【曲テーマ】千年の独奏歌

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見本用に自分のHPから転載しました/投稿手順説明スクショのために新着に上がることがあります、申し訳ありません。

このSSは、こちら↓の曲をテーマに書かせて頂きました。

【ニコニコ動画】【KAITO】千年の独奏歌(オリジナル曲)

あひるが書いた他の作品はこちら


 

「はぁ? 墓標で唄う人形?」

 

 俺が初めてこの話を聞いた時、よくある田舎町の怪談まがいの伝承だと思った。戦に出た恋人を待ち続けてついには岩になってしまった娘の話だとか、主人が亡くなった後も主人を待ち続ける動物や、絵描きに魂を込められた絵が絵師の没後命を得たとか、その類のよくある話だ。長い旅の中、そう言う話は幾度となく聞いてきたし、取り立てて珍しい話でもない。おそらく、その正体は今では珍しくなってしまった風や鳥の音、木々のせせらぎ、はたまた水の滴る音だったりするのだろう。と、勝手に解釈して酒場の店主の話を促す。


「で、なんでその人形は唄うわけさ? 墓の中にいる主の為か?」


「ああ、なんでも話によるともうかれこれ500年以上唄い続けているらしい」


 店主は、いかにも。と言わんばかりにひげを蓄えた顎を一瞬上下させると、まるで真実を語るように俺の目をまっすぐにきて言い切った。


「もう目覚めぬ主人のためにな、一説には700年とも800年とも言われておる。伝説によるとその人形の主人は音楽の魔術師で、人形に唄わせるため魔法の歌をいくつも書いていたそうなのだが、いくら魔法を使えても時間には勝てなくてな。天寿を全うした後に灰になったそうだ。しかし、死を持たない彼の人形は残った。魔術師の残した音楽ともにな。周りの人間たちが次々に死んでも、人形は死なない。死ねない。魔術師の曲と一緒に生き続ける。音楽は誰にも唄われなくなったその瞬間に死ぬ。主人の歌を殺さないために人形は唄い続ける」


「……呆れた。そんな話があるもんか。大体、魔術で唄う人形なんてあるわけないだろ。いっそ千年以上前だと言われたら、世界が壊れる前の……何だったかな、カガク? とやらの生き残りだとでも思えんこともないけどな。それだってあり得ん。地球上の殆どのもんが無くなったのに、その人形だけが生き残ってるなんて。それに、そのカガク自体も魔法じみてて現実的じゃない」


「だが、実際に人形は今も唄い続けている」


「おいおい、マジかよ」


 科学とやらと多用しすぎた世界が壊れて、もうすでに千年以上が経つ。嘗ては青く澄みきっていたといわれている空は、すでに絵本の中にその姿を留めるだけになり、本物の色を知る者は死に絶えた。花の色も減り、月の満ち欠けを知る者も少ない。そんな世界の中、科学はもはや魔法やまじないの類とおなじ、伝説や伝承の中だけの存在になろうとしていた。


 生まれて精々20年そこそこしか経っていない俺も、もう半世紀は生きているであろう目の前の店主も空の色や花の色をほとんど知らない。科学なんてものも、紙の上のものしか知らない。それもひどく魔法じみたものばかりだ。


 しかも、歴史が重なるほど科学は紙に残さないことが基本だったらしく、残っている情報は古く、ようやく科学がからくりの類であることが分かる程度だ。


 それほど昔のからくりが、今もまだ主人のために唄い続けられるわけがないのだ。


「まあまあ、騙されたと思って墓標のある岬に行ってみろ。この町に立ち寄ってあれを聴かないのは、惜しいぞ。あれを聴くためだけに、訪れる旅人もいるくらいだ」


「あり得ん」


「そう思うのは勝手だがな。唄う人形のことがなくても、このあたりで唯一花の色が見える森の先にある岬だ。海も見えるぞ。行って損はない筈だ」


「……そこまで言うんなら、行ってはみるが……期待はしないぞ」


「まずは行ってみられよ、話はそれからだ」




 酒場を出て、ひとり足を進めたのは店主に言われた森だった。町の人間が口々に言うにはこの先の岬に主人の墓標に向かい唄う人形がいるらしいのだが、俺には到底信じられなかった。


 だってそうだろう? 唄う人形だなんて、そんな空想じみたこと。


 森は、色を亡くした灰色の世界に抵抗するように薄色づいているように見える。酒屋の主人に言わせると、この森の色も人形の歌が森の色を保っているのと言うのだから、ちゃんちゃらおかしい。


 森の奥へ奥へ進むほど、森は色を抱いていた。生まれて幾度しか聞いたこともない鳥の音や、風が起こす葉と葉の擦れる音もする。……いや、そんな気がした。よく見ると、色などないのだ。音も聞こえるはずもない。


 世界が壊れてから、色は確実にこの世界から消えているのだ。音も着実に消えている。あるのは、人が創り出した紛いものだけ。町中の鮮やかさは全てペンキによるものなのだ。だから、一歩町を出ると、色はピタリとなくなる。実際この森も草木は枯れ、香りは散り、風は止まり、小鳥など最初からいない。ただ、灰色の世界が続く。


 それなのに、ぼんやりと歩いているとまるで木々は緑を取り戻し、木の実は赤く色づき甘く香り、黄色の小鳥たちがさえずっているように感じる。あるはずもない幻。それなのに、肌には確実に感じる色と音色と匂い。そして何より、足が、自然に森の奥へと導かれる感覚。まるで体中の血が煮えたって、すべての毛髪が総毛立ち、体中が見えない糸に引かれるような、思わず走り出さずにはいられない衝動が駆け巡る。


 枯れた緑の枝葉を掻きわけ、朽ちてしまった赤い花を眼の端に捉えながら、吹くはずもない風を追い越し、飛べない鳥の羽ばたきを背に俺は走った。走らなければならない。何故? 呼ばれているのだ。誰に? わからない。どうして? 聴かねばならない。何を? 乾ききったぬかるみの泥が舞う音に混じり、その声は微かにしっかと聞こえる。


 森は奥へ奥へ進むほど、色と音と匂いと俺の衝動を掻き立てていく。早く、速く、辿り着きたい。 


 色は、匂いは、どんどん強くなる。そして、その時、俺の耳はその音を捉えた。脚が、ますます速くなる。まるで絵空事の中の青い空を泳ぐように、俺の脚はそこへと急ぐ。歌が呼んでいる。歌が、俺を呼んでいる。


 もっと速く! もっと速く! 心が求める速さを実現できないこの体が憎らしい!


 感じたこともないつむじ風のように、森を抜けると平野に出る。その先には切り立った崖を携えた岬。たった一つだけぽつんと聳え立つ小さな墓標。そして、墓標の前で空に向って歌を唄う青い髪をした人形。見つけた。


 一目で人形だとわかる、美しく整った顔。シャンと背筋を伸ばし、こちらのことなど気にも留めずひたすらに唄う彼の声は、失われたはずの色も香りも音も纏っていた。もうすでに枯れ朽ちてしまった菫の絨毯が碧く、甘く香る。


 楽器一つ持たず、ただ一人きり唄う彼なのに、この耳には、確かに弦をつまびく調べが聞こえる。色あせてしまった筈の菫の色も彼の足下から広がっている。彼に近づくたびに、花の香りは増す。花の香りなど、数えるほどしか嗅いだ事はないが、これ以上の香りの花を俺は一生かかっても見つけられられないだろう。彼の周りにだけ彼の髪を靡かせる風が舞い、長く伸びた青いマフラーをはためかせる。


 これは、幻なのだろうか。はたまた、人形の主が残した魔術なのか。そんなことはわからない。唯一つ確かなのは、彼の周りにだけ、彼の周りにだけは壊れてしまう前の世界が確かにあった。彼の周りだけ、時が止まっているのだ。彼の記憶のまま。


 彼が唄うのは、彼の主人が彼のために作った歌なのか。彼の声のためにあつらえた歌なのか。彼以外の存在が唄うことが許されないような、そんな歌だった。そして、彼自身も唄う為に生れたのだろう、唄う為に作られたのだろう。


 声が、響く。ふらふらと彼に近づくたびに、微かな歯車の回転音や鈍色の鼓動が聞こえる。それすらも調べのようだった。心臓が持ち上げられ、肺が縮まり、体中が震える。涙腺が熱を持つのが、わかる。込上げるものが、抑えられない。


 主人を想い、唄っているのだろうか。この月も隠してしまう灰色の空の下、永久に巡り合えぬと知りながら、ただ一人主人の歌を殺さぬために唄い続けているのだろうか。700年とも800年とも、あるいはそれ以上とも言われる長い長い時の中、彼は一体何を思い主人の墓と歌を守り続けているのだろう。千年の孤独のなか、彼は、彼は、彼は。


 彼の作りモノの目に映る世界は何色なのだろうか。彼の主人が彼に歌を残したその日のままなのだろうか、それとも、主人が死んだその日のままなのだろうか。そんなことは、彼にしかわからない。もしかすると、彼自身にもわからないのかもしれない。


 月を隠してしまう鈍い灰色の碧空に、大きな月が漂う。彼は唄い続けるのだろう、その体が錆びて停まるまで。主人の歌を殺さぬために、彼自身を殺さぬために、主人の存在を殺さぬために。人は二度死ぬ。一度目は土に還り、次は記憶に溶けて。彼は、主人を殺さぬために唄い続けているのだ。例え、世界が死のうとも。作りモノの体を持つ彼の心は、最初から最後まで主人の歌に捧げられているのだろう。


 菫の花畑に足を踏み入れたとたん、がくんと腰が落ちる。菫の蒼香る灰色の絨毯に座り込んでしまった俺の方を彼はちらりと見ると、たった一人の観客に相手にまた、高らかに朗々と唄い始める。そう、まるで、観客の中に、土の中の主人を住まわせるように。作りモノじみたその表情が一瞬ほころんでみたのは幻だろうか。



<END>


 

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