日曜日

最終更新:

vocaloidss

- view
だれでも歓迎! 編集

 日曜の朝が好き。
いつもより2時間長く寝られるから。
いつもみたいに、わたわた焦って着替えたり化粧したりしなくていいし、朝ごはんも凝ったの作れるし、紅茶もおいしく感じる。
ゆっくりテレビ見たりとかして、あっという間に10時になったりして。でも、慌てなくていいから好き。
同じ部署の、いつも眉間にしわ寄せてる青い髪の後輩とか、出してくるお茶になぜかいつもネギが浮いてる新入社員の娘のこととか、考えなくていいし。
あ、でも、はす向かいの双子に会えないのはちょっと淋しいかも。まぁ、でも、向こうも学校休みだろうけれど。いいなー、学生。戻りたい。
そういえば、最近あの子らの中学の近くのコンビニの変な店員見ないなぁ。紫色の長髪はやっぱり駄目だったのかしら。

あー、このミステリ、どこまで読んだんだっけ? この人、ミステリ書くよりラブロマンス書いた方がよっぽど売れると思うんだけど……、あ、あったあった栞。
……しかし、このヒロインの名前が私とおなじ”メイコ”だっていうのがなんと言うか、複雑。

「ま、紙の上の人間に対抗意識燃やしても意味ないんだけどねー」

と言うより、なんで元アイドルの実力派歌手が探偵の真似ごとやってるんだろ、このシリーズ。でも、何だかんだ言って結局、これ全巻買ってるのよね、私。変なの。

型どおりの平々凡々な人生で、平々凡々な日曜だけど、こういう時間が一番好き。そりゃあ、私だって女だもん。大昔は、実は違う世界では自分は元売れっ子アイドルで、今は超実力派歌手で、同じ事務所の後輩の男性歌手と噂が立ったりとかして「彼はただのお友達です」って真面目な顔して記者会見して……なんて妄想もしたりしたけれど、ある程度現実の世界の方が楽しいって思い始めてからは、この平凡で退屈な日曜が私の宝物。……歌は、唄おうと思えば唄えるもん。ねぇ?

この部屋に入居を決めた決定打のお気に入りの出窓から身を乗り出して、今日の天気を確認する。快晴。風が気持ち良くて、アッサムの香りが逃げるようにくゆったから、逃がせてなるものかとカップを口元に運ぶ。

「あち」

……ちょっと、熱すぎたみたい。ミルク足しとこ。

「……特に用事ないけど、ぶらぶらしようかな」

暇だし。……給料日前だからあんまりお金ないけど。でも、風が呼んでるような気がするし。
ミルクを足して飲みやすくなった紅茶がおなかからじんわりあったかい。
あ、新しいワンピース出そう。ちょっと奮発した赤いやつ。ブーツの黒と合って、きっと可愛い。

「いってきまーす」

誰もいないけど、取り合えす言う。言わないと悲しくなるから。それに、私が家具だったらご主人様に何も話しかけられないのは淋しいもの。

目的はない。別に急ぐ必要もないし、回り道もいい。散歩はしょっちゅう行くし好きだけど、いつもと違う道だとすごく新鮮。
あ、新しいパン屋さん出来てる。帰りに買って帰ろうかな。メロンパン食べたい。デニッシュもいいけど。

いくら近所だって言っても、いつも通らない道は新しいお店ができてもなかなか気付かないもんねぇ。平日は、うちと駅との往復ばっかりだし、ちょっとずつ開拓してみるのも面白そう。

「あ」

なんだっけ、あれ。……ベーゴマ? だっけ? 最近の子もやるんだ。私、本物初めて見た。

「あ」

黄色いビートル。よく見るとなんか可愛い。丸っこいからかしら。乗るなら、ああいうのがいいな。……免許なんか持ってないけど。

「あ」

黒いネコ。お願いだから私の前を横切らないでよ? そう、いい子ね。そのままじっとしててね。……煮干しいる?

「あ」

……煮干しくらい受け取りなさいよ。まあ、真っ白な恋人の前じゃ煮干しなんて花束にもなんないだろうけどさぁ。

「あ」

なんか、可愛らしいお店。ちっちゃくて、ちょっとごちゃごちゃしてるけど、これくらいなら嫌じゃない。
むしろ、ショーケースの中、可愛いし……雑貨屋さん? ちょっといい発見かもしれない。

「ごめんくださーい」

チョコレート色のドアを開けると、鈍い音のチャイムが出迎えてくれた。
お店の中は、少しバラの香りもする。お香も置いてるのかな。BGMは、ゆったりしてて、気持ちいい。
置いてあるものもみんなかわいいし、いいところ見つけた。値段も安いし、何より近所なのがうれしい。あ、このグラスいいなぁ。このランチョンマットもかわいい。

あれもこれも欲しくなる。
ダメよ、メイコ。この間、このワンピース奮発しちゃってお財布淋しいんでしょう? 我慢よ、我慢。お給料が出るまで我慢。あ、でも、このランチョンマットだけ買っちゃおうかな。

レジ回りも、かわいらしい。おススメ商品なのかな。アクセサリーが並んでる。ネックレス、指輪、髪飾り……

「あ」

……イヤリング。さっきの黒ネコそっくりな細身のシルエットのネコのイヤリング。

どうしよう、欲しい。きっと、このワンピースにも合うはず。

どうしよう、欲しい。なんだか、ずっとこれを探してたような気がする。

どうしよう、欲しい。どうしよう、どうしよう、どうしよう……

「ありがとうございましたー」

買ってしまった。予算より、2000円くらいオーバー。ランチョンマットも合わせると、諭吉さんが漱石さん3人に変身しちゃった。

……でも、いいか。

なんだかとっても、素敵な気分だから。

「にゃー」

「……いまさら、煮干し取りに来たの?」

だから、足元の失恋くんにも、おすすわけしてあげよう。ちょっとだけだぞ。

「にゃー」

「女の子を射止めるには、もうちょっと愛想良くしなさいよー」

あれ。もう空が赤くなってる。もう11月だもんねぇ。おひさまもせっかちになるわけだわ。

「さて、メロンパン買って帰りますか!」

「にゃー」

「キミは、自分ちに帰りなさい」

夕日に向かって、歩き出す。そうだ。行きとは違う道で帰ろう。そうしよう。

いつもどおりだけど、いつもとちょっと違う帰り道。


タグ:

MEIKO PS企画
+ タグ編集
  • タグ:
  • MEIKO
  • PS企画

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー