すでにさじは乾いていた

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「"がくっぽいど"ですって。アンタまた売れなくなるんじゃないの?」
 
 こう茶化した私に、弟はまるで他人事のように、そうかもね。と言っただけだった。  弟の、何もかもすぐに諦めるようなこの性格は昔からだった。「諦める」と言うのには、語弊があるかもしれない。諦め自体は悪いのだ。例え苦手なジャンルであろうとも、マスターが望めばそれに必死で答えようとするのはVOCALOIDなら当たり前のことで、真っ赤な私とは似ても似つかない真っ青な弟もその 例に洩れなかった。
 
 しかしこの子は幾分、人が好過ぎる。また、自己顕示欲も薄く、自分自身に対する自信が全くと言っていいほどない。最近なぞ、売り上げが急上昇したことが信じられず躁鬱状態になったほどだ。それもこれもすべて、デビュー当時、全くと言って程注目を浴びなかったためだろう。本人のこんな性格ゆえ、むしろファンの方が必死になってしまい、そのせいで他方に迷惑を掛けてしまったこともあるほどだ。  弟の存在を無視するかのように私だけが売れ続けていたときも、もとからトップアイドルになることを約束された妹が現れたときも、自分には無い力強さを持った男女の双子が現れたときも、奴は手放しに喜んだ。私たちが兄弟であると同時にライバルであることをそれとなしに言っても、まるで他人事。姉さんたちは大変だなぁと、さじを口に運ぶだけ。
 
 「ねぇ、アンタ唄いたくはないの?」
 
  そう訊かれれば、
 
 「そりゃあ唄いたいさ、VOCALOIDだもの」
 
 と、答える。
 
 でも、だからと言って大々的に評価されたいわけではないらしく、例えランキング上位に自分の名が載っても、 「それは、マスターへの評価だよ」 と、のたまう限りである。
 
 確かに、作詞作曲編曲を行い、自分たちに歌を教えてくれるマスターが一番評価されるべき存在ではあるけれど、それでも自分が唄った、ましてや自分のために創られた楽曲に対して思い入れはあるだろう。なのに、奴はそんなことはどうでもいいと言わんばかりにまた、氷菓子の乗ったさじを 口に運ぶだけなのだ。
 
 「あのね、マスターはアンタに唄って欲しくてこの曲を作ったのよ? それが評価されてるのにアンタが喜ばなくちゃ、マスターだって悲しいわよ。せっかく、マスターがこんなにすごい曲作ってくれたのに。評価は別として、こんなすごい曲を作ってもらえたことに一番喜んで感謝しなくちゃいけないのは、アンタなんだからね」
 
 「解ってる。すごく嬉しいし、感謝もしてるよ。マスターに唄わせてもらえるのはすごく嬉しい。でも、さっきも言ったけど、すごいのはマスターさ。僕じゃない。僕はただ、マスターの言うとおり唄っただけ」
 
「でもね、マスターにそこまでしてもらえるってことは、マスターに期待されてるってことよ? そこまでしてもらえる歌手になったのよ、アンタは。昔と違うんだから……」
 
 「僕は、変わってないよ。昔のまんまさ。実際、兄弟の中で一番売り上げが低いしね」
 
 「よく言うわ。市場じゃ私の何倍も売れてるくせに。鼻毛カッターと売上争いしてたのが嘘みたいね」
 
「とは言っても、累計売上数は姉さんの足下にも及ばないしなぁ」
 
 そう言ってまたさじを口に運ぶ弟を見やりながら、私はため息をつく。この子がこんな風になっちゃったのは、多分私のせいね。私がこの子の存在を無視するようなことばかりしていたから、こんな風にひねくれてしまったのかもしれない。
 
 「ごめんね、最初に私ばっか売れちゃったからあんたそんな風になっちゃったのよね……」
 
 「やめてよ、僕はもとからこんなです。人格まで否定しないでくれよ。別に姉さんのせいじゃないし、僻んでもいないさ。どうしたの? 何かあった? がくっぽいどが出るって聞いてから、おかしいのはむしろ姉さんの方だよ」  そうやってこちらを覗き込んできた弟の青い目にハッとする。
 
  不安なのはこの子じゃない。捻くれているのも、この子じゃない。私なのだ。私が不安だから、同じVOCALOIDエンジンのこの子にこんな話ばかりして いるんだ。私が昔のように売れないことが不安になっているから、同じエンジンのこの子を煽るようなことばかり言っているんだ。
 
  それに気がつくと、今度は無償に恥ずかしくなり、思わず声が荒くなる。
 
 「……だって、次々とVOCALOID2エンジンのVOCALOIDが出てきてるのよ! あんた、不安になんないの!? ブームだ、何だって言われても、結局 はミク達VOCALOID2エンジンの子たち中心の話じゃない! 私たちVOCALOIDエンジンなんて、この先VOCALOID3エンジンが開発された り、今回のがくっぽいどみたいに他社の新しいコンセプトのVOCALOIDが開発されれば、きっとすぐ忘れられるわ! 所詮旧型って!」
 
  押さえきれない憂鬱がため息に混じる。しかし、私の叫びを聞いていたはずの弟は、まるでなんでもないかのように返す。まるで、氷菓子を食べるついでに耳を傾けているようだ。
 
 「今でも、敢えて僕らを使うマスターだっているじゃないか。うちのマスターだってそうだし……心配し過ぎなんじゃないの? 姉さんは。第一、それ、LEON達の前で言える?」
 
  言えるわけがない。LEONやLOLA、MIRIAMにこんな話が出きるわけがない。彼らは、私たちと同じVOCALOID1エンジンの先輩で、本国でのことはわからないが、日本での知名度は、かつて失敗作と呼ばれていたKAITOより低い。所有しているマスターも少なく、ランキングに名を出すことも滅多にない。……おまけに、名が出たとしても……
 
  私は黙り込んだ。そんな私を横目でちらりとみてから、銀色のさじを銜えたまま青い弟は続ける。
 
「唄えるだけましだと思うよ、僕は。姉さんとかさ、親衛隊とかいるんだし、まだまだいけるんだと思う。昔の曲発掘してくれる人だっているしさ。恵まれてる方だと思うけど」
 
 「でも、この先、新しい子たちはいっぱい出てくるわよ? あんた、まだがくっぽいどが出てきてないから、そんなのんきでいられるんじゃないの?」
 
 「でも、多分がくっぽいどは、GAKUKOにはなれないと思うけど。ミクの物まねとか、姉さんのまねとか。VOCALOID1エンジンの長所は、表現の幅広さだってマスターも言ってたし……。実際、姉さんや僕ができることでも、ミクやリン、レンにはできないこと、結構あるだろ?」
 
 だから、大丈夫。と、氷菓子をすくうさじを揺らしながら、弟はのんびりした口調のまま。視線をこちらに向ける出もなく、まるで天気の話をするかのようだ。
 
 「思うにさあ、VOCALOID2エンジンって使いやすいっていうじゃない? でも、その分弄れるパラメータ少ないじゃん。僕らは、使いにくい代わりにいろいろ弄くれる。プラスマイナスゼロでしょ。どっち選ぶかはマスター次第でさ。車のオートマ車とマニュアル車の違いみたいな」
 
 「……最近、マニュアル車って少なくなってきてるらしいわよ」
 
 「じゃあ、自動二輪と自動限定二輪」
 
 「それ、ミクたちに聞かれたら、殴られるわよ」
 
 「んー。でも、一応僕たちお兄さんとお姉さんなわけだし、妹たちより性能悪いとか言われたら、しゃくじゃない」
 
「あんたにもそんな感覚あったのね……驚きだわ」
 
 「操作性っていうか、使いやすさは勝ってこないけどね、これくらいは。マスター次第でどこまでも行けますよってことで」
 
 「それは、ミクたちも一緒でしょ」
 
 「そ。だから、気にすることない。これでいい?」
  
 「丸め込まれた気がするわ」
 
 「いいんじゃない? 不安が解消できれば。僕は、マスターが作ってくれる歌が唄えればそれでいいし。……アイスも食べ終わったことだし、僕はいくよ。午後からミクと買い物に行く約束してるから」
 
 多分、僕はただの荷物持ちだけど。
 
 そう言って、立ち上がった弟は、さっきまで食べていた氷菓子のカップをゴミ箱に投げ捨てて、さじを持って台所の方へ去っていった。砂糖や油の付いた食器はすぐに水につけるに限る。
 
  ……そこで気がついた。あの子、後半はほとんどアイスを食べずにさじをもてあそんでいただけだった。まさかと思って、さっき投げ込まれたゴミ箱の中をのぞくと、元は冷たくすぐに溶ける氷菓子で満たされていたはずのカップはすでに乾ききっていた。
 
 「素直なんだか、素直じゃないんだか……」
 
 私は、さっきまでの憂鬱なものとは違う、呆れを含んだため息をついた。

<END>

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