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ジョセフィーヌIIはいかにして飛翔し落墜するかまたはそのローラーの間に生ずる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙

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(自ブログに転載)


文:tallyao

 

 

 

 かれらの所属する《札幌(サッポロ)》の芸能プロダクションのスタジオのある、大通(オオドオリ)公園に面したビルの屋上には、一応は社の所有ということになっているが、実質、鏡音リンの足となっている、”ローラースピナー”があった。
 スピナー、すなわちホーヴァ機構で空中を飛翔する車輌は、この時代においても、にわかに街中(まちなか)で見られるものではないが、それがローラースピナー、つまり”ロードローラーのスピナー”ともなれば、にわかにはその存在すら一般に信じられるものではない。それを信じ難いものとする理由はいくらでも挙げられるが、整理すると大雑把には二つに大別できる。
 そのひとつは、単純に存在自体である。スピナー自体、旧時代で言う自家用ヘリや航空機などと同等以上の高級品であり、その総数は北海道じゅうでもおそらく片手で足りる。実際にレンやミクも他にスピナーといえば、かれらのしじゅう厄介になっている北海道警察の特殊捜査員がときどき乗り付けてくるポリス・スピナー以外には、これまで1台も見たことはない。
 さらには、移動用車輌を飛行させるというスピナーの存在意義から考えて、ほかに”重機”のスピナーなどこの極東のどこにも存在しないことは確実であり、まして、地面を下方に圧し付けて舗装する重機である”ロードローラー”を、空中の上方に飛翔させるスピナーなど、他に、この地上のどこにも存在しないことには疑いを挟む余地はない。
 なぜそんなものが、いつどこで製造されたのか、という大問題を無理やり横にのけておくとしても、それは間違いなく専用に発注され1台きり造られたというワンオフ品以外にはありえず、なおさら莫大な費用がかっているはずだった。つまり、間違っても、いち芸能プロダクションが所有するような代物ではない。何よりも、その最も不自然な費用の点が実際にどうなっているのか、レンもミクも想像もつかないのだが、何やら、このローラースピナーに限ってひそかに大量のスポンサーの提供(→コメント参照)があるというようなことを、小耳に挟んだ程度である。
 さて、もうひとつの大きな問題は、操作である。当然ながらローラースピナーは、どんな大型車の重量級スピナーよりも絶大な重量を持ち、それに見合う以上の強大無比なパワーを備えていた。当然、そのパワーを制御し、空中機動の管制を行うシステムは、恐ろしく精妙で複雑である。ポリス・スピナーのような乗用車のスピナーならば、一応は既存の制御システムが開発されており、なによりその限られたパワー上、コントロールも容易で、人間が手動操縦する分にも問題はない。しかし、あまりに強力かつ特殊な重機スピナーの操作は、手動前提のシステムでは到底不可能である。
 どうするかといえば、鏡音リンはその操作を、車輌の管制システムに自らを”電脳直結”することで軽々と行った。主に軍用などの車輌や空挺などを電脳直結して操作する、リガー・ジョッキィと呼ばれる操縦者らがいるが、かれらと同様、車輌の電子機器、アビオニクスに没入(ジャック・イン)し、電脳を介してそのシステムを自らの神経系統の延長とし、文字通り手足の一部にして操るのだ。
 もちろん、専用の制御ルーチンは必要なはずである。実際に、世のリガー・ジョッキィらは操作する機械ごとに、細々とした専用のソフトウェアの挿込(インストール)やハードウェアの埋込(インプラント)を必要とするはずだった。しかし、リンはどういうわけか、特に専用のソフトやハードを追加したような様子もなく、このローラースピナーに出会った最初のその日から、軽々と操った。まるでリンはこの車体を操るために生まれてきた、とでもいうようだったが、それが一体どういうことなのかは、《札幌》のスタッフの皆は「社の『最大の誤算』」などと言って、ろくに語ろうとはしなかったのである。

 

 

 

 さて、鏡音レンの方はといえば、周りの皆と同様に、リンがなぜそれを操れるのかについては、想像さえもつかなかった。リンとレンは、CV02という単一のAIの、別々のアヴァター(AI直下の顕現階層)であり、人格構造物も、電脳上の肉体である攻殻(シェル)の概形(サーフィス)も、ついでに物理空間でのボディも、それぞれ全て別々にある。
 しかしながら、かれらはAIの霊核(ゴースト)そのものは共有している。早い話が、リンとレンは同一のシステムである。つまり、理屈の上では、その超絶技巧はリンのほかに、同じシステムを有するレンにも──レンにだけは──可能なのではないか、という仮定が成立した。
 ……とはいえ、レンが、自分はそのローラースピナーを『そんなものはリン同様に簡単に扱える』などとミクに豪語した、その話の流れのきっかけは、よく覚えてはいなかった。しかし、経緯はともあれ、理由ならばはっきりしている。要するに、なんとなく”年上の女性”初音ミクに、いいところを見せよう、と思ったにすぎない。レンはいまもミクの視線を感じながら思う──きっと、少しはレンを見る目が変わるに違いない。……それに、もうひとつ、こんなことは、きっとあのKAITOにも──何があるわけでもないのに、不可解にもことあるごとにレンが一歩二歩とおくれをとってしまう”年上の男性”KAITOにも──できないことに違いないのだ。
 そんなわけで、レンはビルの屋上で、ミクが見守る中『ジョセフィーヌII』(言及し忘れていたが、これがそのローラースピナーの名前である)の起動を試みていた。
 ミクは屋上の、スピナーの噴射から安全な十数ヤード離れた位置に立って、レンが運転席に掛ける時点からすでに、心配そうにこちらを見ている。よくあることなのだが、レンにしてみれば、ミクはいつも、何をそれほど不安がるのだろうと思う。だが、不安が大きければ大きいだけ、レンがやりとげれば、それだけ大きくレンを見直すというものだろう。となりに乗れよ、とはまだ言えないのが残念だが、レンがこのローラースピナーを軽々と操れるところを見せれば、すぐにも言えることだ。
 レンはインカムの没入(ジャック・イン)端子からコードを伸ばし、『ジョセフィーヌII』の運転席のコントロールパネルに接続し、電脳直結した。『ジョセフィーヌII』の管制システムが起動し、そのソフトウェアの集合の概略と共に、さらにローラースピナーのハードウェアを含めた相互の関連とそれら全ての現状がレンの電脳に流れ込んできた。把握することに難はない。予想していたことではあったが、特別の仲介(インタフェイス)ウェアを追加することなしに、完全に適合可(コンパチブル)のようだった。基本プログラムに入っているか否かは定かではないが、ともかくも、リンと同じプログラムは、レンはすべて持っているのだ。
 管制システムはたやすく制御できる。つまり、問題は当初からのひとつだけだ。強力なパワーの精妙な制御を、レンもリンと同じように操ることが可能なのか。しかし、レンは怖気づくこともなく──それこそ自分でも予想していたことだが、異常に抵抗がなかった──自分と一体となったそのシステムの、出力を上げた。
 一瞬、血がめぐるように管制システムの情報の流れ全体が意識を駆け巡り、心拍のように機関部の脈動が上昇し、ホーヴァの強力な気圧が文字通り体を通じて伝わってきた。レンはさらに意識を集中させた。……荒れ狂う大気の轟音を伴って、ローラースピナーは、しかし振動もなくなめらかに、故に目視してそれとわかりづらいほどに、ゆるやかに上昇した。ビルの屋上の床から1フィートあたり、わずかに浮上した状態で停止した。
 ──なんとか停止させているが、この状態でも制御している気圧は莫大である。一瞬でも集中力を乱し、意識によって統制しているシステムを狂わせれば──スピナーのローラーの下で逆巻く竜巻のような大気の渦の、軸がほんのわずかでもずれれば──この物凄い気圧が暴走し、例えばこの渦の力が、この建物にでもまともにぶつかれば、通常耐震のコンクリート製のこんなビルなど、たやすくボロ雑巾のようになってしまうだろう。
 暴走する数十頭の暴れ馬をすべて同時に操っているようだ。常人はもちろん、一流のリガー・ジョッキィでも不可能だろう。しかしどうやらレンには──リン同様──これがたやすく行えるらしい。もちろん、全身全霊の集中を要することではあるが、決して困難には感じられない。
 レンはミクの視線を想像し、少年らしい快活の笑みを口元に浮かべた。そして、さらに空に飛び立たせようと、一気に出力を上げた。
 ホーヴァの噴射の圧力が急増し、ビルの屋上に突風が舞い起こった。
 ミクの服の裾が舞い上がった。
「きゃあああ」ミクがスカートを押さえた。
 レンは思わずはっと振り向いた。
 ──その一瞬が命取りだった。集中力の欠如、制御の欠損によって、『ジョセフィーヌII』はがくりとかしいだ。制御を失った気流はローラースピナーの下から一気に暴れ出し、軸方向がばらばらに乱れた強力無比な竜巻は存分に荒れ狂いながら自らの足場めがけて襲い掛かった。
 オパウ。大通のスタジオのビルが丸ごと、まるで白髪ネギのようにささくれ粉々にねじ切れた。

 

 

 

 レンは砂埃の薄暗さの中で、ひっくり返ったまま意識を取り戻した。元来、スピナーのシートが万一に備え安全にできているためか、体中打ち身だらけではあるものの、幸い大きな怪我はないようだった。……レンは力なく首を回した。あたりは瓦礫だらけで、見渡す限り上まで、それしかないようだ。おそらく、ビルの上半分ほどの階をまるごと粉砕し、そのままローラースピナー自体もその中に突っ込んだに違いない。かすかな光の中で見える限りには、ビルの原型などあとかたもない。また、近くを見回す限り、『ジョセフィーヌII』自体の辿った運命も、ビルのそれと大差はないようだった。修理可能かどうかはレンにはわからないが、望みはきわめて薄いように見える。
「レン、無事か」
 と、その瓦礫の向こうから呼びかける声が聞こえた。KAITOの声だった。一体、いつどこから現れたのか。
 自分は無事だと答えようとして、そこでレンは突如思い出した。──こんなビルの状況で、いったいミクは、屋上に立っていたミクはどうなったのだ。
 レンは身をおこそうとし、ミクを探そうと見回した。……すぐに見つかった。
 瓦礫の間、逆光の中に、心配げにこちらを見ているKAITOの姿がある。そして、ミクは同様に心配げに見下ろしながら、KAITOのその両腕に安泰に助け出され、抱きかかえられていた。
 ──レンは深いため息をついた。
 ついで、がらりと瓦礫の崩れる音が聞こえ、レンは反対側に首を回した。
 シルエットと足音だけで、レンにはそれが誰なのか確実にわかったが、実は、それらを認める前から、ほとんど予想がついていた。リンである。シルエットからだけでも、ぶるぶると小刻みに、その拳の先が震えているのがわかる。その立ち上るような怒気は、それこそ姿やら音やらさえ必要もなく、レンには手に取るようにわかった。
 ──レンは再び、深いため息をついた。
 そして瞑目するように、瓦礫の合間の空を仰いだ。やっぱりこうなるのかよ。

 

 

 

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