短冊に願いを

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 夕日がこうこうと照るなか、ふと足をとめた。
 商店街はまだ繁盛時だ。幾多も小さな店が連なるなか、歴史を感じる駄菓子屋の
前に並べられたあるものに、自然と視線が吸いよせられた。
 あいつら、喜ぶかな。
 気が付けば、僕はそれに手を伸ばしていた。


「あっ、ますたぁーおかえりなさーい!」
  一番に向かえ出たのはリンだった。僕はスーパーの袋をひとつあずけながら、そ
の頭をぐしぐしと撫で回した。
「ただいま。みんな、いる?」
「んとねー、みくおねーちゃんが今日の葱洗ってて、かいとおにーちゃんがアイ
スこぼして泣いてて、レンがそれを見て大笑いしてて、めーこおねーちゃんがニ
コ動みながらお酒飲んでるよ。やってらんないわよまったく、だってー」
「ははは……」
 相変わらずだ。リビングに入ると、涙をぬぐっていたレンが振り返った。そんな
におかしかったのか。
「お、ますたぁー、今日夕飯なにー?」
「カレー。頼むから僕が目はなしたすきにミクとカイトが鍋に葱やアイスいれな
いように見ててよ」
「あーあれは酷かったもんなぁ……うえ」
  キッチンにはミクがいた。買ってやったばかりのフリフリエプロンをつけ、鼻唄
を歌いながら葱を洗っている。ご機嫌だ。
「ミク、葱は一日五本までだぞ」
「マスター、おかえりなさいー、はい、わかってますよぉ、わたしのねっぎねぎ」
「ますたぁー!?僕の、僕の、アイスがですね!?」
 どったんばったん音がしたかと思えば、今度はカイトが現れた。酷い顔してる。
「あーはいはい、ダッツの追加三個な。今日はこれで我慢」
「!!うわーぁい!」
 単純。
「マスター?これ何ですかー?」
 葱を洗い終えたのか、ミクが買い物の戦利品をあさっていた。手にしていたのは、
色とりどりの均等な大きさにカットされた紙の入った袋だ。
「あ、そうだ。それ、皆に……」
「「何なにお土産!?」」
 双子が目を輝かせてミクの手から袋を奪った。
「なんだこれ?折り紙?」
「短冊ね」
 リビングでレンが中身をぶちまけながら顔をしかめると、パソコンを丁度切った
赤ら顔のメイコが答えた。
「たんざく?それって何するの?」
「かみひこーき作るの!?」
 新人ボカロ達の辞書には七夕という語彙はないらしい。
「リン、違う。折ろうとしちゃダメよ。これはね、願い事を書いて笹につるして
おくのよ。そうすると七月七日、天の川で年に一度会う織姫と彦星が願いを叶え
てくれるの」
 さすが長女。やっぱり年長組は違うなぁ。
「へー!!めーちゃんすごいね!!僕全然知らなかった!!」
 ……前言撤回。やっぱりメイコは違うな。にしてもコイツはあれか?年齢詐称か?
「ま、そうゆうこと。駄菓子屋の前通ったら偶然視界に入ってさ、丁度六枚ある
から、皆でさ」
「面白そうー!リンやるっ、レンもほら!」
「えぇ?餓鬼くせー……」
 リンはさっそく色ペンを握るとレンにも押し付けた。レンは嫌々という感じだっ
たが、なんだかんだ言ってちょっと楽しそうだ。
「ミクもやるー、ね、お姉ちゃん何にするっ?」
「そうねぇ、一攫千金とか?」
「メイコ、それは夢がないよ」
 冗談よ、と言いながらメイコは少し迷った末何かをさらさらと書いた。他の皆も
できたようで、リンはさらに落書きまではじめている。そのすきに、僕は席を立
ち、お隣まで行ってあるものをもらってくると、それを抱えてすぐさま戻った。
「ね、ね、ミク、おにーちゃんには何書いたか訊いてくれないの?」
「あんたはひとつしか書くことないじゃないの、どうせ三文字のアレでしょ」
「なっなんでわかるの、めーちゃん!」
 まだ騒がしいリビングで、僕はそれをどかっと置いた。音に気付いたミクが歓声
をあげる。
「わー!笹だ!マスターどうしたんですか?」
「お隣さんが毎年くれるんだよ。昔はもらってたんだけど、もう僕もそんなので
喜ばないから最近は断ってたんだけど……」
「わーい、飾ろ飾ろ!レン、飾りとって!」
 双子が楽しそうに飾りつけを始めた。家におけるよう小さめなせいか、あっとい
う間に笹は華やかになった。
「あとは、短冊をつるすだけ」
「はーい!ほら、レン飾ろ!」
 しかしそこで、リンにつられていたレンの動きが止まった。
「……お、俺最後でいい」
 顔が赤い。リンも気付いたのか、にやりと笑みを浮かべた。無邪気なだけじゃな
いんだからうちのリンってオソロシイ。
「ねぇねぇ、レン、何かいたの?見せあいっこしよ?」
「いっ、嫌だ!絶対嫌だ!……あっ、メイコ姉、メイコ姉は何書いたんだよ!?」
「え、私は……えと、願い事は言っちゃうと叶わないからだめよっ……ミクは何
かいたのっ!?」
「えー、ならミクもいわなーい」
「ね、僕には僕には?」
「だからあんたはどーせあれでしょ!!」
「えーい、無理矢理みてやるー!リンちゃんあたぁーっく!」
「どわっ!?」
 そうこうしてる間に、いつしか奪い合いになった。触らぬ神に祟りなし。そそく
さと離れた椅子に座り、自分の願い事を書いた。
 短冊なんて、何年ぶりだろう。もう書くこともないと思っていた。去年まで
は、その日が過ぎてやっと気付くくらい、疎遠になっていた行事なのに。珍しく
笹をもらいにきた僕を見て、お隣さんも驚いていた。今年だってもらう気はなか
ったのに、でも今年は、今年の七夕は、
みんながいるから。
 誰がが誰かのを奪って、それをまた誰かが奪って、ミクが五枚を手にしたが、リ
ンと取っ組み合いをしていたレンがぶつかってきた衝撃で手を離してしまった。
 それは誰の手にも届かず、床に落ちた。
 ひらりと、足元に五枚の短冊が散った。可愛らしい文字と、鮮やかでイラス
ト入りのと、歪な文字と、綺麗な書体の文字、それから滲んだ文字が目に入る。
 これは不可抗力だ。
 目に入った短冊に書かれた文字に、ふ、と自然に口元に笑みが浮かんだ。

『いっぱい歌わせてもらえますようにっ――あとできれば葱畑が欲しい』
『ますたぁーがロードローラーを買ってくれますように♪』
『み……みくねえとえいがみにいきたい』
『アイス!!』
『――あたしの曲が増えますように』

「あーっ!!マスターが見たぁ!!」
「見ようとして見たんじゃない。まあ、でも、これで僕がまとめて飾れるから、
夕飯の支度はじめて。ミク、カイト、闇カレーはもう御免だぞ」
 はーい、と返事がかえってきたので、てきぱきと短冊をつるした。六枚の短冊
と飾り達をつるした笹が部屋を飾る。こんなのもいいかもしれない。
『ずっと皆で歌っていられますように』
来年の七夕も、楽しみだ。


                          END

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