VOCALOID2 GACKPOID -がくっぽいど- (2)マスター

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我が目覚めてから幾日もしないうちに、我の「マスター」が決まった。
主人(あるじ)をなにゆえ舶来語に言い換えるのかわからぬが、それがぼーかろいどの習わしだと言う。
我は少し気分が悪い。
習わしと言うが、我は日本で六人目のぼーかろいどであり先の五人が主人をそう呼んだだけではないか。
我を作ったY社は、ぼーかろいど・えんじん(えんじんとは、雅楽や舞の基本となる我の中枢である)の開発元であり、今まで“く○ぷ○ん”社のみがぼーかろいどの開発製造と世話役を任されていたそうだが、“く○ぷ○ん”社のぼーかろいどが一応の成功を収めたため、我は、Y社が“い○たー○っと”社にも開発製造と世話役を許可し、“い○たー○っと”社が初めて作ったぼーかろいどである。
なぜ“い○たー○っと”社初のぼーかろいどである我が、えんじんの大元が同じとはいえ、“く○ぷ○ん”社のぼーかろいどの真似事をしなければならないのであろう。
腑に落ちぬが仕方あるまい。
何せ我は、我を作った生身の人間には逆らえぬのだから…。
主人のいないぼーかろいどは外出もままならぬため、主人となる人間は我が目覚めて今日まで過ごした研究室に足労頂くという。
我は鏑木殿に案内(あない)され、我が主人となる人間のもとへ向かった。


我が主人となる人間は、“い○たー○っと”社が秘密裏に選んだという。
「その者は雅楽や舞に才長けておるのか?」
「うん、まぁ楽器は大抵こなせるみたいだね。ベースやドラムが得意らしいけど」
「べぇすとはエレキで鳴る琵琶のようなもので、どらむとは大小の太鼓や円板などを叩く楽器のことであっただろうか?」
「うん、間違えてない」と鏑木殿は笑った。
「パンクロックが好きな子だからうるさい時は遠慮なくうるさいって言ってやってくれ」
パンクロックという言葉を頭の中で検索すると、英吉利の首都(みやこ)、倫敦で発祥した、やたら攻撃的で力強い雄叫びなどを取り入れた音曲の総称らしいとわかった。
我にそのような音曲がこなせるのだろうか――?とふと不安になる。
我は、現代の日本人よりも少し古い日本人の気性や立ち振る舞いを下敷きに作られておる。
鏑木殿と話し言葉が違うのもそのせいである。
雅やかな歌舞音曲であれば馴染みが濃いものを、わざわざ舶来の賑やかしい歌舞音曲を得意とする主人に仕えるとは…「前途多難」という言葉が脳裏をよぎる。
「さ、ここだ」と鏑木殿が一室の前で立ち止まった。
「此処は…」
「応接間だよ」と笑って鏑木殿が木造りの堅そうな扉を軽く拳の裏で叩き、「入りますよー」と言いながら中の応えを待たずに扉を開いた。

中にはひとりの人間が立っていた。

しかしその奇妙ないでたちに目が丸くなる。
黒い、身体に張り付くような“てぃーしゃつ”と、腰が見えそうなほどぶかぶかの“じーんず”という装束の、背の高い痩せたおなごが、洞の部分が三角形になった琵琶のような楽器を襷(たすき)のような帯で肩から吊るして弦を爪弾くように構え部屋の中央に立っていた。
その漆黒の髪はおのこのように短く刈っており、どういう刈り方なのか、ところどころツンツン跳ねている。
我らの入室とともに振り向いたそのおなごは、我を見て少し目を丸くして、それからにっこりと微笑んだ。
歳の頃はいくつくらいなのか見当もつかぬが、もう嫁入りしてもおかしくない年頃である。
白粉も塗ってない顔だが、短く刈った前髪の下の眉は竜の髯ように意思が強そうな形をしており、若干細めの黒い瞳は聡明で落ち着いた色をたたえていた。
「神威、がくぽくん?初めまして」という声は、おなごにしては低いが決して聞き苦しくはなく、むしろ優雅で穏やかな響きを帯びて耳に心地よかった。
「なんだ、ハルナ、勝手にそのへんのもの触るなよ」
苦笑いするような鏑木殿の言葉に驚いた。
まるで細君を呼ぶような気取らなさと馴れ馴れしさである。
「いやぁ、ここいいもんが揃ってるからさぁ、つい」と笑いながら襷を外し、楽器を傍らの長椅子に置いたおなごも旧知の仲のように鏑木殿に話しかけた。
「がくぽ、紹介しよう」と鏑木殿が我を向き、片手をおなごのほうに差し出した。
「こいつは片桐陽菜。ハルナって呼んでやってくれ」
「よろしくー、ハルナです。あたしはがくぽって呼んでいいの?」
狐のように目を細めて人懐こい笑顔で陽菜殿は手を差し出した。
「わ…我はがくぽで構わぬが…ハルナ殿は我の主人であるからして、“マスター”と呼ぶべきではないのか?」
助け舟を求めるように鏑木殿を見ると、ハルナ殿はぷっと吹き出し「やだぁ、“あるじ”なんて。一緒に音楽やってくんだから仲間でしょ?ハルナでいいよぉ」とクスクス笑ったが、鏑木殿は「ハルナ、いちおう人前ではマスターって呼ばせてやってくれ」と両手を合わせてハルナ殿に向かって頭を下げた。
笑顔を崩さぬまま軽く溜息をついたハルナ殿は「OK,そういう決まりだもんね」と呟き、またくるりと満面の笑みを作り、「じゃあ、がくぽ、“あるじ”はいくらなんでも変だからマスターって呼んで。二人きりの時はハルナでいいわ」と手を出せずにいる我の両手を取り上下に振った。
「はっ、ハルナ殿は鏑木殿と旧知の仲なのでござるかっ?」
慌てて身を引いた我の手をしっかりと包み込んだまま、「従兄妹」とハルナ殿は悪戯をした子供のように舌を出した。
「介のパパの妹がうちのママ。たー坊とは年も近いし昔っからよく遊んでたの。たー坊がボーカロイドの研究開発をしてるって話は知ってたけど、下っ端だって聞いてたし、まさか最初のボーカロイドのマスターにどうかって話があたしに来るとは思ってなかったわ」
「最初は縁故が身元も確実だし安全なんだよ」と鏑木殿が笑う。
「はっ、ハルナ殿!」と叫んだ我に向かって「何?」とハルナ殿が訝しげな視線を向ける。
「そ、そのいでたちは…い、如何であろうかっ?じょ…上半身など…その…乳房の形がはっきり見えるし、腰の柔肌が見えておるぞ…!」
「あら?いつもこんな格好よーん♪」とハルナ殿が歯を見せて胸を近付ける。
聡明に見えたが勘違いであったか!?
「お、おなごがはしたない真似をするでない!」
「今日はその辺にしとけよ、ハルナ。がくぽも追々慣れて行くだろうさ」
「そうね」と頷いてハルナ殿はやっと手を離し、改めてにっこり微笑んだ。
「カタギリハルナ、二十三歳です、よろしく。住まいも一緒だから仲良くしようね。がくぽのマスターになる話を引き受けたお陰で風呂なし・共同トイレのボロアパートから駅チカの新築2LDKマンションに引っ越しできました♪とりあえず帰ったら引越し荷物を解くの手伝ってね♪」
ああ…現代のおなごはこういうものなのか…?
奥床しさも恥じらいもない…
「とりあえずマスター認証しちゃってくれよ。それを見届けないとがくぽは渡せないし、俺も帰れないんだってば」
「あ、そうね。どうやるの?」
マスター認証…このおなごを主人と認識するために必要な手順…。
少し緊張した我に「特別なことはないだろ?ちょっと目を瞑っていて」と鏑木殿が笑いながら言ったので、目を閉じると、「じゃ、ハルナはがくぽの前に立ってがくぽの目をよく見て」という声も聞こえてきた。
目の前に人が立った気配がする。
「じゃあ、がくぽ、ゆっくり目を開いて」
ハルナ殿の背丈に合わせて少し俯きながら、鏑木殿に言われるがままに目を開くと、目の前でハルナ殿の黒い瞳が我の目をじっと見上げている。

綺麗だ――と思った。
眉の上まで短く髪を刈ったハルナ殿はおなごらしい風体ではないが、美しい。
ハルナ殿の虹彩をじっと見つめていると、「カタギリハルナ」という言葉が不意に頭の中にインプットされた。
眼をぱちぱち瞬かせると、ハルナ殿も瞬く。
頭の中にハルナ殿の遺伝子情報――膨大な量の情報が流れ込み、「片桐陽菜(カタギリハルナ)」という人物ひとりを特定できるだけの凄まじい情報が頭の中に吸い込まれて行く。
主人…マスター…ハルナ…

ふと気付くと、「がくぽ?」とハルナ殿に名前を呼ばれていた。
「認証完了…マスター…」
茫洋とした意識のままで呟くと、「やだ、いきなり大人しくなっちゃってどうしたの?」とハルナ殿が気遣わしげに我の額に手を当てた。
いや…ハルナ殿ではない、マスターだ。
「ちゃんと認証できたみたいだ。よかったぁ」と鏑木殿が安堵の息を吐く。
「引越しの荷物を片付けるのであろう?マスター。早くマスターの屋敷に案内せよ」
「屋敷って…見た目だけじゃなく中身もアナクロねぇ」と安心したように微笑んだマスターが、「じゃあ、あなたその格好じゃ目立ちすぎるから、帰りの車は用意してくれるのよね?たーくん?」と鏑木殿にすり寄り、「当然用意してるよ。一番いい車をね。俺は通勤快速で帰るからハルナもがくぽを連れて大人しく帰れよ」と鏑木殿がマスターを小突いて笑った。
「改めてよろしくね、がくぽ」
「世話になる、マスター。歌の稽古にはよく努めるゆえ宜しくお願い申す」
クスクスと笑うマスターの声と、「やぁ、とりあえずホッとしたー」とやはり笑う鏑木殿の声。


この日を境に我は片桐陽菜(カタギリハルナ)をマスターとして仕え始めた。

 

 

 

 

 

 

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自重せずがくぽSS第二話。

がくぽの一人称SSですが、がくぽの言葉をどこまで古語風にすればいいのか悩みます。

登場人物の名前が難しいと読みにくいという指摘を受けましたので、カタカナ表記にしてみました。

鏑木介(かぶらぎ・たすく)さんも音は簡単なんですけど…^^;

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