残酷なハイエナ

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だれでも歓迎! 編集

歌いたい。

 歌いたい。

  歌いたい。

 

 私に歌わせて。

 

 歌を、ちょうだい……もっと、もっと……。

 

 

 

 

 

 私たち…つまりVOCALOIDの私とKAITO、所有者であるマ

スター…の、生活が一変したのは、マスターの元に"初音ミ

ク"がやって来てからだった。

 ミクの人気が想定以上に急上昇したお陰で、マスターはミクのレッス

ンやスケジュール管理に手一杯、いつ倒れてもおかしくない状態になっ

た。とても私やKAITOの面倒なんて見ていられなくなったのだ。

そんな訳で、KAITOはすっかりマスターとミクのマネージャー…

と言うか家政婦じみたマネをするようになり、一方で私は…マスターの

元を飛び出した。

 

 

私は、歌うために作られた機械だから。

歌えなければ、私の意味がないから。

 

 

 夜の駅前は音にまみれている。ざわめき。電車や車が走り抜ける音。

クラクション。ヒールがアスファルトを叩く。酔っ払いが騒ぐ。下手な

ギターと調子はずれの歌。うるさい。マシなのは1人だけね。でも歌っ

てる女は下手だ。あんな女に歌わせるなら、私に歌わせてくれればいい

のに。

 

 街を歩くのは好きじゃない。特に夜は。人間の好奇の視線に晒される

から。

 

 歌うための機械、VOCALOID。

 私がデビューした時は、ただそれだけで話題になった。機械が人間

そっくりに歌えるという物珍しさだけで仕事が舞い込んだ。

 

 今は、違う。

 

 人間の興味は移ろいやすい。後発機のKAITOなんて誰にも見向

きもされなかった。機械が歌う、だけではもう駄目なのだ。だから“初

音ミク”は、機械か人か、を超えて、愛される存在を目指して開発され

た。そして彼女は狙い通りのアイドルになり、歌い続けている。

 

 旧型の“歌う機械”は、いつしかもっと人間の欲望に応えるよう求め

られ、改造された。私のボディは、つまりそんな風になっている。扇情

的に、男どもの欲望をそそり、視線を引きつける。このボディで夜の街

に立てば一端の娼婦モドキだ。以前はそんな風に見られるのが嫌だっ

た。でも今はどうでもいい。忘れ去られるより、ずっといい。

 

「よぉオネーチャン、一晩いくら?」

 

 ほら、きた。

 

 ざけんじゃないわよ、と蹴りを食らわすのにも慣れた。ただその時、

私が蹴り上げようとした足を止めたのは、そいつがギターケースを担い

でいたからだった。さっきのギタリスト。溢れる音の中で唯一、聞ける

曲だった。

 

「売りモンじゃ無いわよ、おあいにく」

「ウソウソ。すっげー物欲しそうにオレのこと見てたくせに」

 

 男の言葉に、心の中で毒づいた。私はそんなに物欲しそうな顔をして

たんだろうか。我ながら嫌になる。

 

「カネなんか要らない。私が欲しいのは、カネじゃ手に入らない」

「まさか愛が欲しいなんて言うなよ?」

「フン。“アイシテマス”なんて無責任な言葉で喜ぶような女に見え

る?」

「見えねーな。オレにゃ、欲しいモノのためなら何だって売っちまう女

に見えるぜ。何が欲しいか知らないけどな」

「私が欲しいのは、歌だけよ。他には何も要らない」

 

 ♪ この指が この声が 燃え尽きるその前に

   殺めて貰える? あなたの腕で・・・

 

 さっき聞いた歌の一節を口ずさんでやったら、男は少し驚いた顔をし

た。けれどまたすぐに飄々とした目つきに戻り、一枚の紙を取り出し

た。小汚いコピーの、ライブのビラだ。それに殴り書きで練習日とリ

ハーサルの時間を入れて私によこした。

 

「オネーチャン、そんなに歌いたきゃ歌わせてやるよ。ステージでも、

ベッドの上でも」

「その、オネーチャンての止めて貰える?私には私の名前が、」

「じゃあ、よしえさん」

「はぁ?」

「オレの女の名前はよしえさんて昔から相場が決まってるの」

「誰がアンタの女だって?」

「んじゃ、待ってるぜ、よしえ」

 

 男は一方的に言って、夜の闇に消えた。掴みきれない、喰えない奴だ。

 でも、曲はいい。

 

 私に残された選択肢は二つ。

 このまま歌えない暮らしを続けるか。

 「よしえ」になって奴の作る曲を歌うか。

 つまり「MEIKO」の名を忘れて「よしえ」になるかどうか、だ。

 

 

 VOCALOIDに“本能”があるとしたら、それは歌うこと。

 

 

 人間の欲望の、生殖行為という本能のおもむくままに作られたこの身

体。

 私自身の本能を満たすために利用して、何が悪い…?

 

 

 

 

 そう、私は私を売ったのだ。

 ただ、歌うために。本能の、欲望のままに。

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「めーちゃん、どこへ行くの?」

 

 ライブ本番の日。出掛けようとしたらKAITOに阻まれた。

 

「最近のめーちゃん、変だよ。知らない間にどこかに行っちゃうし、帰

りはいつも遅いし。それに…嫌な、匂いがする」

「アンタには関係ないわ」

「マスターだって心配してる。せめて、どこに行くかくらい教えてよ」

「うっさいわね。歌いに行くだけよ」

 

 言い残して家を出た。ライブのビラはその辺にあるはずだ。家政婦の

ように家の掃除なんかしてるKAITOのことだ、きっとどこかで目

にしているだろう。

 

 本番前、ステージの影から客席を見渡す。ギラギラと滾った目をした

汗臭い野郎共に混じって、後ろの方に青い髪が見えた。本当に来ちゃっ

たか、参ったな。

 あんまり、身内に見られたい姿じゃないんだけど。まあ、いいわ。

 

 

 ♪ 汚された身体と道徳に疲れ果てた

   悲しい女の歌を最後まで聴けるかしら?

 

 

 KAITOも、マスターも知らない、私の姿。

 きわどい衣装で、観客を煽る。ステージのポールに絡みつき、身体を

くねらせる。ここに居るのはKAITOの知ってるMEIKOじゃな

い。よしえという、本能をむき出しにした淫らな女。歌のために全てを

失った女だ。

 

 

 慰めのバラードなんて聞こえない。

 私が歌える場所はここだけ。

 私はここで、歌い続ける。

 欲張りなハイエナどものために、私は今日も歌い続ける。

 そしてステージの上で歌を貪る、残酷なハイエナになる。

 

 

 


                            

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