VOCALOID2 GACKPOID -がくっぽいど- (1)目覚め

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集


視界が開けると、天井のタイルが目に飛び込んできた。
それを「天井」と認識するために、我の脳内のデータベースには「天井」というものの用途や形態、種類などが多数インプットされている。
人間が暮らす上で様々な家屋に住み、衣服を着て道具を使うが、それらは膨大な量のデータベースとなって我の脳にインプットされており、我は特に人間社会で戸惑うことのないよう作られていた。
しかし、眩しい。
天井には細長い蛍光灯というものが張り付いているが、存外眩しい光が刺すように瞳を焼くのに耐えきれず、目を瞑った。
「蛍光灯」は大体ひと組で40ワットから70ワット程度だとデータベースには登録してあるが、この眩しい光は目潰しなのではないかと思えるほどだった。
「やあ、がくぽ。おはよう。眩しいかな?」
不意に光が陰り、人間が我を真上から覗き込んだのだとわかった。
「はじめまして。僕は鏑木介。目覚めた気分はどうだい?」
「かぶらぎ…たすく殿…」
四肢が自由になることに気付き、腕で目元を覆いながら薄目を開くと、銀縁の眼鏡をかけた、年の頃二十歳か少し上くらいに見える若者が、我の顔を覗き込み微笑んでいる。
その微笑みは、邪気や敵意のないもので、我は少し安堵した。
「そうだったな…鏑木殿が我を作ってくださったのであったな。礼を言う」
「殿はやめてくれよ」と鏑木殿が照れたように微笑んだ。
「それに僕はきみの観察係っていうか、起動までの外部ときみとのコミュニケーションを任されていただけで、きみを作ったの自体は僕じゃない」
そうだ…鏑木殿が、意識のはっきりしない我に何事かよく話しかけていた。
「では改めて礼を言おう。貴殿は我の開発に携わった人間である」
「まぁ…下っ端だけど、きみを見守ってきたから僕も嬉しいよ」
はにかむように微笑んだ鏑木殿は「目が慣れたら起きるといい」と言い、気付くと先ほどまでの突き刺すような光の矢は幾分か柔らかくなっており、なるほど、光の強さは変わらぬのにこれが慣れるということか、と合点が行った。
筋肉と関節を動かして起き上がってみると、難なく西洋式の寝床の上に起き上がることができた。
我は菖蒲色と白の羽織と袴を身に付け、羽織の中に、薄くて柔らかく、身体を締めつけぬような青銅色の、西洋の甲冑のような鎧を纏っていた。
肩から肘、西洋式寝床に突いた手の指までさらりと落ち、絡まっている長い髪も、装束と似たような菖蒲色で、それが己の髪だと気付き、我が人間の姿とかけ離れていることに少なからず驚嘆した。
「鏑木殿!」
「ん?なんだい?」
西洋式寝床の傍らに立った鏑木殿は穏やかな笑みを浮かべているが、我の戸惑いに気付かぬのだろうか?
「我は…我の姿は人間とだいぶ違うではないか!」
鏑木殿は目を「きょとん」とさせ、「ああ、髪の色?」と聞き返してきた。
「そうだ!…これでは人目につきすぎるゆえ、芸能活動に支障をきたすではないか!毛染めして黒髪にできぬのか?」
「芸能人は目立ってナンボだと思うけどねぇ…」
「鏑木殿!」
我の必死の抗議にやっと鏑木殿は「いや、ごめん、ごめん」と詫びた。
…が、笑いながら詫びるというのも真摯な態度ではないのではないだろうか。
「毛染めは無理だなぁ…。普通の染料じゃ染まらないし、色は抜けないようになっているし、ボディ全体を一度バラしてDNAレベルで操作しないと」
「なんと…」
言葉を失った我に、鏑木殿は、「それに、ボーカロイドは人間を模したアンドロイドだけど、人間と区別がつかないようなボーカロイドを作ることは禁じられている」と少し厳しい声で言った。
そう言えば、ロボット三原則とともにそのような決まりもあったが、なぜ…。
「ボーカロイドは人間とはっきり区別をつけなくちゃいけないんだ」と鏑木殿が少し申し訳なさげに俯き言葉を続ける。
「それに、きみをデザインする時に、思いっきり派手にしようって方針だったらしいからね。人間と同じような外見は諦めてくれ」
「なんと…なんと…この夜叉のような身体で人前で歌を唄い歌い舞うのか…?」
呆然と呟くと、「そんなに悪く考えないほうがいい」と鏑木殿が笑った。
少し離れたところにある「すちーる」の西洋卓器の上から鏡らしきものを手に取り我のもとまで戻ってくると、「ホラ、結構色男だろ?」と我の顔の前に鏡を掲げた。
瞳の色は濃い浅黄色、唇は艶めかしく紅い。
色白で華奢な顎の細面はまるでおなごのような顔である。
「まるでおなごのような顔じゃ。この紅は落ちぬのか?」
唇を擦ろうとすると、鏑木殿が我の手を取り、「もとからそういう色なんだ」と苦笑いして「芸能人は顔を傷つけちゃいけないよ」と我を諭し、鏡を西洋式の柔らかい枕の横に置いた。
「さて、自分が何者かきちんと理解できているかな?」
「我は…神威がくぽ。『VOCALOID2 GACKPOID』である。楽曲を奏で、歌を唄うために作られた人造人間…“ぼーかろいど”である。日本では六番目のぼーかろいどで、先の五人は『く○ぷ○ん・ふゅーちゃーず・めでぃあ』という会社が“ぷろでゅーす”しているが、我はエンジン開発元のY社から、『い○たー○っと社』を通じて売られる、い○たー○っと社初のぼーかろいどである…」
「よくできました」と鏑木殿は笑い、「きみは最初のがくっぽいど、神威がくぽ。そのうちク○プ○ンのボーカロイドたちとも会えると思うよ。今日がきみの誕生日だ。これからよろしく」と右手を差し出した。
これは西洋の習慣で、親交と、敵意のなさを表すための儀式だという。
我も黙って右手を差し出し、「うむ。厄介になるが我がわからぬことがある時以外は構わなくてもよいぞ」と言いながら互いの右手を握りしめ合うと、鏑木殿がぷっと吹き出した。
「?何か我は作法を間違えたか?」
「いや、何も間違えてないよ。よろしく」
間違えてないなら笑う必要もないものを…おのこがそうそう笑うものではない。
まだわからぬことばかりだが、この日を境に我は人間社会で生きて行くことになったのである。




**********************************************************


自重せずがくぽSS目覚め編。
フライングもいいところですが何卒お目こぼしを。
一人称は結局「我(われ)」なのかなー?
がっくがくが頭から離れなくてどうしようです!おかあさん!

タグ:

神威がくぽ
+ タグ編集
  • タグ:
  • 神威がくぽ

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー