それでも私は歌いたい。
誰かの為じゃなくて、アナタの為に。
そっくりそのまま、青い絵の具をばら撒いたような空だった。果てしなく青くて、遠くて、深い。
ミクはぼんやりとそれを眺めながら、深く息を吸い込んだ。
擬似的なプログラム。その延長線上に生まれた歌姫。
『初音ミク』という存在の、在り方。
音を吹き込まれ、言葉を入力され、それを声に乗せて奏でる機械。そう在るべきと作られたのに、今では少しずつ、少しずつ、それが変わってきたような気がしていた。
歌は好き。歌う事が好き。
でもそれは、不特定多数の誰かの為じゃない。
アナタの為だけに、歌いたい。
そう考える事は、きっと間違いなのだろう。
分かっていた。自分がきっと、少しだけ模造するだけの人形ではなくなってきた事に。
感情をこめて歌う歌を、あの人が聞いて、喜んでくれる。それだけで嬉しい。
でも、ただ一人、アナタの為だけに、朝も昼も夜も、ずっとそばで歌っていられたらと感じる思いを、あの人は望んでいない。あの人の望みは、彼女が歌姫として認められること。そして、自分の歌が、より多くの人に聞かれる事。
空は青い。どこまでも澄んでいる。ここはコンピュータの中。雨なんて降るはずがない。
それでも、雨が降ってくれたらいいだなんて、そんな矛盾した願いを抱いて、ミクはほんの少し笑った。
あの人が呼んでくれるまで、眠っていよう。
次に目が覚めたとき、新しい歌を、歌わせてくれるだろうから。
静かに目を閉じる。
誰か一人の為の歌を歌えるなら、それはどんなにか幸せだろう?
そんな気持ちを、言葉にするならばきっと。
それは、『恋』という曖昧で、柔らかで、悲しいものなのかもしれない。