ひととせ

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 春、桜なんて一つも花をつけてない中卒業式が行われた。
私は卒業生の一人として今、その式に出席している。
「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます」
在校生代表の子が挨拶を始める。
それを眺めながら思い出すのは去年の卒業式のこと。
私は在校生の一人として出席していたが、とてもおめでう、という気持ちにはなれなかった。
付き合い始めてまだ半月も経っていない先輩との別れの日だったからだ。
 
 先輩との出会いは卒業式の準備で忙しい時期だった。
体育館裏というベタな場所に呼び出され告白された時はとても驚いた。
勝気な性格のせいで、異性からの評判が悪いことはとっくに知っていたからだ。
自分の中ではそんなもの気にしてないつもりだったけど、面と向かって
「好きです」
と言われた時はやはりとても嬉しくて、了承の返事をするのに迷いはしなかった。
 
 そんな時期に告白してくるんだから、当然大学は近場なのだろう。
そう思っていた私にとって寝耳に水のその言葉を聞いたのは確か付き合いだしてから二日目だった。
「K大学に推薦で合格したんだ」
先輩のその台詞は、毎日会っている先輩の受験の様子を不思議に思い私が聞いた質問に対する答えだった。
「じゃあ、遠距離ですね……」
思わず呟いた私のその言葉を聞いて、先輩は困ったように笑って謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね」
そう言われたら私が何も言えなくなることなんて知らないくせに。
なのに自然とそんな言葉を紡ぐ先輩はずるい、と思ったけどそんなこと言えるわけもなく。
「メール、嫌というほど送って下さいね」
すねた様な口調でそう言うと先輩は頷く。
「電話もするし、手紙も送るよ」
先輩はそう言って私の手をとる。
「今日はそろそろ帰らなきゃね」
その日見た夕焼けに照らされた先輩の背中を、何故か私は今でも時々思い出す。
 
 その後卒業式を経て私たちは離れ離れになった。
約束どおり先輩はメールを沢山くれたし、電話もかけてくれていた。
でも、私は受験生として、先輩は大学生として忙しくなるにつれてその回数も少しずつ減っていった。
一回メールのやり取りが途切れると、次のメールで何を打てばいいのかが分からなくなる。
メールが来なかったら、もしかしたら面倒になってのかな、と不安になる。
そしてその度に私は思ってた以上に先輩に依存している自分に気づいた。
一年経った今としては、それはただ単に初めて自分のことを好きだといってくれた異性を失うことを恐れていたんだろうな、と分かる。
けど、当時の私にそんな冷静な思考が出来るわけもなく。
ただ、自分で思ってた以上に自分は先輩のことが好きなんだな、と思っていた。
それは好きとかそういうものじゃなくて、よく言う恋に恋するという状態だったのだろうに。
 
 八月、学校が夏休み期間に入ると、先輩はすぐに帰ってきた。
「先輩、大学ではどうですか? 」
メールや電話で聞いたことある質問をしてみると、先輩は優しい声で答えてくれる。
「やっぱり勉強は難しいけど、やりがいはあるよ。
自分のしたい勉強につながってるからね」
間近でその声が聞けて、表情が見れるだけで嬉しくてつい他にもしたことある質問を聞いたりもした。
「それよりメイコは、どこの大学を受けたいとか決まってるのか? 」
その先輩の質問に、私は自分が今まで志望校を告げてなかったことに気がついた。
「私、T大学に入りたいんです。あの学校の環境ってすごく良いんですよ」
笑って私がそう告げると、先輩は困ったように笑って言う。
「そうなんだ、じゃあ頑張らないとね」
先輩のその言葉だけで、いくらでも頑張れる気がした。
 その時期はちょうど私も夏休み真っ只中。
本当は好きなだけ会いたかったけど、補習と宿題と受験勉強がそれを許してくれなかった。
それでも、時間をなんとか作って会ったり、デートしたりは何度もした。
九月に入って、私の学校が始まると、その回数も時間も格段に減った。
けれど、それでも学校帰りに会えるように先輩は時間を合わせてくれた。
学校がきつくても、受験勉強がきつくても、帰りに先輩に会える、と思ったらその日は楽しく過ごせた。
そんな毎日でも、終わりは唐突にやって来た。
きっと、先輩にとっては突然でも何でも無かったことなんだろうけど。
 
 その日は別になんてことの無い日だった。
いつも通り学校があって、いつも通り待ち合わせ場所で会って、いつも通り一緒に話して笑った。
先輩が、その一言を告げるまでは何にも無い普通の日だった。
「メイコ、別れようか」
何の話だろう、最初に思い浮かんだのはそれだった。
しばらく呆然としていて、間抜けな顔をさらしていただろう。
「え、先輩……。何を」
言ってるんですか、と続けたかったけどそれよりも先に先輩が口を開いた。
「ごめんね、勝手だとは思うけど遠距離はやっぱり無理だったみたいだよ」
意味が分からないままに、とりあえず否定しなきゃいけない、と思って弱々しい声で言う。
「そんなこと、ないですよ」
呆然としている私の言葉を先輩はやっぱり困ったように笑いながらやんわりと否定した。
「メイコが目指してるのはT大学だろう?
そこの大学にメイコが入ったら今よりも会うのは難しくなるよ。
悪いけど、僕には僕たちがそれを耐えられるとは思わないよ。
ごめん、違うな。
僕たちがじゃなくて、僕は耐えられないと思うんだ」
確かに私が志望の大学に入ったら今よりも先輩との距離は離れて会いづらくなるだろう。
「好きなだけじゃ、愛してはいけないんだよ、きっと」
物知り顔でそう言う先輩に不思議と腹は立たなかった。
ただ、呆然と言われてることの意味を理解しようと必死だった。
そのまままま家に帰り部屋に一人でいるとき、ようやく先輩と別れたんだ、ということを実感した。
悲しいとか辛いとかそんな感情は全く浮かばなかった。
ただ、それなのに私の目には涙が浮かんでいて、その日は一晩中泣き明かした。
 

 それから秋が終わり、受験本番の冬が来た。
そのころにはもう忙しさにかまけて先輩のことは忘れていた。
いや、忘れようとしていた。
実際受験が終わるまで思い出すことなんて一度も無かった。
なのに、志望の大学に入ってからはよく思い出す。
今だって、こうなのだからすっかり綺麗に忘れさるのは無理だったのだろう。
「お祝いの言葉と変えさせていただきます」
その言葉で我に返ると、在校生代表の子の挨拶がちょうど終わる時だった。
周囲のみんなに合わせて立ち上がり、礼をして座る。
そしてまた式は続き、終わったのは予定時刻を大幅に過ぎた頃だった。
体育館を出て体を軽く動かしていると、後ろから声をかけられる。
「メイコ先輩、卒業おめでとうございます! 」
そう言ってくれたのは私のことを慕ってくれているツインテールがよく似合う後輩。
「ありがとう」
笑ってそう言うと、後輩は目に涙を浮かべながらも笑ってくれた。
今日でこの学校も、この制服も卒業する。
もう少ししたら、志望の大学に通い始めて、もしかしたらそこで先輩よりも素敵な人に出会うかもしれない。
それでも、きっとあの日の先輩の背中を、先輩の声を、言葉を忘れることは無いのだろう。
次にもし会えるときは、あの言葉の意味をきちんと知って、笑って会えたらいいな、となんとなくだけどそう思う。

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