一杯だった。
『自分達の力で世界を、歴史を変える』――――そんな夢みたいなことを実現してしまったんだから。
でも、超さんがいなくなってしばらくすると、そんな達成感も風船みたいにしぼんで、なぜか満たされない気持ちで胸が一杯になった。

「何でだろうなぁ・・・・・・」

モニターに映し出されている特番を見るでもなく見つめながら、自問する。

わかっていたはずだった。
超さんは“未来”の人間で、僕は“今”の人間。
いつか、お互いがいるべき場所に戻るのが当たり前。

ずっと前から、わかっていた。
覚悟だってできていた。
そのはず――――だったのに。

「どこで、間違っちゃったんだろ」

苦笑いしながら頭を掻いて、自分をごまかす。
でも、やっぱりごまかしきれるわけがなかった。
辛くて、苦しくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
どんなに忘れようとしても、浮かんでくるのは超さんの顔ばかり。
そのまま倒れて泣き喚きたくなるのを必死でこらえながら天を仰ぎ、すー、はー、と深呼吸して、なんとか気持ちを落ち着ける。
何度目かの深呼吸を終えて、ふぅ、と溜息をつき、ふと周りを見てみる。
眼に映るのは、散乱したゴミやら機材やら洋服やら。
超さんがいたときはいつもきちんと整理が行き届いていたのに、僕だけになるとすぐコレだ。

『ハカセは無精者だからネ、ワタシがいないとダメヨ』

超さんはいつもそう言いながら、てきぱきと片付けをこなしてくれたっけ。

「・・・そのくせ、自分のこととなると気にも留めないもんだから、こっちがハラハラさせられたもんだけど」

なんて、超さんがいた頃を思い出してると、なぜだかおかしくなってきて、ついつい顔が緩んでしまう。

ああ、茶々丸が初めて動いたときは、二人しておおはしゃぎしたなぁ。
肉まん君Zだったかな、アレが暴走したときは結構本気で焦ったっけ。
そうそう、他には――――――――

「失礼します、ハカセ」

「――――わたたっ! ど、どうしたんだい?

「・・・いえ、それは私がお聞きしたいのですが」

「な、なんでもないなんでもない、気にしないで」

なんて、柄にもなく思い出にふけっていると、多分全然反応がないのに困って入ってきたんだろう茶々丸の呼びかけに驚いて、思わずコーヒーをこぼしそうになった。
何とかコーヒーをこぼさずにすませ、カップをテーブルに置く。
茶々丸はといえば、あからさまに不審げな表情で僕を見つめている。
たはは、やっぱり柄でもないことはやるもんじゃないね。

「・・・で、何の用かな茶々丸? まさか、ココがバレたとか?」

何気なく聞いてみたものの、もしそうだったら結構シャレにならない。
ここがバレたのなら、魔法先生がやってくるのも時間の問題だろう。
もし捕まってしまえば、一体どうなるかわかったもんじゃない。

「それは問題ありません。 ですが・・・ハカセ、大丈夫ですか?」

「ちょ、ひどいな茶々丸ー、ちょっと驚いただけじゃないか」

・・・まぁ確かに、ひとりでコーヒー持ってニヤけながらボーっとしてたら怪しいけどさ。
そ、そこは思い出に浸ってたってことで、情状酌量の余地ありだよね?

「いえ、そういうことではなく・・・泣いておられるので」

「・・・え?」

指摘されて、目元に手をやる。
その指が、濡れていた。
そこで初めて、自分が“泣いている”ことに気付いた。

「あ・・・あぁっ・・・・・・ッ!」

気付いてしまったら、もう、止まらなかった。

「あぅっ、ぐっ、うぅぅ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

すぐそこに茶々丸がいるのもかまわずに、思いっきり、泣いた。
多分、超さんがいなくなったことが悲しかったんだと思う。
自分でも断言できないのは――――知らない間に流れ出して、止まらなくなった涙の理由が、自分でもわからなかったから。

「うっ・・・ぐっ・・・・うぅ・・・・・・」

「・・・大丈夫ですか、ハカセ」

どれくらい泣いたのだろう、気がつくと、茶々丸が僕の背を抱いてくれていた。
ぼろぼろの顔のまま見上げた茶々丸の顔は、なぜか、悲しそうに見えた。
そのとき、なぜかはわからないけど、茶々丸の心がわかった気がした。
茶々丸もさびしいんだ――――自分にとっての“母親”が、いなくなってしまったのが。
母親がいなくなって、泣き崩れた“父親”を見るのが。
そこまで考えたとき、ある光景が、唐突に頭の中に浮かび上がった。

『ねぇハカセ』

『なんですか? 超さん』

それは、学祭直前に二人っきりで交わした会話。

『もしこの計画が成功したら、お別れ、しなきゃいけなくなるネ』

『・・・そう、ですね』

答えるのが辛くて、振り返れなくて。
それはきっと、超さんも同じで。

『お別れしちゃったら、「会いたいヨ」って泣いても、もう、会えなくなっちゃうネ』

それなのに、震える声で、努めて明るく。

『だから、そうなる前に、ちゃんと、言っておきたかたヨ』

『・・・・・・』

その場にいるのが怖かった、続きを聞くのが怖かった。
それを聞いてしまえば、もう、戻れないから。
でも、それを止めるだけの勇気もなくて。
そして――――

『――――今まで、『アリガトウ』・・・それと、『サヨナラ』――――」

『・・・・・・・っ!』

泣いているのが、背中越しにもわかった。
だけど、振り返れなかった。
振り返るのが怖かった。
引き止めても、引き止められないとわかっていた。
だから、黙っていた。

そんな風に思い込んで、逃げた。
振り向くことから。
無理矢理にでも引き止めることから。
今までの関係を壊すことから。

――――『離れたくない』と、思いを伝えることから。

もう、声も出なかった。
そのままで、また、泣いた。
茶々丸は、ずっとそばにいてくれた。
茶々丸に見守られながら、泣き疲れて眠るまで泣き続けた。


でも、もう超さんには会えない。
会いたいと思っても、もう届かない。
超さんの最後の声が、今でも、胸に響いている――――



アスタ→刹那♀


さて、人の心とはそも誰にも計り知れぬもの。
特に色恋に関しては何をかいわんや。
たとえ自分に振り向いてくれないことがわかりきった相手でも、好きになってしまったものは仕方ない。
とはいえ、自分に振り向いてくれない相手を想い続けるというのは、辛いものだが。

「おーい刹那さん、ちょっと今日剣術の修行付き合ってくれねーかな?」

そう言いながら、刹那の席に近寄っていったのは神楽坂明日太。
剣術の稽古を口実に、少しでも刹那と一緒にいたいという魂胆である。
だがもちろん、色恋に疎い刹那がそんな明日太の企みに気付くこともなく。

「あ、かまいませんよ。 ちょっと待ってていただけますか?」

即座に了承。
明日太は心の中でしっかりとガッツポーズを取りつつ、何気ない様子を装って礼を言う。

「マジで? ありがとうな刹那さん!」

「いえ、明日太さんがこんなに熱心に剣術に取り組んでくださるのは、私も嬉しいですから」

そういってにっこりと微笑む。
その無邪気な愛くるしい笑顔に心の中で悶絶しつつ(実際に悶絶したら当然マズイので)、刹那の帰り支度が整うのを待つ。
刹那が教科書をすべてカバンにしまい、行きましょうか、と言った、そのとき。

「せっちゃ~~~ん! 一緒に帰ろ~?」

――――なんでだよ、と、明日太は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
声の主は、明日太の親友にしてルームメイトの、近衛木乃雄。
刹那と幼馴染であり、刹那が――――多分自覚はないだろうが――――好きな相手。
なぜ他人の明日太がそんなことがわかるのか。
それは簡単なことだ。

「わ、若様っ?! は、はい今す・・・・・・あ・・・・・・」

やっぱりだ。
多分、「今すぐ行きます」と続くはずだった言葉を飲み込んで、申し訳なさそうに明日太を振り返る刹那。
こういう顔をされたときが明日太は何より辛い。
一つ目の理由は、やっぱり自分よりも木乃雄が大切なのか、という嫉妬。
二つ目は、たとえそれが刹那の責任感の強さからとはいえ、後ろめたそうな表情を自分に向けられることへの悲しさ。
そして三つ目は、刹那さんを悩ませることがわかっているのに、自分は刹那さんを好きになったのか、という自己嫌悪。
だが、それらを悟られないように押し隠しながら、無理に残念そうな笑顔を作り、

「あー、気にしないでいいって刹那さん。 俺のはまた今度でいいからさ、木乃雄と一緒に帰ってやってくれよ――――アイツ、刹那さんと帰れないとすぐしょげちまってさ、大変なんだわ」

嘘をついた。
それも二つ。
一つ目の嘘は、『また今度でいい』という自分の気持ちへの嘘。
二つ目は、刹那と帰れずに寂しい思いを噛み締めることになるのは、木乃雄ではなく、自分であるという嘘。
もう、つきなれてしまった嘘。
でも、つくたびに胸が痛む嘘。
その嘘を感づかれないうちに、刹那の背中を押して、誰よりも一緒にいて、誰よりも信頼して、誰よりも大切な恋敵のもとへ送り出す。
幸い、刹那は明日太の胸のうちに気付くことなく、すみません、と一礼して木乃雄のところに行った。
その背中を見送って、しばらく立ち尽くした後、帰るか、と刹那の机に立てかけていた自分のカバンを拾い上げ、教室を出た。
階段を降り、下駄箱から靴を出し、玄関を出、校門をくぐる。
急に吹いた強い風にあおられ立ち止まり、ふと空を見上げる。

「・・・何やってんだろうな、俺」

自嘲気味につぶやくと、見上げた青空がわずかににじんだ。



アル×ナギ♀


ざくっ、つるっ、ごん、どかっ、ごろごろ。

「・・・・・またやっちゃった・・・」

これで何度目だろう、自分でも溜息が出る。
やることといったら、皮をむいて、切って、あとは煮込むだけなのに。
たったそれだけのこともできないのかな。
・・・アイツに、食べてもらいたいのに。


「・・・おっと、もうこんな時間ですか。 そろそろ夕飯の支度をしなくてはね」

読んでいた分厚い書物を閉じ、台所へと向かう青年。
随分にこやかな表情ではあるが、これが彼の普段の表情であり、この笑顔の裏で色々とんでもないことを考えたりもしちゃってる結構な策士。
それが彼、サウザンドマスターの従者、アルビレオ・イマである。
戦闘時においてはナギの補助を努める彼だが、普段は主に家事全般を受け持っている。
ガトーは家事に興味を示そうとしないし、タカミチはそのガトーの修行についていくのに精一杯。
詠春も家事が出来ないではないが進んでやるタイプではない。
そしてナギは絶望的なまでの不器用。
ぶっちゃけ包丁なんて持たれたらいつ怪我するかヒヤヒヤもので見ちゃいられない。
ということで、アルが料理をはじめ掃除洗濯片付け諸々を一手に引き受けているわけだ。

「さて、今日は何を作りましょうか。 肉じゃがも久々ですしハンバーグという手も・・・」

・・・メニューが妙に所帯じみているのはナギの好みのせいである。
他にも色々と献立を考えながら、アルは台所へ入った。
そして、ありえない光景を見た。

「・・・・・・・・・?」

ナギが台所に立っている。
あの、じゃがいもの皮をむこうとしたら包丁をじゃがいもに突き刺すようなナギが!
いやそんなはずはない、きっとこれは夢、もしくはさっきまで本を読み通しだった目の疲れによる錯覚に違いない。
というわけで、はいバックバック。
目をこすって、深呼吸をしてもう一度。
アルは台所へ入った。

「・・・・・・・・・」

「げ!? あ、アル?!」

・・・なんてことだ。
再び台所に入りなおしたアルのささやかな期待は見事に裏切られた。
そう、あちこち滅茶苦茶になった(食器類が割れていないのがせめてもの救いか)台所の真ん中で包丁を握っているのは、間違いなくナギだった。

「・・・えー、一応お聞きしておきますが・・・あなたは何をしているんでしょうかね、ナギ?」

「な、何って・・・台所でエプロン着て包丁持ってすることっつったら料理しかないだろ!」

いや普通はそうなんですけどね、そんなことを小声でぼやきながらアルは台所の奥――――ナギの近くへと進む。
改めて思う、酷い有様だ。
“元”材料であったろう野菜や肉のなれのはてやら調味料やらが散乱してもう素晴らしいカオスを形成している。
慣れないことはさせるものではありませんね、心の中で溜息をつきつつ、アルは聞いた。

「で、何を作ろうとしてたんです?」

大方大それたものを作ろうとして失敗したんだろう、そう思っていた。
だが。

「・・・・・・・カレー」

「は?」

「カレーだよカレー! 皮むいて切って煮込むだけのカレーだよっ!」

顔を真っ赤にして、涙目になって怒るナギ。
アルはといえば、呆気にとられて目をぱちくり。
ナギが不器用なのはわかっているつもりだったが、どうやらナギのそれは想像を絶するものだったようだ。
よくよく周囲を見渡せば、なるほど、転がっているのはじゃがいもにんじんたまねぎお肉、そしておそらくルーの残骸とカレーの材料ばかりだ。

「・・・なるほど、カレーですか。 しかし、なんでまた急にカレーを作ろうなどと思い立ったんです?」

無理にフォローしようとするとボロが出るのはわかりきっているので軽く流し、最大の疑問を聞いてみる。
実際、ナギも自分が(一般的な)女として致命的なまでに――――料理裁縫洗濯掃除整理整頓全部ダメ――――不器用なことはよくよく理解していたはずだ。
それなのになんでまた無理に料理など始めたのか、付き合いの長いアルにも理解しかねることだった。
するとナギは、エプロンの端をぎゅっと握り締め、アルから顔を背けながら、頬を赤くして少し間を置いて、こう答えた。

「――――お前に、食べてもらいたかったから」

「・・・・・・え?」

予想外の答えにアルが面喰らっていると、ナギはぱっとアルに背を向け、ひときわ明るい声で続けた。

「ほら、私って不器用じゃんか。 だからずっとアルに料理とか任せっぱなしで――――たまには私がアルのために料理して、喜んでもらおうとか思ったんだけどさ・・・あはは、やっぱダメだった」

声は明るく、あっけらかんとしている――――だが、らしくない。
無理に明るい顔をして自分をごまかすなど。
やれやれ、と首を振り、そっとナギの背中に近づき、そして――――抱きしめた。

「・・・ひゃっ?! あ、アル、何す・・・・・・」

「まったく・・・あなたは本当に不器用な方ですね。 私はそんな気遣いをしていただかなくとも、あなたのそばにいられるだけで幸せだというのに」

本心からの言葉。
だが普段が普段なせいだろう、アルの台詞にナギはうつむいて口を尖らせた。

「ば、バカっ! そんなこと言ってごまかそうたってそうは行かないんだから・・・・・・」

「おや、本当ですよ? あなたのような可愛い女性が、自分のために料理を作ろうとして果たせずに涙まで流してくれて、嬉しくないはずがありません」

そこまで言われた瞬間、元から赤かったナギの顔がさらに真っ赤になる。
アルの腕から逃れようと暴れながら顔を背けた。

「だっ、誰が泣いてなんか――――っていうかもう離せ! いいから離せ今すぐ離せっ!」

うがーっ!と吼えながら振り回されるナギの腕をかわし、その肩を掴んで自分に向きなおさせる。
いきなり身体を回転させられたと思ったら、目と鼻の先にアルの顔があったナギは思わず息を呑んでおとなしくなる。
そんなナギににこやかに微笑みかけ、アルはひとつ提案を持ちかける。

「では、こういうのはいかがです? ――――私と二人でカレーを作る、というのは。 これならあなたも大きな失敗をしなくてすみますし、私もあなたが怪我をしないかと気を揉まなくてすむ」

アルにそういわれ、一瞬顔を輝かせたナギだったが、すぐに不満げな顔になり、

「で、でもそれだったら、結局お前も料理することになってお礼の意味が――――」

ナギが皆まで言う前にさらに顔を接近させて、ダメ押しの一言。

「私は、ナギと一緒に料理ができるだけでも十分嬉しいですよ?」

「うッ・・・・・・・」

ナギはこうされると弱い、長い付き合いのうえで理解した性質のひとつだ。
・・・別に何も妙なことをしたりしたわけではまったくない。
ともかく、ナギを(ある意味力ずくで)納得させたアルは、とりあえず台所を復旧した後、ナギと二人仲良くカレー作りを開始した。
どうしても包丁を握る!と言い張るナギを説得しきれずにヒヤヒヤしたが、アルがそばについたおかげで怪我ひとつなく料理は出来上がった。
いやまぁ、危ないところが多少なかったというわけでは・・・多少というほど少なくも・・・まぁできたからいいか。
とにもかくにもカレーは無事完成し(ナギの要望で甘口)、早速アルが他の面々を呼びに行こうとした――――のをナギが止め、二人分だけを先に皿に持ってテーブルについた。

「他の皆さんはお呼びしないのですか?」

「いーんだよ。 ・・・ちょっとやりたいことがあるんだ」

「やりたいこと?」

アルが不審そうに首をかしげるのを尻目に、ナギは自分の皿から一口分を掬い取り――――アルの口元に持っていった。

「・・・はい、あーん♪」

・・・嬉しそうに笑いながらナギにそうされて、アルがすべきことはただひとつ。
素直に言うとおりにしてやって、一言――――「おいしいですよ」と言ってあげるだけだった。



のどか♂×ハルナ


早乙女ハルナは同人作家である!
彼女は日夜新たなる境地を切り開くためにネタ切れと寝不足と戦いながら作品を描いているのだ!
・・・なんて言ってる場合じゃねえええええ。
徹夜五日目・作業進まず・体力限界・締め切り間近、まさに修羅場の体現者となりながら、ハルナは机に向かっていた。

「あ゛~~~~~ッ・・・・・・死にそう・・・・・・」

栄養ドリンクを一気飲みし、でかい溜息をつくその姿は、もはや15歳の花の女子とは思えない。
むしろ連日残業続きのサラリーマンと言った風情。
ハルナよ、君はそれでいいのか。
だがそんな他人の突っ込みなど知る由もなく、半分生ける屍となりながらも再び作業を進めるハルナ。
しかし進まない、すぐに手が止まり、机に突っ伏してしまう。
すぐに起き上がって自分に喝を入れるものの、すぐまた元通り。

「ううう、だから寝てる場合じゃないんだってば・・・・・・」

奈落の亡者のような声で呻きながら作業を続けようとするが、やはりアウト。
作業どころか、意識を保つことさえ難しいようだ。
まぁ、五日徹夜したうえに食事もほとんど取らずに栄養ドリンクですませてれば、当然といえば当然か。
時刻はまだ夕方の六時をちょっと回ったというところだが、徹夜続きのハルナにとってそんな時間は無関係に眠気が襲ってくる。
だがそれでもやめるわけにはいかないことがある、らしい。

「し、締め切りは明後日・・・あと5ページ・・・今終わらせれば明日一日ゆっくり眠れる・・・・・・」

ぶつぶつと、時折「ふふふふふ・・・・・」という謎の笑みを浮かべながら幽鬼のごとく、作業と居眠りを繰り返す。
ぶっちゃけ怖い。
だがこれが締め切り間際のハルナのデフォルトである。
初めてこの状態のハルナを見た人間は大抵ビビるかドン引きする。
なので、不気味な薄笑いを浮かべて作業をするハルナの背後でドアを開けた人物は、さぞ驚くであろうと思われた。
のだが。

「・・・ハルナ、また寝てないの?」

極めて平然と、その人物はハルナに尋ねた。
まるで、『もうこんな姿はとっくに見慣れた』とでもいった風情で。
そしてハルナも、

「んー・・・かれこれ五日くらい?」

これまた普通に答える。
そのハルナの答えに、その長い前髪の影は小さく溜息をつきながら、

「もう・・・無理しすぎだよ。 ちゃんと寝ないとダメだよ、ハルナ」

苦言をひとつ。
だがハルナは聞き飽きた、とでも言いたげに聞き流している。

「だいじょぶだいじょぶ、これ終わったらゆーっくり寝るからさ。 心配は無用よ、のどか」

ひらひら~、と手を振ってあしらうハルナ。
そんなハルナに対し、もう・・・と眉をひそめたのどかは荷物をその場に置き、隣の部屋へ。
そして押しいれを開け、中から敷布団を引っ張り出す。
その布団を抱えたままもう一度、ハルナが腰をすえて作業をしている部屋へ戻り、ハルナの真後ろに布団をセット・オン。
ハルナがそのまま倒れれば、その背中が感じるのは固い床の感触ではなく、日光を浴びてふかふかになった布団の感触だろう。
が、もちろんそんなことをすれば一瞬で成仏(=即寝)できるのはわかっているので、ハルナはしない。
すぐ後ろにある天国をあえて捨てて同人誌の仕上げという敵に立ち向かう私ってどーよ!かっこよくない!?などと、くだらないことを考えながら作業を続行。
・・・するつもりだったのだが、いきなり肩を掴まれて後ろに引き倒された。

「うわあぁっ?! ちょ、何すんのよのどか!」

このまま寝てたまるか!とばかりに跳ね起きようとするハルナを押しとどめ、のどかはハルナの額に自分の額を押し付けた。
結果、まさに『目と鼻の先』にのどかの顔が来て、ハルナはその真剣な表情に一瞬どきっとした。
だがのどかはそんなことを知るはずもなく、真面目な顔――――本人は『怖い顔』のつもり――――をして、お説教。

「いい、ハルナ? 五日も徹夜なんて無理してたら本当に倒れちゃうから、ちゃんと今休んで。 後で僕が掛け布団も持ってきてあげるから」

「う・・・・・・」

二の句が告げないのは、何も言われてることが正論で反論できないから、だけではない。
あまりに至近距離にのどかの顔があって恥ずかしいのと、のどかが自分のことを心配してくれるのが――――たとえそれがのどかの責任感の強さから来るだけだとわかっていても――――嬉しかったからだ。
もちろんそんなことをのどかが気付くはずもなく、「わかった?」と念を押した。
思わずうなずいてしまうハルナ。
しまった、と思いはしたがもう遅い。
のどかはハルナのまさに目の前でにっこりと笑い、額を離すとハルナの身体を抱きかかえるようにして布団の上に寝かしつけた。
自分と変わらない身長なのに、やっぱり男の子なんだな、などと場違いな感想を抱いてしまった。
背中に触れる布団の感触が心地いい。
必死で持ち上げていたまぶたがどんどん重くなり、意識が夢の国へと飛んでいく。
ヤバイ、マジで寝る、そう直感したハルナは最後の気力を振り絞って、

「の、のどか・・・・・・」

「うん? なーに、ハルナ」

「私、締め切り明後日だからさ・・・・・・3時間したら起こして」

「・・・わかった」

やれやれ、といった様子で苦笑いするのどかの姿を見たのを最後に、ハルナの意識は素晴らしき夢の世界へと旅立っていった。
そしてのどかは、伝言を終えるや否やほとんどタイムラグ皆無で寝息を立て始めたハルナのために布団を掛けてやり、テーブルを少し移動させて、ハルナが作業していたのと同じような態勢を取る。
もっと同人誌の進行が遅いときは、夕と一緒にアシスタントまがいのこともやらされたものだ。
ぱっと残りのページを見る限り、自分でもなんとかできそうな作業ばかりだった。

「・・・・・・よし」

ひとつうなずくと、のどかは画材を手に、ハルナがやり残した仕事に取り掛かった。
すぐそばで眠っている大切な人を、ゆっくりと眠らせてあげるために。



小夜×和美


夢を見た。
いつもは夢の内容なんて全然覚えてないのに、今日のははっきりと覚えてる。
小夜君がいなくなっちゃう夢だった。
教室に小夜君の席はなくて、誰も小夜君がいたことなんて――――小夜君を知ってるはずのネギ子先生や明日菜達まで――――みんな、みんな忘れてて。
いてもたってもいられなくなって、私は教室を飛び出した。
学園中を走り回って小夜君を探した。
報道部の部室も、世界樹広場も、二人で見つけた絶好の撮影ポイントも。
だけど、どこにも小夜君はいなくて。
本当に小夜君がいなくなったんだ、って気付いたとき、私は思いっきり泣いた。
泣き続けてた。
どれくらい泣き続けたかもわからなくなったあたりで、目覚ましの音で眼が覚めた。

――――夢、だったんだ・・・・・・

そう実感したとき、心の底からほっとした。
アレは夢、そう、なんてことない夢だ。
そうだよ、小夜君がいなくなったりするわけ、ないじゃない。
きっと今日も、教室に入って席に着いたら、その隣には私にしか見えないクラスメイトが「おはようございます」って挨拶してくれる。
そう思うと、なんだか不思議と小夜君に早く会いたくて仕方なくなってきた。
あんな変な夢、見たからかな。
まぁいいや、今日はちょっと早く、教室に行くとしますか!
そして私は布団を跳ね除けて、早速登校準備を始めた。


「おっはよ~・・・って、まだ誰もいないのね」

教室のドアを開けて中を見て、苦笑い。
大声で挨拶しちゃったのがちょっと恥ずかしい。
今は・・・午前8時ちょうど。
遅刻ギリギリの連中ばっかのウチのクラスじゃ、この時間にいる奴なんていないか。
まぁ、そのほうが小夜君とゆっくり話せていいや。
そんなことを考えながら、自分の席へ向かった。
その隣には小夜君が座っていて、「おはようございます」と言ってくれるはず。
・・・だったのに。

「・・・あれ? 小夜君?」

いつも小夜君がふわふわと漂っているはずのそこには、誰も、いなかった。
夢と重なる。
嘘。
だって、あれは夢なんだよ?
夢が現実になるなんて、そんなはずないじゃない。
頭ではわかってても、嫌な胸騒ぎがして、不安が雲みたいに広がっていく。
気がつくと私は、夢と同じように教室を飛び出していた。
すれ違う生徒達を押しのけて、いつも小夜君と一緒だった部室へ駆け込む。
勢いよく扉を開ける。
――――誰もいない。
そう、本当に誰も。
また夢と重なった。
違う、そんな、たまたまだよ。
そう言い聞かせて再び走り出す。
次はここ、その次はあそこ、その次は――――
そんな風にあちこちを走り回っても、どこにも小夜君はいなかった。
最後に辿り着いた、世界樹広場。
ここにきっといるという希望と、ここにいなかったらどうしようという不安がぶつかりあって、壊れそうになりながら、ゆっくりと見渡したそこには――――誰も、誰もいなかった。

「嘘・・・そんな、嘘だよ・・・・・・」

走り続けたせいで、心臓が暴れまわって、肺が悲鳴を上げだして、心が泣き出しそうになって、立ち尽くした。
息を整えながら、頭の中をいろんな考えが巡っては、消えていく。

――――小夜君、どこにいるの?
――――まさか、本当に消えちゃったりなんて、してないよね?
――――だって、だって約束したじゃない、『何があってもそばにいてくれる』って。
――――やだよ、約束破りなんて、酷いよ。
――――小夜君、会いたいよ、小夜君・・・・・・!

ぽろぽろと、涙がこぼれてきて、もう我慢できなくなって。
足元から崩れ落ちて、そのまま、泣いた。
嘘だよ、誰か、嘘って言ってよ。
小夜君は、どこに行っちゃったの?
小夜君には、もう会えないの?
私はもう、小夜君にちゃんと、『好きだよ』って言えないの?

「やだ・・・・そんなの、やだぁ・・・・・・・ッ!」

遠くから、チャイムの音が聞こえてくる。
でも、教室に戻るような元気なんて、私にはなかった。
私ができるのは、ただ、ひたすら、泣くことだけ。
そこまで考えて、また新しい涙が浮かんだ、そのとき。

「――――あ、朝倉さんっ!? ど、どうしたんですか? どこか痛いんですか?!」

ずっと、聞きたかった声が。
一番、聞きたかった声が。
私の背中の上から、聞こえてきた。

「小夜・・・君・・・・・・?」

「な、何があったんですか、朝倉さん! 僕にできることなら何でも言ってください!」

本当に、真剣な表情で。
私を本当に心配してくれている顔で私を見つめてくれる、小夜君が、そこにいた。
嬉しかった。
夢は夢だったんだ。
小夜君は、ちゃんといてくれたんだ。
私が一番会いたくなったときに、ちゃんと来てくれたんだ。
嬉しすぎて、また泣いた。
小夜君が凄く困ってたけど、あれだけ心配したんだから、ちょっとくらい、いいよね?
思いっきり泣いて、すっきりした頃には、一時間目が半分は終わった頃だった。
こんなに泣いたの、初めてかも。
その間ずっと、小夜君は私のそばで、私を見守っててくれた。
泣き止んで顔をあげたとき、それに気付いて、私はわかった。


誰かがそばにいてくれるって、本当に、本当に幸せなことなんだ、って。


「大丈夫ですか? 朝倉さん・・・・・・」

気遣わしげに、小夜君が尋ねる。
それに大丈夫だよ、ごめんね、と返事をして。

「あのね、小夜君。 聞いて欲しいことがあるんだ」

「はい、なんですか? 朝倉さん」

ちゃんと、言おう。

「うん、あのね――――――――」

自分の気持ちに嘘をつかずに。
無理に飾ったりしない、素直な心で。
私の、一番強い想いを。

「私は、小夜君が、大好きだよ――――」


エヴァ戦後某日

俺、神楽坂明日哉は麻帆良学園中等部に所属するしている学生だ。バカでガサツなバカレ
ッドという不名誉なレッテルは貼られているのが唯一の不満だが今はそんなことはどうで
もいい!俺は夢にまで見た女性をものにしようとしているのだから!!

「どうしたの?明日哉君。もしかしておじけずいたのかな?」

そう俺の目の前に広がるパラダイス。麻帆良生なら一度は憧れるだろう銀髪の美女タカ
ナ・T・高畑がベッドの上でただ一枚身につけたワイシャツをはだけさせ艶やかな瞳で見上
げているのだ。

「俺はこの時をどんなに求めていたか。おじけずいたりしませんよ。先生、覚悟してくだ
さいね…」

クールに先生に迫るもえーとどうすればいいんだ?ドキドキして頭が動かねぇ…。

「ふふ、どうすればいいかわからないって顔してるわね。さぁこっちにおいで…」

先生は目の前で膝立したまま固まっている俺の手を引いて側に横たわらせた。されるまま
に導かれ横たわった先にははだけたワイシャツから溢れ自己主張する双房。ゴクリ、俺の
海綿体の充血度は今や高まるばかりだ。

「明日哉君の視線はエッチだね。どこをみてるのかしら?けど胸は少しおあずけ…もう少
し近くに寄って…そう、次は私の首に手を回してみて…」
「えと、こうですか?」

横になった姿勢のまま俺は先生の首に両手を伸ばした。

「うん、そう。どう?こんなに近いよ?」

自然、顔と顔が近づく。

「ち、近いですね。」

先生はいつもの優しい顔だけど俺を蕩けさせるような眼差しは大人の色気そのものだった。
つい恥ずかしさから視線を逸らしてしまいたくなる。

「さ、男と女がせっかくこんなに顔を近づけてるのだしね…キスしよう?」
「は…い」

吸い込まれるように俺は生まれて始めて(あいつとのはノーカン)唇を重ねた。本能のま
まに俺は先生の口腔を犯し歯列をなぞりあげる。繰り返される舌の絡み合い。長い口付け
はいつしか互いの口から水音を響かせとろけさせ劣情に火をつける。たまらず荒い息遣い
が女の口から漏れる。

「んっ…んぁふっ!上、手はぁん…んんっ!」

その嬌声は理性をすっ飛ばした。

「もう…俺!止まりませんよ!」

密着したまま体を女の股に割り込ませ先ほどはおあずけを食らった胸を目指し首、鎖骨へ
と舌を這わす。

「あ、ああ、いい、よっ」
「先生のここの感触久しぶりですね。」

昔すこしだけ触らせてもらった感触を思い出しながらよく整った胸を根元からこねるよう
に揉み上げその先端を吸い上げた。

「あれ、昔より小さい気が…」

それは違和感。

「は、は、クシュン!」

そのとき先生がクシャミを…て声が先生の声じゃない?そう意識した途端視界がぼやけだ
す…

「こ…この感じは…夢?」

世界は暗転する。


……目を開けた。時間に目をやると現在午前3時半。もうバイトの時間だ。体には夢同様
の布団とは違った肌の温もり…とりあえず一言言わせてもらうけど俺、神楽坂明日哉は大
人の女性が好きだ。高畑先生がストレートど真ん中だ。当然真逆のガキには興味はない!
断じて!けど…この状況はまず過ぎる…俺は赤いロングの髪の女…いやガキの上に…これ
だけで犯罪的だというのに…上半身脱げたパジャマの下にこじんまりと存在するこいつの
胸に俺は…俺は…しゃぶりついていた…ナンダコレ?夢の中で聞いたクシャミの主もどう
やら起きていたらしい。目が…あった…

「あ、あの明日哉さん…」
「ネ、ネギネ…なんでお前が俺の布団に!ふっざけんなよ!お、俺はバイトに行く!じゃ
あな!」

ネギネの反応を待たず俺はベッドから逃げ出した。準備は一瞬ですむ。バイトへ――

「ん?あー明日哉、もうバイトいくん?」

バタバタと着替えてた俺に気づいたのかもそもそと学園長の孫娘近衛木乃香が目をこすり
ながら起きてきた。

「ああ、行ってくる。今日は朝飯はいいからな。」
「駄目や、明日哉、朝食はちゃんと食べな大きくなれんよ。」

ある種頑固さをもっている木乃香だがそれは純粋な好意ゆえだ。そして俺のことは意外と
信頼してくれている。だが俺はその信頼を裏切ってばかりな気がする。ごめんな木乃香。
今俺は一時も早くこの部屋から抜け出したいんだ。

「今日は早く来い、って言われてるんだ。悪い!明日はちゃんと食うよ!」
早く来いは当然、嘘だ。
「そうなん?そんじゃあしゃあないな。でも、な。あんまり朝食抜いたらあかんよ?」

玄関まで送りにきてくれる木乃香。心の中で謝りながら靴を履いた。ドアを開けるついで
にベッドの方に目を向けるとネギネが目じりに涙をため俯いてた…。その涙は俺の心を蝕
む…。
寮の外へ駆け出す。やっちまった。ガキ相手になんて大人げない。その場で謝ればこんな
罪悪感に駆られることもなかったはずだ。クソッ!その苛立ちは寮の外へ繋がる階段を蹴
らずにはいられなくさせていた。

「おーう荒れてるねぇ兄貴。結構刺激的なことしちまったもんなぁ。自己嫌悪かい?」

背後から聞こえる最近はもう聞きなれた声。ネギネのペット、アルベール・カモミールで
ある。

「エ、エロガモ!?なんでここに?てゆーかてめぇさっきの見てやがったのかぁぁぁ!」

反射的に口封じをしようと手を伸ばすも身軽な動きでかわされた。

「おっと危ねぇな。姐さんにあんなことしておいておれっちをエロ扱いかい?姐さんの小
さな胸に舌を這わすとこなんてなかなか堂に入った動きだったぜやるねぇ兄貴。ムフフ♪」

いやーな笑いをたてながら一服する小動物。まるで借金取りのようだぜ。この畜生。

「ぐぐっな…何が望みだこの野郎…」
「まぁまぁおれっちを見損なうなって兄貴。何も兄貴にたかろうってわけじゃねぇ。この
前の仮契約で儲けさせてもらった恩もあるしな。今回は純粋に助言しにきただけだ。兄貴
は気にしてるようだけど何も心配はねぇと思うぜ。姐さんはそんな小さな女じゃねぇよ。」

知ったような口を叩きやがってさっきのあいつの涙をみてねぇからだ。大体こいつのいう
ことはどこか抜けてるしな。信用できるかっての。

「ふん俺よりあいつのことわかってるっていうのか?」

タバコをふかしたままカモの余裕は崩れない。

「兄貴に女心がわかるならおれっちがいうことはねぇ。クク、まぁ言うことは言ったし後
は兄貴達次第だ。おれっちはクールに去るぜ。」

言うやあっという間に視界から消えるカモミール。チッ考えるのは苦手なのに余計なこと
言っていきやがって。

「バイト…いかなきゃな。」

滅入った気持ちを解消するには体を動かすのが一番だ。新聞屋のおっちゃんには驚かれた
が休んだ人の分も合わせて2人分の仕事を爽快にこなし悩みを吹っ飛ばした。つもりだっ
た…。

「あいつ全然授業できてないじゃんか。なにやってんだ。」

悩みの根源は授業に全く集中できていなかった。ページを間違えたり科目を間違えたり…
当然クラスの連中も異常に気づきざわついてたりしていたが昼休みとなればいつものバカ
騒ぎとなった。

「千津兄、今日は176ページからお願いね。」
「ここかい?昨夜の続きのところだね。」

教室の一段高くなっている教壇の前で向かい合う共に赤髪の男女。少女に千津兄と呼ばれ
た少年は年齢にそぐわぬ大人びた顔立ちと少年ながら肩先まで伸びたカールした髪、柔ら
かな眼差しが印象的である。対する少女は少年に比して頭二つ分ほど小柄で少女期特有の
ものであるそばかすを顔に残しまたショートにカットされた髪が少女の純朴さを引き立て
ていた。

「では始めるよ。 ああ!姫!この宮廷には存在しないあなたの小さな胸と素直な瞳は私
の心燃え盛るほど熱くする!なんと罪作りな人!この私の思いを知って尚あなたは今日も
人知れず湖の向こうへ去っていくのですね?せめて、せめてお名前を!あなたのお名前を
心に刻むことができたならば幾千の夜の孤独も例えあなたに捨てられた夜であっても私は
乗り越えていけることでしょう。どうかお名前を!」
「ああ、王子あなたのお心はなんて清くお美しいんでしょう。けれどなればこそ私はあな
たの側から去りましょう。褒めてくださった小さな胸もこの瞳もこの煌びやかな世界では
生きられぬ、そうまるで灯火に引き寄せられやがては燃え滅びる蛾のように脆くはかなき
存在。ましてこの煌びやかな世界の中心に居られるあなたさまに見惚れるなどとなんと大
それた罪だったのでしょう。この数日想いは幻なのです。目を凝らせば消え行く幻だった
のです。」
「何度あなたに氷の刃のような言葉を向けられようと私の気持ちは――
「ヒューいいぞ!もっとくっつけー。」

少年、那波千津郎と少女、村上夏美は昼休みに演劇の練習に興じるのが日課であった。実
際は夏美の練習を千津郎が手伝っているだけなのだが二人の演技とは思えぬ迫真ぶりのお
かげでクラスの昼休み名物と化していた。

「那波さん、やっぱかっこええなー。」
「亜子は年上好きだもんね。」
「アキラそのセリフは那波さんに失礼だよー。村上もこの時ばかりはとっても綺麗だねー」
「ゆーなも村上さんに失礼だと思うけど。」
「二人ともかっこいいよー私もやりたーい。」

ギャラリーから一歩引いた形で考え事をしているのか上の空の明日哉…に左右から迫る二
体の影があった…。

「いっよう明日哉、何黄昏てるわけ?悩みなら経験豊富な俺に相談してみろよ。」
「仮に罪の告白なら神父見習いの俺に任しとけ。」

ガチッと両側から押さえ込まれる明日哉。

「なあ!?柿崎!空!何のつもりだ!?」

明日哉と仲がいい二人だからといって日頃からこんな風に絡まれる覚えはない。

「俺と空はさ、今日のネギネちゃんの挙動不審はお前のせいだと見込んでるんだけど、ど
うかなー明日哉君?」

にんまりと明日哉の心を見透かすように問う柿崎。

「な、なに、言ってやがる!」
「お、義砂(よしずな)なんか動揺しているように俺には思えるんだけど。あーやっぱり
罪の告白の時間だな。さ、ゲロッちゃえよ全て吐き出せば楽になるんじゃん?いいんちょ
に殺されるかもだけどさ。」
「じょ、冗談じゃねぇ!」
グワンッ
「うわっ」「いってーさすがバカレッド」

バカレッドの異名をもつバカ力は両肩を固めていた男子二人を振り払いその勢いのまま後
方に飛びのき距離を取った

「いいんちょの奴にバレルくらいなら俺はハルオの漫画のモデルにでもなってやるぜ!」

啖呵を切る明日哉。このクラスの同人漫画家早乙女ハルオはBLものも書くとの噂があった。

「その覚悟は汲むけどさぁ…今の発言は墓穴掘ってるんじゃないかぁ。」
「さすがバカレッド…アーメン…」

コッコッコッコ。死の宣告の前兆ともいえる足音は背後から迫っていた。そして肩に伸ば
される夜叉の腕。

「ホホホホホ、聞きましたわよ明日哉さん。あなたが早乙女さんの漫画のモデルをなされ
る必要はなさそうですわね。なぜなら今、ここで私にあなたの罪が暴かれるのですから。」

夜叉の微笑み!明日哉はムンクと化した!

「お、驚かせやがって。お、俺は何もしらねぇよ。何のことだがさっぱりわかんねぇよ」

顔が強張ったまましどろもどろな言い訳をする明日哉。普段なら喧々諤々な口論をする二
人だが今日は完全に勝敗が見えていた。その明日哉の反応に顔を絶望に曇らせ花をバック
に膝から崩れ落ち涙を零すあやか。

「ああ…明日哉さん。あなたの今の表情は嘘をついてる顔ですわ。私はこれでもあなたの
ことは信じていましたのよ。たとえネギネ先生がどんなに可憐で天使のような美少女であ
っても明日哉さんは決して道を踏み外す人ではないと…うう。」
(さすがの明日哉もいいんちょには言われたくないと思うんだけどね。)
(さってねーまぁいいんちょはこうでないと面白くないだろ?)
「ふ、ふん俺を信じてくれてたのは嬉しいけど勝手に話を進めるなよな。もう少し信じろ
よ。俺はネギネの人生に禍根残すようなことはしてねぇよ。」

ふて腐れたように呟く明日哉。その明日哉の表情に誠意をみたのかあやかは涙を払い立ち
上がった。

「いけませんわね。私としたことが。明日哉さんみたいに人望がない人はクラス委員であ
るこの雪代あやかが信じてさしあげなければ誰が信じてあげられるというのでしょう?い
いえだれもいませんわ!私はあなたを改めて信じます。明日哉さん。」

あやかの背後に咲き誇る大輪の花とその輝く瞳に圧倒される男3人。

「あ、ああ。ありがとう…」
「それでも…先ほどあなたが見せた嘘顔の真相の方を聞かないことには安心して眠れませ
んわ。どうか教えてくださりませんか?」

真直ぐな視線と真摯な心で踏み込んでくるあやかに明日哉は後ろに引くことも忘れただ立
ち尽くすしかできなかった。

「じ、実はさ…」

あやかの真摯な思いに突き動かされたのか明日哉は悩みを打ち明けてしまいたい衝動に駆
られる。が、そのとき天の助けか悪魔の悪戯かあやかと明日哉の間に近衛木乃香が割って
入ってきた。

「いんちょ、どうしたん?明日哉がまたなんかしたん?」
「こ、木乃香」

あやかの勢いに呑まれかけていた明日哉は木乃香の登場に自分を取り戻し自分のしようと
していたことに恐怖した。あやかにとって木乃香の行動は明日哉をかばうようで少し面白
くなかったが彼女に悪意が無いのだということも理解していた。

「明日哉さんとネギネ先生に何かあったのではないかと質問させて頂いていただけですわ。
ネギネ先生の今日の様子がおかしかったのはあなたも気づいていたでしょう?二人と同室
の木乃香さんは何かご存知ないのですか?」

木乃香にとってその内容は意外だったのか目をぱちくりさせたが次第に顔を赤らめ俯いた。

「そのことやったんかぁ。ウチな今朝ネギネちゃんから聞いたんやけど…」

マ・ズ・イ。明日哉のわずかな脳に危険信号あ点滅した。そしてスイッチが入った後の行
動は素早かった。木乃香を後ろから羽交い絞めにし右手で口を塞ぐ。

「も、が、あ、あしゅーや?」

突然のことに訳がわからずモガモガと口を動かす木乃香に明日哉は耳元で小さく諭した。

「今は黙っててくれ、ややこしくなる…というより俺の身がやばくなる。」

珍しく真剣な明日哉の表情にコクコクとうなづく。だが明日哉にとって事態は悪化してい
た。先ほど吹き飛ばした義砂、空も立ち上がり不敵な表情で後方を固め、正面には不機嫌
な表情に変わったあやかが…

「わ、私の前で抱き合うとはいい度胸ですわ…」

それは誤解だろうと突っ込みたい明日哉だったがそんな余裕はない。逃げ場を封じられた
この危機に腕に力が篭る…と

「ん…な、なぁ明日哉ー」
「どうした木乃香?」

恥ずかしそうに何かを訴える木乃香。な、やっぱこの体勢はまずいのか?

「明日哉殿、左手でござるよ。左手。ニンニン。」

天井の忍者からの助言。自分の左手に改めて意識をやるとやらかい感触…力を込めた腕は
強くそれを…近衛木乃香の胸を鷲?みにしていた!

「どわああ!悪い!木乃香!」

あわてて手を離した。

「え、えんよ。別に…な?これは事故や…」
「そ、そうか?」
「明日哉相手ならこのくらいいややないし…何も気にせんでええんよ」
「木乃香…」

照れ笑いを浮かべる木乃香に釣られて明日哉も顔を赤らめる…見詰め合う二人。

ブチッ
「不埒です!不埒ですわ!あなた達!この神聖な教室で何をなさっているのですか!?た
とえ学園長先生が許そうとこの雪城あや…ヒッ!?」
「おい明日哉、近衛から離れた方がいいぞ。俺も逃げる。」

背後に立っていた春日空から掛けられた言葉に明日哉はうなづいた。

「わ、わかってる。」

あやかをビビらせるほどの殺気が教室に満ちる。あやか、義砂は腰が抜け尻餅をつき空は
すでに逃走ししていた。空同様すぐに逃げ出したい明日哉であったが殺気がもろに向けら
れており動き出したくても容易には体が動いてくれない。額からは冷や汗が流れる。

「おい刹那。素人相手にそんなに強力な気を放つのはよせ。みんな怯えてるぞ。」
「黙っててくれ龍宮!おのれ神楽坂…このちゃ、お嬢様に対する無礼これ以上は我慢なら
ん!今日こそ夕凪の錆にしてくれる!」
「落ち着け。教室で夕凪を振り回す気か?」

ムンズと伸ばされた龍宮真の腕が桜咲刹那の襟首を掴み動きを封じる。

「龍宮!?は、放せ!」

真ほどの男に捕まってはあやか達を怯えさせるほどの殺気を放つ刹那といえど冷静さを欠
いた状態では体格さもありとても抜け出せるものではなかった。龍宮真、目の前の少女が
暴走せぬよう手綱を引いてるこの少年は身の丈180を越える長身でありその表情も歴戦
のつわものを彷彿とさせる面構えである。実に中学生離れしていた。真の腕の中で不貞腐
れた表情をしている少女は近衛木乃香の護衛を自認する凄腕の剣士であり真の仕事仲間で
もある。ただ近衛木乃香に対する思いは強固であり仕事の時とは全く別の顔を見せる。刹
那にとって木乃香と同室で何かと親しく見える神楽坂明日哉はうらやまし…ではなく許せ
ぬ、特に警戒するべき相手だった。
明日哉は日頃から浴びせなれている殺気の主の管理者に目をむける。明日哉の視線に気づ
いた真は教室から出るよう指示した。明日哉は事態を飲み込めていない木乃香に余計なこ
とを喋らぬよう口止めし教室の外へと脱出したのだった。しかし神楽坂明日哉はいかなる
星の元に生まれたのか追ってが尽きることはない。

「お待ちなさい!明日哉さん!」

明日哉の逃走に気づいたあやかは殺気に怯えていたのも忘れただちに明日哉を追う。その
様子を見て取ったあやか同様尻餅を着いていた柿崎義砂は感心していた。

「いいんちょのあの執念はすごいね。恋する乙女は無敵って感じかな。さて、円、桜子こ
の鬼ごっこどっちに賭ける?」
「結果は見えてる気がするんだけどいいんちょはなんか応援したくなっちゃうのよね。私
はいいんちょに食券10枚賭けるわ。」
「私はもっちろん明日哉に賭けるよ☆食券50枚!」

些細なことでも賭けにして日々を楽しむのがチアリーダーとそのマネージャーのモットー。
一方

「お嬢様ご無事で!?あの下郎に触れられた場所は入念に洗っておくことをお勧めしま
す。」

明日哉が教室から出て行ったのを確認し真は刹那を解放した。解放された刹那は他のもの
には目もくれず一目散に木乃香の元へ駆けつけていた。

「明日哉も悪気はなかったんよ。せっちゃんもそんなに嫌わんといてあげて。」
だが明日哉を天敵認定している刹那には聞ける話ではない。
「いえ、お嬢様をあらゆる危険から守るのがこの私の務め残念ながら神楽坂さんは…」

クドクドと明日哉の危険性を説く刹那。刹那は元々クラスのなかで目立つ存在ではなかっ
た。しかし一学年の一学期半ばに、明日哉、木乃香絡みのことで暴走を演じてしまって以
降影ではクラスのネタ要員と目されるようになってしまっていた。

「ふふ、相変わらず桜咲さんはいい禁断ラブ臭放ってるね。お兄さん創作意欲がビンビン
刺激されちゃうよ。」
「そのわけのわからない臭いは知りませんがみんなに面白い存在だと思われているのを本
人が気づいていないのはある意味不幸だと思うです。それよりクラスの人を題材にして漫
画を書くのは感心しないですよ。ハルオ?」

教室後方でクラスを観察しているのはあまり整えられていないボサボサの髪と眼鏡、大柄
な体格、テンションの高さが特徴の少年。それとは対象的に全体的に細身で能面のうよう
な表情をした少女の二人

「俺としてはね夕映がモデルになってくれて細部まで描写できればエロなしのレズものシ
リーズよりもっと受けるのが書けるきがするんだけなー?」

ズイッと迫る少年。

「何度言われてもお断りです。大体どんな物を書かれるのかわかったもんじゃないです。」
「なんだ。どんなのになるか興味あったの?それは…」
「…言わなくていいですよ。ハルオの表情でなんとなくわかるです。」

不思議な飲み物を飲みながら顔を背ける少女。

「いやーここまでいったら最後まで言わせてよ。ずばりっ幼女!図書館の特別授業!迫る猥褻図書!な感じかなー」
「…誰が幼女ですか…ほんとバカばっかです…」

教室の喧騒は続くそしてそれは廊下でも。

「おいっ!いつまで追ってくるつもりだ?」
「ホホホホ!明日哉さんが観念するまでですわ。去年の鬼ごっこでの雪辱今こそ晴らさし
ていただきます。私から逃げようなんて無駄ですわよ!」
「楽しそうに追ってきやがって。少しは俺に悩む時間を与えろーちくしょー」

3-Aのこの雰囲気が苦手で前もって逃れているものもいる。その二人にとっては今日も昼
休みは静かだ。

「昼は眠い…」
「マスター…」
「わかっている。さっさとこっちにこい小娘。今朝の様子からするとどうやらそっちの相
談みたいだな。今日は割合機嫌がいい。聞いてやろうじゃないか。」


俺は昼休みの逃走を成し遂げた!幸い午後の授業は移動教室でネギネと会うことも無くま
た昼休みの激烈な鬼ごっこで屍と化したいいんちょはもう追求してこなかった。けれどホ
ームルームではやはり担任と会う。そして別れの挨拶のあとあいつは俺に爆弾を残してい
きやがった。

「放課後、体育館の裏に来てください」と
俺はない頭で考える。これはなんだ説教か?課題か?いや説教なら職員室でいいし課題な
ら教室でいいはず…。は!?もしかして誰もいないところで俺の記憶を消す気か?…それ
はそれでいいかもな…いや!逃げてばかりじゃ男らしくねぇ!消されるにしてもあいつに
謝ってからだな。

「いくか…」

決意を固め廊下へ出ると見下すような視線を向けてくる吸血鬼がこちらを見ていた。

「エ、エヴァンジェリン!…珍しいなお前が一人でいるなんて」

先日の事件を思い出し警戒する。こいつはなにをするかわからない。

「そんなことはどうでもいいだろう神楽坂明日哉。まぁそんなに構えるな。ククク。今日
はあの小娘に色恋の相談をされてな。下らん話だったがお前ら二人びは多少興味があるか
らな相談とやらを聞いてやったぞ。そしてこうしてお前らの顛末を見届けてやろうという
わけだ。ありがたく思え。」

両腕を組み尊大態度を崩さないチビっ子。ぜんぜんありがたくねー。

「逃げるなよ?それでは面白くないからな。」
「逃げねぇよ。今からいくところだ。」

こっちの苦境を楽しんでやがるなこのサドが。

「お前のような男なら喜んで行くだろうな。放課後の体育館裏だ。愛の告白でもされるか
もしれんからな。ククク、そうだろう?なぁロ・リ・コ・ン」
「チゲー!誤解だー!」

必死に否定する俺…くそう惨めだぜ。

「貴様が今朝した行いを総合したら自明だろ?本当に夢など見ていたのかも怪しいしな。
もしかして私のことも守備範囲なんではないだろうな?」

嘲笑含みの表情、挑発的な瞳で上目遣いに見上げてくる吸血鬼…。ケッ少しもぐっとこね
ぇよ。

「バッカじゃねぇか。俺はババァになんて興味は…」
「死にたいのか?」
「何でもないいです…」

コエー空気が凍ったぜ。

「フンッ下らん冗談をしていても詰まらん。貴様などさっさと小娘のところへ行ってしま
え。」

はき捨てるようにいうやエヴァンジェリンは踵を返した。

「エヴァンジェリン」

俺の呼び声に不機嫌そうに顔だけを向けた。

「なんだ?」
「ネギネの奴の相談…乗ってやってくれてありがとうな。多分俺も助かった。礼をいっと
く」
「フンッ馬鹿だな貴様は。ただの暇つぶしだ。だがな貸し一つ、だ。覚えておけ。」

少し表情を緩めたエヴァが人差し指を向けて笑った。

「ああ。」

俺はエヴァンジェリンに別れを告げ体育館へと駆け出す。だが体育館を前に俺の脚は止ま
る。先ほどのエヴァンジェリンの言葉が頭をかすめた。
「色恋の相談をされた」「放課後の体育館裏」
これはあらためて思うとベタベタな告白のシチュエーションじゃないか?いや落ち着け俺。
相手は10歳だぞ。そんなこと考えつくか!とはいえあいつは俺よりはるかに頭がいい。
朝の俺に男を感じてしまったとか?どうする俺は告白なんてされたことねーし。勢いに流
されるかも…まてまて!あいつはあくまで妹みたいなもんだ。確かに肌の感触は柔らくて
よかったが……………おーっと!あ危ねぇーあやうく危険な道の扉を開くとこだったぜ…

「明日哉さん来てくれたんですね。」
「ゲッ…」
「ゲッですか?」

いつのまにか体育館裏に着いていたみたいだ。うれしそうなネギネがいる…。

「い、いやなんでもない。で、何の用なんだ?」

あくまで冷静にそう冷静に問いかけた。

「わかりました。では聞きたいんですが今朝のことを覚えてますか?」
きりっと真面目な顔になったネギネが俺を見据える。やっぱり怒ってるのか。
「ああ、覚えてる。」
「そう、ですか…」

俺の返事に不思議とためらったネギネは言葉をついだ。

「そのことを昼にエヴァンジェリンさんに相談したら心に溜めておくのはよくない。思い
は包み隠さず告白するのが一番だって言われました。勇気がなくて言うのをやめとうなん
て思ってましたがエヴァンジェリンさん言葉を聴いて心が決まりました。やっぱり私の気
持ちを伝えますね。私、明日哉さんの…」
「待った!」
「え?」

あぶねー今のは俺の漫画の知識からいえば告白の2秒前だ。

「悪いなお前の思いは受け取れない。お前がどんなに思っていてもそれは決して許される
もんじゃない!考え直せ!」

言った…これでいい。たとえこいつの肌が柔らかろうが気持ちよかろうが付き合うわけに
はいかない。俺のためでもあるしこいつの為でもある。と、ネギネの奴は目いっぱいに
涙を浮かべた。

「ううっやっぱりタカナとの夢を私が邪魔しちゃったことを怒ってるんですね。授業中も
イライラしてたみたいだし。私ホントは邪魔するきなんてなかったんですよぉぉ。ただち
ょっと寒くてついクシャミが…明日哉さんのタカナへの気持ちも知ってますし…邪魔しち
ゃって本当にごめんなさい!」

必死に頭を下げるネギネ。

「は?」

俺は間抜けにも口を開けたまま固まった。

「う、うわーんほんとにごめんなさいー」

罪悪感?に押しつぶされたのかネギネは広場の方へ向けて駆け出した。

「バッカネギネそんなくだらないこと気にしてやがったのか。待てこのバカ!」

広場にでる前に首根っこを捕まえるのに成功した。

「聞けよ!俺が教室でイラついてたのはお前にすぐに謝らなかった自分自身にだ!そもそ
も謝って済むかもわかんねぇけどよ!…わるかった。ごめんな。お前に嫌な思いをさせた
と思う。もう…絶対しねぇよ…許してくれ。」 
「グスっなんで明日哉さんが謝ってるんです?」

訳がわからないという表情のネギネ。

「忘れたのかよ?俺の夢では高畑先生だったけど実際はお前で…その…なんだ胸に吸い付
いたり、キスしたりしたんだぞ?この場合どうみても俺が悪いだろ?」

今朝の感触を思い出したのかネギネは恥ずかしそうに胸を抱えた。

「それは…ですね。もちろん恥ずかしかったんですけど勝手にベッドに入り込んだ私も悪
いですしそれに…タカナと重ねてみてもらえてるんだなーというちょっとうれしい気持ち
もあってこれもいいかなーって思ったんです。エヘヘ…ごめんなさい。」

ネギネは恥ずかしそうに頭をかく。

「じゃ、じゃあお前は全然怒ってないのか?」
「はい。もちろんです。明日哉さんも私こと気にしてくれてたんですねうれしいです。明
日哉さんも怒ってないみたいですし…あ、そういうことは私も明日哉さんも怒ってないし
なんの問題もないんですね。よかったー。」
「ああ、そうみたいだな…」

これでいいのか本当に…もし俺があのまま起きなければどうなってたんだ?最後までとか
…サーや、やめよう考えるのは・・・
そんな明日哉とネギネを見守る影が草むらから覗き込んでいた。

「二人仲直りしたみたいやなーよかったわ。」
「ええ、本当にお美しい笑顔ですわネギネ先生。」
「せやけどやっぱり…ウチは…」
「なにか仰りましたか木乃香さん?」
「別に、ウチそろそろ夕飯の支度しにそろそろもどらんとや。さよならいんちょ」

いつもの笑顔それはいつもの木乃香。

「そうですか。私もう少し2人を見てから帰りますわ。さようなら木乃香さんまた明日お
会いしましょう。」

翌日からネギネがまた精力的に授業を始めたため問い詰められることはなくなった。あの
日のことを知る人間は俺達以外では木乃香、小動物、エヴァだけだが…その最後の奴が最悪だった…

「おい、神楽坂」

俺を見てニタと笑う数百歳のガキ、俺の弱みはなんて罪な奴…俺は今、奴隷制廃止を改
めて訴えたい…。


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